表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/142

第52話「考えるべき事」




 翌朝。私は台所で1人家事をこなす。

 土日祝日などに限った話でもないのだけど時間に余裕があればなるだけ家事をするように心掛けている。

 エプロンに身を包むと、どこからともなく湧いてきた妹が弛んだ表情で私を見ていて背筋が寒くなったりするのも定番。


「お姉ちゃんの手作りごはんを食べられるなんて幸せー♪」

「手伝ってもくれない妹がいるなんて不幸せ……」


 そんなやり取りを朝ごはんと共に飲み込み後片付けをする。私がそうしていると騒がしい声が響いてくる。


「やー、お洗濯ーお洗濯ー」


 料理に関してはまったく関与しようとしないし、掃除に関してはまったく無頓着な花菜だけど、家事を一切しないと言う訳でもない。洗濯に関しては割合積極的に手伝う傾向にある。

 洗濯カゴに洗濯物を詰め込んで運んできた花菜が庭に出る。


「おーねーえーちゃーんーのーせーんーたーくーもーのー」


 パンパンと洗濯物をはたいてシワを伸ばしながら恍惚の表情で私の服を干していく……えーと、はいそうです、あれが洗濯を手伝う理由だったりします。

 本人は『お姉ちゃんの服を嗅げたり抱き締められたりとかどんなご褒美ですか、へっへーい』とか申しております。おばかですね。

 微妙に嫌ではあるんだけど、花菜が家事を手伝うと言う事態を潰すのも勿体無いので静観している次第。


「たりらったー、たりらったー♪」

「踊りながら洗濯物干すとか、変な所で器用なんだから……」


 そんな花菜の楽しそうな歌声を聞きながら、私は自室へと引っ込む。

 長年使っている机でするのは昨夜花菜から提示されたエキスパートスキルのまとめ作業。

 消費MP、再申請時間、スペル、何より効果の確認、とする事はそこそこ多い。その中から何を以て使い込むスキルを選んでいくかはパーティーのみんなと応相談としても、整理整頓くらいはしておかないといけない。


(今日のみんなとの合流は2時からだし、それまでに済ませておきたいなあ)


 小学校に入学する時に買って貰った机は天板をスライドさせるとタブレット画面になっている。家電としては最早10年近く前の年代物ではあるけど故障らしい故障もなく今日まで私を支えてくれている私の愛機だ。

 接続すればPCや情報端末のモニターにもなるし、下の引き出しにはタッチパネル式キーボードも収納されていて、当時としてはそれなりのお値段だったと記憶しているけどお父さんがとかく「勉強用具にはお金を惜しんじゃいけないんだ」と言う持論を振りかざして購入してくれた。

 それが大事に使う契機で今日に繋がるのかもしれないけど、まあ閑話休題(それはともかく)

 私は昨夜の情報が詰め込まれた情報端末を机にセットしタッチペン(こちらは時折買い換えている)で、ファイルを開きタブレット画面に表示する。


「さて、始めましょうか」


 袖を捲って地味〜な作業に没頭していった。




◆◆◆◆◆




 お昼過ぎ、所変わってゲーム内。


『キューーー♪』

「ひーちゃーん」


 だきっ! 〈サモンファミリア〉で呼び出したひーちゃんは、勢いよく私に突撃してきた。もちろん私は両手を広げて受け止める。なでなですりすり、ああ可愛い♪

 十数時間ぶりの再会だもの、ちょっとくらい癒されまくっても誰が非難を出来ようか。なでなですりすり。

 そんな感じでしばらく堪能した後に解放すると、ひーちゃんは不思議そうに周囲を見回している。


「えっとね、ここは私の下宿……私のお部屋なの。だからここはひーちゃんのお部屋でもあるんだよ。ほんとは昨日の内にこのお家には来てたんだけど、ひーちゃん寝ちゃってたから」

『キュ?』


 ひーちゃんは部屋のあっちこっちを見て回る。ベッドや机、窓に映り込んだ自分自身も楽しそうに見て、そして時折座り心地を確かめるようにころころと転がっている。


「どう? 気に入ってくれたかな?」

『キュ!』


 力強く頷くひーちゃん。

 良かった良かった、ひーちゃんは机の上がお気に入りなのか円を描くようにころころころころ転がっている。目、回らない?


「次はね、ひーちゃんに紹介したい人がいるの」


 それが誰かと言われればこの家の家主であるマーサさんに他ならない……ちょっと深呼吸しようか。


「すー、はー、すー、はー……」

『キューキューキューキュー?』

「あ、ううん、何でも無いの。さ、行こっか」

『キュー!』


 ドアノブに手を伸ばし、ひーちゃんを連れて1階へと向かう。時間帯はお昼前くらいか、窓から射し込む陽光がぽかぽかと暖かく、火の精霊であるひーちゃんも元気そうだ。

 そして階段を降りていくと良い匂いが漂っている事に気付く。私はその匂いに誘われるまま台所へと足を向ける。するとそこには……。


「あらら?」


 マーサさんがバスケットカゴに何かを詰めていた。


「あらら。おはようねアリッサちゃん」

「えと……お、おはようございます、マーサさん」


 あの(、、)カードを読まれたかと思うと照れ臭過ぎて体はギチギチとぎこちなくなって目を合わせられないのだけど、逸らした視線が胸元に光る“それ”を捉える。


「あらら。似合うかしら?」


 それは小さなブローチ。緑の石には花と蔓の意匠が彫り込まれている。


「は、はい……その、はい」

「あらら。そう、ありがとうね」


 顔熱い。でもマーサさんが嬉しそうに、幸せそうにしてくれていて、私もすごく……すごく――。


『キュ?』

「ふわっ?! あっ、ああ、ひーちゃん」


 私とマーサさんの話が終わったと思ったのか、間にひーちゃんが割り込んできた!


「あららあらら♪」

『キュー?』

「あ、ああ、うん。えっとね、この人がひーちゃんに紹介したい人で、このお家の持ち主のマーサさんだよ。マーサさん、この子は昨日契約してきた火の精霊のひーちゃんです」

「あらら。よろしくね、ひーちゃん」

『キュキュイ!』


 ひーちゃんはペコリと前方向に回転してお辞儀する。そのまま1回転しちゃったけど。


「あらら。ご挨拶が出来るなんて偉いのねぇ」

『キュイ!』


 優しい手つきでひーちゃんを撫でる。ひーちゃんも嬉しそうにぽよぽよと宙を舞う。良かった、2人とも仲良くなれそう。


「あらら。アリッサちゃんはこれからお出掛けかしら?」

「はい、セバスチャンさんたちと合流する予定です」

「あらら。じゃあこれを持っていってちょうだいな」


 マーサさんはさっきのバスケットを持ってくる。良い匂いの漂うそれはもしかしてお弁当?

 「あらら。アリッサちゃんからプレゼントを貰って張り切っちゃったのよ〜」との事で、以前のサンドイッチよりもずいぶんボリュームが増えている様子。


「あらら。お友達と一緒に食べてちょうだいね」

「は、はいっ、ありがとうございます! 友達もマーサさんの料理また食べたいって言ってたからきっと喜びます」

「あらら。それは光栄だわ〜」


 私はバスケットを受け取り深く頭を下げ、マーサさんの家を後にする。


「いってきまーす」

『キュキュイ〜!』

「あらら。いってらっしゃ〜い」


 マーサさんは見えなくなるまで手を振ってくれて、私たちにステータスでは分からない力をくれた。


「さ、今日も忙しくなるからね、ついて来てひーちゃん!」

『キュキュイ!』


 私とひーちゃんはまずはじまりの草原を目指す為に木々の繁るアラスタを行く。


『キューキュー?』


 移動の途中もひーちゃんはキョロキョロと周りを見回している。木々で溢れたアラスタは王都にいたひーちゃんにとっては物珍しいのかな。


「ここは昨日までいた王都とは別の街でアラスタって言うの。他にも色んな街や村があるから、その内ひーちゃんも一緒に行こうね」

『キュイ〜』


 興味津々な様子で動き回るひーちゃんに和みつつ南の門へ向けて歩き出した。取得した加護が力になってくれる事を祈りながら。



◇◇◇◇◇



 今日はセレナ、天丼くん、セバスチャンさんと合流する前に1人でどこまで戦えるのか試そうと思ってる。

 やって来たのははじまりの草原。ここはある程度見晴らしが利いて飛行型モンスターも弱め。第1層なら直接接触しなければ向こうからは攻撃せず、草の生えていない街道からなら動きも分かりやすい。

 動きが直線的で体格の大きなボアなどは丁度良い練習相手になると思う。


「えっとまずは……これかな。〈ターゲットロック〉」


 遠くに見えるボアをターゲティングしたままそう唱えるとMPが減少し、小さくカチッと音がしてターゲットサイトの外周が光った。

 その光はすぐさま時計回りに消えていき、1秒程度で完全に消えてしまう。


「使えた……のかな?」


 《照準》は〈ターゲットロック〉と唱えればターゲティング中の対象を捕捉して、例え対象が移動してもサイトが自動で追尾してくれる……筈なのだけど、悲しきはレベルの低さ、効果時間が全然短い。


(これくらいだと意味があまり無いけど……ちゃんと使い続けなきゃ)


 《照準》の真価は更に先にある。目指すのは《照準》が深化した加護《未来視》。

 その名に違わずモンスターの動きの先にターゲットサイトを位置させるすごい加護。

 法術には追尾能力が無い、だから素早いモンスターだったり対象との位置が離れてたりすると途端に命中率が下がる。それは《照準》の力があっても変わらないけど《未来視》があれば相手の移動先が分かるからより確実に当てられるようになる、筈。

 ただ、それまでが恐ろしく長そうだけど……リリースの前に使うのを習慣付けて少しずつでも経験値を稼ごう。


「じゃあ次はひーちゃんの力を見せてもらえる?」

『キュイ!』


 《知力強化》と《法術特化》は実際に法術を使う必要があるのでその前に《精霊召喚》、つまりはひーちゃんがどんな事を出来るのかを知らないと。

 契約精霊(ファミリア)は加護とは別に、個別にレベルを持ち戦闘などにより経験値を得てレベルアップし、スキルを覚えていくのだそう。昨日システムメニューでひーちゃんが使えるスキルを確認したのを思い出す。


「えっと、ひーちゃんが出来るのは〈ファイアアタック〉だよね。どんなのなのかな?」

『キュキュキュー!』

「わっ」


 私の言を受けたひーちゃんはボワッ! と、棒のような目はそのままに体を本当の火の玉に変えた。大きさは一回り大きく、メラメラと熱く燃え盛っている。


『キュー! キュー! キュー!』


 ギュンギュギュン!

 火の玉に変わったひーちゃんは火の粉を散らしながら空中を縦横無尽に飛び回る。その速度はアロー系の法術並に速く、しかもまっすぐにしか飛ばない法術とは違って曲がったりも自由自在。


「す、すっごーい! ひーちゃんこんな事出来たんだね!」

『キュッキュイ!』


 ぷしゅ〜っ、と火が消えて元の大きさに戻ったひーちゃんは胸(?)を張って自慢げだ。

 そして気付くと私のMPが若干減っている。

 これがファミリアの特徴の1つである『MPの共用』。ファミリアは固有のMPゲージを持たず、スキル使用時のMP消費は召喚した者が受け持つ事になる。

 その為、これからは今までよりも更にMPの管理には気を配らないといけない。


「じゃあね…………うん。ひーちゃん、よく聞いてね。これから私たちはモンスターと戦うの」


 彼方を闊歩するボアを指差す。ひーちゃんはそれを強い眼差しで追う。


「ひーちゃんには今使った〈ファイアアタック〉でモンスターに攻撃を仕掛けてもらう事になるの。けどそれをすると逆にひーちゃんがモンスターから狙われちゃうかもしれない。モンスターってね、すごく狂暴なんだよ。攻撃もしてきて当たれば痛いし襲ってこられるとすごく恐いの」


 少なくとも私は恐かった。痛みは抑えられていても直接モンスターの攻撃を受けるのは何度体験しても嫌なもので……だからこそひーちゃんには前もってちゃんと説明しないといけないと思った。

 私たちは契約を交わしたけど、それはあくまでひーちゃんの善意から『力を貸してもらっている』と言う関係、だから私には嫌な事を強制する権利なんて無い。


「ひーちゃんはそれでも大丈夫?」


 じっと目を見て話すと……ひーちゃんは私に頬擦りしてきた。


「ひ、ひーちゃん?」

『キュッキュッ! キュッキュッ!』


 強い鳴き声。ひーちゃんは私にくっついて離れようとしない。それは言葉を話せないひーちゃんの必死のボディランゲージのようにも感じられた。


「一緒に……戦ってくれるの?」

『キュイ!!』


 任せてと言うように棒のようだった目が、笑ったように形を変える。


「――。ありがとう」


 これは、ただの自己満足かもしれない。ひーちゃんを戦闘に巻き込む免罪符が得られたと心のどこかで喜んでる私がいるのかもしれない。

 それでも、一緒に挑むと応えてくれた事が、その気持ちが……とっても嬉しかった。


「ありがとう、ひーちゃん」

『キュ〜イ』



◇◇◇◇◇



『キューッ!』


 バカンッ!


「ブモッ?!」


 私の攻撃で倒しきれず突進してきたボアに、ひーちゃんが〈ファイアアタック〉でその機先を制して動きを鈍らせる。


「――輝け、光の一撃”! ひーちゃん、退いて! 〈ターゲットロック〉、リリース!」


 〈ライトマグナム〉が2つ、光の帯を描きながら飛ぶ。それらはひーちゃんのお陰で動きの鈍っていたボアに見事命中する!

 ボアは力尽きバターン、と倒れて動かなくなり消えていった。


「……はあ。ようやく攻撃を受けずに倒せた……疲れたあ」

『キュー……』


 これまで3回ボアと戦闘をしてみた。

 1回目はまだ連携が上手く行えず、危うくやられそうになるまで追い詰められた末の辛勝。HPがギリギリ残ったけど後少しでも攻撃が掠っていたら……だから《詠唱短縮》のスペルカットにHPをすぐに回復出来るように〈ヒール〉を登録した。

 2回目ではひーちゃんの攻撃がボアの攻撃の出だしに当たるとボアが怯むみたいと分かった。タイミングは結構シビアで、再度試したらひーちゃんが逆に攻撃を受けてしまい慌てて回復を行った(精霊にもHPがあり、0になるとしばらく召喚出来なくなる)ら無防備&すぐに攻撃出来ないのでこっちがボアの反撃に遭い、危うくやられそうに……。

 さっきの3回目ではようやく私が攻撃⇒ひーちゃんが機先を制す⇒再度私が攻撃するって言う流れが上手く機能した。ただ、これもたまたまの色合いがまだまだ強いし、あくまでも弱いモンスター相手に先制出来る状況限定の戦果だった。


(攻撃の威力も上がってたとは思うけどまだまだはっきりと実感出来る程じゃ無いし、前途は多難だなあ)


 しかし、ここで立ち止まる筈も無く、私が次の相手を探そうとした時、不意にウィンドウが開いた。



 ピリリ、ピリリ。


『【チャットコール】

 From[セバスチャン]


 [オープン][クローズ]』



 セバスチャンさんからのチャットだ。ああ、そろそろ合流時間だったっけ。


「ひーちゃん、ちょっとの間静かにしててね」

『……』


 ひーちゃんは物分かりの良い子です。

 [オープン]をタップしつつ、アラスタ外周のモンスターが出現しないエリアへと移動する。


「もしもし、アリッサです」

『もしもし。どうもセバスチャンです、ごきげんようアリッサさん』

「はい、こんにちはセバスチャンさん。どうかなさったんですか?」

『はい、先程合流したセレナさんからアリッサさんがはじまりの草原に出掛けられているようだとお聞きしましたもので、ご一報させて頂きました』


 システムメニューにはフレンドの位置が表示される機能がある、私の位置を探せば『はじまりの草原』とおおまかにだけどすぐに分かる。


「あ、もう合流されていたんですね。すみません、確かに今ははじまりの草原にいて……これから向かいますから待っていてください」

『いえ、既にこちらから向かっておる所です』

「え?」

『新規に取得された加護の特性を掴むにははじまりのフィールドに向かうのが常道です。どの道合流後に向かうとするなら二度手間にならぬよう我々がそちらに赴こうかと結論が出まして、行き違いにならぬようご連絡した次第です』

「ああ、そうでしたか。お気遣いありがとうございます。それじゃあ私は南の門で待っていればいいですね」

『いえ、その必要はございません。お1人で出来る事をお続けください。その為にその場所に向かわれたのでしょう?』

「それは、そうですけど……」

『何、可憐なアリッサさんのお姿ならばこのセバスチャン、立ち所に見付け出す自信がありますとも。ですのでどうかご心配なさらず、御随意にお過ごし下さいませ』


 ……セバスチャンさんってばまたそんな事言う……。

 大体今傍にはセレナや天丼くんがいるんじゃ? そんな状況でよくも毎度臆面も無しに(顔見えないけど)言えるなあ……ある意味すごい。


「分かりました、ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますね。セレナと天丼くんにもそう伝えておいてもらえますか」

『かしこまりました。アリッサさん、御武運をお祈りしております』

「もう、セバスチャンさんはいつも大袈裟ですよ。でも、はい。がんばります」


 チャットを終えた私は、みんなが合流するまでひーちゃんと一緒に再び戦闘へと飛び込んでいった。



◇◇◇◇◇



 空が青い。


 私がまず思ったのはそんな事だった。

 ひーちゃんの攻撃による牽制に失敗しちゃってボアの突進に弾かれた、ボアは更に攻撃を仕掛け――。


「出番よ店屋物っ!」

「へいへいっ」


 走り込んできた天丼くんが大盾でボアの追撃をブロックする。軽い調子なのはさすが。


「さっさと立て直せー」

「あ、うん。ありがと!」


 タイミング良く駆け付けてくれた天丼くんの背中に守られている内に〈ヒール〉をスペルカットで唱え、HPを回復する。


『キュ〜』

「ひーちゃん、まだ大丈夫?」

『キュ』

「それじゃあ私が攻撃したのに合わせてボアに〈ファイアアタック〉してね」

『キュイ』


 そして私はスペルの詠唱に入る。今使った〈ヒール〉と同じ1レベルで修得したスキルは再申請時間の都合上使えないので〈ファイアマグナム〉を選択する。


「天丼くん、準備出来たよ」

「あいよ」


 ボアを押さえ付けていた天丼くんが体を横にスライドさせた。


「〈ターゲットロック〉、リリース。ひーちゃん!」

『キュキュキュー!』


 光球と火の玉に変わったひーちゃんが飛び出し、こちらに向かってきていたボアを正面から叩いた。力尽きたボアは、ズザザザザ……と勢いはそのままに前方の草地へ倒れ込んだ。


「ありがとう天丼くん、助かったよ」

「おう。どうだ加護のレベルは」

「えっと、そろそろ3レベルに上がりそうかな。多分後2、3回で大丈夫だと思う」

「順調だな。そろそろ効果が切れる筈だ、セバさんの所に一度戻っとけ」

「あ、そうだね」


 あれから……セバスチャンさんから連絡をもらってしばらくするとセレナ・天丼くん・セバスチャンさんの3人が合流した。

 みんなでの相談の結果、私の加護が揃ったのでそれを用いた戦い方に慣れる為に回数を重ねるべき、つまりはみんなが来るまでにしていたような戦闘を繰り返せばいい、と言う結論に至った。そうする事でレベルもアップしていくので経験上も能力的にも強くなろうと言った所。

 ただ、1人だとあからさまに危なっかしい(セレナ談)のでみんながサポートしてくれる事になった。最低限自分でなんとか出来る内は見守ってるだけなんだけど、さっきは弾き飛ばされて転んじゃったのでボアの追撃を防いでくれた。

 セバスチャンさんにも定期的にバフを掛けてもらってて、セレナは「やる事無いから」って言って加護を育ててる。

 以前見せてもらった加護の中の1つ、《少数精鋭》はパーティーメンバーが少ない程パラメータにボーナスが入るそうで、私とセバスチャンさんが加わり効果が落ちた為に新しく取得してきたのだそう。

 ちょっと離れた場所で戦闘してたんだけど……ヴァイオリンが奏でられてる、セレナもセバスチャンさんの所にバフを受けに戻ってるみたい。


「セレナ、調子はどう?」

「やっぱ1レベルからだと面倒ね、改めてこっちにくると経験値の少なさに泣きたくなるわ」

「ほっほ。まぁ、はじまりのフィールドでそうポンポン経験値を得られてはゲームバランスが成り立ちませんからな。先へ行けば相応の経験値は入りますが……行かれないのでしょう?」

「フン。私は別に強くなるのが目的じゃないもの」

「そうそう、アリッサが心配だからなるだけ傍「おおっとぉ! 鎌が急に制御不能に!」危ないわ!」

「一言多すぎなアンタが悪いのよバーカッ!」


 セレナが大鎌を自在に操りながらそう言ったタイミングで曲が終わり、バフを受けて再びモンスターを求めて離れていった。

 今の曲は1〜9レベル限定で獲得経験値にボーナスが付く〈友情のトライアンフ〉、お陰でレベルアップも早い気がする。


「ありがとうございます、セバスチャンさん」

「いえいえ、なんのなんの。ほっほ」

「じゃ続き行ってこい、今度はへますんなよ」

「が、がんばる!」

『キュイ!』


 背中を押され、私もセレナと同じくモンスターを探し始めた。



◇◇◇◇◇



「よーしっ、目標達成!」

『キュキューイ!』

「お疲れ様でした」

「結果は上々か、思ったより早かったな」

「ま、私はもうレベルアップ済んでるけどねー」


 みんなとハイタッチをする。今はもう3時半近く、ずっと戦い通しだったから新しい加護にも大分慣れた。

 レベルの方も今回はさすがに《古式法術》みたいな難物は無く、せいぜい《法術特化》がちょっと多目に経験値が必要だったくらいで、十分早く目標の5レベルを突破出来た。


「これで後はジャイアントボア辺りで腕試しね、前とどれだけ変わったか確認な訳だけど、アラスタとケララ村のどっちから向かう?」

「ふむ……距離的にはケララ村からの方が近いので時間の節約にはなりますな。ただ、飛行型は居らぬものの、モンスターは多少手強くなり群れの数も1〜2匹ですが割合は多い。当然ながら難易度では上です」

「ソロなら気にもするけど今はパーティーだしな、サポートしてけば何とかなるだろ」


 うん、相手にもよるけど単体なら今の私とひーちゃんで相手に出来る……と思う。

 セレナにしても、飛行型モンスターは大型の武器だと当てるのが難しいんだとか。ジャイアントモスくらいの大きさならば問題無いけど、モーションが大振りで遅めな為にここにも出てくるスパローなどの小さなモンスターだとささっと避けられちゃうらしい(「その為に《蹴技の心得》でカバーしてんのよ」byセレナ)からはじまりの草原からよりもケララ村からの方がいいのかも。


「ま、時間が掛からなきゃジャイアントボアとの連戦も考えられるしな。俺たちの当面の目的はアリッサを強くする事だ、ちんたらしてらんねぇよな」

「私はそれでいいよ。セレナは?」

「Yes以外にあると思う? いや、無い。私はここに遊びに来てんだから、楽しそうな方に行くに決まってんじゃん」


 「一緒にレベルアップしよー」「おー」と雄叫びを上げる私とセレナの士気は高い。どんとこい!


「はしゃいじゃってまぁ」

「可愛らしいではありませんか、このジジィには実に目の保養です」

「年の功だな、俺にゃまだ分からん」


 そんなこんなで私たちは夕方のログアウトまでジャイアントボアと連戦を行う事となり、一端アラスタまで戻る。

 ポータルに触れて「ムーブ・ケララ」と唱えれば足下から噴き上がる光の粒によって景色が白く染まり、少しの浮遊感の後に光が消えるとそこにはアラスタとは違う街並み、ケララ村が広がっていた。


『キューキュー?』


 ケララ村に着くとひーちゃんがびっくりした様子で頻りに周りを見回している。


「あ。そっか、この前転移した時はひーちゃん眠っちゃってたんだっけ。えっとね、ここはさっきまでいたアラスタとは別の街なの。星守は星の廻廊って言う所を通って別の場所に移動出来るんだよ。ここはケララ村、アラスタの傍の草原とひーちゃんが前にいた王都との間にある村なの」

『キュイ〜』


 初めて訪れる場所に、ひーちゃんは周囲の建築物などを観察している。ひーちゃんは好奇心旺盛な子なのです。


「じゃ、そろそろ行こうぜ。陽が暮れちまう」

「あ、うん。そうだね」


 前はずいぶん時間が掛かったもんねえ。でも加護も増えたしひーちゃんもいるし、多少は改善されている、筈、多分、だといいな。


「ジャイアントボア戦は2度目なんだからしゃんとしなさいよ」

「ちょっと待てなんで俺に向かって言う」

「だってこの前は麻痺ってポイってされてたじゃないの」

「お前の目には俺の醜態しか映っとらんのか?!」

「失態も映ってるわよ?」


 などと言う割といつものやりとりをBGMにアラスタ方面への道を下っていく。


 以前は夜明け前で注意を払わないといけなかったけど、太陽が燦々と降り注ぐ今はモンスターも発見しやすく道程は思ったよりも短いものとなり、ボスエリアはすぐそこに見えている。


「『さて、皆さん。加護・装備・アイテム各種の確認は済みましたかな?』」

「『アリッサ、ちゃんとポーションは持ってるでしょうね?』」

「に、2度も同じ失敗はしないよー。ちゃんと用意しています」


 前回のジャイアントボア戦ではポーションを切らせてしまってセレナから貰ったんだよね。もうあんな事にならないように結構余分に買ってお財布が軽くなってますよ。あはは……。


「『よっしゃ、準備万端だな。ジャイアントボアをボコりに行くぞー』」

「『「おー」』」「『ほっほ』」『キュイッキュー』



◇◇◇◇◇



『ブォオォオオオオッ!!』


 轟く嘶き、私たちをねめつける血走った瞳。今更ながら思うのだけど、このジャイアントボアは以前戦ったジャイアントボアとは別の個体なんだろうか? その割には前より怒ってる気がしないでもない。

 そんな事を考えられる程度には、私には余裕が生まれていた。今はそれが油断に繋がらないように気を付けている所。


『だぁっ! 耳元で吠えんじゃねぇようっせぇな!』


 天丼くんが真っ正面に突っ込むジャイアントボアの性質を利用し、その重装備とスキルで以て道を塞ぐ中、私は攻撃を繰り返している。


「リリース」


 2つの〈ファイアマグナム〉がジャイアントボアの鼻っ柱に命中し軽い焦げ目を作る、怒りの炎が更に燃え上がるかのように瞳はギラギラと私を睨む。

 ただ、それでも背筋が強張らない辺りは成長なのかな、それとも感覚が麻痺してるだけか……前者にしときましょう。


『キューキュ、キューキュ』


 そしてひーちゃんはジャイアントボアの腰の辺りに陣取って細々と〈ファイアアタック〉で攻撃を仕掛けている。

 ただ、さすがに3レベルのファミリアとボスの差は如何ともしがたいのか、攻撃が当たってもぺちぺちとしか聞こえてこず、ダメージも微々たる物。

 この戦闘で入るだろう経験値でそれが少しでも改善されるといいなあ。がんばれひーちゃん!


「『にしてもやっぱ加護が増えると違うわね。ダメージ量が目に見えて増えてるわ。一昨日とはえらい違いね』」

「うん、ちょっとびっくりしてる」


 セレナの言うように前回よりも(元々が低いのもあるんだろうけど)与えるダメージはかなり多くなっていた。これは私のパラメータが加護を取得した事で全体的に上昇したから。

 それに加えてもう一点、前回とは異なる点もある。それがセバスチャンさんのバフ、と言うか曲だった。


 元々バフ・デバフ・バッドステータスには『ランク』と呼ばれる概念が存在する。


 それらは1〜5の5段階から構成され、数字の大きさ=効果高さを意味する(バッドステータスも、例えばランク1よりもランク5の毒の方が受けるダメージ量は多く、持続時間も長い)。

 バフなどを与えるスキルには『ランク:○』と与えるバフのランクが明記されていて、以前セバスチャンさんが用いていたのはランク1のバフを与える物。

 そして今奏でているのはランク3のスキル、当然私に及ぼす効果もずっと高い。

 では何故前回使わなかったかと言うと、なるだけ私にスキルを使わせてレベルアップを促進させる目的が1つ、そして……。


『ブォォォォォォォッ!!』

「! 〈ダブルレイヤー〉、“光の縛鎖”!」

『ブフォッ?!』


 高々と体を持ち上げようとしていたジャイアントボアを二重の〈ライトチェイン〉で拘束し、特殊攻撃である地鳴りを封じる。

 この地鳴りにはエリア全体に衝撃波を放ち、当たった者に麻痺のバッドステータスを与える効果を持つ。

 常時のセバスチャンさんならこんな物は苦も無く避けられるんだろうけど、曰くボスエリア全域をカバーする程の範囲に効果を及ぼす楽器系加護の性として高ランクの曲はそれに見合うだけの難易度と演奏時間を誇るのだそう。

 なのでミスをしないようスキル名詠唱による自動演奏となるのだけど、その際は体の動きに制限が掛かり移動する事が出来ないのだと言う。

 その為に地鳴りを避けられず、そうなると演奏もファンブルとなってしまうので低いランクのスキルを速弾きで使っていたのだとか。

 でも、こうしてチェイン系が再度使用可能となり地鳴りを防ぐ事が出来るようになったので高ランク曲のお披露目と相成ったのです。

 ただ、本来なら攻撃の出がかりをセレナや天丼くんだって潰せるけどそうはなっていなかった。


(そうだよね。サポートを私にばかり集中してるからみんな自分の事を自分で賄ってて、私を立てる為に他のみんなのサポートもし切れなくなってたんだ)


 本当ならサポートは大なり小なり相互に行われるべきものなのだろう。今回のセバスチャンさんが良い例だ。

 支援を飛ばすセバスチャンさん、その支援を貰おうと思うならセバスチャンさんが演奏しやすい環境を作らなきゃいけない。


(私たちはパーティーだから、互いにサポートすれば結局は迅速に支援を貰えて戦闘が安定して自身の安全にも繋がる。前に花菜に教わった、相手がしてほしい事を考えるって)


 多少ではあるけど、力がついた事で周りを見る余裕が出てきたのかな……私だって〈ヒール〉などの支援をみんなにするのだからそう言った事柄にも気を配らなきゃ。


(もっとみんなを知ろう。みんなの出来る事、みんなのしたい事、私だってこのパーティーの一員なんだから)


 ジャイアントボアが絶叫と共に地面に倒れるのを見ながらそんな事を思った。


 この後マーサさんのお弁当で楽しいお食事会が開かれましたとさ。


「あ、テメッ! どんだけ食う気だ!?」

「うっさいわね! 私の方が動いてたでしょ!」


 と、セレナと天丼がおかずを取り合って激しいバトルに突入しましたが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ