表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/142

第42話「“はじまり”の終わり」



 ビッグラビットを撃破した私たちは各人の回復を済ませた後にフロアボスエリアを出発した。

 このままはじまりの草原のボスモンスター『ジャイアントボア』を撃破し、その先にあるライフタウンを目指そう、と言う予定。


「♪」

「おーおー、上機嫌だねぇ」

「あ、あー、うん……あはは」


 色々と溜まってたものが、少なからず解けてくれたからかなあ……ついつい足取りまで軽くなっちゃう。


「さっきのが効いてるな。なぁ、オイ。くっくっく……」

「だから蒸し返すなっつってんでしょうが! ぶっ飛ばされたいのかアンタは!」

「あはは」


 セレナはその話題になるとまだヒートアップしてしまうようなのだけど、どうしてだか天丼くんは嬉しいらしく積極的に絡んでいた。……大鎌のギラつきが増していくんだけどね。


「ほっほ。お気持ちは分かりますがあまり油断はなさらないように。モンスターはいつどこから飛び出してもおかしくはないのですからな」

「はい」


 周囲の草原には体の大きなボアが散見されるけど、ラビットやスパロウはちょっと高い草むらでは隠れてしまう。第2層に入っている以上それらは一歩間違えばこちらを察知して襲い掛かってくる。

 みんなが守ってくれているし、一応常時法術を待機状態のままにしているけど、それも私の油断1つで台無しになるかもしれないだからセバスチャンさんの言う通り用心しておこう。


「ま、“注意一秒、怪我一生”さ。最初はキツいかもしれないが、こう言うのは先に進む程欠かしちゃいけない基礎だからな」

「なるほど」


 うーん、先かあ。確かにレベルが上がっても次に行くエリアじゃモンスターだって強くなるんだから、結局はいたちごっこだもんね。慢心しちゃだめ、と。


「えー、でも緊張しっぱなしじゃ疲れるじゃん。やっぱ余裕がある時には肩から力抜かないと後々持たないって」

「え」


 あ、ああ、そうだよね……張り詰めた糸は切れやすいから余裕を持てとは聞くし……私って割とそっち系な気もするから意識的にリラックスしたり?

 ……うう?

 さて私はどうすれば? と、ちょっと混乱してきた。


「まぁ、匙加減は個々人で異なりますからな。今は少しずつ理解を深める時間なのです、すぐにこれだと決めずに色々と試してアリッサさんに合った方法を探しては?」

「……そうします」


 どれくらい力を入れて、どこで抜くのか。言われてすぐに出来るようなものでもないだろうし、やっぱり地道に慣れていくものなのかなあ。


「みんなは始めたばかりの頃はどんな感じだったの?」

「俺は……うーん、割と慎重に行きたかったな」

「行きたかった?」


 何その言い回し。


「そこのバカに巻き込まれてたんだよ、好き勝手に動くもんだから苦労しっぱなし」

「アンタが勝手にくっついてきたんでしょ! 人を小学生みたいに言うなっつの!」

「危なっかしくて目を離せなかったんだろうが! ストレスをぶちまけるにしてももう少し後先考えやがれ!」


 その頃の事を思い出してでもいるのか、なんだか疲れた顔になる天丼くん。


「くっ、勝手な事をべらべらと……そもそもアンタがビビり過ぎでちっとも前に進まないから私が引っ張ってあげたんでしょうが!」

「……知らんな」


 しれっと目を逸らした。自覚があったのかもしれない。


「ふむ。堅実な天くんと大胆なセレナさん……お2人はご一緒で丁度バランスがとれているようですな」

「「ぐっ」」


 今度は2人しての黙考。「そりゃあそこでは助けられたし……」「あの時は、まぁ……」とかぶつぶつと呟き始めた。

 2人は互いに非難してたけど、少なくともセレナの大胆さには一度ならずと助けられたし、天丼くんの堅実な考えも共感出来る。どちらもそう悪いものでもないと思う。


「セバスチャンさんはどうだったんです? セバスチャンさんが初心者だった頃なんて想像出来ないですけど」

「わたくしですか? ふうむ。どちらかと言えば……セレナさんに近いですな」

「「「ええ?!」」」


 3人揃って驚く、歩みを止めて振り向くくらい。いやだって穏やかで泰然としたセバスチャンさんでしょ? てっきり慎重に進めたのかと思った。


「ほっほっほ。いや何、わたくしはβからの参加ですからな。期間も限定されておりましたもので何事にも果敢にチャレンジしていたのですよ」

「「「あー」」」


 そっかセバスチャンさんは正式な発売の前のテスト段階からこのゲームに参加してたんだっけ。

 それがどれくらいの期間かは知らないけど、限られている以上は色々と試してみたいとは思うかも……。


「あの頃は短剣使いの暗殺者(アサシン)型ビルドでぶいぶい言わせておりましたなぁ。“すーぱーじいさん”と渾名も頂戴しておりましたし」

「あ、案外アグレッシブですね」

「いやはや、体が自在に動くのが嬉しかったもので、それこそ飛んだり跳ねたり走ったりと、年甲斐も無くはしゃいでおりました」


 う、見ればセレナと天丼くんがなんか納得してる。私の場合下手をすると現実より動かないものだから反応に困るなあ。


「でも、じゃあなんでアサシンをから今のビルドに変えたのよ。そっちのが慣れてたんでしょ? 加護のレベルは引き継げなくても効率的にレベル上げたりもしやすいでしょうに」

「さて、何故でしょうな。ほっほっほ」


 あ。誤魔化した。


「俺も気になる所……なんだが、残念ながら到着したぞ。準備しろー」

「ちぇっ」


 正面の少し先からは草原が途切れ、土肌がむき出しの平地が広がっていた。ここがはじまりの草原のボスエリアらしい。

 ボスエリアの側にはモンスターは近寄らないし、どの道ボスエリアに入れば発動中であろうとスキルは強制的に解除されるので待機させていた法術をキャンセルする。MPは……8割くらいは残ってる、この程度なら大丈夫かな。ポーションだと確実に回復量がオーバーするしね。

 みんなもそれぞれに装備やアイテムなどのチェックを行い、パーティーリーダーのセレナはパーティーチャットをフルモードで開いている。


「『みなさん。準備はよろしいですかな?』」

「『OK、問題無しよ』」

「『こっちもだ』」

「大丈夫です」


 互いに頷き合う私たち。すると……。


「『結構。アリッサさん、対処は事前に話した通りですが貴女のすべき事に変わりはありません。1つ1つの行動を確実になされば大丈夫です、落ち着いて参りましょう』」

「はい!」


 その返事に満足したのか、セバスチャンさんは一度大きく頷くとボスエリアを向く。


「『では皆さん、猪狩りと参りましょうか』」

「『「『「おー!」』」』」


 こうして今日一番の山場が幕を開けたのだった。



◇◇◇◇◇



『ブヒィィーーーーッ!!!』



 咆哮が衝撃波を伴って突き抜ける。

 ジャイアントボア。それなりの距離がある筈なのに、それでもその巨体が私の身の丈を楽に超すものであるのは容易に理解出来る。

 黒ずんだ毛皮は硬そうで、下手な攻撃など跳ね返してしまいそう。長大な2本の牙はそれだけでも武器になるのだろう鋭さを誇り、地を蹴る脚の強靭さは舞い上がる土埃が物語る。

 前傾姿勢のジャイアントボアは力を溜め、やがてそれが臨界に達する――!


『来るか。〈ウォークライ〉、『来るならこっちだぜ、ボタン肉!!』。〈アイアンボディ〉!!』


 前方に移動した天丼くんの体が淡く輝く。地震のような振動と、工事現場のような轟音を伴って迫り来るジャイアントボアの突進を真っ向から迎え撃つつもりなのだ。

 そこよりは多少後方で私は息を飲む、正直ジャイアントボアの迫力に呑まれそうだった。


(ばかばかばか……そんな事考えずに詠唱に集中しなさい!)


 震えそうな私を鼓舞するのは、守る為に立ち塞がる天丼くんの背中。杖をぎゅうっと握り締め、迫るジャイアントボアを睨み付ける!



 ドッ、ゴォォォォンッッッ!!



 大盾を構えた天丼くんとジャイアントボアが激突し爆発のような音が炸裂した!

 しかし、圧倒的な巨体を有する筈のジャイアントボアに天丼くんは一歩も引かない。

 スキルを発動した時点での位置・体勢で固定される代わりに防御力を大幅に上げる、それが〈アイアンボディ〉の効果なのだと言う。

 動く事は出来ないけど、だからこそジャイアントボアのような通常なら吹き飛ばされるような攻撃を受けようとも、文字通り鉄の如く天丼くんは微動だにしないのだ。


『ッ、流石に正面からはちょいと堪えるか……アリッサ、セバスチャン!』

「――風の一射”、準備出来たよ!」

「『こちらも“頑健”の演奏が完了いたしました、続いて“精神”に入ります』」


 セバスチャンさんの声と同時、みんなのHP・MPゲージ横にアイコンが点灯した。

 “頑健”こと〈頑健のマーチ〉の効果はパラメータの数値の変化。

 PCのStr(頑健さ)を上げるバフ(強化)と、モンスターのStrを下げるデバフ(弱体化)の効果を持つ(略したのはスキル名発動を防ぐ為)。

 さっき天丼くんが愚痴ったようにレベルや装備を整えてもボスの攻撃を何度も受ければ相応のダメージが発生する、でも〈頑健のマーチ〉の効果と天丼くんのスキルが組み合わされば、相乗効果で受けるダメージはぐっと減らせる。

 心配の種が1つ減った事でホッと安心しながらも、意識は戦いにより振り向けられる。

 視界を占めるジャイアントボア、ビッグラビットとは真逆のその大きさなら外す心配も無い。


「“火の一射”! リリース!」


 続けて待機させていた〈ウィンドショット〉を解き放つ。2発の法術はまっすぐジャイアントボアの顔面に命中した……のだけど、当たり前ながらダメージは雀の涙程度にしかならない。

 渋面を作る私の肩に手が置かれる。


「『その調子その調子。“塵も積もれば山となる”ってヤツよ』」


 それは今回、天丼くんがジャイアントボアの足止めに集中すべく、私を傍で守る事となったセレナだった。


「『悔しいって思うのはそれだけ負けん気があるって事でしょ、そう思えるなら最後までやれそうじゃん』」

「……うん!」

「『っしゃ、なら次の詠唱よ!』」

『仲の良いこって……、っ!』


 突進を受け止めていた天丼くんに業を煮やしたか、ジャイアントボアは凶悪な牙を振るう攻撃を仕掛けていた!


「一欠を――っ!」

『詠唱に集中しろ! キャンセルしちまうぞ!』

「――この手の許に導きたまえ”」


 声を掛けようと一瞬詠唱が詰まるも、天丼くんからの檄に我を取り戻す。頷きを返し、再びスペルを唱える。詠唱に一定の間が開くと法術自体がキャンセルとなるのは確認しているから注意してくれたんだ。

 途中、セバスチャンさんの〈精神のララバイ〉による支援が届く、これでジャイアントボアのMin(精神)が低下して与えられるダメージが増加する筈。


「“水の一射”、リリース!」


 2回目の攻撃。ジャイアントボアは効いた様子も無く、攻撃された怒りのみを募らせながら苛烈な反撃を繰り出し、それを天丼くんは〈アイアンボディ〉などを駆使して阻止している。

 ジャイアントボアは猪型のボスモンスターであり“猪突猛進”の言の通りに攻撃目標に対してまっすぐ突っ込んでくる、と言う性質を持つのだと教えてもらった。

 だからこそ天丼くんは私とジャイアントボアの間に立ち塞がって攻撃と移動を食い止め、私の方へ来ないようにしてくれているんだ。


「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”――」


 そんな天丼くんの尽力に応える為にも私はスペルを唱え続ける。間断無く(、、、、)


「――“我が意のままに形を成し、魔を討つ光の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、彼方を撃ち抜く小さき弾丸”。“輝け、光の三珠”!」


 《古式法術》の再申請時間は同じスキルに対する通常の物と、同レベルで修得したスキルと同じ属性のスキルに対する半分の時間の物がある。

 今までは攻撃に使えるのが1レベル帯のショット系法術のみで時間を置かなければならなかったけど、《古式法術》のレベルが3になった事で再びバレット系の法術を修得し、連続で攻撃する事が可能になったのだ!

 同属性の法術は2段目の再申請時間の都合上使えないから〈ライトバレット〉と〈ダークバレット〉をショットの合間に使う事になっている。


(威力は低いし、《詠唱短縮》にも引っ掛からないけど……でも!)


 少しでも早く倒せるようにと延々と詠唱を繰り返し唱え続ける。

 現在、ジャイアントボアのヘイト値が最も高いのはやはり私らしくこちらを睨んでいるけど、天丼くんがことごとくを防ぎ続けていて壁役としては十二分の活躍をしている。



『ブ、オオオオオォォォッ!!』



『ぐっ、うぅっ! セレナ!』

「『分かってる!』」


 最中、ジャイアントボアの体が一回り大きく見えた。毛が逆立ち、荒々しく猛ったからだ。

 それを見るや、セレナと天丼くんが動く。具体的にはセレナが私を抱えて走り出した、これは予定されていた事なので私は慌てず、セレナに身を任せて詠唱し続ける。


『ブフオオオオオォォォッ!!!』


 ジャイアントボアは体を持ち上げると、前足を地面に叩き付ける!!


 ――ドッ、ゴゴォーーンッッ!!!


 ともすれば跳ね上げられてしまいそうな、先程の突進の比ではない程の地面の揺れ。みんな腰を落としてどうにか耐えている!


「『さぁこっから本番よ! 舌噛まないようにね!』」


 セレナがそう言うと、ジャイアントボアが前足を叩き付けた場所から真っ黒な衝撃波が放射状に広がってくる!


(これがジャイアントボアの特殊攻撃……地鳴り!?)

「『行くわよ、しっかり掴まってなさいっ!!』」


 私を抱えたセレナは衝撃波を避けようと縄跳びでもしているかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。際どいながらもなんとかすべてを避けるのだけど……。


「『ちょっ、しっかり喰らってんじゃないわよこのヘタレ!!』」

『むち、ゃを、いう、な!』


 途切れ途切れのその言葉が意味するのはバッドステータスの1つ、麻痺の症状。地鳴りはダメージこそわずかなもの(私を除く)だけど攻撃範囲はボスエリア全体、しかも一定時間動きを阻害する麻痺を与える厄介な攻撃なのだと言う。

 衝撃波は地面を走るのでセレナのように跳んで回避も出来る(セバスチャンさんは割と軽々避けてた)けど、ジャイアントボアを抑えるべく傍にいた上に重い装備が足枷となって全部は回避出来なかった天丼くんは麻痺状態を示すアイコンが点滅してる。


「『こっちも余裕は無いんだから解除は自前でやんなさいよね!』」

『言わ、れな、くて、も!』


 この〈地鳴り〉攻撃があるからその回避と、天丼くんが麻痺から回復するまでの護衛役としてセレナが私についてくれている。

 出来るなら私も状態異常の回復を手伝いたいけど、その為のスキル〈キュア〉は現在失われているので他の誰かが麻痺の回復アイテム『解痺(アンチパラライズ)ポーション』や『気付け草』を使うしかない(一切自慢にならないけど私はもちろん持ってない)。

 天丼くんがぎこちない動きでアイテムを実体化しようとする間も私との間にいる為にジャイアントボアが絶え間無く攻撃を繰り返し、天丼くんのHPをガリガリと削っている。


「『アリッサ、準備出来た?』」

「うん、いつこっち来るか分からないから気を付けてね」

「『はいはい、言われなくても分かってるって』」

「じゃあ……ふぅ、リリース!」


 法術がジャイアントボア、ではなくその手前の天丼くんに向かって飛んでいく。

 藍色の光球は〈ヒール〉。対象のHPを回復する効果を有する。

 今回、ジャイアントボアは攻撃が激しく、それを間断無く受ける天丼くんの回復を私も請け負っていた。

 〈ヒール〉は問題無く作用し、天丼くんのHPが7割程度まで回復した。セバスチャンさんの〈知力のララバイ〉の効果で〈ヒール〉の回復量も上がっているからだろう。これなら今しばらくは持つと胸を撫で下ろす……が、その瞬間。


 ――ガイインッ!!


「『「あ」』」


 私たちが見守る中で、麻痺したままの天丼くんが牙に弾かれて高く高ーく空に舞った。ベシャリ。天丼くんは数瞬後にそんな音を立てて地面に落下した。


『ブヒッ……!』


 そして、私との間に誰もいなくなった事でジャイアントボアの眼がギラリと嫌な光を放つ。


「『ちっ、あんの役立たず。もうちょっと粘んなさいよね』」

『お、前、なあ……』

「麻痺してるんだし仕方無いよ、それよりも……」

「『ま、そうね……行くわよアリッサ」

「う、よろしく」


 セレナに抱き抱えられながらジャイアントボアと距離を取る。


「『うひゃっ?!』」


 ただ、いくら素早いセレナとは言っても私を担いではジャイアントボアの猛烈な突進から逃げ切るのはなかなかキツい。ブンブン振り回される牙が徐々に迫る、抱き抱えられる事で後ろを見れるので超恐い。詠唱中でなければ悲鳴の1つも上げそうだった。


「『うわっ、セバスチャン!?』」


 猪突の通りまっすぐ突進する性質を持つジャイアントボアに捉えられないようジグザグとデタラメに走っていると演奏中のセバスチャンさんに出くわしてしまった。

 ジャイアントボアが迫るのでなし崩しにバラけるとパーティーチャットでのやり取りに移る。


「『ゴメン、もうちょっと気を付ける』」

『お気遣い無く……後少しで敏捷の演奏が終わります、多少は楽になるでしょう』

「『サンキュー、でも……その前に出前が届いたわ』」

『はいよ、天丼一丁お待ち。〈カバーリング〉!』

『ブヒィッ?!』


 私たちを追ってきたジャイアントボアの進路を、麻痺から回復した天丼くんが巌のように塞いでいた。


「『おっそーい、いつまで待たせるつもりだったワケ?』」

『あーはいはい、悪かった悪かった。だから後は任せろ。〈ウォークライ〉! 『お前の相手はこっちだ、ブタ野郎ッ!!』』


 天丼くんの〈ウォークライ〉はしかし、ジャイアントボアの標的を変更するまでには至らない。相変わらずこちらを狙ったまま。


「『役立たず! 全然ヘイトコントロール出来てないじゃないのよ!』」

『うっせぇ! 今回ヘイト稼ぐ手段が少ないんだよ!』


 天丼くんは本来攻撃によってもヘイトを上げてモンスターのタゲ(攻撃目標)を自分に集めるスタイルだった筈。けど、今は私の加護のレベルを上げる為に一切の攻撃を封じているからヘイトコントロールが上手くいっていないんだ。


『アリッサのガードにシフトするから、ガンガン攻撃しちまえ!』

「う、うん、分かったよ。“火の一射”、リリース!」


 そうして私は足を止め、天丼くんを時折回復しながらも攻撃を次々と繰り出し始めた。



◇◇◇◇◇



 あれからどれだけの時間が過ぎたろう……何度も何度も詠唱し、攻撃し、回復し、逃げ回った。

 1人で延々とマラソンしながらボスモンスターの攻撃を余裕無く躱しつつ法術を繰り出していた頃とは何もかもが違っていた……賑やかさは比べるまでもなく、別の意味で大変なのに大騒ぎしてるのに、何だかすごく楽しかった。

 ほんとに同じボス戦なのかと疑うくらい、笑ったり出来たのだ。


「『がんばれアリッサ! もうゲージ4分の1切ってる!』」

「りょ、了解……」

『ブフォォォォォォォォォォッ!!!』

『天くん、薙ぎ払いが来ますよ!』

『ぐぐぐっ!』


 既にジャイアントボアはイーヴィライズ状態となり、攻撃の威力は上がっている。地鳴りも頻度や衝撃波の量が増え、それを防ぐ天丼くんは大忙しだった。

 そして私も悠長にはしていられない。


「ああっ、ポーション切れちゃった!?」


 予想以上の長丁場なのでポーチ内のビギナーズMPポーションが品切れとなる。


「『何ィ?! ちょっ、ボスに挑むんだからちゃんと数揃えとかなきゃダメじゃないの! アイテムの管理も必須の技能よ?!』」

「ごめんなさい、けちりました……」


 奢られてばかりではダメだと自分の物に関してはお金をかけないようにしていたのが裏目に……!


「『アンタはスキルが攻撃の要だから、ってああもうっ! ホラ私のあげるからコレで凌いで!』」


 ポンと手渡されたのはポーションの瓶……ポーション?


「……何この派手派手なラベルのポーション。薬局で見かける何の効果があるのかよく分からない類いの恐ろしく高い栄養ドリンクみたい」

「『人に貰っといて文句を言うなーーっ!!』」


 それもそうだけどね。恐る恐る飲む……ぐっ、思いっきり苦い。顔をしかめる……でも、効果はしっかりと現れた。

 MPが即座に全回復し(HPは元々減ってないので不明)、他にも何やらバフが追加された(どんなバフかは知らない)。


「あ、すごい」

「『ふふん。私イチオシのイベントアイテム『闇鍋ポーション』よ! どんな味か分からない博打仕様なんだけどね!』」

「何飲ませてくれてるの?!」


 絶叫した。不安にしかならないネーミングのアイテムじゃないの!


「『大丈夫大丈夫、バフの方は使った素材次第だから変なのは無い……のハズ』」

「お願いだからそこは疑問系にしないで……」


 結果としてバフには役立つようなものは無かった。そもそもあれはセレナが自分用にあつらえたポーションなので加護構成がまるで違う私では必要とするバフも違った、と言う事なのかな。

 まあデバフがあった訳で無し、貰い物にする話でも無い。ありがたやありがたやだね。


『〈ウォークライ〉! 『くぉるぁあ! そこの女子2人、いつまでもダベってないでさっさと攻撃しやがれぇぇっ!!』』

「『「あ」』」


 〈ウォークライ〉には声を増幅する効果があるのだけど、天丼くんてばそれを利用して私たちを叱りつけた(チャットでちゃんと聞こえてるけど)。見れば天丼くんがジャイアントボアの猛攻にさらされている所。もうボッコボコ。


「『あ、や。こほん』」

「ごっ、ごめんなさいっ!?」


 注意されので詠唱に入る。攻撃を防ぎ続けた天丼くんはHPが減っていたので〈ヒール〉にした。こっちもやっぱりありがたやありがたや。

 そして回復後は攻撃に専念、残りHPを全力で削る。やがて4分の1が5分の1になり、6分の1、7分の1となり……。


「これでっ……“水の一射”、リリースッ!」


 3つの光球が舞い、黒い靄をまとったジャイアントボアを直撃し、雀の涙程のダメージを与え……長い長い戦いに終止符を打つのだった。


『ブヒィィィィ………………』


 力無い鳴き声が響く、ジャイアントボアが黒い炎に包まれ、ほろほろと巨体が崩れていく。



『「『「終わったーーーっ!!!」』」』

『ほっほっほ』



 私たちは雄叫びを上げた。私はぺたんと腰を落とし、セレナは体を伸ばし、天丼くんは地面に大の字に寝転び、セバスチャンさんは……疲れた様子も見せずにいつも通りだった。

 燃えていくジャイアントボアを見ながら、私の胸には強い感慨が湧き上がってくる。


(クリア、したんだ……出来たんだ)


 はじまりの草原を、そしてアラスタの四方にあるはじまりのフィールドのすべてを。


(長かったなあ……)


 初心者用のフィールドで何を、と思われても……躓いて、がんばって、また躓いて、またがんばって、そんな事を繰り返してようやく今日に至れたんだ。

 嬉しくない訳が無い。だから、ちょっとくらい涙が滲んでもいいよね?


「やった、やったよう……ぐすっ」


 みんなの温かい視線を感じながら涙を拭っているとやがて黒い炎のすべてが消え、ウィンドウが開く……。



 タタンターン♪


『【経験値獲得】

 《マナ強化》

  [Lv.12⇒13]

 《詠唱短縮》

  [Lv.11]

 《古式法術》

  [Lv.3⇒6]


【アイテムドロップ】

 ジャイアントボアの牙[×1]

 ジャイアントボアの肉[×1]

 たてがみ飾り[×1]

 瘴気の欠片[×1]』



 レベルアップした! それも一気に3つも上がってる。再修得したスキルなんて一気に21個も増えちゃったー。


「『どうだった、アリッサ?』」


 目の前にはセレナの顔、ウィンドウを可視化してないからこの結果は見えていない。何やらどことなく期待に瞳が輝いていて、その顔はほんのり紅潮して見えた。


「うん、やったよ! 見て見て、一気に6レベルになってるっ」

「『よっしゃーーっ!!』」

「きゃっ、ちょっ……?!」


 セレナはそれを聞くや私を持ち上げ、ポーンポーンと胴上げを始めたーーっ!?


「『キャッホー! ザマー見やがれー♪』」

「きゃー、きゃー、きゃー!?」


 1対1で胴上げとか恐い恐いやーめーてー?!


 しばらくそうしていると、私が涙目になったのに気付いたのか、セレナが平謝りしてきた。


「『ゴメン、マジでゴメン! ちょっとはしゃぎ過ぎましたっ、許してっ』」

「知ーらない、知ーらない! セレナなんて知ーらない!」


 2人してテンションが変な方向に行っている一方、天丼くんとセバスチャンさんはそんな私とセレナを止めるでもなく2人で話し合っているようだった。

 耳に入るのはこんな会話。

『はーあ、何やってんだかな。バッカでー』

『苦労の分、喜びもひとしおなのでしょう。特にお2人は我々よりも前から暗中模索されていたようですし、羽目を外すくらいは大目に見ませんとな』

『そう言うもんかねぇ?』

『でなければ困りますな。斯く言うわたくしも人の事を言えぬ程度には、心踊っておりますもので』

『お、意外。セバさん面倒見良さそうだからこう言うの慣れっこなんじゃないのか?』

『ほっほ。まぁ多少は……と言う程度ですが、この気持ちはいくら場数を踏もうと変わらないでしょう。皆で遊べばなんであろうと楽しい、それだけの事なのですから……本当に、全く素晴らしい。これだから、ゲームはやめられない』


 満面のニコニコ笑顔のセバスチャンさんにいつの間にかみんなが注視していた。いつもの朗らかなそれとは違う、子供のような喜びがこぼれそうな笑顔だったから、みんな驚いてた。

 それに気づいたセバスチャンさんはちょっと恥ずかしげに咳払いをしてから場の収拾に入る。


『うぉっほん。みなさん、時間も勿体無い事ですし、この先のライフタウンへ向かいましょう。回復と準備を整えてすぐに出発、でよろしいですかな?』

『「『「はーい」』」』


 私たちはそう唱和すると各々装備の耐久値やアイテムのチェックを始めた。天丼くんのHPが少しだけ減っていたので〈ヒール〉しようかと言ったら、「この程度なら後でまとめて回復しないとオーバー分が勿体無い」と断られた。


(そっか、私もうポーションが無いからライフタウンまでの道中MP回復出来ないんだ。ちゃんと考えて使っていかないと)


 改めてアイテムをチェックし、みんなと一緒に立ち上がる。

 そして私たちは、ボスを倒して私のレベルを上げつつはじまりの草原を越える、と言う目標を完遂し、一路ライフタウン『ケララ村』を目指しての行軍を開始したのだった。


 あー、ほんとに長かった。(*´∇`*)

 投稿開始から5ヶ月も掛かっちゃいましたが、無事(?)アリッサがはじまりのフィールドをクリアしました。


 以下、豆知識と言う名の言い訳。

 ジャイアントボアは割と戦いやすいので早い人だとプレイ初日には王都に行きますが、初心者はまずはじまりのフィールドでレベルとプレイヤースキルを上げるのが奨励されています。

 なのでアリッサのはじまりのフィールド制覇、と言うルートは結構ベターな選択だったりするんですよ。途中までソロで多少時間は掛かってますが(作中で11日)。


 さて、これでようやく王都へ行けます。どうなるやらはお楽しみに。


 今月から更新日がビルドファイターズトライの放送日(テレ東&BS11)と重なったなー、と思ってる047でした。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ