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第49話「1人じゃないから」



 《古式法術》に関するチェーンクエストを進行中の私たちパーティー。

 そしてそんな中で聞かされたのは、《古式法術》は今まで使ってきたスキルの上位に存在するエキスパートスキルを自在に扱えると言う衝撃的な情報だった。


 盲点だった、とか言うレベルの話じゃない。

 スキルは本来レベルアップ時に修得してスキルリストに登録されて、初めて使用可能になる。

 誰だってそれは知ってるし、それが当然と思う。だからわざわざ修得してもいないスキルを使おうとは思わない、スペルによりスキルが発動する《古式法術》なら尚更。

 こんな事があっていいのかと驚くくらいに変則的な話。


 私はそれが事実であるのか確かめるべくつんのめりながら不気味に笑うガニラさんに迫る。


「じゃ、じゃあ他のもスペルが分かれば今みたいに使えるんですか?!」

「んな訳ゃあ無い」

「ええっ?!」

「基礎が出来なきゃ応用だって出来る訳が無いだろう。今のアンタなら使えるのは……ま、6割方ってトコだろうねぇ」

「6割……」


 それは今現在の《古式法術》のレベルと同じ数字。偶然……じゃないよね。

 なら…………もしかしてビギナーズスキルの修得と共にエキスパートスキルも段階的に使用可能になっていく、のかな?

 そうガニラさんに尋ねてみたのだけど……。


「まぁ使えるっちゃあ使えるけどねぇ……」


 ガニラさんの言は歯切れが悪い。そしてそんな事に耐えられない人がここにいる。


「ああっもう! 焦れったいわね、言いたい事があるならさっさと話しなさいよね!」

「あーあーうるっさいったらないねぇ、部屋から追い出されたいのかい? まったく……エルフのお嬢ちゃん。何でもいい、スキルを使ってみな」

「え、はい、分かりました……えっと、じゃあ」


 そう言われ、私は〈ヒール〉のスペルを唱えた。


「?」


 唱えた……でも少し待っても杖になんらの変化も無い。本当ならスペルを唱えれば杖の先には藍色の光が灯る筈なのに……?!


「えっ、あ、あれっ?! どうして……さっきのは火属性だから再申請時間は関係無い筈なのに!?」

「ひょひょひょ、どうしてだろうねぇ」

「アンタ、アリッサに何したのよ!」

「アタシは別に何もしちゃいないよ」

「じゃあ一体全体なんだってぇのよ!」

「お前はもうちょっと落ち着け」

「ガルル……!」


 怒りに駆られ、ガニラさんに飛び掛かろうとするセレナを制止した天丼くん。セバスチャンさんはこちらをじっと見つめている。

 対して私は慌てふためき、杖をぶんぶん振り回したり、再度スペルを唱えてみるも、うんともすんとも反応は返ってこない。


「スキルが発動しない……そう言う事でしたか。アリッサさん、ご自身の状態をよくご確認ください」

「ぐす……状態、ですか?」


 そう言われ、ハッと気付く。HP・MPゲージのすぐ傍にはいつの間にか見慣れぬアイコンが新たに表示されている。


「な、何コレ!?」


 ×マークを象ったそれは恐らく状態異常を示す物らしい、じゃあ今法術が使えなかったのはこれの所為……?


「なるほどな……それは状態異常の一種、『封印』だ。ソイツに罹るとスキルが一切使えなくなるっつー厄介な状態異常だよ」


 パーティーを組んでるみんなには私のゲージとアイコンも視界内に表示されてるからそれを見たんだと思う。そこからの情報を私に教えてくれる……けど。


「そんな、なんでよ!? アリッサはスキル使っただけじゃん! 何で状態異常になんかなってんのよ?!」

「聞けば分かるさ、だろ? ガニラさん」

「ひょひょひょ、簡単さね。《古式法術》は全ての属性法術の祖だからね、属性法術のスキルは使えるのさ。ただし……」


 ゆっくりと腕を持ち上げ、人差し指を私に向けた。


「本来エキスパートスキルは各属性法術が独自に編み出した物、それぞれが各属性に先鋭化しているからこそ編み出せた物、満遍なく扱える《古式法術》にはちょいと荷が勝つ仕事なのさ。その状態は無理をした反動って所さね。ま、5分もすりゃ解けるだろうよ」

「5分……」


 それは戦闘中では恐ろしく長い。その間、肉体的な能力が壊滅的な私は完全にお荷物と化す。1人では攻撃も、防御も、支援も、逃げる事さえまともに出来ない、そんな私が何の役に立てるの?


「で、でもコレって状態異常なんですよね? ならアイテムとかスキルで治せば……?」

「いいえ」


 神妙な面持ちで、諭すようにゆっくりと語り掛けるセバスチャンさんに、嫌な予感が背筋を這う。



「このゲームの仕様では自身のスキルやアイテムの副作用として発生する状態異常には時間経過による自然浄化以外は効果を発揮致しません。アリッサさんの今の症状も同じと思われますので恐らくは……適用外かと」



 《古式法術》について知らされた事実はずいぶんとヘビーで……ズガン、とハンマーで頭を殴られたような錯覚がした。


(そ、そんな……ここまで来て。ど、どうしよう……どうすれば……)


 せっかくがんばって背中を押してもらってやっと希望が見えた気がしたのに、ガラガラと足下が崩れてどこまでも落ちてしまうような……そんな心境だった。

 心中で長い長い5分間をどうしようかと考えて、考えて、考えて……。


「ぁ、はは……」


 頭の処理が追い付かなくなったのだろうか、弱く掠れた笑い声が喉から出た。きっと顔はひきつっている。


「アンタねぇ、こんなののどこが真価だってのよ! ビギナーズスキルしかまともに扱えない事?! デメリットまみれのエキスパートスキルが使える事?! 苦労に全っ然見合わないじゃないの!」


 先程よりも激しく、セレナがガニラさんに詰め寄る。


「フン、分かったろう? 誰も彼も《古式法術》を使いたがらなかった訳が。使いにくいったらないね」

「知るか! 何か無いワケ?! バグ技でチート最強とか! 裏技で俺TSUEEEとか!」

「あるかンなもん! いいから落ち着け!」


 ところが、セレナの言葉をどう受け取ったのか、ガニラさんは再び《古式法術》について語り出した。


「何か、ねぇ。エキスパートスキルは……えぇ〜、大体100回程度使い込めば、そのスキルだけは反動は無くなるんだったかね。ま、頑張んな」

「100、回、です、か……」


 スペル詠唱に30秒、封印状態からの自然浄化が5分、それの100倍……それだけで約9時間……しかもそれで自由に使えるようになるのは1種類だけと言う。


「ほっ、他は! なんか無いワケ!? ホラッ、捻り出しなさいよ!」


 味を占めたのかセレナがテーブルをバンバンと叩きながらガニラさんに詰め寄る。


「あぁそうだ、まだ使えてない属性のエキスパートスキルがあるがその属性のビギナーズスキルを覚えりゃ使えるようになるさね。気にしなさんな、ひょひょひょ」

「それはさっき聞いたわよ! 出し惜しみせずに吐く!」

「エキスパートスキルを使うと消費するマナは倍だよ」

「えうっ……」

「がっ?! ま、まだ何かあるでしょ!?」

「効果は属性法術のそれより低いよ」

「ううっ……」

「ごふっ、まだ……まだ何か、いい加減便利そうなのを出しなさいよ!」

「そうさねぇ……」


 そうするとガニラさんは私を値踏みするように見つめる。



「……いや、アンタにゃまだ早いか。まずはホレ、この本をくれてやる。ソイツで研鑽を積みな、そうすりゃいずれ《古式法術》の真価を教えてやらんでもない」



 それきりガニラさんは話すのを止めてしまった。


「えっ、あの、ガニラさん?」

「今のアンタと話す事はもう無いよ、出直しといで」

「……ちょっと! 他になんか言う事無いの?」

「無いね、出直しといで」


 結局それ以降は「出直しといで」の一点張り。



 ポーン。


『【チェーンクエスト】

 《古き誓いはかく語りき》#1クリア

 NEXT.#2』



 チェーンクエストもこの時点で一旦終了してしまう。その後はどうやっても2回目のチェーンクエストは発生せず、次に繋がりそうな物はガニラさんのセリフ以外には見つからずじまい。

 これ以上はここにいても意味は無さそうと言う事で、ティーセットを片付けてからガニラさんの部屋を後にした。


「色々と教えていただいてありがとうございました……」

「ひょひょひょ。またおいで、その時が来たらねぇ」


 ギィィッ、と一際大きな音を響かせながら扉が閉まる。

 その時がいつかの見当もつかないままに。



 バタン。



◇◇◇◇◇



 ガニラさんの部屋を後にした私たちは法術院の1階を目指して通路を歩きながら、状況を話し合っていた。


「研鑽を積め、って言うのはレベルが足りてないって事なのかな……」

「もしくは他に何か条件が設定されてるとかもあるな。そっちは今の所なんとも言えないから、とりあえずは10とか15とか切りのいいレベルまで上げてから出直すしかないな」

「勿体振ってくれちゃってさ。真価とか言ってたわよね、一体なんなんだか」


 セレナは懐疑的に首を捻っている。私も《古式法術》についてはちょっと所でなく不安があったりする。


「そこまでは分かりかねますが、今後にまつわるヒントは出しておられましたな」

「「「え?」」」『キュ?』


 セバスチャンさんの予想外のひと事に私たち3人と、多分私たちの反応に引っ張られただけと思うけどひーちゃんも驚きの声を上げる。


「ヒントなんてありましたっけ?」

「恐らくは、ですが。セレナさんが迫った時ガニラさんは仰っておられました、『まだ使えてない属性のエキスパートスキルがあるがその属性のビギナーズスキルを覚えりゃ使えるようになるさね』と」

「それがどうしたってのよ、大事な事だから2回言いましたってだけでしょ?」

「……いや待て、おかしい」


 何かに気付いたらしい天丼くんが自分の考えを語り出す。


「ガニラさんは、ビギナーズスキルを覚える毎にエキスパートスキルも使えるようになっていくって話をぼかして伝えてた筈だ。なのにこのセリフは思いっきりストレートに話してる」


 そう言えば、ガニラさんは『基礎が出来なきゃ応用だって出来る訳が無い』『6割ってトコ』などとしか言っていない。


「……確かに……ちょっと気になるかも」

「それに、『まだ使えてない属性のエキスパートスキル』って何か……微妙に違和感がないか?」

「そうだね。『使えない〜』とか『まだ使えない各属性の〜』の方が妥当かな。じゃないと意味が……」

「だから何だってのよ、あのババアが耄碌してるだけじゃないの?」

「いえ、あの方はクエストの中核を成すNPCです。出した情報には何かしらの意味がある筈、となればあの言葉は……そもそも別の事を示しておられたのでは? と思いましてな」

「別の……」


 さっき私自身が言った事。『まだ使えてない属性のエキスパートスキル』と言う言葉の意味。


「……あの話のメインはエキスパートスキルとビギナーズスキルの関係じゃなく、属性(、、)について、だった?」

「ああ、だとするならあのセリフは『エキスパートスキルにはまだ使えていない属性があり、それはこれからビギナーズスキルを覚えて使えるようになる』って意味にならないか?」

「それじゃあ……」

「つまり、アリッサは他の属性法術(、、、、、、)も覚えていくって事かもしれない」


 みんなの視線が私に向けられる。ただ1人のんびりしているひーちゃんを横目に、私は思い当たる事を口にする。


「それって……『遷移』と『深化』した先にある加護の事だよね?」

「ああ、そうだ」


 《古式法術》の例のように、加護の取得条件には『特定の加護』を既に取得している事、と言う物がある。

 その内、別の星と新たに契約を結ぶ事を遷移(《古式法術》はこれ)、今までの星との結び付きを更に強める事を深化と呼ぶ。

 それは属性法術にも当てはまり《古式法術》のみならず、属性法術には発展先とも呼べる別の“属性法術”を冠する加護がいくつか存在するのだと言う。


「……それって、ホントに可能なの?」

「可能性の段階だ、実際にはどうなんだかまだ分からん」

「ですが、もしガニラさんの仰るように《古式法術》が全ての属性法術の祖であると言うのならば、遷移先も深化先も属性法術である以上は使用可能なのではありませんかな?」

「…………」


 私はガニラさんから貰った本を見る。表紙に書かれている文字は『入門編』を意味している。なら条件を満たせばこの先もまだあるのかもしれない。


「なるほど……」

「はい。そもそもエキスパートスキルを修得しないとなればビギナーズスキルを全て修得した10レベル以降はどうなるのか、と言う疑問の答えにもなりそうです」

「11レベルからは遷移か深化か、どちらかのビギナーズスキルを修得し始める、か?」

「なら、それがチェーンクエスト2回目の条件って事かもしんないわね。どっちかのエキスパートスキルに関する本を貰えるとか」


 みんなが色々な可能性を考えてくれている。

 私1人ならきっと途方に暮れたままだったろうに、今の私の胸にはじわりと広がる高揚感がある。


「……大変だけど、やってみる」

「そうこなくっちゃね」「おう」「心強いですな」『キュ?』


 最初は先の見えなさに不安を覚えていたけど、みんなが支えてくれたからまた私は光明を見いだせた。


「セレナ、ありがとね」

「は? な、何よ急に」


 突然私からお礼を言われたセレナがびっくりして目を剥く。


「だってセレナがガニラさんから色々引き出してくれたからこの情報にまで行き着いたんだよ。セレナのお陰じゃない」

「確かに。わたくしたちはそこから答えを導き出しただけですし、セレナさんのお手柄ですな」

「だってよ、良かったな」

「べっ、別に、ちょっと気になっただけよ」


 照れ隠しかどうか、顔を赤らめたセレナが諸々について愚痴り始める。私たちはそんな様子に微笑みながら応じていく。


「ったくそれにしても色々面倒ね、踏んだり蹴ったりじゃない。何だってこんなにアリッサばっか苦労しなきゃいけないのよ」

「マイナス要素でバランスを取っているのでしょう。さもなければ全員が全員取得してもおかしくない壊れ性能ですし」

「まぁなぁ……法術系のエキスパートスキルって効果聞くと相当便利なのあるし」


 セバスチャンさんと天丼くんが頷き合う。エキスパートスキルは強力だそうで、それを自在に扱えたらゲームのバランスを崩壊させかねないとかなんとか……。

 だからこそ、スペル詠唱必須・スキルリストへの登録無し・封印の状態異常・消費MPの倍増・効果の低下、と制限を設けたんじゃないかと言っている。


「こうなると他にまだどんなマイナス要素があってもおかしくないなー、こんなん引き当てるとかすげぇなアリッサ」

「ど、どうも……マイナス要素の事考えるとどっと疲れが出るけどね……」


 光明は確かに有ってもそこに辿り着くのはまだまだ困難が待ち受けていそうで、なんだか恐ろしい。


「ただな、流れぶった切るが、そんなに辛いだの面倒だの思うならそれこそ見切りをつけるのもアリだし、情報をネットにアップして誰かが検証してくれるのを待つ手もある。ただ強くなりたいってなら他の加護をメインに据えるのだって有りなんだぞ?」

「それはそれで負けた気がするからパス」

「なんでお前が答えんだよ!」

「あはは」


 でも、うん。その通り。


「私、諦めたくない。取得は、ほんとに偶然で、確かに問題の多い加護だけど……足りない分は他の加護でカバーするよ」

「強気だな、珍しい」

「だって、ほら……弱い私がここまで来れたのは1人の力じゃないもの、みんなが付き合ってくれたからがんばれた。そんな私が、扱いが難しいからって《古式法術》を見捨てるなんてやっぱりだめ」


 そう、1()でだめと言うなら手を取ればいい。


「力を合わせれば前に進める、私がそうだったから。《古式法術》にも一緒に戦う加護(仲間)が沢山いるんだもん、きっと大丈夫。みんなを見てたらそう思えたの」

「そう、それが言いたかった」

「お前な……。だが、だったら余計にネットは考えた方がいいんじゃないか?」

「ううん、それも出来ればNOで」


 首を横に振る。理由は――。



「ここまで来たんだもん、秘密にして強くなってクラリスをびっくりさせたいから!」



 ギュッと本を持つ手に力を込めた。そうだ、誰も知らない加護で強くなったらさしものあの子だって驚くに違いない。そしてきっと喜んでもくれるだろう。それは考えただけで幸せになる。


「……あー、それだけか?」

「え、うん。それだけ。だってたまにはあの子を驚かせたいんだもの」

「ほっほ。成る程、相も変わらぬサプライズですな」

「あ、そう言えばそうですねー」

『キュイー』


 マーサさんへのプレゼントの時もそんな話題になったっけ。「「あははー」」『キュッキュッキュッ』と私たちは笑っているんだけど……あれ? 天丼くんの顔は微妙に苦笑して……そしてセレナはなんだか呆れている風。


「……昨日も言ったけど、アリッサもアリッサで結構なシスコンよね」

「そっ、そんな事無いですよっ?! ……うう、無いよ……」


 ……いけない。時折客観的に考えてそうじゃないかなあ、とは思ってたけど、ううん……改めてそう言われると戸惑う。何せ私の中のシスコン像の基準があの子なので。


「は、でも……あのドシスコン妹を驚かすってのはいいわね。その時までの私らの武勇伝聞かせたら泣いて悔しがりそうだし……よし、その話乗った!」

「あはは、ありがと……」


 一転心底嬉しそうにそう断言してくれるセレナであった。


「ま、アリッサの思うようにプレイすればいいさ。その結果泣きを見る事になろうと一切責任は取らんが」

「私はそこの店屋物みたいに心が狭く無いから安心安全、いつまでも頼んなさい」

「うん」

「ふむ、では皆さんそろそろ加護を得る為に参りましょうか」


 ああ、そうだ。ガニラさんの一件ですっかり後回しになってたけど、そもそもこの法術院に来たのは加護の取得が目的だったんだっけ。


「あ、やっば。あのババアんトコで結構時間食っちゃってんじゃないの」


 ハッと時間を確認したセレナが喘ぐ。今日は私以外は5時くらいにはログアウトしなきゃいけないんだよね。


「役に立つ情報をゲット出来たんだ、それくらいは仕方無いだろ。精々後1ヶ所くらいでも回れるだけマシだ。アリッサ、取得しに行く加護は何だっけ?」

「えと、《法術特化》と《二層詠唱》だよ」

「セバさん、どっちの方が時間が掛かる?」

「特化系は基本的に時間が掛かる傾向があるようですな。残り時間を考えると最後までご一緒するのは難しいかと。また《知力強化》のようにアリッサさんお1人で挑まねばならぬ筈」

「なら決まりだ、《二層詠唱》を先に取得しに行こう。協力出来る限りはするぜ」

「うん、分かった!」


 みんなを伴い、私は記憶にある取得場所を目指して歩き始めた。



◇◇◇◇◇



 《二層詠唱》の取得場所は法術院2階のとある一室だった。

 6畳程度のその部屋には漫画でしか見た事の無いような瓶底眼鏡を掛けた妙齢の女性が1人で佇んでいた。


「ようこそ星守の方々」


 深々と頭を下げる女性に銘々に応じながら彼女に加護の取得条件を聞く。


「ではまず加護を得たい方にお聞きします。あなたはスキルを2つ以上待機状態にする事が出来ますか?」

「はい、大丈夫です」


 本来なら《古式法術》のレベル的には1つしか待機状態に出来ないけど、今日新しく取得した《発動待機》があるから大丈夫。


「次に使用可能なスキルのスペルをご存知ですか?」

「はい、そちらも大丈夫です」


 《古式法術》を取得してるから多分他の誰よりも唱えてる自信がある。


「結構です、ではこちらをご覧ください」


 示されたのは部屋の中心。そこの床には星法陣が彫り込まれているようだった。ただ、いつも見ている物より円が1つ多いみたい。


「加護を得たい方はこの中央で法術をスペルを唱えて使用してください。それを完成する事が出来たなら加護《二層詠唱》を得られるでしょう」

「え、そんだけ?」


 セレナが呆気に取られたような声を上げる。私もネットでその条件だと知った時にはそんな感想を零したっけ。


「それだけ、じゃあないらしいけど……ともかく一度やってみるよ」


 星法陣の中心に立った私は〈ヒール〉のスペルを唱える……でもその途中から異変が起こる。


 ギシッ!


「――形を成し、うっ……?!」


 持っていた杖の先を中心として突如としてまるで磁石のような反発力が発生し、杖を持つ腕がブルブルと震え出す。スペルの詠唱を進める度にそれは強く激しくなっていって……。


「っ!?」


 バチンッ!!

 とうとう私の細腕が反発力に耐え切れず杖が弾き飛ばされて甲高い音を部屋に響かせる。


「ひゃあっ!?」

「アリッサ?!」

『キューッ?!』


 私もまたそれに弾かれて尻餅をつく。心配したセレナとひーちゃんが駆け寄って私を支えてくれる。


『キュー、キュー、キュー』

「だ、大丈夫大丈夫だよ。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」


 私を案じて周りを飛び回るひーちゃんを抱き寄せて落ち着かせる。ぽんぽんと叩くと段々落ち着いて擦り寄ってくる。

 私もそれでほっとひと息。


「なんなのよ今の」

「あれが《二層詠唱》取得のハードルです」


 セバスチャンさんが弾き飛ばされた初心者の杖を拾って持ってきてくれた。


「法術が発動する場所を中心にして強力な反発力が生じるらしく、それに耐えて法術を完成させなければ加護は得られないと聞き及びます」

「ネットでの説明だと同時に法術を使う事で掛かる負担の表現なんだって」


 思っていたよりも反発が強くて驚いちゃった。手はまだ少しビリビリしてる。1人で片付けられるならそうしたかったんだけど……。


「あの人に話を聞いてきた。俺たちが手伝っても法術が完成さえすれば加護は取得出来るらしい」

「うっし、じゃあやる事は決まってるわね。みんなでアリッサを支えるわよ」

「ごめんねみんな、力を貸して」

「おう、力仕事なら任せろ」

「微力ながら助力致しましょう」


 そうして私たちは私を中心にしたフォーメーションを組む事になった……んだけど、うーん。


「あの……ごめんね、ほんとに」

「気にすんな、俺も気にしない。本気で気にしない、気にしないから睨むんじゃねぇよ!」

「ガルルルル……!!」

「青春ですなぁ」


 今のフォーメーションとしてはまず私がいて杖を構え、それを支える為にセレナとセバスチャンさんが掴んで3方向から杖を支える、そして天丼くんが……私を背中から抱き締めるような格好で杖を掴んでる。


「ガルルルルッ!!」

「しょうがねぇだろうがっ、俺が一番重量があって安定すんだからっ! 大体鎧越しなんだから感触なんか殆ど分かんねぇっつーの!!」


 最初はセレナが強硬に私を背中から支えると主張したものの、セバスチャンさんからの提案でバランスを重視して結局このフォーメーションとなった……そしてさっきからセレナが何かと目くじらを立てている。


「殆ど……ちょっとは分かるのね?! このヘンタイ!!」

「ダメだコイツ! 頼むアリッサ早く終わらせてくれっ?!」

「わ、分かったっ。“汝、虹の――」


 悲鳴を上げる天丼くんに押され私はスペルを唱え始める。次第に強くなる反発力、けどさっきとは違いみんなが杖を支えてくれていてなんとか耐えられる。


「ぐっ、ちょっ、コレ思ったよりきっつ……!!」

「ふむ、《二層詠唱》は初期取得加護ではありませんからな、難易度が高いのやもしれません」

「セバさんなんで涼しい顔なんだよ……」


 やがて詠唱も終盤に突入、その頃に更に反発力も強まりみんなの口数も減っていく。


「“導け、聖なる御手”!」


 詠唱が完了し、次いで床に光が走り星法陣を形作る。けどいつもの二重の円だけでなく床に刻まれていた星法陣に描かれていた3つ目の円にも光が走っていく。

 その星法陣の完成と同時にステラ言語が三重の円の間に書き込まれていく!


「ぐ……うっ!」

「堪えろよアリッサ、もうすぐ終わる!」

「う、うん……!」


 杖のみならず腕にも掛かる負担に呻くと背後から励ましの声が飛ぶ。


 キ、キィンッ!


 そして星法陣の光が消え杖の先に2つの藍色の光球が生成された……!


「お、終わった……?」

「そのようですな」

「「ぶっはあっ!」」

『キュイキュー!』


 その言葉と共にセレナと天丼くんはばったりと倒れ、私もまたへなへなと脚から力が抜けてへたり込んでしまった。ひーちゃんは私の頭の上でぴょんぴょんと跳ね回っている。



 ポーン。


『【加護契約】

 《二層詠唱》の加護を与える星との結び付きが強まりました。

 契約を交わし、星の加護を得ますか?

 [Yes][No]』


『【加護契約】

 星と契約を交わしました。

 加護《二層詠唱》がギフトリストに登録されました』



 目の前に表示された契約のウィンドウをさっさとタップし、《二層詠唱》を取得する。


「おめでとうございます、見事《二層詠唱》の加護を得られたのですね」

「恐れ入ります。申し訳ありませんが今しばらくこの部屋で休憩を取らせていただいても宜しいですかな?」

「はい、もちろんです」


 女性から贈られるお祝いの言葉にもちゃんとした受け答えをしてくれたのは(どうしてだかピンシャンした)セバスチャンさんだけ。私たちはゆっくりと休憩を挟んで改めてみんなで話し合う。


「さて、じゃあ一度《二層詠唱》を使ってみるね」

「まさかあんなのが毎回起こる訳じゃないでしょうね?」

「起こさない為の加護だろ」


 その通りらしい。

 私が「〈ダブル・レイヤー〉」と唱えて後〈ヒール〉のスペルを詠唱しても先程のような反発力は発生せず、無事に発動してくれた。


「「おー」」『キュー』


 ぱちぱちと控えめな拍手が飛ぶ。やー、なんだか照れる。



「ふむ、これでエキスパートスキルの習熟に光が見えてきましたな」



「「「……へ?」」」『キュ?』


 聞き捨てならない発言にセバスチャンさんへみんなの視線が集中する。


「おや、如何なさいましたかな?」

「いえあの……今、なんと?」

「今、と仰いますと……エキスパートスキルの習熟に光が見えた、の部分ですかな?」

「そ、そうよソレソレ! 一体どう言う意味よ!?」


 色めき立つ私たちにセバスチャンさんは「ふむ」とひと言呟くと指を立てる。


「皆さん、ガニラさんが仰った《古式法術》におけるエキスパートスキルの反動、封印の状態異常にならないようにする方法はなんでしたかな?」

「それはエキスパートスキルを100回……ああああっ! そっ、そっか、もしかしたら……」

「《二層詠唱》で2つの法術を一度に使えば回数は半分で済むかもしれない、ってのか?」

「え、マジ? 封印の時間が2倍になるだけじゃないの?」

「そこはそれ、今試してみれば分かる事ですな」


 するとセバスチャンさんは懐からレトロな懐中時計を取り出した。セレナと天丼くんもそれぞれにシステムメニューの時刻表示を確認する。


「ではアリッサさん、エキスパートスキルを使用してみましょうか」

「は、はいっ! じゃあ……〈ファイアレイン〉を」


 それしか知らないから、と言うのもあるけどね。ともあれ私はセバスチャンさんに確認してもらいながらノートにスペルを書き込んでいく。


「……改めて見てもホントめんどっくさいわね。よくもまぁいつもいつも間違えずに唱えられるモンだわ」

「それが大事だって最初に練習させたのセレナじゃない」

「そりゃそうだけどさ。あの時はもっと苦労するもんと思ってたのよ、それがいつの間にか難無く成功させられるようになってるし」

「まあ私には剣を振り回したりは無理だし、こう言うの覚えるのは割と得意だから……っと、出来た。じゃあ始めるね。〈ダブル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、百に分かれては矢よりも細く、彼方へと降り注ぐは流星の如く、舞いては落ちる小さき一群”。“燃やせ、火の豪雨”」


 ゴ、ゴォウッ! 詠唱の完了と同時に、杖の先に強く激しく燃え盛る火の玉が2つ生成される。更に視界内のHP・MPゲージの傍には新たにアイコンが表れ私が封印状態となってしまった事を示している。

 待機状態の〈ファイアレイン〉にやっぱりはしゃいでしまうひーちゃんを除き、私たちに沈黙が落ちる。1秒、2秒と時を刻むデジタル式の時計をただただ凝視する。

 ドキドキと高鳴る鼓動。この結果如何によってはずいぶんとこれからの行動指針が変わりそうなのだけど……。

 そして……フッ、視界内から封印状態を表すアイコンが消える。


「「よしっ!!」」

「あれ?」「おや?」

『キュ?』

「「「「……?」」」」


 けど、反応は2分した。

 グッと拳を握るセレナと天丼くんと、首を傾げる私とセバスチャンさん(+ひーちゃん)に。


「え、何よ。ちゃんと5分で終わってんじゃない、何でそんな顔してるのよ」


 そう確かに、2つ同時に使用したエキスパートスキル〈ファイアレイン〉による封印状態は10分を待たずして終了した。これで反動が無くなるまでに掛かる時間が半分で済む訳だからそれ自体は私も嬉しかった。

 嬉しかった、んだけど……。


「う〜ん、私の見間違いかもしれないんだけど……なんだか5分より短かったような気がして……セバスチャンさんもそうなんですか?」

「はい。〈ファイアレイン〉により発生した封印のアイコンの確認と同時にカウントを開始したのですが、アイコンが消えたのは4分57秒後でした」

「……3秒少ない、か?」

「3秒少ない、ですな」

「「……」」


 天丼くんとセバスチャンさんが考え込む、そしてほぼ同時に私に提案する。


「アリッサさん」

「もう一度やってみてくれ」

「そうなると思った。じゃあ……〈ダブル・レイヤー〉“――」


 言われるままに再びスペルを唱え、再び法術を使い、再び封印状態となる私。

 そしてじっと待つ事約5分……。


「あ、あれ?」「ん?」「はい?」「ふむ……」『キュ?』


 同時に疑問の声を上げる私たち、何故ならアイコンが消えたタイミングがやはりずれていたから……しかも、さっきよりもそれは大きくなっていた。


「セバさん、何秒だった?」

「4分と51秒ですな。これはやはり、そう言う事なのでしょう」

「つまり《古式法術》のエキスパートスキルは使う度に封印状態になる時間が減るって事?」

「さすがのお前でもそれくらいは分かるか」

「ぶっ飛ばすわよアンタ」


 荒ぶるセレナとひと言多すぎる天丼くんはともかくとして、それは正しいと思う。

 ガニラさんの所で〈ファイアレイン〉を1回使っている状態で次に使うと封印状態は4分57秒、そしてさっきの〈ダブル・レイヤー〉分で計3回になったら4分51秒。

 1回使う毎に3秒ずつ減っている計算となる。

 ガニラさんは『封印状態は5分』『100回使うと封印状態にはならなくなる』と言った、5分は300秒だから1回毎に3秒減るとすると100回目で丁度0秒になる。


「なら、実際にエキスパートスキル1つを物にするまでに掛かる時間は……えっと……大体、3時間くらいで済むかも!」


 再申請時間があるから最短でとはいかないけど、それでも最初考えていた9時間越えに比べれば全然短い……!


「そう言やあの婆さん、100回が100回とも5分掛かるとは言ってなかったな、ったくそうならそうと言えって」

「ほっほ。成る程、確かにあの時はアリッサさんの状態異常が自然浄化されるまでを答えられただけでしたな。いやこれは1本取られてしまいました」

「やったじゃんアリッサ! めんどくさいのに変わり無いけどさっ」

「うん! 良かったよお〜っ」

『キュイッキュイッ』


 「「いぇいっ!」」『キュイッ!』とハイタッチを交わす。

 このくらいならみんなと合流する前にコツコツやっても2、3日でなんとかなるかもしれない。ネットでちゃんと使えそうなエキスパートスキルを探してみなきゃね。


 《二層詠唱》の取得について。


1・杖などを持たない。

2・地面にラッコのように寝転ぶ。

3・手はお腹の上に置く。


 これで反発力が地面に逃げやすくなるので比較的楽に成功出来たりします。

 実はセバスチャンはこの方法を知ってましたが……まぁ、アリッサにさせるのは忍びなかったので黙ってました。

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