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第53話「託された希望」




 ジャイアントボアと計2回戦った私たちはそのまま晩ごはんの為にログアウトし、現在は再びログインしている。

 ライフタウン外でログアウトした場合、最後に立ち寄ったライフタウンにまで戻されると言う仕様なので再スタートはケララ村からとなる。

 さて、ひーちゃんを呼び出してはいるけどみんなはまだ来ていない……ううん、少し早く来すぎたかな、どうしよ。

 ここ周辺はモンスターが複数で出るようになってるからさっきみたいに1人で戦わないよう言われてるし……ならそれまでひーちゃんと観光でもしようかな。


「ひーちゃん、あんまり遠くには行けないけど少しお散歩でもしよっか?」

『キュイ〜』


 特に場所に心当たりも無いのでメインストリートをぶらぶらと歩き始める。

 道具屋さんや武器や防具のお店を冷やかしたり、美味しそうな匂いに釣られたり、ユニオンも見つけたので見学をしたり……。

 でもやはり小さな村らしく、メインストリートは早々に見終わって裏道を少し歩いていたけどめぼしい物も見当たらず、待ち合わせもあるしそろそろポータルに戻ろうかな……そう思った矢先だった。


「ん?」


 足下にコロコロと何かが転がってきた。拾い上げてみるとそれはどうやら柑橘系の果物。

 周囲を見てみると紙袋を持った男の子が頼り無さげな足取りで歩いているのが目に留まった。


「あの子のかな?」

『キュ?』


 駆け寄ってみると紙袋には転がっていた果物と同じ物がいくつか入っていた。間違いは無さそうだ。


「君、待って。これを落とさなかった?」

「え? ……あ、ほんとだ1個足りないや」


 少し痩せ気味の男の子は「すみません」と会釈をしようとしてまた紙袋から果物を落としそうになっている。


「いいよこれくらい。あ、と」


 果物を袖口で軽く拭き紙袋に戻す。地面を転がっちゃったしね。


「ありがとうございます」

「お礼がちゃんと言えるなんて偉いね。お使いかな?」

「はい。僕、普段は迷惑ばっかりだからお手伝いしたくて」


 良い子だなあ。もし大変なら運ぶのを手伝おうかとも思ったけど、それは野暮みたい。


「そっか。がんばってね」

『キュイ!』

「はい」


 手を振って別れる。暇潰し、と言うのもあれだけどこうして知らない村の人とお話するのも楽しいなあ。


「さ、そろそろポータルまで戻ろうかひーちゃん…………ひーちゃん?」


 ひーちゃんが後ろを向いている……?


「どうかし――」


 ――ひーちゃんに問うその言葉を言い終わる事は出来なかった。



 ――ドサッ。



 私の耳に、誰かが倒れたような音が届いたから。


「っ」


 聞こえてきた方向には紙袋の中身が辺りに散乱していた。更に後ろへ振り向いた私の視線の先には……さっきの男の子がぐったりと力無く地面に倒れている!?


「ぅぅぅ……」

「えっ?! ちょっ、君! どうしたの!?」

『キュキュ!』


 駆け寄って抱き起こすと男の子の顔は赤く息は荒い、苦しげに呻く様子はただ事ではなさそうだった。


「ああっ、どうしよ……あっ、すみません! 近くにお医者さまはいらっしゃいませんか?!」

「医者? どうしたんだい?」

「この子が倒れて……すごく苦しそうなんですっ!」


 傍を通り掛かったおじさんに男の子を示すや血相を変えて、「こいつぁ大変だ!」と男の子をおぶさって走り出した。

 私もそれを……紙袋の中身をかき集めてから追って、少しばかり走った先には診療所だろうか2階建ての建物があり、おじさんはその入り口に駆け込む。


「ちょいとゴメンよ! 通してくんな!」


 順番待ちをしている患者さんを差し置いて診察室らしい扉に体当たりのような勢いで飛び込んだ!


「何だ何だぁ?!」


 診察室には無精髭をぼうぼうに生やし、よれよれの白衣を着込んだ初老の男性が突然現れた私たちに驚き、椅子からずり落ちそうになっている。


「ドク! ドク! ネイサンが倒れた! 診てやってくれ!」

「なんだと!?」


 お医者さまらしい男性は男の子の名前なんだろうネイサンと聞いて、目を剥いて立ち上がり診療台に寝かすように指示を出す。

 男の子の診察が始まり、お医者さまと看護師さんが処置をしていく中、邪魔をしてはいけないと私たちは待合室に移動した。ひーちゃんにも診療所内では静かにしてるように言い含めた私は腕を組んで唸るおじさんになるだけ小声で話し掛ける。


「あの……」

「ああ、アンタにゃ礼も言わずにすまんな。見つけてやってくれてありがとうよ」

「いえ、私は何も……あの男の子は一体どうしてしまったんですか?」

「……あいつはネイサンと言ってな、俺の姉の子さ。両親を流行り病で亡くして今は俺の家で暮らしてる。娘とも仲良しで……もう息子みたいなもんさ。だが昔から体が弱くてな、ここの常連でなんだ。俺には難しい事は分からないが……悪くなけりゃいいんだがなぁ」

「そう、なんですか……」


 私は席を立ち、みんなに遅れるかもしれないとメールを送る。

 これがクエストにしろ何にしろ、このまま去るのは後味が悪い。何かしら結果が出るまではここに残ろう。

 そうしているとおもむろに診療所の扉がけたたましく開かれ、女の子が飛び込んできた。看護師さんが注意しようとしてるけど聞く耳持たずに声を張り上げている。


「ネッ、ネイサンがっ、運び込まれたってっ! 大丈夫なのかっ、アイツ?!」

「落ち着いて下さい、ここには病気の方もいらっしゃるのでお静かに……」

「キャミィ!」


 女の子を見たおじさんが立ち上がり、キャミィと呼ばれた子もこちらに気付いて駆け寄ってくる。


「おっ、おやじ、おやじっ、ネイサンどうしちまったんだっ!? 倒れたって!」

「大丈夫、大丈夫だ! 今ドクが見てくれてる、今度も平気だ! だから落ち着け」

「うっ、ううーーっ」


 おじさんに抱き付き、嗚咽を漏らすキャミィちゃん。おじさんは看護師さんたちに頭を下げて待合室の端の椅子に腰掛けた。

 私も所在無く2人の近くに腰掛けるとメールが届く。差出人はセレナ、何かあったのかと書いてある。

 今までの状況をかいつまんで入力して送信、程無く返信が届く。中身には3人が既に合流していて、セバスチャンさんがここを知っているので向かう旨が記されていた。


(みんなならもしかしたら何か分かるかもしれない)


 他力本願しか思い浮かばない自分に歯噛みしつつ診察室を見つめ、夢見の悪くなるような事にならないようにと祈る。


 やがてセレナ、天丼くん、セバスチャンさんが診療所にやって来た。待合室に病気でも無い面子がいても迷惑かと外で話し合う事となった。


「ううむ。状況を鑑みるに、どうやらハプニング系のクエストに巻き込まれたようですな」

「やっぱり……そうですよね」


 攻略サイトなどではクエストは色々と分類されてる。

 その内偶発的、突発的に発生するのがハプニング系。発生がランダムで内容もほぼ単発の物が大半で、難易度はそれこそ運次第、らしい……。

 だから、今回のクエストの結末がどうなるかは誰にも分からない。クリア出来るかすら――。


 むにー。


「はへ?」

「景気の悪そうな顔しない。クエストなんだから、何とか出来るわよ。っつーか出来なきゃおかしーし、何かあっても助けてみせる! くらい意気込みなさいよね」


 ぱちん。

 セレナが勢いよく指を離した。私はきょとんとしたまま頬を擦る。


「ですな。メタですが、乗り越えられぬ困難などありません。何かしらの答えは有る筈ですよ、ゲームですから」

「ほんとに身も蓋も無い答えだな、オイ」


 弱気になる私をみんなが励ましてくれてる……ああ、そうだよね。私は1人じゃない、心強い仲間がいてくれる。不安の中でもきっと大丈夫と思えるみんなが。


「……でも、すっごく分かりやすい励ましかも」


 なら、言わなきゃ。

 みんなが私に注視する。


「ごめんなさい、また厄介事を増やしてしまいました。けど、このままにはしたくないんです。重ね重ねですけど、身勝手ですけど、私に力を貸してくださいっ」

「「重っ!」」


 私のお願いに真っ先に返してきたのはセレナと天丼くんだった。うん、私も自分でそんな風に思います。


「アンタもうちょっと軽〜いノリとか出来ないの?!」

「だ、だって……ただでさえみんなには色々面倒を見てもらいまくってるから、ほいほいお願いするのも悪いかなあって思って……」

「アリッサさんらしいですなぁ」

「こんなの『ごっめーん、ちょっち手ー貸してー、お願ーい』くらいでいいわよ。ここにいる3人には、それくらいでさ」

「セレナ……」

「ツーカーとまでは言わないけど、それなりに気心知れ始めてんでしょ私たち」


 そう言ってセレナは天丼くんとセバスチャンさんに視線を向ける。それだけで無言の問い掛けと分かるのは知った気心の賜物かどうか。


「ま、危なっかしいから付き合うさ。セバさんは?」

「わたくしは元より女性のお願いには弱い性分ですからなぁ。ほっほ……む」


 みんなが協力してくれる事になってほっとしたのも束の間、診療所の扉が大きな音と共に慌ただしく開かれ――。


「待てキャミィッ!」


 怒鳴るような声を背に、扉から小柄な人影が飛び出して出入口へと駆け出した……あれは!?


「キャミィちゃん?!」

「お知り合いですかな?」

「ネイサンくんの従姉妹……と思います。でも様子が……」


 ちらりと見た横顔は悲壮な、そして何より焦りに満ちた顔。ただ事ではない、そう感じさせるに十分だった。


「追うわ!」


 私たちの中でも脚の速いセレナが真っ先にキャミィちゃんの後を追って走り出した。やはりと言うか、ただの女の子とPCでは勝負にもならず、早々に追い付いてキャミィちゃんを足止めしている。

 私たちも追い掛ける(私だけ盛大に遅れるけど)と、

腕を掴まれたキャミィちゃんがギャンギャンと喚いている。


「離せ! 離せよオバサン!」

「誰がオバサンよ、誰が! 私はまだ16だっつの!!」

「あたいは行かなきゃいけないトコがあるんだ! 早くしなきゃネイサンが死んじゃうんだ!」


 その言葉にセレナがギョッとする。それはそうだ、いきなり『死ぬ』なんて聞かされれば、そしてそれは自分が腕を掴んでいるからと分かれば。

 その時、セレナの掴む力が緩んだのかキャミィちゃんの手がスルリと抜けて再び走り出そうとした、瞬間追い付いたセバスチャンさんが再びキャミィちゃんを捕える。


「何なんだよさっきから! 邪魔すんな!」

「申し訳ありませんが、承服しかねます。あのようにご心配をされている方がおられる以上は、特に」


 最後尾の私の更に後ろからはおじさんが追い掛けてきていた。


「キャミィ!」

「……っ」


 観念したのか、キャミィちゃんの体から力が抜けた。セバスチャンさんはもうどこかへ向かう事は無いと判断したのか解放し(それでもさり気無く道を塞いでるけど)、後をおじさんに譲った。


「……どこへ行くつもりだった」

「…………」

「どこへ行くつもりだった」

「……分かってるだろ」


 パンッ!

 乾いた音が響いた。


「っ、」

「分かってるだと? ああ、分かってるな。お前が行ったって無駄死にするだけだってな」

「じゃあ……じゃあどうすんだよ! このままじゃネイサンが危ないってドクが言ってたじゃんか! 助けるには『ヤミヨミの花』が要るって、言ってたじゃんか! だからあたいは!」

「お前が危険な目に遭うのをネイサンが望むものか!」

「なら……どうすればいいってんだよ……くっそぉ……!」


 キャミィちゃんの嗚咽が響く……。

 その様子をオロオロしながら見ていた私の背中をセレナが軽く押す。


「出番よ、いってこい」

「……うん」


 ヤミヨミの花がどんな物で、どうすれば入手出来るかは分からない。でも、ここで何もしなければネイサンくんが危うく、キャミィちゃんが泣いてしまう。

 そんなの嫌。すごく、嫌。


「あの、私たちにお手伝い出来ませんか?」

「アンタは……星守なのか」

「はい」

「そうか、アンタたちなら……」


 キャミィちゃんが涙まみれの顔を上げる。


「お願いだよ……ネイサンを助けて!」



 ポーン。


『【クエスト】

 《病の少年を救え!》

 クエストを開始しますか?

 [Yes][No]』



 その声と共にウィンドウが開き、クエストの発生を告げる。

 ウィンドウの先にはキャミィちゃんとおじさんのすがるような瞳があった。私は後ろに控えてくれているみんなに目を向ければ頷きを返してくれる。

 支えてくれるみんなを頼もしく思いながら[Yes]をタップした。


「そうか、頼みを聞いてくれるのか! ありがとう」

「いえ、それでヤミヨミの花と言うのはどこにあるんですか?」

「ヤミヨミの花はこの村の西にある『暗闇洞穴』の奥深く、常に闇に包まれた場所に咲いている花なんだ。中はモンスターの巣窟で俺たちには危険過ぎてとても採りには行けない……ユニオンに依頼するにしても間に合うか分からなかった、だがアンタたちが行ってくれるなら間に合うかもしれない! 頼む、ネイサンを助けてくれ!」

「……はい!」



◇◇◇◇◇



 キャミィちゃんとおじさんはネイサンくんの許へと戻り、私たちは急いでおじさんが教えてくれたダンジョンへと向かった……かと思いきや。


「いえ、まずは情報収集を提案致します」


 とのセバスチャンさんの言葉に、私たちは移動もせずにいた。


「そりゃまぁ確かに、詳しく知れれば助かるだろうが……情報を知ってる奴を探すのも、ネットサイトを探すのも時間が掛かるだろ?」

「いえ、ピンポイントで心当たりがありますのでご心配無く。少々お時間を頂けますかな?」

「分かりました、攻略に役立つならお願いします」


 それを聞くとセバスチャンさんは少し距離を取ってシステムメニューを操作し始めた。


「やっぱり頼りになるね、セバスチャンさん」

「だな。俺たちだけじゃむやみやたらに突っ込んでたろうし、それで失敗したら目も当てられない」

「……ピンポイントの情報、か。さすがに交遊関係広いわね「お前と違ってな」どうしてアンタは死にたがるのかしらねぇぇぇ」


 そんな2人のコントの中の一言が私の琴線に触れた。


(……ピンポイント?)


 あれ?

 ピンポイントと言うのは何を指すんだろう……ダンジョン? クエスト? 後は…………あ。


「もしかして、マリリンさんに……?」

「マリリン? 今セバスチャンが話してる相手の事?」

「多分」


 セバスチャンさんに連れられて訪れた喫茶マリリンで見た咲き誇る花々の美しさは忘れようもない。

 そんなに沢山のお花を集めるマリリンさんなら……。


「お待たせ致しました」

「どうだった?」

「はい、ヤミヨミの花の咲く場所までのかなり正確な情報が得られました。花についてならばもしやと思いましたが当たりでしたな」

「なら善は急げだな。ただ俺はそのダンジョンには行った事無いんだが……」

「あ、私もだわ」


 私よりも先に進んでいるセレナや天丼くんでも、どこにでも行った事がある訳じゃないんだ……。


「お任せ下さい。地下ダンジョン暗闇洞穴ならば一度訪れております、残念ながら隅から隅までとはいかなかったようですが」

「一度でも行ってらっしゃるなら心強いです。時間指定はこちらの陽が沈むまでですけど……急ぎましょう」


 こちらの時間では大体お昼過ぎ、余裕はあるように思えるけど明日ログインする頃には過ぎてしまう。つまりは実質今日のログアウトまで、粘っても2時間半がタイムリミットだった。

 それまでに移動し、ダンジョンに潜り、花を確保し、更にここまで戻らないといけない。私たちに余裕は無かった。

 みんなが頷き、行動を開始する。……ちなみにセバスチャンさんのスキルで速力アップしてもまだ私の足が遅いのでひーちゃんを抱きつつセレナにお姫様だっこされ、モンスターは出来る限りスルーし攻撃されたら天丼くんがカバーして進む事になった。

 ……何度目だっけ、お姫様だっこ……。



◇◇◇◇◇



 ケララ村を西に進みながら、私たちは今から行くダンジョンについての説明と対応策について話し合っていた。


「『暗闇洞穴はモンスターはそう強力ではありませんが、その名に違わず内部に光源が全くと言ってよい程ありません。ランタンである程度は視界を確保出来ますが不意打ち、突発的な遭遇……常に警戒を怠れぬ厄介なダンジョンです』」


 セバスチャンさんの言葉からは以前に挑戦した時の厳しい戦いが浮かぶよう。そんな所にほぼ対策も無しに乗り込むのかと悩む中である事を思い付く。


「あの、それなら私が〈ファイアアイ〉か〈ダークアイ〉を使ってみましょうか?」

『キュ?』


 いや、ひーちゃんも見ようによっては火で出来た目玉みたいだけどね。違うんだよ。


「『ほう、スペルはお分かりですかな?』」

「はい、大丈夫です」


 《火属性法術》の支援系エキスパートスキル〈ファイアアイ〉。その効果は視界内のPC・NPC・モンスター(一部を除く)に限ってサーモグラフィーのように熱分布を表示する事。

 対して《闇属性法術》のエキスパートスキル〈ダークアイ〉は対象に暗視能力を付与出来る。

 花菜に選んでもらったエキスパートスキルの中にあったのでスペルを書き留めてメールでこちらに送ってある。

 残る問題は……。


「今の私じゃ2人分しか掛けられないし、定期的に使うとその間やっぱり封印状態が続いちゃうんですけど……」


 その場合にはひーちゃんしか頼れなくなる。私が遭遇したクエストでの役立たず化はどうなんだとも思うけど……。


「『それなら、戦闘をするにしてもしないにしても、モンスターの位置が分かるのは助かるわね』」

「『はい。それに今回は切迫しております、モンスターとの戦闘は可能な限り避けるべきかと。であるならばアリッサさんのサポートに回ると言う提案は有効でしょう』」


 確かに、私のアドバンテージと言えば遠距離に攻撃出来る事と回復くらいのものだし、突発的な戦闘を回避出来るなら私よりも他のみんながモンスターの位置を分かっていた方がいい。


「〈ファイアアイ〉と〈ダークアイ〉のどちらを使いましょうか?」

「『暗視の方が洞窟全体が見えるだろうし便利っぽくない?』」

「『……ふむ。実は暗闇洞穴には岩壁に擬態するモンスターがおりましてな。〈ファイアアイ〉ならば看破出来るのです。本来なら併用が望ましいのですが……』」


 ごめんなさい無理です。


「『一長一短か……セバさん、暗闇洞穴は実体を持たないモンスターは出現するか?』」

「『前回訪れた際には遭遇しませんでしたな』」

「『なら〈ファイアアイ〉にしよう。どの道全員は対象に出来ないから走っては行けないし、〈ファイアアイ〉で捉えられるモンスターだけなら不意の戦闘を防げるだけそっちの方がいい』」

「じゃ、〈ファイアアイ〉を使う方向でいいね。次は誰に使うか……」


 攻撃役のセレナ、防御役の天丼くん、支援役のセバスチャンさん。この中から誰か……。


「『やっぱ攻撃役のセレナと、経験者のセバさんだな。俺は外していいぞ』」

「えっ?」


 天丼くんの言葉に驚く。防御担当の天丼くんには必要だろうと思っていたのに……どうして?


「『何、俺にはコイツ(、、、)があるからな、多少暗かろうが不意討ちなんざ回避出来るさ』」

「あ、なるほど《ウサギ耳》だね」


 天丼くんは自分の頭を指差している。そこには兎人(ウェアバニー)の特徴である長い長い耳が2本伸びている。

 兎人の種族アビリティ《ウサギ耳》は耳を澄ませれば高い聴力を発揮出来る能力だ。聴力だから暗闇の中でもモンスターの接近を察知出来るんだろう。

 後はフォーメーションの確認をしつつ、更に前進していった。


 それから少し進むと林があり、その奥の崖の一角にはぽっかりと真っ暗な入り口が口を開けていた。


「あれが……暗闇洞穴、ですか?」


 文字通りその洞窟の先は真っ暗だった。射し込む陽光も入り口から少し入った所で暗闇に屈していてまるで見通せない。


「『左様です。わたくしの記憶に間違いが無ければ地下3層の比較的短いダンジョンです』」


 その代わりに灯りが無いから危険度が高い、と。まさしく一寸先は闇ばかり。


「『じゃ、アリッサお願い』」

「うん、待ってて」


 システムメニューのメールBOXから送っておいたスペルのリストを見ながら詠唱を開始する。


「〈ダブル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、力与えし火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、熱き血潮を捉えて示す瞳の力、見よ、捉えよ、暴き出せ、生ける命のある限り”。“燃えろ、火の(まなこ)”」


 発動には無事成功、同時に2つの赤い光球が杖の先に灯る。待機状態のままセレナをターゲットサイトで捉える。


「〈マルチロック〉」


 そう唱えるとカチッとサイトから十字のアイコンがセレナにセットされた。〈マルチロック〉は複数の対象にスキルを発動出来るようになる《照準》のスキルだ。

 続いてターゲットサイトをセバスチャンさんに移して待機させていたスキルを発動すると、2つの光球はそれぞれへと飛んでいく。

 2人の体全体が淡く発光し、次第に瞳へと集束して強く光を放った。


「『……へぇ、何か変なカンジね、サーモ映像が普通の視界にうっすら重なってる。真っ暗なら丁度良っか』」

「『こちらも問題ありません。が……ふむ』」


 セバスチャンさんが目をぐるりと動かしている。


「あの……やっぱり、ですか?」

「『距離にしておよそ半分、と言った所です。やはりそうなのでしょう』」


 セバスチャンさんが気にしているのは《古式法術》の問題点。

 調べてみた所、ガニラさんが言っていた通り《古式法術》のエキスパートスキルは通常よりも効果が低い事が分かった。具体的には通常比50%減、半分の力しかない。

 〈ファイアアイ〉もその例に漏れず、視野の半分くらいまでしか効果が及んでいないんだろう。


「とほほ……」

「『いえいえ、遠距離から狙うスナイパーならばいざ知らず、狭い洞窟でならば何の支障にもなりませんとも。では、アリッサさんはこのランタンをお使い下さい。足下はならされている筈ですが十分にご注意を』」

「はい……お預かりします」


 セバスチャンさんのランタンは精霊器であり、スイッチを入れれば白い光を周囲に発する。意匠は最低限で実用性に重きを置いているみたい。

 ただ、性能がいいけどMPをわずかだけど消費するからMPの残量には注意しないといけない。


「ひーちゃん、しばらく私は役立たずになっちゃうからもしもの時はサポートをお願い」

『キュッキュ!』


 気合いが入ったのか炎をひと噴きするひーちゃん。今の状況を理解しているのか、一際燃えている。ひーちゃんは人の為にがんばれるいい子なのです。


「『では先程決めたフォーメーションで参りましょう』」

「はい」「『OK』」「『おうさ』」『キュイ!』


 それぞれが返事をして、順番に洞窟の中へと入っていく。墨を垂らしたような濃密な闇の中へ……。



◇◇◇◇◇



「『ふっ!』」

「ギッ?!」


 光の届かぬ闇の先、数瞬の攻防が交わされる。

 勢いよく大鎌の振るわれる音に次ぐのは何かが落ちて跳ねる音、そしてそれきり静寂が訪れる。

 それだけで戦闘が終結したのだろうと分かるものの、私にはセレナの背中と振るった大鎌のぎらつきだけしか見えなかった。



 タタンターン♪


『【アイテムドロップ】

 ダークアイズバットの皮膜×1』



 戦ったのはセレナだけだけど、パーティーを組んでいる為にドロップしたアイテムがあるとウィンドウが開いて知らせてきた。

 『ダークアイズバット』……この暗闇でも蝙蝠なら感知出来るんだ。


「『ゴメン、避けきれなかった』」

「『しょうがねーよ、2層に来てから洞窟が狭くなった気がするしな』」


 この暗闇洞穴のモンスターはこちらに気付くと1層からでも自発的に攻撃してくる。

 ただ、洞窟と言う閉鎖空間内への配慮か、その動きには若干の余裕があるらしく避けて通るのも不可能じゃない。なので先頭を行くセレナの通った位置をなるべくトレースして進んでいる。


(〈ファイアアイ〉が役に立ってくれているみたいで良かった)


 岩肌が剥き出しのこの洞窟は一本道ではなく、何本もの道がぐねぐねと迷路のようにうねり、きっと行き止まりも多いんだろうと思う。セバスチャンさんの的確な道案内が無ければどれだけ時間が必要だったか分からないくらいに。

 結果として1層は結構な速度で突破出来たのだけど……残念ながら天丼くんの言うように2層からは道幅が狭まり、感知範囲に引っ掛かってしまったのでセレナが戦闘に突入し今に至る。

 でもセレナがことごとく先制しているので苦戦した感じも無く、セレナの後ろ、私の前にいる天丼くんの出番は無かった。


「『あ、やば。そろそろ〈ファイアアイ〉切れるっぽい』」


 セレナが少し上方向を見ながらそう言う、私も見てみると視界内の〈ファイアアイ〉が効果中だと示すアイコンが点滅を始めていた。

 洞窟前で掛けた分は既に1層終盤で切れているからこれで3回目となる。やっぱり効果時間は短いのだろうか、封印状態から復帰してもまたすぐに使わないといけない……。


「セバスチャンさん、近くにセーフティーエリアはありますか?」

「『残念ながら、多少歩かねばなりません』」

「なら今の内にもう一度掛け直した方がいいですね。天丼くん、その間の周囲の監視をお願い」

「『任せとけ』」


 2人に掛けている〈ファイアアイ〉をキャンセルして新たに詠唱を始める。スペルは先程使ったしきちんと覚えたので空で唱えられた。

 2人に再度〈ファイアアイ〉を掛け直し、私たちは歩を進めていく。

 セレナのヒールや天丼くんのブーツ、セバスチャンさんの革靴が洞窟に延々と反響してその長大さを物語る。ランタンの灯りの向こうは光の一切無い闇ばかりで……ちょっと怖い。

 モンスターの遭遇は先へ進む程にその頻度を上げ、それに伴って進行のペースも落ちていく。

 2層は1層よりも広かった事もあって掛かった時間は倍程にもなってしまった。


「『……3層はまた少し道が狭くなったわね。こりゃ戦闘は避けられない、か……目的の場所はここから遠いの?』」

「『情報によれば少々離れた位置だそうです。モンスターも強くなりますのでセレナさんはあまり突出し過ぎぬようお気を付け下さい。天くん、アリッサさんのフォローを頼みますぞ。アリッサさんはスキルの効果時間の管理を忘れぬように。ひーさんは周囲に気を配って頂きたい』」

「『任せなさい』」「『了解だ』」「はい」『キュ!』

「『ヤミヨミの花はもうすぐですが気を引き締めて参りましょう』」



◇◇◇◇◇



 その後は迷路のように入り組んだ道を時折戦闘を交えながら進んで行く。セバスチャンさんの道案内も途中までで、今は教えてもらった情報を頼りにして慎重に進んでいた。

 右へ左へ、段差を上がって下りて、視界内のマップでは全体像はとても把握出来そうに無い。


「『そろそろの筈ですが……』」


 そう言って突き当たりの開けた空間で静止をかけたセバスチャンさんはどうしてか上を見てばかり。


「『アリッサさん、ランタンで天井を照らしてもらえますかな』」

「あ、はい」


 言われた通りにランタンを掲げ、少し高くなっている天井に向けてみる。するとそこには……。


「穴、ですか?」


 天井の端、そこには尚暗〜い横穴が……ってまさか。


「あそこに登るんですか?」

「『はい。あの穴の向こう側にヤミヨミの花が咲いている、との事です。登った先にはモンスターは出現しないそうですので最悪1人でも行ければ問題はありませんが、中々の絶景と聞き及びます』」

「『ん〜、壁は結構デコボコしてるから何とか行けそうかな。私行ってみようかしら』」

「『俺は重量的に無理そうだ。残って見張り番に回ろう』」

「私も無理……留守番してます」

「『ふむ、では……』」


 結論。


 採集組(登攀してヤミヨミの花の採集)。

 セレナ、セバスチャンさん。


 見回り組(モンスターが来た場合は撃退、又は2人が戻るまで時間を稼ぐ)。

 天丼くん、ひーちゃん。


 照明組(ランタン持ち)。

 私(2人が上に行く前に〈ファイアアイ〉を掛け直した為)。


 ……自分の無力を痛感する今日この頃。


「『では、ここをお任せします』」

「『ああ、気を付けてな』」

「『ええ、そちらも……とうっ!』」


 瞬間、セバスチャンさんの姿が消えた。


「『「『「え」』」』」


 目を丸くする私たち、けど岩を蹴る音に上を見上げればそこにはデコボコした岩壁を軽い調子でピョンピョンと蹴って登っていくセバスチャンさんがいた。

 みんなそれをぽかーんと口を開けて見ている。

 暗殺者で跳んだり跳ねたりは昔話とばかり思ってたけど、今でもやっていけるんじゃないですかセバスチャンさん。


「『セレナさん? 如何されましたか?』」

「『あ、い、今行くわ』」


 穴の向こうから響く声にようやっと反応したセレナはデコボコの岩壁に手を掛けて……あれ、止まった?

 振り返ると目を吊り上げて天丼くんを睨んでる。


「『……ちょっと、アンタ。こっち見たらぶっ殺すからね!』」

「『そう言うのはもうちょっと色気ってモンを……へいへい、分かった、了解、OK。これでいいだろ』」


 スカートを押さえながらそんな事を言った。天丼くんは元々目を逸らしてた気がするけど、改めて背を向けた。


「『アリッサ、ソイツが覗き見しないか見張ってて!』」

「あ、うん……了解」


 それを確認するとセレナはひょいひょいと登っていった。十分すごい筈なのにさっきのセバスチャンさんの登り方の所為であんまり驚きが無い。


「いってらっしゃーい」

「『さて、どれだけ掛かるか』」


 2人が登った後、天丼くんは私たちが来た道に向きを変えて見張りを始めた。


「花を摘むだけだし、そう掛からないよね」

「『そうだな』」


 道はここだけなので何かあるとしたらこの向こうから、とっぷりと濃密な闇の先はランタンでも見通せない。頼りは天丼くんの耳だけだった……。


「…………」

「『…………』」


 そ、そう言えば何気に2人きりなの初めてだ……な、何話そう。

 それに私だけする事が無いものだから手持ちぶさた、無闇に話し掛けて天丼くんの見張りの邪魔をするのも悪いから自然と沈黙が落ちる。洞窟の静けさがまた、耳に痛かったり……。

 ひ、ひーちゃーん……は道の方でしっかりと見張りをこなしていた。……偉いね。


(えーとえーと……)

「『…………』」

「…………」

「『…………』」

「…………」

「『…………なぁ』」

「ひゃ?!」


 不意に天丼くんに声を掛けられた。掛けられた、んだよね?


「な、何?」


 と、返すんだけど……天丼くんは口を抑えてマズイ、みたいな感じの渋面を作っていた。


「?」

『ちょっと! 今の何よ、まさかアリッサに変な事してないでしょうね!』

「『安心しろ、お前の誇大妄想だから』」


 そんなやり取りを終えると、腕を組んで考え込んでしまう。


(……もしかして、セレナに聞かれたくない話なのかな?)


 少し考え、私はシステムメニューを操作して、目の前の天丼くんにメールを送った。


『何か、話したい事があるの?』


 それを読んだ天丼くんはポンと手を打つと同じようにシステムメニューを開いた。


『いや、まだちゃんと言ってねーなと思ってよ』

『?』


 どこかぎこちなく、ガシャガシャと鎧を鳴らして頭を掻いている。



『アイツと、セレナとダチになってくれてありがとな』



 そしてこちらを向きもしないまま、ぶっきらぼうにそんな言葉が送られた。


『天丼くん?』

『アリッサとダチになってからアイツはいつも楽しそうだ。ホント、びっくりするぐらいによ』


 そう軽く、何でもない事のような顔で淡々と書き込んでいる。でも、彼がそれをとても嬉しく思っているのは隠しようが無い。


『だから、よ。アホで色々めんどくさいと思うが……悪い奴じゃねーから、出来ればこれからも……仲良くしてやってくれよ』


 だから、それを読んで出た答えは、当たり前な程自然に口をつく。


「……はいっ」


 と、言った所で慌てて口を両手で塞ぐ。恐る恐る天丼くんを窺うと「『ぉぅ』」と小さな小さな声で返事をした。

 セレナからの追及もあったけどどうにか乗り切る。ただ天丼くんはそれきり話す事は無く、でも……もうこの沈黙に困惑するような事は無くなっていた。

 何の事は無い。友達の友達も、やっぱり友達だったと言うだけの話なのでした。

 《古式法術》の効果が何故通常比50%減と分かったか。


1・適当なモンスターから攻撃を受ける。その際のダメージを記録する事を忘れずに。

2・ダメージを100%カットするエキスパートスキル〈サンクチュアリ〉を使用。

3・同じモンスターから再度攻撃を受ける。

4・3で受けたダメージが1のダメージの何割だったかで効果が何%減だかが大体分かる。


 ちなみに場所ははじまりの草原で被験者はアリッサ(他の面子だと防御が固くてあそこのモンスターではまともなダメージが発生しないので)、ログアウト前に済ませた感じですね。

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