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第82話「彼はずっと待っていた」

 投稿日が3月11日ですので僭越ながら。


 東日本大震災の犠牲者の方々のご冥福、そして被災地の復興を心よりお祈り申し上げます。





 ボーイくんを加えた私たちパーティーはその後もダンジョン探索に精を出していた。

 徐々に下へ降りる道すがら、手を繋ぐボーイくんの話題となった。


「ボーイくんって……つまりは瘴気が湧き出す前に作られていたポップゴーレムって事なんですか?」

「ええ、その通り。彼は幸いにして瘴気の魔手を逃れた内の1体ですな。ですのでモンスター扱いではないのです」


 私の問いに答えてくれたのはセバスチャンさんだ。セレナと天丼くんは前方でモンスターがいないかと警戒してくれている。


「なら、他にも協力してくれるゴーレムがいたりするんでしょうか」


 ゴーレムはアーマー・ソード・シールドなど様々なタイプがこのダンジョンに出現する。ポップゴーレムのボーイくんがいるのだからその可能性もありそうなものだけど……。


「いえ、我々パーティーの前に現れるのはボーイくんのみですよ。戦闘用のゴーレムはここを放棄する際にモンスター化したゴーレムと戦い破壊されてしまったそうですので」

「そうですか……」


 戦闘用と聞かされ、「ああ」と気付く。

 この古の城塞に出現するゴーレムたちは名は体を表す、を地で行く特徴を有している。

 鎧を身にまとったようなアーマーゴーレム、両手が剣のソードゴーレム、両手が盾のシールドゴーレム、感知能力を持つセンサーゴーレム。

 では“ポップ”ゴーレムとは何を意味するか。

 ポップ、POP……popular(ポピュラー)

 popは大衆的とか一般向けなどの意味を持つその英単語の短縮形だったとも記憶している。


「ボーイくんは戦闘用でないから破壊されずに済んだんですね」


 思い起こせばモンスターとして立ちはだかるポップゴーレムの戦闘力はそう高くない(数が多いけど)。


「ダンジョン内に残された資料を読み解くと職員のお手伝いなどをしていたようですな」

「そうなんですか……人の役に立つように作られて誰もいなくなってもずっと誰かが来るまで待ってたんだね」


 手を繋ぐボーイくんはコクリと頷いた。話せなくてもこうして意思表示はしてくれる健気で可愛らしい。


「偉いね」

『キュー』


 ボーイくんの頭の上を気に入ったのか、ひーちゃんは少し暇になると我が物顔で丸い頭の上に陣取っている。まるでお兄さんにでもなって弟を褒めているみたいだ。

 私はそれを微笑ましく見ているんだけど……。


(セレナはボーイくんをどうするつもりなんだろう?)


 未だ説明されていない事がよぎる。イベントのクリアの助力が私がセレナから頼まれた事、だと言うのにそのイベントの詳細は伏せられている。

 一応聞きはしたけど、ただ「まだちょい煮詰めてる」としか返してはこなかった。


(考えがあるのだろうけど……いや、私がとやかく言う事じゃないか。私は任された役割をしっかりこなそう、せめてセレナがどんな選択をしてもいいように)


 前方を進む2人が立ち止まった。戦闘かと意識を切り換えるのでした。



◇◇◇◇◇



「さって……やったるかーっ!!」


 高々と大鎌を掲げ、セレナが叫んだ。私もまた気合いを入れている。

 ここは古の城塞の地下2階、私たちはこのダンジョンのボスエリアの真ん前にまで辿り着いていた。


「またここに来る事になるとはなぁ〜、あー面倒臭い相手だってのによ」


 セレナと天丼くんはかつてここに挑んで敗退したそうだ。正確な日にちは聞いていないけど私と出会うより前から新たな装備や加護のレベルアップもしていたと言うし、1ヶ月かそれ以上前。

 それを思えば感慨深くもなるのかな。


「頬が弛んでおられるようですが、わたくしの気の所為ですかな?」

「そりゃもう気の所為さ。近年稀に見る憂鬱具合だからな」


 そんな筈は無く、コキコキと指を鳴らす天丼くんもセレナも不敵に笑んでいる。

 私たちの前にあるのは見上げなければならないような巨大な扉。

 古い故に積み重ねられてきた歳月は重みを放ってでもいるかのよう。


「え、ボーイくん?」


 そんな扉を見上げていると手を繋いでいたボーイくんがどこかへと歩き始めたのだ。

 ボーイくんは門の傍の壁に近寄るとそのまん丸な手から3本の棒が飛び出る。

 それを壁の窪みに当て、手首から先を回転させるとギゴゴゴゴ……と重々しい金属が擦れるような音がする。


「あれは鍵を開けてるのよ。ここのボスはね、ずっと昔に瘴気が湧いてここを放棄する時に守備隊が閉じ込めたって設定なの。だから挑むには当時のセキュリティに関わってたゴーレムが必要なのよ」


 ……ガ、ゴォン。

 鍵が完全に開いたのか、一際大きな音と共にボーイくんの手が停止した。

 しかし、その手は壁に接続されたままで動こうとしない。


「セキュリティに関わっていた彼からすれば、鍵を開けたなら閉めねばなりません。鍵を閉めるまでは動きません」

「それってここに挑むのをやめるか……私たちが勝つか、それとも負けるかするまで、ずっと……?」

「まーね。ま、勝つんだけど」

「さあ、我らも為すべき事の為に参りましょうか」

「……はい。ボーイくん、いってくるね」


 そう言うとボーイくんはもう片方の丸い手を振ってくれる。

 うん、がんばろう。


「準備はいいな? 扉を開けるぞ」


 天丼くんが両開きの扉の片側に手を当てて少し力を込める。するとゴゴゴゴゴ……重苦しい音を立てて自動的に扉が奥へと開き、ガコォン! 開ききった扉が大きな音が空気を震わせた。

 その中へ私たちも入っていく。


「……」


 そこにあったのは広い広い大空洞、そして私たちが入ると同時に中空に黒い瘴気が集まり始める。

 ――ズ、ズン……ッ!

 実体化したのは……岩。そう、岩の巨人。10mは優にあろうかと言うゴツゴツとした岩を積み重ねたような岩の巨人が四肢を大地についた姿勢で現れた……!


「来るぞ!!」


 やがて私たちに気付いたのか、重々しくこの頭を持ち上げていく。

 そして。


 ――ギィ……ン。


 岩の巨人の双眸に黒色の光が宿る。



『―――――――――ッ!!』



 口なんかありはしないのに放たれた咆哮とも思えぬ咆哮が空洞全体に迸る。

 衝撃波が荒れ狂い、背後の扉が恐ろしい勢いで閉じてしまう。これでは撤退するにしても時間が掛かって――。



「『待ってたわよ! この時を! 『ギガンティックゴーレム』ッッ!!』」



 セレナの鬨の声が大空洞に木霊する、仲間の心を奮い起たせる本来の意味でのウォークライが背中を向けていてもはっきりと届く……そう、そんな後ろ向きな考えをしている場合じゃない!


「『行くわよっ!!』」

「『アリッサ!』」

「〈ダブル・レイヤー〉、“風の衣”、〈マルチロック〉、リリース!」


 咆哮がやんだ瞬間に前衛の2人が走り出す。

 その求めに応じ、スペルカットに登録してスペルを省略した〈ウィンドフォース〉が、〈ダブル・レイヤー〉により2つ同時に発動し、掲げられていた天丼くんの剣とセレナの大鎌を〈マルチロック〉で同時に捉え、待機させていた風の力を宿す緑色の光球を解き放った。


『っしゃあっ!!』

『おおっ!!』


 土属性のギガンティックゴーレムの弱点である風属性スキル〈ウィンドフォース〉を施す。

 これにより2人の攻撃は威力はそのままに法術による攻撃と同じ扱いとなり分厚い装甲を誇るゴーレムにも大ダメージを与える事が可能となる。

 それに合わせてセバスチャンさんはモンスターの精神を下げる〈精神のララバイ・第三楽章〉を演奏している。


『〈ダブルスラッシュ〉!!』』


 真っ先に攻撃を仕掛けたのは天丼くん。風属性が付与された剣での攻撃スキル〈ダブルスラッシュ〉を使用してギガンティックゴーレムの足にV字を描くように力任せに叩き付ける!


 ――ガッ、ゴォォンッ!!


 岩と剣がぶつかった衝撃が音となって空洞を揺らす。


「『どうだ! あの時とは一味違うぜ!』」


 人形であるゴーレムには天丼くんお得意の《ウォークライ》も《プロヴォックブロウ》も効果を表さない。

 ヘイトを集めるなら相手に『優先的に排除すべき対象である』と認識させねばならない為、積極的な攻勢も天丼くんには求められた。

 以前戦った時にはそれがセレナの攻撃に追い付けず、効果的にヘイトを稼げなかったのだろう。けど今の天丼くんは以前とは比べ物にならない。


『――――ッ!』


 痛みを感じているのかどうか、わずかに体勢を崩しながらもそんな事はお構い無しに、攻撃してきた天丼くんに怒りを燃やしたゴーレムが岩塊とも思える拳をお返しとばかりに天丼くんに振り下ろす。そう、狙いに違わず。


 ――ッ、ガ……イィィィンッ!


 今度は岩と盾の激突。しかし、明らかな大きさと重さに差があるにも関わらず天丼くんは耐えきる。多少は押し込まれても、HPはまだ余裕があるくらい。

 〈アイアンボディ〉。拳が振り下ろされる寸前に聞こえたそれは、移動を禁ずる代わりに防御力上昇効果を与えるスキル。天丼くんはそれによりダメージを最小限に抑えこんだ。


『オオオオォォォォッ!』


 そして本命のアタッカーは、天丼くんを殴る為に屈み込んでいたゴーレムの巨躯を駆け上がり、今まさにがら空きの背中に飛び上がっていた。

 掲げられているその大鎌は一際高く掲げられ、緑色の燐光を放つ。この瞬間を心待ちにしていただろうセレナが叫ぶようにスキル名を唱えた。


『〈ナイトメアスラスト〉ッ!!!』


 その声と共に大鎌が振るわれる。爆発じみた音、炸裂した一撃はそれこそ悪夢のような威力で以て岩の巨人の姿勢をも崩す。


『――――ッ?!』


 それに耐えかねたのか、ギガンティックゴーレムが緩慢ながらもまるで虫を払うように体を大きく振るう。

 タイミング悪くスキルを終了して体を硬直させていたセレナが弾かれて――!


『きゃあああっ!?』

『だあああああっ?!』


 ――ズシャアアアッ!

 地面へと激突するギリギリでその間に天丼くんが滑り込んでのダイビングキャッチでセレナを救助する。ナイス!


『ちょっ、アンタどこ触ってんのよヘンタイ!』

『それが人に助けられたヤツの言うセリフか?! 大体あんな所で盛大に硬直するような大技使ってんじゃねぇよ! 簡単に振り落とされてたら予定が狂うだろうが!!』

『うっさい! 折角のリベンジな上にアリッサのお陰で気持ちいいくらいガシガシダメージ稼げんのにチマチマ小技使ってらんないでしょーがっ!!』

『だから! 振り落とされたら余計にダメージ稼げなくなるっつってんだろうがあぁぁあぁっ!』


 ………………。

 生憎とスペルの詠唱中なので2人に注意が出来ません。セバスチャンさーん、と視線を向ける。


『お2人共、頭上にご注意下さい』

『『え?』』


 2人が上を見上げるとそこには両手をがっしりと握り締めて振り上げた格好のギガンティックゴーレムがいた。だいぴんち。


『『ぎゃああああああっ?!』』


 ぶうん! ただでさえ巨大な拳を一直線に振り下ろし2人を押し潰そうとしたその瞬間。


「リリース!!」

『キュキューッ!』


 私の法術を引き連れたひーちゃんが、その拳を上回るスピードでギガンティックゴーレムの剥き出しになっていた脇腹に爆音を上げて衝突した!


 ――ド、ドドドォッ!!


『――――ッ!』


 〈ファイアブースト〉により強化された〈サンダー(、、、、)マグナム(、、、、)〉の連続攻撃にさしもの巨人もバランスを崩し、2人が逃れるだけの隙が生まれた。


(上手くいった……かな?)


 火属性にしか効果が無い筈の〈ファイアブースト〉が明らかに〈サンダーマグナム〉の威力をも高めていた手応えに、そしてギガンティックゴーレムへの効果的なダメージにぐっと拳を握る。


 《古式法術》のレベルアップに伴い修得した遷移属性法術のスキル。それらは今までの属性法術とは明らかに異なる特性を有している。

 それが“2つの属性を併せ持つ”と言う事だった。

 《雷属性法術》は存在しても“雷属性ダメージ”は存在しない。見た目はバリバリパチパチでも、雷属性法術のスキルによるダメージは基となった“火と風属性の複合ダメージ”として算出されている。

 それこそがとても大事な要素。だって火属性を対象とした効果でも風属性を対象とした効果でも受ける事が可能と言う事なのだから。

 それは例えば、火属性を内包するが故にひーちゃんの〈ファイアブースト〉によって威力を上げる事が出来たように。

 それは例えば、風属性を内包するが故に土属性のギガンティックゴーレムの防御を貫く大ダメージを与えられるように。


 効果を重複・相乗して性能を高め、相手の属性に左右されにくい。短所を補い汎用性に富む属性法術。

 要は良い所取り、消費MPは多少増えてしまうけどそれだけの見返りはあったと思う。


『サンキュー、アリッサ!』

「いいから今の内に体勢を立て直して! 私は次の攻撃の詠唱に入るからそれまではよろしくね」

『任せて!』


 そう言ったセレナは天丼くんの腕を振り切り、別方向へと駆け出した。

 天丼くんは攻撃スキルを用いてギガンティックゴーレムの誘導に戻っている。

 数度の攻撃を受けて減っていくHPは、的確な防御スキルによって最小限に抑えられ――。


『させねぇって言ったろうが! 〈カバーリング〉!』

『――――!!』

『余所見は危ないわよっ、〈ファングクラック〉ッ!』


 セレナが攻撃の隙を突いて大ダメージを繰り返し与えている。体に登るのは天丼くんに注意されたからか控えているけど、それでも脛など嫌な所を集中して攻撃してる。


「リリース!」

『キュイッ!』


 続いてセレナのスキル後の硬直をさっきのように突かれないように、私がタイミングを見計らって法術を使ってギガンティックゴーレムの動きを阻害する。


『――――――!!』

「『皆さん、岩石が落下してきますぞ! 防御専念!』」


 そうしているとさすがにやられっぱなしで苛立ったのか、ギガンティックゴーレムがドシンドシンと地団駄を踏み出した!

 するとまるで地震のように地面が揺れ、やがて天井からガラガラとバスケットボール大の岩の塊が数えきれない程降り注ぐ。


「――っ!」


 詠唱途中だった私はそれに対して身構える事しか出来ない。けど、岩塊が後少しでぶつかろうとしたその瞬間、私の後ろから妙なる調べが響き渡る。


(〈ディフェンシブエコー〉、助かった……)


 セバスチャンさんが奏でた曲が波紋となって一定範囲内を包み込んでいた。

 《弦楽器の心得》の深化加護である《弦楽器の素養》の防御スキル〈ディフェンシブエコー〉は楽器を奏で続ける限り攻撃を遮断する優秀な効果を持つ。

 一定以上のダメージの攻撃が1発でも当たれば消えてしまうものの、累計ダメージが一定以上になると消える〈プロテクション〉などとは違い、この岩塊の雨のような低ダメージの攻撃が繰り返される場合には非常に有効なスキルだった。


 それがどれだけ続いたか。私はセバスチャンさんに、セレナは天丼くんに庇われほぼノーダメージ。

 唯一天丼くんが今までのも含めてそれなりにダメージが累積し始めていたけど、岩塊の雨が降り注ぐ間に唱えておいた〈ヒール〉や〈ヒールプラス〉によってそれなりに回復出来ていた。


『……これで大体全快か、助かった。アリッサのMPは大丈夫か』

「あー、そうだね……そろそろ回復させてもらおうかな。その間は援護も出来ないから気をつけてね」

『任せて、と言いたい所だけど……そろそろ〈ウィンドフォース〉が切れそうなのよね、先に掛け直してもらえる?』

「了解。“風の衣”、天丼くんは回復後だけど平気?」

『分かった。それまでは盾メインでヘイトを稼ぐ』

「『サポートはお任せを。さて皆さん、そろそろギガンティックゴーレムが活動を再開するようですぞ』」


 ゴゴゴ……と地団駄を踏み終わって蹲っていたギガンティックゴーレムがその巨躯を起こして天丼くんたちを睨み付ける。それを確認するや天丼くんはセレナから離れてスキルを使用する。


『おおぉぉらぁっ! 〈シールドタックル〉!』


 しっかりとヘイトを稼いでいるのだろう、心無しか肩を怒らせて天丼くんを追い始めるギガンティックゴーレム。

 その隙にセレナは背後に向かい、セバスチャンさんは攻撃力を引き下げる〈筋力のマーチ・第三楽章〉の演奏を終える。


『――――ッ!!』

『範囲攻撃来るぞ!』


 が、その直後思うように立ち回れない事に苛立ったのか、ゴーレムが大振りで地面を叩く、すると地面が次々と数メートル規模で隆起して移動阻害と接触時にダメージを発生させる特殊攻撃を行った!


 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「あっ、あわわわわわっ」


 事前にこの攻撃について教えられていた事もあり、どうにか回避に成功するも、ゴーレムは続いてその隆起した岩塊を力任せに砕き、石礫を散弾の如く周囲に撒き散らす。


『相変わらずめんどくせぇなクソッ! 〈ワイドカバー〉!』


 あまりにも広いその被害から私と演奏中のセバスチャンさんを守る為に天丼くんが攻撃の爆心地へ飛び込み、光輝いて一回り大きくなった盾とその身で強引に石礫を押さえ込む。

 そうする事で天丼くんの後方の広範囲が被害から免れるけど……天丼くんのダメージは跳ね上がる。


『ぐ、お、やべっ……!』

『これ以上させないっつのっ! 〈アッパーライン〉ッ!!』


 ギガンティックゴーレムの背後に回り込み、その巨大な体を盾代わりに石礫を防いでいたセレナが痺れを切らし、再び拳を振り上げようとしていたゴーレムの背中を深々と切り裂いた!


『お前にしては良くやった!』

『何でアンタは無駄な一言付けるのよこのバカ!』


 その隙に回復を行っていた天丼くんも戦線に復帰する。

 ただ、隆起した岩塊は未だ残り、それがサポートの弊害にもなるのでセレナが注意を引く間に天丼くんがあらかじめ破壊すると言う手間が発生しているけど……。



 それからも私たちの戦闘は続く。

 天丼くんが引き付け、セレナが攻撃を、私が追撃し、セバスチャンさんは支援する。予定通り、危なげ無く橋を渡る。

 ギガンティックゴーレムはすごくHPが高くて長丁場になって大変だけど、どうしてかみんなとの掛け合いが続いていると平気だって思えてくる。


 そうして攻撃して攻撃して攻撃して、ダメージを与えて与え続けて与え抜いて……いつしか4本あったHPゲージの最後の1本が半分になろうとしていた。

 そう、ギガンティックゴーレムのイーヴィライズはもう間も無く……。



『さぁて。あちらさんもそろそろ限界だな……暴れられるその前に出来るだけもぎ取らせてもらおうぜ。具体的には総攻撃!』

『上等! しっかりタイミング合わせなさいよ?』

「『及ばずながらわたくしも……ああ、アリッサさんも後少しで詠唱が終わるそうですので決行はその時に』」


 ――ズズンッ。

 そう言った会話を交える間にもギガンティックゴーレムの攻撃は続いている。その全身を覆う装甲のようだった表面の岩もあちこちが砕け剥がれ落ち、動きもどこか緩慢になっていて攻撃はしやすそうではある。

 けどそんな状態もイーヴィライズするまで、その後は悪鬼の如くに暴れ出すに決まってる(経験則)。

 だからその前に出来る限りHPを減らすのがボス戦の定石となっていた。


「詠唱完了。遅れてごめんなさい、こっちもいつでも大丈夫」

『よし、じゃあスタートタイミングはセバさんが決めてくれ。いいか?』

「『任されましょう』」


 攻撃はスキル発動までにある程度メロディを奏でなければならないセバスチャンさんに一任された。セバスチャンさんなら経験も豊富だし適切なタイミングで攻撃を開始出来るだろう。

 セバスチャンさんがヴァイオリンを奏で始め、その間天丼くんは出来るだけギガンティックゴーレムの攻撃を回避している。鈍くなった動きでは素早さの低い天丼くんであっても捉えきれていない。

 下手に攻撃をしてイーヴィライズをされても困るのでセレナはせめてもとずっとギガンティックゴーレムの背後に回っている。

 2人がそんなに動き回る中、私はと言えばセバスチャンさんの傍で早弾きを堪能させてもらって少々心苦しい思いをしたりした。


「『お待たせいたしました。アリッサさんはカウント2でリリースを、天くんとセレナさんはカウント0での攻撃開始をお願い致します』」

「はい!」

『おう!』

『待ってました!』

「『ではカウントスタート、10・9・8……』」


 そしてセバスチャンさんの一斉攻撃のカウントダウンが始まった。

 奏でられるスキルは《弦楽器の素養》のエキスパートスキル〈ヴィヴィッドスコア〉。

 楽器系では数少ない個を対象としたスキルで、奏でた楽譜を模した光の音符が相手を取り囲み奏で終わると同時に一斉に突撃する。こうしている今もギガンティックゴーレムの周りには光の音符が刻一刻と数を増やしていて、その光景はクリスマスで街中にイルミネーションを飾り立てた時のように綺麗だった。


(……ちょっと勿体無いなあ。あ、だめだめ。集中しなきゃ)


 雑念を追い払う。セバスチャンさんのカウントダウンはもう……。


「『4・3・2』」

「リリース!」

『キュキューッ!』


 法術が解き放たれる、ひーちゃんが飛ぶ。それらはみるみる内にギガンティックゴーレムとの距離を詰めて、そして――!


『1・0!』

『だらああああああっ!!!』

『でやああああああっ!!!』


 正面に力の限りに突貫する〈ストライクチャージャー〉と大きく振りかぶった上段から切り裂く〈サイジングエクスキューション〉。

 2人の持つ単発攻撃では最も強力なスキル、それが私とセバスチャンさんのスキルが激突するのとまったく同時に、次の攻撃に移ろうと一瞬動きをもたつかせていたギガンティックゴーレムへと殺到した!


 ――――――――ッ!!!!


 数十、いいえ下手をすれば3桁にすら届きそうな衝撃が殆ど同時に炸裂し、音とも聞き取れない音が衝撃波を伴って私の体を打ち付ける。

 それなりに離れたここでこれ程ならば爆心地にいる2人はどうなってしまったのか。弾ける光の渦がようやく収まる、が――!


『――――――ァッ!!!』


 ――ズォアッ!!


 今度は闇が爆発した!

 漆黒の瘴気がギガンティックゴーレムを中心に、光を吹き飛ばすような勢いで吹き荒れる!

 数瞬の間を置いて、そこから転げるように天丼くんが弾き出されてきた。


「天丼くん!? セレナは、セレナは無事?!」

『こっちは問題、無い。吹っ飛ばされただけだ』

『こっちも似たようなもんね……ちょっとHP削られたけど』

「『動けるならば距離を取って下さい、彼奴め攻撃を始めるつもりですぞ!』」


 その言葉に見上げればわだかまっていた瘴気が徐々に消えていく……後には瘴気の色に染まり砕けたりしていた部分が完全に修復されたギガンティックゴーレムが、嘘のように滑らかな動作で更なる咆哮を上げた……!


『――――――!!』


 体を反らして張り上げたそれは明らかなパワーアップを私たちに告げる。

 私は次なる攻撃の為の詠唱を始めている。同様にみんなもそれぞれの役割をこなしていた。


(HPゲージがもう3分の1近い、後もうちょっと……!)


 先程の一斉攻撃は確実にギガンティックゴーレムにダメージを与えている。今のまま、少しずつでもいい。攻撃を当てていく。それが最善の方法だった。


 ……しかし、事はそう簡単じゃない。


 イーヴィライズはHPこそそのままながらモンスターの能力を著しく上昇させる。今までよりも与えるダメージは少なく、反対に向こうからのダメージは増えていく。しかも攻撃の苛烈さは以前とは比べるのも馬鹿馬鹿しい程。

 みんなの軽口は鳴りを潜め、緊迫したやり取りが頻度を増す。


『チッ! ダメージ累積6割超えた! 回復に一旦下がる……アリッサ、セレナ、援護を頼む!』

『長くはムリだかんね!』

「“聖なる抱擁”!」


 やはりと言うか、イーヴィライズしたギガンティックゴーレムの猛攻の大半を引き受けている天丼くんのHP消費が激しい。

 〈ヒールプラス〉での回復中もポーションを煽って、セレナがなんとか食い止めているギガンティックゴーレムの許へと走って戻っていく。


(急がなきゃ……2人の負担が大き過ぎる!)


 ギガンティックゴーレムのHPはみんなのがんばりによってとうとう1割以下にまで食い込んでいた。

 そして今、私もようやっと3種の法術を唱え終わる。杖の上には光の球と、何度となくギガンティックゴーレムへと突撃し続けてくれた頼もしい精霊が、今や遅しと号令を待っていた。


(そろそろ私へのヘイトも溜まっている頃……いえ、それならそれでいい)


 狙いを定め解き放つ!


「行くよ! リリース!!」

『キュイ〜ッ!』


 雷の球が、ひーちゃんが飛ぶ。今も天丼くんへの攻撃を絶え間無く続けるギガンティックゴーレムの胴体目掛けて一直線に。


 ――ドッ、ゴゴォンっ!!


 ひーちゃんによって強化された法術を脇腹にしたたかに食らったギガンティックゴーレムが傾ぐ…………でも、倒れない!


 ――ギィン!!


 漆黒の光を放つ目がこちらを向き、怒りを迸らせて攻撃を仕掛けようと――。


(でも)


 私を狙う、それはつまり……相手にしていた人に背中を向ける事。



「――“風の衣”……!」



 使うスキルはたった1つだけ、だから待機状態にする必要なんか無い。

 そしてそれは、ギガンティックゴーレムが私に届くよりも速く、効果を現す。


「やっちゃえっ」


 その人は風のように軽やかに駆け抜ける、エンシェントゴーレムとの距離なんて無いかのように。


『任せなさいっ!』


 光を放つ大鎌が牙のように、ギラリと無防備な背中に食らいつく。



 リベンジは果たされた。



◇◇◇◇◇



「『いよっしゃあああっ!!』」


 黒い炎に包まれ、崩れ去るギガンティックゴーレム。

 その向こう側では両の拳を天高く突き上げてガッツポーズをとるセレナ。以前に苦汁をなめさせられた相手へのリベンジマッチを自分の手で幕を下ろした事でテンションが相当盛り上がっているみたいだった。


『だぁっ! うるせぇぞ、チャット繋いだまんまなんだから叫ぶんじゃねぇよ! 頭に響くだろうが!』

「『そっちこそうるさい! ようやくリベンジ出来たのよ?! 興奮せずにいられるかってーのよ!』」


 そうキャイキャイと口喧嘩をする2人を私とひーちゃん、そしてセバスチャンさんはギガンティックゴーレムを挟んで見守っていた。


「ほんとに嬉しそうですね」

『キュイ〜……』

「『ほっほ、確かに。思うに最後の一撃、アリッサさんのお膳立てが効いたのでしょうな』」

「あの時の〈ウィンドフォース〉、ですか?」


 最終盤、ギガンティックゴーレムに狙われた私は攻撃ではなく支援を選択した。ヘイト値の上昇によりこちらに向かってくるギガンティックゴーレムを追い掛けてきたセレナの大鎌へと、ダメージを弱点である風属性に変える〈ウィンドフォース〉を使ったのだ。

 結果としてセレナがフィニッシャーになったのだけど……。


「『ええ、あれはとても良い連携でした。少々肝を冷やしもいたしましたが』」


 思い返す。確かに、あの巨体が迫る様はあまり心臓には宜しくなかった。


「『やはり最後はセレナさんか天くんに任せるおつもりでいらしたのですかな?』」

「出来るなら、くらいの気持ちでしたけどね」


 口喧嘩から一転、取得したらしいドロップアイテムをひけらかしているセレナと気にしない素振りで気にしてる天丼くんを見ながら言う。


「今回は2人のリベンジですから」

「『ふむ、左様ですな』」


 雪辱を晴らしてもらいたかった。私に付き合わせているこの旅だけど、少しでもみんなに取っても実りのある旅になってほしいと思うから。


 それからHP・MPを回復し、幾度となく攻撃を繰り返したひーちゃんが少々くたびれたのか私に抱かれておねむな様子なので一旦〈リターンファミリア〉で送還した後、私たちは閉じられている扉の前まで戻る。

 するとゴゴゴゴ……と重々しい音を立てて自動で開いていく。ガゴンと開き切ったので外へと出ると扉の脇に控えていたボーイくんがこちらに歩いてくる、そしてそれと入れ換わりに扉が閉まり始めた。


 ――ガゴォン……。


「ふう……」


 反響する開閉音が止み、ようやっと一息吐いた。やはりボス戦と言うのは緊張するものだ、それが初めて相手をするボスならば尚更に。

 だからチョコチョコと近寄ってくるボーイくんを撫でて癒してもらっている所だったりする。

 でも、



 ――ピキッ。



 不意に、不吉な音がした。


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