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第57話「その名は魔法使い」




 晩ごはんを済ませた私は決めておいた時間よりも早く再びMSOにログインした。

 未だ謎の多い怪盗を捕まえられるのかどうか、今までに無い展開にちょっと胸がドキドキと高鳴るのを感じている。


「……う〜ん」


 ここはタミトフ子爵邸の客間の内の1室、家具はベッドやクローゼット、机など一通り揃ってる。どうもバスルームやトイレなどもあるらしく、下手な宿など歯牙にもかけないくらいレベルの違う部屋。

 私は2つあるベッドの1つに寝転がっていて、程よい弾力のベッドから体を起こして隣を見る。

 客間はそれぞれ2人部屋との事だったので、私とセレナ、天丼くんとセバスチャンさんで泊まったのだけど……セレナはまだ来ていないみたい。


「〈サモンファミリア〉“おいで、ひーちゃん”」

『キュイ!』


 ポワッ。ひーちゃんを呼び出した私はいそいそとベッドを離れる。


「ちょっと急いでるの、ついてきてね」

『キュー?』


 ひーちゃんを引き連れた私はドアの向こうへ駆け出した。



◇◇◇◇◇



「では皆さん。集めてきた情報をまとめましょうか」


 セバスチャンさんのセリフに私たちは首を縦に振る。

 場所は移って首飾りのある部屋。私、セレナ、天丼くん、セバスチャンさんの4人が既に集まっていた。


「ではわたくしから。タミトフ子爵についてですが……」


 セバスチャンさんは語る。

 今回の件が何らかの人間関係のトラブルから発生した物ではないか? と言う点。そこから真犯人を絞れないか、と考えた。

 けど、調べてみるとあの振る舞いから多少面倒がられはするものの、基本的には温厚な人物であり何かしらのトラブルを起こしたり人から恨まれるような事も無かったとの事。


「ウザいだけでそれ以上にはなってないワケね」

「そのようですな。むしろ朗らかなお人柄で貴族の間では慕われておいでだとか、この屋敷で働く方々も良い主だと胸を張っておられました」


 そしてタミトフ子爵の自作自演では? と疑いもしたものの、そもそも自らの家の宝である紅の涙を盗む、または盗ませる理由が無い事からシロと判断された。


「金銭面で逼迫している、と言った様子も見受けられませんので、盗まれたふりをしつつ換金すると言う線は無さそうです」

「まぁ、報酬もきちんと用意してたしな」

「有益な情報は得られませんでしたが、少なくともタミトフ子爵は信の置ける方であるのは分かった事が成果ですな」


 どうやらタミトフ子爵は本当にただの被害者であるらしかった。疑ってごめんなさい。


「じゃあ次は俺だ。怪盗マリーについて」


 セバスチャンさんが椅子に腰掛け、入れ換わりで天丼くんが立ち上がる。


「怪盗マリー。これまでも何回か怪盗と称して窃盗を行ってる、盗んだ品はどれも貴族の持つ高価な品で貴族の間ではそれなりに知られた存在らしい。盗む目的は不明。性別は声から女と思われるが、今までその姿を見た者はいない」

「ふーん。誰にも見られてないってのはかなりの凄腕って事?」

「いや、腕じゃない。どうも怪盗マリーが不可思議な術を使うからだそうだ」

「術? スキルか何か?」


 こちらの世界の人は今現在星と契約を交わせない。私たち星守がすべての星を目覚めさせたその時、また契約を交わせるようになるのだとか……だからもしスキルを使ったとするなら、それは怪盗マリーがPCだと言う事なんじゃ……?


「いや、これまでの犯行の中でNPCに怪我人が出ているらしい。そうなるとPCの線は無い、そんな真似をすればペナルティを貰うし、そもそもダメージ自体発生しないからな……つまりその術ってのは『魔法』だ」

「え? ま、まほ……?」

「ふむ。それはまた珍しくも厄介な相手に当たってしまいましたな」

「え、え?」


 ?

 法術と魔法を混同して怒られたのがずいぶん昔に思える。魔法はモンスターが使う星を封じてしまった悪い力だとティファが言っていたのだ。


(なら、怪盗マリーはモンスター? でもここはライフタウンの中で、だからモンスターは入ってこなくて……???)


 思考がぐるぐると渦を巻き、その中からは次から次へと疑問符が湧いてくる。


「ちょっと、そこの2人。アリッサがフリーズしてんだけど」

「あ?」

「ふむ?」


 セレナの指摘によって私の混乱っぷりに気付いた2人が揃って口を閉じた。

 私が自身の魔法に対する理解を話すと納得したのかセバスチャンさんが説明を挟んでくれる事となった。


「話の腰を折ってしまってすみません……時間も少ないのに」

「いえいえ、誰しも知らぬ時期があり、誰しも学ぶ時が来るものです。アリッサさんにはそれが今来ただけの事です、お気になさらず」

「それに知ったかぶりされても困るしな、後々の為にもしっかり教えてもらえよ」

「りょ、了解っ」


 そうして天丼くんは何やらセレナと話し始め、その間にセバスチャンさんによる魔法の説明が始まった。


「では、魔法について少々。そも魔法と言うのは略称でして、正確には『魔属性法術』と申します。位置付けとしては聖属性法術の対極属性ですな」


 なるほど、と頷く。

 属性にはそれぞれ対極に位置する属性が存在し、互いを弱点としている。

 水を蒸発させる『火』と火を消す『水』。

 土を削る『風』と風を阻む『土』。

 闇を照らす『光』と光を飲み込む『闇』。

 そして良い神様の生み出す『聖』属性と悪い神様の生み出す『魔』属性がある。

 確かに8つの内7つが属性法術として加護があるのなら魔属性も属性法術として存在していても不思議じゃないかも。


「魔法は大地の底に眠る悪しき神が与える力。それは星々が与える加護と同様のプロセスです、言わば《魔属性法術》と言う名の加護と呼べるやもしれませんな。実際に一部のモンスターが使う魔法はエフェクトに多少の差異はあれ、ほぼ法術と変わりありません。……時折こちらの持ち得ぬ程の威力の魔法を使われると、業腹に思いますが」


 後半の言葉は冷たく、キラリと片眼鏡が光ると何故か背筋に冷や汗が……。


「こほん。前置きはここまでにしましょう、問題はここからです」


 セバスチャンさんの目が鋭くなり声のトーンが下がり眉間にはしわが寄っている。その雰囲気に私は知らず喉を鳴らしていた。


「悪しき神はモンスターのみならず、極々稀に人間を唆し、魔法を与える事があるのです」


 ああ……やっぱり、そうなんだ。消去法でいけばそうなるのは当たり前ではあるんだけど……あんまり考えたくなかったな。


「……怪盗マリーも唆されてしまった1人である、と言う事ですか」

「確証はありません、が恐らくは。彼らはライフタウン内でも自由に、自身の心の赴くままにその力を振るいます。それは時に表立って、時に影に潜みながら」


 魔が差す、と言う言葉がある。心の隙間に、まるで悪魔が囁くように悪い考えが浮かび、それに身を任せてしまう事。

 セバスチャンさんの言うそれはまるで魔が差した例えそのもののように思えた。


「人々はそんな彼らを畏怖と侮蔑を込め、こう呼ぶのです」



「『魔法使い』、と」



 まほうつかい。

 子供の頃に読んだ絵本には、夢と希望を与えてくれる魔法使いもいれば、悪い魔法使いもいたものだけど、実際にこの世界では恐怖の対象になっている。

 それはとても辛く、寂しい事実で……そうなってしまった人が悲しく思えた。


「セバスチャンさんは実際に戦われたんですか……?」

「ええ。とは言えこのMSOを始めて数ヵ月経ちますが相対したのは一度のみ、噂も数える程しか聞きませんが……それだけに、引き当ててしまい申し訳無く思っております」

「そんな、くじ運ばかりは仕方無いですよ……」


 沈む私の表情に気付いたのか、セバスチャンさんはそっと肩に手を置き、諭すように穏やかに話を続ける。


「幸い、と言ってよいものか。魔法使いであろうと直接攻撃時のセーフティーブロックは有効です、傷付けてしまうような事にはなりません」

「……良かった」


 それは、するりと口から出た。人が傷付くのはやっぱり嫌だから。


「それに、魔法に囚われてしまってもその力をもたらす加護を討てば魔法からの解放が可能です。無論解放出来たとしても犯してしまった罪は償わなければなりませんが」


 それは……どうしようも無い事なのだろう、セバスチャンさんは目を伏せる。

 けど、続く言葉は強く、確かな意志の力を感じた。


「我らに出来る事は人の道を外れた彼らを止める事です。これ以上悲劇を繰り返さずにすむように。少なくともわたくしはそう思っております」


 ……止める。

 止められる?


「……私にも、何か力になれる事があるでしょうか。まだ、弱いですけど……」

「勿論、ありますとも。〈プロテクション〉は魔法の暴威から皆を守れるでしょう、チェインは相手を傷付けずに捕らえらるでしょう。アリッサさん、貴女の扱える数々のスキルはわたくしのような楽器よりも、セレナさんや天くんの武器よりも出来る事が多い筈です。貴女の力に自信をお持ちなさい」


 私は頷く、まだ弱々しいけどしっかりと。その言葉にこそ自信を貰ったから。



◇◇◇◇◇



「あ、終わったー?」


 あっけらかんと背中に声がかけられる。明るく少しトーンの高いその声は紛れもなくセレナのものなのだけど、その後に何故かこんな声まで発せられた。


「スリーカード!」

「フルハウスー、うわバカヅキじゃない私? 3連勝〜」

『キュー』


 後ろを振り返ればそこにはテーブル越しに向かい合ってソファーに座るセレナと天丼くん、そしてテーブルの上に何故かひーちゃんがいた。

 ひーちゃんの前には……何故かトランプのような札がある(絵柄が微妙に違うので断言出来ない)、その札の山が3人の中間にありそれぞれ手元には5枚の札がオープンになっている。うん、ポーカー。

 ちなみにひーちゃんはワンペア。おお、役になってる! ひーちゃんすごい!


「や、なんか話が長くなりそうだったから暇潰ししてた」


 との事。……長引かせた原因なので何も言えない。

 天丼くんは負け越したからかトランプを片付けていて、ふんぞり返ったセレナがこちらに話を振ってくる。さすがにひーちゃんでは片付けられないしね。


「で、どう? 魔法についてはちゃんと教えてもらったの?」

「うん。色々びっくりしたけど……大丈夫」


 そう言った私の顔をまじまじと見つめたセレナは深く安堵の息を吐いた。


「そ。途中深刻そうな顔してたからちょっと気になってたけど、杞憂だったかー」

「セレナ……心配してくれてたの?」


 じーん。胸に温かい気持ちが広がる。遊んでいるように見えても、こちらの様子を気に掛けてくれていたんだ。


「そりゃ……アリッサは繊細ってゆーか何でも深刻にしちゃうじゃん、ちょっとくらいは気にするっての」


 ああ、当たり。うん、友達に心配させちゃう辺り、ちょっとならずと反省しなければならない……のだけど、顔は綻ぶ。


「ありがとう」

「いいの! そう言うのは!」


 反対に強張ったセレナは顔を逆方向に思いっきり振ってしまう。まあ、それでも分かる事はある。例えば赤い耳だとか、口の端が笑ってる事だとか。

 セレナは友達想いの素敵な人なのだと、こうして改めて確認出来るのはすごく幸せだ。


「はいはい、ごちそーさん。だが2人とも、そろそろ最初の目的に戻ろうぜ」

「は? 何だっけ?」

「情報の共有だろうが! 脳みそまで茹だたせてるんじゃねぇよ!」


 しまったそうだった。私の所為で途中で止まっていたんだった!


「ご、ごごごごめんなさい天丼くんっ。マママ、マリーが来る前にっ、早くじょ、じょじょ情報の共有をっ!?」

「大丈夫ですよ、まだ時間はあります。ですから落ち着いて下さいアリッサさん」


 どうどうと私を宥めるセバスチャンさん。し、深呼吸深呼吸。すーはーすーはー。


「はぁ。じゃあ、再開するぞ。怪盗マリーが魔法使いで不可思議な術を使う、って辺りだったな」

「ええ、そこで魔法だと仰られて……」

「話を中断して私に魔法の説明をしてくれたんですよね」

「その間はポーカーやってた」

「そこは思いっきり余計だ。ともかくその術の話だな」


 術、つまりは魔法。基本は法術と近いものだとは習ったけど、怪盗マリーはどんな事をするんだろう?


「聞いて回った所によると怪盗マリーには名字があった」

「名字ぃ?」

「ああ、本名かは分からないが……怪盗マリーのファミリーネームは『オネット』、つまり『マリー・オネット』だ」

「「「…………」」」

『キュ?』


 えーと。


「まぁ気付いたろうがマリー・オネットの名前は『ー』と『・』を抜けばマリオネット=操り人形になる。マリー・オネットは幾つもの人形を自在に操る能力を持つそうだ」


 うん、何となくそんな気もしてたけど……まさかそんな分かりやすく、とも思いました。


「操れる上限については判然としなかったが……相当数の人形たちが銘々に武器を持って襲撃し、予告していた品を強奪していくらしい。手口は殆ど強盗だな。しかも操るのに近くにいる必要はないのか、マリー・オネットが姿を見せた事は無い。唯一人形が喋った時の言葉遣いが女の物だったってのが正体に関する手掛かりだ」


 人形遣い、か。


「じゃあ、もしかしたら直接の戦闘にも発展するかもしれないんだね」

「だろうな。ま、相手は人形だからこっちも攻撃出来るのはありがたいさ」


 うん、人と相対するんじゃないって事には素直にほっとしてる。

 ただ、セバスチャンさんとの話の中で魔法使いを助けられると出来ると聞いていたから、本人が襲撃時ですらどこにいるか分からないとすると、それは難しいかな……。

 ほっとしたような残念なような……あ、セレナがまた渋い顔をしてる。捕まえたら倍額支払うって子爵様言ってたもんね。


「それと、実はアリッサから情報が入ったから調べてみたんだが、一応アリッサからあらましを2人に話してくれるか?」

「うん、分かった」


 天丼くんに続いて立ち上がる私。セレナとセバスチャンさんの視線がこちらに向く。


「子爵様からお屋敷の見取り図と精霊器を受け取った後にこの家の子、ファーナちゃんって言うんだけど、その子から怪盗マリーに関する妙な歌を聞いたの」

「妙な……歌?」

「うん。何て言うか童歌みたいな……ううん、とりあえずは聞いてみて」


 眉根を寄せるセレナに頷き、あの時ファーナちゃんが言った歌詞をメモしたノートを取り出して音読する。



 ――怪盗マリーは1人じゃない。

 ――沢山沢山やって来る。

 ――気を付けないといけないよ。

 ――大事なものを狙ってる。

 ――大切だから欲しがってる。

 ――怪盗マリーにご用心。



「それって、怪盗って事とさっき話した魔法使いだって情報? 目新しいものは無さそうだけど」

「俺もそう思った。だが問題はここからだ」


 私は続きを歌う。



 ――怪盗マリーは寂しがり。

 ――夢は友達沢山作る事。

 ――気を付けないといけないよ。

 ――1人はヤだから探してる。

 ――狙ったものは奪ってく。

 ――怪盗マリーにご用心。



 ぱたんとノートを閉じる。場には薄気味の悪い沈黙が落ちていた。誰も彼もが歌の内容を考えているみたい。


「……なんか、怪談じみてきたわね」


 腕を擦るセレナの呟きに、私も力無く頷く。

 これを私に聞かせたファーナちゃんはひどく怯えていた。だからこそ私に『紅の涙を守って』『マリーを捕まえて』と頼みに来たんだ。

 2番の歌詞には怪盗マリーが友達を探すとも読める。それが自分ではないかと不安に駆られたんだと思う。

 話を聞き終えてから子爵様の所に連れていったけど、最後にもやはり『絶対よ』と言っていた。


(あんな不安そうにしてるんだもの……がんばらなきゃね)


 私が胸中で決意を新たにしていると今度はセバスチャンさんが考え込んでいる。


「ふむ。字面からは友達を得る為に窃盗を行う、と読めますが……あるいは……友達自体を探し、狙っている……? 天くん、マリー・オネットは今までに窃盗以外、例えば誘拐などに手を染めた事がありますか? その場合守る対象が増えかねませんぞ」


 セバスチャンさんの懸念は分かる。マリー・オネットの狙いが複数ある場合、私たちも複数に分かれるか、狙われる人をここに集めるかしないといけなくなるのだから。


「いや、それがそう言った話はまったく出てこなかったんだ。誰に聞いてもマリー・オネットの噂は怪盗としての物ばかり、器物損壊ならしこたまやってるが予告状に指定した物以外を盗んだ事は無いと言われたぜ」

「では最近巷に人攫いが出た、などの噂は?」

「無しだ。アリッサにも言ったが、そんな噂が広まってればこんな厳戒体制下でそのファーナって子がウロチョロ出来る筈も無い。少なくともここじゃそうなってる」


 現在子爵様から、警備上外には出せないと言われてる。だから情報はお屋敷の中でのものに限られる。

 だから今はその情報を信じる他は無い。もしそれがデマなら得られる情報すべての信憑性が失われてしまう。

 ゲームである以上、得られた情報は当てに出来る。と言うのがここでの共通認識だった。


「だからセバさんの言った、友達欲しくて盗みをしてる、って読みでいいんじゃねぇかな」

「ふぅむ。1番はこの戦闘に際して必要な情報、2番はこの依頼が終わった後に役立つ情報と言う所でしょうか? それにしては1番は他からも得られる程度の情報なのが気掛かりですな。子爵令嬢と言うこの屋敷における重要NPCがもたらした情報にしては、と言うメタな考えですが……」

「なら2番も戦闘絡みか? 友達を探してるってなら、例えば邪魔をする俺たちの装備やアイテムを狙って奪うとか……強引か?」

「いえ、戦闘ギミックとしては有り得る話でしょう……戦闘中は前衛に立つお二人は危険やもしれませんな」

「注意はするがな……」


 天丼くんとセバスチャンさんはうんうんと唸って悩み始めてしまう。う、どうしよう話が進まない。


「ちょっと。アンタたち、もうあんま時間無いって分かってる?」

「「あ」」


 珍しくセレナが2人に注意を促す。


「ワケの分かんない事は何か起きた時に考えりゃいいのよ。さっさと話を進めるわよ」

「そうは言っても……いや、そうだな。今唸っても情報が足りねぇか、まずは全員の情報を共有してから改めて話し合おう」

「異議はありません」

「私もそれでいいと思う」


 そうして歌によって浮かび上がった謎は一旦保留された。


「じゃマリー・オネットについてはそんな所だな」

「OK、次は私ね。私は紅の涙について調べたわ、と言っても何か特殊な曰く付きだったとかじゃないわね。どこかに眠る財宝への地図が透かしで、とか期待してたのに」

「ぬう。確かに、怪盗が狙うお宝にはありそうな筋書きですな」

「だが無かったんだろ」

「そうよ。でも、コレ普通の宝石でもなかったのよ」

「普通じゃない?」


 確かに綺麗だけど……どう違うんだろう?


「紅の涙はマジックジュエルらしいのよ」

「えと、マジックジュエルって何? マナクリスタルとはまた違うの?」


 ひーちゃんと契約する時にあげた結晶を思い出す。あれも一応宝石っぽかったけど……。


「いえ、あれよりも相当にレアリティの高い素材アイテムですな。与える効果はMPの拡充です」

「拡充……じゃあ最大MPを増やすんですか」


 加護の《マナ強化》みたいなものかな?


「いや、正確には2つ目のMPゲージみたいな感じだな。サブゲージっつってよ、それにMPを溜めておけるんだ。結構高値で売買されてるらしい」

「しかも通常は1〜2センチ程度の大きさが大半です。大きさは溜められるMPに比例しますので、あれ程の大きさともなればその価値は宝と呼ばれても不思議ではありませんな」


 紅の涙の大きさは10センチくらいの雫型。確かに比べ物にならない。

 最近MPの消費が激しくなった私としては、ちょっと心惹かれる。


「へえ……」

「ま、分かったのはそんくらいなんだけどね」

「……そうか。それで話が終わりならいい加減アレ(、、)の説明をしろ。後でする後でするってはぐらかしやがって」


 渋い顔の天丼くんがツンツンと指で示したのはこの部屋のメイン、燃えるような色合いの滴型の宝石・紅の涙。それは初代タミトフ子爵の胸像の胸に飾られた首飾りの中央に燦然と輝いていた。

 ……筈、なのだけど。


「フッ、あれこそ私の金色の脳細胞が編み出した秘策よ!」


 セレナは胸を張って胸像を、正確には首飾りを指し示す。(ちなみにあまりに機嫌が良い為か、天丼くんの「どうでもいいが金色の脳細胞ってすごいバカっぽいんだが」と言う呟きはスルーされていた)。

 私とセバスチャンさんは改めて首飾りを見る、やいなや無言でげんなりとする。


「ふっふっふ。私は色々と考えたわ。ポーチに入れるのがダメ、外に出らんないから偽物も用意出来ない。あぁ困った困った……そしてその末に思い付いたワケよ。だったら、本物が本物って分からないようにしちゃえばいいじゃんって!!」


 セレナが拳を天高く突き上げる。その顔は自信に満ちていて……うん、どうしようね。


「フッ、自分の才能が恐いわ」

「確かに恐ぇよ、お前のセンス」


 そう絢爛豪華だった紅の涙を冠した首飾りは、一体どこからかき集めたのだろうと首を捻るような、奇々怪々なパーツをくっ付けられ、元々の部分が見えなくなるまで改造が施されていた。


 一言で言えば見る影も無い。


 ある部分は粗く縫われた布で、ある部分はワサワサしたファーで、紅の涙部分に至っては小さなドクロに覆われてしまっていた。

 そんなどこかの未開の部族御用達のアクセサリーと言われても納得出来ないレベルの物体を首に掛けられている初代子爵さんが盛大に憐れだった。


「アレ、元に戻せるんでしょうか……触れたくないんですけど」

『キュー……』


 見てよ、ひーちゃんなんかアレが恐くてさっきから私の影で震えてるもの。


「マリー・オネットも同様の感性を持っていたら大成功ですな」


 なんて斜め上の解決法。斜め上過ぎて誰もついていけないのが難点か……まあ、首飾りの横で渋い顔で立つ番兵さんたちに謝り倒さなければならないのは確定なのだけど……。

 セレナの報告は以上だったようで次いで改めて私が立つ。


「私はこのお屋敷の状況について、後……侵入経路についても調べてたんですが、天丼くんの情報からするとあまり意味は無かったみたいです。予告状も人形サイズならどこからでも簡単に侵入出来るでしょうし、盗む時は力押しで来るみたいなので……」

「ああ、そこは間違い無い」

「うん。その為かお屋敷にはとにかく徹底的な封鎖が行われてました。施錠出来る限りは施錠された上に鉄板などで塞がれ、一部はバリケードなども設置されてます。番兵さんたちも相当数配備されていて、相手が相手じゃなきゃ十分な警備体制は敷かれてます」


 まあ、今回はそれを四六時中敷いてマイナスに働いちゃったみたいだけども。


「ふむ。わたくしたちの役目は紅の涙を守る事です、ここから離れられない以上、人形たちの相手は任せねばいけません。力になってくれるのはありがたいですな」


 セバスチャンくんはうむと頷く。

 本当なら番兵さんたちを危険な目には遭わせたくないけど、私たちにパーティーを分割する余裕は無い。紅の涙を動かせない以上は押し寄せる人形に関しては任せる他無い。


「じゃあ次に、その番兵さん関連の報告に移ります。セバスチャンさん、シフトについてのご説明をお願いします」

「かしこまりました」


 そう言うとテーブルの上に広げられていた間取り図と駒を引き寄せる。


「まず最優先したのは番兵たちの疲労回復ですな。予告された夜明けまで約3時間弱とあまり時間はありませんでしたが子爵と協議の上3班に分けてそれぞれ1時間ずつ順次仮眠をとって頂いております」


 今も何体もの駒がいくつかの部屋の中に入っている。これが仮眠中の人たちなんだろう。全員を一斉に、と言うのは警備上ありえないし妥当なラインと思う。


「焼け石に水だったかもしれませんが、ログアウト前より幾分かはまともになると思われます。もうしばらくすれば仮眠中の方々も起きて本来のシフトに戻る予定ですな。わたくしからは以上です」


 うん、私もここへ来る前に見てきたけど結構疲れが取れていたように感じた。少なくとも舟を漕ぐような人はいなかったし、あれなら何かあっても対応出来るかも。


「それに合わせて私は仮眠前に摂れる食事を作ってきました。さすがに1人じゃ手が回らなかったから子爵様の身の回りのお世話をしていたメイドさんたちに協力してもらったんだけど」


 元々はもっと大勢のメイドさんや使用人さん、料理人さんもいたらしいのだけど、危険だし紅の涙を守る為には守られる人は少ない方が良いと、住み込みの人を除いて暇を出していたのだと言う。

 その結果お屋敷内は人手不足になり、優先的に子爵様のお世話をしていた為に番兵さんたちがまともにごはんも食べていないと言う状況となっていた。


「幸い子爵さんもすぐに許可を出してくれたからみんなでシチューを作って大急ぎでパンを焼いてもらって、シフトに合わせて3班ずつ食事を摂ってもらってます。ここに来る前に調理場まで様子を見に行ってきたけど順調に運んでるみたい」


 メニューがシチューなのは量を用意しやすいのもあるけど、《調理》の加護の[レシピ]にマーサさんから教わったものがあったからだ。

 各料理はレベルが設定されていて、適正なレベルなら材料があれば[レシピ]から瞬く間に料理を作れるらしいのだけど、私程度のレベルではマーサさんの特製料理の設定レベルには遠く及ばない。ムリに作っても、味も効果もひどく劣化するらしい。

 でも[レシピ]にはその通り料理のレシピが書かれてもいるので、それを読みながらメイドさんたちとがんばった。効果は低いけど、空腹を満たすには十分な筈。


「ほっほ。アリッサさんの手料理を頂けるとは番兵の方々が羨ましいですな」

「余ってないかな、そのシチュー」

「無いよ。私が作ったの最初だけで、後はレシピをメモしたメイドさんたちが作った物だから」


 ちぇっ、と残念がるセレナを見て、そう言えば空腹度がそれなりに減り始めている事に気付く。


「でも、このクエストが終わったら何か食べたいね」

「稼いだお金で豪遊……」

「お前ちょっと黙れ」

「ほっほ。懐を温かくして食事を気兼ね無く頂く為にも、頑張らねばなりませんな」


 セバスチャンさんの言葉にみんなで頷く。そして残る謎の討議と実際にマリー・オネット(の人形)が来た時の各々の役割の取り決めへと移っていった。

 予告の時間はもうすぐそこまで迫っているからどこまで討議は殆ど出来なかったのが不安材料だけど……。



◇◇◇◇◇



 窓の外をじっと見つめる。刻一刻と迫るその時を見逃さないようにずっと見つめている。

 テーブル傍で待機している私とひーちゃん、(変わり果てた)紅の涙の横にいるセバスチャンさん、窓側を警戒する天丼くん、ドア側を睨み付けるセレナ(番兵さんは危険なので下がってもらった)。

 取り決めたフォーメーションで待ち始めて数分、窓から覗く空にはまだ目に見える変化は無いけど、予告状で指定された夜明けまでもうすぐ。

 身じろぎ、呼吸音、武器や防具が立てる物音1つが鮮明に伝わる程静かな中、みんなの緊張が空気を通して伝わるようで、誰も声を発しない。

 そして、私の瞳が窓の外の暗い空に白みが射したのを映した――次の瞬間、かすかな明かりが再び闇に落ちる。

 子爵邸の周囲から黒い闇が噴き出しているのだ!


(あれが、瘴気の結界……?!)


 セバスチャンさんから教わった魔法使いの使う力の1つ。それがあの瘴気による結界、あれが展開された場所はライフタウン内であろうとフィールドなどと同様に定義されてしまう。

 つまり互いの攻撃が有効にな――。



 ――ビィィィーーッ!!



「来たっ!?」


 精霊器が戦端が開かれた事をけたたましく告げる……緊張は最高潮に達していた。


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