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第48話「古き誘い」




 火の精霊・ひーちゃんを仲間に迎えた私たちはその後も王都・グランディオンの方々を巡り、順調に加護を取得していった。



 まずは法術そのものの威力を増す為にIntを向上する《知力強化》。

 取得条件は王立図書館の物知り博士なる人物が出題するこの世界の物事に関するクイズに10問連続正解する事。

 制限時間は無く、蔵書から探せるけど《言語翻訳》のレベルがそこそこしかないので難しい文字は読めず、5回目のチャレンジでようやく成功した。


「うう……疲れた。情報化社会は偉大だったよ……」

「お疲れー、いやーものの見事に役立たずだったわね私ら」

「セバさんが手伝えれば間違い無く1発クリアだったろうになぁ」

「1人で挑まねばならぬと言う条件でしたからな、こればかりは致し方ありません」

『キュ〜……』



 続いては《照準》と言う、ターゲティングした対象をターゲットサイトが一定時間自動追尾してくれる加護。これがあればリリースの見極めが楽になる。

 取得条件はとある裏路地、そこには数えるのも諦めたくなる程大量の猫が所狭しとひしめき合っていて、指定された猫を探して一定時間ターゲティングし続けないといけない。


「にゃー」「にゃ」「にゃにゃー」「にゃん」「ごろごろ」「にゃーっ」「にゃおん」「にゃ〜ん」「わん」「にゃう」「にゃーにゃー」「にゃふ」「にゃおーん」「あ〜ふ」「にー」「みゃ」


 猫たちは元気がよくじゃれあっては動き回り、探すのも追うのも大変で、みんなで手分けして猫を探した。


「目が……疲れた」

「おおお、老体には酷な試練ですな……」

「もう紅白服の眼鏡男だろうが苦労する気も起きねぇな……はは」

「やめろバカ、今は思い出す事もしたくないんだっつの……」

『キュ〜……』



 次にスキルの待機状態の最大数を増やす事が出来る《発動待機》。これがあれば以前並、とはいかないまでも一度に使えるスキルが増えるからザコとの戦闘などで攻撃される可能性を減らしていける。

 取得条件はスキルを待機状態にしたままでの、鬼ごっこだった。具体的には待機状態にしてあるスキルを棒で叩こうとしてくる人たちからそれを一定時間守り切らないといけない。


「こっ、恐い恐い恐い恐いいぃぃっ!?」

「しっかりしなさいよ壁役でしょうがアンタッ!!」

「数が違うだろうが、数がっ! 30人近くいるんだぞっ?! 抑えきれるかバカ野郎!!」

「いやぁ、童心を思い出しますなぁ。実はわたくし、ケイドロじゅーちゃんの異名を持っておりましてな、捕まえるのはお手の物……」

「アリッサを逃がすのよアリッサを!」

『キュ〜……』



 ……順調に加護を取得していったんだってば。



◇◇◇◇◇



 広い広い公園で行われた鬼ごっこで大量の鬼さん(武器付き)に追われながら延々と走り回ったからか、私はまだげんなりしていた。


「うう、まだ体が重いような気がする……」

『キュイ』


 私の頬にすり寄るひーちゃん、火の玉な外見とは裏腹にほんのりと温かく、また心成しか声のトーンが柔らかい気もする。


「慰めてくれるの? ありがとね、ひーちゃん」

『キュイ〜』


 撫でると喜んでくれた、のかな? 火の玉に目(棒線2本)だけの簡単な顔だけど、目の変化と挙動、声のトーンで結構感情表現は豊かだった。以前のような儚げな感触ではなくぷにぷにと柔らかな癒し系。あー、かわいい。癒される。


「さ、この地獄の王都巡りは次にどこ行くの? そろそろアリッサのメンタルが心配な気もするけど」

「フィジカルも大分お疲れなご様子ですからな。あまり無理はせずに一度ログアウトするのも手ではありませんかな?」

「とりあえず戦闘系の加護はここまでで……あー……8か。なら後2ヶ所くらいだろ、物によるがそれくらいなら何とかなりそうじゃないか?」

「そのつもり、空き枠はなるべく残しておきたいから」


 今私の所持する加護は以下の通り。

 《マナ強化》

 《詠唱短縮》

 《杖の心得》

 《古式法術》

 《精霊召喚》

 《知力強化》

 《照準》

 《発動待機》

 《言語翻訳》

 《調理》

 計10種。

 戦闘向けは《マナ強化》から《発動待機》までの8種。効果を得られるのはリストにセットした10種までなので出来れば残りも埋めてしまいたい。


「このペースなら最後まで付き合えそうで安心したわ」

「時間の掛かる条件じゃなければいいんだけどね」


 今日はみんなは揃って用事で5時以降はログインしないそうで、私は久方ぶりに1人での行動になる。心細いので出来ればそれまでに加護取得を終わらせたかった。

 その暁には、アラスタまで戻りはじまりのフィールドで慣らしくらいはしておくつもり。以前よりは多少は強くなったと思うし、初心者向けモンスターくらいなら何とかなると思いたい。


「今度の目的地は『法術院』って所。そこで《法術特化》と《二層詠唱》を取得するつもり」

「特化系かー、アリッサならそれもアリかもね」


 特化系。その名の通り、何事かに特化させる加護。自身に何らかの制限を掛ける事を代償にパラメータやスキルを強化する(らしい)。

 《法術特化》は法術系のスキル効果が上がり、パラメータのInt・Minが向上する。代わりに剣等の武器攻撃系スキル全般に制限が掛かり、Pow・Str・Agiが下がるとか。

 少々不安も残るけど、元々何でもこなせる程器用でも無いのだし、なら出来る事を突き詰める方向で行こうと取得を決めた。


(1人だったら怖くてパラメータを下げる加護なんて取らなかったんだろうなあ……)


 今は……セレナが、天丼くんが、セバスチャンさんが、それとひーちゃんもいてくれるから、ちょっと無茶かもしれなくても取ってみようって思えてる。


「《二層詠唱》ってのはどんな加護だ?」

「〈コール・ファイア〉などのように次に使用するスキルに効果を乗せるタイプの加護ですな。一度の詠唱で2つ同時に法術を生成する事が出来る、と記憶しております。消費MP・再申請時間は1.5倍となりますが普通に2回使うよりかは割安ですからな、取得は賛成です」

「セバスチャンさんってほんとに物知りですね」


 それで正解。

 私の場合スペルの詠唱がネックだけど《二層詠唱》を取得すればそれを大幅に短縮出来る。

 これがあれば非常事態の為の緊急回避としてスペルカットに防御法術や回復法術などをセットするのも視野に入れやすい。


「なるほどね、アリッサには必須だわ」

「法術院っつーと、属性法術も取得出来るんだったか。もしかしたら《古式法術》に関する情報が見つかったりしてな」

「でも、ネットではそれらしい情報は見当たらなかったよ」


 《古式法術》は発見してから数日他に発見したと言う話も、それ以前の未だ発見されていない加護の断片的な情報として書き込まれてないかとも思い探したけど見つからずじまいだった。


「いえ、アリッサさんならば何かしらのイベントやクエストが発生する可能性はありますな」

「え?」

「簡単に言えば何かしらのフラグ……条件があるかもって事だ。特定の条件に当てはまるとクエストが発生したりするが、中にはその条件が思いっきり狭いのもある」

「あ、なるほど。『《古式法術》を取得している』が発生条件のもあるかもしれないんだ」

「そ、だからアリッサが実際行ってみれば違う反応が期待出来るかも、ってワケ」


 《古式法術》を取得しているのは判明している中では私1人だけだから、ネットの情報を鵜呑みにばかりしてもいられないんだ。


「ま、あくまで“かも”だ。期待して肩透かし食らう方が現実的だろ」

「いいじゃん別に、物事は良い方に良い方に考えときなさいよ」

「良い方に考えても結果に結び付かない奴に言われてもなぁ」

「死にたいらしいわね」


 セレナがゴキリと凄絶に拳を鳴らした所でタイミング良く法術院に到着、場外乱闘はギリギリ回避された。


「え、ええっとここが法術……院? え、あれ?」


 頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ、何故ならそこは想像とは大分違っていたから。


「古い?」

「由緒ある建築物ではありますな」

「ボロッちいわよねー」

「おいやめろ、建物のHPはもう0だ」

『キュ?』


 私はてっきり精霊院みたいな立派な建物を想像していたのだけど、実際の法術院は大きさこそそこそこながら壁はくたびれ設備も目新しさの無い様子。くすんだ外観が歴史を感じさせるものの、手入れはあまりされていない気がする。

 負けていないのは訪れる星守の数くらいだった。


「……中に、入ろっか」

「いつまでも突っ立ってもいられないしな」


 私たちは連れ立って法術院へと入っていく。心成しか蝶番の軋む音が響き、薄暗い内部では足音も大きく感じられる。ちょっとホラー風味でビクビクと震えてしまう。


「いらっしゃいませ」

「ひぅっ?!」

「落ち着け」


 入ってすぐの受け付けで不意に声を掛けられたので驚いてしまった。だって暗くて奥が見えづらいんだもの。

 受付嬢さんにさっさと訓練場の場所を聞き出し、早く済ませようと一歩を踏み出そうとした。

 その瞬間――。



 なでっ。



「っ!??」


 がしっ!

 側にいたセレナの腕をとっさに掴む。


「ア、アリッサ?」

「どうかなさいましたかな?」

『キュイ?』

「ぁ、ぇ、ぅ、ぉ――」


 混乱する中、涙声で自分の身に起きた事を伝える。



「――おっ、おしりさわられた」



「死ね女の敵ッ!!!!」

『キュキューッ?!』


 ブオンと風切り音すら巻き起こすパンチが天丼くんに襲い掛かる。


「違ぇ――っ! 俺じゃねぇよバカ!」

「アンタの他に誰がいるってのよ、このスケベ! 色魔! エロガッパッ!! 一度ならず二度までもお尻触るとかっ! 信っじらんないっ!!」


 私が右手を掴んだままなので、セレナは左手と左足だけで縦横無尽に攻撃を繰り出す。鬼気迫る表情からは殺意すら滲む。


「人の話を聞け! 俺がやったならGMコールウィンドウが出る筈だろうが!」


 ピタリとセレナの拳が止まる。天丼くんの眉間に後5cmの辺りで。

 セレナはしげしげと私の周囲に視線を向けるも、確かにウィンドウは無い。

 このMSOでは異性に能動的に接触すると部位にもよるけど、触れられた側にはGMコールウィンドウが表示される。フレンドであろうと異性のお尻になんて触れば一発アウト、の筈……でも、今回は私の前にウィンドウは表示されていなかった。


「ほ、ほんとだよ?」

「アリッサがそんな嘘言える程器用じゃないのは分かってるけど……なら一体誰がそんな事を?」


 2人して首を傾げる。そうしていると、受付嬢さんが声を掛けてきた。


「ああ、それは多分ガニラさんの仕業よ。あの人見境無しだから」


 目の前で状況を見ていたらしい受付嬢さんが実に忌々しそうにそう言った。


「ガニラ? 誰よそれ、怪獣?」

「あの方ではありませんかな?」


 セバスチャンさんが指差した先には、細い廊下を抜き足差し足忍び足で遠ざかっていく小柄な人影があった。私たちの視線に捕まった事に気付いたのかビクリと体を強張らせてこちらをチラッと振り向いた。


「「「……」」」

「……」


 ダッ!!×2。


 人影とほぼ同時、セレナが飛び出す!


「待てコラァァッ!!」

「ひょーっ?!」


 2人は瞬く間に廊下の先へと消え、後にはへたり込んだ私と呆然とした天丼くん、そして「元気な方ですなー」と呑気に語るセバスチャンさんが残された。


「な、なんなの……?」

「おい、まさか……これが?」

「ふむ。かもしれませんな」


 天丼くんとセバスチャンさんが考え込む中、私たちの周囲にいたPCたちも何事かとざわめく。


「え、なんだ今の」「あの女の子が痴漢に遭ったのよ、やだー」「かわいそー」「あの子なら俺もお近づきになりてぇ」「いや、痴漢とかしたらフツー一発退場じゃね?」「やむなし」「通報すますた」「お巡りさんこいつです」「ぎゃあーっ!」


 なんだか痴漢よりも私に焦点が……?!


「騒がしくなってきましたな」

『キュ、キュキュ〜』

「立てるかアリッサ」

「あ、う、うん。ありがと」


 そんな私を庇うように間に入るひーちゃんとセバスチャンさん、天丼くんは手を差し伸べてくれたのだけど「あの野郎なんと羨ましい……」「おい代われ」「爆発しろ」等の怨嗟の声が。ただ――。


「あいつどこまで行ったんだ?」


 それでも天丼くんは割と平然としてる。

 男性PCが女性PCよりも多いらしいこのゲームで私とセレナを連れ立って人通りの多い王都を歩き回る姿はどう映ったやら、天丼くんに向けられる視線は時折厳しく、そんな事を続けていたらその手の視線にはすっかりらされてしまったそうな。


 天丼くんはシステムメニューからマップ画面を表示する。パーティーを組んでいるとマップにメンバーの現在位置が示される(未踏破でも位置だけは確認出来る)ので、それを用いてセレナを探しているみたい。


「確認出来ましたかな?」

「ダメだな。2階か地下に行ったらしい」


 マップは自分が現在いる階層の情報のみが表示されるので、例え天丼くんが2階か地下に行っていてもセレナの居場所は大まかに『法術院内』としか表示されない(外に出ていれば『王都・グランディオン中央区』となる)。

 なら後は本人に聞くのが早い、ひーちゃんに「静かにね」と念押ししセレナへとチャットを開く。


「もしもし、セレナ? 今どこいるの?」

『地下よ地下! あの野郎、廊下の奥の階段から地下に降りやがったの。今丁度ドアの向こうに逃げ込まれたトコだから手伝って!』

「ええ〜?!」

『よろしく!』


 通話が向こう側から切れた。


「どうだ、場所に見当は付いたか?」

「それが……やっぱり地下にいるみたい、廊下の先に階段があるって」


 メニューを閉じながらひーちゃんに「もういいよ」と言うと息を吐いたような挙動をしたので少し和む。


「そうか、ったくアグレッシブな事だな……さっさと合流しよう」


 そう言うと天丼くんはさっさと歩き出す。私たちもそれに続くのだけど、前を歩く天丼くんから話し掛けられた。


「……にしても本当に起こるなんてな、さすがに少し驚いた」

「まぁ、起こり方が起こり方でしたからな」

「クエスト、なのかなコレ。だとしても出来ればこんなのはごめんなんだけど……」

『キュー……』


 ああ、なんだか触られた感触が残っていて気持ち悪い。ひーちゃんが気遣わしげに頬を擦り寄せてくる。慰めてくれてるようなので「ありがとう」と撫でる。


「そもそも痴漢と加護に関係なんてあるのか疑問なんだけど……」

「まぁ、あるかもしれないし、無いかもしれない。今はまだ判断がつかないな」


 天丼くんは肩を竦めている。


「ですが以前女性PCとここを訪れた際にはあのような事は起こりませんでしたし、ロビーにいた方々も様子を見る限りは初見のようでした。天くんは見聞きした事はありますかな?」

「まさか。前にセレナと来た時は何も起こらなかったし、アイツが知ってりゃ周囲にこれでもかってくらい注意を払ってるさ。特に今は……な」


 私を見ながらそう言う。


「でしょうな。だとするなら少なくとも今までに無い要素をアリッサさんがお持ちである、と言う可能性が高い」


 そして私だけが持っている、なんて物は思い付く限り《古式法術》程度だから、それに関連してのイベントかもしれないけど確証は無い。結局はあのガニラと言う人に聞かない事には分からない。

 もし何か情報を得られると言うのなら……そう思うと、萎え気味だった足は自然速まった。



◇◇◇◇◇



「おーい! セレナー、どこだー」

「こっちよこっち! さっさと来なさいよ!」


 地下は地上階に増して暗く狭く人も少ない。カツーンカツーンと天丼くんとセバスチャンさんの足音が響く(私の場合足音が響くような靴じゃない)通路を何度か曲がり、ようやく見慣れた赤い色を確認出来た。


「おっそい!」


 セレナは目の前にあるドアを苛立ち紛れにガンッ! と足蹴にする。木製のドアは、セレナがそうするよりも前からそうなんだろう傷んだり汚れたりでボロボロだった。ネームプレートらしき物はあるのだけど、表面はくすんでいて読めるような状態じゃない。

 ガニラさんはここに逃げ込んだのかな?


「反応は?」

「無し。ドアも開かないし、鍵穴すら無いわよ。このっ!」


 ガンッ――カン――ン――……。


 けたたましい音は廊下に反響してじきにまた静寂が戻る。でもセレナは逆に更に苛立ちを募らせ、遂には武器を取り出して構えた?!


「さっさと出てきなさいよね! ドアぶっ壊されたいワケ?!」

「やめとけ、いくらボロく見えようと基本的にライフタウンの建造物は壊せねぇだろ。下手すりゃ迷惑行為でNPCに摘まみ出されて終わり、くたびれもうけが関の山だ」

「ちっ!」


 この世界にはいくら攻撃力が高くても破壊出来ない物がある。それらはダメージが発生する攻撃を加えると『【破壊不可】このオブジェクトは壊せません』と表示される。

 その場合むしろ攻撃した武器の耐久値が減ってしまうだけらしいので制止するのは正しい。セレナもそれが分かっているのか、渋々ながら振り上げた大鎌を降ろした。

 そして天丼くんは続いてこちらへと視線を移す。


「で、だ。このイベントはアリッサ個人を対象に発生した物の筈だ。同じパーティーに入ってるセレナで反応が無かったなら本人じゃなけりゃ進行しない、って事かもしれない。アリッサ、試してみろよ」

「え、ええ〜、私?」


 みんなに伺いを立てるけど……。


「わたくしも天くんの仰る事は正論と思いますが、やはり最終的にはアリッサさんの胸三寸ですからな。ご随意に」

「そ、そうですか? じゃあ……」

「泣き寝入りを許す程私は甘くないわよ」

「うう……分かったよう」


 セバスチャンさんはともかくセレナの覇気に促され、私はドアの前に立つ。

 やだなあ……えーと、どうしよ……天丼くんの予想が外れるといいけど。

 コンコン。

 とりあえずノックした。


「ガ、ガニラさんはご在宅でしょうかー……」

「はいはい、どちらさんだね?」


 ガチャリ。

 出ちゃった……。


「……え、えーと?」


 あまりの呆気なさにどうすべきか悩んでいると、ドアの向こう側の人物に先手を取られた。


「ひょひょひょ。なんだい、さっきの嬢ちゃんじゃないのさ。なんか用かね?」


 わずかに開いたドア。しわがれた声と共にそこから顔を覗かせてこちらを見ているのは、私の胸くらいの背丈で真っ黒なローブを身にまとう鷲鼻のお婆さんだった……その姿は端的に言って――。


(ま、魔女だー!!)


 きっと後ろの3人も似たような感想を抱いたと思う。

 1階の廊下では後ろ姿しか見えなかったけど、こうして間近で見ればこの人は絵本でよく見掛ける類いの悪い魔女のイメージそのままだった。

 きっと部屋の中では人すら入るようなお鍋で紫色の液体をぐつぐつと煮込んでたんだ(偏見)。


「なんか用かい、じゃないっつのこの妖怪ババア! よくもアリッサのお尻触ってくれちゃったわね!? 私だってまだなのに!」

『キュキュー!』

「ちょっと!」


 怒りがただのやっかみに!

 ひーちゃんも便乗しない!


「ひょひょひょ。いいじゃないのさ減るもんじゃなし、ちょ〜っと確かめたい事があっただけさね、怒りなさんな」

「確かめたい事、ですか?」


 騒ぐセレナを天丼くんに任せ、私は魔女……もとい、ガニラさんと相対する。


「そうともさ。ちょっとした事でね、別にケツじゃなくてもよかったんだがどうせ触るなら気持ちいい方が嬉しいだろお互い。ひょひょひょ」

「いえ、あの、そう言うのは勘弁してください本当に。大概の人は嫌がりますから」


 シワの刻まれた手をワキワキとされるとさすがに恥ずかしく、触られたお尻がムズムズする。


「そうかい? 中々の安産型だったから褒めたげようと「本気でやめてもらえませんかっ!?!」じゃあ今度からは脚か腰か胸にしとこうかね」

「だめですってば! 触らない選択肢は無いんですかっ?!」

「無いねぇ〜。生憎と最近は耄碌しちまって触んないとどうしてもねぇ、後20若けりゃ見ただけで分かったもんだが、残念だねぇ〜。ひょひょひょ」


 小さじ程も悪びれずに笑うガニラさん。セレナに捕まらずに逃げおおせたくらいに元気なくせによくもまあ……。


「うう。じゃ、じゃあそもそも何を確かめようとしたんですか」

「決まってるだろう?」



「古〜い馴染みと繋がってるかどうか、さね」



 その瞳が私を射抜く、まるで私の奥の奥の、そのまた奥まで見通そうとするかのように……。

 それに身をすくませながらも先を促す。


「馴染み……繋がる?」

「そうとも、アタシは多少耄碌しちゃいるがそれでもしっかりと感じたよ、アンタに繋がる古い古〜い力をねぇ……ひょひょひょ」


 古い、力……それは《古式法術》? それとも……。


「――ミスタリア、さん」


 その名を口にした途端、ギィィとわずかに開いていただけだったドアが更に開かれた。


「そうそう、ミスタリアさぁ! あぁ懐かしいじゃないか……どうだい、ちょいと話でもしないかい? 出涸らしでよけりゃ茶も出すよ、ひょひょひょ」


 ドアを開けたまま、ガニラさんは薄暗い部屋の奥へと消えていった。

 同時に眼前にはクエストの発生を告げるウィンドウが開いた。

 私は後ろに控えていたみんなにどうすべきかを聞こうと振り返る。既にセレナも鎮静化していて話に集中してる。


「やっぱり想定通りになったな。アリッサ、ミスタリアってのは?」

「《古式法術》の加護を授けてくれてる星の名前」

「じゃそれ関連のクエストに間違い無しっぽいわね。ここで入らなきゃ進行しないと思うけどどーすんの?」

「え、えー……なんだか怖いんだけど……」


 ドアの向こうからは「ひょ〜ひょひょ」と笑い声が響いてくる……。


「無理と思われるならそのように。時に退くのも勇気ですからな」

「でも虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言うぜ? 強くなりたいってなら何だって試してみなきゃよ」

「ま、もしなんかあっても私らいるからそう心配しなくていいわよ、もしまた痴漢してきたら今度こそぶっ飛ばしてやるんだから!」

『キュイ!』


 肩に手を置いて安心させようとするセバスチャンさん、強い目で励ましてくれる天丼くん、ギュッと手を繋いでくれるセレナ、それに元気に飛び回るひーちゃんに……私は頷きで返す。



『【チェーンクエスト発生】

 《古き誓いはかく語りき》#1

 クエストを開始しますか?

 [Yes][No]』



 チェーンなのが少し気掛かりだったけど、

私はクエストを請けて部屋の中へと踏み入った。



◇◇◇◇◇



 ギシギシ、ギシギシと4人分の足音が慎重に中を進む。ドアを開け放っておく訳にもいかず閉めてしまったけど、逃げようとしても開かないとかないよね?

 室内は古びた本と書類のような紙束が高々と積み上げられて手狭だった。そう人数が入れそうもない。


「何をぼーっとしてんだい? さっさとこっちにおいで」


 ロッキングチェアに座りキィキィと揺らすガニラさん、膝には黒猫が丸まっている。中央の小さなテーブルにはガニラさんの対面に椅子が1脚とティーセットが2人分用意され湯気を立てている。薄紅色の中身は、さっきの言葉が確かなら多分お茶。


「ずいぶんなおもてなしじゃない。私たちには何も無しなワケ?」

「ひょひょひょ。おまけにくれてやる茶は切らしててねぇ」

「あン? おまけ?」

「そもそもアタシが呼んだのはそこのエルフのお嬢ちゃん1人だけさね。それ以外はおまけだろう? 違うかい?」

「ほっほう……このババア……」

「止めとけ、俺たちがおまけなのは本当だろうが。話が進まん」

「こほん。ガニラさん、おまけでもよいのでアリッサさんの付き添いとしてこの部屋に留まる事はお許し願えますかな?」「そこのドラゴニュートの小娘みたくピーピー喚かないならね、ひょひょひょ」


 ガニラさんの挑発に触発され再び天丼くんに止められた般に……もといセレナに肝を冷やしながら、私は椅子に腰掛けた。


「それで、話と言うのは一体何なんでしょう……?」

「何、先達としちゃ色々と思う所があってね。今の担い手から話を聞いてみたかったのさ。ひょひょひょ」

「先達……なら貴女もミスタリアさんと契約を交わしていたんですか?」

「そうとも今はこんなだがアタシも昔は《古式法術》の力を奮って名を馳せてたもんさね」


 しみじみと昔を懐かしむように目を細めるガニラさん。

 それがどれだけ昔かは分からないけど、明確に魔法で星が封印されてしまう以前に星から加護を授かっていた人と話すのは初めてなんだよね。そうと分かったのなら詳しく聞いてみたい。


「あの、もし宜しければ《古式法術》について詳しく教えてもらえませんか?」

「詳しくねぇ……じゃあその前にアンタの話を聞かせておくれ。《古式法術》に関する話をね。そうしたらアタシも話そうじゃないか」

「ケチ臭っ」

「おだまり、アタシの知識は安かないのさ。アンタも、まさかタダで情報を貰えるなんて思ってないだろうね?」

「う、わ、分かりました」


 そう言われ少々迷ったものの、私はこれまでの事をポツポツと話し出す。

 《古式法術》を授かりはしたものの7つの加護を失ってへこんだ事、弱くなってはじまりのフィールドでボコボコにやられた事、仲間に力を貸してもらってここまで来れた事。

 思い出せる事をなるべく正確に丁寧に話す。ガニラさんはそんな話を聞きながら笑ったり納得したりと忙しない。

 ただ、とても楽しそうに私には見えた。


「ひょ〜ひょひょ。成る程ねぇ、アンタも大概苦労したらしい」

「ええ、まあ多少は」

「それで《古式法術》について聞きたい訳だ。まぁ癖のある加護だからねぇ」


 お茶を飲み干したガニラさんはカップをソーサーに戻してから私を見た。


「なかなか楽しめたね、いいだろう。アタシの知る事を教えよう」

「あ、ありがとうございます!」

「さて、じゃあどこから話そうかね……なるべく詳しくだったか」


 少し悩むような仕草の後にガニラさんは猫を退かして立ち上がり、大量に積まれた本の山へ向かった。


「おい、そこの兎人(ウェアバニー)。ちょっとおいで」

「ん? 俺か?」

「他に誰がいるんだい。いいからこの山を退かしとくれ、崩すんじゃないよ」


 天丼くんをせっついて本の山の1つを慎重に退けさせるとその奥から、フッと息を吹き掛ければ埃が舞うような古ぼけた本を何冊か取り出した。


「アンタ字は読めるかい?」

「はい、少しだけですけど」

「なんだい最近の若いのは字もろくに読めないのかい、そんなんじゃ将来苦労するよ」

「すみません、最近忙しかったもので」


 まともに本も読んだり文字を解読したりしてないから《言語翻訳》の加護のレベルは停滞気味。その内ゆっくり本を読めるようになるのかなあ……。


「仕方無いね、今日の所はアタシが読み聞かせてやるよ、感謝しな。あぁ、そこの火の精霊は近寄らせないでおくれ、紙が傷んじまう」

「あ、はい。ひーちゃん、セレナたちの方に行ってて」

『キュイ〜』


 ひーちゃんを下がらせると本を机の上に置き、私からも見えるようにしてくれている。後ろの3人も興味深そうにその様子を見守っている。


「いいかい、《古式法術》はその名の通り法術と名の付く加護としては最も出自の古い加護だ。それには理由がある」


 ペラリと本を捲ると、本を持った女性の絵が描かれている。それがミスタリアさんの想像図であるらしい。


「昔々、加護を授けるミスタリアはある時1人の子供星を産み落とした、それが《聖属性法術》を授けるフィグさ。次に光と闇、更に次に火水風土の加護を授ける星々を産んでいき、ミスタリアの周りには7つの星が輝くようになった。ミスタリアは属性法術の祖なのさ」


 ページを捲れば7匹の動物に囲まれたミスタリアさんの姿がある。それぞれが属性法術を授ける星の想像図らしい。

 と、言うか。


「星って増えるんですか?! って言うか産むって!?」

「そりゃ星だって生きているからね、子供ぐらい産むだろうさ。アンタたち星守だってお天道様から産まれたんだろう? 似たようなもんさね」


 い、いや設定としてはそうなんですけど……う〜ん、ファンタジーに現実での常識を言っても仕方無いのかな。


「そう言や、星守ってのは子供を作れるのかね?」

「しっ、知りません!」


 ゲーム内でそんな事態になる訳も無いのだけど、それをガニラさんに言ったって理解はしてもらえないだろうし……何より、その、そう言う話題は、色々と返答に困る。

 黙り込む私と、セレナ。きっと顔色には変化がある、けどそれを指摘する人はいない。

 天丼くんは所在無げに明後日の方向を向いているだけだし、セバスチャンさんはじっと話を聞くばかり、そんな私たちの雰囲気などお構い無しにガニラさんは話を進めてしまう。


「ひょひょひょ」

「ぅぅ……」


 その内話題は神話(?)からガニラさん自身の経験談へと移っていく。私はどうにかこうにか頭を切り替え、聞き逃すまいと耳を澄ませる。


「アタシの若い時分じゃ既に《古式法術》からは人が離れていた。7つの属性法術は知っての通り、長ったらしいスペルが要らない分使い勝手がいいからね。激しさを増す実戦ではどっちがいいか、なんて聞くまでも無いだろう?」

「ええ、すごくよく……分かります」

「中には《古式法術》を使うアタシを奇異の目で見る奴もいたくらいさ。うざったいったらなかったね」


 それを聞いて少し気分が落ち込む。私も他の人からみればそう映るのかな……って。


「その上魔法で星が失われてから200年、今じゃ《古式法術》を知る奴も随分減っちまった。だからアンタを見かけ時は、ちょいとはしゃいじまったのさ」



 …………にひゃくねん?

 1年の200倍のにひゃくねん?



「200年、ってアンタ今いくつよ?!」


 セレナが私よりも早く復帰し、ガニラさんに詰め寄る。さすがに驚きでツッコまずにいられなかったみたい、ただ――。


「はっ、女に歳を聞くなんて野暮はおよし」


 ――の一言で封殺。

 そして次第に落ち着く中で私はセレナと同じくガニラさんが何者かが気になった……その時、ちらっと見えたフードの奥の耳は尖っていた。


「あ、ガニラさんもエルフ、だったんですね。それで……」


 この世界だとエルフ>ドワーフ>ドラゴニュート>ヒューマン>ライカンスロープの順に長命だそうで、それなら200年以上の長い寿命も納得、なのかな?


「ふん。長く生きてるとね、自分の歳なんざどうでもよくなってきたりするもんさ。そもそも40の辺りで数えるのなんか止めちまったしね」


 ……なんか微妙に生々しい数字が……。


「ったく、話が脱線しちまった……で、だ。そんなこんなで《古式法術》は廃れたが、実はちょいと面白い力がある」

「! あの、力、と言うと……すごい法術が使える、とかですか?」

「当たらずとも遠からず、ってトコだね。どれ、も少し詳しく《古式法術》について話そうか。アンタ今使えるスキルはどんなだい?」

「えっと――」


 私はシステムメニューで確認しながらスキルを言っていく。《古式法術》は各属性法術の同レベルのスキルを全種取得するので6レベルの今は6×7=42もあるので大変。


「――〉、で全部ですね」

「ふん。まだそんなもんかい」

「こ、これでもずいぶん使える数は増えたんですよ……」


 ため息を1つ吐いてガニラさんの話が始まる。


「いいかい? 属性法術には『ビギナーズスキル』と『エキスパートスキル』って種別がある、今アンタが言ったのは全部ビギナーズスキルだ」


 ビギナーズ、えっと……確か……。

 頭の中からどこかで見た内容を思い出そうとする私に後ろからセバスチャンさんが説明してくれる。


「ビギナーズスキルとは特定の加護において、10レベルまで毎レベル修得出来るスキルです。11から20レベルまでは新規にスキルを得られませんがそれまでの各スキルの使用頻度によって成長先が数系統用意されておりまして、その中から様々なエキスパートスキルを修得してゆきます」


 思い返せば属性法術も10レベル以降は一切スキルを修得しなかった。

 結局は途中で加護自体を失ったけどあのまま各属性法術のスキル、例えばアロー系を使いつづけていたなら速射に秀でるスキルを得ていたし、サークル系ならより広範囲を対象に出来たりするスキルを取得してたんだって。

 その事を思えば7属性を扱える《古式法術》の場合、スキルの総数が大変な事になりそう。確かにガニラさんの言う通り、“まだこんなもの”なのかも。


「アリッサも先々考えてスキル使いなさいよ。一度系統が決まっちゃうと変更は出来なくなるんだから」

「そっか……うん、分か「《古式法術》はエキスパートスキルは覚えないよ」った?」


 ?


「え、だってさっき……」

「アタシは“属性法術には”って言ったよ。《古式法術》は別さ。まぁビギナーズスキルだけはちゃんと全部覚えるからそこら辺は安心おし、ひょひょひょ」


 その言葉を境に、沈黙が落ちる。それを破ったのは誰あろう、一番“分かってない”私だった。


「えっ、と……それって大変だったりするの、かな?」


 そのビギナーズスキルでも今まではなんとかなったし、と思う反面、心のどこかで不安に思うのを止められない私がいた。

 後ろの3人も銘々にどう反応すべきか悩んでいるようだった。


「いや、別にビギナーズスキルだけで悪いって訳でも無いんだろうが……なぁ?」

「確かにコストや使い勝手の面から言えば初心者向けのビギナーズスキルに軍配が上がるでしょうが……」

「でも……そりゃコストは重いけど、威力は格段に上じゃないの。高レベル帯じゃ必須でしょ。それが使えないとか……どんな縛りプレイよ」


 その様子を目にして、私自身にもじわじわと事の重大さが分かってくる。


(それって……)


 この手に持つ初心者の杖を見る。ただの木の枝を設えただけに見える安っぽい杖。性能も有って無いような物。

 でももちろん利点だってある。

 耐久値を気にせず使えたり、アビリティとの組み合わせでポーションの効果を増幅したり……でも、ここから先ではこの杖の雀の涙程度の性能じゃ役者不足になるのは目に見えてる。どこかでもっと性能の高い装備を手に入れなきゃやっていけない。


(つまり)


 ビギナーズスキルしか使えないと言うのはこの装備をこれから延々と使い続けるようなものなのじゃないの?


「そんな……」

「いや、いやいやいや! 待ちなさいよ! アンタさっき面白い力があるって言ったじゃない! 全然噛み合ってなくない?!」

「そりゃそうさね。話はここで終わりじゃあないからね」


 そう言ってもう1冊。

 さっきの物よりも豪奢な装丁の本をゴトリと私の前に置いた。


「さぁて、《古式法術》についても少し教えたげようかね。ひょひょひょ」


 ニヤリと、顔を歪めるガニラさんはどうにも昔読んだ絵本の悪い魔女を思い出す。


「《古式法術》には一体何があるんです……?」

「ひょひょひょ。ごらん、ここに書いてある」


 目の前に置かれた古書を読む……えー。読めにゃい。大体は何とか読めるけど、要所要所が翻訳されていない。


「すみません。読めない所が……」

「はぁあ〜、全く。そんなんじゃ先が思いやられるねぇ。まぁいい、アタシが読むからそれに続きな」

「は、はい」


 続くって、ガニラさんの読んだ文章を復唱するって事だよね。それが何に……?

 疑問に思う間も与えてくれず、ガニラさんは朗々と音読を始めた。


「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、百に分かれては矢よりも細く、彼方へと降り注ぐは流星の如く、舞いては落ちる小さき一群”。“燃やせ、火の豪雨”」


 え、何このスペル。少なくとも今私の扱えるスキルの物じゃないけど……?


「何ぼさっとしてんだい。もう一度ゆっくりと唱えるよ、遅れずに続きな!」

「あ、は、はいっ!」


「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”」

「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”」

「“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”――」

「“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”――」


 ここまでは〈ファイアショット〉なんかと同じ、だよね。次からが問題なんだけど……えーと。


「――“其は、百に分かれては矢よりも細く、彼方へと降り注ぐは流星の如く、舞いては落ちる小さき一群”」

「――“其は、百に分かれては矢よりも細く、彼方へと降り注ぐは流星の如く、舞いては落ちる小さき一群”」

「“燃やせ、火の豪雨”」

「“燃やせ、火の豪雨”」



 ボウッ!!


「え?」


 手に持った杖の先に火が灯る。けど、それは〈ファイアショット〉や〈ファイアマグナム〉よりも更に大きく強く激しく燃え上がっていた――ほ、ほんとに出た?!


「え? ええ? えええ?!」


 火の灯った杖を持ったままあたふたと混乱する。


「どっ、どどどどうしようぅっ?!」

『キュ〜?』


 あっ、ひーちゃん危ないから近付いちゃダメ!


「落ち着きなさい。キャンセル、キャンセルすればいいから!」

「あ、ああそっか。キャ、キャンセル!」


 そう唱えると火はみるみると消えていった。ひーちゃんが残念そうだったのは仲間が出来たと思ったからかな? 違うんだよ、あれただの法術だからね。


「……ガニラさん。わたくしの記憶が確かならば今のスペルはエキスパートスキル〈ファイアレイン〉の物の筈、それを何故アリッサさんが使えたのですかな?」


 神妙な面持ちでセバスチャンさんがガニラさんに問う。


「ひょひょひょ。中々物知りじゃないか若造。その通り、今のは間違い無く《火属性法術》のエキスパートスキル、火の雨を降らす〈ファイアレイン〉さね」

「ちょっと、《古式法術》はエキスパートスキル使えないんじゃなかったワケ? ちゃんと説明しなさいよ」


 そうだ、確かにさっきガニラさん自身がそう言っていた。だからこそ私たちは意気消沈していたのに……。


「使えない? 誰がそんな事言った。アタシは“覚えない”って言っただけさね。ひょひょ」

「アンタねぇ……っ!」

「お、落ち着けバカ!」


 重箱の隅をつつくような物言いにセレナが突貫しかけるも天丼くんが羽交い締めにして事無きを得る。

 そうして騒然となる場にセバスチャンさんの声が響く。



「………………つまり《古式法術》とは、スキルがリストに登録されない代わりに、最初からエキスパートスキルを自在に使える、と言う加護なのですか?」



 そう問われ、ほの暗い灯りに照らされたガニラさんの口が三日月のように歪んだ。


「ひょ〜ひょひょひょ…………」


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