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第55話「次の目的を決めましょう」




 クエストが無事終わり、少し早いけどみんなと一緒にログアウトする事となった。


 理由としては単純にそろそろいい時間なのが1つ。

 結果的にだけど、暗闇洞穴の奥で襲ってきた影擬きと戦ったら得られた経験値が思ったよりも多くてレベルまで上げられた事が1つ。

 私は戦闘面ではみんなよりもずいぶん楽をしていたけど、初めてのダンジョンで神経を削ったのか疲れも出てたのが1つ(実際ひーちゃんなどは昨日に引き続きおねむになっちゃったので先んじて送還済み)。

 最後に、ネイサンくんが助かって気が抜けた事がある。そんな時は無理をしない方がいいとセバスチャンさんにも言われたので大人しくログアウトする運びとなった。


 今はみんなが泊まる宿屋を探して歩いている所、何くれとなく喋っているけどやっぱり今日のクエストの話題が中心になっている。


「あーあ、クエストのクリア報酬が空腹度回復だけとか、なんか釈然としなーい。あのオッサン、ケチ過ぎ」


 あのおじさんの諸々も含めて不満顔のセレナがぐちぐちと文句を言う。


「情緒もへったくれもねーなオイ。不満に思ってもせめてもうちょっとオブラートに包むくらいはしろよ」

「ほっほ、そうですよセレナさん。宿や食事処の物とはまた違う家庭料理を味わえるまたと無い機会ではありませんか。わたくしにとってはご褒美の類いですな」

「それに、気持ちのこもった物ならやっぱり嬉しいよ。あ。でも、ごちそうになるなら少し間を開けた方がいいかな、そうすればネイサンくんも元気になって一緒に食べられるかもしれないし」


 セバスチャンさんと私がそう言うと天丼くんがセレナの肩に手を置いて沈痛な面持ちで語り出す。


「見ろ、ああ言うのが真っ当な反応だ。あそこまでとは言わんがお前ももうちょーっと見習うくらいしとけ、な。人間あんま業突張るとろくな事になんねぇぞ?」

「だぁっ、うっさい! ろ、労働に対して対価が釣り合ってないっつってんのよ私は! それのどこが悪いってーのよ!」


 うーん、苦労をさせてしまった側としてはどうにも反応に困る……。


「ほっほ。いえいえ、今回のようなクエストならば大した報酬にならない事が大半ですよ。寧ろお食事をご馳走してくれるならば上等な部類でしょう」

「そう言うものなんですか?」


 みんなの視線が集中するとセバスチャンさんは1つ咳払いをして朗々と説明を始めた。


「はい、ハプニング系クエストはその名に違わず、依頼を出すNPC側にとっても予想の外の出来事である場合が大半なのです。その為に出せる報酬も手持ちの金銭、物品などに限られてしまう……と言う訳です」

「あー、そりゃそうだよな。俺だって突然ならそんなに出せるモンも無いし」


 クエストを依頼する人が軒並み高額な報酬やレアなアイテムを持ってる訳も無いもんね。

 セレナも「なら仕方無い、か」と納得してる。


「とは言っても別段ハプニング系が高価な報酬に繋がらない訳でも無いのですが」

「どっちよ!」

「ふむ。みなさんはNPCの方々に好感度パラメータが存在するのはご存知ですかな?」


 ……まあ、知ってはいますけど、普段は意識してない。話したりする人たちの事をあんまりそう言う目で見たくはないから。


「彼らは好感を持つPCに対してそれを表現するのみならず、他のNPCに対してもその好感を表現する場合があるのです」

「ん? どゆこと?」

「要するに噂ですな。好感度が高いPCについて『○○と言う人は良い人だ、何か困った事があったら相談するといい。きっと力になってくれるだろう』と他のNPCへと話して好感度が拡散してゆく、と言う事です」


 んー、例えば今回の事でキャミィちゃんやおじさんが知人に私たちの事を話す。すると会った事の無い人でも私たちに好意的に接してくれるって事かな?


「ハプニング系は報酬自体は安上がりになってしまう場合が大半ですが、そう言った好感度に関しては通常のクエストなどよりも高く上がるようです」

「なるほどな。確かに報酬目当てで来た奴よりもたまたま居合わせただけなのに力を貸してくれた奴の方が好感度高そうだ」

「ちょっと。なんで私とアリッサを見比べて言うのよ」


 露骨な天丼くんであった。


「そして好感度が積み重なり一定値に達したNPCは向こうからクエストを依頼してくる場合もあります。そして普段はPCとの接点が無いようなNPCがわざわざ特定のPCに頼んでくるような依頼は得てして報酬が良い事が多い」

「つまりなんだ、より良い報酬を望むなら後々の為にまずは信頼を得る必要があって、そう言ったチマチマした報酬のクエストでもたくさん引き請けていく方が近道、って事か?」

「如何にも。“情けは人の為ならず”と申しますように、善行の積み重ねは信頼となり、信頼の積み重ねは己に還るのです。リアルでもゲームでも、いえPCとでもNPCとであってもそれは変わり無いのでしょう」


 にっこりと笑うセバスチャンさん。正直好感度とかはどうもしっくりとこなかったけど、その言葉だけはなんとなく納得出来た。

 誰かの為にがんばれば良い事がある。うん、なんかしっくりくる。


「そう言うの素敵ですね」

「確かに。アリッサ向きではあるよな。アリッサの場合、人が喜んでくれた時点で元が取れてそうだし、だとしたらどんなお返しでもプラス計上になるんじゃないか?」

「あはは、そうかも」


 さっきもお礼を言ってくれただけで良かったって思えて、報酬がごはんだと聞かされてセレナと天丼くんががっくりしてた時も私は普通に喜べたもんね。

 ……私ってお手軽?


「何にせよ数をこなさなきゃいけないワケかぁ……むぅ、どれだけ掛かるかがミソね」

「ちなみに、噂の範囲はクエストを行った各ライフタウン内のみに限られますのでご注意を、また当然ながら人口の少ない方が噂が回るのも早い、好感度が上がりやすいのですな」


 この村の規模はアラスタの3分の1から4分の1くらいのものと思う。住人も少なく、噂が広まるのもきっと早い。クエストは今回のような物から荷物運びや子守りなど多岐に存在するから探すのに苦労はしない、かな?


「その点に絞れば、こう言う村の方がアラスタや王都よりも都合が良い訳だ」

「ですが報酬の多寡を重視するとなると話は変わります。規模が大きな街である程に上限が高いと聞き及びます。一長一短、ですな」


 それはまあ、極端な話だけど王都なら王様からの依頼にまで発展する事だって一応は考えられる。けど、それがどこかの村の村長さんなんかと同じ労力で会える筈も無い。

 クエストをいっぱいこなして、偉い人とも仲良くなって、その評判が王様まで届くのはどれだけ掛かるだろう。想像もつかないや。


「好感度を上げやすいが頭打ちも早い村と、上げにくいが最終的に報酬の良い街、って事か」

「もちろんそれだけではなく、好感度に関わらず選択出来るユニオンのクエストや単純に難易度の高いクエストなど、報酬で言えば見劣りせぬ物など幾らでもあります。好感度ばかりに目をやらず、水が合う道を選ぶのが肝要かと存じます」


 1つのライフタウンに留まるか、ユニオンのランクをひたすらに上げるか、それとも難しいクエストに立ち向かうか……か。


「セバスチャンさんはどの道を選ばれたんですか?」

「全部ですな」


 ガクッと肩から力が抜ける私たち。


「ちょっと! 水が合う道を選ぶんじゃなかったの?!」

「は、ですから“全部”の水に合わせられた訳ですな。いやはや年の功年の功。ほっほ」

「これもプレイヤースキル(の実力)って言うのの内なのかなあ……?」


 それでもセバスチャンさんならこなせてしまいそうなのがすごい。この人の底はどこなんだろうか。

 そんな風に騒いでいると天丼くんが1人、思案顔で考え込んでいるのに気付く。どうしたのかな?


「…………なぁ、セバさん」

「ふむ。なんですかな、天くん」

「そんだけ好感度稼いでクエストこなしてるってなら、パーティー向けのクエストとかにも心当たりありそうなモンだよな?」

「ありますな。実際、時折知人らと臨時でパーティーを結成して挑戦しておりますし……それがどうか致しましたか?」

「ああ。なら、俺たちでそう言うクエストを請けてみないか、と思ってよ」


 白い歯を剥き出して挑戦的な笑みを浮かべた天丼くんは、そんな提案を持ち掛けた。


「ほう。して、その心は?」

「今までの事で、まぁ変則的ではあったけど、このパーティーでもそこそこ戦えるのが分かった。役割も……ま、バランス取れてるしな」


 ジャイアントボア戦は私のレベルアップを主目的にしていたから別としても、確かに今日のダンジョンは色々と変則的だった。

 ザコ戦は(みんなでサポートしたとは言え)ほぼセレナの独壇場だし、ボス戦は……あれが一番真っ当だったかな。

 一番のイレギュラーは一番の素人である私が指揮(?)を取った事だけど、結果からすれば私たちには大した損害も無く勝利出来た。


 役割に関してはセレナが攻撃役、天丼くんが防御役、私が遠距離攻撃・回復・支援を適宜、セバスチャンさんは支援役だから確かにバラけてる。


「ただ実も蓋も無い言い方だが、今回は色々と運が良かっただけで、今のままだとアリッサのパラメータが低すぎて強敵に挑めないだろ」

「はうっ」


 飛んできた(事実)に心が抉られる。反論も許さない厳然とした事実なものだから尚更胸が痛い。

 よろよろと立ち眩み、がっくりと項垂れる。


「ごっ、ごめんね、足手まといで……ごめんなさい」

「死にたいらしいわねアンタ……」


 拳を鳴らすセレナが眉を逆立てた鬼の形相で天丼くんに迫る。天丼くん命の危機。

 けど、それは向かい合っていたセバスチャンさんによって制止される。


「セレナさん、まだ話は終わってはおらぬようですので拳をお納め下さい」

「……チッ。で、どう言うつもりなのよ」

「いやだから、そろそろアリッサの装備を買う為に金を稼「良い事言うわねアンタ!!」……お前ちょっと黙ってろよ」


 セレナの眼が危うい光を私に向けていた。以前から私に色々と服を着せたがっていたセレナに身の危険をヒシヒシと感じてしまう……。


「成る程、王都にも到達しましたし装備を整えるには良い頃合いかもしれませんな」

「ああ、正直初期装備じゃレベルがいくら上がろうが限界がある。装備も含めてのパラメータなんだ、装備でカバーしてやればもっと色んなトコに挑戦出来るだろ」


 それはそうかも。私だっていつまでも初期装備でいいとは思っていない。その為にもお金を貯めようとはしていたけど、ポーションの出費が増えた事もあって中々上手くいっていなかった。


「ユニオンのパーティー向けクエストはメンバーの内一番低いランクに固定されちまうし、生憎と俺やセレナにはその手のコネクションが無い。だからセバさんに探してもらいたいんだ」

「ふむ。しかし……クエストを探すのは勿論構わぬのですが、装備の質如何で値には天地の差が出ます。報酬は如何程の物を選んだものか……」

「決まってんじゃない!」


 真剣な表情で言葉を交わす2人にセレナが胸を張り満面の笑顔で割って入る。



「折角なんだからアリッサには飛びっっ切りの服着せんのよ! その為にはお金なんていくらあっても足りないわ! どうせなら目ん玉飛び出すくらい稼げるクエストで行くのよっ!! あーっ、何か気合い入ってきたあっ!!」



 セ、セレナが燃えている。ちょっと鎮火しないとマズいレベルでテンションが燃え上がっちゃってるうっ?!


「しかし、好感度から持ち込まれたクエストとしても、さすがに高額な報酬ともなればそれ相応に難易度も高くなってしまいますが……」

「そ、そうだよ、あんまり難しいクエストじゃクリア出来ないからそこそこの難易度のをいくつか、とか……」

「んなチマチマした事はチャレンジして失敗した時に考えりゃいいのよ! 成功したなら儲け物、失敗したらしたでちょいランク落とす目安になるからいいじゃない!」


 な、なんてポジティブシンキング……いつもは頼もしいけど、今は不安しか掻き立てない。


「お、落ち着いてよセレナ、そんな高い装備買っても私まだ弱いから必要パラメータ満たせないよー、そんなに高い報酬じゃなくてもいいんじゃないかなー……?」


 装備品にはそれぞれに必要とされるベーシックパラメータが存在する。

 例えば重い鎧ならそれに見合う体躯(Phy値)が必要となるし、難しい書物ならそれを理解する知力(Hea値)が必要だし、細かい操作が必要な道具なら技術(Tec値)が要る。

 その値を満たさなければ装備品は装備してもその真価を発揮しない、トータルパラメータに加算はされないのだ。

 以前クラリスの剣を持ち上げた際に重くて持ち上がらなかったようにむしろ何らかの形で装備者にマイナスの効果すらもたらす場合もあると聞く。


 ベーシックパラメータは加護やアビリティの取得時点でボーナスポイントが加算される仕組みなので最初に比べれば数値は多少上昇してるけど、装備品の性能が高ければ高い程求められるパラメータは上がるそうなので初心者に毛が生えた程度の私ではとてもとても……。


「大丈夫大丈夫、高レベルの職人プレイヤーともなるとNPを抑えつつ高性能の装備を作れるらしいわ。その分値段がバカ高いそうだけど、つまりは金さえあればオールOKなのよ!!」


 だめだ、止まらない。

 見え始めた夢と希望にウキウキワクワクと瞳を煌めかすセレナであった。


「アリッサだって新しい服欲しいでしょ?」

「うっ……そ、そりゃずっと必要だとは思ってたし、お金も稼がなきゃって思ってるけど……」

「なら問題無いわね! 明日からはがんばって金儲けよ! えいえいおー!」

「お、おー……」


 ううう、着せ替え人形にされる予感……。


「……ま、性能が高いに越した事無いしな」

「ですな。しかもアリッサさんのビジュアルに見合うだけの服を作れる職人の作ともなれば相応の額となるでしょう。有って困る類いで無し、物は試しです、今回は難易度は度外視で報酬の額で探してみましょうか」

「任せた」

「任されました」


 天丼くんとセバスチャンさんが合意するのと宿屋さんに到着したのは示し合わせたかのように同時だった。

 私を除くみんなはそこに泊まってログアウトするので別れる事になった。


「じゃあな、明日も集合は4時過ぎにケララ村で」

「了解」

「では帰り道にはお気を付けて」

「はい」

「じゃあね、また明日!」

「うん、また明日」


 別れの挨拶を交わし、アラスタへ戻るべく単身ポータルを目指す。


「…………ふう」


 考えるのは明日の事。明日挑むらしいクエストの事。

 今日は色々と忙しい1日だった(今までも大概忙しかった気もする)けど、明日はそれに輪を掛けて忙しくなりそうだった。


(本格的にお金を稼ぐとなれば、これまでユニオンで請けてきた簡単なクエストとは別物の難易度だろうし……何か役に立てるのかな、私)


 パーティー向けと言うなら別に私にだけお金が入る訳じゃないのだろうけど、それでも役立たずでおんぶにだっこではいけない。賃金はそれに見合うだけの労働の対価なのだから。

 せめてエキスパートスキルの制約を緩める為に反復練習とか……は時間的に厳しいか。

 じゃあスペルの暗記を明日のログインまでにしっかりしておこう。うん。備えあれば憂い無し、出来る事をしなきゃ。


(…………でも……新しい服、か)


 明日クエストを受ける、クリアすれば結構な大金を得られる、筈。そうなれば……。

 そっと胸元に触れる。ごわごわな肌触り。シワになっちゃうのに、それをぎゅっと握る。



「もう少しの間、よろしくね」



 それだけ言って、ポータルからアラスタへと転移する。

 ただ……不思議な事に、握った手を離すにはしばらく掛かった。


 そうです、アリッサってまだ初期装備だったんです。

 しかもこれからクエストで稼がなきゃならないので買うのはまだ先と言う……。

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