第47話「ファイアボール・ニューカマー」
MSOで遊び呆けた私たち。
お昼になったのでログアウトし、今はリビングに降りてきていた。
「な、なぁ母さん……花菜は一体どうしたんだ? もしかして体の具合が悪いのか?」
お父さんが指差す先には花菜がいる。リビングの床にだらりと力無く横たわっているものだからお父さんてば慌てふためいてしまっている。そんな様子に呆れ混じりにお母さんが応対する。
「そんな訳無いでしょ」
「だっ、だだだだだだって今朝まではあんなに元気だったじゃないか!」
「今朝は結花とお出掛けではしゃいでいたからよ。で、それが終わって燃え尽きているだけ。その内また騒ぎ出すわ」
やれやれと頭を振り食後のお茶に戻る。さすがお母さん、花菜の事よく分かってる。
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。花菜だから大丈夫大丈夫」
それでもお父さんは心配なのか頻りに花菜の方を見ている。
「はぁ……こんな事でいちいちあたふたしないで」
「だ、だけどなぁ……さっきからピクリとも動かないじゃないか」
「呼吸してるでしょう。大袈裟なんだから……」
確かに分かりにくいけど、俯せの花菜の背中は上下に動いている。お父さんは心配性だなあ、まあそれだけ花菜の事が大事に思ってるからだろうけど。
「う、う〜ん。でもなぁ……」
「……分かった分かった、元気にすればいいんでしょ。ほら」
お母さんは隣に座る私のスカートに手を伸ばしてひょいっと摘まむ。
「お母さん、スカート捲らないで「お姉ちゃんのスカートの中身を見せてくださいっっ!!!」……はあ……」
「はい、起きた」
そう言った瞬間に花菜はガバッと起き上がり私の方をぎらついた目で凝視している。とは言え起きた時には既にお母さんはスカートから手を放しているので中身を見られる事は無かった。
「じゃあお父さんの心配事も無くなったみたいだし、私そろそろ行くね」
「も、もう行くのか? そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「友達との待ち合わせだから遅れる訳にはいかないよ」
「うえ〜、お姉ちゃん行っちゃうの〜。ううう、寝てないでお姉ちゃんに甘えてればよかった……」
「遅くならないように気を付けなさいね」
「うん、行ってきます」
ぐずる2人とは対照的に、さっぱりと送り出してくれたお母さんに手を振りながら私は立ち上がり自室へと向かった。
◆◆◆◆◆
MSOへログインした私は、再び北区のポータル前へと降り立つ。
(みんなは……まだ、か)
フレンドリストでまだセレナ、天丼くん、セバスチャンさんがログインしていないのを確認する。
待ち合わせの時間までそう間は無い筈だけど、待たせては悪いとついつい5分10分早く来てしまう私は、お父さんとは別ベクトルで心配性なのかもと思ったりしながら近くのベンチでぼ〜っとしておく。
昨日の今日で色々とあったし、視線を感じもするんだけど……午前中にクラリスが威嚇しまくったお陰か近付こうとする人はいない。ありがたいような、切ないような……。
そうしてしばらく待っているとポータルに間断無く転移してくる人の中に見知った背中が目に止まる。一瞬気後れするけど、意を決して前に進む。
「セバスチャンさん、こんにちは」
「おお、アリッサさん。ご機嫌麗しゅう」
執事服の老紳士はいつもと変わらない笑顔で礼を取る。対して私はさてどうしようと若干考え込む。
何せ目の前にいるのは単なる年長者ではなく、妹のお友達のお祖父さんでもある。さてはてどうしよう。いや、一応考えてる事はあるんだけど、それはそれでどうなんだろ――。
「――サさん。アリッサさん?」
「はっ?!」
考え込んでいたのでセバスチャンさんが話し掛けていたのに気付かなかったみたい。
「すっ、すすすすみませんっ。その、ぼ〜っとしちゃってて……」
「いえ、気にしてはおりませんのでどうか落ち着いてください」
ぺこぺこと高速で頭を上下運動させているとセバスチャンさんに止められ、さっきまで座っていたベンチに2人で戻るよう促される。
一緒に隣り合って座るとセバスチャンさんが喋り始めた。
「ふむ。やはり少々緊張されているご様子ですな」
「……それは、いや……あの、はい。すみません」
穏やかな声だった、私の緊張もわずかだけどナリをひそめるくらいに。だから素直に話せたのかもしれない。
「正直ミリィのお祖父さんだと知ってびっくりしました。こう言ってはなんですけど、見ず知らずのお爺さんと、面識もある妹のお友達のお祖父さんではやっぱり違いますから……頭の中でわやわやと思ったりもして……」
「無理もありませんな」
「でも、昨日お孫さんに言われました」
途端、セバスチャンさんが虚を突かれたように目を見開いた。
「『ただのゲーム仲間として仲良くしてあげて』だそうです」
「ふっ」
音も無く笑みを零すセバスチャンさん。それはとても穏やかで、少し気恥ずかしそうに見えた。
「それで、ちょっと思い出したんです。関係って1人じゃ成り立たないんですよね」
たかだか10日程前だけど、ある人に教えられた。
自分がその立場にふさわしくないと思っても、相手がそう思っているとは限らない。そして、自分がそう思うからこそ、相手が本当に望む事から外れてしまってはいないかと。
「だから、まずは聞いてみようと思います」
ちゃんとセバスチャンさんと相対して、まっすぐセバスチャンさんの目を見て。
「…………セバスチャンさんは私がかしこまらないでいる方が嬉しいですか?」
小首を傾げてそう聞くとセバスチャンさんは、
「……ええ、とても」
言葉の通りに顔を綻ばせて答えた。
「ならそうします」
間髪を入れずに答える。けど、話はそこで終わらない。
「……だから、最後にお礼だけは言わせておいてもらえますか?」
「お礼……? それは、何に対してですかな?」
「今がある事に、ですよ」
今から4〜5年程昔の話。
私が中等部に進学し、今まで私にべったりだった花菜は強制的に引き離され、聞いた所では脱け殻のようにつまらなそうにしていたのだとか。
それを見かねて遊びに誘ってくれたのがフィンリーこと彩夏ちゃんと、セバスチャンさんのお孫さんのミリィことみなもちゃんだった。
そしてそこで遊びの道具として提供されたのがゲームであり、それらを提供したのが目の前にいるセバスチャンさんであった。
「妹がゲームを好きになったのは貴方が色々なゲームで遊んでくれたから、と聞いてます。それが無かったら今こうしてこの場に私がいるような事も無かったと思うんです。ですから、かしこまらずに接するなら最後にお礼だけは言っておきたかったんです」
「貴方のお陰で私は今、とても楽しくて幸せです。それに……妹を笑顔にしてくれた事も、本当にありがとうございます」
言いたい事を言った私は小さく息を吐き、体から力を抜いた。堅苦しいのはここまで、と言う事でぱんっ、殊更大きく手を叩いた。さすがに少し恥ずかしかったのも無いでは無い。
そうして頬に熱を持たせてしまったので冷まそうと照れ笑いをしているとセバスチャンさんがぽつりと囁いた。
「………………貴女は本当に、心根の澄んだ方だ」
細めた目はどこか遠くを見て、口元は気持ち緩んで見えた。
「では改めまして、これからも宜しくお願い致します。アリッサさん」
「もちろんです、よろしくお願いしますねセバスチャンさん。手間ばかり増やしてしまうかもしれませんけど……お知恵をお貸しくださると助かります」
「ご心配無く。実はわたくしも妹君に『お姉ちゃんの力になったげて』と頼まれておりまして。無論孫からも『くれぐれも』と」
あの子たち、セバスチャンさんにもそんな事を頼んでたんだ……。
「……そうですか」
「ええ、元気よく」
「……身内に恵まれてますね、私たち」
「いや全く」
私たちが互いに笑みを浮かべているとポータルの方からセレナの声が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇
「なによ、
それじゃあ午前中はずう〜っと遊び回ってたワケ?」
ここは王都グランディオンの北区ポータル前。私はそのセレナのじと〜っとした目に射竦められている。
「えっと、まあ……」
ちょっと照れ臭くて曖昧に返す。そりゃもう遊び呆けました。ログアウト前にはそれこそテンションが妙な方向に盛り上がって……ああ、お腹が痛かったなー。
報酬として貰ったのはお金や食べ物、小物や何かの素材など。ただ、アイテムポーチの容量がキツくて合流前にNPCshopまで行って売れる物は売ってきた。
「羨ましそ「喧しい!!」」
何か言おうとした天丼くんにセレナがラリアットを炸裂させていた。呻く天丼くんを見慣れていく自分が怖い。
「ふん。ま、どうでもいいけど。こっちはこっちで楽しんでやればいいんだし」
何だかクラリスを変にライバル視してる気が……ひと悶着が尾を引きずっているなあ。
「それで本日はどのように行動されるおつもりで?」
「今回はアリッサの加護探しの手伝い。道案内とか、アドバイスとか。そう言うのは得意でしょ?」
「ふむ、確かに。必要とあらばどうぞご活用ください」
「ありがとうございます、すごく助かります」
各区は行き来出来るようになったし色々と回りはしたけど、王都は凄まじく広く細かい所までは把握し切れていないから道案内してくれるのはほんとありがたい。
「下調べはしてきた? 私らアドバイスはするけど、結局どんな加護にするか決めるのはアリッサだからさ」
「一応は調べたよ。色々細かくて大変だったけど」
法術関連の初期取得加護だけでもそれなりの量があったし、それ以外にも法術系の加護がこの王都ではたくさんと取得出来るので目移りしたけど、1つ1つ精査しないと加護枠がすぐにいっぱいになっちゃいそうだった。
その上《古式法術》みたいに別の加護の取得条件になっている場合もあるのだろうけど……そこまで考えると明らかに時間が足りなそうなので、喫緊で必要になると思われる加護を重点的にチェックしてある。
「まずは『精霊院』って所に行こうと思うの。ちょっと興味のある加護があって」
「ああ、あのでかい建物か。確か中央区だったか?」
「はい、中央区の北側ですな。とは言えここからでは1キロ近い距離がありますが」
「そうなんだよね、うう……せっかくポータル使えるようになったのに……」
中央区はお城を中心に広がる重要な施設が立っている区、らしい。一応中央区に行きはしたけど、ポータルはセバスチャンさんの話だと何らかのクエストをクリアしないと登録出来ないので結局は自力で移動する必要がある。
「言ってもしょうがないでしょ。丁度バスも来たし乗っちゃうよ」
「あ、もう?」
セレナが指差す先からは二頭立ての大きな馬車がやって来る。パッカパッカと蹄鉄が、ガラララと車輪が音を立てていて近付いてくる。
あれはポータルと中央区間を行き来してる定期乗り合い馬車、他にも各区のポータル間の便もあって昨日も何度か見掛けた(乗らなかったのは乗るような距離だとクラリスが私を抱いて移動したから)。あんまり王都が広いからPCもNPCも結構使ってるみたい。
馬としてはゆっくりペースだけど、比べて見れば歩くよりよっぽど速い。まあ屋根の上をピョンピョン跳べる人ばかりでもないし、移動手段くらいあるよね。
「あれって料金はいくら?」
「タダ」
「乗ろう」
即断。是非とも乗りましょう。
と、力強く言うとセレナが何故か涙を滲ませる。
「うう。アリッサ、金欠がそこまで。今度美味しい物奢ったげるね」
「そっ、そんなにカツカツじゃないってば! 色々やったからちょっとは余裕あるもん!」
「いいのよ無理しなくて」
「だーかーらー!」
「置いてくぞー」
◇◇◇◇◇
「わっ……あはっ」
走り出した馬車から移り行く街並みを見る私は、電車内から外を眺める幼い子供か都会に初めて出てきたお上りさんに見えるかもしれない。
でも普段馬車に乗る機会なんて無いからこうした体験は新鮮で、昨日今日と訪れた街でも見える景色は違ってくるような気がするのだ。
「あ。カメラカメラ」
「アリッサー、乗り出して落っこちないでよねー」
「こ、子供じゃないんだから……もう」
せっかくだからと観光気分でカメラウィンドウを立ち上げたらセレナに注意されてしまった。でも私間抜けだから忠告に従って気を付けよう。
何度かシャッターを切っていると、端の方に一際大きな建物が見えてきた。見覚えのある外観にカメラウィンドウを閉じてその建物を凝視する。
「あれが……?」
「ああ、俺はクエストくらいでしか来ないけどな。御者さん、降りるから止めてくれー」
「あいよー」
ぴしりと鞭を打つ音が響いた、馬の嘶きと共に馬車が止まる。私たちが降りると再び馬車は走り出す。
遠ざかる馬車に私は小さく手を振った、素敵な思い出をありがとー。
「ここ来るのもひっさしぶりねー」
「施設でここは一体どんな場所なの?」
精霊院を見上げていたセレナに尋ねるとズコッとバランスを崩した。
「アンタ下調べはしたんじゃなかったワケ?!」
「かっ、加護の情報調べたら『精霊院の何階で〜』みたいな記述が多かったからってだけで……加護選ぶのに時間取られちゃって他の事調べてる余裕が無くって、あ、あははー」
牙でも剥きそうな剣幕のセレナに言い訳……もとい、事情を説明する。
「うっさい! 向かう場所の事前知識くらい簡単にでも頭に入れときなさいよね! うりうり」
「あうう〜、だって他にもいっぱいあったんだも〜ん」
両頬を摘ままれて上上下下まる描いてちょんといじくり回されてしまう。微妙に疼く頬を擦っていると天丼くんがフォローしてくれる。
「俺らも大した事は知らねぇだろ。ここで精霊器を作ってるだの、『精霊術』の開発をしてるだのってくらいだ」
「概ねそれで間違いはありませんな。ここ精霊学術研究院、通称精霊院ではその名の通り、精霊に関する研究が行われております」
「なるほど」
頬を擦りつつ頷く。
調べた中には《精霊術》なる加護もあった。精霊術は精霊と言う存在から力を借りて行使する術で法術とは別物なのだそうだ。
……でも、やっぱり名前を聞いた時からそうかなとは思ってたけど、やっぱり精霊器に関わってる施設だったんだ。
「とにかく入るわよ。取得に手間が掛かる加護もあるんだし」
「うん、分かった」
開け放たれた扉から屋内に入る私たち。そこには現実の会社のロビーフロアのように受け付けがあり受け付け嬢さんが笑顔で待機し、来訪者用のソファーやテーブルも常設されていた。
他の建物よりも内装が現実のそれが近く思えて、ファンタジーとリアルが混在したような不思議な感じがする。
「ここは……?」
「見ての通り、こっちよ」
私が屋内の様子に戸惑っているとセレナが先を促す。目指すは受け付け。セレナが受け付け前に立つと受け付け嬢さんが応対を始める。
「いらっしゃいませ、ようこそ精霊学術研究院へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「観覧希望、4人よ」
「承りました、少々お待ちください」
受け付け嬢さんはセレナとの短いやり取りの後に、文字の書かれたクリップ付きのカードを取り出した。書いてある文字は今の《言語翻訳》のレベルでも問題無く『VISITOR』と読めた。
(何だか本当にどこかの会社みたい)
まあその場合こんなに簡単にOKを貰えるかは分からないけど。
「院内では必ずこのカードをお付け下さい。また、武器とアイテムポーチはこちらでお預かりさせていただきます。宜しいでしょうか?」
「ええ」
そう言われみんなが武器とアイテムポーチを外し出す(セレナとセバスチャンさんは武器を街中では実体化しないのでポーチのみ)。それに倣って私も慌ててポーチを外して杖を預ける。
「アリッサ、用事があるのはなんて場所?」
「えっと『精霊招来場』……だったと思う」
「精霊招来場ですと、4階及び屋上です。屋上へは昇降機からは行けませんのでご注意ください」
受付嬢さんは奥を指し示す。
私たちはそれぞれカードを付けてそちらへと向かった。
「私たちがあんま来ない理由分かったでしょ、ここって入るのが面倒なのよ」
「ほんとだね、武器はともかくアイテムポーチまでなんて。でも学術研究院なんて言われると何となく納得しちゃうかも」
「えー? 私たち世界の為に戦う星守じゃない、だってのに信用されてないみたいでムカつくのよね」
そう言ってセレナは扉の横にあるボタンを押した。もう完全にエレベーターだね。
「なぁ、ここから先で加護を探すんだろ? アイテム無しでも平気なのか」
「わたくしの記憶にある限り精霊院で取得可能な加護で何かしら道具が必要でも内部で調達出来る筈ですので問題は無いかと」
「え、全部覚えてるんですか?!」
「いえ、あくまで知る限りですので絶対ではありませんが」
ここでの私の目的の1つは《精霊召喚》と言う加護を取得する事。
説明文では精霊と契約し、一定のMPを常時消費(使用中は消費した分が回復しない状態)して様々な精霊を呼び出して使役するのだそう。
契約した精霊、通称『ファミリア』は攻撃・防御・回復などPCをサポートしてくれるのだとか(ちなみに《精霊術》は契約した精霊の用いるスキルを自らも使えるようにする加護らしい)。
私の最大の弱点はスキルの瞬発力の無さ。今はセレナや天丼くん、セバスチャンさんが手伝ってくれてるけど、いつまでもそれじゃいけないので自衛くらいは出来るようになりたいのです。 そう説明するとセレナが不機嫌そうになる。
「ふ〜ん。また水臭い事考える」
「言われる気がしてた」
セレナは本当に優しくて、頼ったっていいって言ってくれる。ありがたくて嬉しい、でも。
「でも私が自分で身を守れれば、セレナだって前線で思う存分戦えるでしょ? だから、いっぱいがんばるよ。私がしてもらったみたいに、背中を押す力になりたいから」
セレナは驚いたように目を見開く。
「それにね……やっぱり、同じ場所に立ちたいの。いつか、互いに支え合えるようになりたい。一緒にいてそう思うよ。そうすればきっと、この世界のもっと遠い所まで私たちは行けると思うから……だから、水臭いなんて言わないで」
「…………ばっ」
バン、バン。
セレナは顔を逸らして私の背中を叩いてる。そう強くもないのだけど……いつまで続くの?
「聞いた? 聞いた今の? この可愛いの、私の友達よ? 羨ましくない? あげないかんね」
「とりあえずその気持ち悪いにやけ笑いと手を止めろ」
「ううむ確かに羨ましい、わたくしも言われてみたいものです」
「あ、あの、一応天丼くんやセバスチャンさんも含めたつもりなんですけど……」
「くっは〜っ」
「き、聞こえてない……」
チーン。
私たちが騒いでいるとエレベーターが到着して扉が開き、中から数人のPCが降りてきてこちらを奇妙なものを見るような目で見ていった。うん、分かる分かる。
「ぷっ、くくく」
「……行くか」
「……うん」
「では失礼」
天丼くんとセバスチャンさんで身をよじるセレナの腕を掴んでエレベーター内へ移動した。
セレナさーん。
◇◇◇◇◇
円形のエレベーター内には壁が無い、床が円盤になっているみたいだった。ドアの横に腰くらいの高さの台(数字が並んでいる所を見るにコンソールパネルかな)があり、その前にはエレベーターガールらしいお姉さんが微笑みを浮かべて立っていた。階数を言えばいいのかな……?
「えっと、4階でお願いします」
「かしこまりました」
お姉さんはコンソールの『4』と開閉のボタンを押すと、その横にある手の平大のパネルに手を押し当てた。その手がぼんやり光ったと思ったらドアが閉まりエレベーターが上昇を始める。
かすかに甲高い笛のような音は円盤と円筒の隙間からかな。1つ2つ3つとドアが過ぎ、4つ目のドアでエレベーターが停止する。
プシュ。小さく音を立ててドアが左右に開い、た……?!
「な、何これ」
ドアの向こうにはピンポン玉大の光の玉がそこここをふよふよと漂っていた。
驚く私を、今度はセレナと天丼くんがエレベーターの外へと連れていく。
「これが精霊ってヤツらしいぞ。調べてたんじゃないのか?」
「画像は殆ど見てなかったから……わっ」
いくつかの光の玉……精霊たちが私たちへと向かってきた。緑の精霊は素早く、橙の精霊はゆっくりと、触れれば赤い精霊はポカポカと、青い精霊はひんやりとしていた。
「やぁやぁ、ここへ来るのは初めてかな? 精霊について分からない事があったら何でも答えるよ。うっひっひ」
「えっ?」
精霊に気を取られていると、不意に横合いから声をかけられた。そこにはボサボサ頭に瓶底のようなメガネに白衣と言う分かりやすくコッテコテな研究員さんの姿があった。
彼は耳まで裂けそうな笑みを浮かべてこちらの反応を待っていた。……ちょっと怖い。
「こ、この人誰?」
「NPCよNPC。初めてここに来たPCにはもれなく精霊の説明すんの。私たちも前にちょろっと聞いたし」
「う〜ん、説明かあ。せっかくだから聞いてみたいけど……長いのかな?」
「きちんと聞こうとするならそれなりになりますな。如何なさいますか? 精霊に関する加護なら取得のヒントが拾えるやもしれませんよ」
「ですよね。取得もどれくらい掛かるか分からないから、時間取らせちゃうかもだけど……」
《精霊召喚》の取得条件は『精霊の好感度を上げる事』とあった。いくつか方法が記載されてたけど、正直それがどれくらい時間が掛かるかが不鮮明だった。
《言語翻訳》のようにすぐなのか、〈言語解読〉のように手間が掛かるのか……。
「ま、俺らは暇だから付き合ってんだ。言うなら今が暇潰しさ、気にすんな。だろ?」
「そゆコト。それに前はちょろっと聞いただけだったし、しっかり聞いとくのもいいっしょ」
「確かに、精霊についての理解を深めるには良い機会ですな、わたくしもお供させていただきましょう」
みんなに「ありがとう」と言ってから、改めて怖い笑顔の研究員さんに話し掛けた。
「あの、よろしければ精霊についての説明を「ほんとうかいっ!? 嬉しいなぁっ!」っ?!」
今まで棒立ちだった研究員さんはすぐさま反応を返す。過剰な、と追加してもいいかもしれない。
研究員さんは私の両肩を掴むとパンパンと機嫌良さげに叩いている。痛くは無いけど戸惑う。
「あー、私らの時もあんな感じだったっけ。うざかったー」
「殴ろうとするお前を止めるのに苦労したな。自重しろ」
どうもこれは通過儀礼の類いであるようで……2人は生暖かくこちらを見守っているばかり。
やがて研究員さんは落ち着きを若干ながら取り戻し、私たちを奥へと誘った。
「やぁやぁ、やはり君たちも精霊の事が知りたいんだね。うんうん、精霊はとても興味深い存在だからね、当然だね。いやぁそう思ってくれる人とこうして話せると嬉しくて少しはしゃいでしまいそうだね、自重しないとね。うっひっひ」
「は、はぁ」
このフロアは柱と外壁以外には壁などが見当たらず、隅の方に何か光る物体があるくらい。そんな中を人と精霊が忙しなく行き交っている。
中央付近には大きな螺旋階段が天井に向かって伸びている、ここを上がれば屋上に行けるみたい。その傍には申し訳程度に机や椅子が置かれているけど、明らかに来客用では無かった。
「さ、さ。座っておくれ、少々汚れているかもしれないが……何、人間これくらいで参ったりはしないさ、げっほげほ」
机の埃を叩いたら想定以上に舞ってしまって咳き込む研究員さん。私たちは仕方無く椅子に座る、キィ、と少し耳障りな音が聞こえた以外には何も起こらない、良かった。
「さてどれくらい説明したものかな?」
そう言うと、それまでの勢いがぷっつりと途切れ、こちらの反応を窺っている。
「ここが選択肢みたいなモンらしいわ、私らは『手短に』って言ったらホントに3、4分くらいだったし」
なら、『詳しく教えて』と言えばそれだけ詳細に教えてもらえる、と……時間も必要なんだろうけど……無駄にならない事を祈ろう。
「えと、詳しく教え「任せたまえ!!」は、はい……早まったかな」
目を輝かせる研究員さんは、コホンと咳払いすると端に寄せられていた教室にある電子黒板サイズの板を引っ張り出してきた。
もしやあれが本家の黒板なのかな。
「では、精霊学術研究院主席研究官アルフライド・カルミッツの特別授業を始めよう。ボクの事は気軽にアル先生と読んでくれたまえ。うっひっひ」
「よ、よろしくお願いします」
「聞いた? あんなのが主席うんたらって、ここ大丈夫なワケ?」
「大丈夫じゃなくなったらクエストになるだろ。クリア報酬で高価な精霊器とか貰えたりしてな」
「お2人共、説明が始まるようですのでお静かに」
「はいはい」「へーい」
後ろに控える二人が何やら不穏な会話を……いやいや、今は授業に集中集中。
「さて、では始めようか」
そう言うとアル先生は空中を漂う赤い精霊をそっと摘まむと私たちの目の前に持ってきた。
「精霊。彼らは普段は我々の目では見る事も触れる事も出来ない。だが空気中に存在するマナが通常よりも潤沢な場合、もしくは自らの属性に準ずる現象が起きた場合には好んで寄ってきてそこからマナを吸収し時折こうして目に見えるようになる。例えば火山や瀑布の傍なりだ。外を自由に旅出来る君たち星守ならば自然の中で見る機会もあるかもしれないね」
マナ、と言われてMPを思い浮かべた。今まで説明書の簡単な説明文くらいでしか知らなかったっけ。
「はい、先生」
ちょっと気になったので手を上げる。
「うん、何かな?」
「マナとはそもそも何なんでしょう」
「やぁ、いい質問だね。君たちは『創星神話』については知っているかな?」
セレナと天丼くんは首を横に振った。残るセバスチャンさんはこんな事を言ってくる。
「アリッサさんは《言語翻訳》を取得された後にはどのようにして経験値を得られたのですかな?」
「それは本を読んで……え、あ」
心当たりがあった。そう言えばセバスチャンさんと初めて会った日にも……。
「えと『はじまりのものがたり』ってタイトルの絵本なら読んだ事がありますけど……?」
「そうそうそれ。まぁあれは子供向けにかなり簡略化されているけどね」
アル先生は机の引き出しから何やら取り出して息を吹き込んで膨らませた。紙風船?
紙風船の表面には模様が描かれていて……このゲームの舞台である惑星かな?
「創星神話によれば、ボクらの住まうこの惑星は丸々神様の体であるそうだ。絵本を読んだならキミはその話を知ってるかな?」
「はい。確か……良い神様が他の神様を守る為に乱暴な悪い神様を覆ってこの惑星になった、と。それから風や水、火や土をお星様たち・お日様・お月様が生み出して、それを生み出したそれぞれの欠片と、良い神様の寝息が合わさって小さな命……人とか、動物とかが生まれた……と言うお話だったと思います」
紙風船を指差しながら、絵本の内容を思い出して話す。間違っていなかったかと不安だったけど、パチパチパチとアル先生が拍手をしてくれた。
「そう、その惑星の寝息と呼ばれる物こそがマナ、生きとし生けるもの全てに無くてはならない重要な要素であり、今もボクらの足下にいる神が発し続けている命の源の力なんだ。命の源であるマナが豊富なら大地は肥沃に、植物は瑞々しく、動物は逞しく、精霊は活力を得る。そして人もまた自然に満ちるマナをその身に蓄え日々を生きている」
「それが……MP?」
「そうだよ、MPとはその人が体内にどれだけ自然界のマナを取り込めるかの目安なんだ。尤も生きるのに必要な分は差っ引かれている筈だからMPが空になっても死にはしないから安心してほしい」
「それは……知ってます」
空になって死にかけた事はあるけど、あれは外的な要因だったし。
「うんうん、君は物知りだね。ではこれはどうかな? 星々の与えるスキルも、そんなマナを送る事で星々が活性化し奇跡のような御業を顕現させているんだよ。ざっくばらんに言えば『ごはん奢るから手を貸して』って感じだね」
私たちはその説明に「「「はーっ」」」と感嘆した。
ゲーム的なパラメータとばかり考えていたけど、そんな設定があったなんて……ちょっとびっくり。
アル先生はぷしゅーっ、と紙風船から空気を抜いて引き出しに戻す。
「話を戻そうか。えぇと、では精霊とマナについて。精霊はマナを取り込むと何故可視化するのか? 精霊は空気中のマナを栄養源としていてね、それが許容量を超過すると取り込んだマナを発散する。その際に各々が持つ属性に応じた効果が発生してこうして像としての精霊を浮かび上がらせる訳だ。この火属性の精霊が熱を発生させてかすかに空気を歪めているようにね」
属性、赤い精霊は火属性なら青が水、緑が風、橙が土、かな。光と闇の精霊はいないみたい。
アル先生は「見たまえ」とフロアの四方を指し示す。
「このフロアには火・水・風・土のマナを発生させる『輝生石』と言う特殊鉱石が4つ設置されていてね。精霊たちはそれを求めてやって来て、取り込んだマナによって常時可視化しているのさ」
すると精霊をこちらに差し出してくる。
「ちなみにこの状態の精霊には擬似的に触れる事が可能だ。さっきも言った余分なマナの現象としての排出、それが精霊の周りに力場を発生させるから感触もある。折角だから触れてみるといい。さ」
私はおそるおそる、その小さな小さな光の玉を手に取った。
重さは感じない、
けど確かに指先には感触が伝わる。その感触を表現するなら……タンポポの綿毛を触っているような感覚、かな。本当に指先に少し力を入れれば形が崩れそうで、すごく危うく感じた。
セレナや天丼くんも興味ありげで、近くの精霊を触ってみたりしていて、セバスチャンさんは小さな動物を愛でるように精霊を撫でている。
アル先生は机をガチャガチャと漁り腕輪を見つけ出す。それを左腕にはめると、その指先がぼんやりと光りだした。それを精霊に近付けるとポウッとライターくらいの火が灯る。
「また発散するマナが一定量以上ならばより強く自らの属性に則った現象が起こる。今のは意図的に過剰なマナを与えて発火現象を促してみた」
腕輪はマナを集束させる為のアイテムであるとの事。それにはめ込まれている石は精霊器のソレに似ている気がした。
「精霊器はその性質を利用していてね。特殊な陣を敷いた内部に精霊に住んでもらって、この石からマナを送って特定の現象を起こしているんだよ」
アル先生は指くらいの太さの白い棒(昔の映像で見たチョークって言う道具っぽい)を取り出し黒板に図や文字を書き始めた。精霊器の大まかな説明らしい。
「ただ、あんまり使わないと精霊がお腹を空かせて出ていっちゃって使えなくなったりするんだけど……まぁ、精霊器は単なる道具じゃないから仕方無いね」
「ぐ」
「……あー」
「ご、ごめんね」
セレナが唸り、天丼くんが頬を掻く。2人ともどこかで精霊器をそう見ていたのかも……私にもそうと言える所はあるから手の中の精霊に、何となく謝ってしまった。
「はあ……すごいんですね、この子たち。こんなに小さいのに」
「そうだよ。そしてそんな小さな彼ら精霊が特定のポイントで過剰に発生している分のマナを取り込み、別の場所で排出してくれるお陰で自然のバランスが保たれている。精霊はこの世界においても、ボクら人にとっても、とても重要な存在なんだ。だから君たちも彼らと仲良くしてくれると嬉しいな」
アル先生はそれで説明を終え、「何か質問はあるかな?」と待ちの体勢になった。
聞けるなら聞いてみようか。
「あの、私精霊と仲良くなりたいんですけど「早速かい?! ありがとう! 素晴らしいね君は!!」は、はあ。それで精霊と同じ属性の法術を使えばいいとは聞いたんですけど、具体的にはどうすればいいでしょうか」
それが記載されていた方法だった。実はもう1つ、書かれてはいたんだけど……。
「ふむ。さっき言ったように属性に沿った現象が起こると同属性の精霊が寄ってくる。彼らはそれを喜ぶから間違いでは無いね」
「ただ」と言葉が途切れた。
「コレを使えばもっと早く仲良くなれるよ」
「!」
アル先生が取り出したのは中で光が瞬く無色透明の結晶。昨日クラリスが使った物よりも大きいマナクリスタルだった。
実は記載されていたもう1つの方法のキーアイテムであり、入手方法に関しては購入がベター、施設内でもいくつか入手可能とだけあったけどこのタイミングで出てくるんだ。
「ボクとしても精霊と仲良くなろうと言う君たちを応援したいからね、コレはプレゼントするよ」
「あっ、ありがとうございます」
私たちそれぞれにマナクリスタルを渡すとアル先生は「おっともうこんな時間か」と慌ててこの場を去っていった。コレを渡すとイベントはおしまいになるのかな。
「アイツ、前はこんなモンくれやしなかったじゃないのよ」
「最後まで話を聞いたご褒美と言った所ですな」
「ま、時間分は儲けたからいいじゃねぇか。これ1つで5000Gくらいになるし」
「ごっ、5000?!」
驚愕の事実。手が震える。
この、ある意味簡単に入手出来た小さな結晶がボスドロップ以上に高価だなんて……ゴクリ。
「アリッサ……やっぱりサイフが……」
「ちょっ、違っ!? ま、魔が差しただけ、ってぇ! いいから、マナクリスタルは間に合ってるから差し出さないでぇ〜っ!!」
悲しい声がフロアに響いたのでした……。
◇◇◇◇◇
「えっと」
使用方法を思い出しながら右手にはマナクリスタルが、もう左手には先程受け取った火の精霊がいた。なんと言うか、これだけいる精霊の中で私の許に来たので何となく愛着が湧いたのでこの子と仲良くなる事にした。
まずはスペルを唱えスキルを発動する。剣やらの武器と違って素手でも発動出来るのが法術の強みかもね。
「――“火の一射”」
ターゲティングはマナクリスタルに向けてある。スキルの発動は問題無く成功……したかと思いきや、火の球はしゅるしゅるとほどけてマナクリスタルへと吸い込まれてしまった。
無色透明だったマナクリスタルは燃えるような赤色に代わった、タップして説明文を読む。
『・ファイアマナクリスタル
マナが結晶化したマナクリスタルが火属性に変化した物。
触ると仄かに温かい気がする』
――と出た。
マナクリスタルはそのままでも精霊にあげられるけど属性を合わせた方が効果が高い(受け売り)そうなので変化したファイアマナクリスタルを精霊へと近付ける。
『――――――!』
それに触れた精霊は弾かれたように元気にクリスタルの周りをくるくると回り始めた。
やがて次第に結晶内の光が薄らぎ、完全に消えると同時にクリスタルはカシャンと軽く音を立てて消滅してしまった。
……さよなら5000G。
『――――♪』
食べ終わった精霊は元気に私の周りを飛び回っている。やがて――。
ポーン。
『【加護契約】
《精霊召喚》の加護を与える星との結び付きが強まりました。
契約を交わし、星の加護を得ますか?
[Yes][No]』
《古式法術》以来となる加護契約。複雑な思いもあるけど、[Yes]をタップ。
ポーン。
『【加護契約】
星と契約を交わしました。
加護《精霊召喚》がギフトリストに登録されました』
「ふう。取得完了〜」
「お疲れー」
「これで一歩目か」
「しかし前進には違いありませんな」
パン、パン、パン。ハイタッチを交わす。
「ここまで順調に来れたのみんなのお陰だよ、ありがとう」
「この程度でいちいち大げさだっつの」
「アリッサさんですからな」
「せっかくだ、一度使って見せてくれよ」
「あ、そうだね」
システムメニューから《精霊召喚》を調べてみるとスキル欄には〈コントラクトファミリア〉〈サモンファミリア〉〈リターンファミリア〉と、最初から3つもスキルあった。得した気分。
☆《精霊召喚》
『・〈コントラクトファミリア〉』
『精霊契約用スキル。
精霊と契約を交わす事が出来る。
ただし、精霊があなたに好意を持っていなければならない』
『・〈サモンファミリア〉』
『契約精霊喚起用スキル。
契約を交わした精霊を呼び出し、助力を乞う事が出来る』
『・〈リターンファミリア〉』
『契約精霊送還用スキル。
呼び出した精霊を送り返す事が出来る』
ふむふむ。名称の通り、それぞれ契約・召喚・送還専用のスキルなのね。《精霊召喚》には他に『契約精霊』と言う欄もある。
☆《精霊召喚》
『・契約精霊』
『―』
今はまだ契約してる精霊がいないから当然空。そこから視線をずらして手の平の上ではしゃぐ火の精霊を見る。
(よし、じゃあこの子が契約精霊第1号ね)
システムメニューを閉じて呼吸を整える。
「〈コントラクトファミリア〉」
ターゲットサイトで捉えながらスキル名を唱えるとポウッ、と火の精霊の輪郭が淡く光る。
その状態での動きがこちらの様子を窺っているように思えたので声を掛ける。
「えっと、私と一緒に来ると色々大変な目に遭わせちゃうかもしれないんだけど……力を貸してほしいの、お願い出来るかな?」
ポーン。
『【契約成立】
精霊との契約が成立しました。
新たに[リトルファイアスピリット]が仲間に加わりました
▼』
『▲
契約した精霊には名前がありません。名前を付けてあげましょう。
┏━━━━━━━━┓
┃ ┃
┃ ┃
┗━━━━━━━━┛
[決定][取消][終了]』
「どったの?」
「精霊に名前を付けてあげて、だって」
「ふーん、どんな名前にすんの?」
「ん〜……」
名前、名前……この子の名前かー、どんなのがいいかな。
淡く光る火の精霊をしばらく見つめているとなんとなく、こう…………あ、閃いた!
そのまま勢いに任せてささっと名前を入力して[決定]。
「何々、どんな名前にしたのよ。けちけちしないで教えなさいよ」
「えっとね……」
するとウィンドウが消え、淡く光っていた精霊がフワフワと上昇を始め、次の瞬間一際強く輝いた。
「ひゃっ?!」
「何っ!?」
「ん?」
「ふむ」
細めた目を開けるとそこにはテニスボール大のデフォルメされた火の玉がふよふよと浮かんでいた。
「え、え、え?」
『キュイキュイ!』
火の玉は楽しそうに私の周りを飛び回っている。
「あ、こう言う精霊見た事ある」
「だな。ここのピンポン玉みたいな精霊を外では見かけなかったが……契約するとこの姿に変わるんだな」
確かに街中を歩いていた時に火の玉や水玉を見た経験なら私にもある。
「ご明察ですな。この姿は契約により星守から潤沢なマナを供給された為、それに適した形態へと成長した、と言う事だそうです」
おお、さすがセバスチャンさんは博学ね。そう言う事ならこれで無事に契約出来たって事なんだ。
「そっか。これからよろしくね、ひーちゃん」
『キュイキュイ!』
「「「ひーちゃん?」」ですか?」
私の言葉にみんなが同時に反応した。
「火の精霊だからひーちゃん」
『キュイ!』
分かりやすい。覚えやすい。かわいい。完璧。
ちなみに正確には『ひー』と入力した、なので『ひーちゃん』ちゃんじゃなく『ひー』ちゃん。
と、みんながひそひそと相談を始める?
「どっ、どどどどう言う反応返したらいいのよこの場合?!」
「犬をワンちゃん、猫をニャンちゃんと呼ぶような感覚やもしれません、普通にしていれば宜しいのでは?」
「ひ、人様のネーミングセンスをとやかく言うもんじゃねぇよな、ここは1つかわいいで通せ。女子なら大体それで何とかなる筈だっ」
「女子なめんな!」
……かわいいのに。
その後に残り二つのスキルも試した結果、〈リターンファミリア〉でひーちゃんが元の小っちゃな姿に戻り私の側を離れ、〈サモンファミリア〉で大きくなってこちらに戻ってきた。
説明文だと“呼び出す”と“送り返す”だったし、どうもこの部屋に元々いたものだから、ここではあまり意味が無いみたい。今度外で試そう。
ポーン。
『称号獲得
《サモナー》』
一応精霊を呼び出したので称号アビリティが取得出来た。効果は呼び出した精霊のパラメータ上昇。
うーん、今の私のアビリティは《星の先駆者:古式法術》と《初心者星守》にしてるから無理かなあ。残念。
「ここでの用事はもういいのか?」
「うん。目的だった《精霊召喚》も取得出来たから他の施設に行くよ」
ここに最初に来たのは精霊なら常時呼び出しておけば経験値が少しずつでも貯まると知ったからなので他に用は無い。
「じゃ、行こっか。次はどこ?」
「えっとね――」
私たちはエレベーターへと歩き出した。私と、セレナと、天丼くん、セバスチャンさん、そして行きにはいなかった小さな火の玉。火の精霊のひーちゃんを伴って、私たちは精霊院を後にするのでした。
今回のサブタイトルの元ネタは10年程前の特撮番組の第1話サブタイトルから(あっちはファイヤーですが)。
だってピッタリだったんだものー。




