第64話「足跡を辿れば」
再ログインしたのはまたもベッドの上。こじんまりとしていながらきちんと手入れが行き届いた無邪気な子犬亭の一室だった。
(まあ、今の私じゃどこだって広大なんだけど)
現在状態汚染により私は10分の1程度まで縮んでしまっている。ベッドはバスケットコート並の広さになってしまっているのだ。
一緒に泊まったルルちゃんはまだログインしていない、と言うか予定より早く私がログインしたから当然なのだけど。
「さて、と……」
私は体のあちこちを触って自身の状態を確認していく。そして――。
「股関節……やっぱり」
昨夜マリー・オネットから状態汚染傀儡化を受けた私の体は縮んだのみならず徐々に人形の物へと変じている。
晩ごはん前までは膝の少し上程度だった変化は一気に太股すべてを変え、股関節が球体関節に、その周辺が硬質な物になってしまっていた。
それでいて感覚に変化は起こらず、自由に動かせるのだから不思議で、不気味であった。
「…………」
分かっていた事とは言え、自分の体が自分のものでなくなるのは少し滅入る。ため息を溢さなかったのはせめてもの反骨心と思いたい。
だからその気持ちを感じる内に頭を動かす。
「ログアウト1回で球体関節1つ分変化する、で間違い無さそうかな」
この変化はログアウトする度に進行する。状態汚染を受けてから今までのログアウト回数は3回。
おそらく足首(足の指もまとめて変化してる)⇒膝⇒股の順で変化しているからそうだと思う。
お腹がどうなるかは分からないけど、球体関節毎なら少なくとも後、手首・肘・肩・首が残ってる。今日明日は動いていられそうだ……それくらいしか動けないとも取れるけど。
「それまでに、どうにか……」
とっぷりと陽が沈んだ夜闇の中、灯りの無い部屋で私は1人、そのどうにかを考えるのだった……。
◇◇◇◇◇
針の筵、と言う言葉がある。
針を植えた筵(わらで作った敷物)の如く、周囲の冷たい態度などで心が安まらない事を指す。
「『ルル、アンタ天才なんじゃない……!?』」
「『え、えへへ……』」
「『そうだな、こりゃ大したもんだ。フォト1枚で金取れるレベルだぜ。ああ、中身あってこそだぞ?』」
「どうも……」
『キュイ?』
私は先程の部屋に備え付けられているテーブルに立ち、周囲からの奇異の視線に晒されていた。
セレナなどは興奮した様子で頬を紅潮させ、目を爛々と輝かせている。普段はストッパーになってくれる天丼くんですらこの調子。
正直結構精神にキテます。
そうしていると不意に廊下に通じているドアがコンコンコンコンとノックされた。先程連絡のあったセバスチャンさんだろう。
この部屋の借り主であるルルちゃん(私は子供扱いなので)がドアの鍵を開けてセバスチャンさんを招き入れた。
「遅くなりまして申し訳ありません。いやはや歳を取るとどうにも……」
「『ちょっと! そんな堅苦しい事言ってる場合じゃないわよセバスチャン!! アリッサがとんでもない事になってんの! コレを見なさいよ!』」
「ちょ、セレナ?!」
「ふむ? どうかなさったので――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
セバスチャンさんが目を見開いて停止した。
「あ、の……」
私が恐る恐る声を掛けるとセバスチャンさんはふらりと天を仰ぎ、目頭を押さえている。
「……今日は、良い日だ」
そんな事を言うセバスチャンさんの肩に、ポンとセレナと天丼くんが手を置いて頷いている。
何この光景。
視界を下に動かせば、私の服装はまたも見慣れぬ物になっている。それこそが騒動の原因だった。
長袖ロング丈の黒のエプロンドレス、ホワイトブリムと言うらしいヘッドドレス、白い手袋にストッキング。ストラップタイプのパンプスまで自作され、それに合わせて髪もまとめてる。
ルルちゃん曰く、ヴィクトリアンメイドスタイルと言うそうです。
(そりゃはっちゃけちゃったのは私だけども……)
みんなの反応が予想より酷くて恐いです。
「アリッサさん」
「は、はい、何でしょうか?」
セバスチャンさんは私に目線を合わせると穏やかな声で語り掛けてきた。
「素敵です、とても。わたくしの好みにどストライクです。萌えます。出来れば元の大きさに戻られてもそのお召し物を着ていただけるとわたくし大歓喜で寿命が延びる気が致します」
「セバスチャンさんが錯乱してらっしゃるよ?! ちょっとみんな! どうにかしてよう!?」
が、その声に答えてくれる人はいなかったのでした。その後、昨日に引き続き盛大な撮影会が行われる事に……どうしてこうなった。
「しくしくしくしく……」
メイドさん姿でテーブルに体育座りと言うよく分からない構図の私。
「『やー、ゴッメーン。何かテンションが変な方向に上がっちゃってさー』」
「だからってまたクラリスにメールでフォトを送り付けなくたっていいでしょう?! 昨日も今朝も大変だったのに!」
「『でもアリッサも、結構ノリノリじゃなかったか?』」
「『ア、アリッサお姉さん、とっても、可愛かった』」
「『いやいや、ルルさんの衣装の破壊力も素晴らしいかと』」
『キューキュー』
「しくしくしくしく……私の味方はひーちゃんだけだったよ」
うう、おかしい、現在は恐ろしく真面目で至極逼迫した状況の筈なのに……ほんと、どうしてこうなったの……。
◇◇◇◇◇
小さな部屋に4人+小人1人+精霊1人。
セレナとルルちゃんはベッドに、天丼くんはテーブルに備え付けの椅子に、セバスチャンさんは立ったまま。私は変わらずテーブルの上でちょこんと座り、ひーちゃんが隣でぽよんぽよんと跳ねる。
「『では皆さん、各々の収集してきた情報の報告を致しましょう。準備は良いですかなー?』」
「『「『「『はーい』」』」』」
「ど、どの口で……」
『キュ』
さんざやらかした人たちが何をしゃあしゃあと言っているのかと頭を痛める。ひーちゃんもそりゃそうだと頷いている。
とは言え状況は予断を許さないのだから話を進めない訳にはいかない。私は青筋を引っ込める。
「『ではまずは……』」
手を上げる。セバスチャンさんが先を促したのでみんなに向き直る。
「えっとじゃあ状態汚染の事なんだけど……」
先程確認した進行具合を説明した。反応は様々だけど、一朝一夕でどうにかなる訳じゃないのが分かったので多少は安堵出来ている。
更に確認の為に現在分かっている事を整理していく。
・第1段階で10分の1程度に縮んでしまう。
・第2段階で段階的に体が人形のように変化する。
・この変化はログアウトの度に人形の関節部・球体関節1つ分進行する。
・第3段階、完全にマリー・オネットの思い通りに動かされる人形と化してしまう。
「『時間切れになると、どの程度戦闘に絡んでくるかは分からねぇがアリッサが敵に回るって事だな』」
「『ゲームシステム上直接戦闘にはならないのは確実と思われますが……』」
「『でも、昨日の私をアリッサは止めたわ』」
昨夜のマリー・オネットとの戦闘で操られたセレナを、PCに対しては本来効果の無い〈ライトチェイン〉で捕らえている。
それはセレナが状態異常・魅了にかかってしまい、一時的にモンスターとして認識されていたからだ。
「『なら、操られたアリッサがこっちの動きを邪魔するのも可能なんじゃない?』」
チェイン系や〈プロテクション〉でみんなの動きを封じさせられたり、あるいはマリー・オネット側のHPを回復させられたり、こうなると汎用性の高い《古式法術》が厄介に思える。
「状態汚染だからポーションなんかでは浄化出来ないしね」
そしてそうなった私を止めようにも、MSOでは人に対しては攻撃出来ないし、動きを封じても目と口が自由なら法術は発動出来てしまう。
「『マリー・オネットを倒さなきゃどうしようもない……か』」
「手足を縛って猿ぐつわをして目隠しでもすれば話は別なんだろうけどね」
「『そんな悪趣味な真似する訳無いでしょ。完全に人形になる前にどうにかすんのよ』」
想像したのか、若干眉をしかめるセレナは「『じゃあ次』」と、先を促した。
「『次はマリー・オネットの事を調べてきたわたくしで宜しいですかな?』」
「『そうだな、マリー・オネットがどんな奴か分かってた方がいい』」
「『では。わたくしは知人の情報通からマリー・オネットについつ少々聞いて参りました。基本的には昨日天くんが仕入れてきた情報と合致しますが、ルルさんもいる事ですので再度確認しましょう』」
そう言ってセバスチャンさんは語り出す。
・怪盗を名乗るマリー・オネットは魔法使いである。
・性別は恐らく女性。
・マジックジュエルと言う特殊な宝石を狙う。
・犯行前に予告状を送ってくる。
・犯行の際には大量の人形で襲撃し目的の品を強奪していく。
・戦闘時、PCのコントロールを奪う特殊能力を持つ。
・バックに何者かがいる? もしくは何者かの為に行動している?
・人を人形に変える状態汚染傀儡化を用いる。
などを分かりやすく説明してくれる。ルルちゃんもコクコクと忙しなく頷き、私たちは再確認を重ね、そしていくつかセバスチャンさんが新たに得た情報を聞く。
「『まず……夜から早朝の間しか活動せぬようですな。我々の感覚ですと夜10時前から6時過ぎ辺り、と言った所でしょうか』」
「昼夜逆転してるね、健康に悪いのに」
「『気にするのそこなんだ』」
お父さんやお母さんからは夜更かししちゃだめってよく言われてるんだもの。
「『次にマリー・オネットが初めて犯行を行ったのはおよそ1ヶ月程前だそうです』」
「まだ怪盗を始めてそんなに経ってなかったんですか」
「『みたいね、けど盗んだ回数は多いわよ。1ヶ月で9回、昨日も含めてね』」
つまり3、4日に一度くらいのペース。
「『他には?』」
「『これを』」
そう言ってセバスチャンさんが取り出したのは王都の地図みたい。ただ、その中には1〜9までの数字が書き込まれていた。
「さっきの話からすると……これはマリー・オネットが現れた場所とその順番、ですか?」
「『ええ、その通り』」
「『何だか、分かり、やすい、ですね』」
ルルちゃんの言うように、その地図に書き込まれた1の場所は中央区の東側の一角。そこから2、3と続くのだけど1の付近を中心に放射状に、しかも近い場所から順番に襲っているみたい。
「『分かりやす過ぎる気も致しますが、この順序からマリー・オネットの本拠を限定出来るのでは、と思いましてな』」
と、セバスチャンさんはペンを取り出し、放射状の1より中心寄りの付近をぐるりと円で囲んだ。
まあ王都はすごく広いのでそれでも結構な範囲になるのだけど。
「さすがに調べきれませんね……」
「『ええ、ですが限定は出来ましたので、情報通のNPCに条件を付けて情報を提供してもらいました。“この円の中で”“1ヶ月より前に”“何か起こらなかったか?”と』」
セバスチャンさんは続いて1枚の紙を取り出した。そこにはずらずらとひと月の間に起こったらしい事が箇条書きにされていた。A4くらいの紙にびっっっしりと。
「『……こん中から探せってーの? 時間無いっつってんでしょうが!』」
「『いやはや、MSOはイベントに満ち満ちておりますなあ。そう簡単には行きませなんだ。わたくしからは以上です』」
残念そうにするセバスチャンさんだけど、この円の中にマリー・オネットの本拠があるかも、と言うのは説得力があるような気もする。
「『じゃ、次は私ね。マジックジュエルについてね。ま、私よりアリッサの方が調べた内容としちゃ重要だったけどさ』」
それからセレナが語るのはマジックジュエルの持つ特性。装備すると第2のMPゲージとして機能するとか、魔法使いに取っても有用であるとかだった。
「『調べてみたけど、奪われたマジックジュエルは1つ1つがMP最大値、つまりは9999ポイントの容量があるって事が分かったわ』」
「『およそ8万ですか。マリー・オネットはそれだけの瘴気量を蓄えている訳ですな』」
いざとなれば蓄えた瘴気を戦闘で使いもするんだろうな、強力なスキルなどと相対する事も覚悟しないと……。
「『で、まだ奪われてないマジックジュエルの場所なんだけど……セバスチャン、ペン貸して』」
「『は、どうぞ』」
ペンを受け取ったセレナはいくつかの場所に×印を付けていく。書き終わると天丼くんが一点を指差す。
「『……今までのパターンからすると次に狙うのはココ、と言いたいが……タミトフ子爵邸をまた狙う可能性もあるんだよな』」
「『狙われるとしたら予告状が来るでしょうからすぐ分かるわよ。それより問題はいつ来るか、なのよ。セバスチャン、今までのクソビッチの犯行の間隔はどんくらい?』」
「『最短で2日、最長で5日、平均では3.5日に一度ですな』」
「『長いわね……』」
「『しかも“こっち”の時間なんだよな……』」
MSOでは1日が36時間周期なので、今は昨日マリー・オネットと対峙したのと同じ時間帯だけどこちらの間隔では1日も経っていないのだ。
私の人形への進行具合から、待っていたら次の犯行までには完全に人形になってしまう可能性が高い。
「『盗みに来た時に人形捕まえたりとかも考えてたけど、やっぱセバスチャンの線から辿る方が良さそうね』」
時間制限がここに来て効いている。ただ……マリー・オネットにこれ以上罪を犯させずに何とかしたいと思っていたからその点はほっとしている。
「『じゃ、俺か。アリッサがタミトフ子爵の娘のファーナって子から聞いてきた例の歌を調べてきたぞ』」
それはマリー・オネットに関する歌。
――怪盗マリーは1人じゃない。
――沢山沢山やって来る。
――気を付けないといけないよ。
――大事なものを狙ってる。
――大切だから欲しがってる。
――怪盗マリーにご用心。
――怪盗マリーは寂しがり。
――夢は友達沢山作る事。
――気を付けないといけないよ。
――1人はヤだから探してる。
――狙ったものは奪ってく。
――怪盗マリーにご用心。
この歌にはマリー・オネットに関する情報が色々とあった。
・沢山の人形を操る力を持つ事。
・マジックジュエルはマリー・オネットに取っても大切である事。
・マリー・オネットは魅了や傀儡化を使う相手をお友達と呼ぶ事から、そう言った相手を沢山欲しがっている事。
・狙った相手のコントロールを奪う事(魅了・傀儡化もその効果を持つ)。
目的の他、断片的だけど能力についても触れられていたから調べた方がいいとなったのだ。
「ファーナちゃんは何て?」
「『詳しくは知らなかった。どうもあの歌は子供の間で伝言みたいに伝わってきたらしくてな、だから出所を探そうと教えた子供を教えてもらって遡ってみた』」
「『そんなんよく遡れたわね。噂話みたいなモンでしょ? 雲を掴むような話じゃない』」
「『セバさんが言ってたろ、マリー・オネットが現れてからまだ1ヶ月そこらだ。つまり歌もそれ以降に広まった物って事になる、それくらいなら辿れるさ』」
「『ほう、頼もしいですな』」
「『それにまぁ……結局はクエストだしな。遡って聞いていくとかは良くある話だし、何とかなるとは思ったしなー』」
身も蓋も無い話になっちゃった……。
「そ、それで、歌の出所は分かったの?」
「『ああ、ただ…………距離的に無茶苦茶苦労した。いつ以来だか鎧脱いで全力疾走した』」
遠い目をした天丼くんであった。チャットで息急き切っていた理由はそれですか。
「『セレナ、ペン貸せ』」
「『ん』」
天丼くんもまた地図に書き込んでいく。天丼くんの場合はまず名前を書き、次の場所まで矢印を書いてまた名前を書いていく。
でも、それが途中から一気に飛んだりしている。それだけを見れば滅茶苦茶に移動しているだけだけど、この地図上においては違っていた。
「『これ……犯行現場に重なるわね』」
そう、セバスチャンさんの書き込んだ数字に近い場所、または同じ場所に向かうように矢印は向かう。
「『……天くん、この方々がその歌を知ったタイミングは分かりますかな?』」
「『悪い、そこまで聞く余裕無かった』」
「無理ないよ、こんな広い王都を走り回ってるんだもの」
マリー・オネットの犯行現場近くを回ったと言う事は王都を縦横に行ったり来たりしないといけない。それをあの短い間にやり遂げる天丼くんてばほんとにすごい。
「『ふむ。何と申しますか……歌がマリー・オネットを追うような、マリー・オネットが歌を追うような……』」
「そうですね、広まり方がおかし過ぎる……」
やがて矢印はじりじりとある方向に向かっていく。
セバスチャンさんが描いた円の内部にまで印を付け、そしてその手が止まるとそこは中心に近い場所だった。
「『最終的にはこの家の侍女見習いのトコまでは行き着いたんだが、時間切れで調べ切れなかった』」
その侍女見習いさんから別のお屋敷の似たような立場の人へ伝わり、いつしか貴族の子息にまで広まっていったのだと言う。
「ここから行って調べてみる? そこから更に伸びるかもしれないけど……」
「『そうね、他に決め手になるような情報無いし、追跡調査した方がいいかも……で、その侍女見習いは誰から歌を聞いたのよ』」
「『オーデュカス男爵って貴族の家に勤めてる知り合いからだそうだ』」
「『……オーデュカス男爵、ですと?』」
それを聞いた瞬間にセバスチャンさんの目が鋭く光り、先程自らが取り出した紙に目を走らせ……ある一点で止まる。
「『セバさん?』」
「『……ふむ。やはり記憶違いではなかったようですな。“ひと月程前からオーデュカス男爵の屋敷の様子がおかしい”と言う情報があります』」
!
「『ただの偶然かしらね、コレ』」
「他のクエストによるものって言う可能性はあるけど……」
「『放っておくには少々出来すぎに思えますな……皆さん直接確かめに行ってみましょう』」
全員がそれに頷き動き出す。
私はルルちゃんに抱き抱えられ、無邪気な子犬亭を後にした。
果たしてオーデュカス男爵邸ではマリー・オネットに関する情報が得られるのか、それとも……。
精霊器の灯りが指し示す道を私たちは進むのだった。
メイドアリッサは華美な装飾はほぼ無いシックな感じ。
結花の性格はメイドの仕事にもカッチリはまる為、外見だけでなく内面的にも物凄く似合います。
そんなアリッサを見れば年の功でも錯乱しますよ。ええ。仕方無い仕方無い。




