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第69話「それは萌え出づる想い」




『これで終わりと思わない事ですね、いずれ第2第3のマリーが現れ世に混乱を招く事でしょう……我らが父は地の深くより、あなた方を見つめているのだから……』


 怪盗マリーは去り際にそう告げる。

 あれだけ強大だった姿は微塵も無く、消える前のわずかな瘴気が人形程度の大きさとなって負け惜しみのような言葉を、ただ淡々と告げていた。


「『またベタな捨て台詞残すもんね、負け惜しみもいいトコだわ』」

「『ですが確かに。このゲームが続く限りはいずれ他の魔法使いは現れるでしょう。悪しき神か、或いは彼女のような魔法が、我々の預かり知らぬ所で、誰かをそそかして』」

「『メタ的に考えればコイツはゲームのキャラクターだからな。俺たち以外にこのクエストを受注すればまた同じように現れるからかもな……ま、他の子だとは思うが』」

「……それでも、オネットちゃんのように助けを求める人だっている。手を掴めるのは私たちじゃないかもしれないけど……伸ばす人もきっといる」


 怪盗マリーはどんな顔をしているのか、そんな事は微塵も分からない程形を保てなくなっているけど、それでも目はまっすぐに彼女を見る。



「だから、貴女たちの思うようになんてなりません」



 強い気持ちのままそう告げる。

 でも、感情を揺さぶられる暇も無く彼女は端から黒い炎となり、やがて欠片も残さず消え去った。

 それこそ悲しさも怒りも覗かせず、本当にまたどこからともなく現れそうな……そんな不吉な予感すら漂わせて。

 そんな強張った肩をポンと優しく叩かれた。


「『いい啖呵だったわよ。胸がスッとしたわ』」


 セレナのそんな言葉にようやく戦いの終わりを実感して息を吐けた。

 でも余裕が出て周りを見れば……割れた石畳、砕けた石像、壊れた噴水。この戦闘で、美しかったオーデュカス男爵邸は見る影も無い程荒れ果ててしまっていた。

 あれだけ暴れたのだから当然なのだけど……戦闘が終わり、落ち着くと被害が心に刺さる。

 そして庭園の有り様がフラッシュバックして、男爵様や使用人さんたちに会うのがどことなく憂鬱になってしまうのだ……。


「『アリッサ?』」


 そんな私の様子を案じたのだろう。セレナが顔を覗き込んでくるのだけど、丁度それを遮るようにファンファーレと共にウィンドウが開く。

 みんなの意識はまずは得た経験値やアイテムへと移っていく。



 タタンターン♪


『【経験値獲得】

『《マナ強化》

  [Lv.19⇒21]

 《詠唱短縮》

  [Lv.15⇒17]

 《杖の心得》

  [Lv.12⇒15]

 《古式法術》

  [Lv.9⇒12]

 《精霊召喚》

  [Lv.7⇒10]

 《知力強化》

  [Lv.8⇒12]

 《照準》

  [Lv.7⇒9]

 《発動待機》

  [Lv.6⇒7]

 《二層詠唱》

  [Lv.6⇒10]

 《法術特化》

  [Lv.6⇒10]』



 こ、こんなに一気にレベルが上がってる……?


「『お、さすがに入る経験値が違うわね』」

「『苦労した甲斐があるってもんだ』」


 セレナと天丼くんもレベルアップしたのだろうウィンドウをチェックして喜んでいる。


「『アリッサさんは如何でしたかな?』」

「え、あ、ああ……レベルアップしました、ずいぶん沢山……」


 元々レベルが低かったからだろうか? それともやはり、あの庭園での〈ファイアディザスター〉で相当数を倒したのが効いたのだろうか?

 だとするなら素直には喜べないかも……。


「『ふむ……時にアリッサさん、もしや《古式法術》のレベルが11を越えたのではありませんかな?』」

「あ、はい」

「『「『!』」』」


 セバスチャンさんの指摘にセレナと天丼くんが大きく驚いている。

 その原因は《古式法術》の特異性に由来する。

 この加護は、本来限定的にしか修得出来ないエキスパートスキルをすべて使用可能と言う破格の力を持つ(デメリットも大きいけど)。そしてそのエキスパートスキルを使用するにあたり、1つ条件がある。

 それが火属性のエキスパートスキルを使いたければまずは同属性のビギナーズスキルを修得していなければならない、と言うもの。

 各属性法術ではレベル1〜10で毎レベル修得するそれを《古式法術》でも同じように修得してきた。

 が、ここで疑問が浮かんだ。

 属性法術にはキャラクターメイキング時に取得出来る初期の7属性の他にも属性法術が存在するのである。ならば“すべての属性法術の祖”とまで言われる《古式法術》はそれらの属性法術も扱えるようになるのではないか? と言う疑問。


 そして初期7属性のビギナーズスキルは10レベルですべて揃い、今は11を飛び越え13レベルに突入していて、スキル修得ウィンドウには新たなスキルがずらりと並んでいた。


「えっと、これは……遷移(せんい)先の属性法術、ですね。ちゃんと修得してます」

「『「『よっしゃあっ!!』」』」


 バシィンッ!! 2人がちょっとばかり強烈なハイタッチで喜びを表現している。そう思ってもらえるのは嬉しい、でも……。


「『で! なんでそんなにローテンションなのよ!? ここは一発弾ける所でしょう?!』」

「えっと……う、嬉しいは嬉しい、んだけど……」


 みんなに先程の事を話す。庭園に大量に出現していた人形を倒す為に庭園ごと焼き払った事を。


「『ああ、その事か』」


 天丼くんがなるほどと頷く。あの時はパーティーチャットをフルモードにしていたから一応状況は把握していたみたい。


「『まーたそう言うトコで悩んでんのね……もうっ』」


 額を押さえるセレナ。はい、毎度すみません。


「『ふむ。アリッサさん』」

「はい、何でしょうか……?」

「『いえ、そのお悩みなのですが実は少々思い当たる節が……』」


 セバスチャンさんの語る言葉に、私の目が次第に大きく見開かれていく。身を乗り出してその話の真偽を問う!


「あ、あのっ! それは本当ですか?! 本当にそんな事が?!」

「『ええ、少々お待ちいただければ調べもつくでしょう』」


 セバスチャンさんの言葉に目の前が開かれていくような気さえして胸の前で拳を握り締めた、その時――。


『キュ!』

「う、うう……こ、ここは……?」

「オネットちゃん! 良かった、目が覚めたんだね」


 ひーちゃんが声を上げたので振り向いてみると、そこに横たえられていたオネットちゃんが瞼を開いている所だった。

 怪盗マリーを倒した事でオネットちゃんが解放されたんだろう。


「セバスチャンさん、もうオネットちゃんは大丈夫なんですよね?」

「ええ。魔法使いはターゲットサイトの色がモンスター同様に赤くなるのですが……彼女はNPCカラーに戻っています。もう大丈夫でしょう」

「良かった……良かったよ」


 色々とあったけど、少なくともこの子を助けられた事だけは素直に良かったと思える。


 支えて起き上がらせてあげると、腕に抱えたお人形のマリーを更に胸にかき抱いて周囲を見る。

 そこは中庭だけど、彼女の記憶にある慣れ親しんだ場所とは異なっている。それを見て口を開くけど、少し声が沈んでいるように思えた。


「アリッサ、様……偽者のマリーは、どうなりましたか?」


 周りに私以外の人がいるからだろう。先程までの子供らしい口調ではなく、拙いながらも丁寧な言葉遣いだった。


「大丈夫、私たちがやっつけたからオネットちゃんの中にはもういないよ」

「そうですか……」


 オネットちゃんは私たちの方へ向くとペコリとお辞儀をする。


「皆様、助けてくださって本当にありがとうございました」


 しっかりとお礼を言うものの、お人形のマリーを抱き締めたままで心無しか顔色は優れない様子だ。


「オネットちゃん、どうしたの?」

「い、いえ……その……これから…………いえ何でもありません」


 ……ああ、そっか。怪盗マリーを倒した以上、これからお父さんに会わなきゃいけないから緊張しているのかもしれない。彼女のお父さんは彼女には殊更厳しい方とは話に聞いていたから。


「『ねぇ、結局話はどう言う方向に転がってったワケよ?』」

「えっと……」


 そう言えばセレナたちは私を助けに来てすぐに戦闘になったからオネットちゃんの詳しい事情は知らないんだっけ。

 私は怪盗マリーとオネットちゃん、そしてお人形のマリーの事を大まかに話していく。


「『ふぅん……あのクソビッチ、ビッチビッチとは思ってたけどマジで正真正銘のクソビッチだったワケね。最っ低』」


 怪盗マリーとは最初に戦って以降良い印象を持っていなかった(私もだけど)セレナは怒りを隠そうともせずにそう言った。


「『で、色々やらかして親に会いに行くのにビビってるってワケ?』」

「多分そうじゃないかな、ってくらいだけど……」

「『ったく……じれったいわね!』」


 どうしたのか、セレナはオネットちゃんの前に行く。


「『アンタ、オネット・オーデュカスよね。私はセレナ。アリッサの友達よ』」


 どこかぶっきらぼうにそう名乗り……頬を掻く。


「セレナ?」

「『大体の話は聞かせてもらったわ。けどね、いつまでそんなしょげてるつもりよ。アンタその人形の為にがんばるんじゃなかったの? 今更尻込みでもした?』」

「……」

「セ、セレナ?! 何もそんな言い方をしなくても……」


 しょんぼりと項垂れるオネットちゃんに私はオロオロとするばかり。


「『だーかーらー、しゃんとしろっつってんのよ』」

「きゃあっ?!」

「セ、セレナ何を……?!」


 セレナがいきなりオネットちゃんを高い高いとばかりに持ち上げる。


「『アンタ、その人形の友達なんでしょ。だったら心配ばっか掛けてんじゃないわよ』」

「えっ……心、配?」

「『そーよ。アンタ今までその人形にどれだけ心配させてきたのよ。怪盗なんて真似してる間その人形はずっと傍にいたんでしょ、人形に成りすましたヤツに唯々諾々と従ってるアンタを見てたんでしょ? なら心配くらいしてるに決まってんじゃないの。それともアンタが友達言うその人形はそんなに薄情なワケ?』」

「そ、そんな、事は……」


 無いんだろう。けど、無いと言えばそれは自身がマリーに心配を掛けたと認める事。言葉が詰まってしまう。


「『別にさ、友達の前で弱音吐こうが落ち込もうがいいわよ、むしろばっちこいって思うわよ。でもね、最後にはちゃんと立ち上がんなさいよ。じゃなきゃ、その人形はずっと心配しっぱなしじゃないのよ。その人形だって、喋れなくて悔しい思いしてるかもしれないのよ? 友達だっつーんならそんな思いさせてんじゃないってのよ!』」

「……マリー……」


 オネットちゃんはマリーを見つめている。


「そうよね……わたしがマリーなら、そう思うものね……ごめんなさいマリー……」


 セレナはその姿を見届けると地面へと下ろしてフン、と一息荒く鼻を鳴らす。


「教えてくれてありがとうございます、セレナ様」

「『ハイハイドーイタシマシテ。あーあ、ったく……アリッサに感化された気がするわ。言ってて背中痒い』」


 そう言いながらオネットちゃんを促し男爵邸の方へ向かう、どうやらそこを抜けて庭園の方に行くつもりみたい。庭園には今も男爵様と使用人さんたち、そして臨時のパーティーメンバーであるルルちゃんがいる筈だ。


「セレナ……」

「『アイツが小さい子を、ねぇ』」


 天丼くんは感慨深そうにその背中を見つめて、追い掛けていった。


「……セバスチャンさん、さっきの話を詳しく教えてください」

「『歩きながらでよろしければ』」



◇◇◇◇◇



 庭園に着くとセレナはオネットちゃんを男爵様の前に連れていった。


「『せいぜい雷落とされてきなさい』」


 そう言って背中を押して、逆に私たちはここに残っていたルルちゃんと合流する。


「『ア、アリッサ、お姉さん……』」

「ルルちゃん、こっちは大丈夫だった?」

「『は、はい……また出て、こないか、怖かった、ですけど、大丈夫、でした』」

「そう、良かった」


 後は……。

 男爵様と相対するオネットちゃんに視線を移す。大人としても大柄な部類の男爵様に、小さな子供のオネットちゃんではそれこそ見上げる程の身長差が出来ていて、離れていても相当のプレッシャーを感じている。オネットちゃん自身はどれだけだろう。


「お、お父様……わたし、」

「オネット、お前の中から魔法は消えたのか」


 男爵様はオネットちゃんの言葉を遮り、真っ先にその事を尋ねる。


「は、はい……星守の方々がご尽力くださいました。わたしはもう……魔法使いではありません」

「そうか」


 その言葉に対して反応したのは男爵様と言うよりも背後に控えていた使用人さんたちで、銘々に安堵している。


(男爵様、その為に……?)


 その考えが正しいのか分からぬ内に、男爵様はオネットちゃんから視線を外し私たちに向かい膝を突いて頭を下げる。


「星守の方々。娘がご迷惑をお掛け致しました、面目次第も無い限りです」


 オネットちゃんもそれに倣う。

 対してこちらはと言うと、セレナが私の背中を押して前に出す。「『事情を一番把握してんのはアリッサでしょ。任せた』」との事。確かにそうなのだけど緊張する……。


「あ、あの、頭を上げてください男爵様。私たちにも事情がありましたし……当然の事をしただけですから」

「……いや、貴女方のご活躍で娘も使用人たちも私も、いや、のみならずおそらく放って置けば数多くの犠牲を生んだであろう種を討って頂けた。礼を失する訳にはゆきませぬ」


 それを聞いて少しだけ言わなきゃと思った。だから私も膝を突いて目線を合わせる。


「……確かに、私たちは手を貸しましたけど……それもオネット、様ががんばられたからなのを分かってあげてもらえませんか?」

「…………」


 私は、オネットちゃんが怪盗マリーを止めようとしていた事を説明した、けど男爵様は首を横に振る。


「元はと言えば娘の心の弱さ故。止めると言うのであれば直接止める手立てもあった筈。それをせず他者に頼ろうなど……我が娘ながら恥知らずに過ぎまする」


 男爵様はオネットちゃんを一切見ずに、眉間の谷を深めるばかり。


「男爵様、それは……」

「アリッサ様。もう十分です」

「え?」

「ここからはわたしが伝えます。伝えなきゃいけないんです」


 私の言葉をオネットちゃんが遮る。その体は小刻みに震えていて……けど瞳の中に宿る光は前よりも強いように思えた。


「申し訳ございません、お父様」


 オネットちゃんは男爵様の正面に来て、深く頭を下げた。


「わたしは……マリーと離れ離れになるのが嫌でした。でも、それを言葉にも出来ず……魔法使いとして力を振るってしまいました」


 マリーを抱く腕の力をわずかに強めて、少し苦しそうに続ける。


「わたしはお父様や使用人の皆の自由を奪い、夢の中で何度も何度も宝石を奪い、人を傷付けました。それが悪い事とは分かっていても、マリーを失う事がただ怖くて続けてしまいました。お父様の仰る通り、わたしは……弱かったのです。取り返しのつかない過ちであるとは分かっています、わたしは如何様な処罰もお受け致します」


 私は驚いてオネットちゃんを見る。けどそこにあるのは変わらず強い瞳。


「けれどこれはわたしの罪です。マリーに非はございません、ですからどうかマリーの処分はお許し願いたいのです」

「その人形はお前の物ではないか。これだけの事があって、まだ固執するか」

「いいえ、マリーはわたしのただ1人のお友達……お母様が出会わせてくれた大切な……わたしの弱い心を支えてくれたお友達なのです……だから、今度はわたしがマリーの為に……わたしはマリーの為ならどんな事でも致します、ですからどうか……どうか」


 深く頭を下げ、必死にそう語るオネットちゃんを男爵様がじっと見つめている。少しの()。それが流れると刻まれていた眉間の深い谷が少し浅くなる。


「…………そうか、それがお前を追い詰めていた理由か……」


 男爵様は呻くように呟き、天を仰いだ。


「私はその人形に、ヒルダとの思い出に固執し、外へ目を向けぬお前を案じていた。友の1人もおらぬ事がお前にとって良い事である筈が無い、ならばその原因を取り除いてしまえばいい。例えヒルダからの贈り物であろうとお前が生きる足枷となるならば絶ち切るべきだ、と」

「お父様……それで……」

「……友であったか。お前がそこまで想える、友であったか。ヒルダを失った寂しさに流されていたのではなく、寂しさに屈せぬように傍にあったのか。それを知らぬとは……お前を見ていなかったのだな、私は……」


 男爵様はそっとオネットちゃんの腕に抱かれるマリーちゃんに手を伸ばして撫でている。


「父として共にその寂しさを埋めねばならなかったであろうに、手を取り導かねばならなかったであろうに、独り立ちせよと言うばかりであった……その人形が担ってくれていたと知りもせずに、よくも……」


 見方の違い、それだけだったのだろう。

 その齟齬を正さぬままずっと過ごしてきてしまった。それが今回の原因になった。


「奪われると知れば苦しむ筈だ……ならば、やはり此度の責はこの父にあるか」

「そんな、それを口にしなかったのはわたしです。そしてお父様に口にさせてしまったのもわたしです。内にこもってしまったのも……すべてわたしの心が弱かったから」


 言葉とは裏腹にオネットちゃんの瞳はまっすぐに男爵様に向いている。


「お約束致します、お父様がご心配なさらぬよう努力すると、ですからそのような事は……」

「いや、私が――」

「いえ、わたしが――」


 男爵様とオネットちゃんが互いに責任があると譲らず、とうとう互いが互いに責任を取るとまでなってしまった。

 肩を揺らしながら2人は視線を交差させる。すると男爵様はふ、と口元をほんのわずかに緩める。


「お父様?」

「お前とこうも話すとは初めての事やもしれぬ。不思議なものだ。これだけの事があった後だと言うのに」

「……アリッサ様にがんばれる筈だと背中を押して頂きました。セレナ様に心配ばかり掛けるものではないと叱咤して頂きました。お陰様で、お父様とお話をしようと思えました」

「そうか」


 男爵様は私たちへと向き直り、改めて礼をする。


「重ね重ね痛み入ります」


 2人同時のその姿に、私はくすりと微笑む。


「いえ、分かり合えたなら何よりだと思います。力になれたなら光栄ですよ」


 そうして親子間のわだかまりは一応の解決を見た。

 セレナなどは「『めんどくさいわねー、もっと簡単に行かないもんかしら?』」と言いつつ眺めていて、ルルちゃんは「『良かっ、たです、ねー』」とちょっぴりうるうるしていたりした。


 そして、盗まれた宝石に関しては私たちが各方へ返却する事となり、オネットちゃんがしてしまった事は後日男爵様が一緒に対応する事になった。

 それは大変な事だとは思うけど……。


「オネットちゃん、大丈夫?」

「はい。1人ではありませんから」


 そう言った彼女の傍にはマリーと男爵様がいて、きっと大丈夫だなってしっかりと思えた。


「そっか、じゃあ私も……やらなきゃいけない事をしないとね」


 それだけ残し、私は焼け焦げてしまった庭園を見る。吊られて見たオネットちゃんの表情はやはり暗い。


「男爵様、オネット様、使用人の方たちも……庭園をこんなにしてしまってごめんなさい」

「アリッサ様?」

「でも……このままにはしないから」


 私はスペルを唱える。

 さっきセバスチャンさんに教えてもらった、新しい法術(、、、、、)のスペルを。


「〈ダブル・レイヤー〉! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ樹の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、巡る命の螺旋、親は子へ、子は孫へ、受け継がれし命の流れ、終わりは終わりに非ず、新たなる始まりの息吹の糧とならん、我が前にその力強き脈動を示せ”。“芽吹け、生まれ出ずる(いつき)”!」


 そのスペルが唱え終わると杖の先に青と橙の光球が2つずつ現れ、それらは混じり合いマーブル模様の2つの球となり、ターゲティングしていた焼け焦げた庭園の中心へと飛んでいく。

 それは地面にぶつかり弾け、光の波紋を広げていった。そして――変化は瞬く間に。


「あ」


 その光景は美しかった。

 庭園の中心から、焼け焦げ黒くなってしまった芝が、木が、葉が、花が、朽ちて大地に溶ける。それらからは新たな若芽が芽吹き、まるでテレビの早回しのように急速に成長していく。

 キラキラと輝きを放ちながら芝が生え、木が伸び、葉が繁り、花が咲く。それは息を飲むのような絶景だった。


 それを成したものこそが新たな属性法術。

 遷移先の取得条件は異なる2つの属性法術を持っている事、それらが1つとなり新たな属性法術を生む。



 水と土、命を育む2つの属性法術が合わさり生まれた加護、萌え出ずる力。その名を――《樹属性法術》。



 セバスチャンさんが教えてくれたスペルこそ、その《樹属性法術》のエキスパートスキル〈ツリーリンカネイション〉。

 損壊してしまった植物型オブジェクトを新たに生み出すそのスキルがもたらした光景に、この場にいる誰もが見入っていた。私自身も。

 そして光が徐々に淡くなり、陽の光が勝る頃には……緑溢れる庭園が、新たに生まれていたのだ。

 ワッ!! 歓声が背中を叩く。みんなが喜んでくれている、その証が。


「アリッサ様!!」


 オネットちゃんもまた震えながら声を出す。振り向けばその瞳を潤ませて私の許へと駆け寄ってくる。

 ……でも、私はそれに少し苦みを含ませた顔を向けなくてはならなかった。


「ごめんなさい。この法術は植物を甦らせる事しか出来ないから、庭園を完全に元には戻せなくて」


 焼け焦げた煉瓦や柵は戻せない、そして中庭の石材を復元する事も出来ない。

 取り戻せない事は、悔しい。

 でも、オネットちゃんは笑顔を向けてくれる。


「いいえ、いいえ。ありがとうございますアリッサ様……わたしはこの光景を見て励まされました。例え取り返しがつかないと思っていた事でも、やり直す事は出来るんだと教えていただきました」

「そして元通りではなく、新たに形を成す余地があるようだ。それは今の我らにはとても相応しく思える」


 男爵様もまた清々しい表情で青々と風に揺れる庭園を眩しそうに見つめ、私に右手を差し出してきた。


「……そう言ってもらえて、私も嬉しいです」


 私も同じく手を差し出して、握手を交わす。その手は大きくて硬くて温かくて……何となくお父さんを思い出した。



◇◇◇◇◇



 私たちはその後、オーデュカス男爵様から謝礼をと言われたけど断る事にした。


「勿体無い!」


 と、セレナはしこたま悔しがったけど、男爵邸は各戦闘で被害を受けてしまっていたのでそれの補填に当ててほしかったのだからしょうがない。

 天丼くんなどは「これで好感度が上がって、より儲かるクエストに繋がらねぇかなぁ」と、どこか遠くを眺めていた。


 そして私たちはログアウトまでまだ時間があるのでこのまま各方へのマジックジュエルの返却行脚に出発しようと男爵邸の正門にいた。

 辺りには見送りに使用人さんたちに至るまで全員が集まっていて、少々気恥ずかしい。


「アリッサ様、セレナ様、どうかお元気で」

「気にしなくても元気にやるわよ」

「オネット、様も、がんばってね」


 そう返すとわずかに笑われてしまう。首を傾げる。


「様付けでなくていいです、お好きにお呼びください」

「。」


 その言葉に、私とセレナ、それと天丼くんは虚を突かれたように顔を見合わせてしまう。


「なんだか似たようなセリフを言った気がするわ」

「そう言やそうだ」


 肩を竦める2人。セバスチャンさんとルルちゃんはきょとんとしてるけど。


「じゃあこっちも。様付けはいらないよ、オネットちゃんの好きなように呼んでくれていいから」


 オネットちゃんは男爵様を窺う。男爵様は厳めしい顔をしているけど頷いてくれる。


「あの、では……アリッサお姉様とセレナお姉様、と」


 その呼び方にはさすがにセレナ共々顔を赤くしてしまう。それに吊られたように何故かオネットちゃんの顔も赤くなっている……どうしたの?


「それで、あの……皆様に1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「うん?」



「あの、わたしと……お友達になってはくださいませんか?」



 もじもじとそう言われた。

 それで思い出す。オネットちゃんにはお友達がマリーしかいなかった事、男爵様がそれを案じていた事、そして……彼女自身が男爵様に認めてもらえるようがんばると言った事を。

 オネットちゃんは早速がんばろうとしてる。前に進もうとしてる。その想いに応えたいと思うのは自然な事だ。


「私で良ければ」

「……堅苦しいのが無しならね」

「あ? 俺もか?」

「ほっほ、これは光栄」

「あ、あわわ……」


 私たちはそれに笑顔(一部照れ笑い)で答えた。オネットちゃんはその答えに満面の笑顔となり、男爵様もますます厳めしい顔となり、使用人さんたちも微笑ましく見守ってくれていた。


「じゃあね、オネットちゃん!」

「はいっ、アリッサお姉様!」


 私たちは手を振り、激戦のあったオーデュカス男爵邸に別れを告げる。


「さあ、行こう!」


 クエストはまだ、終わっていないのだから。


 他の遷移属性法術はまたいずれ。

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