第76話「歩くから」
「もぎゃあーーーーっ!?」
ケララ村で色々あった後、再度宿屋さんをチェックアウトした矢先、これから買い物をする旨とその理由を(はしょりつつも)話した……んだけど、その途中で花菜が発狂した。
反射的に叫ぶ口を塞ぐ。
先程やらかした後で割合とセレナの視線も厳しくロビーの隅で話を聞く。
「何でいきなり叫ぶの……周りの迷惑になっていい加減覚えなさいお願いだからっ」
「だっ、だだだだだって……お、お姉ちゃんが旅に出るって事は、またお姉ちゃんと離ればなれになっちゃうって事なんだよ?! 大事件だー!」
おろおろと挙動不審な身振り手振りに絶望的な表情をプラスしてすがり付くクラリスに嘆息する。
「何を大袈裟な。別に四六時中一緒にいる訳で無し、そもそも大半は別行動じゃない。だったら大して変わらないでしょ」
「違う! 違うよお姉ちゃん! 今はまだ会おうと思えば会える距離にいるんだよ! なのに、なのに、またお姉ちゃんが遠くに行っちゃうよー、うえーん!!」
◇◇◇◇◇
「との事で……買い物に付き合うって聞かなかったの」
「もはや一刻の猶予も無し。あたしはお姉ちゃんにくっついて離れない所存」
「うっざ!」
私の腕にはクラリスが蛸もかくやとばかりに貼り付いていた。
「つーかアンタ、あれだけ張り切ってた秘密特訓はどこ行ったのよ、妹!」
「秘密特訓はいつでも出来る、でもお姉ちゃんとはこれから会える機会が減る。なら、お姉ちゃんと少しでも一緒にいたい! お姉ちゃん以上に大事な事なんて無いもん!」
「シスコン!」
「シスコンの何が悪いか!!」
「2人ともやめて……」
取り成しも空しく、変わらずガルル……と歯を剥き出して睨み合う2人を見守るみんなに謝罪する。
「ごめんなさい、また騒がしく……」
「賑やかなのは良い事ですよ、お気になさらず」
「気が紛れて落ち込む暇も無さそうで良かったじゃねぇかよ」
『キュ〜』
「こちらも部外者が首を突っ込んでいるだけだから気にしないで」
「麗しい姉妹愛の何を謝る必要がありますかっ?! いいえっ! 欠片程もありはしませんわっ!!」
男性陣2人はすっぱりと割り切った様子。ひーちゃんはクラリスがいるから近寄ってくれない。すごい切ない。
鳴深さんとエリザベートさんは私やクラリスの事が気掛かりなのか、同行を申し出てくれたけど……今回は断る事にした。
「では自分たちは失礼するけど……本当に大丈夫?」
鳴深さんが心配そうにしている。やはりまた騒がれたらと危惧しているんだろう。
「はい。どちらかと言えば騒がれても……大丈夫になりたいので」
私の腕に絡んで唸るクラリスを見る。セレナと相対している姿はお世辞にも見れた類いじゃないけど、あの時の落ち込んだ様子よりかはずっといい。
出来るならあんな姿を見る事の無いように、この子を不安にさせないように、私はなりたい。
「そう。でももし何かあれば自分たちのギルドにいつでも相談して、その名に賭けて力になるから」
「ええっ! そうですともっ! 何故ならば誇り高きワタクシたちのギルドの名はヴァルキリーーーズッ・エーーー――もがっ?!」
「エリー……貴女はもう少し学びなさい」
強引に黙らせられたエリザベートさん。情報の拡散に図らずも加担したからなのだろうけど……大丈夫かな?
「では自分たちはここで失礼するわ。クラリスさん、またギルドホームで会いましょう」
「もがっ!! もがががっ!!」
「うっす! 鳴深さん、サブマス、ばっははーい!」
軽い挨拶を交わし、2人は宿屋さんを去っていった。
「アンタも一緒に行けば?」
「むきー! にゃにおーっ!」
途端に再開される唸り合い。私は頭を痛めるけど、天丼くんとセバスチャンさんは軽く無視して自分たちだけでこれからの予定を詰めるべく話し合いを始めていた。
「で。セバさん、明日からはフィエリテ湖方面へ馬車で向かうんだよな。その間に立ち寄れる村で補給、モンスターは俺とセレナで対応って認識なんだがそれでいいのか?」
「そのつもりです」
「なら買うのはポーション、アリッサが〈ヒール〉を使えるしHP系よりMP系のを多くした方が効率がいいか?」
「いえ、あくまで今回のアリッサさんはお勉強をしにいらっしゃる訳ですから、お手間をお掛けするのは控えましょう」
「じゃあどっちも買い込むか。後は水に食料、馬の分も要るな。消耗品はそんな所か?」
「いえ、アリッサさん用の筆記用具も、ですな。食料自体はポーチ内ならば傷みませんし、今日の内に買い貯めて構わないかと。装備の耐久値についてはライフタウンに立ち寄った際にこまめにしておきましょう。それと、買い出しを済ませましたら牧場へ向かい馬車用の馬を見繕いましょうか」
「結構個体差あるからなぁ、二頭立て以上なら並走する手前きちんと選ばないと。買い物はどこにするか……セバさん普段どこでポーションなんかを買ってる? 俺らはいつも『笑い小屋』で仕入れてんだが」
「あそこは薄利多売がモットーでしたか。わたくしは『スペリオール』によく行きますな、性能が確かですので」
「……あんなバカ高いのをよく買う気に……いや、いいや。なぁアリッサ」
「うん?」
入り込む隙間も無い話し合いにぽかんとしているといきなり話し掛けられた。なんだろう?
「アリッサはどこかオススメの店とかあるか? 今はポーション類の話なんだが」
「え、と、私今まで初心者向けのポーションばっかりだったから普通のポーションとかは全然なんだけど……いつもはアラスタのNPCshopって言うお店で買ってるよ」
それを聞いて首を傾げる天丼くん。ノールさんのお店、やっぱりメジャーじゃないんだね……。
「そう言う店名のプレイヤーショップがあるのですよ」
「紛らわしいなオイ。普通にNPCの店と思ったぞ」
ごめんなさい、今私の腕にくっついてるのが名付け親なんです。
「ポーションの性能は平均より多少上と言った所ですが、価格が良心的だったと聞き及んでおりますな」
セバスチャンさん自身は行った事が無いのかな? それでも知ってるのはお孫さんであるミリィがクラリスとパーティーを組んでいるから又聞きの情報として耳に届いてるのかもしれない。
「そうなのか……じゃ、せっかくだからポーション類はそこで買ってみるか」
「え、いいの? みんなにもそれぞれ贔屓のお店があるみたいなのに」
「そこで買わなきゃいけない、なんて縛りは無いさ。バラけるのもいちいち回るのも手間だしな。さて、馬の食料は牧場で一緒に仕入れればいいとして、後は……俺たち用の食料だな」
「食料ですか……やはりここは出来合いの物ですかな?」
「自炊は道具が無いとどうしようもないしな、揃えるだけで結構な出費になる。その上用意に時間も掛かるんだから、まぁ論外って事で。ライフタウンに寄った時に食い溜めして、それでもヤバくなったら買っといたのを食う、ってくらいの非常食で十分だろう」
「とは言えこちらはポーション類と異なりバリエーションを持たせたいものですな。特に拘りが無いのであればいっその事銘々予算を決めて好きな料理を買ってきましょうか? どんな料理かは食べる時のお楽しみ、と言う事で」
「……いや、この中に約1名、量より質とか言って10食分の金を1食に注ぎ込みそうなバカを知ってる。その手の企画を立ち上げたら痛い目を見そうで怖い。素直に安くて腹に貯まる物にしよう」
「そこまで言いますか。では仕方無し、と。食料を買い付ける店はどこにしましょうか。携帯食ならば『マクロナルト』や『倦怠期』にでも行きますか?」
「へぇ、セバさん案外ジャンクフード好きなのな。もっと品の良さそうなモン食いそうなイメージだったわ」
「いやいや。リアルではその、中々食べさせてもらえないもので……いやはや年を取りたくはありませんなぁ」
「切ねぇ……じゃあその手のをいくつか回るか、同じのばかりじゃ飽きそうだからな。えーと、こんな所でいいよな?」
「そうですな、もし足りない物が出てくれば適宜対応すると言う事で。では、まずはポーションを買い付けにアラスタのNPCshopまで参りましょうか」
2人は頷くとこちらに向き直り声を掛けてきた。
「おーい、そこの姦しいの。行く所とやる事決まったぞー」
「「へ?」」と、首を傾げるクラリスとセレナ。それもその筈、あちらが話し合っている間にも睨み合い唸り合い言い争っていたものだから、全然気付いていなかったのだ。
「ちょっと! 何勝手に決めてんのよ!」
「お前らがアホな事してるからだろうが。今俺らが何しに集まってんのか忘れんな」
チッ、とバツが悪そうに目を逸らすセレナ。それを見たクラリスはぷぷぷー、と吹き出した。
「叱られてるー、ダサーい」
「んなっ、今のはアンタも含まれてたでしょうがっ! アンタだってダッサいわよ!」
「はあ……いつまでやってるの、行くよ」
両側にくっつく2人が盛大にブレーキになっていて進むスピードが落ちているのに参りながら引っ張って宿屋さんを出る。この後通行の妨げにならないか不安で仕方無い。
いざと言う時には意気投合するんだから、普段から仲良くしてほしいなあ、もう。
◇◇◇◇◇
「…………」
アラスタのポータルに転移した。腕に絡んでいた2人も転移はバラバラに行われるので離れ、今は身軽になっていた。
(寂しくないし……)
息を吐き、下唇を噛む。俯きそうになる顔を前に向かせる。
王都よりも大分PCの密度は低く、それは安堵の材料であるのだけど、興味を含んだ視線がチクチクと肌を射す事はやまない。
気圧され、喉を鳴らしてしまう。すると、
「お姉ちゃ〜ん」
転移して来たクラリスの声がする。近付く足音が聞こえる。
(胸を撫で下ろさないでよ私)
情けなさが胸に溢れる、こんな調子ではマーサさんの家に帰る事すら重労働になってしまうじゃないの。
「えいっ」
ぺちん。でこぴんが抱き付こうとしていたクラリスのおでこを弾いた。今は近付いちゃだめだと示す為に。
「あうん♪」
……痛くはないと思うけど、おでこを擦りながら喜ぶものでもない。
(……もう、ばかだなあ)
でも、そんな様子が強張っていた頬をわずかに溶かした気がした。
「すう、はあ…………行こっか」
それだけ言って1歩目を踏み出す。笑い出す手前の膝は頼りなくて階段を降りるのすら怖い。
それでも、不特定多数にみられている事よりも、誰かさんが背中を見ていると思えば2歩目だって踏み出せた。
「ま、そうね。時間思いっきり使っちゃってるし」
「お買い物ー、お姉ちゃんとお買い物ー」
2人はそう言って付いてきてくれる、けどさっきまでみたいに腕を取ったりはしない。
信じてくれているって思えて、それが今はありがたかった。
◇◇◇◇◇
「ここ……か?」
「ここのようですな」
「そう、ここだよ」
ようやっと辿り着いたのはあまり見た目的にお店とは分かりにくいプレイヤーショップ・NPCshopだった。
「何コレ、こんなんで大丈夫なの?」
不審そうにそう尋ねるセレナ。今にも崩れそうな建物に対しては私も似たような感想を抱いてしまった手前苦笑で返す他は無い。
ただその言葉を聞いたクラリスだけは頬を膨らませて異議を唱え出した。
「大丈夫だもん、見た目で決め付けないでよぅ!」
そうだった。店主であるノールさんがこのお店を持つきっかけになったのは誰あろうクラリスなんだ。そのお店を不審に思われたら気持ちの良いものじゃないのだろう。
憤慨しているクラリスを宥めながら、セレナに説明をする。
「確かにお店の見た目は、その……アレだけど、店主のノールさんは親切な良い人だよ。私もずっとお世話になってるし」
「ふぅん、そう。なら、さっさと行きましょ。この後もつっかえてるんだから」
「誰の所為だと……」
天丼くんのぼやきを物ともせずに私たちは店内へと入っていった。店内には他にはお客さんはおらず、カウンターの奥ではノールさんが頬杖を突いて思案顔をしている。割合いつもの風景に詰めていた息も無意識に外に逃げる。
「やっはー! 遊びに来たよ!」
「帰れ! 冷やかしは入店拒否だ畜生!」
クラリスの挨拶に即座に反応したノールさんは鬼のような形相で叫び散らす。きっと塩でも持ってたら振り撒いていた事だろう。
そう言えば2人が一緒に居る所は初めて見るなあ。
「あはははは」と能天気に笑うクラリスを制してノールさんに挨拶をする。
「やめなさい、もう。えーと……どうもノールさん」
「ん、あ?」
私を見るや眉を寄せ首を捻るノールさん。その反応に私もまた首を傾げた。
「やだなー、あたしのお姉ちゃんだよ。忘れたの? ホラホラー、こんなとんでもなくカワイイ人忘れるとか脳みそ大丈夫?」
「あ? お前の、って……あ、ああ! お前、アリッサか?! 装備変わってたから分からなかったぞ」
あからさまにビックリするノールさん。ノールさんに新装備を見せるのはこれが初めてだもんね。本人ですら驚くような装備なのだからいきなり変わればそう言う反応にもなるよね。
「今日新調したんです。どうですか?」
「嫁にしたい」
聞いてません。
「見違えたな、あんたの場合初期装備の印象が強かったから余計にあか抜けて見える」
「あ、ありがとうございます」
自分で聞いておいてアレだけど照れるなあ。みんなも何か頷いてるし。
「んん? おい、もしかして後ろのはあんたのパーティーか?」
「あ、はい。セレナに天丼くんにセバスチャンさんです」
「どーも」
「ちっす」
「お邪魔致しております」
「らっしゃい、オレはこの薬品店NPCshop店主のノールだ。店の方は、まぁそれなりに寂れてるが商品はまともなつもりだ、ゆっくり見てってくれや」
互いに挨拶を交わす。ノールさんも新規のお客さんとあってか、さっきの形相はどこへやらな少々控えめな営業スマイルを浮かべている。
「実は明日からみんなで遠出をする事になっていて、今日はその為のポーション類を買い込みに来たんです」
「ほーお、そいつぁありがたい話だな。で、どんだけ必要なんだ?」
「あ、えっと……」
必要量を聞いていなかった私は後ろに控えていた天丼くんとセバスチャンさんに助けを求める。
「そっからは俺が」
片手を上げた天丼くんが前に出て、種類と個数を告げていく。ノールさんはそれらをノートに書き留めていく。
「じゃあそれだけ下さい」
「あいよ。取ってくるから待ってな……っと、そうだ。そこの青いの以外の奴、初回サービスと客連れてきたご褒美だ、ポーション1本おまけしてやるよ。好きなの選んどきな」
「え、いいんすか?」
「おお、そんかしまた来て買ってけ」
他のお客さんがいないのを確認すると、人の悪そうな笑みを浮かべるノールさん。
「あざっす!」
「ありがとうございます」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
「どーも」
ノールさんにそれぞれがお礼と共に応え、私たちは店内の商品を見て回る事にした。
ちなみに約1名、盛大にぶーたれている者がいた。
「なんであたしは無しなの?! なんでっ、なーんーでー! みんなばっかずーるーいー! ひーきー、えこひーきー!」
「テメェはいつもいつも値切ろうとしてくるだろうが! そんな奴にサービスなんざしてたまるかバカヤロー!」
そんな2人のやり取りを背に、私は棚に置かれてるポーションの性能をウィンドウを開いて確認しているセレナの所へ向かった。
「ふぅん、結構品揃え良いじゃん。性能もそこそこイケてるし……ま、店のボロさが致命的なんだけど」
「言わないであげてよ。ノールさんにとってはやっと手に入れたお店なんだから」
「ま、それもそっか。店舗買うのって相当お金掛かるらしいし、大通りに面したのなんて尚更……あ、これにしよっかな」
話の途中でセレナはどれにするかを決めたらしく棚の上の、やけに高級そうな1本を手に取った。
「なんだか高そうだね」
「そりゃ性能が高くなれば値段も上がるしねー、まぁどうせならとも思うけど。アリッサも早く選んじゃいなよ」
「うーん……」
私に関しては正直どれが良いのやら分からない。元から初心者用のポーション以外には触れてこなかったからそもそもどんな効果があるのかも知らないんだ。
「お悩みかな、お姉ちゃん」
商品棚を前に難しい顔をしていると後ろからガバッとクラリスが抱き付いてきた。セレナがまた顔を固くしたもののお店の中と言う事もあり、ぐぐぐっと堪えてくれた。
「えっと、どれがいいのか分からなくて。何かオススメのポーションが有ったら教えてほしいかな」
クラリスはここの常連の筈なのでどんな商品が置いてあるかも把握しているかもしれない。
「うにゅにゅ。お姉ちゃんはガチ法術士だからー……んー、これとかどうかな」
「どれどれ、『ブレイニーポーション』? 効果は……“MP250回復・一定時間INT10%上昇”。へえ、こんなポーションも有ったんだ」
HPやMPの回復量の多寡くらいしか違いがないと思ってた。
この効果は法術の威力に直結するステータスであるINTに作用するものらしい。なるほど確かに私向き。
「おう、ポーション持ってきたぞ。支払いは誰がするんだ?」
あ、決めてない。そう思う間も無く、天丼くんが前に出ていた。
「それじゃ俺が代表で支払う。ポーションは後で分配するからその時に代金分払うって事で」
「はいよ。おら、お前らどのポーションにするか決めたか? 決めたならまとめて受け渡しするからさっさと持ってきな……ってオイ、どさくさ紛れに何やってんだテメェは」
「バレタカ」
私たちが選んだポーションをそれぞれカウンターに置いていく中でクラリスがこっそり自分が欲しいポーションを紛れ込ませようとしたのだけど、あっさりとばれてしまう。
でも、私は見ていた。
最後に残っていたセバスチャンさんがクラリスが棚に戻そうとしていたポーションをひょいっと攫い、そのままカウンターへ置いたのを。
目をしばたたいていたクラリスだったけど、そっと頭に置かれたセバスチャンさんの手にはにぱっと咲くような笑顔で返していた。
(お爺ちゃんだ)
そしてセバスチャンさんは私に見られている事に気付くと肩を竦めて目を細めた。私はそんなセバスチャンさんに一礼したのだった。
そうこうしていると支払いが終わったのか天丼くんがノールさんに「まいど」と言われていた。私は天丼くんと入れ替わりにカウンターに向かいドロップアイテムを買い取ってもらう。
「お前もとうとう初心者用のポーションから卒業か。なんか感慨深いな」
「実はポーチにちょっと残ってるので、まだ卒業とは言えないんですけどね」
「そうかよ。なんなら買い取るぜ、元はうちの商品だしな。もっとも買い取り額は4分の1だが」
「遠慮します。効果が低くても回復自体は出来るんですから」
初心者用のポーションはアビリティ〈初心者星守〉の効果によって回復量を上昇させる事が出来るのだけど、それには初期装備を身に着けていなきゃいけない。
使う度に着替えでもしない限りは初心者用のポーションは回復量の低いポーションでしかない。
かと言って買い取ってもらうなんて論外。そんなの丸々私の損じゃない。
「だろーよ。っと、買い取り額はこんなもんだ、いいか?」
「はい、よろしくお願いします」
ウィンドウに表示された額に頷きを返し、売買成立。これで大分アイテムポーチがすっきりした。
「どこ行くかは知らんが、せいぜいレアなドロップでもゲットして売りに来な。安値で買い叩いてやるよ」
「そしたらクラリスに言い付けますね」
「呼んだー?」
「チッ」と舌打ちながらもどこか面白げなノールさん。「???」と首を傾げるクラリスを見て2人で忍び笑いを漏らしたりもする。
それからの私たちはまず天丼くんからポーションを分配してもらっていた。私とセバスチャンさんはMP系のポーションを多めに、セレナと天丼くんはHP系のポーションを多めに、と言う配分となった。
「アリッサのはこのブレイニーポーションってヤツだよな?」
「うん、そう。ありがとう」
最後にそれぞれがノールさんのご厚意で貰ったポーションを受け取る。
でもその中でセバスチャンさんは貰ったポーションをクラリスにあげていた。
「わーい、ありがとじっちゃーん!」
「すみませんセバスチャンさん、この子ったらもうっ。自分で買えるでしょうに……」
「いえいえ、わたくしは特に欲しい物が見つからなかっただけですよ。それに……」
細くした視線だけをはしゃぐクラリスに向けて、セバスチャンさんは続けた。
「誰かと一緒に、と言う所に見出だす価値もありますからな」
「えへー」
満足そうなセバスチャンさんと、大事そうに貰ったポーションを抱き締めるクラリスはどちらも幸せそうではある。
私は嘆息してセバスチャンさんに言っていなかった言葉を口にした。
「ありがとうございました」
「ほっほ、どういたしまして」
私としても妹の喜ぶさまは嬉しいものだから……とはそこのお調子者が更に調子に乗るから言わないけども。
一頻り騒ぐといい加減迷惑かと思い、私たちはお店を辞する事にした。
「それじゃあまた来ますね」
「おう、行ってこい」
「またねー」
「テメェは二度と来んじゃねぇ!!」
そうして私たちはNPCshopを後にした。
クラリスとノールは初期から知り合いと設定してましたがようやくかち合わせられました。
憎まれ口を叩くノールと叩かれてるのにミリ単位程も堪えていないクラリスのやり取りは書いていて楽しかったです。




