第71話「真白の法術士」
ようやくです。
運動会とか、遠足とか、あるいは旅行とか。子供の頃は明日が楽しみ過ぎて前日の夜は中々寝付けない、なんて経験がよくあった。
昔は花菜と同室で二段ベッドだったのだけど、特別な日が重なると決まって一緒の布団に入って疲れて眠るまでキャッキャッとはしゃいでいた。
そんな事を、昨日ベッドに入ってから私は思った。
「眠……」
「珍しいわね、結花があくびをかみ殺すなんて。ああ、寝かせてもらえなかった?」
「何を訳の分からない事を……」
朝のホームルーム前の教室。その一角にある私の机に寄り掛かるまことのやり取りの中で昨日あった事を少し話す。
「なるほど、オーダーメイドの服が出来上がるのが楽しみで寝付けなかった訳ね。ふふ。結花もずいぶん女の子しちゃって」
いい子いい子と頭を撫でられた。
「昔から結花は飾り気が薄いものね。自分の服は最低限だし、地味めだし、余ったお金は貯金貯金。それを考えれば格段の進歩だわ」
「まこの無駄遣いを見てるとね、いざ自分で買い物をする時にそんなにお金を使っていいものかとブレーキが掛かるようになったの。見事な反面教師」
「ふふ、さすがわたしね。感謝してくれて構わないわよ?」
「どう言う思考回路だとそう言う返しに繋がるんだか……」
「さぁ? ふふ」
そんな話をしているとキンコンカンコンと予鈴が響く。そろそろ先生も来るだろう。
「せいぜい授業中に居眠りして怒られる、なんて面白い話にならないように祈っておくわ」
「言われなくても」
私の席は窓寄りとは言っても一番前なのでそんな事になったらすぐばれる。そんな恥ずかしい真似は力の限りごめんだったので、ぺちぺちと頬を叩いて目を醒ます。
しとしとと雨が降り気温が下がったのは幸運だ、10月半ばの晴天はぽかぽか暖かくうたた寝を誘うもの。
「……向こうは晴れてるといいな」
先生が来てドアが音を立てる、そんな私の呟きはものの見事にかき消されたのだった。
◇◇◇◇◇
「おにゃーにゃーんっ!!」
帰り道、傘を差しつつ歩いていた私の後ろから、そんな奇声を発しながら何者かが襲撃を仕掛けてきた。
「……花菜。何をしてるの」
未だ眠気の去りきらぬ私はやや気だるげに、腕に絡み付いた妹に視線を落とす。
「相合い傘! てっぺんにはハートマーク!」
花菜は肩から先を少しだけ濡らしながらも嬉々として語る。私は小さく息を吐き、差している傘を傾けた。それを見て取ったか、花菜は2人でも傘に収まるように一層私に体を寄せる。
最近、朝家を出る時間を早めた反動か、こうして下校時に私を見つけると遮二無二くっついてくる。
いっその事登校時間を戻そうか、なんて発想が浮かんだりもするけど、この光景が朝か夕方かの違いにしかならないので、だったら朝から疲れるのは無いやと現状に納得して精神的な消耗を避ける事を選ぶ。
「あ、ねーねー。お姉ちゃんに見てほしい物があるんだ」
「何? 授業でまた何か頭の痛くなる物でも作ったの?」
紙粘土で私の胸像を作ったり、日常の風景として私の部屋を描写したり、将来の夢として私をお嫁さんにしたいと作文に書いたりしていた過去が望んでもいないのにフラッシュバックする。しなくていいのにね。
長期休暇の宿題とかは見張って摘発出来るからいいんだけど……。
「それはそれとして……」
「どうして否定が聞こえなかったの?!」
「いいからいいから。で、問題はこっちなのですよ。見て見てー」
花菜は左腕を私に絡めた状態のまま、自身の情報端末を取り出して操作を始める。絡めるのをやめれば楽でしょうに。
そして端末をこちらに向けると、そこに表示されたのは何だかおとぎ話のような光、け……。
「……あれ?」
首を傾げる。
だってそこに写し出されていたのは、きらびやかな馬車とその向こうの人の山と、そしてセバスチャンさんに支えられ馬車から降りてくる金髪の――。
「昨日あそこにいたの?」
そう。それは昨日、注文の多い服飾店へタミトフ子爵様の貸してくれた馬車で送ってもらった時の画像だった。しかも周りのざわめきに驚いてふらつき、セバスチャンさんに支えてもらった瞬間の物。
うわあ……改めて見るとなんだか恥ずかしい。
「いる訳無いじゃん、いたら飛び付いてるもん」
「前科があるから想像しやす過ぎる」
しかもその前科から何も学んでなかったなんて……お姉ちゃんびっくりです。
「でも、じゃあどうして?」
「みなもんがMSOの掲示板にアップされてたのを見つけたんだよ」
みなもんは花菜のお友達である三枝木みなもちゃんのあだ名(花菜しか使ってないらしいけど)だ。
MSOの掲示板は何度か訪れた事がある。クエストや加護、攻略に関する情報とか雑談とかが書かれていた。と言っても私の場合は専門用語が乱舞していたので判読すらままならず、初心者向けのスレッドをいくつか読んだ程度なんだけど……。
「ふうん。でもどうしてこんな画像がアップされてたの? ……あ、もしかしてあの馬車がクエストに関連すると思われたのかな、すごく豪華だったし」
「あはーはー、違うよー。このレベルの馬車なら買おうと思えば買えるもん、そんな理由じゃその場での話題にはなっても掲示板にアップされたりはしないよ」
「買う人いるの……って、それじゃ一体?」
「かわいいから」
花菜は満面の笑みを浮かべてそう言った。それは楽しそうで、自慢げで、けど私は言葉の意味が分からず目をパチクリとまばたきさせるしか出来なかった。
「コレがアップされてたのは『俺が見つけた美少女PC&NPCの画像を貼ってくスレ』って所だったんだよー」
「ぶっ!?」
そんな所あるの?! と思ったけど、そう言えばクラリスの所属するギルドでは美形NPC目録なるものを作っているとも聞いているし、他にも似たような物があってもおかしくはないのかな。
(まあアリッサの容姿は綺麗だと私も思うけど、知らない人にそう評価されるとなんだか……うう、背中がむず痒い)
「で! 大事なのはこっち! このお店だよお姉ちゃん!」
ぐいぐいと端末を押し付けて指し示す花菜。お店と言うのは止められた馬車のすぐ傍の、注文の多い服飾店の事と思われる。
「それがどうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! 調べたらここって服飾系のプレイヤーショップじゃない!」
「そうだよ」
けろりと答える。セバスチャンさんの行き付けなんだけど、花菜は知らなかったのかとちょっと意外。にしても、花菜は一体何をそんなに興奮してるのかな?
「って事はだよ……つまり、もしかして、ひょっとするとお姉ちゃん、服を買うの?」
「買う。と言うか、お金は前払いで支払っちゃったから買った、かな? オーダーメイドだから、出来上がるのは今日なんだけどね」
「…………っ!」
ぎゅぎゅうっ!
花菜が突如、私に絡めている腕の力を増す。最近徐々に膨らみを増すバストを感じ、姉として女性として否応の無い敗北感に晒され、切ない気持ちが押し寄せる。……いいなあ。
「お姉ちゃん! あたしもその服見たい! だから一緒に行く!」
勢い込んで捲し立てる花菜。そこまで興奮する程かなとも思うんだけど、花菜だしね。
「それは別に構わないけど……他のみんなとはどこか行く予定とかは無いの? 服ならいつでも見れるんだし、無理しなくても」
「いやいや、みんながいつも集まれる訳でもないからねー。攻略なんかは週3、4回だし、集まらなかったらクエストなり加護のレベルアップなりそれぞれでやるよ。だからあたしがいなくても平気平気!」
「それならいいけど……じゃあ王都北区のポータル前で待ち合わせようか。みんなともそこで合流する予定なの」
「了解!」
そんな訳で今日はクラリスも一緒に服を受け取りに行く事になるのでした。
◆◆◆◆◆
「くっ、せっかくアリッサの服をいの一番に見るつもりだったのに、一体どっから聞きつけたんだか、このシスコンはっ!」
「ふっふっふ。見つけたのは単なる偶然=詰まる所は運命的なあれやこれや。すなわち天はあたしとお姉ちゃんをくっつけようと躍起になっていると見た! 吹けよ風! あたしをお姉ちゃんルートまで連れてって! ……吹かない! 既にルートに入ってる! ひゃっはー!」
王都北区のポータル前、そこでクラリスと2人で待っているとまずはセバスチャンさんがログインしてきて、次にルルちゃん、続いてセレナが、更にわずかに遅れて天丼くんがやって来たのだけど……今はセレナが私にじゃれつくクラリスを見咎めての舌戦に突入していた。
「うんめーとかそんなのどうでもいいから! ってかいい加減アリッサから離れなさいよ! 邪魔くさい!」
「やーでーすー! アリッサお姉ちゃんとは普段一緒にいられないからくっつくくらいしたいんだもん! べーっ!」
「アンタはリアルでも姉妹でしょうが!」
「お姉ちゃんとアリッサお姉ちゃんは別腹なの! どっちもお腹いっぱい食べたいの!」
赤と青、真逆の色を帯びる2人は全く折り合いを見せず、私を挟んでの睨み合いは膠着状態から脱せられずにいた。
「いつまで続くんだ、この不毛な争いは……」
『キュ〜……』
「ふ、ふえ……」
「アリッサさんは罪作りな方ですなぁ」
傍には天丼くん、セバスチャンさん、ルルちゃんに加えひーちゃんも見物中。ちなみに、ひーちゃんは召喚した瞬間からクラリスを恐がって近寄ろうとしない、なのでクラリスがくっつく私にも近寄ろうとしてくれない。私、挫けそう。
「えーと。そろそろお店に行きたいんだけど……」
そう。本来の予定では注文の多い服飾店とマルクスさんのお店であるマルクス武具店での装備の受け取り、そして出来れば一旦ログアウトする前に性能を試してみたいと思ってる。
その言を受けた2人は唸るのを止め互いを窺い合う。
「……それもそうね。ここでグダグダしてたらアリッサの艶姿を拝むのがどんどん遅れるばっかりだし」
「同意。こんな事でお姉ちゃんを愛でる時間が減るのは世界規模の損失に相違無し。ここは一時休戦しよう」
頷き合う2人。ようやく先に進めると安堵したのも束の間、セレナがクラリスとは逆の腕をガシッと組んだ。
「へ?」
「これで対等。OK?」
「くっ、仕方無い」
「は?」
両腕をガッチリと組まれ、半ば連行されるような格好で歩き出す私たち。数歩遅れで付いてくる天丼くんやセバスチャンさん、ルルちゃんやひーちゃんにも助けを求めるのだけど、曖昧に微笑まれるのみに終わる。えーん、薄情者ー。
◇◇◇◇◇
「今日はまた、騒がしいお越しだ事……くぁ……あぁ、失敬」
道々では左右の2人のお陰で悪目立ちしまくり、穴が無かろうかとリアルに考える程の心境をどうにかこらえ、やって来ました注文の多い服飾店。
カウンターでは夜半さんが眠そうに頬杖を突いていた。様子から察すると睡眠度では無く、現実での寝不足を引きずっているのかもしれない。
「ええと、どうも。なんだかずいぶんお疲れのようですけど、大丈夫ですか?」
「ん、ああ、平気さ。ちょいと昨日は空が白けるまでログインしていたんでね、色々と疲れが出たらしい。アタシも年かね」
夜半さんは袂からキセルを取り出すと口にくわえた。
煙草も入れず、火も着けていないのに何故だか煙が立ち上るのは、キセルに取り付けられた精霊器の為か。深く息を吸い込み、天井へ向かってぷっはー、と白煙を吐き出す。
次にこちらを向いた時には、右の目には昨日同様の光が戻っていた。
「さって。品は出来てるよ。今から送るから早速着て見せな」
「あ、はい」
夜半さんがメニューウィンドウを開いて操作を行うと、私側にもウィンドウが自動で開く(さすがに拘束は解かれた)。料金は支払い済みなのでここでは受け取りだけ。が、そのラインナップのいくつかに私は固まる。
「あ、の、コレは……」
「サービスさね。どうせアンタの事だ、“そっち”も初期装備のままだろう? それじゃあ合わないんで用意させてもらった。後、いくらゲーム内でもそれくらいは常備するもんさ、たしなみだろう?」
「ぁ、ぁぅ……」
「それとも要らないかい?」
「い、いえ……その、ありがとうございます……」
「毎度あり、かっか」
私たち2人の会話に周囲には疑問符が浮かぶが、少なくともこんな所ではとても説明する気にはなれない。
黙り込む私に助け船を出したのは状況発生の張本人である夜半さんだった。
「着替えはあちらだよ。ホラ、そこの嬢ちゃん×2。さっさとそこのぼんやりしてるのを連れて行きな」
「いえすまむ! さぁ行こう、GoGoお姉ちゃん!」
「いっえーい。早く着替えろー!」
「なんでこう言う時は息が合うかな……」
ノリノリの2人に背中を押されて試着室へと放り込まれる。土足だけど。多少広めの室内にはハンガーとラック、私の身長よりも高い姿見が備わっていた。
ぐずぐずしていると2人に覗かれかねない(ゲームには無いと信じつつもあの2人の事なので油断とかしない)ので、私はシステムメニューから『装備』画面を開く……と不意に指が止まった。
『[武具]
両手:初心者の杖
[防具]
頭部:初心者のトンガリ帽子
胸部:初心者のケープ
腰部:―
腕部:―
脚部:―
[服装]
体:初心者のローブ
足:初心者の靴
腰:初心者のアイテムポーチ
下着:初心者のランジェリー
[装飾]
指:初心者の指輪
体:新緑の外套
指:耐毒の指輪
腰:狂犬の尾飾り
腰:ガマリボン
頭:願い紐
―:―
―:―
―:―
―:―
[武具解除]
[防具解除]
[装飾解除]
[服装解除]
[全解除]
[戻す][終了]』
(……ああ……これでこの装備ともお別れなんだよね)
ずらりと並ぶのはゲームを初めてからずうっと使い続けてきた初期装備の数々だった。
魔女が被るような帽子を小さくした『初心者のトンガリ帽子』。
着心地が悪く、見た目もぱっとしないワンピース『初心者のローブ』。
それに合わせて、申し訳程度に肩を被う『初心者のケープ』。
ぶかぶかで、ボロボロで、時々擦りきれないかと心配になる『初心者の靴』。
木の枝をざっくりと削り出しただけのような『初心者の杖』。
くすんだ色の金属の指輪『初心者の指輪』。
容量が少なくて困る『初心者のアイテムポーチ』
そしてボスとの戦闘を経て入手したドロップアイテム。
明るい緑と茶色のマント『新緑の外套』。
虫が絡み付いたようなグロテスクな見た目の『耐毒の指輪』。
フサフサとした黒い毛並みの『狂犬の尾飾り』。
結び目部分がカエルの顔で、蝶の羽根部分が足に見えなくもない『ガマリボン』。
……新しい装備を得た以上、初期装備は外す事になる。装備箇所が重複してもそうだろう。そもそも昨日見た夜半さんのこだわりようなら新装備以外は着けない方がいいのか……。
目に映るのは姿見。その中には私の姿が映っている。もちろん初期装備とボスドロップも一緒に。
性能で言えばもう誰も見向きもしない程度の性能でしかない。
見た目も野暮ったく、ほぼ毎日マーサさんにお洗濯してもらっているのに薄汚れた感じが否めない。
着心地も悪く、パジャマに着替えた際には安堵のため息を吐いてしまう程だ。
ダサくて、ショボくて、安っぽくて……そんな、お世辞にも褒められる点が見当たらない服。
新しい服を買えた事は過程も含めて素直に嬉しい。
……でも、やっぱり少し寂しかった。
(……これは、あれかな。ちっちゃい子がボロボロになったお気に入りの毛布とか着れなくなったお洋服とか大好きなぬいぐるみとかを手放せないのと、一緒なんだろうなあ……)
およそ3週間。実時間なら……えっと、4日くらい。それだけだ。たったそれだけの間着てただけの服なのだ。なのに……私はどうしてこんな気持ちになってるんだろうか?
(だって、ずっと一緒だったんだもの)
辛い時も、苦しい時も、哀しい時も。汚れたって、攻撃されたって私を守ってくれて。いつも一緒だった、だから……新しい服を買って、もうこの服に袖を通さなくなるんだなって思ったから今はちょっと、ちょっとだけ……寂しいんだ。
(中等部を卒業する時に制服でもこんな事思ったっけ)
あれは結局花菜が着てくれているけど……いや、どの服も花菜が大概お下がりとして受け取ってくれている。だから、着れなくなる寂しさはいつも花菜と一緒に感じていた。
1人でこんな風に感じた事ってあったかな?
(……もう、別に捨てる訳じゃないのに、何をこんなに感傷的になってるんだろ)
それこそアイテムポーチの中に入れていればいつでも取り出せるのに。
だから、感傷はここだけの、今だけの事にしておこう。
あの大変さを知るのは私とこの装備だけだけど、私にはもう苦労を共にしてくれる人たちもいるんだから。
息を吸い込む。
「……今まで本当に、お世話になりました」
そして、頭を下げた。
私がMSOで実際にプレイしたのはおよそ3週間、“たかが”とも言える短い間だったけど、私が生きてきた中でもとびきり濃厚な3週間だった。
そんな中で恐ろしいモンスターに立ち向かえたのは、打ち勝てたのは、紛れも無くあなたたちのお陰。
だから、
「ありがとう」
それが私の偽らざる気持ちだった。
「ふう。……よし」
私は深く息を吐き、システムメニューを閉じる。なんだかそれでパッパと済ませてしまう気分になれなかったのだ。
杖を壁に立て掛け、外套・尾飾り・指輪・リボンをそれぞれポーチに仕舞う。
続いて帽子・ケープ・指輪・ポーチ・靴・ローブ、そして最後にシュミーズとドロワーズを脱いで丁寧に畳んでいく。それらはどれも初めて見た時と変わらないようにも、少しくたびれたようにも見えた。
ポーチを手にし、1つ1つを収めていく。最後に杖を仕舞うと試着室には裸の私とポーチが1つだけ、がらんと広くなった。
姿見に映る自分を意識すると急に恥ずかしさが込み上げてきて、ようやくシステムメニューの『装備』画面を再度開いていそいそと着替えに入った。
◇◇◇◇◇
試着室を区切るカーテンに手を掛ける。ほんのわずかに開いただけで、わっとみんなの声が飛び込んでくる。
「わ、わくわく……」「お姉ちゃんはまだかー!」「クラリスさん、お店のご迷惑ですよ」『キュ〜』「ぷっ、叱られてやんの。ダッサー」「年下相手のお前も相当ダサいけどな」「騒ぐんなら一着ぐらい買いな」などなど。着替えにずいぶん掛けてしまったものね。面目無い。
――シャッ。
カーテンのレールが鋭い金属音を響かせる。その音は試着室前で談笑していたみんなの注意をこちらに引き寄せるには十分だった。
「はうっ」
「わおっ」
『キュイッ!』
「ふむ」
「へぇ」
「わ、あ……」
「ふん」
着替えた私をみんなが驚きを持って迎えてくれる。
ウィンドウを開き、フォトを撮りまくっているらしいクラリス。
上から下までためつすがめつ観察して納得するセレナ。
ニコニコと微笑ましげに頷いているセバスチャンさん。
小さく拍手をしてしてる天丼くん。
真っ先に飛んでくるひーちゃん。
きらきらした瞳でこちらを見つめるルルちゃん。
キセルを燻らせ、満足そうに笑む夜半さん。
恐る恐る、私は一歩を踏み出した。
コン。5センチくらいのヒールが木製の床に当たり軽やかに音を鳴らす。
肌に当たる布の肌触りは今までの比ではなく、羽根のように軽く感じる。
私は改めて自分の格好を見る。
薄緑色のラインが走る白いローブ『リリウム・ローブ』、パニエも無しに膨らみを帯びるスカート部分は一輪の花のよう。胸元がちょっと出てて恥ずかしかったり、ノースリーブなのが恥ずかしかったりするけど。
それをカバーするように羽織るのが『リリウム・ジャケット』。肩にボリュームがある上着で、袖の一部は《法術特化》の翼型の証を活かす為か、シースルー素材となっている。
ワンポイントにリボンがあしらわれている同じ色合いの帽子『リリウム・トリコーン』は以前の帽子よりも大きくなり、つばは肩幅と変わらない程。
ヒールのある履き物なんて普段は履かない私だけど、このブーツ『リリウム・ブーツ』は動かしやすくて歩きやすい。
肩に斜め掛けする小さめのカバン型アイテムポーチ、『リリウム・ポシェット』は今までの物よりもずっと多くのアイテムを入れられるみたい。
どれも私には馬子にも衣装ってくらいに素敵な服。
「えと、その、どう……かな?」
「嫁にしたい」
最初の感想はスルーした。
「うん、良いカンジ。アリッサかわいい!」
「あ、は。ありがとう、セレナ」
両手の人差し指と親指で四角を作るセレナは、その向こうから目を細めて覗きながらそんな事を言う。でも、やっぱり真正面から言われると恥ずかしいね。
「す、素敵、です、とっても、すごい、綺麗……」
「ええ、よくお似合いですよ、アリッサさん。天くんはどうです?」
「いいんじゃないか、セレナと合わせりゃめでたそうで」
「ほっほ、確かに」
紅白? それを聞くと途端にセレナは胸を逸らし、クラリスに向き直る。
「だってさ〜。やっぱ私とアリッサはいいコンビってカンジよねー、ふっふ〜ん」
「ぐっ、ぐぐぐっ。あ、青と白だったキレーだもん! 空と雲とか鉄板だし!」
「「ぐぐぎがご」」と、再び膠着状態に陥る2人。なんだかここまで来ると逆に仲良さそうに見えてくるなあ、不思議不思議。
「気に入ってもらえたかい?」
そう声を掛けてきたのは夜半さん。機嫌良さそうにキセルをクルクルと回している。
「はい、とても。素敵な服を作ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます、夜半さん」
「ま、仕事だしと言やぁそれまでだがね、こっちとしても楽しかったよ。耐久値が減ったらいつでも来な、通常料金だがしっかりメンテしてやろう」
「はい、よろしくお願いします」
互いに笑みを交わし合うと夜半さんはログアウトするそうでシステムメニューを開いた。空が白けるまでがんばってくれたと言うし、余程眠いのかも。私たちはお礼を言って見送る。
さて、次は新しい杖を受け取りに行こう!
投稿開始から早8ヶ月。
71話目にしてようやく、本当にようやくアリッサの装備が一新されました。
自分で言うのもあれですが……遅いわ!!




