第78話「旅立ちの日」
今日と言う日を私はそれなりに感慨深く迎えていた。
具体的には普段より少しだけ早く起きて、カーテンの隙間から射し込む朝日に目を細めつつ手を合わせて今日からの旅の無事を祈ったりした。
この程度でどう変わるものでもないような気もするけど、どうにもそうしたい朝だった。
◇◇◇◇◇
「ぐるるるるる……」
登校準備も万端に朝ごはんを食べている、のだけど……隣には箸をガジガジと噛みながら唸る花菜の姿があった。やめなさい傷むから。
今朝起きてからと言うものこの調子。
「……何?」
恨めしげにこちらを見つめる花菜をいつまでも放ってもいられずに、私は渋々花菜に問い掛けた。
「ううう……お姉ちゃんが遠くに行っちゃう。やだやだやーだ、あたしも一緒に行きたいー!」
「だめ」
途端口を尖らせてブーブーとブーイングを始める花菜に嘆息する。
昨夜からログアウトしてからこっちこの手の話題を出している。曰く「行っちゃヤー」「一緒に行くー」「監禁してやるー」だそうな。
「だから、レベルアップの為の……その、秘密の特訓、な訳だから連れてはいけないし、必要な事でもあるんだからわがままを言わないの」
「むきーっ! でもあたしも行きたい! セレナさんも天丼さんもじっちゃんも一緒なのに! ずるっこずるっこ! 羨ましい妬ましい!」
「喧しい! 朝ごはんは静かに食べなさい!」
ギャンギャンと喚き、イスをガッタンガッタンと揺らす花菜はさすがに見咎めたお母さんに一喝されて渋々と言った体で朝ごはんをもくもくと食べ始める。
お母さんが目を光らせている事もあり、私も心持ち声量を抑えて花菜との会話を続ける。
「……正直な話、一緒に来ても私試験勉強してるだけなんだけどね」
「ぶっば!」
妹が果てた。
中間試験前のこの時期、花菜には勉強などの言葉は禁句であるらしい。……禁句にしてどうする。
「……じゃ、じゃあ……一緒に勉強するから連れてって」
「勉強に集中したいから遠慮したいかなー」
「そ……それはあたしが傍にいるとドキドキしちゃうからですか?」
何故か頬を赤らめもじもじと体をくねらせる花菜がいた。
「ううん。分からない所とかすぐに聞いてくるし、擦り寄ってくるから集中出来ないもの」
「がっでむ! 色気が無い!」
宿題教えるくらいならまだいいんだけど、今回は中間試験だからねー。
「じゃ、じゃあじゃあ! 勉強とかしないでお姉ちゃんの護衛するから一緒に――」
「……勉・強・を・し・な・い?」
花菜の背後にはお母さんがいた。目をつり上げて仁王立ち、あーはー、とんでもなく怒っていらっしゃいました。
「……おーまいが」
ギリギリと錆びた機械のようにぎこちなく振り向いた花菜も顔面蒼白にそう言った。
◆◆◆◆◆
「なるほどねー。で? 件の妹はどこ行ったのよ。見送りに来てまた騒ぐかと思ってたのに」
ナビム牧場のポータル前で私と話しているのは今日から一緒に遠出をする事になっているセレナだ。
セレナとは丁度ログインのタイミングが重なったらしく、私より数瞬遅れてやって来た。
「現在お母さんが付きっきりでしごき……もといお勉強を見てます。あの様子じゃ見送りは無理かなー」
「そこまで行くといっそ悲惨ね……」
単に自業自得なだけと思う。
「そっちこそ天丼くんは?」
「ちょっと遅れるってさ。まぁ、こっちはせいぜい10分かそこらだろうから先に行ってよ」
昨夜訪れた厩舎へと歩き出す。太陽が傾いで世界を赤く染めている牧場には沢山の人たちが行き交っていて、ある人は商売に、ある人はお手伝いに、ある人は私たちのように馬さんを借りに来ているみたい。
土曜日と言う事もあるのだろう、その活気はテーマパークでのそれにも似て忙しくも楽しげだった。
「あ、と。〈サモンファミリア〉、“ひーちゃん、おいで”」
そんな空気を私たちだけで感じるのは勿体無い、そう気付きひーちゃんを召喚――?!
『キュキュキュ〜ッ!』
「ちょ、わわわっ、どっ、どうしたのひーちゃん?!」
召喚したひーちゃんは豪速球ばりの猛スピードで私に突撃してきて、スリスリと体を擦り付けてくる。昨日長い事クラリスが一緒でストレスでも溜まっているのだろうか。分からないでもない。
「……こっちはこっちで面倒な事になってるわよね」
『キューキュー』
「ま、まあ……好いてくれてるなら嬉しいし……」
好かれ過ぎても、とも思うけどね。思い浮かぶのは青い影。
心中でそんな事をもやもやと思考しているとセレナが厩舎への歩みを再開する。
厩舎の傍には乗馬を習う為の広場が併設されていて、柵に沿って等間隔に植えられている木の実が徐々に灯りを放ち始める中で、PCらしき人たちが職員さんだろう人に指導してもらっている。
「ん? ねぇ、あれってセバスチャンじゃない?」
「え、どこどこ……ってホントだ!」
昨夜何人かのPCが乗馬のレクチャーを受けていた辺りで借りる予定の馬さん、『ヴェイパー号』をセバスチャンさんがこなれた様子で操っている。
その姿は執事服と言う格好も相俟って非常に絵になっていた。
私たちの声に気付いたのか、セバスチャンさんは手綱を引いてこちらへと向かってくる。
パカパカとゆっくり近付いてくると、ヴェイパーくんの大きさ+その背に跨がっているセバスチャンさんの上背により、ずいぶんと首に負担を強いる角度になる。
「馬上から失礼致します。アリッサさん、セレナさん、それにひーさんも、ご機嫌よう」
「こんにちは、セバスチャンさん」
『キュイ』
「どーも。今回はまた派手な登場するわねー」
「いやはやこうして馬に乗るのも久方ぶりなもので、勘を取り戻さねばと少々早くログインしておったのですよ」
「乗るって、御者席でしょ?」
セレナが疑問を呈する。
今回の旅行で私たちは馬車に乗っていく予定だ。そうなれば馬さんは御者席から手綱を握る、と言う格好になる筈なのだけど……?
「は。それなのですが、その馬車の事で少々」
昨夜の事。セバスチャンさんはこの牧場で貸し出している馬車がお気に召さなかったようで、自分に任せてほしいと言ったのだ。
私たちはセバスチャンさんならと任せる事にした、のだけど……馬車はいずこ?
「実を申しますと納得のいく馬車は借りられたのですが、その貸し主の方の屋敷まで取りに向かう事になりまして」
「それで3頭の馬たちに乗って向かうってワケね」
「はい。お手数をお掛けしてしまうのですが……」
「いいわよそれくらい」
恐縮するセバスチャンさんに対して、セレナはニヤリと唇を少し歪ませた。……嫌な予感。
「アリッサも一緒に乗るんだからね?」
「ぐっ?!」
そう、馬さんは3頭で私たちは4人。そもそも私は《騎乗》の加護も持ってないから誰かに乗せてもらわねばならない。
男性の天丼くんやセバスチャンさんは論外だからセレナに乗せてもらう事になる。
「ううう……また悪目立ちしそうな事に……」
「いやはや申し訳ありません」
「じゃ、私も馬連れてくるわ。出前が届かない内に練習始めちゃお」
「え。あ、う、うん。お願い」
そう言うとセレナは厩舎へと駆け出していった。
練習、と言うのは馬さんに2人で乗る為の練習の事。乗馬に関しては加護もあり経験もあるセレナだから心配はいらないだろうけど、それはあくまで1人での場合に限る。
誰かを後ろに乗せた経験は無い以上、練習くらいはしないと危ないんだろう。
「アリッサー、お待たせー」
少しすると厩舎からパッカパッカと力強い蹄の足音、セレナが馬さんの手綱を引いて戻ってきた。
セバスチャンさんの乗るヴェイパーくんと同じくらいの大きさで、少々気難しそうな『ディファロス号』は「ぶふるるー」と嘶きながら柵の中へと入っていく。
その割合鋭い眼光とは裏腹に今日はしっかりとセレナの言う事を聞いている様子にちょっぴり安心しながら、私も少し距離を離して続く。
「馬の後ろは危ない」とは昨日のうちにセバスチャンさんから聞いた事だけど、確かに斜め後ろからでも闊歩する蹄やら筋肉の付き具合からその言葉を忘れないようにしようと心に留めたのだった。
「すごいよねセレナ。ディファロスくんがちゃんと言う事聞いてくれてる」
『キュイキュイ』
ひーちゃんが興味深そうに近付こうとするので抱いて止める。ディファロスくんが驚いちゃうかもしれない。そうなったら大変だから、後でひーちゃんによく言い聞かせよう。
「はっはん。そこはそれ、私の人徳……ってのは冗談だけど、コイツコレで言う事聞くらしいわ」
「ぶふるるー」
そう評されたディファロスくんは鼻息荒くバケツに入ったニンジンを示す。
「どうしたのソレ」
「ここの職員に買わされたわ。コイツに乗ってくなら必要だって。結構な値段だったわよ、ぼったくりよぼったくり!」
そう言うなりバケツからニンジンを1本取り出してディファロスくんに食べさせるセレナ。
むしゃむしゃとどこか愛嬌のある食べ方で咀嚼し飲み下すと、またもニンジンを要求し出す。
「甘えてんじゃないわよ! ホラ、餌が欲しけりゃキビキビ働く!」
セレナはそう叱咤するとバケツをアイテムポーチに仕舞ってしまう。抗議の嘶きを上げるディファロスくんだったけど、セレナが跳躍で軽々と背に跨がると、不承不承そうながら大人しくなる。
「ったく、まさか地でニンジン餌に馬を走らせる事になるとは思わなかったわよ……。じゃ、まずは私だけでひとっ走りしてくるわ。アリッサ乗せるのはそれからね」
「了解。気を付けてね」
「分かってるって! ハイヤー!」
古式ゆかしい掛け声の割にはディファロスくんはゆっくりと前進を始めた。パッカパッカと小気味の良いリズムで走る様には危なげなどは見られない、堂に入った乗馬姿だった。
「上手ですね」
「ええ、セレナさんもディファロス号も楽しそうですな」
「ま、動物相手なら変な遠慮もいらんからなぁ」
後ろから会話に加わったのはいつの間にかやって来ていた天丼くん。
「こんにちは天丼くん」
「ご機嫌よう天くん」
「おう、今日もよろしくな」
そしてセバスチャンさんが私たちに語った内容を天丼くんにも話す。天丼くんは「どんなのにしたんだか」と、ちょっと不安げだった。
「天くんも練習はするのですかな?」
「そりゃまぁ何だかんだでしばらく触ってなかったしな、勘は出来るだけ取り戻しとくさ」
天丼くんは伸びをして体をほぐしているようだけど、その背中を見ているうちにちょっと心配になってきた。
「天丼くんの鎧って、結構重そうですけど……ファルネルくんは大丈夫なんですか?」
最後に残っている『ファルネル号』は体格はともかく少々臆病そうな馬さんだ。どの馬さんにしろ重装備の天丼くんはキツいんじゃないかなあ。
それに対し馬上から降りていたセバスチャンさんは軽く首肯する。
「元々馬車を引かせる為に体値が高いものを選びましたからな、鎧くらいならば問題は無いかと。もっとも、その為に技値が少々低いのですが」
えと、技値はスピードに直結するんだっけ。
「……なら、ちょっと安心します」
「ほう?」
「私、乗馬なんて初めてだからあんまりスピードが出てもきっと恐いと思うんですよ。だから、ちょっとだけ安心しちゃいます」
更にペースは一番遅い馬に合わせる事になる。そこまで差が出るかはともかく、最高速ではないと言うだけでも結構安心する。
「ほっほ。成る程」
「アリッサー、お待たせー。相乗りの練習始めちゃお」
「あー、うん。了解」
そうしてセレナに手を引かれ鐙と言うらしい馬具に足を突っ掛けて一気に体を持ち上げ跨がる……幸いにしてスカートは柔らかく脚を包み込んだまま、肌を晒さずに済んでほっとひと安心。
改めて周りを見るとその高さに背筋が寒くなる。落ちたくないのでセレナの腰へ腕を回す。
するとそんな私たちの間にふよふよと潜り込むひーちゃんがいた。
「振り落とされないようにね、ひーちゃん」
『キュ!』
ひーちゃんはセレナと私の間にすっぽりと陣取った。正直な話私自身が振り落とされないか心配が残ってるんだけど……まあそれを払拭する為の練習なんだからがんばらなきゃね。
「んじゃ、歩かせるからしっかり掴まってなきゃダメよ」
「うん、了解」
セレナの腰に回した腕に力を込めるとディファロスくんはゆっくりと歩き出す。そして、
――ダカダッ、ダカダッ!
――ダカダッ、ダカダッ!
蹄が力強く地面を叩いている。その上下に激しく動く振動と、視界に思いっきりビビる私は腕に入れる力を増す。締め付けられる側のセレナを心配する余裕は今の私には無い。
これでも歩く程度なら平気になったのだけど、振り落とされたらどうしようと思うあまりに手足には余計な力が入り、しかも目や歯も意識していないと閉じたり噛み締めてしまいそうになると言う体たらくだった。
ようやくセレナがスピードを緩めると、バクバクと張り切り過ぎな心臓の音がよく分かる。
「そんな調子でどうするんだか。街道を行けばモンスターにも出くわすのよ? そうなった時にはアリッサに始末してもらうつもりなのに」
「そんな無茶な!」
「仕方無いでしょ。アリッサ以外は手綱握ってるし、遠距離攻撃だってアリッサしか出来ないんだからさ」
「う、」
確かに、セバスチャンさんも一応遠距離攻撃は可能だけど、両手を使って演奏する手前馬上では無理だろう。
が、果たして私にそんな真似が出来るのかと激しく思う。
見てくださいよ上記の有り様。
「じゃあプランBで」
「何それ」
「モンスターが来ても……振り切ればいいって話よ! ハイヤー!」
「ヒヒーンッ!」
「っ?!」
明らかに増すスピードの中、私は早々にギブアップした。恐い、めっちゃ恐いよう……。
「ならさっさと練習しちゃいましょ。ふぁいとー、おー!」
「気の無い声援だ……」
が、なんやかんや言ったものの今回は私たちのみならず馬さんたちもいるのだから万一モンスターに襲われては大変なのも事実。
それに馬車を受け取ってからは働く事も無いのだから、せめてそれまでは役立とう。
パカッパカッ。軽快に走るディファロスくんの上でそう決意を固め、遠くにいるセバスチャンさんにチャットを開く。
「チ、『チャットオープン・セバスチャン』。……もしもし、セバスチャンさん聞こえますか?」
『はい、こちらセバスチャン。感度は良好ですぞ、アリッサさん』
食い縛っていた歯をそろそろと離し、返ってきたその穏やかな声にどこかで安堵しながら、これからスキルを試させてもらう旨を伝える。
「い、今からセバスチャンさんに〈ヒール〉を使ってみます、ね」
『アリッサさん、落ち着いて事にあたりましょう。大丈夫、いつもと変わりはありませんよ』
「は、はいっ……」
『キュ〜イ』
ひーちゃんの応援に応えるべく、口中で小さくスペルを唱える。さすがに馬上にまで杖を持って乗る訳にはいかなかったので現在の私は無手。そうした場合、スキルは開いた手の平の上に現れる。
藍色の光球を確認した私は、続いて15メートルくらい離れた位置からこちらを見守るセバスチャンさんにターゲティングし、「〈ターゲットロック〉」と呟くとターゲットサイトが固定され……ない。
ロックオンと呟いた瞬間に、揺れでターゲットサイトがずれてしまったみたい。《照準》の加護はPCやモンスターに対してのみ効果を発揮するので、サイトはロックもされずにただ上下に揺れるばかり。
(……マズい)
ここでこの様じゃ先々に失敗する事がまざまざと浮かんだ。けど、浮かんだからこそ少し頭が冷える。
よしんば1回の攻撃で倒せなければモンスターはこちらを敵と認識する、追撃に失敗すればモンスターの攻撃に晒されるのだから、と。
「〈ターゲットロック〉……!」
そう思い至れば、さっきとは別の意味で歯を食い縛り、今度はディファロスくんの動きのリズムに合わせてスキル名を唱える。その甲斐あってか二度目はどうにかこうにか成功した。
とは言っても《照準》の加護の効果はまだまだ短いので早々に〈ヒール〉を解き放つ。
「リ、リース」
振動で変な所で区切ってしまったけど……発動自体に問題は無かったのか〈ヒール〉が発射され、狙い通りにセバスチャンさんへとまっすぐに飛んでいき命中した。全身をほわっと光に包まれたセバスチャンさんは繋いだままだったチャットから報告を行う。
『お見事。良いお手前ですな』
「よ、良かった……当たった」
『キュイ!』
様子を見てくれていたひーちゃんも祝福するように鳴いている。
「当たった? なら今度はもうちょっと速度上げるわよ、気を付けて!」
「え?! あ、きゃああ〜っ!?」
そして練習……と言うか特訓は続いたのでした……ううう。
◇◇◇◇◇
「ちょっと……大丈夫?」
「へ、へいき、だいじょぶ。まえみてて」
心配そうに私の顔を覗き込むセレナを制して前を向かせる。
今はすでに馬上、それも牧場ではなくフィールドに出ているのだから、よそ見はいけない。
現在私たちはナビム牧場を出発して王都へ戻る途中にある。これから王都西門から中に入り中央区を目指すのだと言う。
私はセレナに幾分か体重を預けながら前方の広範囲をじっと見据える。
右手には2つの光球が既に準備出来ている。装備を整えたとは言え七星杖無しでのスキルは激しく威力が落ちるから一撃では足りないからだ。
法術の威力を底上げする〈コール・ファイア〉も《杖の心得》のスキルであるが故に使えない事も地味に痛かったりする。
最初は恐がって遠くから攻撃した。外れた。遠ければ当たりにくい、当然だ。慌てて再度攻撃をしなければならなかった。
だから次は近くから……しかし馬さんたちの健脚によってあっと言う間に近付いてあわや先制されかけた。
「ううう……出てこないでえ……」
なので現在、絶賛弱気の虫が顔を出していましたとさ。
そんな頼もしさなんて微塵も無い私に声が掛けられる。
『大丈夫だ』
「天丼、くん?」
『倒し切れなくてもスピード上げて振り切る。もしも時でも守るのは俺の役目なんだ、そっちまで気にせず強気で攻めろ』
「『……カッコつけちゃってまぁ』」
『ほっほ。男の子ですな』
『うっせ』
『キュキュ』
和気あいあいとした雰囲気がチャット越しに伝わる。
こう言う時程、自分の浅慮を思い知る。
役目、天丼くんはそう言った。みんなをモンスターから守る事、それは私と同じ。1人で背負い込まなくてもいいと言ってくれている。
「……うん。ありがと」
何度も同じように躓く私は学習能力が無いなと苦笑しながら前方を闊歩(?)し、こちらに気付くモンスターに狙いを定める。
「左前方の『グラススライム』を攻撃します。みんな、よろしく!」
『おう!』「『やっちゃえ!』」『お任せを』『キュ!』
グラススライムはその名の示すように草原と同じ色に擬態したスライムだ。以前のスライムよりも全体的に強化された丸いボディは大型化してる。
草原では見分けのつきにくい体も街道の真ん中ではいい的になっている。
「リリース!」
解き放った二条の軌跡はグラススライムをしたたかに撃ち据える。
『――ッ?!』
グラススライムは形を保てなくなったようで、べちゃりと弾けて草地に染み入って消えていく。保護色だったボディは瞬く間に色を失い消え去った。
「ふう」
「『そうそう、やりゃ出来るじゃん』」
「まだまだだよ。もっとがんばらなきゃ」
そうして私が決意していると、やがて見えてくるのは巨大な王都の壁。
せっかくなのだ、やれるだけやってみようとスペルを再び唱え始めたのだった。
◇◇◇◇◇
どうにかこうにか無事に王都に到着した私たち。
それなりにPCのいる中を馬さんに乗って行くものだからまたぞろ目立っている気がした(セレナの腰を掴んでいるのが拍車を掛けている気もする)。
そして中央区の一角に辿り着いたのだけど……。
「なんでここに……」
唖然と眼前の光景を目どころか口まで開けっ放しにして見つめていた。
また、天丼くんは顔を逸らし、セレナはそんな天丼くんをギラギラとした目で睨んでいた。
「『いえ、事情を話しましたらば予備の馬車をお貸し頂ける事になりましてな。お言葉に甘えさせて頂いた次第です』」
そうセバスチャンさんが語る先、そこには立派なお屋敷がドーンと立っていた。
が、そのお屋敷を私は割と見慣れている。てゆーかこの1週間で来すぎだった。
「やぁ! よく来てくれたね、ボクの勇士たち!」
門の中へ進んだ私たちの前に現れたのは一昨日ぶりに会うエンリーケ・ブラムハイセル・ド・タミトフ子爵さまだった。
そう、ここはタミトフ子爵邸。一連の怪盗マリー事件の発端となった場所なのだ。
(まさかセバスチャンさんが行ってた場所がここだったなんて……)
私たちは馬さんから降りて子爵さまに挨拶をする。
「『閣下。此度は我々の願いをお聞き届け下さりありがとうございます』」
「はっはっは、気にしないでくれたまえよ。ボクと君たちの仲じゃないか。このくらいは手間の内には入らないさ!」
ピシリと背筋を伸ばし胸を張り、気持ち良さそうにそう語る。……えーと、この人仕事上のお付き合いでしかなかった気もするんですが……言わないけども。
「おや、君は……」
「あ、ど、どうも、ご無沙汰してます。アリッサです」
私は帽子を取って頭を下げる。最初は首を捻っていた子爵さまもそれで合点がいったとばかりに手をポンと叩いた。
「そうか君か! いやぁ美しくなったものだ見違えてしまったよ、はっはっは!」
「あ、ありがとうございます。その、この服を買えたのもタミトフ子爵さまが報酬を沢山くださったお陰です。本当に助かりました」
「本当かい? それは光栄だ、こんな風に使ってもらえるならば大金を出しても惜しくはないね!」
そう言い、また大笑する子爵さまに案内されて私たちは馬車を置いてある場所に向かう。
その途中、柱の影からこちらを窺う小さな女の子の姿が。
「『…………ロリコン野郎』」
「『なんで手を振り返しただけでそんなに睨まれなきゃいけないんだよちくしょう!』」
「ねぇアリッサちゃん、ろりこんって何なのかしら?」
「ファーナちゃんは知らなくてもいい言葉だよ。忘れようね」
などと言うやり取りも交えて先に進むと、以前乗った事のある豪奢な馬車が見えてきた。
そしてその隣に意匠こそ異なるものの、負けず劣らず豪奢な馬車が置かれていた。
「これはいつも使っている馬車の予備でね。滅多に使う機会も無い物だ、好きに使ってくれて構わないよ。まぁさすがに壊されるのは困るがね、はっはっは!」
「は、傷を付けぬよう細心の注意を心掛けます」
「うむうむ。君たちならば信用出来ると言うものさ」
そして馬さんたちを馬車に繋ぎ、私たちは早々に子爵邸を出発する事になった。
「お見送りありがとうございます閣下」
「うむ。君たちの旅の無事を祈らせてもらうよ、頑張りたまえ」
「はい!」
私とセバスチャンさんが子爵さまと挨拶を交わす間、隣でギスギスとした空気が発生していた気がしたけどもう無視する事に決めた。
◇◇◇◇◇
馬車の中の装飾は華美と言うよりもシックな感じだった。
深い色の木製家具を目を疲れさせず、発する良い薫りが心をリラックスさせてくれる。
またセバスチャンさんの要望通り、馬車とは思えないくらいに揺れず、馬さんたちの蹄の音も車輪の音も殆ど聞こえない程に静か。
その上内部はとても広い、私たち全員が楽々入れるくらい。多分四畳は軽い。
そんな中を私が1人で占領していた。
みんなは現在外にいる。
セレナは屋根で周囲を見張り、天丼くんとセバスチャンさんは御者席にいる筈だ。
更にはひーちゃんまでもセレナにくっついている。私は試験勉強に終始するけど、ひーちゃん単体なら戦闘もこなせるのでセレナの言う事を聞くよう言ってあるのだ。
(みんなが私が勉強に集中出来るように気を遣ってくれているんだからしっかりとやらないとね)
備え付けのテーブルでは小さいのでセバスチャンさんが用意していた小型のテーブルを中心に据えてそこに実体化させた筆記用具を乗せていく。
そしてシステムメニューのメール機能を表示させる。そこにはあらかじめパソコンから送っておいた教科書とノートのデータがかなりの量収められている。
ウィンドウ自体は角度や大きさなどを変えられるのでテーブルに合わせてセットし、適宜メールを表示する。
あらかたの準備を済ませて一息吐いたタイミングでガラリと音がした。
「アリッサ、少しいいか?」
「どうかした?」
勉強に集中する為にチャットも使っていないので前方の窓が開き御者席にいる天丼くんが顔を覗かせる。
「窓開けてみな。結構いい景色だぜ」
「景色?」
横に備え付けられている窓を開くと、途端眩しい光が差す。こちらでは夕方なので太陽が傾いているんだ。
「眩し――っ、あ」
王都の周囲は広い広い平原だ。アラスタ方面を除けば起伏は少なく見通しが良い。
夕陽に照らされて元より花のような王都は、遠間から見れば大地に根を下ろす薔薇そのもの。赤く燃える草地は息を飲む雄大さを讃えている。
そこから四方にはある程度整備された道がどこまでも伸び、それらは他の大規模なライフタウンへと通じているのだと言う。
「……行ってきます」
ひらひらと小さく手を振ってそう言い、窓を閉める。
帰ってくる事自体はポータル間転移で簡単なものだけど、あんな光景を見せられては感慨はひとしおだ。
旅立つ事を実感しながら、その旅の目的を果たさねばと動き出す。
さあ、ノートを開き、鉛筆を持つ。
「さてと始めましょうか!」
現実とまったく違うやり方で、現実の為の試験勉強が始まった。
花菜をそのまま連れてくとセレナとの相乗りの下りで七悶着くらいしそうなのでクラリスの出番をバッサリカットしましたよ。
背中から刺されそうだ!




