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第41話「戦場のオール・フォー・ユー」




 所変わってはじまりの草原、それも道の左右の草むらが一段高くなり視界を遮っているフロアボスエリアの手前。

 あれから様々な取り決めやお互いの能力説明、更には全員の使える時間を確認したセバスチャンさんの提言によってさっさとフロアボスの撃破を済ませる事となった。

 始めこそ手探りでおっかなびっくり進めていた私たちだけど、セバスチャンさんの的確な陣頭指揮により段々と慣れていき、結局出発から30分足らずでここまで来る事が出来た。

 予定では5時前にはボスを倒してその先の村でログアウトするのだとか。ほんとにそう出来そうな辺りセバスチャンさんってすごい。



「『みなさん。準備はよろしいですかな?』」

「『当然でしょ』」「はい、がんばりますっ」「『おうさ、いつでも行けるぜ』」

「『結構です。では、参りましょう』」


 私たちは常時パーティーチャットを繋ぎながら天丼くんを先頭に、セレナ、私、セバスチャンさんの順番で陣形を組んで歩き出す。


 セバスチャンさんが提示したのが役割分担とそれに沿ったフォーメーションだった。

 今回の旅の目的からまず私を中心に配置し、天丼くんが私の前でモンスターの攻撃から守り、その隣にはフットワークが軽いセレナがサポートを担当、支援を主軸にしていると言うセバスチャンさんが私たちの動きに対応しやすく後方の警戒も兼ねて最後尾に位置する、そんなフォーメーションを取っている。


「ふぅ……」


 ここに来るまでこのフォーメーションの練習の為に何度かモンスターと戦闘した。結果は特に問題も無く済んだけど、あくまでザコモンスターなのでフロアボスを相手にするのはやっぱりちょっと緊張してる。


「『大丈夫か、アリッサ』」


 それを察したのは私の前を歩く天丼くんだった。心配させてはいけないと笑顔を作って答える。


「う、うん。フロアボスなら何度も戦ってるもの、平気平気」


 空元気でも元気は元気だと思い込もう。私がやらなくちゃいけない事だもの。


「『まぁ落ち着いていこうぜ、サポートならちゃんとするからよ』」

「うん」


 ガシャリと大盾と鎧を鳴らしながら投げ掛けてくれる励ましの言葉に気合いを入れ直す。「『カッコつけちゃって』」とセレナが唇を尖らせてたりするのも、どこか私を安心させてくれる。みんながいるんだし怖くない怖くない。


 そうして辿り着いた開けた空間ではお決まりの黒い霧が渦巻いていて、あれが集まればフロアボスになる。

 それまでにさっき教えてもらったフロアボスについての情報を思い出す。


(ここのフロアボスは『ビッグラビット』。ビッグとは付くけど大きさは普通のラビットと大差が無くて、とても素早い。狙われると連続で攻撃を仕掛けてくるから注意する事……)


 霧が集束を始めたので思考を戻す。杖をギュッと握り、息を飲む私とは違って、みんなは特に気負う様子は無い。頼もしいような、疎外感を感じるような……。


 やがて空中で形を成したのは普通の白いラビットと姿形こそ同じだけど色だけが真っ黒で、同じ赤の瞳なのにその色は血のように見えるフロアボス・ビッグラビット。すとんと地面に落ちるやいなや、ゴウッ! 周囲に衝撃波が駆け抜ける!


「『来ますぞ、皆さん』」


 その短い一言が合図になったかのように、目の前から黒い塊がこちらに向かってくる!


「詠唱入ります! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ風の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、彼方を撃ち抜く一塊なり”。“吹け、風の一射”――」


 自身が行動する時、スキルを使う時には事前にみんなへ声を出すのもセバスチャンさんから言われている事。

 私の場合、詠唱に時間が掛かる上に途中で邪魔をされると発動すらしないし、詠唱に集中していると反応が鈍ったりもするのできちんと周知し、サポートを受けられるようにしていないといけない。逆に周りも武器や防具を用いたスキルなどは動作が規定の形に強制的に動かされる場合も多く、動作が終了するまで自由に動けなくなる為に他のメンバーによるサポートを必要とする、などがあるから周りの声もよく聞く必要もあるそうだ。

 正直まだまだぎこちないけど、やっていかなきゃ先には進めないのだ。


「『こっちもヘイト稼ぎといくか。〈ウォークライ〉! 『ヘイヘイこっちだぜ、ご同輩!!』』」


 天丼くんが次に自身が放つ言葉にモンスターへのヘイト上昇効果を付与するスキル〈ウォークライ〉を使用して率先して囮となってくれている。

 その間にスキルを待機状態にする、でも準備が完了してもまだ次のスキルの使用もリリースもしない。ビッグラビットは非常に素早いので発射時とは位置が変わり追尾能力の無い法術じゃよっぽど近付けなきゃ当たらないそうだから。


 周りを見れば私や天丼くんの動きに合わせて、自分の行動を開始してくれている。

 続いての行動は、私の後ろから奏でられるヴァイオリンのメロディーだった。

 それはセバスチャンさんのスキル〈敏捷のエチュード〉。


(中央広場でその戦い方を知った時はずいぶん驚いたなあ)



◇◇◇◇◇



 互いの能力を確認する為に武器を出す中でセバスチャンさんが取り出した武器……武器?


「ヴァイオリン……ですか?」


 システムメニューを操作して実体化したのは現実でもたまーに学校で見掛ける木製の弦楽器と弓、のよう見えた。


「ええ、その通り」


 そう言ってヴァイオリンを左肩と顎で挟み構えると、その執事服と言う出で立ちも相俟ってものすごく様になった。

 右手の弓を走らせるとそこから奏でられる音は耳に心地よく、周囲を歩く人たちも立ち止まったりしている。

 だからすぐに終わってしまったのはちょっと残念。


「なるほどバードか」

「バード? 鳥?」

「いえ、bird(そちら)ではなくbard、詩人の意のバードです。RPGなどでは主に吟遊詩人と言う職種(ジョブやクラス)を指す用語として用いられますな」


 えと、吟遊詩人、って……弾き語りする人?


「このMSOでのバードとは、音楽を奏で味方に支援・強化(バフ)効果を、または敵に妨害・弱体化(デバフ)効果を広範囲に付与するスキルを用いる《弦楽器の心得》などの加護を中心としたビルドを指します。攻撃もある程度は可能ですが、わたくしは支援をメインにしております」


 そんな加護が……打楽器とか管楽器とかのもあるのかな。使える人が揃ったら賑やかそう。


「でも思いっきりイメージ優先よね、ソレ。使えるの?」

「ほっほ。まぁそこは試してみれば分かる事かと」



◇◇◇◇◇



 そして実際に使って分かった事がある。


(相変わらずすごい速弾き)


 〈敏捷のエチュード〉そのスキル名の通り、いえ明らかに本来設定されているだろう演奏の速度を超えて凄まじく速く弓を動かし、ヴァイオリンを弾いている。


 セバスチャンさん曰く「スキル名の発声で発動自体はするのですが、如何せん自動演奏なものでテンポがコントロール出来ませなんだ。ならばと自らメロディーを再現した所スキルとして発動しまして、以降はこれこの通り」との事で、どうもスキル名の詠唱以外にもそれぞれ違う発動方法があるものらしい。


 演奏が終わるまではスキルが発動しないので、それまでは天丼くんが注意を引く。ジグザグに走ってきていたビッグラビットの進路をその身で塞ぎ、構えた大盾へ勢い余って衝突する。

 ビッグラビットは一旦距離をとるもさっきまでとは違い、攻撃的に身構えている。行動を妨害した事でもヘイト値が上がり、天丼くんを標的に攻撃を開始するようだった。


 本来なら天丼くんの〈ウォークライ〉などでヘイト値を稼ぎ、ビッグラビットが天丼くんを攻撃する間に他のメンバーが攻撃したりするのが常道らしいんだけど、今回天丼くんは私の護衛に専念し、足止めを担ってくれている。

 そして私の傍には手持ち無沙汰になっているセレナがいた。

 元々セレナの加護構成は攻撃に寄っていて私の攻撃を中心にする今回はその力の出番が無い。下手に攻撃を防いだり、行動の妨害をすればヘイト値が分散してしまい、私が攻撃を行うとこちらへのヘイト値が2人の値を上回る確率が高くなる……とか言われて渋々私のサポートに回ってくれていた。


(ああ、なんかうずうずしてる)


 そしてそんな私たちの前で、天丼くんの大盾に攻撃を連続で仕掛けるビッグラビットが地を蹴ろうとしたまさにその瞬間、私の後方から薄紫色の光の波動が空間全体に放射状に広がっていった。

 セバスチャンさんの〈敏捷のエチュード〉の演奏が終わったんだ。光の波動は私たちPCにバフを示すアイコンが、ビッグラビットの頭にはデバフを示すアイコンが点滅し、スピードに関わるパラメータのAgiに変化を起こし、ビッグラビットのスピードが鈍った(セバスチャンさん曰く、《弦楽器の心得》はバフとデバフを同時に与えられるけどその分それぞれの効果は控え目、との事)。

 その攻撃をギリギリで後方に避ける天丼くん。さっきまでは避け切れずに攻撃を受けていたけど、互いに変化した今のスピードなら反応出来るようになっているみたい。

 ヘイト値はモンスターが攻撃を当てる度に減少するから避けるのも必要らしい。


「『おー、あっぶねぇ。セバさん助かる』」

「『まだまだ、続いてIntバフに入りますぞ』」

「『OK、アリッサ! 準備はいい?』」

「大丈夫!」


 ビッグラビットの弱体化を待っていたセレナが前へと出る。事前の打ち合わせ通りに私が攻撃しやすいように天丼くんと連携する為だ。

 ビッグラビットは天丼くんへ向けて体当たりの体勢、足に力を込めたその瞬間……!


「『天丼!』」

「『おお!』」


 合図と同時に天丼くんとセレナが位置を入れ換える。けど攻撃の体勢に入っていたビッグラビットはそのままセレナへと体当たりしてくる。


「『アリッサ!』」

「うん!」


 ターゲティングはビッグラビット、ではなくセレナの持つ大鎌に。

 セレナが体当たりしてきたビッグラビットを大鎌で受け止める。ビッグラビットはこれまでなら後ろ足で対象を蹴り飛ばして距離を取っていた、でもスピードが鈍ったのを利用してセレナが蹴りを放つ前に後ろへ飛んで逆に自ら距離をとる。結果ビッグラビットは空中に取り残される、素早いセレナならではの早業だ。


(セレナ、すごいっ!)


 そこは丁度ターゲティングしていた位置。


「“火の一射”! リリース!」


 2つの光の球は勢いよく黒い兎へと殺到し、爆発する!


 バ、バウッ!


「ギュキュッ!?」


 その体躯の小ささ故か、爆発によってビッグラビットは遠くへと吹き飛ばされる。


「『ジャストミート! ナイスアリッサ!』」

「『油断すんな! 兎の動きに注意しろ!』」

(天丼くんが兎って言うと何だか……ああいやいや、集中集中)


 長い耳をピコピコする2人のやり取りに向けていた目を戻すと体勢を立て直したビッグラビットの目は爛々と私を射抜いている。

 残念ながら今の攻撃によって私へのヘイト値が攻撃を受け続けていた天丼くんよりも高くなってしまったらしい。


「『〈ウォークライ〉ッ、『こっちだ兎野郎!』……チィッ!?』」


 天丼くんは再び〈ウォークライ〉を使いビッグラビットの狙いを私から逸らそうとするのだけど既に攻撃体勢に入っていたビッグラビットは私を標的にしたまま再度攻撃を――。


「『させねぇよっ、〈カバーリング〉!!』」


 天丼くんが新たなスキルを発動する。自身の限界を超えた速度で対象の攻撃を防御出来る位置まで移動する〈カバーリング〉によってビッグラビットよりも尚速く私との間に割り込む。

 でも、ビッグラビットもまた新たな攻撃方法を選択した!


「『チッ!』」


 ビッグラビットは前足を高速で動かすと、地面の中へするりと潜り込んでしまった。

 既に詠唱を開始してしまった私は驚きを口に出す事も出来ない。


「『穴掘りだ! ランダムで足下から飛び出して来るぞ、回避運動急げ!』」


 天丼くんの指示が飛び、各人が止まる事無く動き出、ッ?!


「――一射”、って!? ひあっ?!」


 私に向かって天丼くんが突撃し、私を担ぎ上げて駆け出したっ!? な、何!?


「『ちょっ、アッ、アンタアリッサに何してんのよ!!!?』」

「『ほっほ、これはまた大胆な』」

「『事前に穴掘りが来たらどっちかがアリッサのフォローするって決まってただろうが!!』」


 そう話してたけども!


「『方法に問題が有り過ぎでしょうが!? アンタの下心が見え見えだっつってんのよ、このドヘンタイがああぁあぁあっ!!』」

「『し、下っ?! これくらいなら許容範囲だろ?! 詠唱にだって集中出来るじゃねーか!』」


 ビッグラビットの攻撃は確かにそうだけど、別の意味で集中出来ない……って言うか、その。


「て、天丼、くん。手、手の位置が……」

「『あ? 手?』」


 そ、その……お尻、に……うえええん。


「ぐすん」

「『すっ、すまんっ?! わざとじゃないんだっ?!?』」

「『思いっきりGMコールウィンドウ出てんじゃないのよっ! 信っじらんないっ!! 信っじらんないっ!! ヘンタイッ! チカンッ! 鼻の下伸ばすのも大概にしろエロ天丼ーーっ!!』」


 喧々囂々の言い争いに発展する中(こんな状況でGMコールも何もあったものじゃないのでキャンセルはした)、それでもビッグラビットの穴掘りによる攻撃をいつの間にやら回避出来ていたのはさすがと言うかなんと言うか……。

 私たちが走り抜けた後に地面から飛び出したビッグラビットがキョトンと私たちを探す様をどこか遠くに見つめつつ――。


「え、え……と……詠唱、入りまーす。――――」


 現実逃避する事にした。忘れよう、お尻とか忘れよう。

 この2人だし、ケンカじゃなくてじゃれてるようなものと本人が言ってたし……だ、大丈夫大丈夫、そのうち落ち着くよ。

 ぐすん。



◇◇◇◇◇



 セバスチャンさんの支援に支えられ、セレナのアシストに助けられ、そして天丼くんの機転(?)に守られて、順調にビッグラビットのHPは減少していく。

 時に持ち上げられ、抱えられながら(セレナの文句が大変なので途中からはもう早い者勝ちと言うか争奪戦? になった。私は一体何なのかな……)の乱戦も終盤に差し掛かる。


 ビッグラビットは私たちとの距離を離していた、目にも止まらぬスピードでこちらに駆け抜けてくる突撃攻撃を仕掛けるつもりらしい。

 突撃は法術とは異なり、ある程度軌道を曲げて追尾してくる厄介な攻撃。なら頼りにするのはこのパーティーの盾、天丼くん。


「『〈ウォークライ〉! 『オラオラどうした、そんなもんか!!』』」


 〈ウォークライ〉は同じ相手に連続で使用すると効果が鈍くなる(天丼くん曰く「弱い奴程よく吠える、だから舐められるんじゃねぇか?」)らしいのでインターバルを挟みつつ回数を重ね、ビッグラビットの攻撃を防御し、時に躱し続けていた効果は着実に表れていた。繰り出される攻撃は大盾を構えた天丼くんへと突撃していく!

 ドンッ! 黒い弾丸のように彼方から駆け抜けるビッグラビットを正面から天丼くんが受け止める。けど勢いを殺すには至らず大盾が傾ぎ、勢い余って互いに弾かれた!


「『ちぃっ?!』」


 天丼くんは後ろにいた私の、それこそすぐ前にまで押し込まれてきた。


「『ったく! ピョンピョンピョンピョン飛び跳ねやがって!』」


 悪態をつく天丼くん。でも無理も無いと思う……このビッグラビットは小さく素早く、なのにHPは他のフロアボス並み。なので攻撃を当てづらく私も攻撃を何度か外し、攻撃を防ぐ天丼くんは細心の注意が求められる。

 今の私の攻撃では倒すのに時間が掛かり、一発が致命傷となる以上守るにしても神経をすり減らしているのかもしれない。


「ごめんね、天丼くん。無理させちゃって」


 そう言うとコン、と軽く頭を叩かれた。


「『いらねぇよそんなセリフ、仲間だろ。なら助けるのは当たり前だ。今はしっかりあの黒兎を狙っとけ』」

「……うん、ごめん」


 注意されて気分が萎えつつ、ビッグラビットをターゲットサイトに収める。でも、視界から消えた天丼くんの声が私の耳に届いた。


「『……あー……それと、俺は“ごめん”よりも“ありがとう”って言われた方が喜んで働くぞ。覚えとくと便利だ』」


 そんなぶっきらぼうで、かったるそうで、それでちょっぴりだけ照れ臭そうな、そんな声が。


「……うん、覚えとく」


 ビッグラビットはセレナが足止めしてくれてる。セバスチャンさんは再度デバフする為の演奏中。

 私はみんなの努力と協力を無意味にしない為に、何より報いる為に、詠唱を開始する。終わりはもう見えているんだから。「すう」と息を吸い込んでみんなに聞こえるように声を出す。


「詠唱入ります! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ土の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、彼方を撃ち抜く一塊なり”。“轟け、土の一射”――」


 光球が1つ、杖の先に灯る。見た目に変化は無いけど、セバスチャンさんの〈知力のララバイ〉によりパラメータのIntをアップし、ビッグラビットには〈精神のララバイ〉でMinをダウンさせているからダメージが上がってる、多分この攻撃で倒せる筈。


「準備出来たよ!」

「『こちらも同じく』」


 私とほぼ同時、効果の切れかかっていた〈敏捷のエチュード〉が再度奏で終わり、点滅を速めていたそれぞれの頭上のアイコンが元通りにまで減速した。


「『天丼、後任せるから今度こそへましないでよね!』」

「『へいへい。ご期待には応えるさ』」


 ビッグラビットの攻撃に対して構えていたセレナだったけど、ふるふると耳を揺らす次の攻撃の準備動作を見て天丼くんに後を託す。天丼くんはぐぐぐっと腰を落として攻撃に備える。

 次の瞬間、ビッグラビットは猛然と加速を始め、天丼くん目掛けて一直線に走ってきた!


「『来るぞ!』」

「うん!」


 最中、ビッグラビットの長い耳が歪む。ピンと伸びた耳の周囲に風の刃をまとわせる疾風耳(しっぷうじ)と言う攻撃だ。

 ビッグラビットは途中で飛び上がってそのまま縦に回転して天丼くんに襲い掛かる!


 ザ、ザ、ザ、ザンッ!!


 回転の勢いは凄まじく、何度も何度も胸の前に構えられた天丼くんの大盾を繰り返し攻撃する。例えパラメータ的にダメージが微々たるものでも物理的な衝撃は変わらない。天丼くんでなければきっと耐えきれない。振り払われそうになる大盾をもう片方の腕でも支えて持ちこたえている……!

 やがて回転速度が緩まり、耳にまとっていたかまいたちが消滅する。やはりビッグラビットはその強靭な後ろ足で天丼くんを蹴って距離を開くつもりだった、でも力を溜めたわずかな間に鎧に包まれた豪腕がギリギリのタイミングで振るわれる。


「『お、らぁっ!』」

「ギュキュッ?!」


 天丼くんはその腕で疾風耳の為に立てられていた耳を片方、なんとか掴んでみせた。

 天丼くんは重い鎧によってセレナのようには素早く動けないけど、腕だけならビッグラビットにも対応出来る……筈と、まあそんな感じで3度目にしてようやく成功したのだけど。


「『おおー、やったやった。何とかなるもんだな』」

「『私だったら1発だったろうけどね〜』」

「『うるせぇよ、お前なら吹っ飛ばされるだろうが! おーいアリッサー、準備はいいかー』」

「う、うん、天丼くんも気を付けてね」


 片耳を掴まれジタバタと暴れるビッグラビット、天丼くんは出来るだけ体から離す。私は杖を構えてそれを勢いよく突き出した。


「やっ!」


 バウッ!


 先端の光球がぶつかると同時に爆発が起こる、待機状態であってもモンスターなどに接触すれば発動するスキルの性質を利用しての攻撃方法。平時のビッグラビットじゃ当てるのすら無理で、そもそも近付くのすら危ないのでこんな時でなければする機会も無いものなんだけどね。


「キュ〜……」

「『ふぅ、ようやく終わったか』」


 天丼くんが手を離すと落下の途中でビッグラビットが黒い炎に包まれた。


「『アリッサおつかれー!』」

「『ビッグラビットの撃破、おめでとうございますアリッサさん』」

「セレナ、セバスチャンさん」


 次々に駆け寄るみんな。肩を叩いてサムズアップする天丼くん、抱き付いてはしゃぐセレナ、穏やかに労をねぎらってくれるセバスチャンさん。

 目論み通りに《古式法術》は数十分に及ぶ連続使用によりレベルアップした、4レベルまでは届かなかったものの経験値のゲージは7割にまで達している。次にボスと戦えば5レベルに、もしかしたら6レベルまで届くかも。それは朗報だった。

 ……けど、レベルアップファンファーレが鳴り響いたのは私だけ。みんなはさっさとウィンドウを消す。正直に言えば、みんなにとってはうま味の少ない旅でしかないと再認識する……。

 なのに。


「『お、レベルアップしたな、何レベルだ?』」

「『ふむ、苦労が報われますな』」

「『さっすが私、計算通りね!』」

(あ)


 ……なのに、なのに、それを感じさせない程にみんなにこやかに、それこそ我が身の事のように喜んでくれていたのだ。

 それは私の感じていた後ろめたさなんて吹き飛ばすくらいに強く、明るく、楽しそうで。そんなみんなの優しさがどうしようもなく嬉しくて、その気持ちを伝えたくて、私はみんなに向き直り深々と頭を下げた。



「みんな。本当に本当に本当に、ありがとうございました!」



 出てきたのは「ごめんなさい」じゃなくて、ボスエリアに響き渡るような大きな声で、込められるだけの想いを込めて、感謝の言葉を紡いだのだった。


「『何言ってんだ、まだ途中じゃねぇか。そう言うのは王都に着いてから言うもんだぜ』」

「『ふむ。確かに、まだまだ旅路は残っておりますが……きっと、アリッサさんのお気持ちが胸の内に収まり切れずに溢れてしまわれたのでしょう。ならばそれを受け取めるのも仲間である我々の務め……いえ特権ですな』」

「『ま、要するに……嬉しかったんでしょ』」


 「でも」とセレナは不敵な笑みを浮かべる。


「『店屋物の言う通り、こんな所で終わりじゃないのよ。そんなんでいちいち感動なんかしてたら身が持たないってーの』」

「だ、だって……みんなが喜んでくれたし……」

「『そんなのあったりまえでしょが! ちょっと、HP・MPゲージ見てみなさいよ』」


 ? そう言われたので視界の隅を見るとHP・MPゲージがズームアップされ詳細が追加表示される。


「『そこにはちゃんと私たちの分もあるでしょ?』」

「うん、だってパーティー組んでいるし……」

「『そうよ』」


 セレナは少し気恥ずかしげに頬を掻きながら告げる。



「『私たちはパーティーでしょ、パーティーってのは危ない事にでも一緒に立ち向かう運命共同体よ。なら、喜ぶに決まってんじゃない。一緒に苦労して一緒にがんばったんだから、誰のレベルが上がったっておんなじ、報われたのよ私たちは。そんなん嬉しいに決まってんじゃない。と、とと友達で言うじゃん『嬉しいの倍、悲しいの半分』って、あれと根っこは一緒なの! だから、そんなんでいちいち感動なんかしなくていいの、私か店屋物かセバスチャンのレベルが上がったら一緒になって喜びゃそれで十分なんだっつーの!』」



 ひと息にそう言い切り、セレナは顔を上気させて肩を上下させていた。

 その様子はどこか所在無さげだったけど、でもとても誇らしげだと思えた。


「『……分かった?』」

「うん、分かった。すごいんだね、パーティーって……じゃあ私ももっともっとも〜っと、がんばるよ。今度はそれでみんなのレベル上げてやったーって喜びたいから」

「『そりゃ楽しみ、道のりは険しそうだけどね』」

「だから、がんばるの!」

「『ん、がんばれ!』」


 と、セレナと微笑み合っているとぱちぱちとセバスチャンさんが控え目な拍手をしていた。


「『素晴らしいご高説、ありがとうございましたセレナさん。このセバスチャン、目頭が熱くなる思いです』」

「『だあっ、うっさい蒸し返すなっ!』」

「『……お前がなぁ……がんばった甲斐があったなぁ』」


 あ。天丼くん本気で涙ぐんでる。


「『ちょっ、な、何なのよチクショー! ドイツもコイツも涙腺緩ませないでよ! 背中が痒くなってくるでしょうがあぁあぁっ?!』」

「あはははは」


 地団駄を踏みながら恥ずかしがるセレナが、温かく見守ってくれるセバスチャンさんが、嬉しそうにガシガシとちょっと乱暴に頭を撫でてくれる天丼くんがいる。

 それで、私はすごく幸せ者なんだなとそう思えたから、もう一度。



「――――ありがとう」



 小さく小さくそう言った。

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