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第56話「怪盗マリーにご用心!」




 楽しい楽しい3連休が明けて平日の火曜日がやって来た。

 ……なので私は日課に勤しむ羽目になる訳です。


「むにゃむにゃ……あー、お姉ちゃんだー……いただきま〜す、もにゅもにゅ」


 ずびしっ。

 花菜が私の手を食べたのでチョップで撃退。うん、花菜はいつも通りにおかしい。平常運転でコレとか嘆かわしい事この上無い。


「……ふう……」

「おにゃ? お姉ちゃんどしたのー?」

「何でもありません。私の事はいいから、しゃんとしなさい。ホラ、顔洗って来て」

「もあーい……」


 穏やかで慣れ親しんだ1日の始まりなんだけど……四角い窓から覗く空はどんよりと薄暗くポツポツと小雨が落ちてきている。

 そんな先行きの暗さに、今日請ける事になるクエストが果たしてどんなものなのか、少し不安に思ったりした。



◇◇◇◇◇



「バイト?」


 通学路でばったりと会った光子に昨夜の顛末を話すとそんな言葉が返ってきた。


「そう、なるのかなあ?」

「違うんか? だって欲しい服があるからバイトして金稼ぐって話じゃん」


 確かに欲しい(装備)があるからバイト(クエスト)をこなしてお金(報酬)を稼ぐんだけどもね。


「どんな事をするか分からない上に、今の私にこなせるかも分からなくてちょっと不安だったりするの」

「ふーん。でも実際のバイトだってそんなもんじゃないか? 仕事をちゃんとこなせるかとかミスしないかとか、不安なんて当たり前にあるもんだから考えすぎても良くないぞ」

「そう言えば光子、バイトしてたんだっけ」


 こう見えて、と言うのも悪いけど光子は真面目な吹奏楽部員であり、1年の夏休みは自前の楽器の購入の為にバイトに明け暮れていた(ちなみに私はバイト未経験)。

 ウェイトレス姿の光子を花菜やまこと冷やかしに行ったのは良い思い出です。


「そーそ。でもあたしだろ? 失敗もしてよー、怒られた怒られた。尻拭いもしてもらったし、頭上がんねーや」

「う。そうだよね……足手まといにならないようにしなきゃみんなに迷惑が……」

「ん、いや。失敗しないよーにってのは基本だろ。でも失敗なんてするもんだからしゃーないなんてのは論外。大事なのはやっぱ失敗した時どうするか、その後ちゃんと巻き返せるかじゃね?」

「……いつまでもぐずぐずしてそう私」

「だから今言ってやったんだよ」

「どうも……」


 光子とのそんな会話は、差した傘に降り注ぐ雨音をBGMに学校に着くまで続いたのでした。




◆◆◆◆◆




(……暗いなあ)


 ログインした私は空を覆う夜闇を見る。こちらでは深夜帯だった筈、晩ごはんが済んだ辺りで夜明けになるかな?

 アラスタからケララ村に移動すると一面に実る光る木の実が無くなる事で辺りの暗さが一段増す。

 このケララ村の周辺はアラスタのような光る木々が少ないので夜はモンスターと視認しづらくて苦手だった。

 今日の金策に影響が無ければいいけど……。


(……みんなは……まだ、か)


 みんなとの待ち合わせはこのポータル前だけど、周囲を見てもその姿は見当たらない。さてどうしよう。


(ここに長々と留まっても邪魔かな、端に行こ)


 ポータル前から少し離れた建物の壁へ移動して寄り掛かる。


「今日は行く先はセバスチャンさん任せだけどどこに行くんだろうね。ひーちゃんはどんな所だと思う?」

『キュ〜?』


 ひーちゃんを話し相手にこれからの事を話題を振ると首を傾げるかのようにくるくると回転すると言う素直なボディランゲージで答えてくれる。


「そうだね、分からないよね。でも、分からないからちょっとドキドキするね」

『キュイ』


 長く待つ間もひーちゃんがいてくれればあっと言う間に様変わりする。やがて幾ばくか時間が過ぎてポータルに光が集い始める、また誰かが転移してきたみたい。

 その光の中から出てきたのは……。


「アリッサーッ」

「セレナ、天丼くん、こんばんは」

「よう、火の玉」

『キュ』


 ポータルに降り立ったセレナと天丼くんはこちらを見つけてくれた。天丼くんは私の傍らのひーちゃんに拳を突き出す、するとひーちゃんはそこに向かって飛び出し、ぽよんと可愛らしい音を立ててぶつかった。どうも2人の間での挨拶みたいなものらしい。


「セバスチャンはまだなの?」

「うん、遅れるって連絡は受けてないからもうすぐ来るんじゃない?」


 ポータルからはまだセバスチャンさんの姿は出てこない。そう伝えるとセレナは瞳をキラーンと輝かせ指をわきわきと動かして――?!


「もうっ! さっさとしなさいよね。こっちはアリッサを色々と弄くり回したいってのに! あーっ、腕が鳴るわ!」

「ひっ?!」

『キュッ?!』


 なっ、何をされるの私……。

 「どんな服がいいかなー」と、その前の金策についてはガン無視のまま、セレナは私を上から下まで舐めるように見つめる。一体セレナの頭の中では私はどんなあられもない姿にされているのか……うわあ、不安。


「おい、アリッサと火の玉が怯えてるぞ」

「あ、大丈夫大丈夫。手加減するから……ふふふ」

「ひと欠片も大丈夫そうじゃねぇなオイ」


 セレナの不気味な呟きをBGMにして、私と天丼くんが戦々恐々としているとポータルからセバスチャンさんが現れた。少し駆け足でこちらに来てぺこりと頭を下げる。


「皆さんお待たせしてしまったようですな、申し訳無い」

「言う程遅れてませんよ」

「で。良い値のクエストは見つかったの?」

「ええ、中々良い物が見つかったのですが……」


 どうしてかセバスチャンさんの言が鈍い。気持ち私に視線を送っているような気もする。


「あの、何か問題があったんですか?」

「ええ、問題と言えば問題がありますな」


 深く頷いたセバスチャンさんは改めて私に向き直ってその問題を説明してくれる。


「アリッサさん、今回は人を相手にせねばならぬやもしれません」

「……人?」

「は。わたくしが見つけてきたクエストは端的に言えば、“とある家に伝わる家宝を狙う輩からその家宝を守る”クエストなのです。そしてそれは王都内にて行われるようでして、相手はモンスターではないのです」


 ……つまりは人と何かしらの物品を巡って競争や争奪戦をするようなクエストなのかもしれないの?


「そりゃまたどうしてそんなのにしたんだ?」

「いえ、正直を申せば同程度の報酬のクエストが無い訳ではなかったのですが、如何せん我らの戦力的に赴くのが難しい場所やら相手やらが多かったものでして」

「で、残ったのがそのクエストか」


 でも、人が相手とは言っても場合によっては荒事に発展する可能性も……ああ、セバスチャンさんが案じていたのは私のこう言う所だったのかな……。

 ぎしりと手が強張るのが分かる、膝の上にいるひーちゃんにも分かったのか心配そうにこちらを見ている。


「そんな顔しなくても、直接的な戦闘には発展しねぇよ。ここ(、、)はそう言うゲームだろ」

「あ、ああ、うん……そうだよね。うん」


 私の顔色を察してくれた天丼くんのその発言にほっと胸を撫で下ろす。


 MSOには12歳以上と言うレーティングの都合上、倫理的にいくつかの制限が設けられている。


 その1つ、『人間との戦闘』は基本的に存在しない。


 例えばセレナがいくら天丼くんを殴ろうとダメージは発生しないように、例えば人型の(、、、)モンスターが(、、、、、、)登場しない(、、、、、)ように。

 本来であれば殺傷力を有する武器などでPCやNPCを攻撃しようものなら、それはGMコールの対象にすらなる。人を傷付ける事は明確に禁じられているのだ。

 さもなければ、かつて創作上の人と人同士が戦う展開もあったと言うMMORPG小説を知るお父さんとお母さんが、ゲームをする事を許可する筈も無い。


 そう、人を傷付けるような事にはならない筈だと息を吐く。


「だけどよ、PCにしろNPCにしろ俺たちは攻撃出来ないだろ。それで勝負になるか?」

「確かに攻撃は封じられますが、捕縛ならばその限りではありませんよ」

「その場合は純粋なパラメータ勝負か、あるいは知恵比べか……どちらにしろ対応自体は出来る、か」

「ええ、盗人が超人・怪人の類いでない事のを祈るばかりではありますが、その場合は我らの腕っぷしが頼りになりますぞ、天くん」

「ま、そうなるかね」

「ふっふっふ。私も忘れてんじゃないわよ」


 果たしてその盗人ってどんな人なのやら。出来れば穏便に済まさせてほしいものだけど……無理かな。


「アリッサは大丈夫か?」


 天丼くんが私の様子を窺う。でも……セレナも天丼くんもセバスチャンさんもひーちゃんだっているんだ。当の私がぐずぐず言ってはいられない。


「うん、やってみる」

「そうこなくっちゃ!」

「では皆さん。実は人を待たせておりまして、クエストを請けるのも含め王都に向かわねばなりません。まずは転移して頂いても構いませんかな? 詳しい説明は移動しながらと言う事になりますが……」

「OK、じゃ急ぎましょ。さっさと終わらせてアリッサを剥かなきゃ」

「ぶっ」

『キュ?』

「そんな表現しないでよっ!?」


 テンションがおかしなセレナ、反応に困る天丼くん、急かすセバスチャンさん、楽しげなひーちゃん、そこに泣きたい私を足した5人(?)はパーティーを組んで王都・グランディオンへ転移していった。

 誰かー、セレナのブレーキの場所教えてー。



◇◇◇◇◇



「……俺セバさんの事ちょっと舐めてたわ」

「は、ははは。じょ、上等じゃないのよ」

「うん……ほんと上等、だね……」


 王都の北区に着くやいなやセバスチャンさんが示したのは……4頭立てで4輪の、至る所に装飾が施された、これでもかと言う程に豪華な、箱型の馬車だった。

 ……明らかに周囲から浮きまくっている。と、言うかざわめいてすらいた。そこに近付く私たちも自然目立つ、セレナや天丼くんならばまだしも私の場違いさが甚だしい。

 馬車の横で待っていた初老の御者さんはセバスチャンさんを確認すると深々と頭を下げて馬車のドアを開く。中に広がる内装すらビックリするくらいに綺麗で、壮麗ですらあって……私たち3人は揃って感嘆のため息を吐いていた。


「な、何なんですか、コレ……」

「クエストを依頼したいと仰る方が用意して下さいました。その方の許へはこちらの馬車で参ります。ささ、皆さんお乗り下さい」


 時間も勿体無いとばかりにセバスチャンさんは私たちを馬車へ乗せる。乗るには不安もあるけど、視線の集中砲火に曝されるよりかはまだマシか。


「ひ、ひーちゃんは私の膝の上で大人しくしてるんだよ。絶対だよ?!」

『キュッ』


 ひーちゃんは別に熱くはないけど、もし、万一、焦げ目の1つでも作ったらどうなるか……怖くて想像出来ない。ガクガク。

 得も言われぬ緊張が漂う中、御者さんは全員が乗ると静かにドアを閉め御者台に乗ったらしく、前方から「では、出発致します」と言う声と、少し遅れてピシリと鞭の音が聞こえてゆっくりと馬車が走り出す。

 今までも移動の際に乗り合い馬車に乗った事はある、どれも同じ二頭立てで使い込まれた幌馬車。中にあるのは申し訳程度の椅子で、車輪の音はガタゴトとうるさく揺れも大きかったのだけど……この馬車は比べ物にならないくらいに静かで揺れがなかった。やっぱり高級品は違うんだと改めて感心する。

 窓はカーテンで閉じられて外は見えないけど、開ける気にはなれなかった。だって、絶対外の人が見ていそうなんだもの。


「じゃ、そろそろ説明してくんない? ドコに向かってるワケ、コレ」


 セレナはそわそわとどこか落ち着かなげにセバスチャンさんに質問する、私と天丼くんもそれについて異論は無いのでみんなの視線がセバスチャンさんに集中する。


「目的地、と言うのならば中央区の貴族街に居を構えるタミトフ子爵のお屋敷ですな」


 瞬間セバスチャンさん(と、ひーちゃん)を除く私たち3人の動きがぎこちなくなる。


「き、貴族? 子爵?!」


 いや、確かにこんな豪勢な馬車なら……とも思うんですが、実際に聞くとどう反応を返したものか。ただ聞いた言葉を繰り返すしか出来なかった。


「その貴族からクエストを請ける、って事か。創作物じゃ金稼ぎの常套手段だよな……けど、よくもまぁそんなコネを持ってたな、貴族NPCなんて普通にプレイしてたら滅多にお目にかかれないだろ」

「いえ、直接の面識は今日が初めてですな。これは昨日話題に上った好感度蓄積型のクエスト発生に分類されまして、少々物入りと話題にしましたら知り合いの方が紹介して下さったのです」


 それはそれで子爵さんを紹介出来るくらいのコネクションを持つ人とお知り合いな訳で……結局すごいコネを持つ事に変わりは無いですよね。


「クエストの内容は?」

「なんでも怪盗を名乗る者から予告状が届いたらしく、ある物品の警備を依頼したいと。保管場所は今向かっているタミトフ子爵邸。クエストの受注もそちらで行われるとの事です」

「え。か、怪盗、ですか? それって……人、なんですか?」

「ふむ。ただの人かと問われれば……言い切る事はまだ出来ませんな」

「ん〜、そうね〜。その物品ってのを狙う側は私たちと対になるような……“品物を盗み出せ”みたいなクエストを請けたPCとか、そもそもその為に用意されたNPCとか、って事もあるわよね」

「さてはて。詳しくはクエストを請けた後でなくばクエストフラグが立たず情報が解禁されぬようでして調べようが無いのですが、その可能性もありますな」


 う〜ん、そう言う物なんだ。色々大変そう……。


「また、報酬についてですが最低でも品を奪われなければクエストは達成となるようです。勿論額は少なくなるようですが……」

「そうそうそれそれ、1番大事なトコ! 貴族サマなら金払い良さげっぽいけどクエスト報酬はどれくらいなのよ」


 セレナが身を乗り出してセバスチャンさんに迫る。単純にお金が貰えるから、と言うよりもその瞳の輝きから察するに、報酬次第で購入する装備品の幅が拡がるから、な気がする。


「物品を守り切れれば1人頭50万G」

「ごっ?!」

「賊を捕らえれば更に倍額との「捕まえるからね、絶っっ対!!!」ほっほ。ではその方向で検討致しましょう」


 セレナの瞳が燃えている。拳を力強く握り締め、気合いを入れている。今回の件の中心である私を遥かに上回るやる気であった。

 でも元は私の事なのだから、私も負けずにがんばらなきゃ。


「ふむ。そろそろ到着するようですな」


 言われてみれば気持ち馬車の速度が落ちたように感じた。徐々にそれは確かなものになり、最後には馬の蹄の音も車輪の音も聞こえなくなった。子爵さんのお屋敷に着いたのかな?



◇◇◇◇◇



「おお、よく来てくれたね。頼もしき勇士たち!」


 大きなお屋敷の前で複数のメイドさんに出迎えられ、中へと案内された私たちの前に現れたのは……大袈裟なセリフ、そして大仰な身振りを伴い、2階へ続く階段を悠々と笑顔を振り撒きながら降りてくる男性だった。

 年の頃は40前後。きらびやかな服装と端整ながらくどい顔立ちにさっきのあれこれ、どこか舞台劇じみた登場の仕方に困惑する。本当に困っているのかなこの人? と訝しんでしまうくらいには。

 みんなを見渡せばセレナは『うわ、面倒くさぁ』みたいな顔をしていて、セバスチャンさんは微動だにせず、天丼くんはそちらには興味無く感心したようにお屋敷をキョロキョロと見回していた。


「ボクの名はエンリーケ・ブラムハイセル・ド・タミトフ、位は子爵だ。だが堅苦しいのは好まない、気軽にエンリとでも呼んでくれたまえよ、はーはっは」


 想像していた貴族のイメージとは著しく解離してるけど……そのフレンドリーさには好感が持てた。ただ、偉い人ではあるのでどう対応すればいいのかちょっと迷う所ではある。


「ア、アリッサと申します。あ、こっちは精霊のひーちゃんです」

『キュイ』

「セレナよ」

「天丼だ」

「うんうん、期待しているよ」


 自己紹介を済ませた私たちは子爵に連れられて狙われてる品がある部屋で今回の概要を聞かせてもらう事となった。

 移動時にはお屋敷の広さを実感し豪華な装飾、よく分からない芸術品が延々と続く様を見て、ちょっと食傷気味。意識の外に置いておこう。

 到着した部屋には2人掛けくらいのソファーがテーブルを挟んで2脚設えられている。この部屋は比較的装飾が少なく、それが壁際に飾られている彫像とその首飾りを際立たせている。多分あれが狙われている品なんだろうと思う。

 ソファーにはセバスチャンさんと、一応の当事者である私が座る。ひーちゃんはやっぱり私の膝の上で大人しくしてもらい、セレナと天丼くんは私たちの後ろに控えてくれている。

 子爵さんはもちろん対面に座り、シュバッと無駄に勢いよく脚を組んだ。相変わらず笑顔で白い歯をキランキラン光らせている。


「さて、話は聞いているかね?」

「大まかには、ですが出来れば詳細をお聞かせ願いたいですな」

「よかろう。まずはこれを見てくれたまえ」


 パチンと指を鳴らすとメイドさんが銀色のトレイを持ってやってきた。そのトレイに乗っているのは何か文字が書かれた……もしかしてこれが予告状?


「昨日の事だ。大胆不敵にもこのような物が私の執務室の机の上に置かれていてね」


 悩ましげに額を押さえる子爵からカードを受け取ったセバスチャンさんはステラ言語で書かれていた文章に目を通すとみんなに聞こえるように朗読する。


「『明日の夜明け、『紅の涙』頂きます。 怪盗マリー』。ふむ、間違い様も無い予告状ですな」


 書かれていたのは時間と目的、差出人だけの簡潔なメッセージ。


「執務室には色々と重要な書類もある手前、常に番兵を立てている。窓も嵌め殺し、抜け穴も無い。予告状を置く事などは不可能な筈だ、普通ならね」


 つまり、普通じゃない相手だと。


「これは僕らだけでは対処し切れないかと思ってね。そこで他ならぬ星守である君たちに協力を仰いだ訳さ」

「成る程、ご英断かと」

「夜明けと言うと……午後8〜9時くらいでしょうか?」

「ええ、そうなりますな」


 こちらの世界は1日が36時間で現実とはずれているので計算がちょっと面倒だけど晩ごはんを食べに一度ログアウトしても平気みたい。

 続いて天丼くんが首飾りを指差しながら子爵さんに確認を取る。


「紅の涙ってのはアレか」

「如何にも。我が家に代々伝わる家宝だ、燃えるような紅蓮の輝きは見る者を魅了してやまない。人類の宝さ。美しいだろう? 素晴らしいだろう? ボクは1日4回はあれを見ないと落ち着かないくらいさ、はっはっは」


 自慢げに胸を張る子爵、ちょっと張り過ぎ。首飾りにはその名の通りの紅い宝石がはめ込まれ、室内灯の光を受けて美しく光り輝いていた。


「そしてあの彫像こそがこのタミトフ家の初代当主でね。もしも紅の涙を盗まれるような事となれば末代までの恥だ、ご先祖様に顔向け出来ない。そこで星守の力を当てにさせてもらった訳だ」


 パンパンと手を打ち鳴らすとまたしてもメイドさん。今度はトレイではなく、重そうな袋を2つ持って来た。


「報酬は紅の涙を守り切れれば1人につき50万G」


 メイドさんの腕から袋を1つ取ると机にドスンと置く。


「が、もし怪盗マリーとやらを捕まえる事が出来たなら100万Gを出そうじゃないか」


 その言葉と同時にもう1つの袋も私たちの前に置かれた。


「豪勢だな」

「また狙われたら堪らないからね、これで安心が買えるなら安い物さ。ただ、盗まれたらびた一文払わないからしっかりしてくれたまえよ」


 重そうな袋を机に置いて口を開けると中には白金色の硬貨何枚も何枚も入っていた。

 ほ、ほんとにそんなにお金払うんだ……1袋で50万Gなら、あれって1万G硬貨かな? 初めて見た。すごいなあ。

 サイズは500円硬貨を二回り大きくしたくらいで厚さはそれを2枚重ねたくらい、重厚感が半端じゃない。

 ひーちゃんはそれを何かの遊びのように思ったのか興味津々と見つめている。


「ただし、警備の都合上君たちはこれから怪盗マリーの件が片付くまで屋敷からは出れないからそのつもりでいてほしい。さて、では請けてもらえるね?」



 ポーン。


『【キャンペーンクエスト発生】

 《怪盗マリーにご用心!》

 クエストを開始しますか?

 [Yes][No]』



 子爵さんのセリフと同時に、みんなの前にウィンドウが開かれる。と、明らかにセレナの顔がしかめられた。

 原因は……まあ見ての通りのウィンドウだった。


「キャンペーン……」


 私はそれを見るのは初めてだったけど、存在自体は知っていた。

 このキャンペーンと呼ばれるクエストに近いのはチェーンクエストだろう。

 あちらが1つのストーリーをぶつ切りに発生させ続けるのに対して、こちらは1回のクエストでストーリーを完結させるのが特徴、なのだそう。

 それだけにキャンペーンクエストは長大な話になる場合もあり、一朝一夕ではクリア出来るかどうかはクエストによりけりらしい。

 その為、今回の事件中に怪盗を捕まえるか怪しいくなり、報酬を満額支給される可能性が減ったのでこんな顔になっちゃったと思われます。

 と、横を向くと、珍しくセバスチャンさんの顔に憂慮の色があった。


「あの、もしかしてキャンペーンってご存知なかったんですか?」

「面目無い、その通りなのです」


 まあ確かに、クエスト・チェーンクエスト・キャンペーンクエストなどの分類はクエストを受注する段階にならないと分からないもんね。


「ちょっと、どうすんのよ。長ったらしいキャンペーンなんてやってらんないわよ?」

「こう言う時は発想を変えよう」

「発想?」

「最初でこんだけの報酬なんだ、キャンペーンなら他でも何かしら報酬が出ないとも限らない。アリッサの服買う支度金が増やせるかもしれないぜ?」

「乗った!」


 セレナのやる気があっさり回復した!


「私も構いません。お金はともかく、私たちがここで請けないと困る方がいるんですから。力になりたいです」


 私たちは頷き合い、それぞれに[Yes]をタップし終えると子爵さんが顔を綻ばせる。


「そうか、引き受けてくれるかね! 心強い限りだよ! はっはっは!」


 「では、ボクは執務室で陣頭指揮を取る、何かあれば気兼ね無く来たまえ」と言って子爵さんは部屋を後にした。怪盗に狙われてるって言うのに元気な事。

 後に残されたのは私たち4人と紅の涙、「用があれば好きに言い付けたまえ」と命じられてドアの横に控えているメイドさんが1人と紅の涙の側を付かず離れず守っている番兵さんが2人。


「さて、それでどうするのよ。何かするの? 私としちゃここに来た時に捕まえるくらいしか思い付かないんだけど」

「情報収集はしておいた方がいいだろうな。相手がどんな手で来るか分かれば対処も楽になるし、もしかしたら正体についても何か分かるかもしれない。外に出られないって言うならこの屋敷の中にヒントがある筈だ」

「うん、それは賛成。ログアウトまでは後……1時間15分くらいかな。何を調べるかによるけど、なるべく急ぎたいね」

「……そうですな。ではまず各人気になる点を上げましょう」


 上げられた点は大まかに以下の通り。

 ・怪盗マリーについて。

 ・紅の涙について。

 ・屋敷の状況について。

 ・タミトフ子爵について。


「では担当を決めて調べてみましょう。担当以外の情報を入手した場合はチャットかメールで知らせるように。次に、このお屋敷の客間をお借り出来るそうですのでそちらを利用し宿泊。調べた情報は次回ログイン時に報告し合う。と、決め事は以上ですが如何ですかな?」

「「「異議無し」」」


 担当はそれぞれ、怪盗マリー=天丼くん、タミトフ子爵=セバスチャンさん、紅の涙=セレナ、屋敷の状況=私、となった。



◇◇◇◇◇



 執務室にやって来た私は子爵さんから現在のお屋敷の状況を聞いていた。大丈夫かなとちょっと不安だったのだけど、子爵さんは快諾してくれた。


「ご覧の通り、現在全ての出入り口には屈強な番兵を配置し出入りは厳しく制限し、巡回も強化しているよ。以前程簡単に忍び込まれる事は無いだろうね。はっはっは」


 このお屋敷の間取り図にはチェスの駒のような置物が至る所に配置されていた。

 しかも一部の駒は勝手に動いてもいる。これはどうやら精霊器らしく、番兵さんやメイドさんの持っている精霊器の動きとリンクしているのだと言う。


『キュッキュッ!』


 ひーちゃんは駒が気になっているみたい。精霊器の中には精霊がいるからかな?


「しかもこれはそれぞれ警報装置としても機能する優れ物でね。番兵やメイドたちが精霊器を操作すれば駒がけたたましく鳴る仕組みなのさ」


 そう自信を覗かせる子爵。


「……なるほど」


 異常を発見すればどこでも分かる。確かにこれなら易々と侵入を許す事は無さそうだった……ただの泥棒なら。


「……警備が強化される事は分かっていたのにどうして予告状なんて出したんだろう……」

「愉快犯か、あるいは自信の表れか……どちらにしろ不愉快な話でしかないさ」


 私のそんな呟きを律儀に子爵様が返してくれたけど、答えはここで論じても出そうにない。

 私は予備の精霊器を借り受け執務室を辞する事にした。


「お手間を取らせました。私はこれで失礼します」

「うむ、頑張ってくれたまえ」



◇◇◇◇◇



「と、すると……ここには誰も近付いていないんですか」

「ああ、もちろんだ」


 執務室の前、そこで私は昨夜もここで警備をしていたと言う番兵さんに話を聞く。どうやってかは天丼くんの領分だけど、どこからかは私が調べなきゃ。どこか侵入経路があったらまたそこから入り込まれてしまう。

 ……と思っていたんだけど。


「旦那様には大目玉だったけど、僕たちはちゃんと警備の仕事をしていたよ」

「う〜ん……例えば誰かに変装したとかはありません?」

「いや、旦那様が出たのを最後にここに入った者はいない。それは間違い無い」

「そうですか……」


 番兵さんたちはそう断言する。この人たちがそう言うなら、後はこの人たちが偽者だと言うくらいしかないかなあ……それで堂々と正面から来たとか?


「分かりました、お仕事中にすみませんでした」

「いや、気にしないで下さい。僕たちも悔しいので……いくらでも協力しますよ」


 そっか、この人たちからすれば顔に泥を塗られたようなものなんだ。

 私は一礼し、他の場所へ向かう。


「あの人たちの為にもがんばらなきゃね」

『キュ! …………キュ?』

「ひーちゃん?」


 しばらく歩いていると、不意にひーちゃんが後ろを気にし出す。私も振り向くと……等間隔に並ぶ通路の柱の内の1つから何かが覗いていた。

 綺麗な黄色のそれは、どうやら布のよう。


「?」


 何だろう、さっき通った時あんな物あったかな?

 それらしい物に見覚えが無いので気になって引き返す。もしも怪盗マリーに関する事だったら大変だ。


『キュ、キュ』


 先行したひーちゃんが柱の影に語り掛けてる(?)。すると布はびくりと震えてしまっている。


「ひーちゃん、離れてあげて」

『キュ』

「ええと……こんばんは」


 そこにいたのは……寝間着姿の小さな女の子だった。黄色の布は寝間着の端が隠れ切れずに柱から出てしまっていたらしい。

 ひーちゃんに対してはびっくりしていたようだけど、私に相対すると慌てたりはせずに泰然としている。


「……こっち」

「え?」

『キュイ?』


 女の子はいきなり私の手を掴むと近くにあった部屋へと私を誘った。そこは物置か何かなのか、雑然と物が積み上げられていて薄暗い。一応侵入経路にならないかひーちゃんにも協力してもらって探るけど、それらしい様子は無かった。


(この子……一体?)


 身なりは良く人形を抱き締めた愛らしい顔立ちの女の子。まさかこの子が怪盗マリー……なんて事は無いよね?

 わざわざ私をこんな所に誘ったのは何かしら用があるんだろうか? と、しゃがんで目線を合わせて話し掛けてみる。


「えっと……こんばんは、私は星守のアリッサ。この子は精霊のひーちゃん」

『キュ』

「貴女はこの家の子かな?」

「うん、そうよ。私はエンリーケ・ブラムハイセル・ド・タミトフの子、ファーナ・ヘイランサ・マシュア・ド・タミトフ」


 ……長い。


「ファーナ・ヘイランサ・マシュア・ド・タミトフ……ファーナちゃんって呼んでもいい?」

「うん。私もアリッサちゃんとひーちゃんって呼ぶからいいわ」

『キューイ』

「ありがとう。それで……ファーナちゃんはこんな所で何をしていたの? かくれんぼかな?」

「違うわ、私はそんな事する程暇じゃないもの。失礼しちゃう」


 頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。おしゃまさんだ、可愛い。


「そうだよね、ごめんなさい。でも、今は子供が起きていたら怒られちゃう時間じゃないかな?」

「……だから、しーっなの」


 ここに連れて来たのはそれが分かってても私に何か言いたい事があるからなのかな。


「じゃあ一体……もうじきこのお屋敷には怪盗マリーが来るからどこかに避難したり、誰かと一緒じゃないと危ないよ?」


 そう聞くと途端に先程までの態度に変化が表れた。人形を抱く腕には力が込められ、心持ち顔色が悪くなったような……。


「ファーナちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

「……アリッサちゃんは星守さんなのよね?」

「……うん、そうだよ」

「紅の涙を守ってくれるのよね?」

「その為に呼ばれたからね」

「怪盗マリーを捕まえてくれるのよね?」

「全力を尽くすつもりだよ」


 ファーナちゃんが突然切羽詰まったような雰囲気に変わり詰め寄ってくるので驚く。


「じゃあ絶対絶対守ってね……」

 不安そうにぎゅうっと人形を抱くファーナちゃんを落ち着けようと背中を擦りながら尋ねてみる。


「何か……怪盗マリーの事を知っているの?」



◇◇◇◇◇



「あ、おかえりアリッサ」

「うん、ただいまセレナ」

『キュイ』

「はいはい、ひーちゃんもね」


 部屋に入るとそこにはセレナが首飾りとにらめっこしていた。


「何をしてるの?」

「んー、この紅の涙ってさー、アイテムポーチの中に入れられればいいのになぁ、って思ってた」

「無理だよ。他人のアイテムをポーチに入れたら犯罪だってどこかで読んだ覚えがあるもの」

「だよねぇー。あー、もうめんどくさーい」


 ちなみにアイテムポーチは星守専用の装備なので子爵さんでも持っていない。


「あ、超名案。なら紅の涙を私が貰う、とか。そうすれば私のポーチに入れられるんじゃない?」

「うーん、子爵さんお屋敷の警備に自信満々だったし、そもそも大切な物なんだからそんな事したくないんじゃないかな。説得は難しそう」

「ちぇっ、楽に稼げると思ったのに」

「こんなに高い褒賞金のクエストを請けられただけでもすごい楽をさせてもらっているんだから贅沢を言ってられないよ。がんばって紅の涙を守らなきゃ」

「そうだけどさー」


 ふて腐れたように頬を膨らませるセレナを余所に、私はテーブルに間取り図と箱に収められた駒を取り出す。すると駒は自動的にするすると移動して間取り図の上に乗る。

 ひーちゃんは相変わらずこの精霊器がお気に入りなのか動く度にじゃれついている。


「おいたしちゃだめでしょひーちゃん」

『キュー?』

「何よソレ」

「子爵さんから借りてきた精霊器だよ、お屋敷の警備状況がこれで分かるの」

「へぇ、こんなんでねー」


 駒=番兵さんは首飾りのあるこの部屋の近辺に多く配置され、他は出入り口や階段などを見張っているらしい。また、巡回も行われていて、お屋敷内を移動しようとすれば目に留まる。

 間取り図からは侵入経路に繋がりそうな要素は見当たらない。


「でもさ、こう言うのって大概相手に裏をかかれて出し抜かれちゃうのが相場じゃない?」

「私もそう思う」


 マンガやアニメでは囮に騙されたり、見当違いの場所に集められたり、そんな展開はままある話ではあった。そして子爵さんがそんな役割ではと妙に核心を抱いてしまう私がいる。


「でも、もしどこかで動きがあったら分かるし、何かの役には立つんじゃないかなー、と思って」

「目を逸らしながら何言ってんのよ。……まぁ何も情報が無いよりかはマシか」

「うん。私はこれから実際に色々な場所を見て回って番兵さんたちの様子を見てくるつもりだけどセレナはどうする?」

「もうちょっと紅の涙をどうにか出来ないか考えてみる。さすがに目立ち過ぎてて落ち着かないのよね」


 気持ちは分かる。この部屋は一辺が窓になっていて3階とは言えガラスを割っての突入が無いとは言えない。胸像の首に掛けられている紅の涙はケースに入っている訳でもないので盗ってくださいと言っているようなものだった。

 よく今の今まで無事だったものだと感心してしまう。


「了解。良い案が浮かぶのを祈ってる」

「プレッシャーかけないでくんない?」


 互いに笑いながら私は部屋を後にした。



◇◇◇◇◇



 お屋敷の中は物々しい雰囲気に満たされている……かと思えば、実際はそうでもなかった。

 昨日の朝に予告状が届いてからの厳戒体制によって番兵さんたちには疲労の色が出始めている。

 無理も無い、こちらでは深夜帯なのだから。あくびをかみ殺している人を見掛けたのは一度や二度じゃないし、中には舟を漕いでいる人までいた。予告された時間はまだ先なのに……。

 おそらく怪盗マリーは私たちと相対するのだけど、出来るならこの人たちに危険が及ばないよう願うばかりだった。


「よう、アリッサ。調子はどうだ?」

「あ、天丼くん」

『キュ』


 1階まで降りてくると天丼くんが声を掛けてきた。少し話をしようと通行の邪魔にならないよう通路の端に移動する。


「あの、さっき送った(、、、、、、)情報はどうだった?」

「いや、それらしい話は聞こえてこなかった。そもそもあんな話があればその子もウロチョロ出来ないだろ」

「……うん、そうだよね。でも、良かった」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「そっちの調子はどんなもんだ?」

「うん。執務室周りの証言と警備の全体像の調査と間取りは何とかなったから、今は警備してる人たちの様子を見るのと入り込まれたりされる場所の探索、かな」

「なるほどな、もうそんなに集めたなら大したもんだ。それでどうだ、回ってみた感想は?」

「え? うーん……みんな疲れててこのままじゃ怪盗マリーが来ても対処出来ないなとか、せめてもう少しどうにかしてあげられないかなとかは思ったかな……」


 少し心苦しいものの正直な感想を口にする、もちろん天丼くんにだけ聞こえるくらいに声のボリュームは抑えながら。

 対して天丼くんはあっけらかんと肯定を返してきた。


「ま、そうだろうな。ぶっちゃけNPCでどうにかなるなら俺たちの出番なんざ無い訳で、それなら役立たずなのもある意味配役の内だろ。お陰で危機感煽られまくってるからな」

「……ひ、否定は出来ないけど、役立たずって……もう少しオブラートに包んでもいいんじゃ?」

「でも事実だろ、そのお陰で俺たちがやらなきゃって気になる。これがクエストな以上はあの連中の役目はPCをクエストクリアに向けてのヒントや動かす動機付けくらいな――あ? 待てよ……」


 何事かを閃いたのか、天丼くんを腕を組んで考え始めた。


「アリッサ、さっき……感想、何て言った?」

「え、感想? えっと……怪盗マリーが来ても対処出来ない、もう少しなんとかしてあげられないかな、とかだったと思うけど?」

「それだ」


 合点がいったと目を開き、次の瞬間には大きく息を吐き出した。


「……なぁ、もしかしたらこの光景を見てどうすべきかを考えさせるのも含めて、NPCの役目の内だったのかもしれないぞ」

「あの、どう言う事?」

「例えばな。今の番兵連中はぶっ続けの警戒体制な上に慣れない緊張でグロッキー状態だ、“分かりやすいくらい”にな。このままじゃ何かあっても活躍は期待出来ないだろうな」

「まあ……そうだね」


 気だるげに歩く番兵さんたちがまた私たちの横を通り過ぎる。下手な見方をすればゾンビのよう……さすがに言い過ぎかな。


「だがもしその状態を脱せられたなら、どうだ? 何かしら俺たちが行動したら、番兵連中を戦力に復帰させられるかもしれないとしたら?」


 !


「そんな事が出来るの?!」

「やってみなけりゃ分からん、分からんが……くっそ。怪盗が来るならその場で捕まえればいいって考えに頭が傾いてた。そうだよゲームなんだ、何かしらの行動で条件フラグが立ってこっちに有利なイベントが発生する、なんてよくある話じゃねぇか! これ見よがしなヒントを見逃してた! 役立たずなんじゃない、“まだ役立たずなだけ”かもしれねぇんだ!」


 ガシガシと頭を掻きむしる天丼くん。

 まだ私には細かい所はよく分からないけど、要するに番兵さんたちの疲れを癒せれば力を貸してもらえるかもって事なのかな。


「アリッサはログアウトまで後どれくらいだ?!」

「えっ、な、長くても40……ううん、50分くらいならなんとか」

「よし手伝ってくれ、パーティーチャットでセレナとセバさんにも連絡だ!」

「はっ、はいぃっ!」



◇◇◇◇◇



『成る程、尤もな話ですな。気付かなかったとは情けない』

「そんな。元々そう言った情報なら私が集めなきゃいけなかったんですから……」


 セバスチャンさんの担当はタミトフ子爵。怪盗から予告状が届いたって言うのにあれだけあっけらかんとしてると逆に怪しいのでは? との疑惑が上がったものの失礼があってはいけないのでセバスチャンさんの担当になった。

 そんな注意を払わなきゃいけない相手の調査なのだから他に目がいかなくても仕方無い。


「『正直な話ログアウトまで時間が無い。それなりに情報収集が済んでるアリッサに対処してもらうつもりだが人手が欲しい。2人はどうだ?』」

『ちょっと無理。思い付いた事があるから手伝えそうもないの、ゴメンねアリッサ』

「ううん、いいの。気にしないで、そっちをがんばって」

『こちらはある程度情報がまとまりましたのでお手伝い致しましょう』

「『助かる。それでだな――』」


 まずやるべき事は疲れ切っている番兵さんたちを順次休ませる事、その為には――。


「子爵さんの許可を取って指示を出してもらわなきゃいけないみたいなんです」

『そちらはわたくしが交渉致します。アリッサさんは残っているメイドの方々をまとめて何か食事を作って頂けますか?』


 この騒ぎに際して子爵さんは住み込みの使用人さんとメイドさんを除いて、危険だからと家に帰している。が、それにより残った人手の大半が子爵さんの回りに集中していて、それで末端まで対応が間に合わなくなってるみたい。

 番兵さんの食事にしても非常食を小分けにしたくらいでまともな食事は出されておらず、士気低下の一因となっている。


「わ、分かりました。やってみます……!」

『子爵の側仕えの方々も出来るだけそちらに送れるよう手配致しますので、上手くお使い下さい』

「は、はいっ!」


 こうして私たちの嵐のような奮闘が始まった。ああ、どうかどうかみんなの役に立つようにと、心から祈りながら……。


 あー、やっと言い出せました。

 はい、MSOはPK(プレイヤー・キル)どころかPVPプレイヤー・バーサス・プレイヤーすら実装されてません。

 それはNPCも同様でして、序盤でもザコ代表のゴブリンやコボルトも出してないのはそう言う理由でした(動物相手なら戦っていいのか? とも思いますが)。


 そんなこんなで展開の幅狭めるぞと自分でも思うのですが、対象年齢を設定した時から決めていた事でもあるので今回とうとう書いてみました。

 その上での怪盗マリー編がどうなるかは……えー、頑張ります、はい。

 ではでは、また次回。

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