第68話「激闘の末」
走る走る走る。庭園を、男爵邸を、そして中庭へと走り抜ける。
度重なる激しい運動によって、隠しパラメータであるスタミナ値が減少したのだろう。息は荒く、肩は上下に激しく動く。
相変わらず低い体値が恨めしい。
「『ご苦労様です、アリッサさん、ひーさん』」
「ど、どう、も……はっ、はっ……」
『キュ!』
支援の為の曲を現在進行形で弾きながらも労いの言葉を掛けてくれるセバスチャンさん、けど私の視線は前方に固定されていた。
何故ならその先には怪盗マリーとおぼしきモンスターがセレナと天丼くんを相手に凄絶な攻防を繰り広げていたから。
「そ、それで……あれは一体どう言う事なんでしょうか?」
『キュイ〜……』
現在の状況を尋ねるのは簡単な話、だって先程私がこの場を離れた時とは怪盗マリーの姿が大きく変化していたのだ。
瘴気であろう黒い靄、それを集束した漆黒のシルエットのような体だった筈なのに、今のその体はまるで黒ずんだマネキンのような硬質の体躯へと変わっている。
長い髪を振り乱し、4対の腕を持ち、剣のような爪を振り上げ、そして背中には十字型の木片を1対背負う3メートルの巨体。
共通項を探せと言われても無理だと断言出来る程の変化。
「『途中であのように姿を変えましてな』」
「途中で……?」
「『ええ、アリッサさん方の声を聞く限り、マジックジュエルを回収する事をトリガーとして第2形態に変化したのでしょう』」
「じゃあ……まさか、あれはこの事を暗示して……」
戦闘前、オネットちゃんが沢山の人に掛けていたおまじないを解いた事で、それに用いていた瘴気を取り戻した怪盗マリーは『力が湧き上がる』と表現していた。
それが他に回していた分の力を回収した事を指すなら……あの大量の人形を生み出す魔法陣にも何かしら力を振り分けていたのかもしれない。
「それに気付いていれば……」
見ればセレナと天丼くんの攻撃は硬い装甲に阻まれてか有効なダメージは与えられていない。
もっとダメージを与えてからマジックジュエルを回収する事も出来たんだろう。そう悔やむとセバスチャンさんがこちらを見ずに話し掛けてくる。
「『おそらくはこの戦闘は天秤のような物なのでしょう。こちらに戦力を集中すればあちらから大量の人形が押し寄せ、あちらに集中しマジックジュエルを回収すればこちらが強化される。トータルの難易度ではそう変わらぬのでしょうが、人的被害は食い止められました。これが最善です』」
「……はい。サポートに回ります。ひーちゃんは危ないから今回は待機ね」
『キュー……』
意識を戦闘に戻して判断を下す。怪盗マリーのHPゲージは3本、内1本が残り約2割にまで減っている。
けど防御力以外に、髪を針のように変化させたり、瘴気を弾丸に変えて無差別降り注がせるなど、攻撃手段の増加により天丼くんだけではカバーし切れずに2人の受けるダメージが蓄積していた。
なら私はチェイン系の法術で動きを封じ、〈ヒール〉などでの回復に務めよう。それと――。
「“導け、聖なる衣”!」
『ありがてぇ!』
『サンキュー!』
更に武器の攻撃を単聖属性に変える《聖属性法術》の〈セントフォース〉を2人に掛ける。
意思を持ち、ああして瘴気で体を構築していても怪盗マリーは本来“魔法”、であるなら武器を対極属性である聖属性にすれば与えるダメージも上昇する筈!
『っ?! くっ、毎度洒落臭い真似をしてくれますね貴女は! 可愛がってあげるとマリーがこれだけ言っているのに! なんて酷い!』
赤い鎖にその体を拘束された怪盗マリーは頭部だけをこちらに向けて憎々しげにこちらを睨み付ける。
けど私はスペル詠唱を続けていて、結果的に無視する格好となり怪盗マリーからの熱視線は更に高まる。
『〈ウォークライ〉ッ! 『ヘイト管理はこっちの領分だぜ、勝手に稼いでんなよ』!! 〈プロヴォックブロウ〉!!』
意識がこちらに向いていた怪盗マリーの胴体を天丼くんが光を放つ剣で切り裂いた!
〈プロヴォックブロウ〉は次に行う攻撃で上がるヘイトを上昇させる効果を付与するスキル。その効果はてきめんで、怪盗マリーは天丼くんを攻撃しようと絡み付く鎖を引き千切らんと全身に力を漲らせる。
――ビギビギビギッ!
当然私程度のパラメータで作り出した鎖を破壊する事など怪盗マリーに取っては造作も無い。次の瞬間には無数に走るヒビから崩壊するのは容易に想像出来た。
そう、私ですら。
『力むと隙がデカくなるって習わなかった?』
だから次の瞬間までのその隙を見逃さず屋敷の壁を駆けて背後に回り込んだセレナが大鎌を振り上げる。
――ゴッ!
攻撃力なら私たちの誰より高いセレナの、それも対極属性の一撃は怪盗マリーのHPを盛大に削った。
『ぐっ!? いきなり調子付いてっ!』
『そりゃどうもっ! やっぱアリッサのサポートがあると楽でいいわ!』
自由になった怪盗マリーから距離を取り、続く攻撃に備えるセレナと天丼くん。私も再びチェインで動きを封じようとしたのだけど、どうも様子がおかしい。
『……お人形に……おなりなさいっ!!』
やがて背負った十字型の木片が動き出し、空中でくるくると回転を始める。
「セバスチャンさん、あれは……?!」
「『糸繰り人形用のアニメーターですな。あれから出てくる糸に絡め取られますと魅了状態となってしまうようなのです』」
「え、でもそれなら……」
前衛の2人はそれが落とす影から逃げようと必死だった。
けど……私は自分の腕を見る。そこには普段は着けていない腕輪型の装備アイテムがある。
これは『チャームアミュレット』。怪盗マリーがPCを魅了状態にするのは前回の戦闘で判明している、なのでそれを防止出来るこの装備をセバスチャンさんが融通してくれたのだ(ちなみに効果が高いので値段も高いらしい……)。
だから魅了状態になると言うのは恐れずにすむ筈なのだけど、2人はどうしてしまったのか――あ、天丼くんが糸に捕まっちゃった?!
「え? あ、ああ……なるほどそう言う……」
『キュイキュイ』
アニメーターから伸びた無数の糸に捕まった天丼くん。同時に私同様に装備しているアミュレットが絶え間無く光る。
きっと本来ならそこで魅了状態となってしまうんだろうけどアミュレットが完全にレジストし、結果としていつまでも糸がほどけずに空中に吊るされてしまっているのだ。
怪盗マリーはこれ幸いと腕を関節部から切り離し、瘴気でもって伸ばして鞭のように天丼くんを攻撃し始めた!
『ああもうっ! 簡単に捕まってんじゃないわよ!! このバカ、役立たず!』
『うるせぇよ! こっちは装備が軒並み重いんだよ!! お前みたいにひらっひらした服着てる奴と一緒にすんな!』
その糸をセレナの大鎌が切り裂き、天丼くんが地面に着地する。絡み付いていた糸は霧散し、アニメーターも怪盗マリーの背中へと戻っていった。
「『恐らくあのアニメーターは破壊可能かと思われるのですが、如何せん高い位置に常駐している上、攻撃範囲も広いのでセレナさんも決定打を与えられずにいるのです』」
見ればアニメーターには大鎌による物と思われる浅い傷が走っている……。
「じゃあ私も攻撃に加わりますか?」
『キュ?』
法術なら高い所だろうと攻撃が可能だ。セレナたちが引き付けてくれればどうにかなるかも……でもセバスチャンさんは一瞬考えた後に首を左右に振る。
「『いえ、アリッサさんは支援のみでも相当のヘイトを集めている筈です。この上攻撃まですれば怪盗マリーに狙われるのは確実。今は動きを封じ、攻撃のチャンスを与えつつ回復に全力を注ぎましょう……彼女もいます』」
視線の先には今も眠るオネットちゃんがいる。もし狙われればそれは彼女も危険に巻き込むかもしれない。そんなの、出来る筈が無い。
「……はい!」
『キュ!』
視線を戻す。そうだ、この怪盗マリーは今まで戦ってきたモンスターとはそれこそレベルが違うんだ。半端な攻撃でどうにかなる訳も無い。そして半端じゃない攻撃の対価はみんなへの負担となる。
そうして言われたように私が狙われれば相対的に与えるダメージは激減してしまう。そんなのは本末転倒もいい所だろう。
(今は言われた通り、出来る事を出来る限りしよう……!)
そうしている間も怪盗マリーは動いている。腕をバラバラに分解したかと思いきや、それを次々と地面に突き刺す。
「あれは……魔法陣?!」
するとその腕が庭園で目撃した例の目玉のような魔法陣を描き出し、幾体かの人形が生み出される。それは先程私が倒したのと同じ物だ。
『邪魔!』
人形の性能自体は高くない。セレナの大鎌ならわずか数撃、スキルならほぼ一撃で倒せるのだけど、怪盗マリーは屈み込み4本の腕で、足止めをしている人形ごとセレナを薙ぎ払おうとしてくる!
「させない!」
『がっ?! またしても邪魔を! 何と憎らしいっ!』
「これくらいしか出来る事が無いので……!」
『十分だけどね!!』
チェインで体の動きを止めると脚部をセレナが一気にダンダンダン! と一足飛びに駆け抜ける。そのまま胴体、そして頭部へと。
『〈烈蹴撃〉っ!!』
『っ!? このっ、マリーの顔を、足蹴に!!!』
サッカーボールを蹴るようなフォームで怪盗マリーの顔をしたたかに蹴り抜いたセレナはそのまま体を捻り、怪盗マリーの背中にあるアニメーターに大鎌を振り下ろす!
『〈サーキュレイト・ブランディッシュ〉ッ!!』
それは大鎌で連続攻撃を行う、セレナのスキル中でも強力な威力を誇るスキル。大ダメージを与えられる反面攻撃中は自動で体が動く為に使い所が難しいのだと聞いている。
それでもこの好機を見逃すまいとアニメーターどころか怪盗マリーにも多大なダメージを与える!そして、メキッと乾いた音が耳に届き、片側のアニメーターが砕けた!
『壊、れ、が、あああっ!? こ、の!!』
『させるかよ!! 〈シールドプレッシャー〉ッ!!』
腕がバラバラに分解して宙を舞う刃と化してセレナに襲い掛かろうとした瞬間、駆け付けた天丼くんが盾を地面に叩き付けて衝撃波を発生させて広範囲からの攻撃を弾き飛ばし、間一髪セレナを守る。
『粘り過ぎだバカ! 距離取れ!』
『ちぃっ! まだ1個残ってんのに!』
その言葉の通り、片方のアニメーターも大分ボロボロになっていて壊れる一歩手前と言った感じ。戦果としては十分だと思うけど、セレナは満足していない模様。
『もう1回動きを止めて、残りもぶっ壊してやるわ!』
「了か――っ?!」
そうしていると怪盗マリーの腕がまたも分解する、今度の攻撃方法は何かと身構えているとそれらは組み合わさり簡素な人型を組み上げる。
『踊り踊れ人形たち』
その数は、2。
怪盗マリーは更に瘴気で腕を作りセレナと天丼くんを足止めし、それぞれが私たちの方へと迫ってくる!
『やべっ、そっちに行ったぞ!! セバさん、アリッサと嬢ちゃん頼む!』
「『失敬!』」
『キュイッ?!』
「きゃっ?!」
セバスチャンさんが私と傍で眠るオネットちゃんを抱き上げ人形から距離を取ろうと走り出す。
あれはさっきの十把一絡げの人形たちとは訳が違う。怪盗マリーの体の一部である以上、その攻撃力は私などあっさりと倒せるくらいはあると思う。
でもこれじゃ、私の法術もセバスチャンさんのバフとデバフも使えない。いずれ2人の負担が更に増してしまう。
『セレナ! 大本叩くぞ! 本体がヤバくなれば元に戻るかもしれねぇ!』
『分かってる……わよ! このっ!』
目の前に迫る攻撃を大鎌で弾き飛ばし、もう片方の瘴気の腕を天丼くんが防いでセレナが怪盗マリーへと走る。
股の間をすり抜け急ブレーキ。ジャキッと大鎌を構え、背中を仰ぐ。
『〈アッパーライン〉ッ!! どおおおりゃああああっ!!』
飛び上がり、下から上へと大鎌を振り上げるスキル〈アッパーライン〉がその体を深々と切り裂く!
『ま、だ! 〈円扇脚〉っ!!』
更に、くるくると横回転しながら放つ連続蹴りにより無防備な背中とアニメーターを集中的に攻撃して、遂に破壊する!
『しゃあっ!』
それを見届けたセレナは地上へと落下していく。
『また、壊れた……壊した! 貴女が!』
『っ?!』
その言葉が契機になったかのように、人形たちは分解して怪盗マリーの許へ――いえ、違う?!
『なにっ?!』
「セレナ?!」
『貴女も壊れてしまいなさいっ!!』
その腕は落下途中のセレナを取り囲み、鳥カゴででもあるかのように閉じ込めてしまう!
『これ――うわっ、マズッ?!』
その腕たちは瘴気を噴出して断続的な大ダメージを与える。その量は凄まじく、HPがみるみる内に赤く染まってしまう程!
「『いけません! あのままではHPが持ちません!』」
『あの位置じゃカバー出来ねぇっ!!』
(ならせめて回復を――)
スペルを唱えようと口を開いた、その瞬間――ゴゥン。腕の鳥カゴが開き、セレナが開放される。しかし、そのHPゲージは――。
『セレナッ! オイッ、――ぐっ?!』
『さぁ! 次は誰?! 貴方? 貴方なのね!?』
「天丼くん!!」
落下してきたセレナを抱き止めた天丼くんに、怪盗マリーが8つの手からなる追撃が嵐のように行われる。
けど、天丼くんの腕の中のセレナは真っ青な顔でピクリとも動かない。何故なら力無く横たわる彼女のHPゲージは完全に0となってしまっているからだ。
『瀕死』状態。
私も幾度も陥った状態異常の一種ではあるけど、専用のアイテム、蘇生スキルでなければ回復出来ない。
HPが0になってから60秒の間に手を打たなければセレナはポータルポイントに戻されてしまう!
「『天くん防御に専心して下さい! アリッサさんは回復法術の準備とオネットさんをお願い致します!!』」
『頼む!! 〈アイアンボディ〉!!』
ゴウッ! 突風すら巻き起こすようなスピードでセバスチャンさんが駆け抜ける。小さな声で実体化するのは蘇生アイテム『大地の雫』、それをセレナに振り掛ける。
次の瞬間にはセレナの肌には赤みが戻る、ただHPは殆ど回復していない。大地の雫は蘇生状態を回復するだけなのだ。
だからあらかじめ言われていた私の〈ヒールプラス〉がHPを6割程度にまで回復する。
『くっ、やられた……! あのクソビッチ、倍返ししてやる!』
跳ね起きたセレナ、けどそれを諌める声がする。
『バカ野郎! あんな大ダメージ攻撃があるんだぞ! 今のお前じゃ次はともかくその次がヤバいだろ!! ちっとは慎重にやれ!』
『……ちっ!』
セレナが鼻白む。
瀕死状態にはとある問題がある。
60秒間の『蘇生猶予』は蘇生した時点の物が次回に適用される。
50秒時点で蘇生されたら次に瀕死状態になるとその50秒からスタートすると言う事。
瀕死が遅れるのはもちろん、回数が嵩んでも蘇生が難しくなっていくのだ。
『それでも、やらない訳にはいかないでしょ! まだ42秒残ってる! ビビってなんかいられないでしょ!!』
『だっ、バカ!』
天丼くんの制止も聞かず、セレナは盾の向こうへ駆け出していく。
『こうなってはサポートに回らざるをえませんな』
『後で何か奢ってもらうからなバカ野郎!』
と、どこか楽しそうに語るセバスチャンさんがこちらに戻り、私たちは再び前衛と後衛に分かれて怪盗マリーに相対する。
『天丼! 隙作るから〈シールドプレッシャー〉で弾き飛ばして!』
『分かったよチクショウ!』
『アリッサさん天くんを回復して下さい!』
「はいっ!」
天丼くんへの攻撃に専念していた怪盗マリーの横へ回り込んで大鎌を降り下ろす!
――ガ、ガ、ガ、ガンッ!
スキルの勢いのまま幾つもの腕を叩き切り、宣言通りに一旦攻勢に隙が生まれる!
『〈シールドプレッシャー〉ッ!!』
――ドッ、ゴォッ!!
再びの衝撃波が怪盗マリーを揺らし、バランスを崩す!
『追撃行くわよ!』
『オオォォ、ラァッ!!』
『ぬっ、うっ?!』
大鎌、剣、盾の連続攻撃。怪盗マリーはその攻撃を8本もある腕でことごとくを防御していく。
でも。
――ビキンッ!
甲高いひび割れの音。それは一度では済まず、攻撃の度に少しずつ増えていく。
『イヤァァァァァァァッ!?!』
そんな事態に耐えかねたかのように、怪盗マリーの体から黒い靄、瘴気が溢れ、今度は逆にセレナと天丼くんを弾き飛ばす。
『コイツ!』
『待て! 様子がおかしい!』
そう、怪盗マリーは瘴気を噴き出した後はだらりと力が抜けたまままだ動かない。
『………………………………なんて事』
ぽつりと呟かれた言葉。何かの予兆かと全員が身構えていると、突如怪盗マリーが空中に浮かび上がり……幾本にも増えていた腕が、足が瘴気に戻っていく?!
『ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…………マリーの体を壊すなんて……悪い、子、たちぃぃぃぃぃィィィィッ!!』
更に怒りを隠そうともしないマリーの声、それは今までよりも低く割れたような声に変わりビリビリと空気を震わせる。そしてそれに呼応したようにたゆたう瘴気が猛烈な勢いで膨れ上がる!?
「っ……やっぱり、さっきのはイーヴィライズ?!」
ただのボスモンスターならばその瞬間からステータス上昇に加え凶暴化までするイーヴィライズ。
HPは確かにそれ程まで減少しているけど、この様子は一体?!
「『そのようですな。それだけでもありませんが』」
「えっ?!」
『ちっ、またか!』
「またって……じゃあこれが?!」
最初の漆黒のシルエットから黒ずんだマネキンに変わった時のような形態の変化が今まさに行われている!?
「『ええ、ああして体を作り替えるのです。しかもこの間は無敵状態でこちらの攻撃を受け付けない厄介な特性まで持っているのです。まさかまだ変化するとは……』」
『ったくメンドクサイ女ね!!』
『お前が言うな!』
壊れたアニメーターが動き出す。それらが背中から離れて瘴気へと戻り……新たに1つの巨大なアニメーターへと変わる。
そこからは幾本もの糸が伸び、たゆたっていた瘴気の中へ入り込む。するとどうした事か瘴気がぼんやりと手足の形を取って地面へと降り立った、手足が異様に長いその体長は7〜8メートルに近い。
『このっ、高いトコから見下ろしてんじゃ……ない!!』
地に降りるのを待っていたセレナが大鎌を足を切り取る勢いで横薙ぎに振るう……でも、瘴気はわずかに散ってもすぐに元通りになって、HPが減っていない?!
『なっ?! ちょ、ちょっと待て! まさかこれ……瘴気部分はダメージ判定無いのか?!』
『いつまでもやられてばかりと思うな!!』
吼えるや怪盗マリーの手がセレナたちへ向けられ、伸び――?!
――ガ、ォォォンッ!!
『ぐうっっ?!?』
すかさずカバーする天丼くんだけど、インパクトの瞬間衝撃によって吹き飛ばされてしまう!
『天丼!』
「あれは……!」
私は見た。天丼くんにぶつかる直前、瘴気の腕は収束して以前のような硬質な腕へと変わったのだ。
『ハッ、つまりはあっちばっかり攻撃し放題、って……事、か。ズルいなオイ』
『ホントね……さてどうするか』
起き上がりながら毒づく天丼くんは見上げる程の大きさとなった怪盗マリーを見、その後ろへと視線を向けるセレナを見る。
『こりゃ、俺じゃ当てられねぇな……セレナ、しっかり気は逸らしてやる。行け!』
『大見得切るじゃない……さっきの心配症はどこ行ったんだか。でもま、任されてやるわよ!!』
そう言葉をみんなに残してセレナは大鎌を背負い、怪盗マリーから離れて男爵邸の外壁を駆け上がる。
この男爵邸は4階建て、怪盗マリーよりもずっと高い。そこを登れば怪盗マリーの瘴気化していない胴体や頭部にまで辿り着く事も出来る。
『させるとでも!!』
「させるんだよ! 〈ウォークライ〉! 『こっちだクソビッチ』!!」
セレナを攻撃しようと瘴気の左腕を持ち上げようとする怪盗マリーに、ヘイトを上げる〈ウォークライ〉で横槍を入れ、ピクリと反応すると動きが鈍る。
今!
「“導け、聖なる障壁”!!」
『腕を、閉じ込めるですって?!』
伸ばしかけていた怪盗マリーの左腕、それを光の球体が包み込む。
本来の〈プロテクション〉はターゲティングした場所を中心に半球状に展開するけど、地面よりずっと高い位置にある怪盗マリーの腕目掛けて発動すると球体となり、おそらくチェイン系では捕まえられない瘴気の腕の動きを完全に封じた。
「これで……まともに動かせないでしょう?」
〈プロテクション〉は起点となったポイントから動く事は無い。
さすがにあの巨体ともなると全身を、とはいかないけど四肢の1つくらいなら何とか閉じ込められる!
『こ、の程度の事で!!』
『〈アイアンボディ〉ッ!!』
――ドッ、ゴォオオォッ!!!
すかさず今度は足での攻撃に切り換えるも、天丼くんだって二度もやられはしない。〈アイアンボディ〉の、発動した位置・姿勢で固定される効果を利用し何とか耐えきる!
「“導け、聖なる障壁”っ!」
その隙を突いて今度は逆の腕を封じる、これで上を行くセレナへはまともに攻撃出来ない!
『っ、邪魔くさいっ!』
怪盗マリーは〈プロテクション〉を砕きに掛かる。薄氷を踏み砕く音が連続する、もちろんそう長く持ちはしない。
だけど、時間なら稼ぐ事が出来る。だってほら、怪盗マリーの頭上にはキラリと光る輝きがある。
『おっそい!!』
ズバン、と大鎌がアニメーターを切り裂いた。それだけでは壊れない、でも落下の勢いを殺さず更にもう一撃、頭部を目掛けて踵を繰り出した!
『〈蹴落撃〉!』
――ゴドンッ!
頭が割れたんじゃと思えるような音が周囲に響く中、セレナはひらりと怪盗マリーの肩に舞い降りた。
『おっ待たせ〜。さ、改めてフルボッコタイムと行きましょうか』
軽い調子でそう語るセレナは凶悪な笑みを浮かべ、大鎌を腰だめに構えた。
『むやみやたらとデカくなんてなるもんじゃないと思わない?』
怪盗マリーの首に真っ赤な線が走ったのはそれからすぐの事。
後は……セレナが思う存分攻撃出来るよう私たちでサポートするのみ。
(セレナへの攻撃なんて、させないんだから)
杖を握る手に力を込める。
『さぁて……俺はせいぜいここから罵声でも浴びせてやるとするかね。あーあー、ん、ん。よし。〈ウォークライ〉『やーいやーい、お前の母ちゃんデーベソー』!!』
「ちょっと!」
天丼くんの呑気な声に気勢を削がれた。とは言え視線を戻せば、セレナが無防備な頭部をこれでもかと斬って斬って斬りまくっているけど、それを支える〈プロテクション〉ももう破れる寸前。
私は急いで両腕を〈プロテクション〉で封じ直す。セバスチャンさんのバフで多少は強度も上がっているだろうけど、地力に差があるから焼け石に水か。
イーヴィライズした今の状態だとタイミングは本当にシビアだった。
「セレナ! なるだけ急いで!」
『やってるってーの、ってうわっ?!』
業を煮やした怪盗マリーは体を揺らしてセレナを振り落とそうとしている。元々頭部と胴体のサイズは最初の時から変わっていない。セレナもギリギリ乗れているだけだからそれだけでバランスを崩して落下しかける。
『あっぶな……!』
どうにか胴体にしがみつくけど、大鎌を取り落としてしまう。
『往生際の悪いのよアンタッ! さっさと私に倒されなさいよね!』
『どちらが!』
こうなってはさすがに攻撃どころじゃない。ど、どうしよう?!
「『アリッサさん、出番のようですな。遠距離攻撃で彼奴のHPを削り切りましょう。今のHP残量ならば貴女の最大火力の一撃で何とかなる筈……サポートは我々が行いましょう。やれますかな?』」
最大“火”力……。
甦るのは先程私自身が生み出した火の海。
(でも)
後ろには今もこんこんと眠るオネットちゃんがいる。
(終わらせなきゃ――!)
その想いが上を行く。
「……はいっ! セレナ、天丼くん! サポートをお願いっ!」
『OK、やったろうじゃない!』『ま、やる事は変わらねぇしな!』
セレナは注意を引く為に残り、天丼くんは私を守る為に間に入り、セバスチャンさんは威力を上げる為に曲を奏でる。
『キュ?』
「ひーちゃん、力を貸してね」
『キュ!』
『貴女……何を!!』
『残念、〈カバーリング〉だ!』
硬い金属同士がぶつかり合う音がする。
『鬼さんこちらってね!』
〈プロテクション〉が砕け、動き回るセレナを両腕が追っている。
「『アリッサさん、今です!』」
勇ましい曲が終わり、バフがもたらされる。だから――。
「“燃えろ、烈火”」
終わらせる為の言葉を紡いだ。




