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第34話「ビギニング」



 リリリリ、リリリリ(ブルルル、ブルルル)……。


 リリリリ、リリリリ(ブルルル、ブルルル)……。



 情報端末がアラーム設定した時刻になったので私を起こそうと躍起になって振動している。

 机の上なのでガタガタと振動音が増幅されて私はやかましさに目を覚ます。


「〜〜〜〜」


 ピッ、ピッ。


 布団の中から身を乗り出して情報端末を大人しくさせると……だらり、力無く床にくずおれる。


「……きつ……」


 明けて朝、とは言うものの今日はポツポツと雨が降っているようで薄暗く少し冷えた。

 昨夜は色々あって日を跨いでしまい、お風呂には入れずじまい。ベッドに入っても多少残っていた興奮により中々寝付けず、起きてみればおそろしく眠い、気を抜けば瞼が落ちてきそうな程で隈でも出来ていないかと少し心配になる。

 ゴソゴソと布団の中から出て床に転がる。フローリングの床はひんやりと冷えていてなかなか寝心地が――――ハッ!?


「いけない……二度寝しかけちゃった」


 むくりと上半身を起こして頭を振り、パシパシと頬を打つ。


「起きないと……」


 とろん、と垂れてくる瞼に力を込めて立ち上がり……ふらつく。ハンガーに掛けてあったカーディガンを羽織り、私は移動を開始した。


 ゴン……ゴン。


 頭や足の指をしたたかに打ち付けながら、私は廊下へと出た。


「顔……洗お」


 危なげな足取りのまま、廊下を進む。



 そうしてまた、今日が始まった。



◇◇◇◇◇



「「あふ……」」


 朝ごはんの席についた私と花菜はほぼ同時にあくびをかみ殺した。あの後お風呂に入って少しは頭もスッキリしたと思ったけど、油断するとまたすぐにぽやっとしてしまう。


「……あんたたちねぇ。そう何度も寝不足がられるとゲーム機取り上げなきゃいけなくなるわよ」


 そんな様子に頭を抱えたのはもちろんお母さんだった。


「ゲームがもしも無かったら、あたしはたちまち枯れ果てる自信があるよ。逆効果だね!」

「あんたは一度枯れてしまいなさい。まったく……結花もこの前注意されたばかりでしょう。その矢先にあんなに遅れるなんて、気を付けなさい」

「ごめんなさい……」


 昨日は止むに止まれぬ事情があったからこそログアウトが遅れたのだけど、そんな事はそれこそ遅れた言い訳にしかならない。


「はぁ、今日は遅くならないようにしなさい、いいわね」

「「はーい」」


 お母さんは「よろしい」と頷くとキッチンへと戻っていく。それを見届けると花菜は小声で呟いた。


「お姉ちゃんそんなに遅かったの?」

「あー、色々あったからね」


 一応昨日の事は髪を梳かす間に花菜に話してあるけど、気恥ずかしいので《古式法術》以降の事は大分端折っちゃった。

 「友達と一緒にいたら遅くなった」とは言ったものの、お母さんに注意される程とは思わなかったのか少し驚いてから、今度は不意に柔和な顔を作った。


「そっか。良かったね」

「何が?」


 意味を読み取れずにいると、「んふふ〜♪」と顔を綻ばせた。



「帰る時間も忘れるくらい仲の良い友達が出来たのが、だよ」



 嬉しそうに体を揺らしてとびきり素敵な笑顔を向けて、花菜はそう言ってくれたのだ。


「……うん、そうだね。そう思う」


 心から、そう思う。

 照れ臭さにはにかむ私を花菜は幸せそうに眺めている。


「いつか紹介してね、お姉ちゃんの友達っ」


 昨日の、挫けかけていた私だったらその言葉は重荷となってしまったかもしれない、けど今は立ち直れた。私を立ち直らせてくれたセレナを、大切な友達なんだっていつか胸を張ってこの子に会わせたい。

 その為なら、また前に進む勇気が湧いてくる。


「するよ、絶対。とっても優しい素敵な女の子だから、きっと花菜とも仲良くなれるよ」

「うんっ!」


 その後花菜がぽそりと「……あれ、ライバル?」などと張り詰めた顔で呟いたのはどう言う意味だったのか、私は力の限りに目を逸らしたのだった。



◇◇◇◇◇



 金曜日。放課後。


 ホームルームを前にしてクラスはにわかに活気付いていた。

 私の通う相羽高校は偶数週の土曜日は休みなのだけど、ご存知の通り10月の第2月曜日と言えば国民の祝日体育の日。つまり明日から(正確には今日学校が終わってから)、私たちは3連休に突入する。

 これでテンションが上がらない筈も無く、このクラスもその例に漏れずにどこかしら浮わついた雰囲気がざわめきとして居座っていたのだ。


「落ち着けーお前らー、家に帰るまでが学業だぞー。それになー、休みったって何か問題が起こったら学校側でも動かなきゃならんのだぞー。ただでさえ仕事が多くて教師なんか辞めたいのにそんな事になってみろ引きこもるぞ先生ー。だからだなー、先生の為に寄り道せずにまっすぐ家に帰って、休みの間も品行方正に過ごすんだぞー、お願いしまーす」

「先生ー、ぶっちゃけすぎて笑えませーん」


 そんな台詞とは裏腹に、皆の口からは笑い声。

 4時限目が終わり、ホームルームを残すのみとなった事でクラスのテンションは更に高まっていた。それはクラス担任の真鍋先生(男性34歳独身)のやる気無さげな対応すらも笑いの種と化している。

 最後に皆で一礼すると三々五々慌ただしく教室を後にしていく。大半の生徒は部活なのだろうけど、生憎と帰宅部員な私は特に急ぐでもなく、幼馴染みと話をしていた。


「で、結花はまたゲーム三昧なのかしら?」

「そのつもり。最近ちょっと色々あって、気合い入れないといけないから」


 今日はセレナと4時半〜5時半と8時〜10時まで一緒にプレイする事になっている。力を貸してくれるのだから私もがんばらなきゃ。


「そう。ねぇ、結花は普段どれくらいゲームをしてるの? メールの返信の遅さからしてかなり長い感じだけど」

「んー、結構まちまちだから……休みなら長いし、平日なら短い日もあるけど、平均すると1日4〜5時間くらいかな」


 そう言うとまこはしげしげと私の体を眺め回し一言。


「4〜5時間? 寝っぱなしで? それはまた不健全だこと」

「言わないでよそれなりに気にしてるんだから……」


 主にお腹とか腕とか脚とかに居座るあれやこれやを。


「ふっ。ま、結花はする事無いと勉強か、リビングでテレビ見るか、家事するか、花菜ちゃんにじゃれつかれるかくらいしか無かったし、趣味と言える趣味が出来たのは良かったのかもしれないわね」

「そんな事無いよ、私にだって趣味くらい――――」


 あれ?


「あら? 何かあったかしら? ごめんなさい、わたしの記憶違いね。そうよね、趣味くらいあるわよね、当・然」

「……ぅ」

「(にっこり)」


 私の幼馴染みは性格に難があるのだった。


「……無趣味だったんだ私」

「そうでもないと思うけどね」


 頭にクエスチョンマークを浮かべる私をまこは何を考えているか分からない笑顔で見つめていた。



◇◇◇◇◇



 珍しく一緒に帰宅する事になった私とまこ。部活はいいの? と尋ねたら「部活はいいの? 参加しなくて」と返されたのでぐうの音も出なくなった(光子は真面目な吹奏楽部員なので今頃はトランペットを吹いている)。


 高校を挟んだ向こう側に最寄りの駅がある上に主要な幹線道路からも外れている為に私たちの通学路は人や車の往来が疎らな事が多い。

 少し脇道を通ると歩いているのが私たちだけ、なんてよくある話。なので誰に気を使うでもなく、私たちは今もこうしてお喋りに興じていた。


「セレナ、さん?」

「そう」


 そして今の話題はMSO。と言うか、私の友人関係にシフトし始めていた。

 昨日の今日でまだ全部とはいかないけど、色々と世話を焼いてもらったまこに話さない道理も無かった。


「ふぅん、結花に友達が……良かったじゃない。昔から結花はそう言うの消極的だったから良い傾向ね」

「そう言うのって?」

「“友達100人出来るかな”よ。結花は別にぼっちって訳でもないけど、誰かと積極的に親しくなろうとまではしないからね。昔から」


 そんな事は、と言いかけて……確かに少なからずそうであったかもと思い至る。

 クラスで話す人も仲の良い人もいるし、前生徒会の役員とは知己だけど、それはあくまで校内に限られている。

放課後や休日に遊びに行くような間柄の人は幼馴染み2人くらいのものだった。


「結花の場合、小学校からずっとわたしか光子のどっちかが必ず一緒のクラスになってたものね。同じクラスに馴染みの顔がいるとそっちとグループを作りがちで、あまり他の子に積極的でなかったのも頷けはするのだけどね」

「そう、だね。そうかも」

「だから生徒会に誘われた時に後押ししたのもいい機会だと思ったからなのよ。会長もいい人そうだったでしょう?」


 それは……まあ、調子のいい人とも言えるけど、少なくとも楽しくはあった。

 そう言えば誘われた時に断ろうとしていた私を諭したのはまこだった(囃し立てていた光子が果たしてそれを理解していたかは怪しい)。その後押しがあったから、私は生徒会をやってみようと思ったんだっけ。

 そして結果として春日野先輩始め、先輩方や現会長の結城くん、現会計の弘島くんとも仲良くなれた。断りはしたものの結城くんからは今期の生徒会に誘ってもらった程だ。


「でも、何でそこまで……」

「何でも何も、来年はもう受験よ。わたしは国公立志望で、光子は夏目くんと同じ私大を目指している。まぁその前にさっさとコクれと思うけど。どちらにしても外部受験よ。で、貴女は?」

「……私は、このまま大学部に進学するつもり」


 私たちの通う高校の正式名称は『私立相羽大学附属高等学校』(花菜もここの中等部)。ただ、附属学校とは言え大学部への進学率は6割程度であり、まこや光子の選択は決して珍しくはない。


「知っているわ。だから、幼稚園からの腐れ縁も高等部を卒業するまで。再来年には結花は1人きりになるのよ。そりゃ知り合いはいるだろうけど、私たちはそこにはいない」


 ……その時、果たして私はどうしているのだろう? それは、とても一瞬では思い浮かべられない光景だった。それくらい、今隣にいる幼馴染みは私の日常の一部だったから。

 2人の進学先については聞いていた筈なのに、どこか現実感の薄い、遠い未来の話のように思っていた。後、たった1年と半年先の事なのに。


「それが……ちょっと心配だったのよ」


 フッ、と儚げに微笑むまこ。

 でも……それはまこにしたって同じなのに、いや他の大学に行く分私より余程大変な筈。それでも私を案じてくれていた事に大きな驚きと申し訳の無さが去来する。


「でも、今回のゲームで花菜ちゃんとも離れて誰も知り合いのいない中での1人旅は、結花にとってきっといい経験になると思うわ。成果も早速出てきたようだしね。だから、少し安心したわ」


 「大きなお世話かもしれないけど、ね」、そう言ったまこはやけに大人びて見えて……。


(そう言えば、光子がMSOに興味を持った時にやんわり否定していたのもまこだった……あれも、私を1人にしておく為だったのかな)


 何気無い会話にまで繋がるかは分からないながら、私の頭に信憑性を与えるには十分な材料だった。


「……ごめん。心配させてたの、全然気付かなかった」

「違うのよ、こっちが勝手に心配してただけなの。結花だってわたしがいつフッた男に逆恨みされやしないかとか心配したりしてたでしょう? あんな感じ」

「あれはどちらかと言うと、まこの所為で誰かが犯罪に走らないかと危惧していたんだけど」

「あら、そうだったかしら?」


 しれっ、と笑顔を寄越すのは止めて。


「ふう」

「……言わない方が良かったかしら?」


 それには首を左右に振る。


「知れて良かった……とは思うけど、何だか複雑な気分。そんな小学生でもする事を蔑ろにしたり、まこに心配掛けたり……今まで何をしてたのかな私、みたいな」


 落ち込む私、けどまこは微笑ましげにこちらを見つめて話し掛ける。


「くすっ。そうね、でも……」

「な、何?」


「結花がそうなったのにもちゃんと理由はあったのよ。だからそんなに気にしなくていいと思うわよ、仕方が無かった事だもの」


「?」


 首を傾げる。理由? それは、さっきまこ自身が言った通りに幼馴染み2人がいつも一緒にいてくれてたから私がそれに甘えていただけではないの?

 考えるけど、それらしい答えは浮かばない。思い出すのはずっと平凡に家と学校を面白みも無く往復してばかりだった日々……。


「それって……?」

「秘密よ、自分で考えてみなさい……じゃ、また週明けに」


 最後にふっと柔らかく笑んで、それだけ言い残し、鞄を揺らしてまこは軽やかに立ち去った。

 私はそれを首を傾げて見送るばかり。


「私、何してたんだろう……?」


 まこに、ありがとうって言うのを忘れていたのに気付いたのは、しばらく経ってからだった。




◆◆◆◆◆




 目を開けると、そこは天蓋に覆われた1人で使うには広すぎるベッドの上だった。


(なんだか豪華過ぎて落ち着かないな……)


 埋もれるくらいに柔らかなベッド、羽のように軽いのにとても温かい掛け布団、雲の上に寝転んだらきっとこんな感じ。

 モゾモゾと一苦労して起き上がる。するとベッドに輪をかけて広い広い豪勢な部屋が視界に飛び込む。

 ここは“はじまりの街”アラスタでも有数の高級宿泊施設『ホテルアラスタ』のロイヤルスイート。最上階は丸々“この”ロイヤルスイート“だけ”なのでいくつもある部屋がとてつもなく広い。

 私とセレナで泊まったけど、明らかに使い切れていなかった。


(セレナはまだ、か。予定より早いもんね)


 昨日のあれやこれやを経て、パーティーを組む事となった私たちだけど、互いに時間に制約もあったので一緒に過ごす時間は4時半から5時半と8時から10時までと決めていた。

 そして今は4時を少し過ぎた辺り、セレナがまだいないのも当たり前だった。なら今の内に準備を済ませておいた方がいいかな?


(……あ、そう言えば服ってどうなったんだろ)


 今の私はセレナから借りたシンプルなパジャマ姿。

 元々の装備は脱衣室でカゴに入れたっきり、セレナはクリーニングしてもらえると言ってたけど、果たしてどこにあるんだろう?

 ベッドをもぞもぞと抜け出て寝室を後にする。リビングルーム(と言うレベルを超えた謎空間)には中天に昇った太陽が光を届けている。

 室内は華美な装飾は控えられ、陽光も相俟って清廉な印象を与えていた。


「にしても……ピアノとか弾く人はいるのかな?」


 部屋の一角には多少特殊な形状の真っ白なグランドピアノが鎮座している。他にも天井に埋め込まれる形の照明や並みのベッドより寝心地の良さそうなソファー、昨日話し合いの場とした暖炉なども含め見た事も無い高級品が各種並ぶ。

 そして見て回っているとその中である物が目に留まった。


「えーと……電話?」


 そこには資料でしか見た事の無いレトロチックな電話が壁に設置されていた(受話器と送話器が別個になってる糸電話みたいなタイプ)。

 多分これも精霊器なんだろうけど……それでいいのかファンタジー。


「ルームサービスでも頼むの?」


 電話に集中していると背後から声を掛けられた。


「おはよアリッサ」

「おはようセレナ。ううん、ちょっと気になっただけ」


 寝室から出てきたのはパジャマを着崩したセレナだった。ログイン時点で服はきっちり着ている筈なのにどうして肩がはだけたりしてるんだろ……。


「あ、もしかして暇させちゃってた?」

「私も今起きた所だから気にしないでいいよ」


 確かに室内(と言うには広すぎだけど)をうろうろしていたものの、せいぜい5分程度の事。

 むしろ待ち合わせた訳でも無し、一緒に行動する予定の時間までだって20分近くあるのだし、十分早かった。


「私なんて『待ち合わせでいつも早い』とか言われちゃうくらいだから、これで割と平常運転」

「あー、アリッサっぽい」


 お互いに笑みを浮かべる。


「……何かいいわねこう言うの」

「そうだね」


 感慨深げに呟くセレナに同意する。起きてすぐに友達と語らえるのは何だか面映ゆい。


「っと、いつまでもこうしてちゃ時間が勿体無いか。この時間は打ち合わせに使うけどいい?」

「もちろん。むしろ色々相談しなきゃいけない事もあるから、そうしてもらえるならありがたいよ」

「OK。せっかくだし後々の事も考えて、なんかルームサービスでも頼もっか」

「そう、だね。昨日は軽くすませただけでログアウトしちゃったから空腹度もそれなりに減ってるし」

「よっし、何がいいかな〜」


 楽しそうに私の所に駆け寄り、用意されていたメニュー表を開く。もちろん書かれているのはステラ言語。


「セレナって《言語翻訳》持ってるの?」

「まっさか。写真頼り」


 確かにメニュー表には個々の料理の写真が掲載されてるので、それ程外れる事は無いか。


「でも、こうして見るとさ。アリッサがくれたサンドイッチの方が美味しそうに見えるんだけど、持ってないの?」

「残念ながら」


 気持ちは大変よく分かるのだけどね。

 なので今回はルームサービスを頼もう、と思いきや……。


「……値段が致命的なんですが」


 一番安いので500Gから。所持金の3、4割が吹っ飛んでしまう計算だった。

 今更ながらにマーサさんに頼りきりだった事を実感する。


「値段に見合う効果はある筈だけどね。まあ、今日の所は私が奢ったげる」

「でも、自分で何とかなるならまずは自分で……」


 支払えない額じゃない。なのに何から何までセレナに背負い込ませるのは、頼ると決めた今でも躊躇いがある。


「早とちりしなーい」


 セレナは私の唇を指で押さえ、いたずらっ子のように片目を瞑った。パチクリと瞬く私に諭すように話し出す。


「今日の所は、っつったでしょ。貸しにしとく、いつかもっと豪華なトコで奢らせるから、そのつもりでがんばんなさい」


 その提案に返す言葉も無く、ぽかんと口だけが開く。


「昨日アリッサの不器用で頑固で融通が利かないトコに振り回された身としては、これくらい考えるってば。それともまだ文句がある?」


 何だか酷い評価ではあるけど、文句なんて無いとフルフル首を横に振るばかり。


「っしゃっ!」


 そう得意げに言って、セレナはメニュー表に視線を落としたのだった。



◇◇◇◇◇



 その後、2人共に一番値段の高かったブレックファストセットを注文する事となった(セレナがどうせだからと高いのにした。私は血の気が引いた)。パンや飲み物などが選択出来たのでなるべく別々にして食べ合う事となった。

 そしてそんな最中の話。


「で、その《古式法術》は7つの属性法術が1つの加護で使えるワケね」


 ロールパンを小さく千切って口に運ぶセレナはなるべく詳しく問題となっている加護《古式法術》を知ろうとしていた。


「そう。でも、普通にスキル名を発声してもダメだったの、代わりにスペルを唱えないといけなくなっちゃって……」


 サラダを食べるでもなく弄ぶフォークで開いているウィンドウを指し示す。


「[スペル]……ふーん、こんな風になってんのね」

「え? スペルの事、知ってたんじゃないの?」


 昨日、確かそう言ってたと思うんだけど……?


「ちょっとだけよ、そもそも私法術系の加護持ってないし」

「あ、そっか」

「知ってるのは法術のスキル名を〈言語解読〉ってスキルで読み解くと長ったらしい呪文になるって事と、呪文を唱えるとスキルが発動する事、後は誰が言い出したかは知らないけどスペルって呼ばれてるらしいって事だけ。メニュー画面にそれが表示されるのは聞いた事無かったわ」


 ……まあ、《古式法術》は私が一番最初に発見したのだし、メニュー画面に表示されるのも固有のものだったりするのかも?

 眉根を寄せ、ウィンドウを凝視するセレナは一転こちらを向く。


「一度スキル使ってみて、とりあえず確認って事でスキル名でホントに発動しないかの検証から」

「ん、了解」


 フォークを置いて手を上向ける。でも、やはりスキル名では発動はしなかった。

 次に、スペルでの発動の確認に移る。


「“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を祓う聖なる一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、傷を癒す尊き祈り”。“導け、聖なる御手”」


 一言一言間違いの無いように唱える、何せ使いなれないのはもちろんの事、こうして誰かに見られながらって言うのも初めてなものだから少し肩肘張っていた。

 唱え終わると同時に足下には星法陣が展開する。藍色の光が私たちをぼんやりと照らし、空白部には次々にステラ言語が書き加えていった。


「これが星法陣なんだ、結構キレーね」

「ゆっくり見れる分にはね……」


 戦闘中にそんな余裕は無かった……むしろ2層で使えば目立ってモンスターが寄ってくるんじゃ、なんて思う。

 そして星法陣が消えると同時に手のひらから藍色の光球が現れる。それは待機状態の〈ヒール〉、通常の物とは見た目の上での違いは無い。

 せっかく発動したのでセレナへと使う。HPは元々フル状態だったので回復する事は無くても、体の周囲はぼんやりと輝く。


「なるほどねー。毎回これだけ長いスペルが必要なんじゃ、そりゃキッツいワケね」


 セレナは難しい顔をして呟いた。


「うん、昨日も唱え終わる前に攻撃されて、加護が無くなってステータスも下がってたからあっと言う間に……やられちゃった」

「やられたって事は一度に出来る限り攻撃しても倒しきれないワケね。しかも追撃しようとしたら時間が掛かって、その間は逃げ続けなきゃならない、か。そのやられちゃった、ってのはどんな感じだったか詳しく教えて」

「えっとね……」


 かくかくしかじかと昨日の事を話す。

 待機状態に出来るのが1つだけなので、普通に法術を使った後にリリースした。けど倒すには至らず、別の法術を使って追撃しようとしたけど発動しなかったりした事も。


「発動しない? RAT(再申請時間)じゃなしに?」

「まず待機させたのが〈ファイアショット〉、次に普通に使ったのが〈ウォーターショット〉、追撃しようと使ったのが〈ウィンドショット〉だったから……」

「ふぅん……それなら平気の筈よね」


 そうその筈。スキルの再申請時間は次に同じスキルを使えるようになるまでを示す物なのだから。ただ、昨日は焦りがあってちゃんとした検証は行えていない。


「要検証ね」

「うん……」


 スキルの使用に何らかの制限があるのは致命的だった、そうなると私に使えるのは《杖の心得》のスキルだけ。

 一定値までダメージを防げる代わりに杖でしっかり防がねばならない防御スキルと、近距離まで近付き杖で殴らねばならない攻撃スキルのみ。それにしたって再申請時間があるのは変わらないから二度三度と攻撃されたら対処し切れない。


「……他の加護との組み合わせを考えずに言うならやっぱこの加護、後衛で守られながら使うのが前提じゃない?」

「やっぱり……?」


 この加護の最大の問題は結局スペルの詠唱に集約される。

 戦闘中にウィンドウを開いてスペルを唱える、なんて真似をモンスターの前で出来る筈が無いから全文を暗記する必要がある。

 移動しながらだとスペルの唱え間違いや噛んじゃったりしての中断も有り得る。

 必要な時、すぐに発動する事が出来ないと言うのは問題だった。


 でも誰かがモンスターの注意を引き付けてくれるならそれも何とかなるかもしれない。負担は大きいと思うけど……。


「まぁ、加護の組み合わせでどうとでも化けるのがMSO(このゲーム)なんだからそう落ち込まない。他の加護次第じゃ案外上手く立ち回れるかもしれないじゃん。だから残りの加護、見せてもらってもいい?」

「うん」



[ギフト]

[ギフトリスト]

『☆《マナ強化》

 ☆《詠唱短縮》

 ☆《杖の心得》

 ☆《言語翻訳》

 ☆《調理》

 ☆《古式法術》

 ☆《―》

 ☆《―》

 ☆《―》

 ☆《―》』



 システムメニューから開いた加護一覧を見てちょっぴり切なくなりつつもそれを克服する為と気合いを入れ、ウィンドウを可視状態にしてセレナに向ける。

 と、何故か対面に座っていたセレナは私の隣の席に移動すると私同様にシステムメニューを開いていた。

 何をしているんだろう? 操作する姿を眺めながらそう思っていると、文字も無く一面灰色にしか見えなかったシステムメニューが突然その色彩を変化させた。これは私と同じ可視状態?


「はい、交換ね」



[ギフト]

[ギフトリスト]

『☆《大鎌の心得》

 ☆《蹴技の心得》

 ☆《軽装の心得》

 ☆《腕力上昇》

 ☆《脚力上昇》

 ☆《大型武器特化》

 ☆《効果増幅:回復薬》

 ☆《討伐者》

 ☆《バーサーク》

 ☆《少数精鋭》』



「……え、ええっと、これセレナの加護だよね?」


 それは今私のウィンドウに表示させているのと同じ加護の一覧だった。セレナはその画面を私に見えるように移動させている。


「見りゃ分かるでしょ」

「どうしてこれを私に?」

「決まってんじゃない。アリッサの加護見せてもらうんだから、私だって見せなきゃ不公平でしょ。それに、これからパーティー組む以上は私の事も知っといた方がいいでしょ」


 そう言うセレナは自分のウィンドウを示す。


「じゃあ簡単に説明するから分からない所があったら聞いて」

「……ん、了解」


 互いのこれからを考えてくれている事と律儀な所を見れたのが心強く、まったりと喜んでしまう。

 セレナの加護の説明を聞いてから、今度は私のウィンドウに視線が移る……するとセレナが神妙な口調で話し始めた。


「……私、加護の数が10以下って初めて見たわ」

「ああ、やっぱり?」


 メインで使用する加護が10を割り込んでれば驚かれても不思議じゃ無いか。《古式法術》の前例がある以上、他にも複数の加護を代償に取得する加護もあるかもだけど、それでもこうまで極端に失うのは稀なのかな。


「普通は少ない空き枠にどう言う加護をセレクトするかが後々の成長にも関わるから慎重になるもんだけど……ある意味選び放題、とか前向きに考えとかない?」

「今回の事があるからそこまでは思えないよー」

「ま、失敗は成功の何とやら、ってヤツだと思っときなさい。成功に辿り着く為にもね」

「……努力します」


 そして私たちは今持っている私の加護で何か出来る事が無いかと話し合いへと移った。


「まずは《マナ強化》……強化って付くのは単純なパラメータアップ系ね」


 文字通りMP(マナポイント)の最大値を上昇するだけと言うシンプルな効果ながら、この加護の恩恵があればこそ私はMPを気にせずにスキルを使えてる。


「これ、役には立ってるけど今は関係無くない?」


 そう聞くと、チッチッと指を振る。


「そうとも言えないんだな〜。加護同士の組み合わせで何かしら機能が追加されたりするから、チェックはちゃんとしときなさい」

「へえ、そうなんだ。例えばどんな?」

「ん〜、うろ覚えだけど……《錬金術》って加護があるの、それは素材となるアイテム同士を掛け合わせて別のアイテムを作るって加護」


 錬金術……聞いた事はあるけど、あくまでそれだけ。鉛から金を作ろうとした、くらいの知識しか持ち合わせていない。

 《錬金術》の加護についても知っている事は無かったのでセレナの説明に耳を傾ける。


「でも、作る時は手順通りに進めなきゃいけないから毎度時間が掛かってたらしいんだけど、アリッサも持ってる《調理》があれば《錬金術》で作ったアイテムも『レシピ』として登録出来るんだってさ」

「……なんで?」


 マーサさんと出会った日に取得した《調理》の加護。

 作った事のある料理をレシピとして登録し、味と効果はレベルによるらしいけど、材料があればすぐに作れるようになる。

 そこにどうして《錬金術》が絡むのだろう?


「え〜っと、確か……昔錬金術の実験に台所やら台所用品を使ってたからとかなんとか、そこら辺繋がりじゃない?」


 セレナも詳しくは知らないらしく「さ、続き続き」と催促に移った。まあ、そこまで気になる話でも無かったので私も《マナ強化》の検証に戻る事にした。


「特に変わった事は無さそう、かな?」

「らしいわね」


 ウィンドウの《マナ強化》をタップしても出てくるのは加護の説明テキストや現在のMP強化分がどれくらいか、程度で何か変化した様子は無かった。


「じゃ、次は……《杖の心得》ね」


 《杖の心得》は基本的には法術の補助と言う役割が色濃い。

 それ以外の効果を持つスキルと言えば防御用の〈ワンドガード〉〈ワンドディフェンス〉、唯一の攻撃スキル〈ワンドヒット〉のみ。


「法術関連なら何かしら変化がありそうなもんだけど……どう?」

「それらしい物は……。実際に昨日《古式法術》とスキルを組み合わせて使ったけど、目立った変化と言えばダメージが見る影もなくなってたけどあくまでステータスが下がったのが原因だしね」


 はは……、と乾いた笑いを溢すとセレナに頭を撫でられた。


「はいはい、続き続きと……」


 残りの加護の検証を行う……のだけど結果を言ってしまえば《言語翻訳》《調理》に色好い報告は無かった。

 《言語翻訳》は《古式法術》の発見に関わっていただけに多少以上の期待をしていたのだけど……。


「ま、気にしない気にしない。次はいよいよ本命だしね」

「それってやっぱり《詠唱短縮》?」

「そりゃそうでしょ。こんだけズバリな名前の加護なら何かしらありそうじゃない」


 《詠唱短縮》には『カウントカット』と言う機能があり、それに登録した法術に限り、消費MPに+(《詠唱短縮》のレベル×2)%し、再申請時間に−(レベル×2)%する。例えば《詠唱短縮》は現在レベル10、〈ヒール〉に用いたなら消費MPは5点から6点に、再申請時間は30秒から24秒になる。

 ティファは『より速く法術を使えるようになる加護』と説明してくれていたっけ。


「だったらいいけど、そんな都合よ……く?」


 目を擦る。見間違い、ではない……?


 変化が、あった。



 タップして出た中には『カウントカット』の他に今まで見た事の無かった項目が表示されている。名称は――。


「『スペルカット』……セレナ、こ、これっ?!」

「えっ、ウソッ、ビンゴ!? マジで?!」


 私よりも驚いたような様子のセレナと共にウィンドウに張り付く。『スペルカット』と表示されたメニュー・バーをタップすると別のウィンドウが立ち上がる。



『スペルカット』

『・[―]

 ・[―]

 [決定][取消]』



 ウィンドウ内に入力スペースがあるのでまずはそこをタップすると、ずらりと使用可能な法術が表示された。


「これ、どれかを選べばスペルを唱えなくても発動出来るって事なのかな……?」

「だと思うけど……と、とにかく試そ!」

「う、うん」


 とりあえずは〈ヒール〉を設定してシステムメニューを閉じた。


「じゃ、じゃあ使ってみるね。……〈ヒール〉!」



 ……………………………………しーん。



「発動しないじゃん!?」

「な、何で……あ! スペルをカットするならスキル名じゃないのかも! だったら、えっとなんだっけ……“聖なる御手”!」


 ポゥッ。


「あ」


 私の手のひらからは藍色の光球が飛び出し、フワフワと滞空している。先程も見た〈ヒール〉の待機状態が、変わり無く発動した。


「「出た」」


 2人同時に口から溢れた言葉を追うように私たちの目はその光球に引き付けられ、次いで互いへと見つめ合う。



「やったぁぁぁっ!!」

「いよっしゃあぁぁっ!」



 私は両手を高く掲げ、セレナはガッツポーズ。


「良かったぁ、良かったぁ、これで足手まといにならなくてすむう」

「さっすが私! アドバイスが的確過ぎて神がかってるわ! あはははははは」


 パチーンとハイタッチしながらはしゃぐ私たち。しかし、無理からぬ事かもしれないけど2人してテンションが微妙におかしかった。

 これが嬉しい事は2倍になると言う友達効果だったりするのだろうか。


「見た限りじゃスペルカット出来るのはレベル依存で2つだけっぽいけど、加護がひとまとめになってんだから特定のスキルに集中しても不都合は無さそうね」

「うん、うん!」


 コクコクと頷きながら、いつまでもこのままにはしていられないので自らに待機状態の〈ヒール〉を使ってしまおうと視界内のある一点に気付く。


「   」


 そして、固まる私。


「ア、アリッサ? アリッサさん? ありっち? もしもーし?」


 呆然とした私に気付いたセレナが目の前で手を振るものの、私の反応は芳しくない。

 ギギギ、と錆びてでもいるかのように首を動かしてセレナへと向くやいなや、震える声で告げる。



「し、消費MPが……倍近くに跳ね上がってる気がする」


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