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第81話「小さな胸には何がある?」




 ギリ……ギリ……。

 ガッタン……ガッタン……。

 ギ、ゴゴ……ゴ、ゴ。

 プシュー。

 ズシャ……ズシャ……。


 いくつもの音が合わさっていた。

 近くか、それとも遠くか。反響する音はそんな事すらも判然とさせない。

 それらは規則的だけど、壊れかけの物を力ずくで動かしているような無理矢理さを感じた。

 学校の廊下のように規則正しく伸びる通路にはしかし一切の窓が無く、まるで非常灯のようにぼんやりと足下を照らす怪しい紫の光は時折明滅し、先行きの不透明さばかりを否応無く想起させる。


「……来るぞ。タイミングをずらすなよ」


 まっすぐ伸びる通路にはいくつも曲がり角やドア、階段があり、その度に私たちは耳をすませて危険の察知を強いられる。

 幾度目かも分からない遭遇、先頭を歩いていた天丼くんが低く抑えた声で後ろに続く私たち3人へと合図を送る。

 私の前を行くセレナが大鎌のグリップを確かめるように握り、開きを繰り返す。天丼くんに続く2撃目を担当するセレナはタイミングが命と、殊更慎重を期している。

 後ろのセバスチャンさんは静かに自らの得物(ヴァイオリン)を構えつつ周囲を警戒していた。

 既に掛けられるだけの支援(バフ)は掛け終えているので、残るは相手への弱体化(デバフ)だけど吟遊詩人(バード)は1体を相手にするよりも多人数を相手にする時やボスモンスターとの戦闘でこそ真価を発揮する。

 逆を言えばこのような単体エンカウントでは奏で終わる前に勝負が決する場合の方が多い上に、建物の中では音が反響し別のモンスターに気付かれ、引き寄せてしまう場合すらある。

 だからセバスチャンさんはバフが切れた際に追加の曲を奏でたり、周囲の警戒などのバックアップをすると割り切ってくれている。

 そして私はひーちゃんと共に天丼くん・セレナに続く追撃を請け負った。

 七星杖には既に光球がくるくると浮遊し、出番はまだかと催促しているかのよう。


 そして、ガチャコンガチャコンと鎧をまとってでもいるような足音が一歩、また一歩と近付き……曲がり角からその姿を現した――!


「GO! 〈シールドバッシュ〉!」


 攻撃開始の合図。続いて盾による打撃スキル〈シールドバッシュ〉が、曲がり角から現れた金属鎧のような自動人形『アーマーゴーレム』をしたたかに打ち据える。

 ――ッ、ガィィンッ!

 中身が無いかのような空虚な音を響かせながらも、アーマーゴーレムの金属製の兜の、本来は人の顔に当たる部分から赤色の光が一対、ビコーンと機械的な音を発して天丼くんを睨みすえる。

 〈シールドバッシュ〉の効果によりアーマーゴーレムが後方に弾かれ、わずかに硬直する。天丼くんはその脇をすり抜け単身通路の向こう側へ駆け抜けた。

 すると攻撃によりヘイト値が上昇したアーマーゴーレムも天丼くんを追って背中を見せる。

 しかし、大鎌をギラつかせたセレナがそんな隙を逃す筈は無い。


「〈アッパーライン〉ッ!」


 残光を引きながらセレナが走る。

 左右の幅が狭い事を考慮した下方向から掬い上げるように放つ〈アッパーライン〉が背を向けかけていたアーマーゴーレムを切り裂き、赤いダメージ光が一直線に残る。

 ――ガッ!

 大鎌を振り抜き空中にいたセレナは浮き上がった体を支える足場としてアーマーゴーレムを利用する。ガガッ! と更に2度蹴って天井近くまで体を躍らせた。こうなれば私の視界を遮るものは何も無い。


『キュキュイ!』

「リリース!!」


 杖から放たれた法術を先導するように飛ぶひーちゃんは〈ファイアブースト〉により同属性のスキルの威力を増す。

 ひーちゃんから放たれる煌めきに触発された法術はその輝きを一層強め、セレナの盛大な攻撃によって仰け反っていたアーマーゴーレムへ殺到した!

 激しい炸裂音と爆煙が辺りを漂う。その中心にいたアーマーゴーレムのシルエットの一対の赤い光が明滅を繰り返してやがて消える。ギ、ギギギと鈍い音を立てて横倒しとなり、後はいつも通りに消えていった。


 ウィンドウが自動で開くけど、私たちは即座に周囲に視線と意識を走らせる。数ある曲がり角からいつ次のゴーレムが来襲するか分からない。戦闘の直後だからこそ集中を解く訳にはいかなかった。

 そうしてしばし、響くのが例の機械の駆動音だけで目に見える範囲にモンスターがいないと分かりようやく一息吐けた。


「ほっ」

「アリッサ、お疲れ」

「うん」


 ポン、と控えめなハイタッチ。

 何度目かの戦闘は多少の慣れを与えると共に、少なくない高揚感を奪ってでもしているみたい。流れるような一連の連携を持ってしても私たちにはさしたる感慨も無かった。

 セレナや天丼くんはもとよりセバスチャンさんもこの古の城塞にはトライ済みであり、唯一の未経験者だった私にしてもいつまでも足手まといにはなるまいと気を張っていたらいつの間にか感情のピークを通り過ぎていた、と言うのが正直なところ。


「皆さんお見事です。いやはやこの調子ならばこの老いぼれがお役御免になるのも近そうですな、よよよ……」

「そっ、そんな事無いですよっ、今のだってセバスチャンさんのバフが有ったからゴーレムを最短で倒せたんじゃないですかっ」


「……あれ、明らかに構ってほしい病だよな」

「いーんじゃない? 実際セバスチャンのバフって強力だし、それくらいはご褒美の内でしょ。付き合ってやればいいのよアリッサが」

「お前はしないんかい……」


 そんなやり取りを繰り返しながら私たちは進んでいた。

 古の城塞に入ってからおよそ30分が経った頃の出来事はそんなところ。経過は順調と言えた。



◇◇◇◇◇



 古の城塞は地上3階地下2階のダンジョンで1階から入った私たちが目指すのは3階、みんな経験者だから迷い無く進む。

 ただ、通路は学校の廊下程度の横幅しかなく、とにかく同じような風景が続きドアや丁字路が多い。そこからいきなりモンスターが出てくる事もあるからちゃんと確認しなきゃいけなくって先に進むペースは鈍り気味。

 出現するモンスターの内、盾を装備する『シールドゴーレム』などはほぼ通路を塞いでしまい、他にも体自体はそこまでじゃないけど攻撃範囲の広い『ソードゴーレム』とか、小さいものの複数体で襲ってくる『ポップゴーレム』、先程戦った体躯の大きなアーマーゴーレムなどが出現する。

 そんな道を塞ぐ事を目的としたようなモンスターに相対すれば戦闘は避けられなかった。

 中でもこの古の城塞には侵入者を感知する役割を担う『センサーゴーレム』と言う円筒形の……多少高さのあるロボット掃除機みたいなモンスターがいくつも行き交っていて、一度見つかってしまうと警報を鳴らして他のゴーレムを何体か集めてしまう。

 戦闘能力は殆ど無いながらもっとも厄介なモンスターは実はこのセンサーゴーレムであるとはセレナの言だ。


「アイツマジ嫌い」


 との事で、その対処を一任されたのは私だった。

 HPは低めで1回の攻撃でほぼ無力化出来るセンサーゴーレムだけど、感知する範囲は2種類、前方に集中しているものの広く長い物と2m程度の全方位をカバーする物。

 殊更厄介なのが後者であり、手持ち武器などで攻撃を加えようとしたら感知されてしまい、撃破する前に増援を呼ばれてしまった。と、語るセレナの苦々しい表情は当時の心境をダイレクトに私に伝えてくれた。


「アイツがいなけりゃボス戦までもうちょっと余力を残せたんだっつの!」

「こうして怒りに駆り立てられて突っ掛かった挙げ句に無駄に戦闘を繰り返したんだ。俺って苦労性だろ?」


 と、そんな軽口を叩いていた天丼くんが急に口を噤んだ。


「来ましたかな?」

「ああ……っと。噂をすれば影、こりゃセンサーゴーレムだな」


 天丼くんは曲がり角に張り付き長い耳をピンと立てて澄ませている。

 兎人(ウェアバニー)である天丼くんの聴力は種族アビリティ〈ウサギ耳〉の効果で強化され(犬人の〈イヌ鼻〉、猫人の〈ネコ目〉と、獣人族は感覚を強化する種族アビリティを持つ)、モンスターが近寄ってくるか遠ざかっているか何体いるのかなども相手に察知されずに看破出来る。


「数は1、この曲がり角の先から向こう側にある通路までを往復してるみたいだな。アリッサ、準備は?」

「大丈夫、出来てるよ。ひーちゃんも大丈夫だよね」

『キュイ』


 小声で会話を交わしながらセンサーゴーレムが向こうに移動していくタイミングを計る。天丼くんは耳に意識を集中し、その間はセレナとセバスチャンさんが周りを見張っている。

 やがて私への合図として私を制止していた天丼くんの手がバッと振り下ろされる。

 それを受けて私とひーちゃんが角から飛び出し、すぐさまターゲットサイトでロボット掃除機みたいなモンスターの背中(?)を捉える。


「リリース!」

『キュキュイッ!』


 杖の先に止まっていた火球が解き放たれ、再びひーちゃんがその法術の威力をブーストする。

 狭い方の感知範囲に入ってもセンサーゴーレムが反応する前に直撃し、爆炎がその機能を奪い去る。

 ガシャンガラガラッ。盛大な音と共に通路に崩れ落ちるセンサーゴーレムは再び動き出す事無く完全に停止して消えていく。

 周囲をしっかりと確認しつつ、私たちは前進を再開した。


「順調順調、大分慣れてきた感じね」

「なんとか、だけどね。それにホラ、法術はゴーレム相手だと効きが良いからあんまり長引かずにすんでるから余裕があるもの」


 実際アーマーゴーレムが相手の場合、天丼くんの先制攻撃で2割、セレナの追撃で3割強のダメージを与えているのだけど、つまりは残り5割弱のHPを私だけで奪っている。コラン街道のモンスターよりもずっと強いにも関わらず。

 本来ならレベルの高い2人のダメージが私より少ないのは鎧のように物理的に硬い金属製なのでセレナや天丼くんの武器は通用しにくい。

 逆に法術などに対する防御力であるMin(精神)は、機械なので低いとゴーレム系のパラメータが設定されているからで、この相性こそがセレナが私に助力を求めた理由なのだろう。


「そうだな。長くなると凡ミスとかも多くなるもんだ、緊張感を保てたまま進めてるのは大きいかもな」

「特にシールドゴーレムなんてスキル乱発の力押しでしか相手出来なかったくらいだし、そう考えれば楽なもんよね」

「え、シールドゴーレムってそんなに手強かったの?」


 両手が盾になっているシールドゴーレムは盾を構えると通路をほぼ完全に塞いでしまう。

 攻撃方法としてはそのまま押し込むように突進したりするのだけど、天井付近は多少開けているのでひーちゃんに背後から攻撃してもらい、構えが解けたタイミングで追撃を仕掛ければ一気に仕留められるのでそう強敵と言う印象は無い。

 むしろ攻撃方法が剣や拳を振り回すなんて荒っぽい物で無い分、まともな部類だと思っていた。


「飛ぼうとすると盾を上にずらして妨害するのよ、あの盾オバケ。ひーちゃんくらいのサイズじゃなきゃ反応して殴られてるって。お陰で盾側から攻撃しなきゃならなくてMPの消費もバカにならなかったのよ」

「うわあ……」

『キュ〜……』


 それで最初にひーちゃんがシールドゴーレムの上を行く時のセレナの反応が微妙だったんだ……。


「って言うか! そう言う事は先に教えてよ、ひーちゃんが危なかったかもしれないのにっ!」

「いやぁ、セバスチャンが止めるかと思ったら指示出してるから、『あれ、平気なの?』みたいに思ってて、実際上手くいってたからまぁいいかって……ごめーん」

「もうっ」

「いえ、わたくしも説明不足でした。申し訳無い」


 頭を下げるセバスチャンさん。そんな事されたら強く言えないですよー。


「ああ、えっと……それで、ひーちゃんは大丈夫なんでしょうか?」

「はい。シールドゴーレムが上空を通ろうとした際に攻撃対象とするのは生体反応のある存在のみですので、精霊であるひーさんには攻撃致しません、どうかご安心下さい」

「センサーゴーレムがそうであるようにですか?」

「その通り」


 センサーゴーレムのセンサーはひーちゃんには反応しない、その理由も同様であったと記憶している。今までセンサーゴーレムがひーちゃんに反応した試しは無かったし、それなら大丈夫かと納得する。


「なら良いです」

『キュイ〜』


 その言葉を聞いてひーちゃん共々ほっとする。


「個性と申しましょうか……このダンジョンは法術士や召喚士などには比較的弛いですからな。代わりに物理型には厳しいですが」

「「知ってる」」


 深く頷く2人を見つつセバスチャンさんは更に続ける。


「しかし、ゴーレム系は物理攻撃力に秀でます。天くん、防御には細心の注意を願いますぞ」


 私のパラメータはゴーレムとは真逆で物理防御力は装備を新しくしても低めだ。そう何発も貰えない。


「分かってるさ。折角アリッサ連れて来てんだ、むざむざやらせるつもりはないって。さぁ行こうぜ」


 みんなでそれに頷き歩みを再開する。


 聞く所によれば地下はゴーレム製造場があるそうで地下へ向かういくつもの階段は大半が製造場への物らしく、油断すれば作りたてのゴーレムが移動してきて鉢合わせる事もあるのだとか。

 でもそこはそれ、私以外はみんな経験済みで、視界内には以前来た時にマッピングされたマップが表示されている筈なので心配はしていない。


「えーと……どっちだっけ?」


 していなかったのに!


「セ、セレナ、大丈夫なの? 迷ったとか……」

「あ、あははっ、ちょっとマップが広くて似たような通路ばっかだから分かりづらくってさぁ」

「否定はしないけどよ、ルートの確認は事前にしとけよな」


 そう言って天丼くんがガラガラと引き戸を開くとそこにはいくつもの棚が整然と並んでいる倉庫のような場所だった。


「ここは……?」

「先に進む為のキーアイテムがある倉庫だ。手順としては別の所で情報を入手してからここを探すってなるんだが、先にゲットしておこう。ランダムで保管場所が変わるから全員で探すぞ」

「一体何を探すの?」

「歯車だ」

「……歯車、ってあのギザギザでグルグル回る歯車?」

「ああ、ほら」


 唯一経験の無い私が質問すると天井くんは近くの箱から小さな金属塊を取って見せてくれる。確かに歯車だったけど……。


「ただしこれは『ただの歯車』、目的のアイテムは『歯車A』『歯車B』『歯車C』。それを見つけるんだ」

「あの、でもここ歯車いっぱいあるんだけど……」


 部屋の中は何列にも渡って棚があり、しかもそこに置かれている箱にはどれも歯車らしきパーツが大量に見てとれた。


「それぞれは赤・青・黄色と目立ちますので、そう難しくはありません。モンスターも現れませんので焦らずに探しましょう」


 そうして私たちの歯車探しが始まった。

 セレナと天丼くんが右端から、私とセバスチャンさんが左端から順に棚を探す。背丈と腕力の問題から私は下2列、セバスチャンさんが上2列を担当している。

 歯車はきちんと並べられているので見ただけで有無が判別出来るのは助かるのだけど、何分数が多い。棚が12列に箱が10個×4段なので480個もの箱を調べなきゃいけない。

 多少げっそりしながら2列目に移って箱を調べると、そこには黒っぽい歯車に混じって1つだけ黄色い歯車が入っていた。


「あ、あった! 黄色の歯車見つけたよー」


 向こうの棚を調べている筈の2人に向けて声を張り上げると。


「ああっ、もう! さっさと出てきなさいよねっ!」

「って事で、こっちはまだだ。引き続き探してくれー」


 との声。

 結局すべての歯車が見つかったのはそれから10分程経ってからだった。


「この歯車が何の役に立つの?」


 黄色と青の歯車を見比べるけど、色以外に違いは無いように思える。


「行ってからのお楽しみだ」


 ニッと笑って、天丼くんはドアに手を掛けた。私は手の平の上にある歯車を見つめ、一体どうなるんだろうと首を傾げながら先へと進む。



◇◇◇◇◇



 歯車倉庫を離れてからしばらく。

 同じような通路を歩き、

 同じような階段を上り、

 同じようなドアを開けては閉めた。

 視界内のマップが暗い方へと進んでいなければまるで延々と同じ場所をさ迷っているかのような錯覚に囚われていたかもしれない。

 時折道を塞ぐように現れる金属のゴーレムたちとの幾度目かの戦闘を終えるとドアに辿り着いた。何の変哲も無いどれとも同じように見えるドア。


「ねえ、一体何を探しているの?」


 不思議に思っていた事を聞く。

 さっき入手した歯車が何かしらのキーアイテムだと言われたのだけど、3階に登ってからこうして手当たり次第にドアを開けているようなのだ。

 何かを探しているように思ったのだけど詳しい話は教えてもらっていない。


「ちょっとランダム要素が入ってるからな……ま、行けば分かるさ。もうちょっと我慢してくれ」

「ふうん、それなら仕方無いか」


 コツーン、コツーン。

 通路に響き渡る4人分の足音。天丼くんの先導で慎重に歩を進めると、またも他の物と同じドアに行き当たる。

 先頭の天丼くんは躊躇う様子も無くドアを開いて中へと招く。その部屋は安全なのか、他のみんなも警戒する素振りはやはり無い。


(これは……物置?)


 部屋の中はぼんやりとした灯りが不規則に明滅し、少し薄気味の悪い雰囲気の物置だった。様々な荷物が雑然と積まれ、中央に置かれたテーブルにはいくつもの紙や工具などが散乱している。

 私が周囲をぐるりと見回していると不意にガチャン、と奥から物音がしてビクリと体を強張らす。


「ひょえっ?!」

「ああ、平気平気。モンスターじゃなくてイベントだから」


 そんな私の肩をポンとセレナが叩いて緊張をほぐしてくれる。

 ……イベント?

 このダンジョンにはPCを除いて人はいない、だとすると今の物音は一体なんだったんだろう?


(いえ、それよりイベントってもしかしてセレナの言っていた……?)

「ようやく当たりか、思ったより掛かったな」

「まぁね、アリッサ手伝って」

「へ? あ、あの何を……?」


 サミーラ村でセレナからイベントを手伝ってほしいと頼まれはしたのだけど、詳しくは聞いていない。

 だと言うのにセレナさんてば私の手を引いて物音のした奥へと向かう事に、ちょっ、わ、私は何をさせられるんですかっ?!


「あ、あう、あうっ。何? 何!? 何なのー?!」

「大丈夫大丈夫、恐くないから」


 前へ連れ出された私は振り向くけど、天丼くんとセバスチャンさんは特に気負うでもなく手を振ったり腕を組んだり応援したりしている。ちなみにひーちゃんは天丼くんが誘拐中。えーん……心細い。

 どう言う事なのと頭を抱え、おっかなびっくり奥に進む。部屋の奥は灯りが届かずに暗がりになっていてその先は見通せない。

 次第に歩幅が小刻みになるのを実感しながら、その暗がりに突如ビコーンと2つの灯りが点った!?


「えうっ?!?」


 ズザッと思わず一歩後退る。

 暗がりの灯りは緩く明滅しつつ、ギゴギゴと金属が擦れる音に次いでガチャン……ガチャン……ガチャンと言う足音と共に灯りがこちらに近付いてきて――。


「ひっ、」


『ピーガッ、プー』


 聞こえたのはそんな、壊れたおもちゃが発するような異音だった。


「……え?」


 恐々と開いた視界の先、私の足下にはこちらを見上げるような格好の小さなおもちゃのようなポップゴーレムがいた。


「なっ、えっ!? ゴ、ゴーレ――」


 ム、と言おうとして気付く。目の前のポップゴーレムは今まで戦ってきたものとは何か違った。

 それは錆の浮かんだ体であったり、妙に明るい色調であったり、ぎこちない動きであったりだけど、最も特異だったのは胸部の装甲が脱落して内部が露になっていた事。

 ポップゴーレムは私の足下に来てからその動きを止めている。攻撃をするでもなく、静かにこちらの様子を窺ってでもいるかのようだった。


「本当にモンスターじゃない、の?」

「だーかーら、そう言ったじゃない。コイツはモンスターじゃなくてNPCよ、保証する。気構えなくていいって」

「うん、それは分かったけど、この子どうしたの? 様子が…………あ、これ……」


 こちらも屈んで目線を合わせて様子を窺ってみると剥き出しの胸部に見覚えのある物がはめ込まれていた。


「コレ、ちょっと持っていて」


 私に声を掛けてきたセレナは手に例の歯車を持っていた。ゴーレムの胸部にある物と同じ……いえ、そちらは欠けたり砕けたりしているから本当に同じかは分からないけど……。


「……これが言っていたイベントなの?」

「そ、中の歯車が壊れてるでしょ? 新しい歯車に取り換えるの、それでイベントが進行するから」


 なるほど、そう言う事。私は実に見事に脅かされてしまったらしい。じとっと後ろのみんなに批難の視線を送るもおどけてばかりで効果は無かった。


「そりゃ勝手に恐がったのは私だけどね」

「いいじゃないのたまには。教えてばっかじゃ面白、もとい新鮮さが無いじゃない。これくらいはお楽しみの一部って思っときなさいよ」


 ぷうと頬に空気を詰め込みながらも、私たちはポップゴーレムの歯車交換作業に移る。


「慣れてるね」


 セレナはテーブルの上の工具からいくつかを持ってくるけど作業自体はそう難しい物でもないようだったけど手際がいい。


「来た道だしね。前も同じようにやったわ。やって……色々あって私は死に戻りしてイベント失敗。そうするとコイツ、1人でどこをどううろつくんだか毎回いる場所変わってさ。今回はここに辿り着いたって事みたいね。探すの大変だっつのに」


 キュッと汚れを指で拭う。

 作業をする間、その口元は笑って見えた。


「くすっ、何だか楽しそうだね」

「ま、途中で投げ出すのは悔しいしね。だから今回は最後までやってやる。頼りにしてるわよ、アリッサ」

「うん、了解」


 セレナは壊れていた歯車を取り外して新しい歯車をカチリと取り付ける作業をものの数分で終えた。


「おし、出来たっと。ホラ、目ぇ覚ましなさいポンコツゴーレム」


 ポンと頭を叩く。するとそれを合図にしたかのようにカチャカチャと胸部の歯車同士が噛み合い、さっきとは違う軽快な音を立てて回り始める。

 そしてそれに連動するかのようにポップゴーレムの体が滑らかに動き出す。

 ポップゴーレムはボール状の手で自身の胸部に触れている。それはそこに歯車があると、動いていると確かめているかのように見えた。


「ええっと……大丈夫? おかしな所は無いかな?」


 キリキリキリと小さな駆動音で私を見上げるとコクリと頭を上下させた。


「……かわいい、かも」


 私の腰にも満たない体躯のまん丸頭を撫でる。ポップゴーレムくんはそれが何なのか分からず、今度は頭を横にコテンと倒した。それがまた……かわいらしいなあもう。


「ん?」


 そうしてしっかりと見ると胸に何か模様のような物があるのに気付く。汚れで判然としないので拭ってみるとステラ言語で何か書かれているみたい。


「……えっと……『ボ』『ー』『イ』? もしかして……これってあなたのお名前なのかな?」


 キコンと小さく頷いた。


「そっか、じゃあボーイくんだね」

「へぇ、アンタそんな名前だったんだ」


 セレナも知らなかったらしい。ステラ言語には明るくないのは知ってるけど、イベントと言うなら知ってそうなものじゃ……?

 そう聞くとセバスチャンさんから「“彼”は1人だけですからな」と言う。


「このイベントはパーティーリーダーを対象に発生しておりまして、各個人に別個体が割り振られておるのです。つまり、このボーイと名付けられたポップゴーレムは正真正銘彼だけなのですよ」

「それで……」


 今回はセレナをパーティーリーダーとしている。そうしなければボーイくんと再会出来なかった、と言う事なんだろう。


「あの、それでこの後どうするの?」


 このポップゴーレムくん改めボーイくんは確かにかわいらしくはあるけど、何の役に立つのかな?


「ま、色々とね。まずは予定通りボスを倒しに行くわよ。私は前衛だからボーイのお守りはよろしくね」

「う、うん……?」


 論より証拠とでも言うように、セレナは先を促す。ボーイくんはセレナの後を追う私の後をチコチコとついてくるではないですか、かわいい。

 私は空いている左手でその丸い手をそっと握ってみた。良くも悪くも反応は無いけど、なんだか楽しいからいっか。


(それに戦闘になった時にはすぐに庇えるしね、うんうん)


 そんな自己弁護をしつつ、私たちは1名(1体?)を新たに迎えて進んでいくのでした。


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