第40話「始動するパーティー」
喫茶マリリンを後にして南大通りを遡り中央広場へと戻ってきた私、そして一緒にパーティーを組んでくれる事となったセバスチャンさんはいくつかあるベンチの中でポータルからそう離れていない場所に座っていた。
これからセレナと天丼くんが来る予定(天丼くんはセレナが連れてくる筈だけど、強引に引っ張ってこないかちょっと心配)なのでこうして待っている。
今日は土曜日なので時間が長く取れるそうで集合は午後2時半と昨日よりもずっと早い。
そんな訳でそろそろ時間……なのだけど、私は自己嫌悪に沈んでいた。何故かと問われればそれは……。
「ごめんなさいセバスチャンさん。ご厚意に甘えてしまって……」
喫茶マリリンでの支払いに所持金がまるで足りずにセバスチャンさんに立て替えてもらった事による。
「お気になさらないで下さい、先に申しました通り値段について尋ねずにいたこちらにも落ち度があるのですし、何より女性との食事ですからな男児としては良い格好の1つもしたいのですよ」
そう言って苦笑するセバスチャンさん。
「……いえ、やっぱり甘えっぱなしはダメです、私がんばってお金を稼ぎます!」
「ふむ、そうですか? ……おお。では、いずれまた喫茶マリリンでお茶をご一緒しませんか。その時のお支払いをアリッサさんにお願いする、と言う事で如何でしょう」
ぅ、また出世払いかあ……昨日のセレナを思い出す。今の私ではどうしようもないし、しょうがないのだけど……不甲斐無い限り。もっとがんばらないと。
「……分かりました。必ずまた一緒に行きましょうね」
「ほっほ。これは楽しみが出来ましたな。役得役得」
一応の解決を見て間も無く、話していた私たちに声が掛けられた。
「アリッサー」
ポータルからの声に目を上げると、赤みの強い桃色ツインテールにミニスカ丈でフリル満載な赤い服を身にまとった竜人の女の子・セレナが手を振りながら駆け寄ってきた。
「セレナー、こっちこっちー」
私も手を振りベンチから立ち上がって合流する。
「ごめーん、待たせちゃった?」
「ううん、そんなには待ってないし、1人じゃなかったから」
そう言って少し遅れて合流したセバスチャンさんに視線を向ける。
「お久しぶりですセレナさん」
「あ、あれ、セバスチャン?」
私たちは一度ベンチに戻り、驚くセレナにさっきまでの事情、マーサさんとのあらましを話したら協力を申し出てくれた事を話す。
「――と、そう言う訳なの」
「へー、ほー、ふーん……なるほどねー」
怪訝そうに聞いていたセレナだけど、何やら考え始める。チラチラ私たちを窺い見ているけど……。
「…………」
「どうかな、セレナ」
「ご同道をお許しいただけるならばこのセバスチャン、粉骨砕身の覚悟でご助力する所存にございます」
「……ったく、堅苦しいしいわね、もう。そんなかしこまらなくてもいいっての」
肩を竦め、やれやれとばかりにセレナは息を吐く。
「元々今回の旅はアリッサの為のものなんだから、役立つなら文句なんか無いし……いいんじゃない?」
「ほ〜お」
「!?」
セレナが結論を出すのを待っていたかのように(何か実際待っていたかのようなタイミングで)立派な鎧をまとった兎人族・天丼くんがひょっこりと現れた。何故か顔にはニヤニヤ笑いを張り付けながら。
「やァ〜、ちょっと見ない間にお前も少しは成長し「死ね!!!」してねぇ!!」
セレナは武器も持たずに徒手空拳での(一方的な)戦闘に突入した。
ある時は風切り音を伴う突きを、またある時は空を裂く蹴りを放つ。その様はまるで舞いを踊るかのよう。
対して天丼くんは自分からはまったく攻撃せずに襲い来る攻撃をひたすら避けたり、防いだりと忙しい。
呆気に取られる私は、しばしその光景を眺めていたのだけど……。
「あの、止めた方がいいんでしょうか……割と危機迫っている気がするんですが」
「お二方共慣れたご様子ですし、この手の乱闘はままある事ですから構わないのではありませんかな。それにしても……いや、青春ですなぁ」
いけない。なんかセバスチャンさんが目を細めて和んでる、どこに和む要素があるのかまるで分からないけど。少なくともこの件では当てにならないっぽい。
私はすっくと立ち上がり、恐る恐る2人へと近付いていく。
「ふ、2人共ー、その辺で止めてー」
語尾が尻すぼみなのはご容赦ください。実際恐いし。
「お、俺は悪くない! あっちが勝手に突っ掛かってきてるんだっ?!」
「どの口で……ッ! あんな見計らったようなタイミングで出てきたクセに!!」
「あ、それは私も思った」
「でしょお?!」
「ホントにたまたまだっつってんだろこの分からず屋!! アリッサも火に油を継ぎ足すな!」
「あ、ゴメ――」
ンと、言いかけた次の瞬間。
ドガッ!!
セレナのキックが天丼くんの側頭部をしたたかに直撃した。私に注意を向けた直後だったのは……えーと、ゴメンね。
天丼くんはひゅーん、とすっ飛び数m近く地面をごろごろと転がって……動かなくなった。
しーん。
さすがに心配になって近寄ると、小声での唸り声が耳に届く。無事、なのかなコレ。
「え、えと……天丼くん大丈夫?」
「あー、大丈夫大丈夫。とりあえず……HPは減ってない」
そりゃライフタウン内だもの、HPが減らないのは当たり前。でも、攻撃を受ければそれなりの痛みはあるだろうし、地面を転がれば結構な衝撃が通常通りに発生する筈だから、心配くらいはする。
「セレナもやり過ぎだよ」
「いつもの事だし」
「いつもしてるの……」
額を押さえる。はじまりの森で初めて会った時も天丼くんに攻撃する姿は見たけど、まさかあれが日常茶飯事とは……思いたくなかった。
「つつ……」
「手は必要ですかな?」
「いや、これくらいならまだ平気だ。サンキュ、セバさん」
セバスチャンさんの助けを断り、首を擦りながら身を起こす天丼くん。2、3度頭を振ると立ち上がって私とセバスチャンさんに向き直った。
「早速騒がせた、悪い」
「いえ、中々に興味深く拝見させていただきましたのでお気になさらず」
「おい、セレナもだろ」
「チッ。悪いのは全面的にそこの店屋物でーす。私悪くなーい」
「お前な……」
「……」
セレナはそっぽを向き、天丼くんが嘆息している。セバスチャンさんは苦笑しながらも、手も口も出そうとはしない。
(……2人のケンカはセバスチャンさんをパーティーに入れる事をセレナがOKした所から始まった、そのセバスチャンさんを連れてきたのは私で、セバスチャンさんは私の為に来てくれて……だとしたらそこでケンカになったらやっぱり私に責任があるんじゃ……)
そんな事をぐるぐると考え出す。
「……おい、何かアリッサが落ち込んだぞ。どうしたんだ?」
「アリッサの性格だと、自分の責任なんじゃとかトンチンカンな方向に考えが向かってるっぽい」
ギクッ。
「図星のようですな」
「分かりやすいな、おい」
「素直な方ですからな」
「ハァ」、セレナのそんなため息に振り向くと頭をガリガリとかき、天丼くんへと向かっていく。
瞬間身構える天丼くんだけど、セレナはお構い無しにその左手首を掴んだ。
「な、なんだ?」
疑問の声もなんのその、セレナは掴んだ手を持ち上げると自分の頭へ振り下ろした。
ベシッ。
少々間の抜けた音が響く。そもそも天丼くんは力も入れてなかったので、振り下ろした手が発した音はそう痛そうなものでもなかったのだけど、後にはセレナの頭に手の平を乗せる天丼くんと、天丼くんの手首を掴むセレナと言う奇妙な構図だけが残った。
セレナ以外の誰もの頭の上にクエスチョンマークが咲き誇る中、当のセレナが口を開いた。
「一発は一発だから、これでおしまい」
それだけ言うと天丼くんの手を離し、今度は私へと詰め寄ってきた。
「え、え、ど、どうしたのセレ、ファ?!」
唐突に両手を私へと伸ばし、両の親指を私の口の中に突っ込んで外側へと引っ張った?!
そう痛くはないけど、相当間抜けな顔に大変身中と思われ、男性陣の視線にちょっと泣きそうになる。
「いいっ?! あんなのはいつもの事だっつったでしょうが! ケンカの内にも入らないようなじゃれ合いなの! そんなんでいちいち落ち込まない! 悩まない! ……分かった?」
「ふぁ、ふぁふぁっふぁ」
セレナの迫力に思わずコクコクと首を縦に振る。もう一度大きく息を吐くと、ようやく手を離してくれた。
「私の店屋物への対応は基本暴力系だから……アンタはそこ理解してもうちょっとお気楽になんなさい」
それきり、セレナはいつもの調子に戻り、これからの事の話を始めた。
天丼くんは苦笑しながら「お前が暴力振るわなきゃいい話だがな」と呟き、セバスチャンさんは微笑みを浮かべながら「拳でしか語れぬ事もあるのでしょう」と応え、私は頭をポカリと小突いてからそれに続いた。
◇◇◇◇◇
ようやく始まった話し合い。私とセレナはベンチに腰掛け、天丼くんはその側の芝生にあぐらをかき、セバスチャンさんは私たちの正面で背筋を伸ばして立っている。
「じゃ、アリッサの今の状況の確認から始めるわよ」
異議無しとの答えが返ると、セレナは周囲に目を走らせてから説明を始めた。
「まずアリッサが未発見の加護を取得したのが始まりよ」
それを聞いた天丼くんから感心したような声が漏れる。天丼くんへの説明はセレナ任せだったけど、そこまでは知らされてなかったみたい。
セバスチャンさんには大雑把には話しているから今は大きな変化は無いけど、先程話した時にそんな反応が返ってきたっけ、新しい加護を見つけるのってそんなに珍しいの?
「ただ、代償に今まで使ってた加護の大半を失ったわ。今のアリッサの加護は10を下回ってる。ステータスも相当下がっちゃってて、ソロじゃもう数回返り討ちに遭ってるわ」
「……戦闘に効果のある加護は今いくつ残っていますか?」
セバスチャンさんからの質問にセレナが視線で私を促す、さすがに詳しくは私から話さないといけないかな。
「4つです。《マナ強化》と《詠唱短縮》、《杖の心得》、それに件の《古式法術》です」
「その《古式法術》が新しい加護なのか、当たり前だけど聞いた事無ぇな」
「そうよ。アリッサも《星の先駆者》を取得してたから間違い無いわ」
《星の先駆者》、正確には《星の先駆者:古式法術》を私は《古式法術》の取得と同時に得ている。
これは星を目覚めさせた者のみに贈られる称号アビリティらしく、効果はアビリティ名後半の加護に対するもの。《星の先駆者:古式法術》の場合はスキルの威力・効果範囲などの向上と多岐に渡る効果を有する。
2つ装備出来るアビリティは現在、MPの消費スピードが上がっているので《初心者星守》はそのまま、《エレメンタラー》を外して《星の先駆者:古式法術》を装備している。
「取得したのはいつ頃ですかな?」
「一昨日です」
「ふむ……では情報は期待出来そうにありませんな……」
「私も調べたけどそれらしいのには引っ掛からなかったのよね」
《古式法術》は私が見つけたけど、その後に他の誰かが手に入れていないとは言えない。ならネットを探せば何かしら情報やらが出て来ても不思議は無い、のだけど……どうもハズレだったみたい。
「次に《古式法術》について。《古式法術》は7つの属性法術のスキルを使えるわ。昨日レベルが1つ上がった時にスキルが7つ一気に増えたのは確認済み。まぁ、この先どうなるかは分かんないんだけどね」
「へぇ、すごいじゃねぇか。属性法術系は複数所持でのレベル上げが大変らしいがそれなら解決するし、ひとまとめに出来て加護枠を他に回せるって事だろ?」
「とは言えメリットばかりではありますまい。ステータスが下がったとしても今までソロであったアリッサさんがパーティーを組み、しかもセレナさんだけでは手が足りない程なのですから」
「そ、問題は《古式法術》のスキルは全部スペルでの詠唱じゃないと発動しないってトコよ」
それを聞いて、セバスチャンさんの目が見開かれた。
「スペル……と言いますと、一部スキルを解読した場合に表示される、あの呪文のような文章ですかな?」
「はい、そのスペルです。《古式法術》のスキルは属性法術の物と効果は同じなんですけど、スキル名の詠唱だけだと一切発動しなくなっちゃっているんです」
「なんと、厄介な……」
「そんなに面倒なもんなのか、そのスペルってのは?」
天丼くんはスペルを知らないらしく、隣のセバスチャンさんへ質問している。
「共通の部分はありますがスキル毎に異なる長文です。通常はスキル名の詠唱のみで発動しますからな、完全に詠唱するにはそれなりの時間を要しますので、実戦で好んで使う者はまずおりません。キャラクターロールの一環程度の認識でしたが……」
そこまでは知らなかったけどよく分かる。スペルで苦労した身としては使わなくて済むならそうしたい。
「アリッサの場合、貯め撃ちを使い切ってもモンスターを倒し切れずにRATの途中で逆襲されるか、詠唱し終わる前に攻撃されて、って感じらしいわ」
「実際それで何度か死んじゃって……」
「それは、大変でしたな」
気遣わしげなセバスチャンさん。私は「大丈夫です」と返す。
「セレナが励ましてくれましたから」
「ね」。そう言って側にあったセレナの手に自分の手を重ねた。
「それはようございましたな」
「はい」
ちなみにその後、にやけたセレナがセレナを見てにやけていた天丼くんに気付き、再びケンカになりそうだったのでさすがに今度は止めて、説明を再開してもらった。天丼くんはもう少しTPOを弁えてほしいなあ、まったくもう。
「しかしスペルですか……確か《詠唱短縮》にはスペルカットと呼ばれる機能が備わっていたと記憶しておりますが」
「はい、私たちも昨日それに気付いたんですけど……」
私はそれからスペルカットのメリットとデメリットについて説明した。セバスチャンさんは難しい顔を崩さず、天丼くんは「めんどくせぇー」と呆れていた。
「問題はスペル以外にもあんの。属性法術のスキルが軒並み使えるんだけど、その代わりにレベルアップに必要な経験値がやたらと多いのよね。昨日はじまりの草原で2時間弱ザコを狩ったけど結局3レベルまで届かなかったし」
「うん。だからボスと戦って多く経験値を得ようって話になって」
「成る程、それで俺にお呼びが掛かった訳か」
「ほほう、天くんはディフェンダー系のビルドでしたか。ならば今のアリッサさんには必要不可欠ですな」
「俺はどっちかってーと『ガーディアン』よりも『タンク』型だけど、いないよかマシだろうな」
ビルド。
セレナから(大雑把に)聞いた所によると、加護・装備・アビリティ等による能力構成の事、らしい。
天丼くんのディフェンダー系はモンスターの攻撃を防ぐ事に重点を置いたビルドと聞いている。
セレナはアタッカー系と呼ばれる物理的な攻撃に重点を置いたタイプになり、私の場合は法術を使用するメイジ系なるものに分類されるそうな(……そう言えばセバスチャンさんはどんななのか知らないなー)。
天丼くんの言っていたガーディアン? とかタンク? みたいに、本当はもっと細分化されているらしいけど、私の拙い知識では把握しきれていない。
「だから天丼くんがパーティーに入ったら私が攻撃する間モンスターの攻撃を防いでもらう事になると思うの、面倒かもしれないけど……出来れば、力を貸してください」
ペコリと頭を下げる。
天丼くんはセレナに連れてこられただけで私はそこにタッチしていない。だから私からちゃんとお願いしないといけないと思っていた。
だってもし天丼くんが加わってくれたなら、その役目は私のお守りをする事なのだから。
そんな私を見て天丼くんは……。
「頭上げろよ。そんなかしこまる必要なんて無いぜ、俺の力が入り用ってんならいつでも力になるから安心しな」
「あ、ありがとう天丼くん」
ニカッ。そんな頼もしい笑顔を返してくれた。ホッと安心していると、隣から何やら不機嫌な色を帯びた声。
「フン、カッコつけちゃって。せいぜい壁にでもなってれば」
セレナはそっぽを向いてしまっていた。昨日話していたような天丼くんに役目を取られるから……? あ、それとももしかして……ど、どうしよ。どう諭せば?
私が迷っていると、天丼くんはそんなセレナに慣れた様子で対応する。
「ま、お前の大事な友達の為だからな。一肌くらい脱ぐさ」
「!」
その言葉を聞くや、セレナの耳がほんのりと赤く染まっていた。その動きもぎこちなく、声も小さく「ばーか」と言うだけだった。なんかかわいい。
やっぱりあれかな、天丼くんが他の人を仲良くしてるの見てヤキモチ焼いてたりしたのかな?
「わー、結構大胆ですね天丼くん。さらりとそもそもセレナの為だとか言いましたよ(ひそひそ)」
「うぅむ、やりますな天くん。セレナさんも愛らしい。お二人の関係が気になる所です(ひそひそ)」
セバスチャンさんと2人、身を近付けて小声で話す。セレナが素直じゃないとは思ってたけど、天丼くんがああまで直球な言葉を返すのは意外だった。
「ホ、ホラ! 時間が勿体無いでしょ、話の続きするわよ!」
「はーい」「了解しました」「おう」
セレナの切羽詰まった方向転換に苦笑しつつ、三者三様の返事を返した。確かにいつまでも使える程贅沢な時間の使い方は出来ないしね。
「そんなワケで、目標はボス戦での《古式法術》のレベル上げとその先の王都にアリッサを連れていく事」
「で」とそこでセレナは言葉を区切る。真剣な顔をする彼女を私たち3人がじっと見つめ、次の言葉を待っている、と。
「私もあんまパーティー経験無いからここからの進行はセバスチャンに任す! 後よろしく!」
「だああっ」と盛大に後ろに倒れ込む天丼くん。「あ、あはは」と食らった肩透かしに空々しく笑うしか無い私。セレナは「知ったかぶりしないだけマシでしょ」と開き直ってる。
そりゃセレナがパーティーに積極的に参加出来ていたら今みたいにはなってないかと妙に納得したので、次いで役目を押し付けられたセバスチャンさんを見る。
「……ふむ。お任せを、セレナさん。老齢が伊達で無い所を見せてご覧に入れましょう」
キラーン。
光る片眼鏡、何故かセバスチャンが思いっきりやる気になっていた。




