第61話「導火線は緩やかに」
『キュー!』
いきなりひーちゃんが騒ぎ出す、何事かと視線を追うと前方に見慣れた人影を見つける。
「あれ、セバスチャンさんだ」
流れる人波の中でも一際異彩を放つ執事姿のお爺さん。その背中を視界の端に捉えた。ひーちゃんはクラリスの頭の上に居たので大勢の人の中でも気付けたらしい。
待ち合わせはまだ先の予定だけど、私だってこうして一足先にログインしてグダグダしているんだから別段不思議は無いか。
「『む、ほんとだ。でも今はお姉ちゃんとのデート中だから無視無――違うのです』」
「はあ……ちゃんとご挨拶はしときなさい」
「ちぇー」と唇を尖らせながらもクラリスは手を振って駆けていく。
「『おーい、そこ行くじっちゃん待っとくれー』」
「ふむ、何やら聞き慣れた声がすると思いきや、クラリスさん……と、おやアリッサさんにひーさんもご一緒でしたか。ごきげんよう」
「こんにちはー! セバスチャンさーん!」
『キュイ!』
「『やっほー、じっちゃん元気ー?』」
「ええ、今まさに皆さんとお会い出来て元気が湧いた所ですよ」
クラリスとセバスチャンさんは現実でも数年来の付き合いがある。仲が良いのは悪くはない、目上の方にそうフランク過ぎる口調で話されるのは姉として胃を痛めるのが難点だけども……。
セバスチャンさんと会話を交わす……前にパーティーに加わってもらいチャットをフルモードにする。縮小化の問題の1つは声も小さくなった事。早く元に戻りたい……。
「セバスチャンさんもずいぶん早くにいらしてたんですね」
「『いやはやアリッサさんがそのようなお姿になってしまった原因はわたくしですからな。一足早くログインして情報を集めておりました』」
「『何だって?! じっちゃん、近年稀に見るグッジョブ!!』」
「少し黙ってなさい。……セバスチャンさん、原因と言うなら私自身ですよ」
今回のクエストは私の装備購入費用捻出の為に請けたんだから原因と言えばこの私。
「それで足りないなら、セバスチャンさんにクエストを探すよう頼んだ天丼くんと、報酬が高額なクエストを頼んだセレナの所為も付けます。ともかく、みんなで請けたクエストなんですから責任なんて感じる必要無いです」
まあ、もし私がセバスチャンさんの立場なら責任感じるんだろうけど、そこら辺は言わない。
「『お気遣い痛み入ります、アリッサさん。そのお言葉、胸に留め置きましょう』」
「『どーだじっちゃん、あたしのお姉ちゃんだぞ! あげないぞ!』」
「だから黙ってなさいと……」
「『ううむ羨ましい』」
「セバスチャンさんも悪乗りしないでください!」
そんなこんなで、私たちはセバスチャンさんと合流し情報収集した内容について教えてもらう事となった。
ちなみに「セバスチャンさんと合流したからクラリス帰っていいよ」と言ったら絶望して突っ伏したので今も一緒にいる。
「『まずは現場百回の格言に倣い、マリー・オネットが襲撃した場所を回って参りました』」
「捜査の基本ですね」
「『ええ。とは言え、マリー・オネットの襲撃方法が襲撃方法ですからな』」
「ああ……手掛かりには繋がりにくいですよね」
怪盗を自称するマリー・オネットの手口は、瘴気による結界を展開し大量の人形による物量攻勢で目的の品を強奪すると言う強盗紛いのものだ。しかも本人は姿を一切見せない。
私は直接は見れなかったけど、その人形にしても戦闘終了と同時にボスモンスター同様の黒い炎によって燃え尽きてしまったと言う。
「けど、何にしろ奪う以上はそれを運ぶ人形がいたんじゃ……」
「『ええ、その通り。ですが追おうにも大量の人形に阻まれ、どの事件でも追跡出来なかったとの事です』」
「そうですか……」
「『まぁそこまでは予想出来ましたからな。ですので狙われた家の方の証言と奪われた品について調べてみたのです。とは言え証言の方は芳しくありませんでしたが』」
「奪われた品……天丼くんの話ではどれも高価な品物であったと聞きましたけど」
「『ええ、紅の涙程ではありませんがどれもかなりの値打ち物であったようです。ただ……いくつか不審な点が見えてきました』」
「不審な点?」
「『はい。2件目と4件目での事なのですが、その家にはより高価な品があったと言うのです。家人も予告状はフェイクで、よりそちらを狙うのではと疑った程だとか』」
それは確かに引っ掛かるかも……。
「好みの問題、と言えばそれまでですけど……後は、値段以外に何か付加価値があったと言う事ですか……?」
「『それなのですが、覚えておいでですか。昨夜のセレナさんの紅の涙に関する情報を』」
セレナと紅の涙、と言うとあの大惨事が思い出されるけどそこではない。
「確か……マジックジュエル? なんでしたっけ?」
「『はい。調べてみた所奪われた宝石のどれもがそうである事が分かりました』」
「じゃあ……マリー・オネットの狙いはそれだった……?」
狙いが分かれば次に狙う品を限定出来る。それは確実な前進であるけど、そうなると改めて謎が増える。
「でも、そうだとしてマリー・オネットは……マリー・オネットが喜ばせたい誰かは、どうしてそんな物を欲しがるんでしょうか……」
「『ふむ。マジックジュエルと言うのは結構なレアアイテムです。高価であるのはに間違いないのですが……』」
「MPを拡充する効果があるんでしたっけ」
「『あたしの装備してる髪飾りに付いてるのもそーだよー。MPの増えて助かってるよ』」
クラリスの髪をまとめるアクセサリーには赤い宝石が嵌め込まれている。ただ紅の涙と比べれば大分小さい。
もし奪われた宝石すべてにそんな効果があったとしてそこまで集めて何に使うのか……。
「『この先もその人が宝石を狙って、奪った宝石の数で戦闘での難易度が変化する、とかじゃないのー?』」
「『有り得ますが……ですがそれはあくまでゲーム的なギミックです。マリー・オネット個人の動機の謎が残ります。それが分かればマリー・オネット自身に辿り着けるやもしれません……シナリオ的な側面に関してはやはり調査不足のようですな、面目無い』」
「それはこの後みんなで調べましょう。きっとセバスチャンさんの調べてくれた事が足掛かりになりますよ」
ただ……気掛かりはある。
私がこの姿になった事とマリー・オネットの目的は何か関係があるのだろうか?
私は自分の足に触れながら、みんなのいるタミトフ子爵邸への道をじっと見つめるのだった。
◇◇◇◇◇
私、クラリス、セバスチャンさん、ひーちゃんは、まず子爵邸に泊まっている他のみんなと合流した……んだけど。
「『わははははははははははははははははは、どーだ! お姉ちゃんと一緒にお散歩してきたんだぞ! 羨ましーだろー!』」
「『ふっふーん。その程度がどうしたのよ! 私なんかアリッサ着替えさせたのよ! せいぜい悔しがんなさいよー!』」
遭遇した2人は盛大に醜い言い争いを繰り広げていた。
まあ出会ったらそうなるだろうなあ、とは思ってたからダメージは少なめなんだけど……。
そしてそうしている間にセバスチャンさんが調べてきた情報を天丼くんに話していた。真剣な様子の2人はクラリスとセレナなんてガン無視です。
「『なるほどな。狙う物全部が……』」
「『ええ、今の所その程度しか掴めておりませんが……』」
「『いや、それだけでずいぶん時間の節約になったと思うぜ』」
両極端な2組を見ながら、私を抱く女の子が感想を述べる。
「『に、賑やか、です。楽しそう……』」
「あれ見てそんな事言えるなんてルルちゃんは良い子だね……」
『キュキュ』
今私が着ている服を貸してくれたルルちゃんもここにいるのは昨日子爵邸に泊まったからだけど、今も残っているのにはちょっと理由もある。
そうしてクラリスとセレナを置いてきぼりに、私たちでマリー・オネットについて現時点で集めるべき情報をまとめていく。
・マリー・オネットについて。
・盗んだマジックジュエルの使い道について。
・私の縮小化について。
・歌について。
「『こんな所か?』」
「マリー・オネットについては……結構色々調べないといけないね」
その正体はもちろん、目的やバックにいるらしい喜ばせたい相手などなど、まだ漠然とした情報しかないので手当たり次第に情報を集めなきゃいけない。
「『それはわたくしが調べましょう。何、コネクションには少々自信がありますので』」
誰も否やは無い。コネクションの広さにおいてセバスチャンさん以上なんて私たちの中にはいないのだ。
次に盗んだマジックジュエル、どんな用途で使うのかを調べれば目的が限定出来る、かもしれない。
また、次に狙われる物を特定する為に他に該当するマジックジュエルがあるかも調べなきゃいけない。
「『そっちは私が行くわよ。盗まれた連中なら多少は詳しそうだし……セバスチャン、後で場所教えて』」
「『かしこまりました』」
「じゃあ私は……」
「『アリッサは1択だろ、だからここの子供には俺が聞きに行くぜ』」
ファーナちゃんから聞かされた歌にはマリー・オネットの戦闘に関する表現が含まれていた。だとするならあの歌は一体どこから伝わった物なのか。それを辿るのだ。
「だよね。私が今のままファーナちゃんに会っても不安にさせちゃうだけだろうし、よろしくね天丼くん」
「『おう』」
そして私はこの縮小化を調べる為に魔法の研究をしていると言う法術院に向かう事になる。
何か分かればいいんだけど……。
「『はいはいはーいっ! あたしお姉ちゃん送っ「ご苦労様でした、もう帰っていいよ。ハウスハウス」お姉ちゃんが冷たい……でもそんなお姉ちゃんにもドキドキ出来るあたし』」
「はいはい。じゃあルルちゃん、悪いけど付き合ってね」
「『は、はい。それは、構いません、けど……』」
私はこの通りの人形サイズ、ドアもまともに開けられない身なのでルルちゃんに助力を乞うたのだ。
「『でも、いいん、ですか? 何か、落ち込んでる……』」
ルルちゃんは不貞腐れてるんだか悶えてるんだか分からないクラリスを案じてそう言った。
「いつもの事だから気にしないで」
それはそれでどうなんだろう。
「『は、はぁ……あ、あの、クラリス、さん』」
「『ふえー?』」
「『アリッサ、お姉さんは、ちゃんと、送り届、けますから……ご心配、なさらないでください、ね』」
クラリスを安心させようとそう話すルルちゃん、しかし……そう言われた側はと言えば……。
「『ぶっすーーーーーーーーーーーーっ』」
と、またしても風船のように顔を膨らませ不機嫌オーラを振り撒いていた。
「『あ、あの……?』」
「ああ、大丈夫大丈夫。あれはルルちゃんが私の事“お姉さん”って言ってるから対抗心が燃えたぎってるだけだろうから」
「『そうそのとーり! はーっはっはっは、どーだっ! あたしとお姉ちゃんはこんなにツーカーなんだぞ! お姉ちゃんはあたしだけのお姉ちゃんなんだいっ、羨ましーだろーっ!』」
殊更胸を張って自慢気に叫ぶどこまでも低レベルなクラリスだった。
でも、返すルルちゃんはどこまでも素直に、こくりと首を縦に振った。
「『は、はい。ワタシ、お姉さん、とか、いないから、羨ましい、です』」
との事でクラリスをキラキラとした瞳で見つめていた。するとクラリスは毒気を抜かれたように落ち着いていく。
「『……そーなの?』」
「『は、はい……クラリス、さんと、アリッサ、お姉さんって、すごく仲良さそうで、憧れて、ます』」
「『ふーん、そっかー。ふへっ』」
ルルちゃんと話したクラリスは顔を弛める。しまいには「『お姉ちゃんはあげないけど、お姉さんって呼ぶのはいーよ』」とまで言い残し、私との2ショットフォトを撮りまくった後にこの場を後にした。
「『何か、最後は最後でアッサリしたもんね。結構意外だわ』」
「そんな事ないんだけどね……」
どちらかと言えば、セレナ程クラリスが対抗心を燃やす方が珍しい。
クラリスからすれば、セレナは私との間に割って入って私を取ってしまうかもしれないと言う認識なのだ。だからこそライバル視して喧嘩腰になってしまうのだと思う。現に最初に会った時はフレンドリーだった(ほんとに最初の時だけだったけど)。
ルルちゃんに関しては『お姉さん』はあくまで敬称だし、私個人ではなくクラリスとの姉妹関係自体に羨んでくれているようなので、クラリスとしても敵視には至らないんだろう。
むしろそう見られて喜んでいる節がある。
(まあ、私もそうは思うけどね)
小さくなるクラリスは時折振り返りながら去っていった。
◇◇◇◇◇
「『じゃ、改めまして情報収集と行きましょうか。いつあのクソビッチがアリッサに悪さしに来るかも分かんないんだし』」
「……あの、それなんだけど……」
張り切るセレナ。けど、それを私が止める。怪訝な顔を向ける彼女……いや、ここにいるみんなに向けて言う。
「マリー・オネットの来るかもしれない時間について、ちょっと……」
「『何か分かったのか? ならどうして今まで言わなかった。その手の対策も含めてさっきは話し合っていたんだぞ?』」
「分かった、とは違うんだけど……ううん、ごめんなさい」
頭を下げる。それは分かっていた、分かっていたけど言えなかったのだ。
「でも、さっきまでクラリスがいたから……あの子が知ったら、私の傍から離れなくなるような気がしていたの。だから話せなくて」
「『何よソレ、一体どう言う事?』」
「……今から理由を見せるね」
私はルルちゃんの肩に移動し、靴を脱いだ。そして、ソックスにも手を伸ばす。
若干1名目を塞がれた人がいたので「お願い、見てて」と釘を打つ。そして………………みんなの息が、止まった。
「多分、これが時間制限に関わる事だと思う」
視線を自らの足に移す。
そこにあったのは……私の足ではなかった。
足首と膝は稼働する為の球体間接に変貌し、肌にしてもどこか硬質な色合いに変じ、触れば質感もまた硬い。
そこにあったのは……人形の足だった。
『キュイッ?!』
「『え、え、え?』」
「『な、ん……ちょ、ちょっと待ちなさいよ! な、何よ、コレ……だ、だって昨日は』」
「私にも分からない……さっき気付いたばかりなの」
さっき、地面に落ちそうになってクラリスに助けてもらって、その時足に触れて初めて私はこの異変に気付いた。
膝より上までを覆うソックスによって変化した部位が隠されていたし、サイズ的に厚手だったのもあるけど、気付かなかったのはそれだけが理由じゃない。
「『アリッサ、その足は……動くのか?』」
「うん、って言うか何でもないみたいに普通に動かせるの。感覚も全然普段と変わり無くて……目を瞑ればいつも通りにも思えるくらい、だから違和感が無いのが違和感、みたいな感じなの」
指先であっても精緻に組み上げられたかのようなソレは私の意思に応じて自在に動く。
手で触れば硬質な感触だけど、足側の触れられた感触は平時と変わらず手の温かさを感じている。だから、直接触れる機会が無ければ気付かなかったと思う。
「『他の部位に変化は進行しているのですか?』」
「無いと思います。今の所は、ですけど」
昨日から今日に掛けての変化が、一体どれくらいのペースで拡がっていったのかは分からない。少なくとも膝上までこうなっていると気付いて以降変化は無いように思う……それも含めて調べてもらわないと。
「『なるほどな……あの妹さんに見せられない訳だ』」
「……うん」
もしクラリスがこんな事を知ったら、例え私との約束を反故にしてでも放ってはおかなかったと思う。
それは素直に嬉しいし頼もしい。けど……それを知った時あの子がどんな顔をするかと頭をよぎる度に胸が締め付けられる。
出来るなら、こんな事は何て事なかったのだと言う認識のまま終わらせてしまいたいと強く思うのだ。
「『……あのクソビッチ……アリッサまで人形にするつもりなワケ……!』」
昨日の戦闘でマリー・オネットに体を操られた経験のあるセレナにとっては、私の今の状況に怒りを覚えるのだろう。目を吊り上げ、暴れる一歩手前な雰囲気。
「……人形……」
「『ともかく情報収集を急ぎましょう。今は一刻が惜しい』」
「『ああ、さっさとこのクエストをクリアしてアリッサを元に戻す為にな』」
『キュイ!』
「『ったり前よ!』」
「『あ、あう。ワ、ワタシも、運ぶ、くらいしか、ですけど……』」
「みんな……ありがとう……!」
その言葉に全員が頷き、それぞれの方向へと駆け出した。
私はルルちゃんと一緒に法術院へ!




