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第58話「操り人形は笑う」




 いよいよ怪盗マリーが子爵邸へと攻めてきた。それを報せるのは小さな精霊器たち。

 全員の視線が私の前にある駒に注がれる。その内の1つが激しく明滅し、けたたましく警報を鳴らしていた。


「場所は1階玄関付近、番兵さんたちが応戦してるみたい!」


 私の1つ目の役割。それは間取り図と駒をチェックし、どこに異常が起こったかを他のみんなに報告する事。

 幾体もの人形が攻めてくると言う情報から、番兵さんたちが突破された場合押し寄せてくるタイミングを確かめる為だ。

 それを受けてみんなは戦闘体制を取る。しかし、そんな私たちを嘲笑うかのように続けざまに鳴り響く警報の音が増えていく――。


「っ、2階客間、1階食堂にも?! あっ、また……1階西側廊下!」

『キュッキュッキュッ!?』


 続発する警報の洪水。複数ヶ所の同時襲撃がみんなに焦りを芽生えさせる。ここから離れる、と言う選択肢が無いから余計に。


「『アリッサさん、戦況は如何ですかな?』」

「まだどこも突破はされていないみたいです……」


 もしも番兵さんが意識を失う以上の事になれば駒は倒れて動かなくなる。現状は大半の駒が細かく動き、いくつかは少し離れている駒がある。恐らくは敵と相対している人と、戦線から離れて体を休めているんだと思うけど、倒れた駒は1つとして無い。今はそれだけが目に見える朗報だった。



『あ〜あ、随分頑張ってしまったようですね。何て事でしょう、大人しくしておけば怪我もせずにいられたでしょうに』



 !

 スピーカーで拡散したような、どこか割れた耳障りな声が部屋に響く!


「『本命が来たぞ、気を付けろ!』」


 ――ガッシャアアンッ!!


 窓側を見張っていた天丼くんが大盾を構えた直後、外から何枚かの窓ガラスを割って何かが飛び込んできた!?


「『……お出まし、ね』」


 それらは……私の身長の1.5倍はありそうな木製の人形。それぞれがカチャカチャと音を立てて立ち上がる。1体はマネキンくらいにシンプルな人型、それが犬型と猫型の人形を従えているようだった。


『……』


 人型の人形は私たちをねめつけるようにゆっくりと見回すとこれ見よがしに肩を落とし、カチャリと乾いた音を鳴らした。


『嫌な気配がするかと思えば……あなた方は星守ですか?』

「何……?」


 何かのイベントなのか、話し始める人型の人形。セレナなどは大鎌を構えて攻撃したそうなのだけど、天丼くんが制している。


『どなたも理解が遅くて困ります。折角マリーが忠告をして差し上げているのに、こんな方々まで呼ぶなんて』

「『忠告? ……予告状か』」

『そうですよ。マリーが来るのですから宝石を大人しく差し出せば済む話ですのに、何故かどなたも態度を硬化させるばかり。マリーの優しさを無下にするなんて酷い方々と思いません?』

「『寝言は寝て言いなさいよね! 余所様の家に入ってアイテム持ち逃げしていいなんてのは大昔のRPGだけよ、大事なお宝をハイそうですかって渡せる訳無いでしょ! それで貰えてるなら私がさっさと貰ってるってーの!』」

「セレナ……」


 割と本気で言っていそうなセレナにみんなの白い目が向けられるのは仕方無い話と思う。


『あら、貴女とは気が合いそうですね』

「『どこがよ!』」

「『説得力無ぇー……』」


 どこかほのぼのとしたやり取り、けどセレナも天丼くんも武器を構えるのを解いてはいない。

 それを見て取ったのだろう、怪盗マリーは殊更に大きくため息を吐いた。


『はぁ……これ程お話しても分かっては下さらないなんて……本来でしたらこの部屋でも苦労せずに済んだ筈でしたのに、どうやら簡単には渡しては頂けないご様子。面倒な……本当に面倒な事ばかり……』


 キリキリキリキリ。人型は首や腕を不規則に回転させながら言う。怖い。言葉は後半になるにつれトーンを落とし、不気味な雰囲気を醸している。


『こんな所にマリーのお人形たちを居させるなんて可哀想になりました。早く目的を済ませて帰りましょう。さぁ、怪我をしたくなければ退いてくださいな』

「『寝言は寝て言え』」

「『宝石渡すとか無いから、バーカ!』」


 天丼くんとセレナが前衛に立ち、ジャキッと武器を構える。


「『〈ウォークライ〉! 『さぁ来い木偶』!』」


 天丼くんが吼え、セバスチャンさんが演奏を始めるのと戦端が開かれるのはほぼ同時、獣型の人形が飛び掛かる!

 もちろん天丼くんは大盾でそれを受け止めるものの……その衝突音はまるで金属同士のそれだった。


「『チィッ!』」

「『なん、こんのっ!』」


 相手の攻撃を受け止めた天丼くんと細かく動き回る猫型の攻撃をさばくセレナ。ダメージもほぼ負わずにすんだものの、2人には余裕は無い。

 何故なら、本来は寸前に放った〈ウォークライ〉の効果で天丼くんに集中する筈であろう攻撃は、犬型が天丼くんの動きを制限し、猫型がセレナを襲うと言う結果となっていたから。


「『やはり、そうなりましたか』」


 呟きが届く。けど、私は法術の詠唱中の為に視線だけで応える他なかった。

 それに気付いたかどうか、セバスチャンさんは前衛2人に届くように声を張り上げる。


「『お二方! 打ち合わせの通りに!』」

「『おお!』」

「『分かってるわ!』」


 2人がそれに答え、天丼くんは更に身を堅くして相手の隙を見極め、セレナは武器を振るえるように空いているスペースへと人形を誘い込む。セバスチャンさんの予想が的中した事でさしたる混乱も無い。


(良かった……でも、ほんとにこんな事あるんだ)


 私は自分のすべき事を先刻のセバスチャンさんの言葉と共に思い出していた。



◇◇◇◇◇



 始まりはマリー・オネットが人形遣いである事を知ったセバスチャンさんの解説だった。


「恐らく人形は遠方のマリー・オネットが遠隔操作しているのではないか、と考えられます。その為、精神干渉系のスキルの効果が発揮されぬ可能性があるのです。気を付けてください、天くん」

「あー、そうか。そうなるよな……めんどくせー」

「アンタの取り柄がものの見事に潰れてんじゃん。名実共に役立たず? つっかえなーい」

「使えてもお前にゃ使ってやらねぇよ」


 ……精神干渉系?

 私の頭にクエスチョンマークが出ていたかどうかは分からないながら、セバスチャンさんは私に向かって説明してくれる。


「天くんの使う〈ウォークライ〉はモンスターのヘイトを上昇させるスキルです。憎悪を意味するその言葉の通り、モンスターの感情を逆撫でる効果を持ちます。他にも、使用する事でモンスターを怯ませるなど、モンスターの感情に何らかの変化を生じさせるスキルを精神干渉系スキルと呼ぶのです」


 おー、そんな効果だったんだ。単に大声を出して気を引き付けているだけかと思ってた。


「が、その性質上意思を持たぬ下級アンデッドや遠隔操作された端末などには十全の効果を与えられぬ場合があります」

「ああ。なるほど、それでマリー・オネットの人形相手には利かない可能性があるんですね……じゃあ今回は天丼くんが攻撃を引き付ける事が出来ないんですか?」

「まだ可能性の段階ですが、可能性がある以上は対策を講じねばなりません」



◇◇◇◇◇



 あれが無ければ、私なんてあわあわと慌てふためいちゃってたかもしれない。


(頼りになるなあ、セバスチャンさん)


 サポートに徹するセバスチャンさんと紅の涙を守る為に、私は〈ダブル・レイヤー〉で〈プロテクション〉を2重に展開する。ドーム状に展開された光の壁が前衛2人とこちらを明確に分断した。

 これで万一2人が抜かれてもあの人形たちはこちらにすぐには近寄れない。

 今回のクエストは、いくら人形を倒しても最終的に紅の涙を守れなきゃ意味が無い。私の役目はセレナと天丼くんが人形を倒すまで紅の涙を守りきる事。

 はっきり言って今まで私が相手にしてきたモンスターよりも格上なのは前衛2人の一進一退の攻防を見れば一目瞭然。下手に私が攻撃に加わって、結果攻撃対象にでもなれば耐えられる保証は無い。ひーちゃんも未だレベルは一桁、同様に一撃に耐えるのも難しいと思う。

 よしんば天丼くんが守ってくれたとしても、それは足手まといと変わらない。悔しいけど、やっぱり私はまだ弱いんだなと実感する。


(それでも、やれる事はやらなきゃ)


 いつまでも無力さに歯噛みしてもいられない。私は次なるスペルを唱える。


「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔祓う聖なる一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、傷を癒す清き願い”。“導け、聖なる抱擁”!」


 〈ヒールプラス〉の藍色の光が傷付いたセレナへと飛び、失われたHPを回復させる。

 回復行為もまたヘイトを上昇させてしまうから、必要最低限に済ませないといけない。スキルの回復量と相手のHP残量をしっかりと把握する事が求められている。


「『よっしゃあ!』」


 HPがほぼ全快した事で強気に飛び出し、全力の攻撃を叩き込むセレナ。振り下ろした大鎌の斬撃を避ける事無く、猫型の人形が地面に叩き付けられて関節がバラバラと散らばった。


(思ったよりもHPが低かった……?)

『キュイッ!』

「えっ?!」


 突如としてひーちゃんは強い警戒を露にし、当のセレナは戸惑いの声を上げる。どうしたの?!


『クスクス』


 そこで今まで1体だけ後方に佇み、不気味に沈黙を保っていた人型が含み笑いを漏らす。


「『ちょっとアンタ何笑って――』」

「『セレナさん! 足下です!』」

「「『?!』」」


 私とセレナがセバスチャンさんの怒号に反応する寸前、バラバラになった人形から“なにか”が飛び出した!!

 黒い靄をまとったそれは細長い栗色の……髪の毛?!

 数本の髪の毛は瞬く間にセレナの左腕に取り付き、次の瞬間には二の腕近くにまで巻き付いてしまった!


「『キ、キモッ?! 何よコレッ!?』」


 大鎌から右手を離し、髪の毛に手を伸ばすセレナ。けど――!


 ――ビクンッ!


 セレナの体が強張る。まるで一時停止ボタンを押したように、セレナだけが周囲の空間から切り離されたように……身じろぎすらしない。


「セレナ!?」

「『っ、コイツは!』」


 私も、天丼くんも、何度も何度も呼び掛ける。呼び掛けるのに……一向に返事が無い。

 高鳴る動悸……次の瞬間、楽しげに嘲笑うような声が響いた。



『クスクスクスクス。新しいお人形(友達)の出来上がりです♪』



 そんな声とまるで同期を取るかの如く、明らかに尋常で無い様子のセレナがこちらに振り向き動き出す。

 ふらふらと覚束無い足取りで、だらりと下げた左手の大鎌は絨毯を切り裂きながらこちらへやって来る。


「奪うって、やっぱり!?」

「『っ、いけません!』」


 セバスチャンさんの声も虚しく、真っ黒に染まった瞳で光の壁を憎々しげに凝視し、大鎌を振り上げる――!?



「『〈フ、ァ、ン、グ、ク、ラ、ッ、ク〉』」



 ぎこちなく紡がれる言葉でスキルが発動し、大鎌が光をまとって〈プロテクション〉の光の壁へ吸い込まれていく。そして、鋭い音が鳴り響き……全面にヒビが走り1枚目の壁が砕け散る!


「きゃあっ!?」

「『あんのバカ、体のコントロールを奪われやがった(、、、、、、、)っ! 注意しろって言っておいただろうが!』」


 そう、予想自体はされていた。

 ファーナちゃんから教えてもらった歌の2番から考えられる可能性。そして人形遣いだと言う怪盗マリーを組み合わせた時、もしかしたら体のコントロールを奪われてしまうのではないかと。

 そしてそれに該当する状態異常(バッドステータス)が存在した。

 それがバッドステータス『魅了(チャーム)』。


「『〈剛、烈、脚〉』」

「っ!」


 そして軽い音と共に蹴り砕かれる2枚目の光の壁。セレナは繰り糸で操られる人形のようにぎこちない動きで一歩、また一歩と近付いてくる。


「『このっ! やめろ!!』」


 後ろから追い付いた天丼くんが腕を掴む。しかし、腕を掴まれたセレナが暴れる上に犬型の人形は未だ健在で後方から追撃を仕掛け、防御もしない天丼くんのHPはガリガリと断続的に減少している。


「『天くんそのままご辛抱を! 『マルチメディシンポーション』!』」


 セバスチャンさんは天丼くんに指示を出すとアイテムポーチからバッドステータスを浄化するポーションを取り出し、歯でコルクを抜きながら駆け出した!


「『御免!』」

「『邪、魔、を、し、な、い、で、く、だ、さ、い』」

「『っ、ぬうっ?!』」

「『セバさ、んっ!?』」


 ポーションの中身を浴びせようとした刹那、今の今まで執拗に天丼くんを狙っていた犬型の人形がセバスチャンさんの妨害に割り込んだ!?

 ポーションの中身はあらぬ方向に飛び散り、天丼くんがそちらに意識を逸らした一瞬を狙われ大鎌を投げ付けられる。


「『ぐっ?! てめぇっ!!』」

「『こ、れ、で、ま、た、一、歩。さ、ぁ、早、く、帰、り、ま、し、ょ、う。喜、ん、で、く、れ、る、か、し、ら?』」


 歓喜の浮かぶ声が木霊する。大鎌は当たりこそしなかったものの腕は振りほどかれ、セレナが紅の涙の許へと走り出す。



「っ、ああああああっっ!!」



 それを止められるのは、残された私しかいない。

 真っ正面からのタックルでセレナにしがみつき、前へ進むのを全力で妨害する。


「『っ。ま、た、邪、魔、を』」


 そんな私をセレナは服を掴んで力任せに引き剥がしにかかる。パラメータはそのままであるのかその力は凄まじい。


(でも、攻撃だけはされない筈……怯んじゃ、だめ! 負けるもんか……っ!)

「『退、い、て、下、さ、い。じ、ゃ、な、い、と……加、減、は、出、来、ま、せ、ん、よ』」


 そりゃ私のパラメータや装備じゃセレナを止めるなんて出来ない。ただの重しにしかならないのは分かってる……でも、出来る事だってある、そう言ってもらってる!!


「〈ダブル・レイヤー〉! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”! “我が意のままに形を成し、魔を討つ光の一欠を、この手の許に導きたまえ”! “其は、悪しきを戒めたるもの”! “輝け、光の縛鎖”!!」



 ――ジャラララララララッッ!!


「『こ、れ、は――?!』」


 詠唱の完了と同時、セレナの体に巻き付く黄色い光の鎖。

 さっきセレナは〈プロテクション〉をスキルを用いて砕いていた。本来ならPCであるセレナは無条件で中に入れる筈なのに。

 つまり、今のセレナは……モンスターみたいな扱いになってしまっている、だからこそ〈ライトチェイン〉で捕まえる事だって出来る!


「『動、け、な、い? こ、れ、は、何? 貴、女? 貴、女、が、し、て、い、る、の?』」

「うっ、ぐ……!」

「『セレナ!!』」

「『アリッサさんっ!』」


 鎖から逃れたセレナの片腕が再び服を掴み私を引き剥がそうと動き出す……! 天丼くんとセバスチャンさんは人形たちに邪魔されてこちらから引き離されている。助けは期待出来ない。


(なら……私が、どうにかしなきゃ……っ!)


 その為に私は……瞳を閉じる。セレナのゲージ近くある魅了状態を示すハート型アイコンに書かれている数字は『5』だった。

 それはバッドステータスのランクを示す物、バッドステータスはランクを増す毎に持続時間を増し効果を強め、2⇒1⇒0と言った形で引き下げる事で浄化完了となる。そしてその中でも5は最も重度であると示していた。

 バッドステータスを浄化出来るスキル〈キュア〉だけどランクを1つ下げる効果しかない。セレナを解放するには5回、〈ダブル・レイヤー〉を使用しても3回、再申請時間を挟んで使わないといけない。

 でもそんな余裕は鎖が上げる軋みの音が、存在しないと告げている。


(だから……)


 思い出す思い出す。一言一句を間違えないように。

 そうしている間にも早くも1つ目の〈ライトチェイン〉が砕け散る。急がないと……私のパラメータで作った物じゃそう長くセレナを押し留められない!


「〈ダブル・レイヤー〉! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”! “我が意のままに形を成し、魔を祓う聖なる一欠を、この手の許に導きたまえ”! “其は、悪しきを退けたる浄めの光”! “苦しみよ去れ、憎しみよ去れ、悲しみよ去れ、怒りよ去れ”! “そして安らぎをあなたに贈る”“届け、我が想い”! “導け、慈しみ愛する聖心”!!」


 セレナを抱きすくめる両腕から眩いばかりの藍色の光が迸り、羽の形を浮かび上がらせる。

 《聖属性法術》中最高の浄化性能を誇るエキスパートスキル〈ピュリフィケイション〉が私の右手から2つ生成され、そのままセレナへと吸い込まれ……セレナの体を藍色の光で満たしていく。

 私はエキスパートスキルを50%の力しか発揮させられない、けど……2つが同時なら完全に浄化出来る筈……お願い!!


「『ぐっ、う、う、う?!』」

「私の、友達を……返してっっ!!」


 その光に当てられたかのようにセレナの全身から黒い靄みたいな何かが吹き出し、苦しむように蠢くと端から霧散していった。

 やがて私を引き剥がそうとしていた手がだらんと下がり、絡み付いていた栗色の髪が床に落ちて煙のように消え去った。それを契機にセレナの全身からも力が抜け、〈ライトチェイン〉からもするりと抜け出し……へたり込んだ。私もそのままなので、半ば床に寝転ぶような格好になる。


「ぜっ、はっ……」

「『…………』」


 音が遠い。剣戟の響きも、バクバクと激しく脈打つ心臓と荒々しい呼吸音にかき消されそうだった。


(良かった……間に合ったあ)


 涙が出る程安堵する。

 それが目に止まったのか、セレナが弾けるような勢いで私から離れ肩を掴む。


「『ア、アリッサ?! だっ、大丈夫?! な、涙……い、痛かったの?!』」


 顔を歪め矢継ぎ早にそう聞いてくるセレナは、どうにも混乱しているらしくおろおろと慌てふためいている。


「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて。あんな事くらいじゃ私負けないから、ね」


 これ見よがしに力瘤(無いけど)を作ってアピールする。セレナはそれで安堵の息を吐くも、顔を伏せてしまう。


「『っ、ごめん。私が油断したばっかりに…………ごめん!』」


 掠れたような声音で呟き恐々と私の髪に触れる。


「仕方無いよ、あんなの。いきなりだったし、対処のしようが無いじゃない。私は大丈夫。セレナを助けられたから全然平気」

「『だって、だってさぁ……もし立場が逆なら、私……』」


 弱々しくそう呟く。そうだ、セレナと相対しなきゃいけないなんて私は嫌だった、だからその気持ちは痛い程分かる……でも、セレナのこんな姿だって嫌なのだ。


 ――だから、私は息を吸い込んだ。



「セレナの、ばーーーかっ!!」



 激闘の音が支配する部屋に、似つかわしくない叫びが木霊する。


「えーとえーと、ばーかばーかばーーーかっ!」


 普段言い慣れずレパートリーの乏しい悪口を吐き出す。そして呆気に取られ、ぽかんと口を開けっ放しにしながら私を見るセレナの頭をポカポカと叩く叩く叩く。


「ほらっ、私ひどい事言ったよ! ひどい事したよ! これでおあいこでしょ! いつまでしょげてるの、まだ天丼くんもセバスチャンさんも戦ってるんだよ! 私、今役立たずなのに、戦えるセレナがそんなでどうするの!」


 セレナのバッドステータスが消えた代わりに私はバッドステータスの封印(シール)に陥っている。本来修得出来ないエキスパートスキルを使用した代償だった。

 歯痒いけど後数分は法術が使えない、だから身体的なパラメータの低い私に出来る事はしょげる彼女を叱咤するくらいしかないのだ。


「立って! こんな事で負けないで!」


 すっと腕を伸ばして指を差す。

 今も向こうでは天丼くんとセバスチャンさん、そしてひーちゃんまでもが戦っている。

 怒りに燃えながら人型の人形に剣を振るう天丼くん、見慣れぬ短剣で天丼くんに襲い掛かろうとする犬型の攻撃を往なし躱してカウンターで切り裂くセバスチャンさん、必死で攻撃を避けながらわずかでも2人から意識を逸らそうと2体の眼前を飛び回るひーちゃん。


「『……分かった。すぐ、すぐに終わらせるから!』」


 ぐしぐしと滲んだ涙を拭って駆け出したセレナは落ちていた大鎌を拾い上げ、声を張り上げて大鎌を振りかぶる。


「『でぇぇりゃぁぁーーッ!!』」


 天丼くんと相対している人型との間に強引に割り込んだセレナは大鎌を強く強く突風すら巻き起こす程の勢いで振り下ろす。

 一閃。

 切り裂かれた人型の人形には赤々としたダメージ痕が発生する。マリー・オネットが何事か叫んでいるのもお構い無しに蹴りを交えて2撃目、3撃目と続けざまの攻撃をぶつけ、いくつもの赤いダメージ痕が刻まれていく。

 ……セレナの震える叫びと共に。


「『よくもっ、よくもっ!』」


 真横から一文字に裂く一撃が人形の胴体を切り裂く。


「『私の大事なっ! 友達にっ!』」


 大鎌を振り抜いた勢いを利用した右の回し蹴りが炸裂する。


「『アリッサにっ!』」


 それに吹き飛ばされた人形を下段からの大鎌が打ち上げる。


「『よりによってっ! 私にっ!』」


 人形が落ちてくるのをセレナは大鎌を構えて待ち受ける。


「『あんな真似っ! させてぇぇぇっっ!!!』」


 人形の反撃も許さぬ程に、巨大な鎌を自在に振るいスキルを織り交ぜた怒濤のラッシュを炸裂させ、はち切れんばかりの怒りをただただぶつけるのだ。


『ガッ、こ、ガガッ、の――?!』


 人形は宙を舞う。ガチャガチャと必死にもがいても、既にセレナは体をいっぱいに反らして、吼えるようにスキルを唱えている。無事に落下などさせないと、その背中が告げている。


「『〈クレッセントスラスト〉ォォッッ!!』」


 スキルが大鎌に燃え上がるような赤い光がまとわせる、一瞬で振り下ろされた刃は光の尾を引き、まるで紅蓮の三日月のような軌跡を描く。

 人形は焼き目もあらわに真っ二つとなり、刃の勢いのままに床に叩き付けられ、残されていたHPも容赦無く奪われていた。


「『はっ、はっ……』」


 木製のパーツが落下し、派手に音を立てる中で別方向からも音が聞こえた。

 天丼くんとセバスチャンさん、それにひーちゃんが相手をしていた犬型が崩れ落ちた音だったらしいけど、みんなは猫型の時を意識して油断せずにいる。

 すると。


『ザッ、ザザッ、ザッ――』


 反応があったのは人型の方。HPは尽きている筈なのにガチャガチャと不規則に手足をばたつかせている。みんなの間に緊張が走った。銘々に素早く武器を構える。

 が、その状態はあっけなく終了し、人形からは前よりもはっきりとした女性の声が響いた。


『……やってくれましたね、星守』

「『それはこっちのセリフよクソビッチ』」


 どちらも雰囲気は重々しく、戦闘は終わった筈なのに一触即発と言った空気が漂う。


『マリーのお人形にまでひどい真似を……本当に邪魔ばかりして……忌々しい』


 人形の無機質な硝子の眼が私たちに向けられている。それはどこか淀んで見えた。


「『だっから、それはこっちのセリフだっつってんでしょうがよ! 人の体を好き勝手に動かして……しかもよりにもよってアリッサに……』」


 ぐらぐらと煮えたぎる感情のまま大鎌の柄をぎゅうっと握り締め、歯を食いしばるセレナ。そんなセレナの手をそっと包み、私は前に出る。


「『アリッサ……?』」


 怪訝な表情になるみんなをひとまず置いて口を開く。


「マリー・オネット、さん」

『…………』


 ギギ、と人形の眼だけがわずかに動く。多分私へと向けられたんだろう。


「どうして、こんなひどい事をするんですか?」

『宝石が欲しいからです』


 返答はすぐさま。感情のこもらない声で返ってきた。


『宝石が欲しい。邪魔があれば蹴散らし、得る。それだけです。嫌ならば大人しく渡せば良いのです』

「嘘です」


 答えを絶つ。


「宝石が欲しいならもっと楽な方法はいくらでもあります。そもそも一度は誰にも気付かれずに潜入してるんですから。予告状を出してる時点でその言葉は破綻しています」

『…………』


 答えは返ってこない。何か理由があるのだろうか、そんな考えが浮かぶ。


「…………さっき、貴女は言いましたよね。『喜んでくれる』と。それはつまり貴女は誰かの為に、こんな事をしているんじゃないですか?」

『…………ザザ……』


 またも答えは無かった。返ってきたのは耳障りなノイズばかり。


「……その誰かと言うのはもしかして貴女のお友達――」




『――黙ってもらえますか』




 底冷えのするような声が私の声を切って捨てる。そこには明らかに感情が込められていた。


『貴女に、何が分かります?』

「……分かりません。何かを奪う理由も、誰かを傷付ける理由も……分かりません」


 だってそんなのは悲しく辛い。そんな思いを誰かがすると思っただけで胸が痛い。

 自分がするのも、されるのも、そんなのは嫌だから、分からない。


「でも、だから聞きます。何か困っているなら力になれる事もあるかもしれませんから、教えてはもらえませんか?」

「『ちょっ、アリッサ?! こんな奴相手に何を言ってるのよ!』」


 色めき立つセレナ、けど私はマリー・オネットから目を離さずに言う。


「……だって、セバスチャンさんが言っていたもの、魔法使いは悪い神様に唆されているって。なら、どうにか出来る事もあるかもしれない。そうすれば、もうこんな事をしなくて済むかもしれない。話し合えば分かり合える事もあるかもしれないじゃない。だって……話せるんだから」


 彼女は戦う以外に無いモンスターではなく、言葉を話せる魔法使いなのだ。

 それでも、セレナにひどい事をしたマリー・オネットに対する憤りはある。でも感情のままに動くばかりではいけないと昨夜思いもしていたから、それが私の溜飲をわずかばかり下げていた。


『力に、なる……?』

「貴女がそう望むなら力になります、だからこんな事は――」


 けど……人形からは奇妙な声が聞こえてくる。


『あ、あははは……あは……はははは……はは……あーっはっはっはっは!!!』


 狂ったような笑い声。人形の残骸もガタガタと不規則に振動している。


「なっ、何?!」


 再びみんなが武器を構える。私もまた杖を握る手に力を込める。


『何て事かしら!? 何て愚かしいのかしら!? 何てバカバカしいのかしら!? でも、何て優しいのかしら! 素敵、素敵素敵素敵素敵、とっても素敵じゃないですか!! あは、あはははははははははははははははははははははははははははははは――』

「『コイツ訳分かんない……なんなのよ?!』」


 セレナの言葉を私は否定出来ずに不気味さにおののき一歩後退るとピタリ、狂ったような笑い声が止まる。



『――いいですね、貴女』



 うっとりと、艶かしい声が、聞こえて、それで――。



『お友達にしたくなりました』



 ズ、と突如私の足下から、どこかで(、、、、)見た事が(、、、、)あるような(、、、、、)黒い靄(、、、)が噴き上がる!?


「な、ん――?!」

「『アリッサ?!』」「『コレは?!』」「『瘴気、ですと?!』」


 それは私を取り囲むように、みんなから切り離すように、円形に噴き上がる。そして、足下にはまるで眼球のような陣が私を捉えていた。



 ――怪盗マリーは寂しがり。

 ――夢は友達沢山作る事。

 ――気を付けないといけないよ。

 ――1人はヤだから探してる。

 ――狙ったものは奪ってく。

 ――怪盗マリーにご用心。



 あ。



『ああ、嬉しい。くす、くすくすくす……あーっはっはっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』



 ――――そんなマリー・オネットの声を最後に、私は――――――。


 先日ずっと使っていたガラケー(P−02B)が畳む度に電源が落ちる奇病にかかりまして、数年ぶりに機種変してきました。



 またガラケーですが。



 スマホ? 047には荷が勝つ代物ですよ。orz

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