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第43話「花咲く旅路」




 相も変わらずの夜空の下。

 私、セレナ、天丼くん、セバスチャンさんの4人ははじまりの草原を抜けた先に広がる『コラン街道』を、セバスチャンさんの持っていた精霊器の灯りと、私の持つ杖の先に浮かぶ待機状態の〈ライトショット〉のわずかな光を頼りに進んでいる。

 街道と聞かされはしたものの、道は二車線くらいの幅で石や煉瓦が敷かれている訳でもない、地肌が剥き出しの道だった。

 それ以外の周囲は見た目にははじまりの草原とあまり変わらないのだけど、劇的に変わった部分もある。


 それは、木。


 光る木の実を実らせる木がはじまりの草原よりもずっと少ない。やっぱりあの木はアラスタを中心にして生えているらしく、その所為で夜の闇は深く暗い。灯りが無ければどうなってしまうだろう。

 そして、私たちはそんな中を油断せずに歩いている。暗いのは前述した通り、モンスターも集団行動するからこちらを捉える確率が高くなってるし、後は……まあ、私がまだまだ弱いから、が一番大きいんだけどね。


「……」

「どうかなさいましたかな、アリッサさん」


 じっと道を見ているとそれをセバスチャンさんに尋ねられた。


「これ、轍ですよね。ここって馬車とか通るんですか?」


 道には溝が4本残っていてそれがどこまでもず〜っと続いてる。実はこの轍、はじまりの草原に伸びる道にもあり、前からちょっと気にはなっていた。


「左様です。この街道には定期的にキャラバンが通行しておりますからな、車列が長いですし轍として残っているのでしょう」

「キャラバン、ですか?」


 キャラバンって言うとラクダに乗って砂漠を渡る商人の一団、そんなイメージが思い浮かぶ。


「ええ。こちらの時間で数日に一度、各ライフタウン間をキャラバンが越えていくのです。アラスタで扱われる物資の幾ばくかもこのキャラバンが運搬しているのですよ」

「ああ、考えてみればアラスタって大きい街ですけど、畑や牧場や川だって無いから食糧だけ見ても外部からの輸入頼りになりますよね」


 木々には果実が実るし、井戸みたいな物も散見され、精霊器もあるけど、初心者向けとは言え四方を凶暴なボスモンスターの棲む危険なフィールドに囲まれている以上食糧自給率は相当に低いんじゃないのかな。


「あ、見えてきたわよ!」


 先頭を歩くセレナが先を指差す。どうやらケララ村が視界に入ったらしい。


「あれは……荷馬車? セバスチャンさん、もしかしてあれが……」


 そんな中、道の彼方には村が見えたのだけど、その手前にも明かりが見えた。その明かりに照らされて幌付きの荷車がぱっと見でも10台近くと、それに繋がれた十数頭もの馬が体を休めていた。


「おおその通り、あれこそキャラバンの馬車です。丁度今日がアラスタへ向かう日だったようですな」

「あんなに沢山の荷馬車が……」


 それぞれの荷馬車はワゴン車よりも尚大きい。荷馬車に吊るされた精霊器の灯りや馬たちの嘶きを横目に、私たちはケララ村へと向かう。

 見え始めた村の全景は今まで行った3つの村のどれよりも立派に思えた。建物の造りはアラスタに近いけど、全体的に茶色く、木々が無いので多少すっきりとした印象がある。


「着いた〜っ!」

「ふぅ」

「ふむ、中々に賑やかですな」

「そうですね。何だか雰囲気が西の大通りみたい」


 ケララ村のメインストリートらしい通りには十数名のPCたちが食事なり装備の点検なりを雑然とざわめいている。

 両脇には食事処や酒場、宿などが多く見られた。王都へ向かう人が多いから宿泊施設も多いのかな?


「やっぱり王都が近いと違うものなのかな?」

「んー、いやコイツらの何割かは多分キャラバンと一緒に来たんだと思うぜ」

「え? キャラバンと一緒にって……この人たちも商人?」


 物騒な格好の人が多いからそうは見えないけど……。


「いえ、恐らくこの方々はキャラバンの護衛クエストを請けて来られたのでしょう」

「クエスト……ここにいる人たちが……一緒に」


 私がこなしてきたクエストは1人でも達成出来るものだったけど……あれだけの数の馬車を守ろうと思ったら、確かに1人2人じゃ無理だもんね。護衛クエストって大変そう。


「クエストにも色々あんのよ。受注条件に『特定のランク限定』とか『一定人数以上』とか『何かの討伐経験者』とか『一見さんお断り』みたいなのがあってさ」


 「ホント面倒なんだから」と溢すセレナ。忌々しげに歪められた表情は何故なのかと思いきや天丼くん曰く「前に一点物のクリア報酬目当てに請けようとしたんだが条件満たせずに他の奴に取られちまったんだ」だそう。

 そんな事もあるんだー。


「キャラバンの護衛は一定人数以上が条件ですな。ふむ。彼らの装備のそこここに揃いのエンブレムが見てとれますので、今回はどこかのギルドが請けたのでしょう」


 あ、ほんと。全員ではないけど同じような模様を入れてる。ただ、その模様はどうも文字らしいんだけど、芸能人のサイン並に変形していて何が書かれてるかさっぱり分からないけども。


「けど……エンブレムを入れている人たちだけで、大丈夫なんですか?」


 エンブレム入り装備の人の数はけして多くはない。十数台から成るキャラバンの荷馬車を守るには少々不安が残る気がした。


「なに、未だこちらは夜半ですからな。キャラバンが出発する朝方までは自由時間と言った所ではありませんかな? 恐らくはログアウトなり、他のクエストを消化するなりしておるのでしょう」

「なるほど……」


 時間を有効に使ってるんだなあ。私ももっと有効に……出来るかな?


「がぁ〜はっはっは! やはりクエストクリアは気分が良いわい! よぅしよぅし、ここは俺が奢ってやる! たっぷり食って英気を養えい!」


 そんな中にムキムキと擬音を発しそうな筋肉を鎧で覆い、深紅のマントに誰よりも大きなエンブレムを染め抜いた人がメインストリートのお店で声を張り上げ始めた。〈ウォークライ〉を使ってるでもなしにすごい大音声。

 するとその声を受けて、大半の人から「ゴチになりまーす」「太っ腹ー」とか軽く応じて、手に持つグラスやフォークなどの食器を掲げて囃している。


「あれがギルドかあ」


 別にギルドに参加している人を初めて見た訳じゃ無い。クラリスたちだってそうなのだから。

 ただ、こうして目の前で大勢のPCたちが1つの目的の下、和気あいあいとしている姿をしっかりと見たのは初めてかもしれない。

 ワイワイと楽しげだったり、ザワザワと面倒そうだったり、ガヤガヤと指示を出していたりするその雰囲気は、学校の行事に参加している時のものに似ていて、ちょっと親近感が湧いていた。


「ギルド、ねぇ……。アリッサは入りたいとか思うのか?」


 私がケララ村のポータルに触れていると天丼くんが不意に尋ねてきた。さっきの一団を気にしていたからだろう。


「ん〜……ううん。特に入りたいとは思わないかな」


 首をゆっくりと横に振る。


「そうなのか? 今回みたいな事があっても困らないぜ?」


 それも分かる、《古式法術》の一件で挫けていた私を導いてくれた仲間の大切さはここ数日で痛い程よく分かった。1人がどれだけ非効率なのかも含めて。


「かもしれないけど……でも、今はセレナに、天丼くんに、セバスチャンさん……みんな以上なんて考えられないんだもの」


 みんなの視線に、ちょっと照れる。


「みんなと一緒なのは楽しくて、くじけそうな事にも笑顔で立ち向かえてる。……すごく贅沢だけど、もっとみんなと一緒にいられたらいいな、って思っちゃうくらい……だから、今はギルドとか他の人ととかは考えられないよ」


 出てしまった本音に、苦笑いを浮かべる私。


「〜〜」「はは」「いやはや」


 やがて、三者三様に反応が返ってくる。


「ア、アリッサは1人じゃ心配だし、約束だってしたからね。一人前になるまで面倒見てあげるわよ。覚悟しなさいよね」

「ま、確かにこの2人じゃあ危なっかしいわな。退屈しそうもないメンツではあるし、特にやる事があるでもなし、俺も付き合うさ」

「ふむ。やはり危険の多い旅路、保護者の同伴は必須でしょうな。ですので、無論わたくしもお供致しますとも」


 ……その答えは、とても幸せなものだった。


「――ありがとうっ」


 私も笑顔で返事を返す。しばらくはこの4人でいられそうなのが、心底嬉しかったから。

 そうして和やかな空気のまま、私たちはこれからの予定の打ち合わせを始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 打ち合わせの結果、とは言ってもセバスチャンさんの立てた当初の予定通りに進める事に変わりは無い。

 時間も押している(現在5時半)のでここで解散、ログアウトして晩ごはんの後にまたここで合流、そして改めて王都へ向かう。


 ただ……それは変わらなかったのだけど、私だけは急遽予定が増えてしまったのでここで一旦解散してからちょっと個別で行動する事になった。


「それじゃあ私はこれで、また後で」

「おう」「お気を付けて」


 挨拶もそこそこにとにもかくにも急を要していたのですぐさま移動する。

 理由はポーションである。長時間に及ぶジャイアントボア戦で在庫がスッカラカンになってしまったのだ。

 なので補給すべく、私はアラスタのNPCshopまで向かおうとポータルの傍でシステムメニューを開いていた。


「色気の無い買い物よねー、まったくもう」

「仕方無いでしょ、誰かさんに『ちゃんと管理しなきゃだめ』って言われちゃったんだもの。実際その通りだし。あ、あの闇鍋ポーションっていくらくらいなのかな?」

「イベントアイテムだから明確な値段は無いわよ。でも、金額にしたらアリッサのサイフとか消し飛ぶんじゃない? だから出世払いでいいわよ、面白げなアイテムとかね」

「う。今はお言葉に甘える以外に無い……」


 そう言えばセバスチャンさんにも奢ってもらったばっかりなんだよね私……ううう、貧乏が憎い。


「じゃあ行ってくるね。また後で」

「はいはい。ま、せいぜい買い叩かれないようにね」


 セレナと別れて光に覆われた私は単身アラスタへ向かう。

 濃い緑の香りがすれば、そこはもう昼間に旅立ったアラスタのポータルポイントだ。

 ケララ村ではそうでもなかったけど、こちらでは現実の時間は昼間でも連休が始まった事もあり人は多い。


「さ、急がなきゃ」


 目指すのは西大通りに居を構えるNPCshop。今日はノールさんはいてくれるだろうか?


「こんにちはー」

「ん? おお、お前か。らっしゃい」


 大通りの賑やかさとは違いあまり平時と変わらない客入りの店内になんとなく安堵する、どうも私は人が多い場所は落ち着かなくなってしまったらしい。


「なんか今とんでもなく失礼な事考えてなかったかお前」

「きっ、気の所為じゃないですかねっ?!」

「分っかりやっすいなオイ」


 誤魔化すように買い取りをお願いする私を、果たしてノールさんはどんな目で見ていたんだろう。確かめる勇気の持ち合わせは無かった。


「お。はじまりの草原のボスドロップか、っつー事はようやくはじまりのフィールドを全クリした訳だ」

「えと、はい一応」


 はじまりの草原についてはみんなの協力ありきだったけど、花菜に言わすとはじまりのフィールドを初めて攻略するのにパーティーを組むのは別に珍しくも無いらしいし、今はいずれ1人で挑めるようになればいいと思ってる。


「そーかそーか、お前がなぁ。最初の頃は大丈夫かコイツ、とか思ったもんだが、なんとかなるもんだなオイ」

「そんな事思われてたんですか……」


 分かりますけども。

 ジト目を向けるもノールさんは苦笑いで躱してしまう。


「いやいや。へこたれずによくがんばったじゃねぇかよ。そう言う奴には好感持つ派だぜ、俺は。今後もそうなれるように祈っててやるよ」


 そう言えばノールさんは途中まで戦闘職だったけど、向いてなくて諦めたんだっけ……私は戦闘職に向いてなさそうだから応援してくれてるのかな。


「あ、ありがとうございます。私、これからもがんばります!」

「おお、がんばれがんばれ。そんでうちの売り上げに貢献しな」


 そうケタケタと笑うノールさんが提示した買い取り金額は1605G。ボスドロップは全部売り払ったけど、今回はザコモンスターをあまり相手にしてこなくて量自体は少なかったもんね。


「こんなモンだな、どうだ?」

「はい、大丈夫です。この金額でお願いします」


 了承するとチャリーンと効果音が響く。懐が温まったのも束の間、私はそのお金でポーションを買い求めねばならない。


「えと、あの、ビギナーズMPポーションを……さ、30本ください」


 利益が300G切る選択に、私の顔が渋く歪む。懐がまた寒くなっちゃったよう……。


「お前……自転車操業って知ってっか?」

「言わないでください悲しくなりますから。こ、これからですよ、はじまりのフィールドも越えましたし、王都に行ってがんばっていっぱい稼ぐんですからっ」


 都会に行けば新たな加護を取得出来るだろうからきっと今よりも稼げるようになる筈なのだ。むしろならないと困る。とっても困る。


「ああ、はじまりの草原から王都を目指すルートなのか。ま、順当だわな」

「はい、この後に行く予定なんですよ。王都にはお城とかもあるんですよねっ、楽しみなんですよー」


 ネットである程度情報を集めてはいるけど、実は画像については出来るだけ表示しないようにしてある。やはり初めて見る時の感動は取っておきたいから。


「そうかい。ま、気を付けて行ってこいや」

「はいっ、じゃあ失礼しますね」

「おう」


 そうしてポーションをドッカリと買い込んだ私はNPCshopを後にした。

 その後は一度マーサさんのお家に帰宅し、晩ごはんの為にログアウトするまで延々と再び使えるようになったスキルのスペルを暗唱出来るように練習を重ねた。途中までは同じような文なので時折混同してしまうけど、これはもう回数を重ねるしかない。幸いにしてこの手の地味めな作業には耐性があるので然程苦にも思わなかった。




◆◆◆◆◆




「ぷは」


 自室に帰還する。

 最初に意識したのは下腹部。


「うっ」


 6時間近くこちらの体をほっぽっていたツケらしく、ログイン前に済ませておいたのに激しい尿意に襲われた。2階のトイレに駆け込んで用を足すと、今度は喉を押さえる。


「あー、喉カラカラ」


 口の中の渇き具合がいつも以上であった事が、やはり今日のプレイ時間の長さを物語っていた。

 体をほぐしながら廊下を歩く、一連の動作も慣れたもの。ただ、今日は念入りにしている。捻ったり伸ばしたりを済ませるとようやく1階へと降りてきた。

 まずはともかく何か飲んで喉を潤そう。


「やっと起きてきたわね、このねぼすけ1号」

「麦茶ちょうだい」


 じと目のお母さんからしれっと目を逸らして飲み物を要求した。


「今日はまた長かったわね、覚えてるかしら? 自重しなさいって言われてるの」

「ごくごく……ふう。いや、あのこれでも自重した方なんだけど……なんて。あれ以上早くクリアするのは難しいし――」


 スペル練習は蛇足だったかな、とも思うけど。

 今は6時手前。1時頃に始めて、妖精の里に行ったり、セバスチャンさんとお茶したり、その後ではじまりの草原を一気に突破出来たのだから、5時間くらいなら今までに比べれば格段の結果と言える。多分。


「結花……ほんと花菜に似てきたわね」

「おうふ」


 リビングのテーブルにガックリと突っ伏す。我が家において、ことゲームに限定しての「花菜みたい」はあまりにもしょうもない称号なのだ。

 ゲームしてたらいつの間にか徹夜になっててこっぴどく怒られた事件やら、三が日の内にお年玉をゲームに全額使ってこっぴどく怒られた事件やら、ゲームをし過ぎて成績が低空飛行過ぎてこっぴどく怒られた事件やらと花菜のゲームにまつわる武勇伝には、家族揃ってまあ頭を抱えさせられている。


「ううう……」


 そんなしょうもない末席に私も加えられたとなれば傷付かずにはいられない。肩を落として落ち込む私。けど不思議な事に、お母さんが続けて放ったのは以外なものだった。


「ふふ」

「え?」


 顔を上げる。テーブルに肘をついたお母さんは話題に似つかわしくなく、かすかに笑っていた。


「お母さん?」

「何でもない」


 それだけ。

 それきりお母さんは意味を答える事も無く、私の頭の中には疑問だけが残った。



◇◇◇◇◇



「いやいやいやいや、あのねあのね。これでも割と自重して善処したんだよ?! あれ以上早くあのえげつないダンジョンを攻略するなんて無理だもん、あたし超がんば、むごっ?!」


 がすん。


「せめて反省の色をもう少し見せなさい」


 お母さんの脳天幹竹チョップが炸裂した。

 そして私には花菜のセリフが割りと深刻に突き刺さっていた。


「うえーん。お姉ちゃーん、ぶたれたー。痛いから撫でてー」


 ソファーで項垂れていた私に花菜が半べそ状態で飛び込んできた。


「お? おお?」

「う〜ん……」


 むにむにむにむに。

 手のひらで花菜の顔をこね回す。


「ねえ花菜」

「にゃーにー?」

「私、花菜に似てきたと思う?」

「ほあ?」


 もみくちゃにされながらどこか楽しげだった花菜の顔が、こてんと傾げられた。

 だから私はこれまでのあらましを話し始めた。かくかくしかじか。


「そっか、えへへ」


 不意に花菜がちょっと照れ臭そうにはにかんで笑う。


「どうしたの?」

「んー、えへへ。あのね、お姉ちゃんがMSOを楽しんでくれてるみたいだから嬉しいなーって♪」


 言うや私に抱き付き、頬擦りをし始める。言葉の通りに嬉しそうに。

 花菜はこうして時折、私が楽しんでいると分かると嬉しそうにじゃれついてくる。

 理由については……何となく察しがついていて、こう言う場合はいつも花菜の好きにさせている。


 私がMSOを始めたのは、ただの付き合いでしかない。リンクス(ハード)MSO(ソフト)が当選したからと花菜が私にくれて、せがまれたから一緒にプレイしただけ。

 仲違いして離れて、再開して仲直りした。一緒に遊ぶから会いに行くと約束したけど、それは義務にも近くて……。

 だから、私が純粋にゲームを楽しんでいる姿は、花菜が私にゲームを勧めた時から望んでいた姿なんだろう。

 それまでに色々あったからこそ、花菜は些細な事でもこんなに喜んでくれている。


(……ああ。花菜に似てるって、それはゲームに夢中になって後先が見えなくなる事と思ってたけど……それだけ楽しんでいる事でもあるのかな)


 ともすれば行き過ぎになるこの子の感情表現だけど、好きなものにストレートに想いをぶつけられるのもこの子だもの。

 だから、似ていると言われたならそれは“花菜みたいに好きな事に打ち込んでいる”くらいの意味なのかも、それならそう忌避しなくてもいいのかな。


 まあ、何にせよ。


「はぁはぁ、お姉ちゃんいい匂いだよぅ」

「ないわー」


 何事でも行き過ぎは良くないね、うん。気を付けよう。




◆◆◆◆◆




 待ち合わせの時間に間に合うように早めにログインし、再びケララ村のポータルへと舞い戻る。

 ケララ村のポータルはしっかりとした煉瓦造りのオブジェだった。一見するとシンプルな尖塔型だけど、周りの地面にはステラ言語の数字が円形に配置されている事から日時計としても機能するらしい。


「あ、夜が明けてる」


 空を見上げれば千切れた雲がその輪郭を白く染め始めていた。東の地平線からは出切っていない太陽が少しずつ昇り、黒の比率の高い空をじりじりと西の彼方へと追いやっている。


「みんなは…………まだ、か。間に合ってよかった」


 『フレンドリスト』をチェックしてみたけど、結果は3人共ログインしていなかった。

 さすがにちょっと早かったかなと思いつつも、そろそろ集合時間なのでポータル前でぼんやりと待つ事にした。


(この人たちってもしかして……)


 周囲にはログアウト前より人がいて賑やかになっている、複数人がグループを作ってざわざわとさざめていているけど、その装備にはチラチラと先程目にしたエンブレムが刻印されていた。


「よぉーし、全員集合!! そろそろキャラバンが出発する時間だぞぉーう! 準備急げぇ〜い!」


 そんな中で響く大音声は、やはりと言うか筋肉の鎧に覆われたあの人だった。ギルドのリーダーなのかどうか、彼の声が響くと大半の人から「うーす」「はーい」とか軽くながら応じて動き出した。

 商人らしい人たちが荷馬車を動かし、ある人はそこに乗り込み、ある人は追従するように馬を駆り、次々とケララ村を去っていった。

 その人たちが去った後の、この村にいるPCの数は他の村とあまり違わないか、少し多いくらいにまで減っていた。


(やっぱりギルドの人たちがいなくなると静かになっちゃうなあ)


 こんな時間ではあるけどPC向けに開けているお店もあるし、それなりにPCだっているのだけど……さっきの光景を見た後だと寂しさを覚えずにいられないのも事実だった。


 この世界にはPCが拠点とするようなアラスタや王都のような都市レベルのライフタウンは12ヶ所あり、集落レベルのライフタウンがそれこそ無数にあるとか。

 ケララ村もその内の1つで、PCがこうした場所に来るのも何らかのクエストや情報、モンスター目当てが大半なのだけど、最序盤の村なので訪れるPCは多くなく、ソフトが再販された直後がここが賑わうピークなんだとか(セバスチャンさん談)。


(ポーションも買ったし、手持ち無沙汰になっちゃうなあ)


 周りのお店をぼんやり眺めているとポーションの描かれた看板が目に入ってウィンドウショッピングでもと思い浮かぶけど、今お店に入って商品を眺めてもおサイフの状況から切なくなっちゃうかと止めておいた。

 そんな訳でぼけーっとしているとポータルの傍に光が集って人の形となる。誰かが転移してきたのかなと思っていると……。


「セバスチャンさん、こんばんは……あれ、もうおはようございます、かな?」

「ふむ、確かに夜が明けておるようですな。では改めまして、おはようございます、アリッサさん。先を越されてしまったようですな」


 執事さんは丁寧にお辞儀をしてそう返してくれた。


「私だけアラスタからでしたから、ちょっと早めに来てたんです」

「そうでしたな。ポーションの補充はお済みになられましたかな?」

「またおサイフが軽くなっちゃいましたけどね」

「まったく、そんな事じゃいつまで経っても奢ってもらえそうにないわね」

「セレナ!」


 私とセバスチャンさんの会話に割り込んだのはポータルの影から現れたセレナだった。それに続くように光の中から天丼くんも現れる。これで全員集合だ。


「何の話だ?」

「えーと、私のおサイフの中身……かな」


 セレナにはホテルアラスタとさっきの戦闘で、セバスチャンさんには今日喫茶マリリンでの貸しが出来てるし、そもそもみんなにはお世話になりっぱなしだもんね。


(早くお金を稼げるように……色々出来るようになりたいなあ)


 そんな感じの会話の後に、私たちはその為にまず必要な加護を得られる王都の話題に移っていく。


「ここから王都までどれくらいの距離があるの?」

「そう遠くもないな。ここから南下すると丘があってそこを越えると王都が見えてくる」

「これまで通りのペースならば1時間程度の道程ですな」

「結構掛かるんですね。私はログアウトは11時越えなければ平気だけど、みんなは大丈夫?」


 ちなみに今は8時を過ぎている。到着は多少遅れたとしても9時半くらいかな。みんなの予定は平気かな?


「私と天丼は今日は目一杯で10時半くらいまでは付き合えるから今から向かってもノープロブレム」

「残念ながらわたくしは10時頃にはおいとませねばなりませんので、そう余裕はありませんな」

「あ、じゃあ急がないと」


 私に付き合わせてログアウトが遅れてしまっては大変だ。


「申し訳ありませんな、出来るならもっと皆さんの助けとなりたいのですが」

「いえいえ、助けられっぱなしですよ。使わせてもらえる時間があるだけで十分です」


 私たちは装備やアイテムのチェックが済み次第出発する事となった。

 王都までもうすぐと弾む心をなだめながら。



◇◇◇◇◇



 夜が明け、コラン街道を陽光が照らしている。

 そこは少し先すら見えなかった夜の雰囲気は消え、彼方までの平原と所々にある木々の群れ、たまに色とりどりの花が咲く、そんな自然に囲まれた清々しい野原だった。

 後はモンスターがいなければいいのにねー。


「リリース!」

『ぐきゅ?!』


 〈ファイアマグナム〉が緑色の球体に命中し、ぽよんぽよんと後方に弾かれてぱしゃっと液体状になって消えていく。

 相手は軟体性のモンスター『スライム』。顔も四肢も無いけど、弾力がありよく跳ね回るのでなんとなーく可愛らしい印象を受ける。


「ふぅ……」

「お疲れ、大丈夫?」

「うん、平気」


 あれから大分歩き、ここいらに出現するモンスターにも慣れてきた。

 しかし、やっぱり先に進むとはじまりのフィールドのモンスターよりも強くなる。スライムにしてもレベルアップして多少威力が上がった法術でも倒すのには今まで以上に回数を重ねなければならなかった。

 今回は物陰から飛び出したスライムとの突発戦闘だったけど、時間が延びてしまうので避けられる分には避けながら進んでいた。


「もう一頑張りですぞ。そろそろ王都が見えてきます」

「はいっ」


 道の先にはゆったりとした勾配の丘と、それを避けるように横へ迂回する街道がある。


「どっち行く? 私的には丘の上からバーンと見下ろしたいんだけど」

「下手すると時間食うんだがな」

「いえ、あそこからの眺望は是非ともアリッサさんに御覧いただきたい。幸いここまで順調でしたので時間にはまだ余裕がありますからな」

「OK! アリッサ、もうちょっとがんばれる?」

「大丈夫。せっかくだし、そんなに言うなら見てみたいもの」

「その意気だ。行くか」


 再び前進を再開する。この丘ははじまりの丘陵よりもなだらかで、歩く事自体はまだ楽だった。モンスターも飛行型がいないので注意を分散せずにすむし、朝になって明るくなったから周りも見通しやすい。

 もちろんすべてを避ける事は出来ないので何度かは戦闘が発生するけど、セレナや天丼くんが守ってくれて私は無傷のまま。

 そうしてやがて、小高い丘の頂上に辿り着く。


「あ」


 早朝の澄んだ空気、朝靄が太陽に輝くその中で、丘の先に広がる偉容が私の瞳に飛び込んだ。


「ああ――」


 花のよう、私はただそう思った。


 四方に都市部があり、それを守る為に壁が囲む。それはまるで花弁を象ったようで、咲き誇るように少しだけ外側に湾曲している。

 中央に向かうと一段建物が高くなり、その中心には純白に輝く大きな大きなお城が見えた。



「――あれが、王都」



 その絶景に心奪われ、感嘆のため息と共に零れた言葉に、みんなが応えてくれた。


「左様です。あれこそがプロミスド・キングダム王都グランディオンです」

「どうよ、壮観でしょ」

「うん……うん! すごいね!」


 子供のようにはしゃぐ私をみんなが微笑ましく見守ってくれていた。


 ――もうすぐあそこへ行けるんだ。


 胸の高鳴りが、私の背中を押していた。


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