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第83話「未来は貴方の為にある」




 ――ピキッ。


「――え?」


 不意に何かが砕けるような音がした。

 それがどこから聞こえたのか、問わずとも見当がついてしまった。


(だってボーイくんを見つけた時、彼の部品は壊れて――!)


 だから一拍の間も置かずに私はボーイくんの正面に回り込む。そこには装甲が脱落し内部が露出した胸部があった。そして――。


「……あ」


 それでも、声は出てしまう。

 その胸を見れば胸にはめ込んだ歯車に小さな亀裂が走っている。いずれは壊れてしまいそうだと容易く想像出来た、その時ボーイくんは……また。


「あ、あのこれは……」


 焦った私の視線は忙しくセバスチャンさんと目の前にいる小さなポップゴーレムを往復する。


「彼の歯車は門を開く度に1つ、壊れてしまうのです」

「門……門? ちょっ、ちょっと待ってください……じゃあ、あの正面の門を開けるのって……?」


 思い出すのはこの古の城塞の正面には鉄格子の城門が道を塞いでいる。そこを開けるには専用の機械が必要と聞かされていた。


「ええ、ここと鉄格子の門を2ヶ所開ける事が彼の役目ですからな」

「……役、目」

「はい。彼はこのダンジョンの道を開くイベントNPCです、我らがこのダンジョンを去ればイベントは終了し、彼の役目もまた終わります」


 セバスチャンさんに言われ、手の先を見る。そこには無機質に佇むポップゴーレムのボーイくんがいる。


「このまままた最初の、私たちがボーイくんを見つけた時みたいになるんですか? 歯車が壊れて……動けなくなって……」

「はい。そしてまたどこかの部屋で我らが……いえ、セレナさんが歯車を持ってくるのを待つのです」


 そうして気付く。そう言えばボーイくんはセレナに割り当てられたポップゴーレムなんだ。


「それって……」


 セレナがここを訪れない限り、ボーイくんは出現しないと言う事。自分からは会いに行く事も無く、他の誰かが来ても見えないまま、触れられもせず、応じもしない。


(それでも、ずっと、ずっと、ボーイくんは待つんだ)


 そう決められているから……でも、それは酷く寂しい事だと思う。

 別段それ程長く一緒にいた訳じゃない。言葉を返してもらった訳でも、まして遊んだ訳でもない。

 それでもこうして手を繋いだ、繋いで歩いた。

 それは私の心を波立たせるには十分過ぎた。


「セレナ、あの……イベント手伝ってって言ったよね」

「言った」

「なら、セレナは……どうするの?」


 ここまでイベントの詳細を聞かされていなかった私は視線を少し動きがぎこちなくなってしまった歯車を見ながらそう尋ねた。


「ソレよ」


 セレナはそうぶっきらぼうに呟くと私の隣にしゃがんだ。


どのルート(、、、、、)に行くか……まだ悩んでる私がいる」

「……ルート……って?」


 その問いに応えたのはセバスチャンさんだった。


「このイベント《古の友人》はマルチエンディング方式が採用され、大まかに幾つかの異なる顛末が用意されているのです」


 セバスチャンさんはまず指を1本立てる。


「1つ目はバッドエンド。行動を共にしていた彼が何らかの理由で壊れてしまった時。この場合はそこでイベントは終了、以降その時のパーティーリーダーが幾度ここを訪れても彼とは出会えなくなります」


 続いて2本目、中指を立てる。


「2つ目はノーマルエンド。彼と普通に別れると彼の歯車が壊れ、最初と同じ状態にまで戻ります。この場合はここを訪れた際に再び彼と出会う事も可能です。ライフタウン間の行き来ならばポータル転移を用いれば可能ですので大半の方はこの終わり方でしょう」


 更に3本目の薬指。


「3つ目はグッドエンド。このダンジョンで本来の彼の体用の歯車を入手し装着する事で彼は自由に動く事が可能となり、何度門を開けても砕けません。例えば何かしらの理由で幾度もここを通過せねばならない場合などはこれを選択するでしょう、正面門に到着すると彼らが現れては開けてくれるのだとか」


 そして4本目の小指が立てられた。


「そして最後にトゥルーエンド。ギガンティックゴーレムからのレアドロップである『エメテュウム鉱石』を用いて作られた『エメト歯車』を彼の歯車として装着する事で、《調教》の加護の対象として『テイム』し、『サーバント』として使役出来るようになります」


 セバスチャンさんはその4本の内人差し指と中指を折り、セレナに問うた。


「さて、セレナさんはどの選択をお望みなのでしょうか?」


 対してセレナは沈黙して答えない。


「セレナは……このまま何もしないつもりではないんだよね?」

「まーね」


 ぽつりとした呟きにはまだ迷いが見えた。


「私は……コイツ用の歯車こさえてさ、そんでハイサヨウナラ……なんてのは何もしないのと一緒だって考えてる。だってそうじゃん、私……ココ通り抜けたらもうわざわざ来ないもん。そんなん壊れてようが、好きに動けようが待つだけなのは変わんないでしょ」

「うん」

「……でもさ、だからってサーバントにすんのも、なんか違う気がしてる」


 サーバントは使い魔とも呼ばれるモンスターの従者の事だ。

 《調教》の加護を持つと一定確率でフィールドやダンジョンに出現するモンスターをテイムして仲間に出来る。

 私も以前、加護を取得しようとしていた頃にひーちゃんのようなファミリアにするかサーバントにするかで迷った事があるので基本的な事は知っていた。


「見てよ、コイツの締まりの無い顔」


 ぐりぐりとボーイくんの頭をセレナが撫でている。


「コイツ元々戦闘用じゃないんだってさ。ただのお手伝い用の……言うなら市販のロボット掃除機の親戚よ。そんなん戦闘に駆り出して何が楽しいってのよ」

「だけどよ。戦闘を重ねれば……『進化』だっけか、してよ、もっと強いゴーレムになるかもだろ?」

「『エヴォルヴ』ですな」


 サーバントは経験値を得てレベルを上げると別のモンスターに姿を変える。それをエヴォルヴ(EVOLVE=進化させる、の意)と呼ぶ。

 例えば攻撃を重視すればソードゴーレムになるかもしれないし、防御を重視すればシールドゴーレムになるかもしれないと言う事。

 天丼くんの言うように、最初は辛くてもいずれは有用なサーバントになる可能性もあるんだろう。

 けど、セレナは素っ気無く答えた。



「……それの何がいいのよ」



 と、ボーイくんを撫でながら言ったのだ。


「言ったじゃん。コイツ、お手伝い用なのよ。それを戦闘に引っ張り出して戦闘用にする事が……コイツの為になるのか、って考えちゃうのよ。アンタだったらどう? 自分がさ、ただの学生だったのにいきなりどっかの戦場に放り出されてホラ戦えとか、兵士になれとか言われたらさ、嬉しい?」

「極端な例えを……」


 しかし、天丼くんは押し黙ってしまった。そりゃそんなの大小はあれ大概は嫌だろうからそれ以外の反論なんて出来る筈も無い。

 あるいは『モンスターだから』『NPCだから』と言う理屈で片付ける人もいるかもしれない。

 ……けど、そうでない人もいる。

 セレナや、そして……私みたいな人が。


「そうだね……私もね、初めてひーちゃんを戦闘に参加させる時に聞いたんだ。モンスターと戦うの大丈夫? って」

「……答えは?」

「見ての通り。力を貸してくれるって応えてくれたよ」

『キュイ!』


 ひーちゃんはどこか自慢げに胸を張る。そして私も、そんな勇気のあるひーちゃんを誇らしいと思う。


「MSOってファミリア(ひーちゃん)にも、サーバント(ボーイくん)にも、心があるもんね……この子たちがどうしたいか、考えるよね」

「あはは。多分少数派よ、こんなんに気を回すヤツとか」

「多数派が正義とは限りませんから」

「生意気」


 それでもセレナはガッと肩を組んだ。少しだけ体重を預けてもらえるのは……その重みの分だけ嬉しかった。

 ちょっとはセレナの肩の荷を引き受けられたろうかと思えるから。

 そして身軽になったセレナは、私たちパーティーで一番の物知りに話し掛けた。


「ねぇ、そこのじいさーん。こう言う時用の知恵袋っしょ、何か妙案とか無いの?」

「あります」


 即答であった。もうばっさりと、あっさりと、即答してくれました。

 ちなみにセレナはずっこける一歩手前だった。


「あるんかい!!? ちょ、そう言う事は先に言いなさいよ!! アリッサ並みにこっ恥ずかしい独白しちゃったじゃないのよコンチクショーッ!!」

「なんでだか私がけなされた!」


 ひどい話である。肩を外してしまえ。


「で? そのあります、ってのはどんな案なんだよ」

「こほん。ではですな――」


 セバスチャンさんの説明が始まった。それは確かに私からすると盲点だったのだけど、当のセレナの反応は芳しくない。

 目を座らせて、先生のように説明していたセバスチャンさんを睨むのだ。


「あのねぇ、私は年中根無し草なの。それくらい知ってるでしょ、それじゃあ単に――」

「……」


 が、私はそれで考え込む。

 その方法がアリなら……。


「セレナ」


 私はセレナと、みんなに思い付いた事を話したのだった。

 その返答は――。


「いいかも……ううん、それがいい! それがOKだってなら、それで行く!」


 セレナは確かにそう言った。



◇◇◇◇◇



 その後、明日の予定も概ね決まり、そろそろ夜もふけていい時間となっていたので今日の所は解散する事となった。

 私たちが手近なセーフティーエリアへと入ると、セバスチャンさんがとあるアイテムを実体化した。


「これは『フラグメント・オーブ』と申しまして、キャンプ系アイテムの一種ですな」


 明日も私たちはこの古の城塞でイベント攻略を行わなければならない。

 しかし、どこかに宿泊するでもなければもれなく最後に立ち寄ったライフタウンのポータルポイントまで移動させられてしまう仕様のMSOだ。

 馬さんたちと馬車は外のセーフティーエリアに待たせてあるので、それでは余計な時間を使ってしまう。

 けど、MSOにはそう言った事を防ぎセーフティーエリアからリスタートする事を可能にするアイテムがある。それがキャンプアイテムと呼ばれる特殊なアイテムだ。

 キャンプアイテムはその等級が無数にあり、その場所に留まれる効果の有効時間・睡眠度&空腹度の減少軽減や回復効果・諸々の設備など効果や仕様が充実していればそれだけ値段やレアリティがはね上がるのだとか。

 セバスチャンさんが持っていたのはそんなキャンプアイテムの中でも超と付くくらいにレアな星の欠片(フラグメント・オーブ)と言うアイテムだった。

 睡眠度&空腹度に関しては効果が薄いものの、相場では2〜3時間が普通の有効時間が驚異の48時間と聞いた時のセレナと天丼くんの驚愕の表情は正直こっちがびっくりした程。


「使用方法はオーブに触れながらログアウト操作を行って頂ければ良いのでどうぞお使い下さい」


 そう言いながら置いたのは10センチくらいのクリスタルの破片を球状のガラスで覆い、支柱を3本付けた物。


「なんだか……綺麗ですね……」


 おそらくはこれが星の欠片らしいクリスタルの破片は、不思議な事に中からキラキラと細かな光を放つ。ひーちゃんも嬉しそうにその光に当たっていた。


「これって一体なんなんですか?」

「星の欠片です」

「……いえ名称と言うかこの破片は一体何製なのかなあ、って質問だったんですけど……」

「いえ、ですから星の欠片です」

「……」


 私は上(正確には天井の向こうの空の星)を人差し指で差した。セバスチャンさんが頷いた。

 続けて星の欠片(仮)を指差すとセバスチャンさんはやっぱり頷いた。


「ああ星の、ってえええええっ?!」


 どっ、どうやって星を……って言うかこの世界の星って砕けるものなの?! イメージは生き物に近いのに!


「正確には空の星ではないのですが……ではここで問題、我々星守が何故アラスタへ最初に降り立つかご存知ですかな?」

「そりゃ“はじまりの街”だからでしょ。そこがスタート地点って話」


 セレナの言うように“はじまりの街”アラスタはゲームのスタート地点だ。

 周囲には初心者向けのモンスターが出現し、チュートリアル代わりの道場などもあるらしい。

 運営側が初心者の為に作った街なのだからそこに最初に訪れるのは当然だと思う。


「いえ、わたくしが言うのは設定面での事なのです」

「設定……?」


 ……そっか、考えてみれば星守が生まれた理由、戦う理由、その背景まで色々と用意されているこの世界なら、どうしてアラスタに最初に降り立つか、にも理由くらい用意されていても不思議は無い……のかな?


「アラスタには昔々隕石が落下したそうなのです」

「隕石……?」


 思い浮かべるのは大気圏の摩擦熱で赤く燃え上がる石の塊。大きさにもよるだろうけど、そんな物が落ちてアラスタは大丈夫だったのかな?

 私もあそこで過ごしてしばらく経つ、少なくともクレーターが出来ていた地形には思えないけど……。


「この世界では迷子星と言われておりましてな。星がふらふら〜っと軌道を外れて、ひゅー……ぽてんと落ちてくるのだとか」

「もう何でもアリだなこの世界の星」


 超が付きそうなざっくばらんな説明ながら、以前には星は子供を生んで増えるとか聞かされたもので結構簡単に信じている私たち。

 そもそもはじまりのものがたりと言う絵本でも、星たちは元気に空を飛んでいたとされているくらいだから不思議でもなんでもなかったのかもしれない。


「もう数百年は昔の事だそうですが、アラスタの地下には今もまだその星がおられます」

「え、じゃあまさか……」



「ええ、我々星守は……地上に輝く星に向かって太陽神から産み落とされるのだそうですよ」



 それはまた、これ以上無いくらいの目印かも……。


「そしてその星は自らの身を砕き、世界中に贈ったのだとか。その欠片は魔を退け人々に安寧をもたらした、との事です」

「世界中に……?」


 首を傾げていると天丼くんが得心したとばかりに手を叩いた。


「ライフタウンか!」


 それにより私も気付く。ライフタウンにはモンスターを退ける結界みたいな物がある。それをもたらしたのが星の欠片……だからポータルポイントは“地上の星”って名前なんだ!


「はい。星が身を砕いた故にその場所はライフタウン(命の街)と呼ばれ、元々が1つの体である故にポータルの間には通路が結ばれているのです」

「星の廻廊ですね」


 ポータル間の転移はそう呼ばれる。私たちが色んな場所に行けるのもその星さんのお陰だなんて……。

 また1つ物知りになれた。


「話がずいぶんと逸れましたな。この星の欠片は小さすぎてポータルには用いれなかったのですが、一時的にライフタウンのポータルのように星守をその地に留める力を持つのですよ」

「はー……すごいんですねコレ」


 フィールドでログアウトすると最後に立ち寄ったライフタウンに強制的に戻される。どうやらそれと同じ事が起こるみたい。

 間違い無く神聖な物なので思わず拝んでしまった。


「つーかそんなモンよくゲット出来たわね……」

「いえいえ昔取った杵柄でして」

「開始が3ヶ月遅れるとここまで致命的な差になるってのにびっくりしたわよ」


 そんな結構壮大なやり取りも終わり、私たちはログアウトする段に入った。


「じゃあ俺から試してみるな」


 そう言って操作を始めた天丼くんながら特に変わった様子は無いと言い残して、少々気の抜けた顔でログアウトしていった。


「アリッサお先にどうぞ」


 そう言ってセレナはボーイくんと話し始めた。何を話しているかは聞こえないし聞くつもりも無い。私はセバスチャンさんに挨拶をしてからログアウトする事にした。


「セバスチャンさん、お休みなさい。明日もよろしくお願いしますね」

「ええ、大船に乗ったおつもりでどうぞ良い夢を」


 会釈を交わし、ひーちゃんを〈リターンファミリア〉で送還、セレナとボーイくんにも小さく「お休みなさい」と囁いてから私はシステムメニューからログアウトの操作を行う。


(明日も……大変そうだなあ)


 と、どこか心を踊らせながら、だったけど。


 ちなみに他のキャンプアイテムはポータルからの強制的に引き戻す力を阻害する素材で作られている、と言う設定です。

 しかし星の力に抗うなんてまず無理なので数時間防ぐ程度が限界な訳ですね。

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