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第45話「数奇なお話」




 クラリスが沈静化してからみんなで部屋の片付けをしているとセバスチャンさんがそろそろログアウトしなきゃいけない時間が近付いていた。セレナと天丼くんもそれに合わせてログアウトするそうなのでここで解散する事になった。

 私たちは新月の夜の一角獣亭☆を連れ立って出て(料金はみんなで折半)、お店の前でお別れの挨拶を交わす。


「今日は色々とお教えくださって本当にありがとうございました。それと、その……お騒がせして本当にすみませんでした」


 クラリスはあの騒動からずっと私の傍から離れようとせず(元からそんなものだったけど)、仕方無しにそのままセバスチャンさんに頭を下げる。

 今日は突然ながらパーティーに参加してもらい、不慣れなパーティー行動についてもフォローをしてもらい、クラリスの騒ぎにまで付き合わせてしまったのだからきちんとお礼と謝罪をしないと。


「どちらもお気になさらず。十二分に楽しい時間でしたよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「ほっほ。それに……巡り合わせの妙に唸らされるのも良いものですからな」

「? は、はあ」


 私とクラリスを見ながらそう言ったセバスチャンさんの真意を掴めずに疑問符を浮かべていると背中から声を掛けられる。


「じゃ、私もそろそろ行くわ。またね、アリッサ」

「うん。あ、でもその前に……」


 私は腕に絡み付くクラリスをセレナに相対させる。


「ホラ、さっき勘違いしてひどい事言っちゃったんだからきちんと謝ろうね」

「うゆ…………ごめんなさい」


 思ったよりも素直にクラリスは頭を下げる。対するセレナは少々呆れを含みながら返答した。


「ったく、アンタ謝ってばっかね。……別にいいわよ、アンタに嫌われようが私はどうでもいいし」


 やれやれと肩を竦めるけどやっぱりまだぎこちなくて、俯いてしまっているクラリスと合わせてどこか微妙な空気が漂う。

 だから私はそんな空気を振り払いたくて、無理矢理2人の手を取って握手させる。


「べ、別にって言うなら……じゃあこれで仲直り! って事だよ、ね! ねー」


 2人は繋がれた自身の手を見つつ居心地悪そうだった。ど、どうしよう……そう焦っているとそんな私をどう思ったかセレナがクラリスに話し掛ける。


「正直な所、私のアンタに対する評価って微妙どころか割と悪いのよね。アリッサぶっ飛ばすし、公衆の面前で醜態晒すし、ちょっとは見直したと思ったらいきなりキレるし……頭の中がアリッサばっかでさ、迷惑になってるのを自覚しろって思うわ」

「う」


 「錯乱した原因はお前だろうに」「天くん、お静かに」とのやりとりに眉を寄せつつも、大きく吐いて話を続ける。


「……()からすればね」

「ほえ?」

「私からすればアンタはただのはた迷惑なシスコンだけど……アリッサがそんなアンタの為にってがんばってるのを見たわ」

「!」「……」


 じっとクラリスの見開かれた目を見つめながら語るセレナ。

 ……あの時。私が《古式法術》を取得して、ボロボロになってそれでも諦めたくはないと告げた時。私はセレナに、『妹と約束したから』と言っている。


「ずっとずっとがんばってんの、バカ真面目で融通が利かなくて要領悪くて争い事とか全然向いてなくて危なっかしくて…………でも優しくてお人好しのアリッサが、アンタの為に一生懸命になってるのを知ってるわ。アンタの為にがんばれてるって事は……そんだけアンタが大事って事で、それで……あの…………アリッサは、私の大事な友達なのよ。だから、そのアリッサが大事にしてるってなら、ちょっとくらいのバカも大目に見るくらいはしたげるわ」


 「フンッ」と鼻息荒く顔を逸らすセレナ。私はそんな彼女に声を掛けずにいられなかった。


「……ありがとうセレナ。この子を許してくれて」

「……別に、アリッサに免じて見逃すってだけよ。お礼を言われるような事はしてないわ」


 それでも許してくれたなら、いつかは普通に話して一緒に遊べたりする事もあるかもしれない。少なくとも今はその可能性があるだけで私は嬉しかった。


「あ、あう――」

「でも、勘違いしないでよね! 今回のはあくまでお情けよ! 経過観察よ! 執行猶予よ! 今度またさっきのポータルでの騒ぎみたいな真似してアリッサに迷惑掛けたらそん時はレベル差があろうがマジでぶっ飛ばすから胆に命じなさい!」

「じ、自信無い……」


 なんでここで出てくるセリフがそれなのかな……。


「でも、がんばる。がんばって迷惑掛けずに甘えられるようになる!」

「ああそう……甘える部分はノータッチなワケ」


 頭を抱えるセレナに「ここまで来ると真性のドシスコンね」との診断を頂いた我が妹は「いやぁ」と照れた。ほんとだ、真性だ。


「うん。あたしはあたしでがんばる事にする。……だからお姉ちゃんの事よろしくお願いしますの話、やっぱりよろしくお願いしてもいい?」


 クラリスはぎゅっと両手でセレナの手を握り締める。そこに思いの丈を込めるように。


「……いいの、それで? ま、アンタにどうこう言われた所で私は私の好きにやるだけなんだけど」

「さっき言ったのは、ほんとなので」


 私を案じてくれている事、か。うん、心配させないように気を付けなくちゃね。


「……羨ましくて妬ましくてハラワタが煮えくりかえってるのもほんとだけど」

「ぐっ、ア、ンタ、ねぇ……!」


 途端にもがき、顔を歪めるセレナ。どうも両手に込めているのは渾身の力だったらしい。涼しい顔でこの子はもうっ……。


「でもあたしがまんするよ、ミリ単位で。…………だからお姉ちゃんに不埒な真似しないでね! したら許さないぃぃぃぃ!」

「全然信用してないじゃないのっ?!」


 全身全霊を持って反発しておきました。


「がるるるる……」

「あぁそう、そうよねぇ、OKOK……アンタは気を遣うだけ損な相手だって事はよぉっく分かったわよ、この超絶シスコンバカ妹!」

「あたしたちの業界では褒め言葉です!!」

「どの業界よっ!」


 セレナもまた全力でクラリスの手を握り締め返し、2人はおでこを突き付け睨み合うのだった。


「な、仲直り……」


 頭を抱える私のそんな言葉はどこかへと、風に吹かれて消えてしまったのでした……うう……クラリスのばか。


「すまんな、うちの直情径行バカがあんな調子で……」

「いえ、そもそもの原因はこちらにありますから……」

「「…………」」

「苦労してんな……」

「大変ですよね……」


 また、そんな2人の影で苦労してそうな天丼くんとフィンリーが地味に仲良くなってたりしてる。ひどく疲れた顔をしていたのが印象的だった。もしかしたら私もあんな顔をしてるだろうか。



◇◇◇◇◇



 そうして、問題だったクラリスとセレナが一応の決着を見た事で他のみんなもこの場を去る事にしたらしい。真っ先にその事を言ったのはセバスチャンさんだ。


「ではわたくしはこの辺りでお暇させて頂きましょうか」

「あ、はい」

「ばいばいじっちゃん」

「ちょっ、こらクラリス! 何ですかその呼び方は!」

「え? いつもこうだよあたし」


 ………………いつも?



(クラリスはセバスチャンさんと面識が……? い、いえ……と言うか私……花菜(、、)がそう呼ぶ人に心当たりがあるんですけど)


 私はさっきセバスチャンさんが口にした言葉を思い出す。『巡り合わせの妙』、確かそう言っていた。


「あの、クラリス。もしかしてアリッサにお爺様の事話していないんですか?」

「ほへ?」

「……話してなさそう」


 横から割り込むフィンリーとミリィ。待って、お爺様? ……そちらにも思い当たる節が……。

 私は恐る恐ると目の前にいる老紳士に視線を戻す。


「あの、セバスチャンさん……も、もしかして……もしかしたりするんでしょうか?」

「はい、恐らくはアリッサさんのご想像の通りかと」


 ぶわっと汗が噴き出す。


「ちょっと、さっきから何の話よ」

「あ、あー、そのー……」


 天丼くんと共に事の成り行きを見守っていたセレナが痺れを切らして話し掛けてくる。が、若干混乱している私は上手く返答が出来ない。


「セバさんがアリッサの妹さんたちと知り合いだったって話……じゃないのか?」

「まぁ間違いではありませんな。ただ若干1名知り合いと申すには不適格な者もおりますが」


 そう言うとセバスチャンさんは傍にいたミリィの隣に歩き寄り、互いを指し示しながらこう行った。



「孫です」

「……グランパ」



 そう。親類縁者のいない我が家において花菜が『じっちゃん』と日常的に呼ぶ存在。それがミリィの……三枝木(さえき)みなもちゃんのお祖父さんだった。


「クラリス! 何で今の今までミリィのお祖父さんもプレイしてるって言ってくれなかったの!」


 そう聞いていれば年齢的な理由からセバスチャンさんがそうかもとも思えたのに!


「忘れてた♪」


 てへっと舌を出すクラリスに殺意を覚えたのは気の所為では決してない。


「……要するに、セバスチャンってアリッサとリアルでも知り合いで、それを今の今まで知らなかったっての?」


 先程フィンリーとミリィも私と現実で親交があると聞かされていたセレナがそう問うとセバスチャンさんは大きく頷いた。


「知り合い、と申しましても数度運動会や学園祭でお目にかかった程度ですが……まさかアリッサさんがそうだとは、今日まで気付きませんで、いやはや」


 当然である、このゲームでは容姿は完全にランダムなのだから、自分から素性を証すなりミリィたちからアリッサの情報を聞いていた場合くらいなものだけど、それも無かったらしい。


「そりゃまたすげぇ確率だ」

「まさしく運命の悪戯ですな」


 みんな朗らかに話している。確かにセレナや天丼くんからすれば姉妹でプレイしている実例が目の前にいるのだからセバスチャンさんのお孫さんがプレイしていても受け入れられたのだろう。

 が、私はそう軽く済ませられない。そもそもセバスチャンさんがみなもちゃんのお祖父さんだとするならまずしなきゃいけない事があるのだから……!


「お、お久しぶり(?)です。かっ……クラリスの姉のアリッサです。家の妹がいつもお世話になってますっ!」


 花菜からも遊びに行った際に良くしてもらっている旨を伝え聞いているのできちんとご挨拶を花菜の姉として改めてしなければ!


「これはこれはご丁寧に、こちらこそ孫と仲良くしていただいておるようで、ご面倒をお掛けしております。何かと不出来な孫ですのでご迷惑ではないかと常々思っておりまして」

「いえいえそんな、みっ……ミリィさんは礼儀正しいお孫さんですよ、少しは妹にも見習ってほしいと常々。それに家の妹はあの通りのアッパラパーですから粗相をしてやしないかと心配で……」


 こうして私とセバスチャンさんによる周りを置き去りにした怒濤の挨拶合戦がスタートした。周囲がざわめくけど気にしていられない。


「いやいや、わたくしなどクラリスさんの元気を分けて頂いているくらいでして――」

「ミリィさんはよく気遣いが出来て、こちらは感心しっぱなしで――」

「ミリィ、なんだか急にこっ恥ずかしくなってきたよあたし」

「同意なのです……」


 私とセバスチャンさんが、クラリスの姉とミリィの祖父として交わす会話にネタとなっている本人たちがグロッキー状態になってきた。気にする余裕も無いけども。

 それから少しの間「家の妹が……」「孫が……」な会話が続き、


「おーい、そこら辺にしとけー」

「「ハッ?!」」


 天丼くんのストップが私とセバスチャンさんの意識を引き戻す。他のパーティーメンバーは挨拶合戦に飽きたのか各々退屈しのぎをしていて、私たちの傍ではクラリスとミリィが膝を抱えて蹲っていた。


「あたしってお姉ちゃんからあんな風に思われてたんだー……」

「社交辞令と分かってても割と普通にショックだったです……」


 ずーん、と重苦しい空気をまとう2人。物の見事に精神的なダメージを受けていた。ミリィなど口調がみなもちゃんに戻ってる。


「うわあ、結構普段思ってる不満点をここぞとばかりに言っちゃったからなあ」

「ほっほ。何の何の、あの程度扱き下ろされたくらいでどうこうとなりはしませんよ。3歩歩けば忘れます」

「あ、あの子たちに厳しいんですね」


 普段の好好爺然としたセバスチャンさんがデフォルトの私にとってはちょっと意外だった。


「ほっほ。いえいえ、どうにも孫には甘やかしが過ぎてしまうもので、締める所は締めようと心掛けておるのですよ」

「あ……分かります。家の妹なんか一度甘やかしたらとことん図に乗りますから、やっぱり飴をあげたら鞭もあげなきゃだめですよね」

「いやお互い苦労が絶えませんな」

「本当に」

「お姉ちゃんがじっちゃんに感化された!? なんてこった!」


 セバスチャンさんの言葉に深く感銘を受けていると、いい加減痺れを切らせたセレナが話に割り込んでくる。


「そこの下手なコント集団、いつまで経っても終わりそうにないからそろそろ話を切り上げなさい。特にセバスチャン! ログアウトすんじゃなかったの!?」

「おお、これは申し訳無い」

「あ! ご、ごめんなさい引き留めちゃって……!」

「ホラ、バカ妹と黒いのもいつまでも愚図愚図言ってんじゃないわよ鬱陶しい!!」


 ガシッとミリィの襟首を掴むとをポーイッと他のメンバーの居る方へと放り投げた。

 宙を舞ったミリィだけど、そこはさすがと言った所でひらりと見事に着地する。

 セレナは「生意気な」と吐き捨てて残ったクラリスを私に差し出した。私とセバスチャンさんはそんな様子に笑みを浮かべる。


「では、わたくしはこれで。また明日、お会いしましょう」

「あ、はい。ええとええと……おやすみなさい、セバスチャンさん」


 会釈と共にセバスチャンさんはシステムメニューを操作し、一足早くこの場を後にする姿を手を振って見送った。


「……あー、びっくりした」

「こちらもこちらでお爺様とご一緒されていてびっくりはしたんですよ?」

「でしょうね」


 フィンリーと苦笑し合う。


「……アリッサ、ちょっと」

「うん? どうしたの?」

「はい、ちょっと伝えたい事があるのです」


 その脇から出てきたミリィが、普段の聞き慣れた口調で私の耳に囁く。


「家のじいじがアリッサに自分の事を黙ったままログアウトしようとしてた事なのですよ」

「え?」


 そう言えばこの騒動の切っ掛けはログアウトしようとしたセバスチャンさんではなく話し掛けたクラリスだった。

 生真面目なセバスチャンさんなら自分から話してそうなものだったかも……。


「それは、別に話さなくてもいいと考えてたからだと思うのです」

「どうして?」

「あれでじいじは繊細なのです。だからきっと自分の素性が割れてアリッサとの間がギクシャクしちゃうのに抵抗があったんだと思うのです」

「……」


 確かに私はさっきかしこまってしまったし、みなもちゃんのお祖父さんと分かった以上今まで通りとはならないとは思う。

 今日まで数度会っただけではあるけど、良好な関係になれたとは思う。それが変わってしまうのは……。


「だからこれからも、妹のお友達のお祖父さんじゃなくて、ただのゲーム仲間として仲良くしてあげてくれると助かるのですよ」


 ぺこりと頭を下げるミリィ。優しく真摯な声音からはセバスチャンさんへの想いと気遣いが感じられて……。


(ミリィは、お祖父さんが大好きなんだなあ)


 そう思う。ほっこりとした私はミリィに答える。


「完璧に前と同じにはならないかもだけど……そうだね、ここ(MSO)では貴女のお祖父さんである前に、偶然に出会ってパーティーを組んだ仲間だものね。うん。心に留めておくよ」

「……ありがとうなのです」


 ニコッとミリィとしては初めて見せる笑みに「こちらこそ、教えてくれてありがとう」と返す。


 そしてその会話が済んだのを待っていたクラリス以外の3人も別れの言葉を掛けてきて、この場を去ると告げた。「折角だからクラリスはアリッサと一緒に」と言う配慮らしい。


「じゃあねみんな。またいつか会いましょう、それまで元気でね」

「……そっちも」

「おう、俺はいつだって元気だけどな! そん時ゃ一緒にクエでもやろーぜ!」

「そだねー、月末にはまた公式イベントあるから、内容次第だけど協力出来るかもね♪」

「その時はよろしくお願いしますね」


 ああ、毎月運営が主催する大規模なイベントが催されてるってどこかのサイトで見たっけ。どんな事をするんだろう?


「じゃあそれまでに少しは強くなっていないとね」

「がんばれよ、気合いだ気合い!」

「応援してるよー」

「……ファイト」

「楽しみにしてます」

「うん、ありがとう」


 「それじゃあ、私たちは失礼します」「……グッドラック」「またなー!」「ばいばーい♪」、「ほんじゃねー」と、クラリスとも別れの挨拶をして4人が去っていく。


「じゃ、私らもいい加減行くわ。後はどーぞ水入らずで好きにやってなさい」

「って事らしい、またなアリッサ、妹さんもな」

「うん、じゃあね」

「サヨナラー」


 続いてセレナと天丼くんがこの場を後にした。2人はどこかの宿に泊まるんだろう。


 ……そして、残ったのは私たち。


「さ、私たちもログアウトしちゃおうか」

「うえぇえっ?! せっ、折角お姉ちゃんと再会出来たのにもうお別れなの?!」

「そんな事言ったって……ほら、もう10時20分だよ。どこかで遊んだりする余裕は無いでしょ」

「今日から連休だよ!」

「だからって夜更かしはだめ。ただでさえ昼間からゲーム三昧なんだもの。またお母さんに怒られちゃってもいいの?」

「お姉ちゃんと一緒ならがまん出来るよあたし」

「巻き込まないでください」

「……ぶう」


 あ、すねた。


「……お姉ちゃんのけちんぼ」


 唇を尖らせて小石を蹴っている。ふう、仕方無いなあ。


「じゃあ、明日遊びに行こっか」

「いいのっ?!」


 ばっと私に詰め寄るクラリス、ものの見事に話に食い付いた。


「明日もお休みだけど、みんなとの合流は午後からなの。それまでは私1人で動くのも考えたけど、王都って想像以上に広くて……クラリスと色んな所を見て回るのは丁度いいかもって。だから今日は明日の為に早めにログアウトしよ、ね」

「うんっっ!!!」


 元気の良い返事で応じるクラリスのご機嫌はすっかり回復したらしい。さて、ログアウトする事は決まったけど、どこで……と思っていると向こうから提案があるようだった。


「お姉ちゃんお姉ちゃん」

「うん、何?」


 袖を引っ張るクラリスに振り向くとキラキラと瞳を煌めかせていた。……嫌な予感。


「あたしお姉ちゃんの裸みたい」


 どん退き。


「ああっ?! お姉ちゃんとの心の距離が開いた?!」

「当たり前でしょう、何をトチ狂った事言ってるの。と言うか街の往来でそんな事言わないでよ恥ずかしい」

「なんでー?! セレナさんには見せたくせに! ずるっこ! えこひーき! お姉ちゃんはあたしが嫌いなんだー! そんなのヤだぁ、うええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」


 自分で言ったら悲しくなってしまったらしい。今日は色々とテンションがおかしいなあこの子。


「あのねえ……そもそもクラリスはまだ14歳でしょう。なら視覚制限が適用範囲じゃないの」

「!!!!」


 このゲーム内において他者の裸体を見るには『フレンド』『同性』『双方の視覚情報許諾』そして『双方が満15歳以上』の条件をすべて満たさないといけない。花菜の15歳の誕生日は数ヶ月先なので、逆立ちした所で見れやしないのだ。

 そう言われたクラリスは顔を絶望したように歪めると、ふらりと足から力が抜け地面に手をついた。まさしくがっかりしている。


「なんで……なんで・あたしは・後1年早く・生まれて・こないかなっ?!」


 ドカドカドカ! 握り締めた拳で悔しそうに地面を叩く。いっそ血涙でも流しそうだった。


「前にも聞いたようなセリフを……」


 私と花菜は丁度3歳差なので花菜が中等部に進学しても私は卒業しちゃってて、その時に同じようなセリフで悔しがっていた(留年してと懇願された時はさすがに家族全員で叱ったのは忘れたい思い出です)。

 短く嘆息する。ここにみんながいなくて良かった。

 私は悔しがるクラリスの頭をポカリと小突く。


「だめでしょ、そんな事言っちゃ。早く生まれてたらフィンリーやミリィとは知り合えてなかったんだから」

「う」

「だからクラリスはその歳でいいの。それに今回のは、学年云々と違って時間が解決してくれるでしょ?」

「……じゃあ、あたしが15歳になったら一緒にお風呂入ってくれる?」

「それくらいなら別にお願いされなくても構わないから、ばかな事しないの」


 そう答えるとクラリスは満面の笑みに変わり、飛び跳ねる程に喜ぶ。3メートルは飛び過ぎだと思うけど。目立つ目立つ。


「ほら、いつまでもそんな事してないでログアウトしよう」


 周りの視線(+背後から「営業妨害も大概にするーのー……」との声)も気になりだしたのでクラリスの手を取る。これ以上はしゃがれても困るし、システムメニューからログアウトしちゃおうか?


「えー、このまま終わらせるのはいかにも勿体無いよう。だからせめて一緒のベッドで寝よー?」

「はあ……もうそれくらいなら構わないから、じゃあ適当な宿――」

「シャーラップ! 折角のビッグチャンスを場末の安宿で済ませてなるもんか! セレナさんとはっ、セレナさんとはどこに泊まったのっ?!」


 ガックンガックンと揺さぶられる。


「ホ、ホテル・アラスタのロイヤルスイートに……」

「にゃにぃ?! ちぃっ、わざわざそんな所を選ぶとか……やっぱりお姉ちゃん狙いかあの人!」

「違います」

「くっ、お姉ちゃんへのLOVE度じゃなんとしても負けられない! こっちも大枚はたいてやるっ!」

「ちょっ、そんな所で意地を張らなくても泊まるだけなら……」

「行っくぞー! やー!」

「あ、ちょ、ちょっとぉ?!」


 私の手を握り締めて走り出すクラリス。その速度たるや凄まじく、私の足は地面を離れ、たなびく旗のように振り回されるっ?!


「ひ、ひぃぃっ?!」

「わーいわーいっ、お姉ちゃんとお泊まりだーいっ!」


 そんなこんなで私たちは王都でも指折りの豪華ホテルのロイヤルスイートに宿泊する事になりましたとさ。


「イエーイ、どんなもんだい。値段ならこっちの方が上だぞー、あたしの勝ちー!」

「人間の器は完全に下になったと思う。うっぷ……」




◆◆◆◆◆




 MSOをログアウトし、お風呂も済ませた私は自室のベッドでごろりと寝転がっていた。

 色々と激動の1日だったからだろうか、体はともかく頭はぼんやりとしていてこのまま眠りに落ちてしまいそうだった。


「……さすがにこの時期にそれはマズイ……」


 と、気合いを入れて体を起こすと……コンコン。控えめにドアがノックされた。


「はーい、誰ー?」

「お姉ちゃ〜ん」

「花菜?」


 首を捻る。こんな夜更けに何の用だろう。ノブを回してドアを開くとそこにはパジャマ姿の花菜がもじもじと身を捩らせながら立っていた。


「どうしたの?」

「あの……その……」


 要領を得ない花菜だったけど、後ろ手に持っていた自分の枕を両手で抱き締めて見せる。


「今日はアリッサお姉ちゃんとお泊まりしてるでしょ、だから……こっちでも一緒に寝たいなぁ……って「ええ〜……」嫌がられた!?」

「だって花菜ってば人の体をまさぐったり匂いを嗅いだり息を荒らげたりするんだもの。嫌な予感しかしない」


 素直な感想を伝えると図星なものだから肩を落とし、「ごめんにゃさい」とのセリフを残して自分の部屋へと引き返していく。


「…………うにょえ〜ん…………」


 切なげな声が廊下に響いた所で、私はため息を吐いて花菜を呼び止める。


「……だから、そう言う事をしないなら良いよ」

「そんなお姉ちゃんが好きーっ!!」


 回れ右して私に抱き付いてくる花菜……だめだなあ、私。


(セバスチャンさんの言う通り、厳しくしないといけないとは思うけど、あんな背中を小さくした花菜を見てられないんだもの……)


 結局セレナの言うように私はシスコンなのだろう。私のベッドにちょこんと座る花菜を見つつそう思う。


「さ、今日はもう寝るからね」

「は〜いっ」


 電気を消しベッドに潜り込む。


(ずいぶん狭くなったなあ……)


 小さな頃は花菜が寂しがってよく一緒のベッドで寝たものだ、それこそ2人ではしゃいでいたくらいなのに今ではギリギリ寝られる程度でしかない。

 最近は上記の理由から一緒に寝る機会も減っていて、こうした時にはとみに思う。


「お姉ちゃん」

「……何?」

「ありがとー」


 ?


「どうしたの突然……」

「あのね、あたしの部屋でベッドに入ったんだけど……明日が楽しみ過ぎて眠れなかったんだよ。でも、お姉ちゃんの近くだとあたしすっごくすっごく安心するの。こんな時でもぐっすり眠れそう、明日目一杯楽しめそうだよ……だから、ありがとー」


 そう言ったきり花菜からは寝息だけが聞こえる。本当に眠ったんだろう。


(楽しみ、か)


 明日の王都でどんな事が待っているのかは分からないけど、この子の期待通りになるといいなと思いながら、私の意識も沈んでいった……。

 セバスチャンがβ版からビルドを変更したのは、ミリィ(孫)にアサシンの役目を受け継がせて隠居した老人、と言う設定の下でのロールプレイをしたいからだったりします。

 ミリィもミリィでノリノリでそれに乗ったりしていて、一部では有名な2人です。

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