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第67話「灼熱の戦場」




 窓の外は夜もかくやと言う暗闇に染まっていた。黒い黒い瘴気の夜。

 ただ、元からこの部屋には明かりが灯っていたので戦闘に支障は無い……と言いたい所なのだけど、激しく問題があった。


「あああっ! すっごく高級そうな椅子がふっ飛んだぁっ!!」


 そう、ここはいつもの野外のフィールドではなくノネットちゃんのお部屋なのだ。貴族のお部屋なのでもちろん(偏見)高そうな調度品の数々がそこかしこに置かれているのである。

 前回の子爵邸ではどこで戦闘になるか分かっていたから余計な物はあらかじめ搬出出来たけど、今回は家具はそのままなので被害が及ぶ度に私の悲鳴が響くのだった。


「『だ・か・ら! いい加減諦めなさいよ! 戦闘に犠牲はつきものなんだ、っから!』」


 ガキィンッ! 激しい火花を散らして攻防を繰り広げるセレナからの叱責が飛ぶ。うう、だって……。


『よそ見とは余裕がある事!』

「『ぐっ、このクソビッチが……!』」


 そのセレナと相対しているのは当然ながら怪盗マリーなのだけど、その姿は大きく変じていた。

 戦闘開始直後は瘴気が集まっただけのぼんやりとした像だったのだけど、瘴気は集束し輪郭がはっきりとしたその体は鋭く硬質な剣ででもあるかのようで、お陰で腕の一振りだけでも大ダメージとなっている。

 なので現在私は〈プロテクション〉で怪盗マリーの動きを阻害している所……ただし、一撃二撃で軽々と砕かれてしまうので時間稼ぎになるかどうかと言った具合。


「『ふむ……セレナさん、天くん。例の物は見掛けましたかな?』」


 私、ルルちゃん、オネットちゃんと人形のマリーと共に後方に陣取っているセバスチャンさんが楽器で演奏をしながら、前衛の2人に何かを問うた。


(例の物……?)

「『全っ然よ!』」

「『こっちもだ! 部屋の中には見当たらない!』」

「『ぬう……では、やはり……?』」


 一体どう言う事かと聞くとセバスチャンさんが答えてくれる。


「『アリッサさん、貴女はこの部屋で強奪されたマジックジュエルを見掛けましたか?』」


 マジックジュエル? ……そうだ、マジックジュエルは魔法使いにとってのHPである瘴気量を増大させる。PCなら装備する事でその効果を得るのだから怪盗マリーが持っていない訳がない。でも。


「……見てません。オネットちゃんからもその話は聞いていないです……」


 唯一在処を知っているだろうオネットちゃんは怪盗マリーの影響で眠りに落ちている。怪盗マリーをどうにかしない限り目覚めはしないと思う。


「『実はここに来る途中、ルルさんがある事に気付かれたのです』」

「ルルちゃんが?」

「『あ、あの……その……』」


 そう聞かされ振り向くとルルちゃんが恐縮している。


「『妙な臭いがする、と仰いましてな』」

「妙な臭い? ルルちゃん、どう言う事なの?」

「『あの、お庭に、入ったら、もわもわって、変な臭いが、するなぁ、って』」


 その臭いは上階へと続きこの部屋、と言うより怪盗マリーからも発されているのだと聞かされた。

 それに気付けたのは嗅覚を強化する種族アビリティ《イヌ鼻》を持つルルちゃんだからこそらしく、他の3人には分からなかったのだと言う。

 それに対してセバスチャンさんの出した考えが、この戦闘に何らかのギミックが存在するのかもしれない、と言うもの。

 そしてギミックと言って思い付いたのが、今まで怪盗マリーが奪ったマジックジュエルだった。


「『怪盗マリーにもこの部屋にもそれらしい物は無いようです。だとするなら、何かしらに利用しているのやも、と。生憎と確かめる余裕はありませなんだ』」


 それはきっと敵前にいるだろう私の身を案じてくれたのだと思う。だからルルちゃんの意見をも後回しにして来てくれた。

 お陰で私は怪我1つとしてないけど、だからこそ今その話題を出してきたんだろう。


「じゃあ、二手に別れるんですか?」


 ここで怪盗マリーの相手をする組と、そのどこにあるかも分からないマジックジュエルを探しに行く組?

 けど、それを否定したのは戦闘中の天丼くんだった。


「『ダメだ! さっきからこの部屋が被害を被る度に叫んでたのどこの誰だよ! 人数減らしたら余計に被害が拡がるだろ!』」

「『まずは怪盗マリーをこの部屋から引き離す! 広いトコなら戦いやすいしね!』」


 オネットちゃんの部屋を荒らしたくなんてないのだから、それは確かに望んだ展開ではある。


「けどそんな、戦闘フィールドを移すなんて事が本当に可能なんですか!?」

「『ええ恐らくは。ご覧の通り、瘴気の結界は男爵邸全域に及んでおります。ならばその範囲ならば自由に移動も出来るでしょう、怪盗マリーも例外ではありますまい。そしてその為にはアリッサさんの法術が必要なのです』」


 そうしてセバスチャンさんが語ったのは胃が痛くなるような提案だった。


「ほ、本気、ですか? い、いや一応送ってはいますけど……」

「『超本気です』」


 その言葉に偽りは無いのだろう、セバスチャンさんの顔は至極真面目なものだった。


「『アリッサさんの準備が整い次第始めますのでタイミングはお気になさらず』」

「……分かりました、やってみます」

「『よろしくー』」


 その言葉を機に、一旦私は戦闘から離れシステムメニューを開く。そこからメールボックスを表示させ、以前花菜に選んでもらったエキスパートスキルのスペル集だった。

 そうして、私はとあるエキスパートスキルを唱え、それが待機状態になったのを確認して後、みんなへと叫ぶ。


「準備出来たよ!」

「『了解致しました、天くん! セレナさん!』」

「『よっし!』」「『やったるか!』」「『はうう……』」『キュイ!』


 号令一下、みんなが動き出した。

 セバスチャンさんは楽器をしまい、眠るオネットちゃんと人形のマリーを抱き上げる。天丼くんはルルちゃんを肩に担ぎ、セレナは私の腰に手を回し、私はひーちゃんを抱き締める。


「『行くぞ……〈ウォークライ〉、『こっちだ、木偶!!』』」

『粗末な挑発を……!』


 天丼くんの〈ウォークライ〉が怪盗マリーの感情を逆撫でる。前回の戦闘では人形を介してだったから効かなかったスキルも、直接相対している今なら有効となる。


「『()も問題ありません!』」

「『っしゃあっ、行くわよ!!』」

「っ!」


 そして、私たちは……この部屋のベランダから飛び降りた!!


 ――ゴォウッ!!


 私たちが居たのは男爵邸の3階、その高さは地上から8メートル近い。落下していると言う事実と、吹き付ける風とが私の心臓をギュッと締め付ける!


(そりゃ確かにお屋敷を傷付けたくはないって思ったけどおっ!)


 あの巨躯を一般的な通路よりも広いとは言え男爵邸の中を移動させるのは現実的じゃない。ならいっそ最短距離で外へ連れていく、それがセバスチャンさんの作戦その1だった。

 が! プールの1メートル程度の飛び込み台ですら恐くて辞退し続ける私に、この苦行はあまりにキツい。ルルちゃんなどは声も出せずに縮こまっている。


「『アリッサ!!』」

「わ、分かってるっ、リリース!!」


 それでも私が動かない訳にはいかない! 待機状態にしていた法術を解き放つ。目標は私たちが落ちている真下、中庭らしい開けた空間、その一点。

 緑色の光球は落下する私たちよりなお速いスピードで地面に到達してその効果を発揮した。


 ――ぶわっっ!!


 かすかに緑色を帯びた風が半球状の繭を構築し、落ちてきた私たちを受け止める。

 《風属性法術》のエキスパートスキル〈ウィンドクレイドル〉。揺りかごの意のそれは巻き起こる風のクッションのように展開して受け止めた私たちの勢いを急減速させる。


「きゃっ?!」


 風に煽られるスカートを押さえているとセレナからの指示が飛ぶ。


「『キャンセル! 急いで!』」

「っ、キャ、キャンセル!」


 その一語で風はたちまちの内に霧散し、私たちは再び自由落下に移行する。幸い今の高さは2メートル程も無い、身体能力の高い3人にはこの程度の高さからの落下ならば何とでもなる。


「『っっっ、いっでぇ……っ!!』」


 ……訂正、重量級の天丼くんは色々と大変そうです。


「『皆さん! 緊急回避!!』」


 セバスチャンさんの叫びが轟き、着地姿勢だったセレナと天丼くんが一気にその場から離れる。数瞬の後、今まで私たちがいた場所に怪盗マリーが爆弾でも爆発したかのような爆音と、衝撃を伴い荒々しく落着する!!


 ――ズッッ、ドォンッ!!!


「『天丼!』」

「『おお!』」


 私とルルちゃんを解放し、身軽になった2人は再び怪盗マリーに相対する。制限する物の無くなった今ならセレナの機動力と大鎌の威力を思う存分振るえるからだろう、気合いが入りまくっている。


「『アリッサさん、ルルさん! ここはわたくしたちで抑えます。後は先程お話しした通りに!』」


 それが作戦その2。戦闘力の高いセレナと天丼くん、支援能力の高いセバスチャンさんが足止めし、《イヌ鼻》を持つルルちゃんと、現在進行形で役立たずな私がマジックジュエルの回収を行うのだ。


「了解! オネットちゃんたちを頼みます! ルルちゃん、ひーちゃん、行くよ!」

「『は、はいぃっ!?』」


 ルルちゃんの手を引いて駆け出す。


「ルルちゃん! その変な臭いの強かったのは庭園のどの辺り?!」

「『えと、えと……お、お庭の……い、いっぱい』」

「って事は別々に隠されてるのかも……急がなきゃ、ともかくまずは男爵邸の中へ!」


 裏口だろうか、手近なドアを開いて男爵邸へと戻る。後は向こうへと突っ切ればいいのだけど……生憎とそんな簡単には行かなかった。


「ひいっ?!」

「えっ!?」


 通路の先からそんな声がする。そこにいたのはこの男爵邸で働いているのだろう使用人の人たちだった。いきなり飛び込んできた私たちに驚いてしまったらしい。

 銘々に箒やら飾りの武器などを手にして警戒している。


「あ、いえ違います違います、私たちこの事態をどうにかする為に来た星守で……えっと」


 そう話すと広がる安堵の空気。すると中から立派な身なりの男性が歩み寄ってきた。


「星守の方々、お初に御目に掛かる。私はこの屋敷の主エルストイ・オーデュカスだ」

「! 貴方が……」


 この厳めしい面構えの男性がオネットちゃんのお父さんであるらしい。男爵様は私たちに助けを求めてきた。


「まずはこちらをご覧頂きたい」

「え……なっ?!」


 私たちが突っ切って向かおうとしていた庭園、そちらに面している窓ガラス。そこからはいつぞや見た人型の人形がこちらへ向け大挙してやって来ていたのだ。

 歩みこそ極めて遅いものの、その数が尋常ではなくまさしく見える範囲を埋め尽くす程。


「『どっ、どど、どうして、あんなに……』」


 ルルちゃんがあわあわと軽くパニックになっている。手を握ってどうにか落ち着かせ、男爵様から話を伺う。

 それによれば魅了の状態異常から解放され、突入してきたセバスチャンさんに使用人たちを集めて逃げるよう言われ、全員を集めていたら外はあの有り様、更に悪い事に裏側には私たちが怪盗マリーを落っことしちゃったものだから脱出も出来ずにいるとの事。


「だそうです」

『なんと、まさか増えているとは……』


 セバスチャンさんたちが来た当初はせいぜい10体程度で、それも数度の攻撃で沈む十把一絡げのモンスターだったからさっさと倒して男爵邸に突入したのだと言う。

 注意深く観察すれば気付けたろうけど、私の許へまっすぐに来た事がマイナスに働いてしまったのだ。


「多分ですけど、進行方向からすると怪盗マリーを目指しているのかも……」


 どうにも男爵邸を目指しているにしては集団が逆三角形を形成していて、その先端の進む先は中庭みたいなのだ。


『また厄介なギミックもあった物ですな』


 本当に。もしこのまま怪盗マリーに合流されれば形勢の傾きは避けられない。例えザコと呼ばれる類いでもあれだけの数が揃えば脅威以外の何物でも無い。


「それに……まだ増える可能性もありますよね?」

『ですな、そしてそれを止める手立てがあるとするならそれこそ……』

「マジックジュエルですね。ルルちゃんの言葉からすると庭園に隠されているようですし、それを見つけられれば増加は止められるかも……と言うかそうと信じるしか無いんですけど」


 強力なスキルには高いMP消費が付き物のように、怪盗マリーが強力な力を振るうのに必要なのだとしたら、それを奪い返せれば……。


『ではこちらから援軍を――』

「いえ、怪盗マリーも生半かな相手じゃないんでしょう? ならこちらは私がやってみます」


 チャットは常にフルモード、だからセレナと天丼くんの様子も聞こえている。そこからは苦戦とまではいかなくても、決して優勢と呼べる状態で無い事が伝わるのだ。


「相手が弱くて数が多いなら、やっぱり私の出番ですから」


 セレナも天丼くんも攻撃方法は近接武器だ。比較的広範囲に攻撃出来るセレナでもあの数では焼け石に水と思う。

 その点、法術のエキスパートスキルには広範囲を攻撃出来るものが存在するのだから使わない手は無い。


『……かしこまりました、お任せ致します。アリッサさん、ご武運を』

「それはお互い様ですよ。では」


 一旦頭の中で状況を整理して自分に出来る事を考える。


「……まずは、ともかく数を減らさないとどうしようもない……なら…………ルルちゃん」

「『は、はいっ?!』」


 ハラハラと状況を見守っていたルルちゃんに声を掛ける。

 厄介なクエストに巻き込んでしまって申し訳無いって思うけど、状況は予断を許してくれそうもない。猫の手も欲しいから、私はルルちゃんの肩に手を置く。


「力を貸して」


 きょとんと呆けるルルちゃんに考え付いた作戦を伝える。するとみるみるうちに血の気がザザザザザーッと引いていくのが見て取れた。


「『ひ、ひう……』」

「お願い出来るかな?」


 左右に揺れる瞳に罪悪感を掻き立てられるけど、そう長くも待っていられない……焦りが浮かぶ中で、ルルちゃんは首を縦に振ってくれた。

 私は思わずがばっと抱き付く。


「ありがとう! ……ごめんね、大変な事に巻き込んじゃって」

「『……星守、って、大変、なんで、すね』」


 涙声に苦笑で返し、私は男爵様に作戦の交渉をする。


「私が法術であの人形たちを一気に破壊します。ただ……その際に庭園を焼いてしまう事になります」

「既にあれらに踏み荒らされた庭だ、今更焼かれようとどうなろうと構わん。思うがままになされよ」

「ありがとうございます。それともう1つ」

「何だ?」

「みなさんのお力をお借りしたいんです」


 それには男爵様のみならず驚きの表情や戸惑いの声が上がる。


「どう言う事か」

「あの人形たちを生み出しているのはおそらく各地から奪われたマジックジュエルが関わっていると思われます。今いる人形を破壊しても新たに生み出されてしまう可能性が高いんです。ですから、私が人形を破壊した後すぐにマジックジュエルを回収しないといけません」

「それを手伝え、と?」


 厳めしい顔を尚一層厳めしくしながら、そう問う男爵様に気圧されそうになる……オネットちゃんの気持ちも分かりそう。でもだめと、しっかと男爵様の目を見る。


「……はい。マジックジュエルはまだ庭園のどこにあるか分かりません、ですがこのルルちゃんは変な臭いがする、と言っています。その根源が瘴気を溜め込んだマジックジュエルなら、犬人族(ウェアドギー)の方なら見つけ出す事も出来ると思うんです」


 加護はPCだけしか得られないけど、種族アビリティにその制限は無い。犬人族ならルルちゃんと同じように発見出来る筈なのだ。


「どれ程のペースで生み出されてしまうか分からない以上、こちらも人海戦術で一気に回収しないといけません。……本来助けるべきみなさんにするお願いではないと分かっていますが……どうか、お力をお貸しください!」


 頭を下げる。

 ルルちゃんには戦闘能力は期待出来ない、更に私は広範囲に攻撃後5分間は封印状態になる、もたもたすれば命取りになりかねない。

 そうなったら怪盗マリーと戦っているみんなも、何よりオネットちゃんたちも助けられない。

 果たして答えは……、


「そのような真似は不要だ」


 ばさりと言う音と共に発された。

 顔を上げればそこにはジャケットを脱ぎ、襟元を緩める男爵様の姿があった。


「元より原因は我が娘。その責は私が負わねばならん、後始末をせねばならぬのもこちらだ。申し訳無いが貴女方の力を当てにさせて頂く」


 男爵様は使用人たちに向き直り、テキパキと指示を行い始めた。


「ジラッド、ニコル、ジョン、ナイルズ、モニカ! 彼女らの指示に従ってマジックジュエルを探せ! 男で動ける者は万一の護衛だ! 屋敷にある物は自由に使って構わん! 今こそオーデュカスに仕える者の気概を見せる時ぞ!!」


 吼える、そう表現するしか無いような、威厳に満ちた声が響き渡る。今この時には、地響きすら伴う人形の足音も、中庭からする戦闘音も邪魔は許されていない。

 不安そうにしていた使用人たちもその声に、自ら剣を取り先陣を切ろうとする男爵様の姿に奮い立っていく。

 「お、おお! 旦那様に続くぞぉ!」「星守に頼られるなんてこりゃいい自慢話になるな!」「伊達に毎日力仕事をしてた訳ではないと見せてやる!」

 それは私も同じで、心にふつふつと力が湧くのを感じていた。


「ルルちゃん、ここをお願いね」

「『は、はいっ』」


 私はひーちゃんを伴い、階段を駆け上がる。広範囲の攻撃とは言え、あの数をすべてとなれば高い位置から中心付近を狙わないといけない。


「はっ、はっ!」


 先程登っていった階段を登り、踊り場、2階、踊り場、3階、踊り場、そして4階へ辿り着く頃には動悸の激しさに喘ぐ羽目になる。こう言う時程自分のパラメータの低さが嫌になる事は無い。


(早く! 人形が男爵邸に到達する前に!)


 私は正面玄関の真上に位置する窓から庭園を見下ろす。そこにはゾンビのように蠢く人形の大群が男爵邸目掛けて殺到しようとする光景が広がっていた!


「ひーちゃん! 今から私が使う法術を〈ファイアブースト〉で強化して! その後は残った人形と新しく出てくる人形に攻撃して出来るだけ数を減らして、MPは使い放題だから!」

『キュイキュイッ!!』


 ひーちゃんもこれまでの戦闘によりレベルアップしている。

 その中で修得したスキルの1つが〈ファイアブースト〉。火属性のスキルの威力を文字通り押し上げ(ブーストす)る効果を持つ。

 これに〈コール・ファイア〉と〈ダブル・レイヤー〉を組み合わせれば、50%の効果しか発揮出来ない《古式法術》のエキスパートスキルでも元々の威力に近い数値まで引き上げる事が出来る筈。


「〈コール・ファイア〉〈ダブル・レイヤー〉! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、あまねく心を灰塵と変えしもの、あまねく命を灰塵に帰するもの”“地よ、樹よ、花よ、鳥よ、虫よ、獣よ、人よ、恐れ平伏し魂に刻め、後に残るは芽生えのみ、今が残る事は無し”“滅せよ、眼前の全てを”。“燃やせ、火の海”!!」


 今まで見た事も無い程赤く赤い光の球が2つ、そしてそれを追うようにひーちゃんが飛んでいく。

 それらは人形の大群の中心近くに着弾し、次の瞬間――。


 ――――――ォッ!!!!


 弾けて、燃えた。

 それは、庭園を一面火の海へと変える。立ち上る火柱、吹き荒れる熱風、人形のことごとくが焼かれ、悶え、動かなくなっていく。

 現在使える中で《火属性法術》中最大の効果範囲と攻撃力を誇るエキスパートスキル〈ファイアディザスター〉。

 その威力は確かで、確かだから……壮麗だった庭園が私の起こした火に焼かれていく。

 こんなの気持ちのいい光景じゃないよね、と唇を噛んだ。それがこの男爵邸で過ごした人たちなら尚更。

 通常ならライフタウンの物は破壊出来ないのが常だけど、瘴気の結界の中ではその理屈も通じない。

 あるいは水なら、光なら、他の属性ならこんな事にはならなかったろうと思う。でも、もしHPを削り切れなかったら……そう思えば〈ファイアブースト〉で威力を上げられる火属性以外の選択肢は無かったのだ。


 やがてゴォゴォと燃え盛っていた火は消え、後には何も残ら――いえ。


「あれは……あの時の魔法陣?!」


 もうもうと立ち込めていた煙の中にギョロリと目玉が開いているような不気味な紋様が浮かんでいる、それは紛れも無く一昨日私を小さくした魔法陣……けど大きさが桁違い。

 庭園があった場所全域に及んでいる。おそらく人形を生み出す為の物……。


「もしかして……あれを維持する為に……? ルルちゃん! 人形は全部燃えたから、急いでマジックジュエルを探しに向かって!」

『は、はい……っ!』


 耳にはルルちゃんが周りの人にお願いしている声も届く。

 庭園をあんなにしてしまった私が高みの見物なんてしてはいられない、すぐさま取って返して階段を駆け降りる。

 2段3段と飛ばして転げるように走る。実際に勢いがつき過ぎて壁にぶつかりもした。もう花菜を注意出来なくなるかもしれないけど、足は止まりはしない。

 正面玄関から飛び出せば充満する煙に咳き込みそう。それでも袖で口を押さえて突き進む。


「ルルちゃん、マジックジュエルは見つかった?!」

『えと、えと、あ、はい……よ、4個、見つかり、ました』

「後半分……!」


 そうして捜索は進み、私も地面に半ば以上埋もれていたマジックジュエルを発見し、それを取り上げると魔法陣の放つ黒い光が弱まった。


(この調子なら……)


 そう思った矢先、そう離れていない場所から悲鳴が上がる。


「う、うわぁぁぁぁっ?!?」

「!?」


 そちらにはすべて燃やし尽くした筈の人形が真新しい姿で使用人さんたちに襲い掛かろうとしている姿が!


「ひーちゃん! 〈ファイアタックル〉!」

『キュイキュイキュイーーッ!』


 〈ファイアアタック〉よりも強力な火の玉と化す体当たり攻撃が鈍い動きの人形に命中し、大きくよろめかせる。


「“満たせ、水の一撃”!!」


 それに続く私の追撃、そしてとどめとなるひーちゃんの更なる一撃が人形を打ち付け動かなくなり崩れ落ちて消えていった。


「大丈夫ですか?!」

「あ、ああ、ありがとう星守さ――あ、あばばばっ?!」


 使用人さんが恐怖に目を見開いている。その先に目を向ければたった今倒したのと同型の人形が数体、地面から這いずり出てくる所だった。


(でも、出現するスピードはそう速くない、マジックジュエルが減ったから……?)


 体が完全に出るまでは移動する事は出来ないようで、今ならば楽に攻撃を当てられる。


「ここは私が引き受けます! マジックジュエルの回収を続けてください!」


 近くで尻餅をついていた使用人さんたちに叫び、ひーちゃんと共に人形たちに攻撃を開始する。


『ア、アリッサ、お姉さん』

「ルルちゃん? どうしたの?」

『マ、マジック、ジュエル、最後の、た、多分、あの、お人形、いっぱい、いる、所……!』

「!」


 今、私が攻撃している所からは更に新しい人形が這い出ている、目をこらせば殆ど埋まっているものの、ちらりと青い輝きが見て取れた。


「くっ!!」


 ダッ! 焼け焦げた大地を蹴って、私は走り出した。これ以上男爵様や使用人さんたちを危険な目に遭わせる訳にはいかない!


「〈コール・ファイア〉! 〈ダブル・レイヤー〉! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ水の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、広がり拡がる輪を成す波紋”。“満たせ、水の円環”!!」


 強化された《水属性法術》9レベルのビギナーズスキル〈ウォーターサークル〉の2連撃が、固まっている人形の群れを一気に打ちすえる。

 けど、それだけでは倒し切れず近付く私に手を伸ばそうとしてくる。


「ひーちゃん!」

『キュッキュイッ!!』


 火の玉と化したひーちゃんがピンボールのように次々と弾き飛び、瀕死だった人形の群れのHPを根こそぎ奪っていく。

 そして私は人形の群れのいた中心に埋まっていたマジックジュエルを回収する事に成功した!


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 それと同時に、魔法陣は跡形も無く消え……後には焼け野原と幾人もの人が残るのみとなった。


「『ア、アリッサ、お姉さん……だ、大丈、夫ですか?』」


 振り返れば回収したマジックジュエルを両手で抱えているルルちゃんが、私を心配そうに窺っていた。

 私は大きく息を1つ吐くと立ち上がり、殊更強く笑みを作る。


「大丈夫大丈夫っ。ルルちゃん、私はこれから中庭に戻るからマジックジュエルをお願いね」

「『あ、は、はい……あの、お気を付、けて』」

「うん、ありがとう」


 回収した2つのマジックジュエルをルルちゃんに渡し、私は再び駆け出した。


 アリッサ無双。

 こんな話を書ける日が来るとは……感慨深いったらないです(相手が弱いから&見下ろせる場所があるから、ですが)。

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