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第86話「外は広くて明るくて」




 どうにかこうにかゴーレムがわんさといた製造区画からの脱出に成功した私たち。

 が、約1名別格の消耗具合の人がいた。


「『ぜいぜいぜいぜい……』」


 天丼くんはうつ伏せのまま、苦しそうに喘いでいた。体を地面に投げ出している姿からは壮絶な一幕を連想する。


「『ちょっとー、いつまでぐだってんのよ。この程度でなっさけないわねー』」

「『て、てめぇ……目の前のゴーレムが次々と目ぇ光らせて迫ってくんだぞ、全力で逃げて疲れない筈あるか! ああああちくしょう、コイツをあの中に放り込んでやりてぇ……!』」


 動かない天丼くんを指でツンツンとつつくセレナ。されるがままの天丼くんは青筋を立てて立ち上がる。


「『ではまずはセーフティーエリアまで参りましょうか。休憩はそちらで』」


 否やは無くそれぞれがしまっていた武器を取り出す。ここから最寄りのセーフティーエリアまでは5、6分もあれば着くと思う。


「ボーイくん、行こうか」


 私は通路で待っていたボーイくんの手を取って歩き出す。

 数え切れないゴーレムと製造区画で延々と戦った事で各々加護のレベルが上がったり、ドロップアイテムがどっさりだったりと嬉しいニュースも舞い込んでいたけど、あれだけ出現していたと言うのに通路のゴーレムの数に変化が見られなくってうんざりもしていた。


「くっはーっ。2時間経ってないってのになんだってこんなに疲れてんのかしらねー」


 ゴーレムの相手は慣れはしたもののやはりみんなの疲労も積み重なっていたのか精細を欠き、倒すのに時間が掛かってしまいセーフティーエリアに到着したのは10分以上経った後だった。


「パーティー枠余らせてんだ、各個の負担だって増えるだろーよ」


 備え付けの椅子に腰掛けてぐでっとだらけるセレナ。天丼くんも似たような感じでぐったりしていた。

 天丼くんの言うように、MSOにおけるパーティーは最大で6人、対して私たちは4人なので必然的に戦力は落ちる。

 まあ、人を入れられない理由も(主に私に)ある訳だけども……。


「でも、何とか歯車を手に入れられたんだもん。成果は十分だよ」

「ですな……ではセレナさん、これを」

「ん、ああ……うん」


 チャリッ。澄んだ音を立てて、3つの歯車が鳴る。それらは今ボーイくんにはめ込まれている3つと色こそ同じだけど、深い青、激しい赤、優しい黄、それぞれがより金属の光沢が強くなり触れずとも重量感が伝わるようだ。


「これが、本来ボーイくんがつける筈だった歯車……」


 私たちががんばって、がんばって、がんばって手に入れた歯車。そう思えばまるでメダルのように誇らしく思える。

 セレナはそれをじっと見つめていた。


「セレナ」

「分かってるって……ちょっと、アンタ。こっち来なさい」


 クイクイと人差し指で招くセレナ。ボーイくんは素直にそれに従い、セレナの前までやって来た。


「あー、うー、えー……」


 しかしセレナは歯車をもてあそびながら視線をふらふらと行き来させている。

 どうも何を言っていいやらと困惑しているみたいな……。


「オイ、苦労したんだ。歯車無駄にするんじゃねぇぞ」

「だあっ! もうっ! 分かってるってーの!」


 天丼くんはそんなセレナの背中を押す。セレナは1、2歩たたらを踏んで丁度ボーイくんの前に来た。


「あっ、の……」


 ボーイくんもその態度を不思議にコテンと首を傾げていた。そうするとセレナはハッとする。

 見れば……セレナの位置からは見えなかった彼の胸の歯車の欠けた部分が見えたのだ。それはキシキシと不規則に音を鳴らす。

 現在の歯車の場合、門を開ける度に壊れてしまう。無事な歯車は残り1つで、開けないといけない門は後2つ。

 どの道歯車の交換は必須ではある。


(でも、その理由は後回しでいいから、セレナ……がんばれー)


 と、額からセレナへと無言のエールを送っていると……小さく、鋭く息を吸って、セレナがボーイくんに目線を合わせた。


「ボーイ。これからアンタの歯車を交換するわ、そうすればアンタは……好きに動けるようになる」


 その言葉にボーイくんは歯車に視線をやった。


「……けどさ、多分私はここにはもう来ない。そうなりゃアンタはお払い箱よ」


 セレナ専用のイベントNPCとして登場しているボーイくんは、セレナが訪れなければ出てくる事は無い。

 他の誰かが同じイベントを発生させて、同じポップゴーレムが現れても、それはボーイくんではない。

 だから、「だから――」とセレナは続ける。



「――ここから出て……私についてきなさい」



 セレナの言葉がセーフティーエリアに響く。



 ――詰まる所、サーバントにして戦わせるのがお嫌で、ここに残すのもお嫌なのでしたらNPCとなされば良いかと。

 ――NPCとは申しましても、この場に縛られません。彼の場合は命令にも極力従いますのでこの古の城塞から連れ出す事も可能なのですよ。



 昨夜のセバスチャンさんの説明を思い返す。

 それを受けて、考えて、私たちが選んだのはボーイくんをこのダンジョンから連れ出す事だった。果たしてその答えは――。


 ――コクリ。


 ごくごくあっさりと返ってきた。



◇◇◇◇◇



「歯車取り換えるわ。ちょっとの間動かさないでよね」


 そう言うとボーイくんが動かなくなり、セレナはボーイくんのいた物置にあったイベントアイテムである道具を取り出した。

 それを使って1つ1つ壊れかけた歯車を取り外し、新しい歯車へと交換していく。

 取り外し床に置かれた歯車は瞬間にカシャリと壊れ、光の粒となって消えてしまう。

 けど、メガと名の付くゴーレムたちの破片から造られた歯車にはそんな風になるなどと言う不安は感じない。実に頼もしい。


「これで……終ーわり、っと」


 カチリ。歯車の最後の1つを取り付けた。するとどうだろう、今まで止まっていた歯車がカチカチとゆっくり動き始めた。


「ボーイくん、どう? 何か変わったかな?」


 手足をカチャカチャと動かして頷くボーイくん。見た目からではあまり違いは感じられないけど、ボーイくん自身は違うのだろう、どこか嬉しそうに体を動かしている。


「良かったね」

「じゃなきゃ張り合いが無いでしょ。へへへ」


 グリグリとボーイくんの頭を撫でるセレナは、とても嬉しそうで、周りを囲む私たちは疲れなんかぶっ飛んじゃうのだ。

 ……けど、そんな温かな視線にハッと気付いたセレナは顔を勢いよく逸らして、誰にとも分からない言葉を口にする。


「さっ、ささささ、さってとぉ! やる事やったなら長居なんてしてらんないわよ! 今日中にフィエスラ湖に着くんだからね!」

「ぐはっ」


 セレナの宣言に天丼くんが血を吐きそうな勢いで崩れ落ちる。


「ここからまた走んのかよ〜」

「ほっほ。とは言え、ここから先は入り口まで引き返すのみ。そう時間は掛からないでしょう。さ、男児たるもの痩せ我慢と空元気は標準装備でなくてはなりませんぞ」


 妙な理屈を振りかざすセバスチャンさんに続き、調子を取り戻したセレナもまた口を開く。


「それに、どうせなら昼間の内に着きたいじゃない。折角のフィエスラ湖なんだからさ」

「ああ、そうだよね。明るい内の方が気持ちよさそうだよね」


 広い湖と吹き抜ける風を想像しほのぼのしていると、セレナの不敵な笑いが起こる。


「それだけじゃないけどね」


 との言葉に首を傾げるも「お前だって実物見てないだろうがよ」などとのたまった天丼くんにより話は中断。

 私たちはそのまま、古の城塞を脱出するべくセーフティーエリアを後にした。


(さっきのはなんだったんだろう?)


 と、首を傾げ続けながら。



◇◇◇◇◇



 長い長いダンジョンアタックを終えた私たちは、ようやく最初に入った場所まで戻ってくる事が出来た。

 周囲を見てみれば久し振りのお日様が城塞すら照らしていて、昨日の暗い雰囲気はずいぶんと軽減していて、さながら西欧の古城とも通じて見える。

 唯一トンネルを塞ぐ門は重々しく感じるけど……セレナは傍らのボーイくんへと指示を出す。


「ボーイ、この門を開けて」


 頷いたボーイくんは門の近くに設置されている手動開閉用の装置の前に行き、自らの真ん丸の手から3本の棒を出す。

 それを壁の窪みにはめ込むと回転させる。するとそれに合わせてゴゴゴゴ、と鉄格子の門が少しずつ持ち上がっていく。


 以前の歯車だと門を開くと壊れてしまっていたけど……今度はそんな様子は無い。ほっとひと息。


「じゃ、馬を連れてきちゃうわよ!」


 ここまで私たちを運んで来てくれた馬さんたちはダンジョンアタックの間、セーフティーエリアである草地に放っていた。通行が可能になったなら迎えに行かなきゃね。


「ボーイくん、少し待っていてね」


 馬さんたちは遠目に見る限りはずいぶんとリラックスしているみたいで、尻尾を揺らしては軽やかに歩いている。昨日までの疲れは少しはとれたのかな?

 セーフティーエリアは結構な広さを誇り、放牧同然の馬さんたちを連れてくるのは大変かなと思ったけど、私たちが入ると気付いて近付いてきてくれた。


「ぶふるるる……」

「遅くなってごめんねディファロスくん」

「なんだって外でずっと一緒だった私よりもアリッサに懐くかな」

「そりゃ動物的な勘でお前の性格のアレさ加減に分かってんだろ?」

「アンタは私の性格のアレさ加減が分かってないらしいわね」


 眉を逆立てたセレナに襲われる天丼くんはともかくとして、トンネルに戻るとボーイくんが手を引き抜く。

 すると今度はゆっくりと門が降り始めた。ドシンとかすかに地面を揺らし、門は完全に閉じる。


「では、参りましょうか」


 セバスチャンさんが手綱をピシリと鳴らすと馬さんたちはパカラパカラ、ゆっくりとトンネル内を進んでいく。

 中は陽光も届かず、更には照明用だろう精霊器も作動していない。だから灯りは馬車に備え付けの精霊器、先を明るく照らしてくれている。


「ボーイー、また出番が来たわよー」


 続いてトンネルを進んで逆側の門を同じように開けてもらう。ゴゴゴゴと門が上に持ち上がっていく。


「わ」


 そしてその向こうには一面の平原が広がっていた。


 ――ひゅおぉぉう……。


 一歩。外に出てみれば平原を吹き抜ける一陣の風が髪を撫でる。


「気持ちいい風……」


 はじまりの草原とも異なる風景だった。

 足首程も無い芝生はただひたすらに彼方にまで続いていた、邪魔をする物の無い澄んだ風がそれを物語っている。

 陽の光に照らされている芝生は青く、秋口とは思えない程美しい。

 カチャカチャと遅れてやって来たボーイくんは、一体どんな気持ちを抱いているのかな?


(言葉を交わせないのが、少し残念かも)


 そしてドシンと鉄格子の門が閉まると私たちも先に進む時が来た。


「では、参りましょう。フィエスラ湖までの道案内は不肖このセバスチャンめにお任せ下さい」


 セレナと天丼くんはこの古の城塞で躓き、引き返したのでこの先を実際に行った事のあるのはセバスチャンさんだけだ。

 誰からもノーは無く私たちは馬さんに跨がる。ボーイくんは折角だからとセバスチャンさんの座る御者席に同席させてもらう事になった。


「ボーイ、大人しくしてなさいよ。セバスチャンの邪魔しちゃダメだからね」


 ボーイくんがコクリコクリと頷き、私もひーちゃんへとお願いをする。


「ひーちゃんは前と同じように外でみんなのお手伝いをしてね」

『キュイ!』


 ひーちゃんは自由に空を飛べるので、馬車に近付くモンスターの牽制や撃退などをしてもらっている。

 馬車の上に陣取り、周囲を警戒するひーちゃんを確認して私は馬車の中へと乗り込んだ。

 ポシェットから取り出すのは筆記用具一式、私はこれからまた火曜日からの中間試験の為の試験勉強に突入する。

 あんな綺麗な草原の中を走れないのは割と損な気がしないでもないけど、こればかりは学生である以上避けては通れないのだから仕方無い。


「さーて! 行きましょうか! 目指すはフィエスラ湖! 飛ばして行くわよーっ!!」

「かしこまりました」


 手綱をぐっと握り込み、ピシリと打つ。馬さんたちがそれに応え、嘶きと共に走り出した。

 私は窓を閉め、テーブルへと向かっていった。



◇◇◇◇◇



 パカラッ、パカラッ。カタ、カタ。

 小さく揺れる馬車の中、ノートに様々な文字を書いていく。

 どれだけそれを続けていたか、と言うのはあまり考えない。ひたすらに手を動かしては頭へと入れていく。

 そんな時だ。

 馬車の速度が急に落ちて私の体が傾いだ。


(どうしたんだろう、モンスターかな? それにしては騒がしくないし……)


 気になった私は御者席に通じる窓に向かい、カラカラと開ける。


「あの、どうかしたんですか?」


 そこに座っていたセバスチャンさんに声を掛けると、思案が滲む声が返ってくる。


「おお、お騒がせして申し訳無い……その、少々気になる物が道にありましてな」

「はい?」


 私たちの進路からは少し離れた場所に1台の幌馬車が止まっているのが目に止まる。


「どうしたんだ、アレ。セーフティーエリアでもなさそうなのに危ないな」

「見たトコPCじゃなさそうね」


 その幌馬車には複数の人がいるようだけど、ターゲットサイトの色からそう判断出来る。

 でもそうだとしたら、モンスターが徘徊するフィールドにいるのはいかにも危ない。


「なんだか困ってるみたい」

『キュー?』

「ふむ。わたくしが事情を聞いて参りましょう。皆さん、周囲の警戒をお願い出来ますか」

「了解だ」

「任せるわ」

『キュイ』

「はい、分かりました」


 「こら」と言われたけど、警戒なら人手もいるだろうと馬車を出る。

 セバスチャンさんは手綱を引くと幌馬車に近付いていく。私たちは前後に別れてモンスターが近付かないようにガードする。

 パーティーチャットは私のみ参加していないので会話の内容は分からない。


「皆さん、遅くなりました」


 会話が終わったのか、セバスチャンさんは私たちに合流した。


「結局なんだったの?」

「この馬車はこの道の先にあるアトゥ村へ行く途中らしいのですが、護衛のNPCが負傷してしまい立ち往生していたようなのです。彼らからはクエストを申し込まれました」

「ハプニング系のクエストか」

「大変じゃないですか!」

「はい。わたくしもこのままにするのは忍びない。もし皆さんが宜しければ護衛クエストを引き受けたく思うのですが……」


 セバスチャンさんは私たち3人に順に尋ねていく。私たちはもちろんOKを出した。


 それを受けて私たちはフォーメーションを変更する。

 まずセバスチャンさんの操る馬車が先行し、幌馬車がそれに続く。

 攻撃能力の高いセレナが馬車に陣取り、ひーちゃんは上空から周囲を警戒。

 防御担当の天丼くんが後方をカバーする為に馬車から1頭外して幌馬車の後ろに位置取った。

 そして私はと言えば……。


「すまねぇな、姉ちゃん……面倒をかけちまってよ」

「いえ、お気になさらず。困った時はお互い様と言いますから」


 幌馬車に同乗させてもらっていた。

 怪我人がいるのなら〈ヒール〉で回復してあげたかったのだ。

 幌馬車の荷物の中に埋もれながらに呻く3人の男性を見た時には既に私の中では選択肢は無く、みんなに護衛を任せて幌馬車へ向かって歩いていた。

 セレナ曰く「ポーション飲ませれば?」との事だったけど、セバスチャンさんによればポーションは血を流したりしないPC用の体力を回復させる薬品であって、切り傷・打撲などの怪我の回復を速める以上の効果は無いとの事。

 対して〈ヒール〉なら癒しのスキルであるので有効、との事だった。

 事実包帯から血の滲む程の怪我であったのに〈ヒール〉を掛けると顔色も良くなり起き上がれるくらいに回復出来た。安堵に胸を撫で下ろす間も無く、私は次の人へと〈ヒール〉を使うべく詠唱を始めた。


「いてて、油断しちまったぜ。あそこでおれの短剣が折れなきゃあこんな下手は打たなかったのによぉう」

「そうですか、大変でしたね。お怪我は痛みませんか?」

「いやいや、今までくぐってきた修羅場に比べりゃあこのくらい何てこたぁないってもんでさぁ。何せおいらは――」

「おうおうベズ、ありもしねぇ話を捏造してんじゃねぇよ。そもそもええかっこしいのお前が止めるのも聞かずに飛び出したから陣形が崩れたんだろうが。美人の姉ちゃんの前だからってホラ吹いてんじゃねぇやい、スカタン」

「そ、そいつは言わない約束ですぜぇ、ゴンザの兄サン!」


 微妙に反応に困る2人のやり取りの間に2人目の治療を終え、3人目に取り掛かろうとすると怪我をしている方の手で私を制止する。


「この通り動かすのには問題無い。治療は要らん」


 3人目の男性は確かに前の2人よりも軽傷のようだし、断られた以上は無理強いも出来ないのだけど……。


「あんたは護衛に集中してくれ」


 そうすげなく言って武具の整備を始めてしまう。

 むう。そう言われても今は常に〈プロテクション〉を張れるように待機状態にしてある。

 理想としては〈プロテクション〉を張ったまま移動出来ればいいんだけど、〈プロテクション〉は“指定した場所”に展開するので動かせないと言う欠点がある。

 なので何かあればチャットから〈プロテクション〉を展開するように促してくる手筈なのだ。

 無いとは思うけど、もしもみんなが突破された際の最終防衛ラインが私、らしい。

 今の私に出来るのは幌から顔を出して周囲を見ておくくらいのものなのだけど……。


「いやぁ悪い悪い。あいつも根はいい奴なんだが如何せん愛想ってもんをお袋の腹の中に置き忘れてきちまったような堅物でよ。依頼を完遂出来ないのを悔しがってんだ」

「は、はぁ」

「はっはっは。八つ当たりですから気にせずに、それよりおいらとちょろっとお喋りの1つでも――あいてっ!」

「てめぇはもっと気にしやがれ、このスットコドッコイ!」


 拳骨をお見舞いされてるのを今のは回復しなくていいかなあと苦笑しながら見ながら、私は幌馬車の前方の御者台に座る今回の依頼人の商人さんに声を掛ける。


「異常はありませんか?」

「はイ、お陰さまデ順調でス」


 どこか妙なイントネーションで話す商人さんは犬人族、それもその因子が強く出ていて頭が犬そのもので、服から覗く肌は毛で覆われている(PCでも極々稀にそうなるらしいけど見た事は無い)

 柴犬っぽい商人さんは話し相手が来て嬉しかったのか、尻尾をぱたつかせて二の句を継ぐ。


「それにシてもあの連中にも困ったものダ。毎度毎度騒がしいったらなイ」

「いつもご一緒に行商をなされてらっしゃるんですか?」

「いつモ、とは違いますネ。街や村に寄っテ、発つ時にまだ居たら雇ウ、くらいの間柄ですヨ。悪い奴ラではないし、腕も悪くなイと分かっているので雇ウのですガ、あの通りで時々ヘマをすル」

「ああ……なるほど」


 さっきのやり取りが常時、となると……ちょっと不安かもしれない。

 けど、それでも雇い続けてるのはそれだけ信用している、って事なのかな。


「その所為デ散財するのガ定番だっタのですガ……今回はあなたがたのお陰デ何とかなりそうでス」

「いえ、たまたまですしお気になさらず……でも、あのままだったらどうなさるおつもりだったんですか? 近くにセーフティーエリアも無いようでしたし……」

「あア、コレですヨ」


 商人さんは懐から手の平大の、布に包んだ何かを取り出した。結び目を解くと中からは金属製の器が出てきた。


「これは……香炉、ですか?」


 お饅頭に脚を付けて、上部にいくつかの穴を空けたような形状。お香を焚く為の炉に見える。


「はイ、そうでス。これは『破邪香(はじゃこう)』と言うマジックアイテムでしテ、焚けば魔物の嫌がル香りヲ発して近付かせないのでス。もしもの時ハこれで次の村まで……ト思っていましタ」

「そんなアイテムがあったんですか、便利ですねえ。でもそれなら最初からそれを使えば……」

「いエ……この破邪香、恐ろしク高いのでス。あの3人を雇ウよりよっぽど。使わズに済むナらこレ程ありがたイ事はありませンよ」


 そう言って乾いた笑いを上げる商人さん。ほんとにもしもの時の備えだったみたい、だとしたら私たちが通りがかったのは商人さんにしたらすごいラッキーだったんだろうな。


『キュイキュー!』


 と、そんな会話の最中にひーちゃんが騒いだ。次いで開いたままだったチャットから、押し殺したセバスチャンさんの声が飛び込んできた。


『アリッサさん。お話し中に失礼致します、10時方向より『バードケージ』が4羽接近中です。ご注意を』

「了解しました。商人さん、馬車を止めてください」

「はイ」

「ひーちゃん、他にモンスターが来たら教えてね」

『キュイ!』


 始めからこちらに狙いを定めているのか、4羽の鳥が翼を羽ばたかせて接近している。

 バードケージは文字通りと言うかなんと言うか、鳥籠の中から頭と翼を出している鳥型のモンスター。明らかに鳥と籠のサイズが一致していないのだけど、当のバードケージは知った事かとばかりに軽快な動きをしてこちらを翻弄する。

 しかも攻撃を加えようとすると頭と翼を引っ込めて籠をまるで鎧のように使うので防御力も高く、籠の重量を利用した体当たりには注意が必要な相手だった。


『ここは任せなさい! 私の実力ってモンを見せつけてやるわ!』


 そう言ってセレナがディファロスくんから降りてバードケージの群れへ飛び出し、セバスチャンさんが支援の為の曲を奏でる。天丼くんは周囲に更なる敵影が無いかを見極めつつ、幌馬車の傍らに移動。そして私は〈プロテクション〉を展開して戦況を見守る。


『食らいなさいッ! 〈トルネイダー〉!!』


 大鎌を竜巻でも起こさんとばかりに振り回し何羽ものバードケージをまとめて攻撃し、ヘイトを稼いでターゲットを自分に集中させている。

 セバスチャンさんは〈頑健のマーチ〉で防御力を上げ、集中攻撃に晒されているセレナを守りつつダメージの底上げを計ってる。

 幌馬車を守らなきゃいけない手前、攻撃に参加出来ないのが口惜しいけど、そんな心配は無用とばかりに跳ね回っては1羽、また1羽と倒していき、数分と掛からずに襲ってきたバードケージを一掃してしまった。


『ふん、ざっとこんなもんよ』

『お見事です、セレナさん』


 大鎌をブゥン! と振るって背に担ぐと再び馬車の上にひらりと陣取る。

 私は安堵して(天丼くんやひーちゃんに確認を取ってから)〈プロテクション〉を解除した。


「は〜、やっぱスキルってのは便利なモンですねぇ」


 幌馬車が走り出すと先程2番目に治療を施した小柄な男性が私の杖をまじまじと見つめながらそんな事を語り掛けてきた。


「そうですね。スキルが無かったら私なんてモンスターを相手に戦うなんて出来ませんから、すごく助かります」

「おいらたちも使えないモンですかねぇ、ゴンザの兄サン」

「無いものねだりしちゃあいけねぇや。姉ちゃんたちは星守だから使えるんだ、おれらみたいなのには縁の無ぇ話だろうよ」

「世知辛い話ですねぇ」


 2人はそう言って笑い合う。星がすべて目覚めれば使える筈だけど、現在の星の瞬きを数えてみればそれが果てしなく遠い道なのは誰にでも分かる事なんだろう。

 そうしてしばらく旅路を共にし、私たちはひとまずの目的地であるアトゥ村へと到着した。


「皆さン、この度はどうモお世話になりましタ。報酬でスが……何か必要な物はありませんカ? こちラで用意出来る物なラ……」

「いえいえ、元より目的地も同じでしたからな、困った時はお互い様とも申します。どうかお気遣い無く」

「いエ。セバスチャンさん、ワタシはこれでモ商人の端くレ。恩ヲ蔑ロにしテは名折れもイい所」

「ふむ……」


 意気込む商人さんに対して考え込むセバスチャンさん。そんな様子に思わず私は手を上げた。


「あの、でしたらちょっと尋ねたい事が……」

「はイ、何でしょウ?」


 私は手を繋いでいるボーイくんを示す。


「この子をメンテナンスしてあげたいんですが、何処かご存知ではありませんか?」


 剥き出しの胸部から見える歯車こそ新品だけど、装甲はボロボロだし、内部にしても大分汚れてしまっているので綺麗にしてあげたい。


「成る程、ゴーレムですカ……分かりましタ。以前仕事で知り合っタ方がいまスのでご紹介しましょウ」

「ありがとうございます!」


 商人さんは手早く紹介状を書いてくれる。ありがたい事に場所はこれから向かうフィエスラ湖にあるライフタウンなのだと言う。

 それが済むとクエスト完了のウィンドウが開き、次いで怪我をしていた3人がこちらへやって来た。


「おれらからも改めて礼を言わせてくれ。姉ちゃん、世話になったな」

「助かりやした、このご恩は忘れやせん」

「手間を掛けた」


 3人はそれぞれにお礼を行ってくれる。けど、最初に治療をした人はどこかまだ体の動きにぎこちなさを感じるし、あまり無理をしないでほしい旨を伝えると、ガッハッハと豪快に笑う。


「生憎と、殆どその日暮らしみたいなもんだからなぁ。のんびりしてたら食いっぱぐれちまわぁ」

「まぁ、そこそこ治るまでは安い仕事で食い繋ぎますよ。あ〜、酒はしばらくお預けですかねぇ」

「はっはっは、そいつは辛ぇな」

「大丈夫なんですか?」


 心配になって聞くと、ドンッ! 怪我をしている筈の胸を、岩のような拳で叩く。


「なぁに、それぐらいなんとかならぁな。何せ姉ちゃんが治してくれたんだからな。おれの言葉はともかく、自分の腕なら信じられるだろぉよ。なぁ?」

「あはは……分かりました。みなさんお元気で」


 「おう」と本当に元気よく、彼らは村の中へと消えていった。商人さんは別の用事があるのか違う方向へと幌馬車をゆっくりと前進していき、私たちはそれを最後まで見送っていた。


「無事に送り届けられて良かったですね」

「ええ。皆さん、ご助力ありがとうございました」

「ふっふん、これくらいなら何て事無いわよ」

「まぁな。んな事よりそろそろログアウトの時間だろ。さっさと宿屋探して寝ちまおうぜ」


 天丼くんの提案に否やは無く、私たちもこの村で宿屋さんに泊まる事になった。

 今回泊まる事にした『流れる水面亭』は風に揺れる小花亭よりも1ランクは下がりそうな外観だったけど、その名に違わずアトゥ村最大の特徴である『アトゥレス川』に併設された宿屋さんだった(ちなみに宿名を聞いたセバスチャンさんの眉がぴくりと動いたりした)。

 チェックインを済ませ、集合時間を取り決めて今回はこれで解散となる。サミーラ村と同様に、この流れる水面亭でも女子と男子の2人部屋×2を借りている。


「セバスチャンさん、天丼くん、お休みなさい。また後で」

「ええ、アリッサさん、セレナさん、良い夢を」

「いつまでもヘタレてんじゃないわよ、みっともない」

「張り切り過ぎてヘマするなよ、見てられねー」


 お互いに挨拶(かは微妙なのが若干名いたけど2人にはそれが普通かと思っておこう)を交わして部屋へ入る。

 そこは囀ずる小鳥亭よりも狭く少々古ぼけていたけど、泊まるのに不足は無い。


「この後はいよいよフィエスラ湖ね。時間的には結構ギリギリだけど」


 バフンとベッドに腰掛けるセレナはウキウキとした気持ちを声には乗せてそう言った。ボーイくんを備え付けの椅子に座らせて少しお喋りをする。


「それでもまだ通過点だけどね。そこからレベルアップの為にいっぱいいっぱい戦闘しなきゃいけないし」

「ははん。ばっちこいよ」

「お世話になります」


 ペコリと頭を下げると、セレナはぷらぷらと手を振った。


「いいわよ。今回はコイツの事もあるし……あぁそうだ。さっきはありがとね」

「さっき?」

「ほら。さっき商人にさ、コイツの整備出来るヤツ紹介してもらったじゃん。だからサンキューって話」

「どういたしまして。でもほんとに紹介してもらえるとは思わなかったなー。もしも、くらいの気持ちだったのに」

「運が良いんでしょ。まぁ、紹介された相手が腕がいいとは限らないけどさ」

「そこはもう祈るしかないね」

「そりゃそうね」


 そうして小さく笑いながら私たちは一旦ログアウトしたのでした。


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