第79話「違いは1つな私たち、違いなんか無い私たち」
現在の私は、ファンタジーなRPG世界においては中々にシュールな行いをしているんじゃないかなとぼんやり思う。
――カリカリ。
事実妹に教えたら奇異な目で見られた。あの子の反応がスタンダードかは知らないけど、ゲームであるなら遊ぶのが本道だろうからその反応も分かる。
――カリカリ。
しかし、如何にいくらここが遊ぶ為に創造された世界であれ私自身が高校生なのは変わらない、ならこれは必要な事だし、利に叶ってるのだから文句なんて誰に言えるのか。
――カリ、
「えっと、次はどこだったっけ……ああ、あったあった」
カリ。
やる事が同じ意味であってもやり方はそれなりに違うので少々手間取る事もある。
――カリカリ。
最初の頃はどうしたものかと思ったけどそこは慣れ、ぎこちなくても続けていけばどうにかなったりするもの。
――カリカリ。
手が動く。それ自体は同じなのだから。
――カリカリ。
ただただ宙に浮くウィンドウ内に表示されているデータを読みながら、紙のノートに様々な事を書いていく。
――カリカリ。
ここは豪奢な馬車の中、広い広い内部には私1人、黙々と迫る中間試験へ向けて勉強中だった。
◇◇◇◇◇
右手の鉛筆は幾本も線のひかれたノートの上を軽快に走っている。
視線を少しずらす。そこにはオープン状態のシステムメニュー、なので自動的に時刻表示も常時傍にある。
(本格的に試験勉強を始めて2時間半くらいかー……)
現実での勉強と一概には比べられないけど、最初セバスチャンさんに提案された時に思ったよりかは順調に運んでいた。
(思えばゲーム内での勉強の利点は色々とあるもんね)
《言語翻訳》のスキル〈言語解読〉を修得する際には教本に書き取りを延々と続けていたし、レベルアップの為に延々とウィンドウに文字を書き込んでいた時期がある。その時も思った事。
例えばずっと動かし続けている右手や同じ姿勢でいる体、使い続ける目も一向に疲れた気配が無い。激しい運動で減少するスタミナ値もこんな所には影響しないみたい。
また空腹度と言うゲージこそあれ、あくまでシステム面の話であるのでお腹が空く事も、喉が渇く事も無く、同様に眠気も無い(睡眠度が0になったなら話は別だけど)。
仮想の肉体である事の利点。少なくともそれについては問題は無かった。
「ふう……」
息を吐き、体から力を抜いてテーブルに突っ伏す。手から離れた鉛筆はコロコロと転がり消しゴムに当たった。
疲れた、と言うなら疲れてはいる。ただ、それは中身の話。
肉体面でいくら疲れる要素が無かろうと、いつまでも勉強をしていれば集中力だって落ちる。
肩に凝りは無いけど、ついつい体を伸ばすのもやはり中身の私が疲れてきた証拠かもしれない。
「バニラマクロシェイク」
少し息抜きしよう。そう思いポシェットに手を伸ばし音声でアイテム名をコール。それに応じて手に紙コップの感触が現れる。マクロナルトで買っておいた飲み物を実体化した。
紙コップのデザイン的にはあまり似せる気が無いらしいけど果たして味はどうだろう?
「ちゅるちゅる……」
ストローで中身を吸うと甘い液体が口の中に流れ込んでくる。無難ではあるけどそれなりに美味しい。
(本家の方が好きだけど)
などと作った人に聞かせられないような感想を浮かべながら口を離し、備え付けのサイドテーブルに置いておく。
ここで食べ物まで出してしまうとずるずるやる気が失せてしまいそうなので勉強に戻ろうか、そう思った時、馬車の外から声がした。
「ん?」
パーティーメンバーの声が聞こえる。私に向けられたものではなさそうだけど……少し気になって目を閉じ耳を澄ます。
掛け声、金属音、喝采。
(……戦闘、かな)
現在この馬車はフィールドを走っている最中の筈だから、野良モンスターなどに襲われる事もある。
しかし、馬車はさしてスピードを変える事も無く、声もすぐに収まったので苦戦する事も無く勝利したらしい。
本来はここでウィンドウが開いて獲得した経験値やドロップしたアイテムを教えてくるんだけど、今回は勉強中と言う事もありオプション設定で勝利時のウィンドウ表示はオフにしてある。
同じく普段は視界の端に常時表示されているHPゲージやマップも消している為、私の視界はいつもに比べて大分スッキリしている。
(ひーちゃんは無事かなあ……)
が、それが今はヤキモキさせる。
大分レベルも上がり戦闘にも慣れてきた感のあるひーちゃんはどうしているのか。
ゲージが無いので戦闘でダメージを受けたかどうかも分からないのだ。
もしもHPが0になれば強制送還されてしまうからさすがに知らせてくると思うのだけど……そうはなってほしくない。
今まで目の届かない所で戦わせた経験が無いものだから不安ではある。
(過保護かな、私)
今の私の役目は勉強で、ひーちゃんもそれに一役買ってくれているって言うのにね。
(信じてあげる所でしょう……なら、心配して勉強を疎かにしてはいられないね)
そうだ。こうして時折戦闘はある、だと言うのにその戦闘は耳を澄ませなきゃ殆ど私に知られない、それがみんなの心遣いと感じている。
その事実は目減りを始めていた集中力を復調させるには十分過ぎる効果を持っていた。
「よし、もうひとがんばりっ」
ぺしぺしと両頬を叩き、鉛筆を手に取って試験勉強を再開した。
◇◇◇◇◇
――ガチャ。
「やっほー」
「セレナ?」
馬車が止まった気配を感じた直後、ドアが開きそこからセレナが顔を覗かせた。
『キュイ〜!』
「ひーちゃーん」
更にその隙間からひーちゃんがピンボールのように飛び込み、壁にぽよんぽよんと跳ねながらこちらにやって来る。
「ずいぶんがんばってたわよひーちゃん、レベルも上がってんじゃないの?」
「本当? ひーちゃんすごいねえ〜」
『キュイキュイキュイ!』
甘えるように体を擦り付けるひーちゃんを撫でているとセレナが話し掛けてくる。
「そっちの調子はどう?」
「うん、思ったよりも順調だよ。もしかしたら現実でするよりか集中出来てたかもね」
その言葉に偽りは無く、重ねられたノートは数冊。どれも文字で埋められている。
「がんばった甲斐があるわね」
「それで、馬車が止まったけど……何かあった? ポータル?」
お昼過ぎから殆どノンストップで、何か話をするのも窓越しが精々だった。
例外は進路上に点在するライフタウンのポータルに触れて登録しておくくらいなもの。だからそう尋ねたのだけど、どうしたのかセレナの顔に苦笑の色が浮かんだ。
「50点ね。気付いて無かったの? そろそろいい時間よ。丁度ライフタウンに到着したから宿でログアウトすんの」
「え、あ、ほんとだ」
システムメニューの時刻表示は既に6時を回っている。晩ごはんまでにはまだ少しあるけど、次のライフタウンに行くにはまだ掛かるんだろう。
パタン。ノートを閉じて山に重ねる。
「うわ。よくこんなにやったわね」
馬車に入ってきたセレナはノートを見て唸っている。確かに量はある、時計に気付かなかった辺り想像以上に没入していたのかもしれない。
「お陰さまで」
「アリッサらしいと言うかなんと言うか……………………ん?」
セレナは顎に指を当てるとノートを再度見てパチパチと瞬きしている。
「…………」
「セレナ……?」
その様子はキョトン、と言った感じ。そんなに驚かれるような量かな? まあ妹ならガクブルものだろうけど……。
視線を追うともちろんノート、そしてその表紙には――。
「ああ、私高2なんだ」
当然と言うか教科名が書いてある。
セレナはその答えにぐっと押し黙り、視線は落ち着かない様子。
(んー?)
それを見てちょっと思い出す事があった。
「ねえ、セレナってもしかして高1?」
「ぶっ?! なんで分かったの!? 私アリッサにそんなリアル情報教えた覚え無いわよ?!」
「あ、当たった。うん、教えてはもらってないけど……ほら、前にケララ村でキャミィちゃんにおばさんって言われて『私はまだ16』って言ってたから」
「あ、ああ……そう言えばそんな事も……聞いてたの」
「聞こえたの。それで、あ、年下だなって思ったの。まあ同学年の可能性は有ったけど……それも今ので、半ば引っ掛けだったけどね」
「って事はアリッサは……」
「17歳高2やってます」
「ぐっ……ずっとおないか年下と思ってたのに!」
「背が低くて悪かったですね!?」
セレナってば自分と私の頭頂部を比べてくれやがっています。
まあ私の身長はクラスの前半分に属してますけども! セレナよりも5センチ以上低いですけども! 最近妹との差が近付いてますけども!
「しくしく……」
「あ、あはは……」
と、ひと悶着あってから今度は天丼くんがドアから顔を出してきた。
「オイ、何やってんだ? セバさんが部屋とりに行ったから俺らはポータルに行っちまうぞ」
「り、了ー解。い、行こ」
「うー……この恨み忘れてなるものかー」
セレナに手を引かれて馬車を降りる。そのタイミングであ、と筆記用具を出しっぱなしにしてしまった事に気付いた。
(まあ、アイテムは出したままログアウトしてもそのままの状態で残るだけだし、別にいいか)
結果意識は馬車から外に移る。そこでは時間の経過も分かりやすく陽は既に没し、空は星が疎らに輝く夜空に変わっていた。
「じゃあよろしく頼むな。借り物だから丁重に扱ってくれ」
「はい、かしこまりましたー」
天丼くんが話していたのは従業員さんだろうか、馬さんたちを連れて隣の小屋へと連れていく。
今回はディファロスくんたちがいるので選んだのは馬屋付きの宿屋さん。値段はそれなりだけど、馬さんたちのお世話をしてくれるとの事で大助かり、となり即断したらしい。
「さ、行くぞ」
馬車が収まるのを見届けないまま促され私たちは歩き出す。
サミーラ村と言うらしいこの村はケララ村にも近い宿場町って言う感じ。
ただ、PCの数があまり見受けられないものだからファンタジーと言った趣は薄く思えた。昔の西欧の片田舎とかそんなイメージ?
「ふーん……」
『キュー?』
ここに来るまでにもライフタウンには寄っているんだけど、ポータル登録が済むとすぐに馬車にとんぼ返りしていたのでじっくり見るのはこれが初めて。
久方ぶりの新しいライフタウンへの来訪にお上り(王都から来たんだけどね)さんチックに村の様子を眺めていた。
「フィエスラ湖までに寄る村のうちの1つ以上の事は無いけどな」
「そうなんだ」
ポータルに登録を済ませながらそう呟く。
「……セレナたちは?」
2人は私が登録するのを見るばかりでポータルに登録しようとはしていない。
「ん? いや、ここには来た事あるからな……さ、宿に戻ろうぜ。セバさんが待ちくたびれちまう」
それだけ言うと2人は来た道を戻っていってしまった。
(そう言えば……これまでのライフタウンでも2人が登録した所見た事無かったなー……)
そんな事を漠然と考えながら私は2人の後を追った。
◇◇◇◇◇
私たちは『風に揺れる小花亭』と言う宿屋さんに入ると先にチェックインを済ませていたセバスチャンさんが出迎えてくれた。
「お疲れさまですアリッサさん」
「そちらこそ……えっと、みんな、お陰さまで勉強に集中出来ました、ありがとうございます」
セバスチャンさん、そしてみんなにお礼を言う。『キュ』と胸(?)を張るひーちゃん。
「うん、ひーちゃんもがんばってくれたよね」
「ほっほ。ではお互い労を労いましょうか、どうですログアウト前に空腹度を回復しに赴くと言うのは」
そう言えば今日は飲み物を飲んだくらいだっけ。食料もポシェットには入ってるけど、非常食としての色合いが強い。
「そうだな、ここまで休み無しのハイペースだったし、飯だ飯。な」
天丼くんが聞くけど当のセレナはぼんやりとしていて、その言葉にハッと我に返った。
「え、あ、ああ……別にいいわよ、どこでも」
セレナの態度を不思議に思いながらも私も頷く。
「私も構いませんよ。どこに行きますか?」
「この宿には食堂があるとの事ですのでそちらへと考えておりますが、如何でしょうか?」
提案に否やは無く、私たちは連れ立って奥にある食堂に向かう。そこでは周囲にあると言う森で取れるキノコなどを使った料理が振る舞われていた。
「「「いただきます」」」「……ます」『キュ』
私は注文したキノコグラタンの熱さに四苦八苦しながら頬張っていた。トロリとしたクリームソースとキノコのプリプリとした食感を楽しむ。そしてお皿を空にする頃の事……。
「さてアリッサさん。これからの事なのですが……」
「あ、はい。何でしょうか」
唯一別行動(?)をしていた私にセバスチャンさんが語り掛ける。晩ごはんを食べた後に再度ログインした時の話かな。
「実を申しますとこの村の先、フィエスラ湖への道中にはダンジョンがあるのです」
「ダンジョン……暗闇洞穴みたいな、ですか?」
私の経験したダンジョンと言うとケララ村から少し行った所にある灯りの無い洞窟しか無い。
「大まかな括りでは。アリッサさん、はじまりのフィールドのボスモンスターを覚えていらっしゃいますか?」
「それは、はい、もちろん」
はじまりの森のジャイアントモス、はじまりの丘陵のジャイアントドッグ、はじまりの湿地のジャイアントフロッグ、はじまりの草原のジャイアントボア。
「あれらのボスモンスターを倒さねばはじまりのフィールドは突破出来ませんでした」
「はい」
ボスエリア以外からは先に進めなかったものね。あー、なんだか懐かしい。
「同様に、いくつかのライフタウンへの道程には行く手を阻むボスモンスターが配置されておるのです。初めて訪れる場合はそれらを倒さねば先には進めません」
「じゃあ……件のダンジョンに、そのボスモンスターがいるんですか?」
セバスチャンさんは頷きで以て返答とした。そして「ただ」と天丼くんが後を継いだ。
「その手のボスモンスターってのは同じパーティーに所属さえしてれば戦闘に参加していなくても撃破した扱いになる。で、今回は事情が事情だしな。俺らだけでも攻略自体はするつもりだ」
その言葉に私は少し眉を上げた。
「それって、私は馬車の中で勉強しててもいいって話?」
「まぁな」
そう言ってフォークでフライの最後のひと切れを突き刺して口に放り込む。
「今回のアリッサの目的はあくまで試験勉強、対して俺たちの目的はアリッサをフィエスラ湖まで送り届ける事、だ。ダンジョンアタックだろうとそこは変わらないだろ」
天丼くんの言葉に、私は考える。
確かに、私は試験勉強をしにゲームをプレイしている訳だから天丼くんの案は有り難く利には叶っている。
でも、
「答えはすぐに、とは申しません。丁度ログアウトする手前なのです、どうかごゆっくりお考え下さい」
セバスチャンさんがそう提案し、私はそれを受け入れた。
◇◇◇◇◇
相談を終えた私たちは食堂を後にして部屋でログアウトする事となった。
「天丼くん、セバスチャンさん、また後で」
「ええ、アリッサさん、セレナさん、また後程」
「遅れんじゃないわよ。時間内に出前が届かなかったら次の宿屋代はそっち持ちだからね」
「理不尽にも程があるわ!」
お互いに挨拶(かは微妙なのが若干名いたけど2人にはそれが普通かと思っておこう)を交わして部屋へ入る。
部屋はそれなりに広く、テーブルや椅子はもちろんバストイレ付き(トイレって使うのかなあ……)で……そして中央にあったのはベッド、ただしツインではなくダブルベッドだった。
「だってこっちの方が安上がりでしょ、節約よ節約」とはセレナの言。私は“節約”の魔力に抗えずにこの部屋に泊まるのにOKを出した(でも、さすがに男性陣は「「ダブルは嫌だ」ですな」とキッパリ拒否して上階のツインルームに宿泊してる)。
「よっ」
ぼふんっ! ドアを閉めるやいなや、セレナがベッドへとダイブした。ギシギシと軋むスプリング。
ひーちゃんも面白そうに見えたのか続く。でも小さなひーちゃんではそうはならずに不満げだ。
セレナはそんな様子を見てから瞼を閉じて深く息をついた。
「はーっ、とりあえずここまでは結構順調に来れたわね……」
目の前の就寝の為のウィンドウを消しながらそんな事を振ってくる。
「まだ1日目だけどね。しかもこの後はダンジョンに出掛けるんでしょ?」
「大きな一歩じゃない。この村と王都って、王都とアラスタなんて比べ物にならないくらい遠いのよ。そんな所まで6時間ちょっとで来られたなら上出来の部類でしょ……」
「まあ……確かに」
それもモンスターとの戦闘を散発的に行いながらなのだから尚すごい。
「でもあんまり実感無いんだよね。そりゃライフタウンにはいくつか立ち寄ったけど、ずっと馬車の中にいたから。“知らない場所”ではあるけど“遠いどこか”には届いてないと言いますか……」
「電車で居眠りしたら知らない駅に着いた、みたいなモンよね。戻ろうとしてようやくどれだけ遠くか分かる……そりゃ降車したばっかじゃ実感湧かないか……」
納得したらしいセレナに「そんなものかな」と、普段電車なんて使わない私が答えた。
「あんだけ勉強にのめり込んでれば分からなくも…………勉強……」
すると、ぼふっと音がした。見ればセレナは枕に顔を埋めていた。
「どしたの?」
「……アリッサって年上だったのよね」
「そこを思い出しますか……」
頬がひきつる、主に身長的な話題を思い出したので。
「……悪かったわよ。こっちはこっちでそれなりにびっくりしたのよ」
「私、そんなに子供っぽかったかなあ……」
妹ならばともかく……と思ったけど、セレナには色々と情けない場面を見られているのだからそう思われても仕方無いかも……?
「いやそう言う話じゃなくってさぁ……」
ヤキモキとした気持ちからか、ベッドの上でばた足を始めたセレナはやがて考えがまとまったのか、ぶつ切りに言葉を出し始めた。
「……なんか、年上って分かったら、その、まぁ、ビビった……みたいな」
「セバスチャンさんとはタメ口してるじゃない」
「アッ、アレは例外よ例外! あそこまで突き抜けたら気にするだけ無駄だっつの! 最早別の生命体よ!」
すごい言われようですよセバスチャンさん。
「そりゃ親とかご近所さんとか先生とか? くらいはいたけど……その、部活とか委員会とかは全然参加してなくて、上級生とは接点無かったからさ。違うでしょ、大人と上級生は」
確かに、学生にとって1学年の差は大きい。3月生まれの3年生と4月生まれの2年生だろうと、間には隔絶した差が生まれるものだ。
ただ、程度は人によりけりではある。
私も一応帰宅部してるんだけど……昨年度は生徒会にいた事もあってそこまで上級生に対して身構える事は無い。
(まあ、会長が“あの人”だったのも大きい気がするけどね)
気軽で、気さくで、気安かった。
肩肘を張るのが馬鹿馬鹿しくなってしまうくらいに明け透けな人だった。
背中を見せては付いて来いと言い、背中を向けたら支えてくれるような、頼もしすぎる人。
(そんな人の傍にいたなら……少しは見習うべきなのかなあ)
まさかこんな風に思う日が来ようとは……明日の天気予報は槍かもしれない。
苦笑する。苦笑して……無防備な背中を見せるセレナを――――くすぐってみた。
「こちょこちょこちょこちょー!」
「ぶっ、ちょっ!? なっ、何、やっ、やめっ?!」
私とセレナでは体系パラメータに圧倒的な差がある。結果私はあっさりと押し退けられる。
「なんだっつーのよいきなり!」
「ん。やー、色々固まってたみたいだから揉みほぐそうかなーっと。こう、わきわき」
「やめい!」
傍にある枕×2をポイポイ投げるセレナ。私はそれをポスポスと顔面キャッチ。
「あたー」
「ったくもう! こっちが珍しく真面目に語ったっちゅーに!」
「あはは」
セレナはすっかりとご機嫌を斜めにし、胡座をかいてこちらを威嚇している。
私は……さてどうしようか。やり慣れない事で迷い、ぽつりと呟いてしまう。
「やっぱりあの人みたいにはいかないかなあ……?」
「あの人?」
いぶかしむ様子で耳ざとく私の言葉を捉えたセレナが私に問う。
私はそれに若干迷うも最終的には話していた。
「うん、私の先輩と言うか上司と言うか……まあ、そんな感じの人がいたんだよ。その人は……色々とすごかった」
美人で、(良くも悪くも)頭が切れて、運動も出来た。性格は……好ましくはあった。
「すごかった“筈”なんだけど……いつの間にか、すごかった事なんてどうでも良くなって普通に接してた」
「……」
「それは慣れもあったろうけど、人柄でもあったと思う。裏表の無い人だったから……かしこまるのが馬鹿馬鹿しくなっちゃう、みたいな」
「…………」
「まあ、あの人とは友達なんてものじゃないけど、あんな風に……私があの人みたいに、なんて出来る筈も無いのかもしれないけど……でも、強張った心を解かせたらなーって」
くすりと微笑む。
「セバスチャンさんの事言えないね。その方が、嬉しいや。だから、ね」
尻切れとんぼ。
「上級生とか下級生より、友達がいいな」
ゴロン。セレナが格好をそのままに90度程後ろに倒れた。
「…………そりゃ、そうだ」
小さな呟きが漏れた。
「アリッサ弱いし」
「はうっ」
「ドジだし」
「ふにゃっ」
「要領悪いし」
「くはっ」
「年上とか思えないってーの」
「しくしくしく……自覚はしてるけどさあ……」
セレナの形無き刃に、無惨にやられる私。言い返せない自分がいるんだもの。
「だから、思わない」
「……え?」
足がピンと伸びて下ろされる、上から見れば丁度大の字だ。
「もう年とかどうでもいいのよ! 私はセレナで、アンタはアリッサ! 同じMSOのPC! つまりはそう言う話でしょうがっ!」
「う、うん……」
吹っ切れたのだろうか。手足をジタバタさせて、「この話もう終わり!」と叫んだ。
「あ、でもお勉強なら見てあげられるよ? 試験勉強する時は手伝うよ」
「ハンッ、私はこれでもそこそこ良い点取ってるわよ。何さ、急に世話焼きになっちゃって」
「いいじゃない。MSOではいっぱいお世話になってるんだもん。私に出来る事があるならなんだってやるし、やらせてほしいもん」
「だーからそう言うの、は――」
セレナの言葉が途切れた。
瞳がぐるりと1回転すると……ニヤリ、唇の端が上がった。
「――手伝って」
両肩を掴まれて、恐めな笑顔で迫られたけど……その様子が、どうにもいつもの彼女らしくて。
「いいでしょ、セ・ン・パ・イ?」
ニヤリと言う大胆な笑いに、私は失笑で返していた。
「そりゃもう。どんと来い」




