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第74話「私の安らげる時、そして……」




「“瞬け、星の一撃”!」

『ブッフォッ?!』


 天丼くんが押さえ付けているジャイアントボアへと、2つの光球が飛び鼻面を直撃する。

 それらはジャイアントボアがまとっていた黒い靄を払いのけ、巨体をズズン……と、地面へと倒した。


「ほっ……」


 気を張っていた私はそれを見届けて息を吐いた。


「『ふっふっふ。楽勝楽勝、もうジャイアントボアなんて物の数じゃないわね! どんなモンよ!』」

「『お前が一番何もしてないけどな……』」


 私の傍にいたセレナは終始ご機嫌でそう笑う。

 以前は私を抱いて走り回ったものだけど、天丼くんが言うように今回はそう言った事は無く、結果からすれば快勝と言って良い出来だった。

 ジャイアントボアには殆ど何もさせる事無く、飛躍的に上昇した私のスキルで一気呵成に攻めた結果、最初にあれだけ苦労したのが嘘のようにあっさりと片がついたのだからセレナが上機嫌にもなろうと言うものだ。


「『お疲れ様です、アリッサさん』」

「あ、はい。セバスチャンさんもサポートありがとうございました」

「いえいえこの程度……それに今回はあっさりと済みましたからな。わたくしはあまりお役には立っておりませんよ」


 セバスチャンさんの《弦楽器の心得》は音楽を奏で終わるタイミングでバフ・デバフが発生する。

 けどボス戦では最初にバフがキャンセルされる為に短期決戦となるとその本領を発揮し切れない場合がある。

 だからこそ速弾きを編み出したりしてる訳だけど、それでもやはりセバスチャンさんの本領は効果範囲の広さを活かした大人数での長期戦なんだろう。


「『安心しろよ、コイツ程じゃないから』」

「『アンタもしつこいわね。私の仕事が無かったってんなら大成功じゃないのよ。ま、確かにちょっと手持ちぶさたではあったけどさ』」


 2人のやり取りにセバスチャンさんは「ふむ」と一考するとおもむろに提案をした。


「『どうでしょう皆さん、これから改めてジャイアントボアに挑むと言うのは』」

「どうしてだ? ジャイアントボアレベルじゃもう実入りが少ないぜ?」


 私は戦闘の終了と共に開かれたウィンドウを見る。天丼くんの言った実入りとは経験値の事だ。

 以前は軒並みレベルアップしたものだけど、今回は2つだけ、それもセバスチャンさんから〈友情のトライアンフ〉(10レベル以下の加護の取得経験値アップ)を掛けてもらってようやく。

 ジャイアントボアはあくまではじまりのフィールドのボスモンスター。私の持つ加護のレベルが上がり、レベルアップに必要な経験値が多くなっているからいつまでもジャイアントボアとばかりも戦ってはいられない。

 天丼くんのセリフは「他のもっと強い相手との方が良くないか?」と言う意味もある。


 でもセバスチャンさんは薄く笑いながら指を立てた。


「『いえいえ、だからこそですよ、天くん。次に挑む際は普通(、、)に戦ってみませんか』」

「普通?」

「『あ、そう言う事か』」


 何かに気付いたのか天丼くんが手を打ち鳴らす。


「『俺たち……いや、俺とセレナ、それにアリッサって、今までの戦闘だとどっちかがサポートに偏重してたじゃねぇか』」

「そう、だね」


 多少は私もセバスチャンさんをフォローしたジャイアントボア戦からこっち、(最後はともかく)私がサポートに徹した影擬き戦、同じくサポートに回った怪盗マリーとの初戦、大量の人形と戦った時には二手に分かれてたし、合流してからも私は殆どサポートばかりしていた。

 通常は私をみんながサポートして経験値を稼がせてくれて、強敵との戦闘では私がサポートに回る。

 それは大概の場合私のパラメータが低すぎるのが問題で、ビギナーズスキルでは火力不足な上に、下手に攻撃を受けようものなら1発で死んでしまうから攻撃してヘイト値を極力稼がないようにしていた。

 それは別に間違いではなかったけど、変則的ではあった。つまり普通とは呼べない。


 けど、新装備となった事でその心配はずいぶんと改善されたように思う。

 火力は先程からの検証で確認したし、防御能力も殆どダメージを受けないくらい(あくまでザコモンスター相手では、だけど)になっているから、セレナと天丼くんも私を気にせずに戦えるかもしれない。


「『より強い相手に挑む前に、ここで一度ジャイアントボアで練習がてらに普通に戦う事を試してみるのは如何でしょうか?』」

「『大・賛・成っ!!』」


 腕をぶるんぶるんと振るって気合いの程を示すセレナ。


「『そろそろ暴れたいと思ってたのよね!』」

「『お前会話の意味分かってるか? 俺ら連携とかも考えながら戦うんだぞ?』」

「『そんなの言われなくても分かってるわよ。でもだから楽しいんじゃないの!』」


 満面の笑みのまま、セレナは大鎌を担いでこう告げた。



「『やっとアリッサと並んで戦えるんだからさ!』」



「……セレナ……」


 今まで、それこそさっき、私たちは並んで戦場に居た。けど、その言葉はそれだけの意味じゃない。

 出会ってからずっと、私はみんなの庇護の下にいた。それは私が弱いからみんなで守っていてくれたんだ。

 そして今日、私は新装備により力を増した。セレナの言うように、ジャイアントボアくらいなら並んで戦えるくらいに強くなれた。


 セレナは純粋にそれを喜んでくれているのだ。

 そう思ってくれるのが嬉しくない訳が無い。


「『さ、1回外に出るわよ!』」

「『「『「おー!」』」』」『キュー!』


 この時ばかりは余計なちゃちゃも無く、私たちはみんな笑顔で、みんな一緒に、ジャイアントボアへ挑む為に進むのだった。



◇◇◇◇◇



 ザザザ……。

 吹く風が草を揺らす。闇夜のそれは寒々しく、どこか背中を強張らす恐ろしさをはらんでいた。


『ブフォォォォォォッッ!!』


 そんな中で高く高く嘶くのはこのボスエリアの主たるジャイアントボア。

 相対するのは何度目だったか、快勝の後でもあるのにその巨体から来るのだろう迫力が薄れる気配は無かった。


「『悪いけど……負ける気が今程しない時も無いのよね! あはははははははははは!』」


 ……ただし、ジャイアントボアを上回る迫力を発揮しまくっているセレナ相手ではそれも見劣りしてしまうのですが。


「『では皆さん、予定通りに』」

「『OK!』」「『あいよ』」「はいっ!」『キュ!』


 セレナと天丼くんが迫るジャイアントボアへ向かって駆ける。対して私とセバスチャンさんはじりじりと距離を取る。


「詠唱入ります!」


 私はひーちゃんの〈ファイアブースト〉の効果を十全に発揮する為に火属性のスキルをメインに使用する。


「『こちらも頑健の演奏から開始致しましょう』」


 セバスチャンさんは相手の防御力を削ぐ為に頑健や精神を下げる曲を奏でていく。


『〈ウォークライ〉ッ! 『オラオラオラ、こっちだぜ』!』


 天丼くんはそんな私たちへジャイアントボアが向かわないように〈ウォークライ〉で声を張り上げ、〈プロヴォックブロウ〉をまとわせた一撃でヘイト値を稼ぎ、自らへと攻撃を集中させる。


『そこっ、がら空きよ! 〈ネックハント〉ッ!!』


 セレナはその機動力を活かしてジャイアントボアの攻撃の届かないポイントへ的確に位置取り、持ち前の高い攻撃力でHPを削っていく。


『ブッフォッ!!』

『っ、アリッサ!』

「“輝け、光の縛鎖”!」


 地より伸びる鎖がジャイアントボアを拘束し、地鳴り攻撃を封じる。〈ライトチェイン〉の強度もまた私のパラメータに左右されている、今ならばそうそう破壊はされず、その間は完全な無防備となる。


『一気に攻める! 遅れんじゃないわよ!』

『お前に言われるまでもねぇさ!』


 2人の攻撃が幾度もヒットしたタイミングでようやく鎖が千切れてジャイアントボアは自由を取り戻す。

 しかし、そのHPは大幅に減少し、イーヴィライズ一歩手前にまで追い詰められている。今まで私の為に封じていたその実力を解放した2人は思う存分にジャイアントボアを痛めつけた。

 同じジャイアントボアを相手にしたからこそ2人のダメージ量に驚く。


(2人はやっぱり強いね)


 その姿は頼もしく、そしてその2人に負けてはいられないと杖を握る手には力がこもる。


『さーって! 最後よ、イーヴィライズなんざさせずにさっさと終わらせちゃいましょ!』

『ヘイヘイ、じゃあ全員でタイミング合わせてやったるか!』

「『ほっほっほ。ではわたくしも一手打たせて頂きましょうか』」

『うし! タイミングはアリッサの詠唱に合わせるわよ! とびっきりのぶつけてやんのよ、いいわね!』

「うん!」


 そうして私はどうせならと頭の中から必要なスペルを思い出す。


「〈ダブル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、天より降り落ちたる燃ゆるもの、災厄となり害を成し、かくて命を紡ぐもの”“温かく優しく、強く熱く、激しく猛く”。“燃えろ、始まりの火”」


 ようやく使えるようになった《火属性法術》火力系最強のエキスパートスキル〈オリジンファイア〉。お日様がもたらしたと言うお話のように天へと登り、そこからジャイアントボア目掛けて一直線に降り落ちてくる。


『キュイーーッ!』


 それを追うようにひーちゃんが飛び、〈オリジンファイア〉と重なっていく。そしてそれを心待ちにしていたみんなが武器を構えて駆け抜ける。


『しゃあっ! 待ってたわよ!』『こっちも、派手に行くか!!』

「『ほっほっほ。この失敗出来ぬ空気は中々どうして心地よい物ですな』」


 そうしてみんなが攻撃を一斉に仕掛けた。〈オリジンファイア〉がジャイアントボアに触れて火柱となって燃え盛ると同時、大鎌が切り裂き、直剣が突き刺し、音が打ち据えた。


『どんなモンよ!』


 セレナはそんな誇らしげな言葉を突き上げた拳と共に突き上げた、と同時、ジャイアントボアが倒れ伏した。




◆◆◆◆◆




 鎧袖一触。そんな言葉通りにジャイアントボアを撃破した私たちはそのまま一旦ログアウトした。

 次のログアウトでは今後の事を話し合う予定だ。


「嫌……?」


 そんな先の事をぼんやりと考えながら晩ごはんを食べていると低く重い言葉が飛んでくる。衝撃の表れか、ハンバーグを取り落としたお父さんが言ったものだ。


「うん、嫌」


 対して私はコーンスープをちびちびと飲みながらそう答えた。

 話題はアリッサの新装備。

 元凶は花菜で「超可愛かった」と夢うつつな感じで語ったのでお父さんが「見たい」と言い出したのです。


「だって恥ずかしいもの」


 夜半さんとマルクスさんに作ってもらった装備が恥ずかしい、と言う訳じゃない。見られると言う事態にこそそう思う。

 だからこそゲーム内でのあの体たらくに繋がる訳で、見られる相手が現実の私の知人、更に言えばお父さんともなれば拒否くらいするものです。


「何でだ?! 別にいいじゃないか見たって減るもんじゃなしに!」

「セクハラですよ」


 お母さんの冷ややかなツッコミにもめげる様子も無く叫ぶ様はどこか切迫したような雰囲気を滲ませている。

 けど別に私は慌てない。

 態度を素っ気なくした時にはこんな風に挙動不審になるのがお父さんなのだ。いい加減慣れました。

 お母さん曰く「可愛い娘が離れていっちゃう気がして寂しいんじゃない?」との事なので、そんなものかなと、程々に納得している。


「花菜には見せたんだろう? ならお父さんだっていいじゃないか」

「花菜とお父さんは違うでしょ、何言ってるの」

「…………花菜、花菜。後で結花の画像お父さんに見せてくれ。お小遣いあげるから」


 私を説得するのが無理と踏んだのか、お父さんは花菜の買収作戦に移る事にしたらしい。

 私とお母さんの視線の温度が一桁台にまで下がった事を、果たしてお父さんは気付いているんだろうか?


「ん〜、お小遣い〜?」


 が、当の花菜は満更でもなさそうで、このままではアリッサの画像が流布してしまう……防がねば。


「じゃあねー「花菜、あ〜ん」あ〜ん、もぎゅもぎゅ、ごっくん。でゅへへへ幸せ過ぎて死ぬ」


 デレデレとだらしなく顔を弛める花菜は直前まで話していた内容など頭の中からスポンと抜け落ちてしまった様子。はっはっは、計算通りですよ。


「ぐっ、ずるいぞ結花」

「なんて見事な口封じ」


 一方はとても悔しそうに、もう一方は気が滅入る程呆れた風情で、溶けるんじゃないかと思えるデレさ加減の花菜を見つめていた。

 我が家の晩ごはんはそんなおばかな空気の中で過ぎていく訳です。



◇◇◇◇◇



 晩ごはんを済ませた私はリビングの片隅にいた。

 ソファーに座り、肘をついてこめかみを押さえる。右手には情報端末、そこにはランダムで単語が表示されるようにしている。

 その単語に対応する文章を頭の中から探り出し、また頭の中だけで諳ずる。画面をタップすれば正答が表示される。間違いが無い事を確認してから次の単語へと移る。それを次々と続けていく。

 英単語を覚えている、訳じゃない。エキスパートスキルのスペルの復習である。

 遷移属性法術のエキスパートスキルは選別が終わっていないのでまだだけど、それがプラスされればまたも膨大な数のスペルを頭に叩き込まなければいけないのだから、時間が空いた時などはこうして復習する事にしている。反復反復……と続けていると画面に映るスキル名に思う。


(遷移属性法術は花菜から聞けないのが何気に痛いなあ)


 初期属性法術のエキスパートスキルは花菜が色々と選んでくれたので選別を手早く済ませる事が出来た。

 けど、それはあくまで花菜が、まだ私が初期属性法術7種を使っていると思ったままだったからだ。

 遷移属性法術は2つの初期属性法術の組み合わせと言う取得条件があるので、初期属性法術7種を取得していても遷移属性法術7種の内最大3種までしか取得する事は出来ない(火水風土光闇聖⇒火+風=雷、水+土=樹、光+闇=星、聖余り、と言った具合)。

 そのエキスパートスキルすべてを調べていてはさすがに怪しまれてしまうかもしれない。それはどうしても避けないといけない事態なのだ。


「お姉ちゃ〜ん……むにゃむにゃ」


 その花菜はお腹がいっぱいになって眠くなったのか私の太股を占領してすやすやと寝息を立てている。あ、よだれが……。


「頼りになるんだかならないんだか……」


 運良く手の届く所にあったティッシュでよだれを拭いていると……のんびりとしたこの子の顔に苦笑してしまう。

 どの道今の《古式法術》のレベルじゃ遷移属性法術のエキスパートスキルはまだ殆ど扱えないんだしそっちは急いでも仕方無いか。今は出来る事からしっかりと積み重ねて行こう。

 花菜の髪を撫でるとむず痒そうに身をくねらせる。


(待っててね。きっとびっくりさせてみせるから)


 まだまだ先は長い、道行きも不透明感がある。であれば不安にも思ってしまう。

 でも、この子の為なのだから、そう思い私は情報端末に視線を戻した。




◆◆◆◆◆




 ボスエリアから直接ログアウトした為に再ログインは夜明けも近いケララ村となった。

 元より昼夜を問わない私たちPCを相手に商売をするから元々それなりに村人さんたちもいたけど、夜明けを待たずに結構な数の村人さんたちが動き始めるのを眺めていた。

 ……。

 毎度の事なのだけど私のログインはみんなとの待ち合わせ時間よりも少々早い。

 これはもう性分とか習性とかそんな類いであり、特に気に留める事でも無かった。単なる“いつもの事”。その筈だった。


(居心地悪い……)


 何故か、どうしてか、先頃までそうPCの居なかったケララ村に幾人かのPCが増えていた。

 それ自体はそう不思議でもない、夕方よりも夜中の方がログインする人は多いのだから。ただ、問題はそのPCたちの視線の幾ばくかがこちらへと向けられているように思えて仕方無かった事。

 自意識過剰で済ませられるならどれだけ良かったろう。事実今もそう思う事でどうにかこうにか平静を保っている。


「……はあ……」


 昼間不安に思っていた事、みんなとの待ち合わせの間をどうすべきか、それが早速現実になった形だ。


(やっぱり、苦手だ……こう言うの)


 “見られる事全般”が、どうにも私は不得手だった。昼間も思ったように現実の私が目立つ側でないが故に。

 でも、先程みんなに言われたように慣れなきゃ、とも思っていた。だからいつまでもここにいる。ケララ村でなら王都程PCがいないのだから、がんばれるだろうと自身の心を自身で鼓舞しながら。


『キュ〜……』


 腕に抱くひーちゃんはそんな私を心配そうに見上げている。それだけでもどこかほっと安堵する。でも、そんな考えを無視するように、


 ――カシャッ。


 どこかからカメラウィンドウのシャッター音が聞こえ、私はびくりと肩を震わせた。


(また…………)


 断続的に聞こえるそれ、果たして写したフォトをどうするつもりなのか。想像したくもない。

 顔は上げられず、声も出せない。そうする人は得体が知れず、怖くて……身を強張らせる以外に出来る事は無かった。

 抗する気力も出せない自身を情けないと嘆く――けど、



「そこのアナタッ!! 撮影をするのなら本人の許可を取らなくてどうしますかっ!!」



 ゴオと風すら巻き起こすのではあるまいかと思わせる大声が発せられた。


「――え?」


 叩き付けられた相手なのだろう、ウィンドウを開いていた人が周囲からの視線に苛まれてポータルへと消えていった。


「アリッサさん、ご無事ですのっ!?」


 パチン。羽根付きの扇を閉じて、こちらへと振り向いたのは――。


「エリザベート……さん?」

「あらっ! 覚えていて下さったのですわねっ! ええっ、その通りっ! 貴女の友っ!! エリザベートッ・ハルモニアですわっ!!」


 常時大音量で古式ゆかしいドレス姿も軽やかにシュバッとキレ良くポージングするのは以前一度だけ会った事のある女性。

 クラリスと同じギルドに所属するエリザベート・ハルモニアさんだった。


「あ、あの……?」


 お礼をしなければとは思ったのだけど、それよりも先にエリザベートさんが動く。

 ガシッと力強く私の手を握り締めたのだ。

 瞳は潤み、唇はわなないていた。なんだか立場が逆なんじゃと思えるくらいに、彼女は取り乱していた。


「お1人でさぞお辛かった事でしょうっ!! 心細かった事でしょうっ!! ですがっ! もうご心配要りませんわっ!! このエリザベート・ハルモニアが来たからにはそのような思いはさせませんわっ!!」

「は、はい?」


 間近でスピーカーもかくやと言うレベルの声に晒されながらも助けられたのは確かなのだからお礼は言う。


「え、と……助けてくれてありがとうございました……」

「いいえっ! いいえっ! なんのこの程度っ! 友誼を交わした貴女の危機に駆け付けるなど当然ですわっ!! ええっ! 間に合って良かったっ!」


 ?


「間に合って……? あの、それは一体どう言う……?」


 それではまるでこの事態が分かってでもいたかのような物言いだった。


「ええっ! それが――」


 エリザベートさんが続けようとしたその瞬間、ポータルから現れた新たな人影が私たちを見て声を上げた。


「落ち着いきなさいエリー、大声で話しては本末転倒よ」

「鳴深さん?」


 以前エリザベートさんと一緒に行動していた鳴深さんだ。一体どうしたんだろう?


「アリッサさん、お久し振り。にしても見違えたわ、素敵な服ね」

「ど、どうも」


 改めてそう言われるとこそばゆい。ろくな返事も返せないでいると鳴深さんが先程途切れた話題に関する話を振ってきた。


「それで……少し時間を貸してもらえないかしら。貴女に報せたい事があるの」

「あの、今私ここでパーティーメンバーと待ち合わせをしているんですけど……」

「ならその人たちにはメールで連絡を。自分たちの所為で騒がせてしまったから、これ以上姿を見せているのはあまりよろしくないわ」

「……そう、ですね。分かりました」


 少なくないざわめきはまだ周囲にある。何割かはエリザベートさんの声が原因がするけども。

 近くの宿屋さんに引っ込むと程無くセレナ、天丼くん、セバスチャンさんが合流した。

 セレナは初めて見る顔に少々警戒していたけど私と、ヴァルキリーズ・エールをご存知だったセバスチャンさんからの簡単な説明が行われた。


「で、アンタたちは何の用なのよ。私らこれから色々とする事が詰まってんですけど?」

「ごめんなさい。なるべく手短に話すわ」


 セレナのツンツンとしたセリフもやんわりと回避され、鳴深さんの説明が始まった。


「いくつかあるMSO掲示板の中に『俺が見つけた美少女PC&NPCの画像を貼ってくスレ』と言うのがあるんだけど……」


 聞いた事ある、と言うか下校の時に聞いたばかりだ。


「その中にアリッサさんの画像が張られてね。ちょっとした騒ぎになっていたの」

「騒ぎ……って、そんな、なんで……?」

「自覚が無いようなら言うけど、アリッサさん、貴女のビジュアルはPCとしては相当にレアよ。正直羨ましいくらいに綺麗なの」


 私以外が「うんうん」と頷く、そりゃ私だって分からないでもないけど……。


「時期が時期だけに、そんな子が現れれば騒ぎたくもなるんでしょうね」

「時期?」

「ええ。MSOのソフトの再販、要は第2陣の参戦から約1ヶ月半、目ぼしい美少女PCはあらかたチェックされ尽くしていたのよ。沈静化していたと言ってもいいわ」


 そっかPCはソフトの数以上はいないし、また再販されない限りはPCが増えるなんて滅多に無いんだ。


「そこにポンと現れたのが貴女だった。どうも少し前から噂にはなってたらしいのよ、“初期装備のエルフ美少女”がいるぞって。で、それが昨日服飾関係のお店に豪華な馬車で乗り付けて、今日にはその格好になって出てきた。スレは一気に沸き返ったそうよ。まさしくダークホースね」

「クラリスもそれで知ったって言ってました……」


 その時は恥ずかしいな、くらいにしか思ってなくて、こんな騒動になるなんて微塵も思ってなかった。


「しまいには専用スレまで立って、情報のやり取りが積極的に行われていたみたいね。とは言え目ぼしい情報は殆ど無かったみたいだけど……」

「アリッサ知り合い少ないもんな」


 ぐさっ。


「だからこそ余計に、と言う部分もあるかもしれないけどね。それで、そのスレを自分たちがチェックしていた時に丁度ここに座る貴女の画像が掲示板にアップされたの。どうも貴女の許可なんて取ってなさそうな盗み撮り画像だったものだからエリーが貴女を助けるんだと飛び出してしまったのよ」

「そうだったんですか……エリザベートさん、改めてありがとうございました」

「お気になさらないで下さいましっ! ワタクシたちはお友達ではありませんかっ! 助け合う事こそ本分ですわっ!!」


 扇子を広げて胸を張るエリザベートさん。それを見てセレナが「私がもっと早く来てれば」と悔やんでいた


「こう言う事も考えられたのに早く来すぎたし、嫌だからやめてくださいって言わなかったのも私が悪いんだよ、セレナは気にしないで」


 そう言うとぽこんと頭を叩かれた。


「んなワケないだろ」

「天丼くん……?」

「どんな理屈捏ねようが、そいつがアリッサに『フォト1枚撮らせてください』って言えばよかった話だろ。それをしなかった奴が悪いんだ、アリッサこそ気にするな」


 そうして離れた天丼くんはセレナの髪もくしゃくしゃと撫でてから腕を組んで壁に寄り掛かった。セレナはそれに頬を赤らめ……た以上に柳眉を逆立てて天丼くんを追撃しに行く。

「良い方々ですわっ!! 是非我がギルドにっ!!」とエリザベートさんが目をうるうるさせながら2人を勧誘し始めた。

 それを横目に、鳴深さんは話を続ける。


「今回ここに訪れたのはアリッサさんにこの事を知ってもらって注意を促すのも目的の内なの。自分たちヴァルキリーズ・エールはさっきのような迷惑行為に対しても積極的に関わるスタンスよ、困った事があればいつでも相談に乗るわ」


 そう言えると言う事は似たような件に関わった事があるのかもしれない。だとすれば頼もしい話ではあった。


「ふん! そうと分かったからには今回みたいな事、私が許しちゃおかないわよ。アリッサはしっかりかっちり守ってみせるんだから!」

「まあっ! なんて頼もしい方でしょうっ! その友達想いな心、素晴らしいですわっ!!」

「そんなの当たり前……ってーかアンタ声うるさいわよ?!」


 気合いを入れるセレナと、そんな様子を感極まった様子でみているエリザベートさんの視界の端に収めつつも、私の意識はセバスチャンさんに向かっていた。


「これは厄介な事になりましたな……」


 鳴深さんの説明にセバスチャンさんは深刻そうに悩んでいた。


「何か問題でも?」

「む、いえ……」


 と、セバスチャンさんが視線で私に問うていた。私に、と言う辺りは多分《古式法術》に関する事と思う。


「あの、今から話す事はオフレコ、と言う事にしてもらえますか?」

「あの時と同じね。了解、秘密は厳守すると誓うわ」


 手を胸に当てて真摯に答えてくれる鳴深さんに現状をかいつまんで説明していく。

 以前痴漢被害の原因となった加護。それは現在誰も所持していなくて、私はそれをレベルアップさせて妹をびっくりさせようと画策している事を。

 鳴深さんはそれを聞くと顔を綻ばせるけど、すぐに険しくしてしまう。


「なるほどね、確かにその目的と今の状況は相性が悪いわ……なら――」


 頭を痛めていた私たちに、鳴深さんの声が響いた。


 エリザベートは書いてて楽しいんですが説明には全然向いてないので結果的に鳴深のセリフが増えると言う……。

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