第73話「私たちのひみつ」
「で、なんでこうなるのよ」
クラリスと別れた後、私たちは新しい装備の性能を試す為にマルクス武具店を後にした。まずは王都を離れて戦闘をこなしてみる……前に、寄る所があった。
……が、問題はそこに辿り着くまでにあったのだ。
私としては非常に複雑な事に、新しい装備は大変素晴らしく、それにアリッサと言うPCの容姿も組み合わさると……とても可愛く(セレナ談)素敵で(ルルちゃん談)かっこよく(天丼くん談)魅力的で(セバスチャンさん談)、お嫁さんにしたい(クラリス談)くらいの出来栄えになっているそうです。
そして、どうもそれは身内贔屓と言うばかりでは済まず、このゲームをプレイされている方々にもそう見られるようで……。
つまり、外を歩けば衆人環視に晒されてしまう訳です。
「ううう……見ないでー」
そして……私はそんなのに慣れてる筈がないのです。
だから私ってば固まっちゃって、それをセレナが手を引いて先導してくれている所で先程のセリフに繋がってます。
「なんか余計に注目集めてる気がするんだが、俺の気の所為かなセバさん」
「ほっほ。軽く現実逃避なさっていませんかな天くん。気をしっかり」
私たちの後ろを歩きながらそんな軽口を叩き合う2人の気楽さが相当に羨ましく感じる今日この頃なのでした。
「早く人目の無い所に行きたいよう……」
――ざわ……。
なんだろう、周りの空気が張り詰めた気がする。
「……余計な誤解を生むような発言は勘弁してもらえないかしらね」
頭を押さえたセレナはぽつりとそんな事を言っていた。
「?」
「さすがアリッサさん、と言って良いものかどうか……」
「俺、針のむしろって言葉思い出したよ」
そんな風にしばらく歩いているとポータルに辿り着く。目的の場所は中央区の南側にあるので北区から南区へ転移する事で時間の節約になる。
無論ポータルなので人の密度もまた増えるのだけど……と、暗鬱としていると後ろにいる天丼くんの声が聞こえた。
「セバさん、どうかしたのか?」
「……ふむ。どうやら……いえ、このまま予定通りに参りましょう。ただし、皆さんにしてほしい事が2つ程」
私たちがポータルポイントである石像に辿り着くとセバスチャンさんは指を立ててにっこりと微笑んだ。
◇◇◇◇◇
私たちは南区に転移しポータル傍から乗り合い馬車に乗って王都の中心区に向かっていた。
人の視線から解放されてほっと一息吐いていると、セレナがセバスチャンさんに問い掛ける。
「で? さっきのは一体どう言う事だったのよ。いきなり『ポータル間転移をシステムメニュー操作で行ってほしい』なんてわざわざ言ってさ」
更には極力口を開かずに、とも言い含められていた。
ポータルの傍に近寄ると可能になるライフタウン間の転移には2通りの操作方法がある。
1つはポータルに触れて口頭で「ムーブ・〓〓(ライフタウン名)」と唱える方法。
そしてもう1つが今言ったシステムメニューからの操作。こちらはポータルに触れる必要は無い。
余程混雑していれば前者にするだろうけど、普段はそう意識していない。気が逸れば前者、言うのが気恥ずかしければ後者、と言った具合。
先程も、平日の昼間と言う事もあって極端に混雑してはいなかった。なのにわざわざ操作方法を指図するとは一体どんな意図だったのだろう?
その答えを求め、視線がセバスチャンさんに集中する。
「ふむ……」
ちらりと周囲を窺う素振りを見せた後、セバスチャンさんはさらりとこう言った。
「いえ、アリッサさんのお姿に見惚れた方々がいたようでしたので撒いてしまおうかと」
「……はい?」
見惚れ?
「ああ。なるほどな、そう言う事か。口頭だと転移先のライフタウンがばれちまうけど、システムメニューは基本不可視状態だもんな。相手は俺たちがどこに行ったかは分からなくなる」
「ええ。ただの興味本意だとは思ったのですが念の為。幸いにして目的地は事前に決めてありましたからな」
「念の為ってならさっさと王都から離れた方が良くない? 壁に耳あり障子に目あり、ここも人目がある訳だし、どっから情報が流れるか分かんないもの」
セレナの言葉に2人が頷く。しかし、そんなみんなを余所に私はあわあわと挙動不審な動きを見せていた。
「あっ、あのっ、さっきのって一体どう言う意味だったんですか? 私が誰かに見られてたって、見ていた人ならそれこそ沢山いた……と思いますし……」
見てません、私。あんまり恥ずかしかったから下ばかり向いて、セレナに手を引かれてたので。
ただ、視線は感じていた。
「そりゃ、見るだけならタダだけどさ。見続けるってのは無しでしょ」
「え?」
「ま、要するに俺たちの後を着いてきた奴がいたって話さ。で、その視線がアリッサに向いていた、と」
「ええ? わ、私?!」
自らを指差すと全員がコクリと首を縦に振った。ひーちゃんも振った、でも分かってないでしょ。
「で、でもどうしてそんな真似を……?」
「さて。アリッサさんの魅力にくらりときた可能性が高いのでしょうが。そればかりは本人に聞かねば分かりませんな」
「み、魅力って、そんな……」
「コラコラ、さっきまで見られまくって小さくなってたのはどこの誰様よ」
手を上げた。
「まぁ初期装備だとどうにも垢抜け無さ、って言うか、野暮ったさもあるからそれでスルーされてた部分もあったのよ。でも装備が新しくなって前とは目立ち方が段違いでしょ、見られる絶対数が増えてるから変な奴も中にはいるかもしれないでしょ。セバスチャンはそう心配したから撒いたって話よ」
私の鼻の頭にセレナが指を突き付ける。
「そう言った方々に注目されるのはアリッサさんの美貌からすれば致し方無い事とは思うのですがな」
「うんうん。アリッサはデタラメに可愛いんだからしょうがないわよ」
「……うう、褒められても困る……」
「相変わらず真っ正面から褒めそやされるのに弱いなぁ」
慣れてないんだよう。現実での私はこんなに綺麗な容姿じゃないもん……十把一絡げのダース売りくらいパッとしない顔だもん……。
「ですが、耳目が集まるのは少々以上に具合が悪い。何故ならば我々には壮大な目的があるのですから。そうでしょう、アリッサさん」
「あ、そう……ですよね」
私の用いる加護《古式法術》の事は秘密にしている。
それはすべてクラリス、妹をびっくりさせる為だ。今は《古式法術》を使いこなせるようにみんなと強くなろうと色々としている所。
それはみんなも承知していて力を貸してくれているけど、見ず知らずの人が《古式法術》の存在に気付いて、その情報を拡散してしまう可能性が無いとは言い切れない。
「街中なら使う機会は限られますがこれがフィールドやダンジョンともなれば……」
《古式法術》は通常の属性法術とは異なる点が多々あるけど、中でもスペルの詠唱を行わねばならず、その際に足下に星法陣が現れる点がある。
これは通常の属性法術でも使おうと思えばそう出来るけど、一般的にはスキル名だけで発動出来るのでスペルで発動しようとする人なんてそうそういないと思う。
それをザコモンスターとの戦いで延々と使っていれば注目されてこちらを見る人が増えていく中で訝しむ人なども出てくるかもしれない。
そうなればクラリスの事だから、どこからともなくその情報を探し当てるかもしれないのだ。
セバスチャンさんのようなロールプレイをしている、と言い訳をしてもあの子には通じない。やはり知られない事が一番と思う。
「そうならない為にはボスエリアに引っ込んでボスモンスターを相手にするのが一番なんだけどね。あそこは第三者は入り込めないからね」
以前セレナはボスエリアについてタワー型のパーキングみたいな物と表現していた。
1つに見える空間だけど、いくつも同じボスエリアが用意されていて、パーティーや個人毎に別のボスエリアでボスモンスターと戦える。
そして、一度私たちが入ったボスエリアは滅多な事では他の人は入れないし見れもしない。
なるほど《古式法術》を秘密にしている現在の私には丁度いい戦場だ。
「……だがよ。移動中に何もしないワケにもいかないだろ」
「うん、今までって殆どはじまりのフィールド近辺だったからあまり意識せずに来られたけど……」
このゲームが発売されてより4ヶ月半、私やクラリスら第2陣と呼ばれる再販時からのスタート組が参戦してより1ヶ月半が経過している。
多くの人はもっとずっと先に行っている。私のように今時分はじまりのフィールド近辺を延々徘徊している人は少数派なのだ。
だからこそ今まで人目に触れる機会も少なく済んだ。
けど、この新装備を得た事で先に進む事になる。人の多い方へ多い方へと。
そしてボスエリアへはそんな人たちのいる長い長いダンジョンや広い広いフィールドを進まねばならない。そこでの戦闘だって経験値を得る大事な機会なのだ。
「ふむ。やはり、考えねばならぬ事は多いですが……その話題は少々棚に置いておきましょうか」
馬車は話し合いの間も走り続け、気付けばそこはもう目的地の傍だった。
ひとまずは言われたように話を打ち切り、御者さんに馬車を止めてもらう。
「夜中に来ると、どうにも雰囲気があるわよね」
「言わないでよう……」
ここは以前訪れた事のある施設の1つ、法術院。
その少々くたびれた建物に数日ぶりに訪れはしたものの、私たちはとある懸念を抱いていた。
「起きてるかなあ、ガニラさん」
「叩き起こすって手も……」
「やめい」
この法術院では《古式法術》に関するチェーンクエストが発生する。
《古式法術》のレベルが上がり、遷移属性法術のビギナーズスキルを一部修得出来たので再び訪れたのである。
そのクエストで色々教えてくれるのがガニラさんと言う人なのだけど、現在MSO内は深夜帯なので果たして起きているかどうかを私たちは心配していた。
セレナは「魔女っぽいから夜型だったりするんじゃない?」とよく分からない理屈で、天丼くんは「行ってみりゃ分かる」と楽天的に、そしてセバスチャンさんは「年寄りは早起きなものです。かく言うわたくしも最近――」と話題が飛んだもののひとまずは行くだけ行ってみようと言う事に落ち着いた。
エントランスを横切り、人気の無い廊下の先を目指す。カツーンカツーンと、先日は鳴らなかった足音に自らちょっぴり驚きつつ進むと、そこには地下へと続く階段がある。
そして辿り着いたのは年期が入ったドアの前、ガニラさんのいた部屋だ。
「じゃあ、ノックしてみますね」
みんなが頷いたのを確認して私が代表してドアをノックする。以前もそうだったのだけどチェーンクエスト《古き誓いはかく語りき》をスタート出来るのは《古式法術》を持つ私だけみたいなのだ。
――コンコン、コンコン。
「…………」
反応は無い……と、思っていたらギィ……と蝶番を鳴らしてドアがわずかに開かれた。
「……お天道様がまだ出てきてもいないってのにドアを叩く常識知らずはどこの誰だい?」
不機嫌さを隠しもせずに顔を覗かせたのは大きなトンガリ帽子に鷲鼻、真っ黒なローブ姿のお婆さん。
私はその様子に深く頭を下げてご挨拶する。
「夜分遅くにすみません。以前お世話になったアリッサです」
「ひょひょひょ、なんだアンタかい」
相手が私と分かると途端に顔を綻ばせてくれる。更に私の顔から体をじっくりとなめ回すように見ると、にんまりと笑みを深くした。
「ひょひょひょ。なんだいなんだい、ちょっと見ない内にずいぶん腕を上げたじゃあないか。これだから星守って奴は……」
とは言うものの嬉しそうなガニラさんはドアを開いて私たちを中へと招く。
「まぁいい、少しばかり話をしてやろう。入っておいで」
ポーン。
『【チェーンクエスト発生】
《古き誓いはかく語りき》#2
クエストを開始しますか?
[Yes][No]』
◇◇◇◇◇
「さて、どこから話したもんかねぇ」
前と同じように私だけ椅子に座り他のみんなは壁際に控えている。対面に座るとガニラさんに遷移属性法術を修得したと告げるとアゴを擦りながら思案していた。
「おい、そこの兎人手伝いな」
「またかよ。今度はどの本を取るんだ?」
積み上げられた本を天丼くんに持ち上げさせ、その中から古びた本を取り出す。それは以前貰った本と良く似た物。
そして以前取り出した2冊の内の1冊である星の歴史書も持って戻ってきた。
「さてさて、まずはこいつを見な」
パラパラと歴史書を捲ると、そこには《古式法術》を与える星・ミスタリアさんを中心に、属性法術を与える7つの星たちが描かれている。
ガニラさんはそこから更にページを捲ると、そこには7つの星たちの外側に新しく7つの星たちが描き加えられた絵が姿を現した。
「アンタが得た新しいビギナーズスキル、その大元の星たちはミスタリアの子供星たちの子供星、ミスタリアにすれば孫みたいなもんかね。その7つの孫星たちの与える物と同じスキルさ。こいつを見な」
覗き込むと7つの属性法術は火水風土で四角形を、光闇聖で三角形を形作っているようだった。
「この火水風土と光闇聖の星たちは殊更に仲良しでね、互いの間で子供を成したのさ」
「そう聞くとなんか節操無いわね。そもそも兄弟みたいなもんでしょコイツら」
セレナの言うのも分からないではない。どの星も2人(?)を相手にしているし、全員ミスタリアさんの子供だし。
「星と人を一緒にしてどうすんだい、ったく。それを言うなら星の親のお天道様とお月様は元は1つだったじゃないか」
そう言えば……はじまりのものがたりではそうなってた。良い神様の右と左の体がお日様とお月様になったんだ。
「って事は夜空はオール近――」
「そこまでに」「しておきましょう」
と言いかけた所で天丼くんとセバスチャンさんに口を塞がれたセレナでした。
そんなやり取りにもめげず、私はガニラさんの説明に耳を傾ける。
「そして生まれた星はそれぞれ――」
火と風から《雷属性法術》が、
水と土から《樹属性法術》が、
風と水から《氷属性法術》が、
土と火から《鋼属性法術》が、
聖と光から《日属性法術》が、
闇と聖から《月属性法術》が、
光と闇から《星属性法術》が、
それぞれ生まれたのだと、ガニラさんは語る。
「いいかい? この孫星たちは親から属性を受け継いでるんだ。例えば《雷属性法術》は《火属性法術》と《風属性法術》の力を持っている」
私は頷きつつ事前に仕入れている知識を思い出す。
遷移属性法術7種は雷氷樹鋼日月星とあるけど、実際には雷属性のダメージは存在せず、《雷属性法術》のダメージは火と風の複合属性ダメージとして算出される。
この利点としては、例えば火属性のダメージは同じ火属性だと減少してしまう。が、《雷属性法術》のダメージの場合、マイナスに作用する火属性は換算されず、風属性のダメージのみが適用される。
これにより相手が複数の属性を持ちでもしない限りは弱点となる相手が大幅に減る。
セバスチャンさん曰く「汎用性の高さが遷移属性法術の強み」なのだとか。
ガニラさんからもそれに近い事と、遷移属性法術についてもレベルが上がれば使用出来るエキスパートスキルは増えていくと教えてもらい、最後に先程取り出した本をくださった。
それは遷移属性法術のエキスパートスキルのスペルが収録された教本であり、応用編と記されている。
「ま、今回話す事と言ったらこんな所かね」
「何よ、前に比べたら情報量が少ないじゃないのよ」
「は。基本は変わらないからねぇ、前に教えた基礎をしっかり覚えてりゃ苦労も無いだろうさね、ひょひょひょ」
基本的には今までの延長と変わらない感覚でいいのかな。それならそれでありがたくはある。
「あの……ガニラさん。1つお聞きしたいんですが」
「ん? なんだい?」
「前に、《古式法術》には真価があると仰られていましたよね」
《古き誓いはかく語りき》の#1の最後の最後、ガニラさんは「研鑽を積めばいずれ《古式法術》の真価を教えてやらんでもない」と語り、以後は「話す事は無い」となしのつぶてだった。
「それってこの遷移属性法術の事だったんですか? それにもしかして……この先の――」
属性法術には初期属性法術、遷移属性法術、そして深化属性法術が存在している。
今回はそれについて聞かせてもらえるだろうかと思ったけど、ガニラさんはニヤリと不敵に笑みを作る。
「さてね」
やはり、それきりガニラさんは口を閉ざしてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
《古き誓いはかく語りき》#2を無事に終えた私たちは予定通り、新装備の性能を試すべく王都を離れようとしていた。
ガニラさんの部屋からでは時間が掛かるので再び使用出来るようになった〈リターン〉で一気にポータルまで転移し、更にそこから段々と見慣れてきた感のあるケララ村へと転移していた。
こちらにもPCの姿はあるけど、ごった返すような王都に比べれば桁違いの居心地の良さ。先程の事もあり、私は思わず安堵の息を零してしまった。
「……ホント毎度思うけど、いい加減慣れなさいよ。そんな調子じゃ人前歩けないじゃないの」
「あんなのどうやって慣れろって言うの」
「古典的な所では、舞台から見える観客は南瓜と思え、と言う物がありますな」
「南瓜……」
周りを行き交う人たちの頭を南瓜に脳内変換してみる……。
「……南瓜怖い」
「メンタルが弱すぎて話にならねぇなオイ!」
だって南瓜頭の人たちが動いたりこっちをみたりしてるんだもの。南瓜自体と言うより、そのホラーじみた光景を想像すると怖くなると言う話。
そう話すとみんなから生暖かい笑みを向けられました。
「こりゃ本気で荒療治でもするか? いっそ王都の人ごみに置き去りにするとか」
「や、やめてよ〜。ただでさえみんなとの待ち合わせどうしようって戦々恐々としてるんだから〜」
腕にひーちゃんを抱き、さっきのポータルで1人でみんなを待ち、その間にああ言った視線に晒される想像に身を震わせる。
その場合どこかに隠れるか、ひーちゃんを猫可愛がりして精神の均衡を保たせるくらいはしてしまいそう。
「そうですな。アリッサさんの場合、下手に衆人環視に晒そうものなら余計に苦手意識が助長されてしまいそうですからな」
「そうですよ! 私打たれ弱いですもんね!」
「そんな事自慢してどうすんのよ!」
結局は少しずつ耐性を付けていこうと言う話に落ち着き、私たちはケララ村を出てコラン街道へと向かった。
性能試験はコラン街道のザコモンスターとはじまりの草原のボスモンスターであるジャイアントボアを相手に行う事になっている。
一度戦った相手と言うのは与しやすい。攻撃方法やパターン、そしてモンスター自身の気性などを把握出来ているから対処もしやすく安全に戦える。
ジャイアントボアの場合、攻撃が猪突猛進なので防ぐのも避けるのも容易なので腕試しに重宝している。
「よーっし。じゃあ始めるわよ」
「うん、じゃあ詠唱に入りまーす」
それはまた何度か通る間も戦闘になっているコラン街道に出現するモンスターも同様に。
例えば今目の前にいる『スリープロック』と言うモンスターはどこにでもあるような岩に擬態している。
はじまりのフィールドを離れたのでモンスターはこちらを識別すると襲ってくるものだけど、スリープロックの名前に違わず、その岩は微動だにしない。
でも、一度でも攻撃を当てれば地の果てまでもゴロゴロと転がりながら追い掛けて、その重量で以て押し潰そうとするのだ。
今までは私が攻撃を行っていたのだけど、初撃では対極属性である風属性のスキルであっても、その豊富なHPを削りきれずに天丼くんに守ってもらっていた。
けどだからこそ、果たしてどれだけ威力があがったのか。きちんと調べるには、HPが多くて攻撃方法が単純なスリープロックは適役と思えた。
「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ風の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、彼方を撃ち抜く一塊なり”。“吹け、風の一射”」
そうして準備するのは単発の〈ウィンドショット〉。ビギナーズスキルの中でも基礎となるショット系のスキルだ。
スリープロックは土属性のモンスターであり、対極属性である風属性の攻撃ならダメージがアップする。
今までの〈ウィンドショット〉ならおおよそHPの3割強を削れれば上出来だったのだけど、さて装備が新しくなった事でどう変わったのかな?
「準備完了したよ」
「ふむ。周囲に敵影認められず、ですな」
「おし、こっちも準備は万端だぜ。アリッサ、気にせずぶっぱなせ」
〈友情のトライアンフ〉の演奏を終え周囲の警戒を請け負ってくれてるセバスチャンさんと、もしもの場合の壁役である天丼くんがそう告げる。
ここら辺りのモンスターは同種のモンスターが感知範囲内(スリープロックは音に反応する)にいて、かつ攻撃されている場合には攻撃した相手に向かってくると言う仲間想い(&結構迷惑)な面を持つ。だからこうした警戒はとても重要なのです。
「了解。ひーちゃん、もしもの時はサポートをよろしくお願いね」
『キュイッ!』
「じゃ、攻撃いきまーす」
街道から外れた草原の中にいくつもある岩、けどターゲットサイトで見れば1つだけサイトが赤くなる岩がある。擬態していても注意深く観察すれば看破出来る。
〈ターゲットロック〉は経験値を稼ぐ為に動いていなくても使用して……。
「リリース!」
構えた七星杖の上にたゆたっていた緑の光球が勢いよく飛んでいく。大きさや速度自体は変わらないと思うんだけど……。
――バシュッ!!
やがて遠くにいたスリープロックに〈ウィンドショット〉が命中し、その重そうな体躯がぐらりと傾ぐ。
「へ?」
『キュ〜?』
そしてスリープロックのHPゲージが急減少を始め……とうとう0になってしまったのだ。
そのまま動く事もなく消えていくスリープロックをぼへっと眺めていると、ポコンと後頭部を叩かれた。
「何よその驚き方。初期装備と今の装備じゃ月とスッポンレベルで差があるんだから、こう言う事だってあり得るに決まってるじゃないの」
そう声を掛けてくれたのは側で記録係をしてくれているセレナだ。ノートと鉛筆を手にする姿はファンタジーな見た目とはミスマッチで、結構シュールだったりする。
そのノートを丸めて肩をポンポンと叩いているのだけど、その顔には満足げな笑みが浮かべていた。
「でも、どう? 強くなったって実感出来たでしょ。やっぱこう言うのが装備変える醍醐味よね」
楽しそうにそう言われ、私は手に持つ七星杖と身にまとう服を見る。
「……うん、そうだね」
真新しいそれらが力を与えてくれているんだと改めて実感し、作ってくれた夜半さんとマルクスさんへの感謝が胸に宿る。
「さ、休むにはまだ早いわよ。今のは風属性だったからギリギリ1発で倒せただけかもしれないわ。なら同じ土属性やら他の属性ならどうなるのかしっかりと確かめなきゃ。さ、次行ってみよう」
「はーい」
『キュ〜イ』
一息吐いたのも束の間。それで終わりではなく、その後も次々にモンスターへ手を変え品を変え攻撃を試していく。
どれも基礎スキルばかりだけどどれだけ威力が上がったのかをきちんと調べないといけない。
次なるモンスターを探して右往左往、結構な距離を歩き回る。
途中には防具の性能も調べようと言う事になったのだけど、最近みんなに守られてばかりだったから悲鳴を上げた事もあった。
「アリッサ、大したダメージ受けてなくない?」
「それと恐いのは別なんだってばー」
『キュッキュ』
「あー、モンスターって迫力あるからな。ステータス的に平気でもビビるもんだ」
天丼くんはいつも真正面からモンスターの攻撃を受け止めてるもんね。
平気なのかな? っていつも思ってたけど、やっぱり天丼くんでも恐かったんだ。
「あれだぜ? 世の中お前みたいに神経図太い奴ばっかりじゃな「あ?」げふんげふん」
「……」
明らかに一言余計に付け足して窮地に陥る天丼くんはもう少し危機意識を持った方がいいと思いました。
「ほっほ、そうですな。ですがアリッサさん、お1人の時の事もありますのである程度の耐性も必要なのですよ?」
「それは、大丈夫ですよ。私だってボスモンスターを相手にしてきたんですから……恐いですけど、がんばれます。それに、1人じゃないですから」
『キュ!』
ひーちゃんは私と契約しているから大概の場合は一緒にいてくれる。心強い事この上無い。
「ほっほ、これは失礼致しました。では、次にまいりましょうか」
「はいっ」
『キュ〜!』
そして初期属性法術のスキルを一通り試したので、いよいよ遷移属性法術のビギナーズスキルの試験運用を行う事になった。
「あ〜、なんだか緊張する……」
「〈ツリーリンカネイション〉前に使ったじゃない。2度目なんだからそんなの気にしない気にしない」
「あれは色々必死で……ううん、そうだね。やってみる」
セレナの言う通り2度目なのだ、どんな物かは知っている。緊張したってしなくたって、スキルがスキルである事には変わらない。
「よしっ。詠唱始めまーす! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ雷の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、彼方を撃ち抜く一塊なり”。“迸れ、雷の一射”」
スペル自体は今までの物と基本は同じ。唱える事は難しくない。
唱え終わると七星杖の先から赤と緑の光球が現れる、それらが混ざり合って1つの光球となり、バチバチと電流を迸らせている。
「これが……」
《雷属性法術》の1レベルビギナーズスキル〈サンダーショット〉。
「威力は初期の7つの属性法術よりも上の筈ですのでスリーブロックも問題無く倒せるでしょう」
「……でも、再申請時間が少し長いですからちょっと使うの考えちゃいます」
初期7属性の場合、ショット系は一律30秒だったけど、こちらは40秒。消費MP量も若干増えている。
「悩むより先にする事あるだろ。急がないとRAT過ぎるぞ」
「あ、そっか。“火の一射”」
――ボワッ。
天丼くんに急かされて発動したのは〈ファイアショット〉。〈サンダーショット〉と同じショット系スキルだけど……問題無く発動出来た。
「OKOK。やっぱりRATに関しちゃ初期属性法術と遷移属性法術は別枠になってるみたいね」
それは朗報と言ってよかった。《古式法術》ではスキルを使用すると設定されている再申請時間の半分の時間内は、同じレベルで修得したスキル、及び同じ属性のスキルは使えないと言う厳しい制限が存在する。
もし2つの属性を併せ持つ遷移属性法術にもその制限が適用されてしまったら雷火風と3つの属性のスキルがまとめて使用不能に陥る可能性さえあったのだから安堵くらいはする。
「じゃあ実際に使ってみるね」
岩に雷って通じるのかなー、とか思いつつ、スリーブロックをターゲットサイトで捉えて杖を構える。
「リリース……ひゃっ?!」
――バシッ!
光球は、それこそ電光石火とでも呼べるスピードで以て飛び立ちスリーブロックをしたたかに撃ち据え、更に対象を帯電させてしまった。
HPは即座に0となって消えていくスリーブロックと七星杖を、私は呆然と交互に見つめていた。
「な、なんかすごい……派手」
「《雷属性法術》は効果に加えて演出に関しても秀逸で割合人気がありますからな」
「ああ、中2病患ってる辺りは確かに電気とか好きそうだなぁ」
「中2……電気? あの、家の妹も今中学2年生なんですけど、その病気になったりするんですか?」
「大丈夫大丈夫、アンタの妹はもう別の病気で手遅れだから」
それのどこが大丈夫なのかな。
「クラリスさんに関してはともかくとして、他のスキルの特性についても今の内に把握してしまいましょう」
「セバスチャンさんにすらスルーされるあの子って……」
まあお孫さんも丁度中学2年生なセバスチャンさんが騒がない辺り害の無いものなのかもしれないからいいけど……。
そんな話も交えつつ、私たちは残る遷移属性法術のビギナーズスキルを使っていく。
そうして幾ばくかが経ち、倒したモンスターの数が50に届こうかと言う所で、大まかなダメージを記録していたセレナにセバスチャンさんが近寄っていた。
「ふむ。やはりもうこの辺りでは敵無しの威力になっておりますな、善きかな善きかな」
「ほんとにね、まぁ今までが初期装備だったのを考えれば当然なんだけどさ」
確かに。スキルの威力は格段に上がり、〈ソイルショット〉でも〈コール・ファイア〉と組み合わせればスリープロックでも一撃で倒す事が出来る事が分かった。
スリープロックでこれなら王都周辺でもどうにかこうにかひーちゃんと一緒なら対応出来るようになった、かな?
「じゃ、そろそろジャイアントボア戦と洒落混みましょうか」
「ふむ。この調子ならばそう苦労せずに済みそうですな」
今までは私の為にみんながサポートに回ってくれていたから初心者用のボスモンスターでも結構な時間を使ってしまっていたけど、スキルの威力は格段に上がっているし、早々に倒せると思う。
私たちはコラン街道を遡り、ジャイアントボアの住まうボスエリアへと向かった。
属性法術の組み合わせはこんな感じ。
? 雷┌?
└火┸風
鋼┥ ┝氷
土┰水┐
?┘樹 ?
? 星┌?
└光┸闇
日┷┯┷月
聖
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