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第77話「ハッピースイーツ×円環の悪夢」




「じゃ、次は食料だな」


 遠出の為、各種消費アイテムなどを買い出し中の私たちパーティー+部外者1名。

 ポーションを仕入れた後、私の勉強用に筆記用具などを買い、次は空腹度を回復する為の食料アイテムを購入する為に移動すると言う話だった。


「何買うのよ?」

「お前ホンットに聞いてなかったのな……セバさんのリクエストでファストフード系にした。マックとかケンタな」

「ちょっと、セバスチャンがそんな安っぽいもん食べたがるワケ無いじゃん。アンタ自分が食べたいだけじゃないの?」

「だったらそう言うわ! わざわざんな真似しねぇよ!」

「どーだか」


 などと言う結構不毛なやり取りがあったりしながらも私たちはアラスタの西大通りへと向かった。

 食事事情においてもアラスタよりも王都の方がバリエーションが豊富であるらしいのだけど……そこは私を気遣ってかアラスタでの買い物となった。


(……もしかしてセバスチャンさんのファストフード推しもそれを見越してだったりするのかな……)


 西大通りはPC・NPC問わず賑わっている、私たちははぐれないように5人でパーティーを組んでいた。パーティー同士なら詳細な位置が分かるからだ。


「お姉ちゃんとパーティー組むの久しぶりだねー、えへへー」

「そうでもないでしょ、一昨日組んだばかりじゃない……まあ、その前は1ヶ月以上無かったけども」

「5分以内じゃなきゃ久しぶり」

「短っ!」


 クラリスのでれっでれ具合に引きながらも、私たちは大通りに居を構えるお店へと向かっていった。ここは食事処が多く軒を連ねる事から指折りの人気スポットとなっている。

 現実でもお馴染みの料理もあれば、ゲームでもなければ有り得ないような料理もあり、目移りしてふらふらと歩けば、調理の熱気が肌を叩く。

 店舗や屋台などが美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり、晩ごはん後であっても食欲をそそる小気味良い調理音を奏でて道を行く人たちを誘い込もうと躍起になっている。

 ああ、最後の味覚が出番を待ちわびている、まさしくここは五感を狂わす大魔境。

 ……いけない、少し正気を失ってしまっていた。


「お姉ちゃんお腹空いたー」

「晩ごはん食べたばっかりでしょ。空腹度が減ったなら別だけど」


 「……ぐぎゅるりー」、と口でお腹を鳴らすクラリスを制する。

 そうでも言わなければ私もあの中に取り込まれてしまいそうなのはここだけの秘密。

 見えてきたのはケンタこと倦怠期と言うフライドチキンを販売しているお店だった。店頭には豊かなお髭を蓄えて真っ白なスーツを着こなすお爺さんの等身大人形が置かれている。


「……訴えられないでしょうか、本家に」

「まぁこの手合いのなんちゃって店舗はままありますからな」


 セバスチャンさんの言ったなんちゃって店舗とは、PCが現実にあるお店の料理をゲーム内で再現して販売しているお店なんだそうだ。

 その際には店構えなども似せる場合もあるそうで、このケンタ、正確にはケンタもどきもそんなお店の1つであるけど、それでも“なんか違う”のは間違いない。

 ……例えばお爺さんのお人形も現実の本家とは似ても似つかない。だってドワーフ(、、、、)のお人形だもの。

 等身大なんて言っても背丈は私の胸より低いくらいで、お髭も地面に着きそうな程長い。でっかいお鼻がチャーミング……かもしれない。


「……大丈夫そうですね」

「でしょう?」


 そのお店ではフライドチキンをバーレルで複数購入する。現実とほぼ同サイズで、見た目もそんな感じだけど……なんのお肉なのかなコレ。


「お姉ちゃんお腹空いたー」


 バーレルを物欲しそうに見るクラリス、分からなくもない。香ばしい匂いが、晩ごはんからそう経ってもいないのに食欲を刺激する。みんなも似たような視線を向けるので天丼くんはさっさとアイテムポーチに仕舞い、次のお店へ向かった。


「お姉ちゃんお腹空いたー」

「そうなんだー」


 袖を引くクラリスを軽くあしらいながら歩く。

 次に訪れたのはマックことマクロナルト、巨大なナルトをあしらった看板のお店では主にハンバーガーやフライドポテトを販売しているようだ。

 ただ、ケンタもどきに比べれば店舗の再現度は低く、調理風景を店頭で実演したりしている。


「お姉ちゃんお腹空いたー……」


 もはやそれだけしか言わなくなったクラリスの手を引きながらメニューから何を買うかを選択する。

 複数個を注文してからしばし、出来上がったばかりのホカホカのハンバーガーやポテトを受け取ってまた別のお店を1、2軒回り、ようやくごはんにありつく事になった。

 その頃にはクラリスは私の腰にしがみつくだけになっていた。


「どこで食べようか……あまり遠くだとこの子を運べる自信が無いんだけど」

「お姉ちゃんを食べたい……」


 お腹の空き過ぎによるものか訳の分からない事を呟くクラリス。鎧は着てないのだけど、体系のパラメータは多少装備で改善されたものの、それでもひどく重い。


「完っ璧にお荷物ね」

「あー、何か食いたいもんでもあるか?」


 だらっとしていたクラリスはその一言に即座に反応した。


「ミスド! ミスドがいい! 『ミスリルドーナツ』!」

「歯が砕けそうなネーミングね……」


 セレナがそんな事を言ったので私には疑問が浮かぶ。


「『ミスリル』って何?」


 呟かれたセリフに答えてくれたのはセバスチャンさんだ。


「ミスリルとはファンタジー作品などに登場する架空の金属ですな。色合いは銀に近く、鉄より軽く強く、魔法との親和性が高いとか。このMSOにも高ランクの素材として存在しておりますよ」

「……食べられるんですか、ソレ?」

「食用とは聞き及びませんな、少なくともこの耳には。本家から捩っただけでしょう」


 ですよねー。

 そりゃマクロナルトでも大きなナルトがメニューにあった訳じゃない。ミスド(偽)もそう言ったお店の1つだと分かって胸を撫で下ろす。

 そうしてクラリスのリクエストにより私たちはミスドを訪れた。店内は清潔でお客さんが多く、ショーケースに並べられているドーナツを眺めては注文している。中には仲間と一緒に全商品を注文する人たちまでいる。


「わ、あんなにいっぱい」

「そりゃそうでしょ。お金の心配せずにすむし……何より食べ過ぎたって太らないっ!」

「大事! それすごく大事!」

「そーよ、だからこっちも好きなだけ食べよ!」


 異議無し。

 私たちはショーケースに突撃していった。


『キューキュー』

「ひゃっはー!! 全部よこせー!」

「何よ結構本格的じゃん。あ、私コレ好きなのよね。味とかまでちゃんと再現してんでしょうねぇ?」

「あ、ちょっとちょっと。5000G分買うとマスコットキャラクターのぬいぐるみ貰えるスタンプキャンペーンしてるんだって」

「あははははっ。何コレキモーいかわいくなーいっ、でもどうせだから買っちゃえ買っちゃえ。どうせ払うの男連中なんだしさ」

「おいぃぃぃっ!?」

「お姉ちゃんお姉ちゃん、あたしアレ食べたーいー」

「え、どれどれ? あ、美味しそう。じゃあ私そっちのチョコのも頼むから半分こにしよ」

「わはーい!」

「あ、ちょっ、ズルい! 私もストロベリー買うから食べさせなさいよ!」

「が、がん無視……」

「……天くん、ああ言う時の女性には聞こえませんよ。素直に払いましょう」

「セバさんなんでそんな諦めきった顔してんだよ?! 払う義理なんて無いだろ?!」

「よいですか、所詮男は女性の財布です。メッシーくんです」

「どんな人生歩んで来てんだアンタは!?」


 嵐のように注文をし、げっそりと支払いをする男性陣を背に着席する、天丼くんの腕の中にはライオンっぽいぬいぐるみが抱えられているけど、既に私たちの興味は移っていた。

 どこに?

 テーブルの真ん中に。

 ひーちゃんもまたドーナツに興味津々な様子だけど、精霊なので食べられないんだよー。


『キュー……』


 残念がるひーちゃんは窓辺で黄昏始めた。心苦しくはあるけど……私たちは銘々にこんもりと盛られたドーナツに手を伸ばした。

 時折飲むブラックなコーヒーで舌をリセットしつつ、色とりどり味も様々なドーナツをパクついていく。

 オリジナルからすればやはり味が違うとも思うのだけど、今のテンションではそれすらも笑いの種になっていく。


「お姉ちゃん、それ食べさせてー」

「はいはい、あーん」

「もぐもぐ。あー、しーあーわーせー」

「あ、ずっこ! ちょっ、私にもしなさいよ!」


「なぁ……なんでこいつらこんなにテンション高いんだよ……こんな甘ったるいモンばっかで……うっぷ、口ん中がおかしくなってきた……タバスコはどこだラー油が欲しい」

「考えてはいけません。無心です、無心の境地となりひたすらに詰め込み、時間の流れに身を任せるのです」

『キューキュイ』


 男女間のテンションの格差をそのままに私たちの空腹度はいつの間にやら全快を超過していた。MSOには満腹感は無いけど満足ではあった。


「……そろそろいいか、お前ら」


 私たち(女子組)3人が落ち着くと、げんなりとした様子の天丼くんが話し掛けてきた。


「何がよ」

「この次の予定だ」

「馬を借りに行くんでしょ?」

「だからそれをちゃんと話すんだって」


 天丼くんはそう言って私に向き直る。その顔からはさっきまでのげんなり具合が少し取れていた。


「馬のレンタルには『ナビム牧場』ってトコに行く必要がある。場所は王都の西だ」

「あ」

「北区程じゃないがPCは多いからな。さっき(、、、)みたいな事が無いとも言い切れないぞ」


 先程王都では後をつけられた(らしい)。アラスタではそう言った事にはならなかったようだけど……王都に行けばそうならない保証も無い。


「馬と一緒に馬車もそこでレンタルしてるから選ぶ事になるが、逆に言えば選ぶだけだしな。無理そうなら俺とセバさんだけで行くぞ?」


 心配してくれているのは分かる、すごくありがたくて嬉しい。けど……。


「大丈夫……かどうかは微妙だけど、私も行くよ。王都になんてそれこそこの先も沢山行くんだし……どうしようもない事なら、せめて慣れなきゃ」

「……そうかい。ま、アリッサがそう言うなら俺からは何もねぇよ。じゃ、ちゃんと覚悟だけはしておけよ」


 ガタリと椅子を鳴らして、天丼くんがトレイを手に立ち上がった。


「さっきってなーに?」


 唯一事の顛末を知らないクラリスが首を傾げた。言うべきか、言わざるべきか。そう悩んでいると、先にセレナが口を開いて暴露してしまうのだった。

 クラリスの顔が般若の如くに変形するまではそう掛からなかった。



◇◇◇◇◇



「……平気そう?」

「ま、あ……うん」


 食事を終えた私たちは早速王都西区へと移動していた。

 相変わらず視線は私を差している。時折近寄ってくる人もいるのだけど幸い、と言っていいのか、クラリスとセレナが雷神と風神の如く私の左右に陣取っていて近寄る端から離れていった。

 ちなみにひーちゃんも離れた、本気で堪えたのはその時です。


「……慣れもくそもねぇんじゃね?」


 後ろを気にしながらそう語る天丼くんには同意する。両側が頼もしすぎて気が緩む。


「……カメラ小僧がいない訳ではありませんが……」


 鋭い視線が向くと左右のどちらかが(どうやってか知らないけど)反応して威嚇、そちらから慌ただしく人が消えていく。


「まぁどの道明日からは小旅行です。鳴深さんの仰るように熱の冷める早さに期待致しましょう」

「楽観だなぁ」

「ポジティブシンキングですよ」


 クラリスとセレナの刺々しさとは対照的に肩の力の抜けた2人の会話が続く。結局騒ぎらしい騒ぎも無く、とうとう私たちは西の門から外に出た。

 見渡す限りの草原に幅広の道が彼方まで続いている。

 この先に馬や牛などを放牧している牧場があるのだと言う。今日の内に良い馬に予約を入れておくのだ。


「てやっ」


 ずばーん。


「そいやっ」


 ざしゅっ。


「やーっ」


 どかーん。


 牧場へと続く『カウロイ街道』を進む私たち、その先頭は誰あろうクラリスだった。

 クラリスは気の抜けるような掛け声で2振りの剣を自在に操り、一撃の元にあらゆるモンスターを下していく。

 その様は全く緊張感を感じさせず、レベルや装備の差をまじまじと感じた私はただただぽかーんとするばかり。

 セレナは難しい顔で唸り、天丼くんは普通に感心し、セバスチャンさんは……普段通り、ひーちゃんはびびってる。

 そんな私たちの様子に気付いているのかどうか、クラリスが小高い丘のてっぺんに立って先を見ている。


「お姉ちゃーん、見えてきたよー」


 ぶんぶんと手を振るクラリスに追い付くと、その向こうには木造の大きさも様々な建物がいくつか建ち並んでいる。


「あそこがナビム牧場だよん、今は夜で分かりづらいけどここら一帯が牧場なの。馬なんかを借りたり、牛乳とか卵とかも買えたりするよ」


 この牧場はアラスタ1つ分がすっぽり収まるくらいに広いそうでそこがほぼ平地、しかもライフタウンだからモンスターの影も無い。昼間にこれればさぞ気持ちの良い場所なんだろうな。


「《騎乗》の加護もあそこで取得すんのよ。ホラ、よく見ると今も馬に乗って四苦八苦してる連中が見えるでしょ?」


 言われてよく目を凝らせば牧草地の一角に木の柵で囲われた場所があり灯りで照らされている、そこではぎこちなく乗馬している人たちが牧場の人だろうか介助をされながら何やらレクチャーを受けている様子。


「慣れると結構面白いのよ。ま、今回は必要無いから割愛するけど。あそこも一応ライフタウンだからまずはポータルに行こ」

「うん。でも、ここずいぶん広いんでしょ、どの辺りにあるの?」

「あそこの厩舎の側だ。馬の予約もそこでやる」


 天丼くんが指したのは建物がある一角だった。よくよく見れば、確かにオブジェらしい物もあるみたい。

 ポータルへの登録を済ませて厩舎へ入ると想像していたような臭いが無いのは、ある意味ゲーム的だなあと思った。

 ぼんやりとした灯りに照らされる厩舎内にはずらりと馬さんたちが並び体を休めていた。

 興味を示すひーちゃんが近付くとブルル、と嘶きこちらを黒く澄んだつぶらな瞳で見つめている。私はひーちゃんを抱き寄せ「起こしてごめんね」と小声で謝る、と前方から誰かがやって来た。


「夜分に失礼致します。明日、馬を3頭借りたいので予約をお願いしたいのですが」

「はい、大丈夫ですよ。どの馬にしましょうか?」


 職員かこの牧場の子か年若い男の子だった。男の子はしっかりとした受け答えでセバスチャンさんと相対している。


「そうですな……なるだけ大型の馬車を借りようと思っておりますので――」

「なるほど、では――」


 要望を丁寧に伝えていくと並ぶ中からそれに応えられる馬さんたちをピックアップしていく。


「ねえ、やっぱり馬さんにも個性とかってあるものなの?」


 毛色や大きさの差異があるけど、そこまで明確に違うものなの? 疑問に思った私はみんなに聞いてみた。


「簡単だよ。あたしたちとおんなじで馬にもパラメータがあるもん。心技体に運だけだけどね。じっちゃんの言った肝の座ったってのは心が強い事、危ない目に遭ってもパニックになりにくいの。足の速さは技で表してて、速さを合わせたいなら同程度の数値の馬を選べばいいよね。ちなみに体だと筋力の他に体力があるって事になるよ、長い間走っても疲れにくくて重い物も運べるの」

「へえ」

「ランダム要素もあるよ。性格とか相性とか。そうしたのが組み合わさって個性になってるんだよ。馬って言ってもNPCだからね」


 そう言われて納得する。言葉が話せないのはひーちゃんも同じ、他の精霊がどうかは知らないけど、子供のように明るくて甘えたがりで何にでも興味を示すのはひーちゃんだからこそと思う。この馬さんたちもきっとそうなのだ。

 私たちが話す間にセバスチャンさんと男の子は話し合いを続け、折り合いをつけたらしく握手を交わしていた。


「皆さん、こちらの馬を借り受ける事になりました。少しの間ではありますが旅の仲間です、仲良くして差し上げて下さい」


 セバスチャンさんが示したのは3頭の馬さん。

 大きさは大体同じだけど1頭は焦げ茶色の馬さんで、私たちが近付いても落ち着き払ってるのが印象的。

 次に栗毛の馬さん、天丼くんが近付くと少し距離を取る。怖がりなのかな?

 そして最後の馬さんはふいっとそっぽを向いてしまった。


「ねーねー」

「うん?」

「お姉ちゃんたち馬車で行くんだよね?」

「そうだよ」


 クラリスには旅に出るとは言ったけど諸々あって伏せなきゃいけない部分も多い。説明ははしょり気味なのでちょくちょく疑問が出てくる。


「普通に馬に乗ってった方が良くない? お姉ちゃんたち全員戦闘職だから馬車の中だと戦闘に入るの遅れたりもあるよ?」


 こう言う経験ではクラリスは私のずっと先に行っているからこれも経験に裏打ちされたアドバイスなんだろう。

 ただし、今回は特殊な事情があるので仕方無い。その特殊な事情はクラリスにも話せる類いなので包み隠さず話した。


「えっとね、つまり――」


 クラリスの絶叫に、厩舎が大混乱に陥ったのは言うまでもない。

 中等部も高等部も、中間テストの日取りは一緒なんだもんねー。



◇◇◇◇◇



 めそめそと泣くクラリスを引き摺りながら厩舎を出る。


「ゲームしながら勉強とか……お姉ちゃんが勉強の虫過ぎる……」

「クラリスだってちゃんと勉強しておかないと点数悪くなってお母さん怒ってリンクス取り上げちゃうかもよ?」

「死活問題だーっ?!」


 絶望しながらうちひしがれるクラリス。毎度綱渡りのような試験期間を過ごす妹が過去を学ぶ日はいつだろうね。


「……確かに、ゲーム中に試験の話題とか出されるとなんかこう、萎むわよね」

「他人事でもないけどな。俺らも少しは勉強しねぇと」

「げー」


 私たちの様子に感化されたらしい2人。向こうの中間テストまでは日にちがあるけど、それまでには余裕を作ってあげなきゃね。


「仲間外れですなぁ……」

『キュ』


 試験なんてないお爺さんと精霊さんは輪に入れずになんか孤立していた。


 そんな事を経て私たちは牧場の一角にある馬車のレンタル屋に向かった。

 これらは料金を支払うと一定期間は自由に扱えるものの、レンタルなのできちんと返しに来ないといけない。

 ちょっと面倒ではあるけど、馬車を買うとなれば結構な値段ともなるだろうし、頻繁に使うでもなければこれで十分なんだろう。


(それに確か……)


 もやもやと考えていると様々なサイズの馬車が整然と並ぶレンタル屋さんに到着した。

 感じとしては自動車の展示場みたい。値段や性能が書かれたプレートが個々に付けられている。


「思ったよりいっぱい……」

「だよなぁ。見繕うのも一苦労かな、こりゃ」


 そう言う天丼くんは近くにある馬車に寄ってプレートに顔を近付けるけど……ステラ言語なのでちんぷんかんぷんと言った感じ。

 セバスチャンさんはここでも職員らしい人に話し掛けていた。プレートがあるとは言ってもさすがに数が多いもんね。


「ではこちらなど如何でしょうか」


 職員さんが薦めてくれたのは王都の乗り合い馬車に比するくらいの大きさの馬車だった。

 御者を含めても4人である私たちなんて軽く入るどころか馬車の中でも全員が横になれるくらいだ。


「お値段は少々張りますが……」

「資金はお気になさらず。それよりも条件に見合う馬車を他にも見たいのですが……」

「はい、ではこちらへ……」


 その後も、セバスチャンさんはいくつもの馬車を見て回ったけど……どうにも色好い感じではない。職員さんも恐縮しきりで……どうしたんだろう?


「いえ、どれもそれなりとは思うのですが、今回は用向きが用向きですからな。なるべく揺れの少ない物を選びたかったのですが……」


 セバスチャンさんのお眼鏡に叶う馬車は見つからなかったみたい。


「そりゃまぁ、言っちゃなんだがレンタルだぜ? 安上がりに済まそうってんだから多少は仕方無ぇさ。今更1から作る、なんてワケにもいかないだろ。ここは妥協しといたらどうだ?」


 天丼くんのもっともな考えにセバスチャンさんは少し思い悩んでいるみたい。


「あの、私も少しくらい揺れがあったって平気ですよ」


 勉強をする張本人なら、そう思って話すとセバスチャンさんは首を横に振った。


「いえ、やはり集中する環境は必須です。特に今回はリアルのお勉強なのです、ゲームのようにリセットは出来ないのですから妥協はしてはいけません」


 ぐっと息を飲む程に真面目な表情のセバスチャンさんに返された。私の事を真剣に案じてくれているとすぐに分かる。


「ふむ……皆さん、もし宜しければわたくしに時間を頂けませんでしょうか」

「時間、ですか?」

「はい、明日の出発時刻まで。それまでに少々考えてみようかと」


 私とセレナと天丼くんは互いの顔を窺うも、答えは呆気なく出る。


「分かりました、お願いします」


 日頃のセバスチャンさんを見ていれば間違いは無いだろうと思える。そしてそれはみんなの共通認識なのだ。

 そうして私たちは馬車についてはセバスチャンさんに任せて今日の所はログアウトする事になったのでした。


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