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第33話「バスタイム・トークライブ」



「どうしてこうなったのでせう……」

「まだ言ってるし……眼福でしょ?」


 私とセレナは二人揃ってホテルアラスタのロイヤルスイート、その浴室にいた。今は体も洗い終わり湯船で一息吐いていた所。


 「せっかくアラスタで一番高級なホテルのロイヤルでスイートなルームに泊まるんだから満喫しなかったら損過ぎる」と言われれば勿体無さも湧くし、「アンタそんな格好のまんまでベッドに入る気?」と諭されれば納得もするのだけど……何故一緒にかは最後まで分からずじまいだった。


 そんなこんなで下手な銭湯よりも余程広い湯船の隅っこで膝を抱えてブクブクとお湯を泡立てる私とは対照的に、隣で縁に寄り掛かってぱしゃぱしゃとお湯を蹴るセレナはずいぶんとご機嫌そうだった。


「ねえ、何でそんなに楽しそうなの?」

「あ、分っかる〜?」


 それだけ声を弾ませていれば誰でも分かると思う。


「何か、こう……ワクワクしちゃっててさ。明日ログインするのが待ち切れないって感じ」

「くすくす……遠足前日の小学生みたい」

「う、うるさいわね。嬉しかったし楽しみなんだから、仕方無いでしょ」


 図星をつかれたのか、睨まれた。頬が赤いのは……お湯の所為、って事にしておきましょうか。


「でも、うん……気持ちは分かるよ。私も、少しは前向きになれたから、楽しみだって思えてる。セレナのお陰だよ、ありがとう」


 一応フォローしたつもりだったんだけど……何故かセレナは唇を尖らせてブーたれていた。


「……ちぇっ、また先に言われた」

「また? 先に?」

「…………私も、言うつもりだったの。手を取ってくれて、ありがとね」


 セレナはゆっくりとこちらに向き直ると、少しだけ視線をずらしながらそう言った。


「正直言うとさ。私、ちょっと怖かったんだよね。もしあそこでに拒否られたら、アリッサと距離が出来ちゃうような気がしててさ。だから、手を取ってくれて嬉しかったし、これからの事を考えると楽しみなワケ」

「……距離、かあ。そうだね、セレナの誘いを断ってたら、それすら負い目に感じて距離を取っていたかも」


 それは単なるたらればに過ぎないけど、想像する事が反省に繋がるのなら時にはそれも必要だ。


「それに……ほんとはね、それより前に助けられたの」

「え?」

「セレナが連絡をくれた時にね、私ログアウトしようとウィンドウを開いてたんだ。それを、止めてくれた。すごいジャストタイミングだよね。もし、それが無かったら……ずるずる諦めてたかもしれない」


 一人で悩んで無駄に煮詰めて焦げ付かせていたら……それは想像するだけで胸焼けしそうなifだった。


「セレナがいてくれて良かった。本当に、運が良かったんだね」


 あの時セレナが連絡をくれた、だけでなく、出会えた所からきっと望外の幸運だったんだなって、今となっては尚の事そう思える。


「……はン。私はこんなんで運が良かったとか思わないケドね。私とアリッサが巡り合ったのも、あのタイミングで連絡したのだって必然よ、運が良くなるのはここからだっつの」


 ザバァッ!


 湯船から立ち上がったセレナは腰に手を当て、胸を張って宣言した。すごく頼もしい。


「うん……それはいいんだけど、ね。ごめん、少しは隠そうとして」


 手で顔を覆う。

 今更同性の裸の一つや二つで騒ぐ気は無いけども、さすがに全裸でそう堂々とご開帳されると気恥ずかしさが勝り、目のやり場に困るのです。


「何言ってんの。このゲーム最初から“見せられる”ように出来てんのよ? 見せて何の不都合があるのよ」

「理屈は分かるんだけど……それと開けっ広げに振る舞うのはまた別問題だと思うなあ」


 MSOにおいて裸体はすべての装備を外した状態であり全員そうなる事は出来る。

 しかしこれはあくまでゲーム、それも12歳以上と言うレーティングへの対策が施されている。

 こうして裸体を他人が見る条件は“満15歳以上”“同性”“フレンド限定”と設定されていて、それ以外の相手には“妙に濃い湯煙”であったり“不自然に射し込む光”であったりがフィルターとして隠してくれるらしい(ちなみにその上でも異性が見たor見られた場合には違反行為として男性側のみ(、、、、、)に強制ログアウト&相応のペナルティーが発生する。こちらの世界は女尊男卑らしいです)。

 そのフレンドに対しても後からオプションで設定を変更出来るので、裸体を見れる=“見られてもいい相手である”と言う意思表示にも繋がる(多分)。


「そもそもこんなに非の打ち所の無いバランス良いスタイルにモデリングされてたら自慢したくもなんの! 今まで自慢出来る相手いなかったのよ、羽目外すでしょちょっとくらい!」

「普通はなりません!」


 拳を握り締めて力説するセレナに引き気味な私であった。

 どうにもセレナにとってこちらでの肉体は服や装飾品に近い扱いなのか、裸体を見せる事に対して抵抗が薄いようだった。

 ある意味非現実の体である事を最大限象徴する事例なのかもしれない。現実では良識を持っていると切に願うばかりである。


(私には間違いなく無理。思案の余地無く絶対無理)


 対して私にとってこの体は現実のものと変わらない、もう一つの体だと認識してる。

 ある程度見せるのも見られるのも耐性はあるけど、見せつけるのも見つめられるのも度を超せば羞恥心が噴き上がる。


 ただあくまでセレナの価値観である以上真っ向から否定する権利は無い、それもまたゲームの楽しみ方の一つなのだから(理解は出来そうもないけど)。

 だから私に出来るのはせめてそう思わない人もいると諭すくらいなものだった。


「何よー、アリッサの体だって全然余分な肉が付いてない上に肌なんか真っ白くてキレイなもんじゃん。案外一人の時に姿見の前でポージングしたりしてるんじゃないのー?」

「しません」

「え〜?」

「しないもん!」

「じぃ〜………………」

「何その反応?!」


 その後もセレナはこちらをじぃっと見つめ続けている。なので私も腕で体を抱き、改めて意識する。


 確かにアリッサには肉なんて殆ど付いていない。贅肉は元より筋肉も含めて少なく、金髪なのもあってまるで小さい頃に遊んだ着せ替え人形じみている。容貌を含めれば確かに、同性の私から見ても魅力的だと思う。


 対してセレナは程よく焼けた肌に、着痩せ体質なのか思ってたよりもボリュームのあるバストが視界に入る。出る所は出て、締まる所は締まる。それは現実でも居そうな健康的で引き締まった体をしている。ちょっと羨ましい(現実との比較)。


 アリッサは華奢、セレナは豪奢。両者を一言で表せばそんな感じ。


(私がアリッサを扱いあぐねてる、と言えるのかなこの場合)


 頭の中で二人の体をそう論評していると、不意にセレナが顔を近付けてきた。


「アリッサ、明日からがんばろ」

「……何その唐突な話題転換」


 チャプターを進めたような違和感満載なセレナの態度に訝しさを覚えつつも、手を握られては逃げられもしない。


「いや、アリッサの体の話題してたら何か色々着せ替えて遊びたくなっちゃったから早く王都に行こ! お気に入りの店紹介するからさ」

「堂々と人を着せ替え人形扱いしないでよ! ……そもそも私まだお金全然無いんだけど」

「この世にはいい言葉があるわ。試着と冷やかしと言う名言が!!」

「迷惑だからそこまで露骨にしちゃだめです!」


 でも二、三回なら……って、こっちに試着とかあるのかな。


「ちぇっ、ケチ」

「常識の範疇です! はあ……でも将来的には装備も変えないと、って前から思ってるから、紹介してもらえるなら助かるかな」

「最初からそう言いなさいよ!」

「この話題の前の部分に人で遊ぶなんて余計なのがくっついてた所為です!」


 ギャーギャーと喚き合い息を荒らげる。


「はー…………ぷっ」

「ぜー…………くくっ」


 どちらからともなく、私たちは吹き出した。何が面白いのかカラカラと笑い続ける。


「何だか、ずいぶん噛み付いてくるじゃない。生意気〜」

「セレナがずれた事ばっかり言うのが悪いんです〜」

「何ぃ〜」

「何よ〜」


 そうしてまた吹き出す。


 あれから、互いに泣いて手を取ってから会話の中から力が抜けている事を、遠慮がどこかに消えた事実を、お互いに感じていた。

 その変化を確かめるのはこそばゆいけど心地よく、他愛も無く益も無いおしゃべりが続く。時に拳を振り上げ、時にお湯を掛け合い、じゃれあう姿を他人が見れば、子供みたいと笑われるに違いない。

 でも、今はそれで良かった。それが良かった。



 私たちは今、気の置けない間柄になれたのだから。



◇◇◇◇◇




 お風呂上がり、脱衣室で体を拭いているとセレナがメニューから現在時刻を確かめて呻いた。


「うわっ、もう十二時前じゃん。やっばー」

「嘘っ?! この前注意されたばかりなのに……今日は言い訳のしようがないなあ。急がなきゃ」


 今日は色々あったけど、どれも私自身が発端なのだから叱られても文句は言えそうに無い。

 それにこれ以上遅くなれば明日の授業で私の瞼が重くなるのは避けられない。


「早くログアウトしないと!」

「あ、ちょい待ち!」


 慌てた私が脱衣篭の中の服に手を伸ばそうとすると、横からセレナに制止された。


「えっ?」

「せっかく体洗ったのに汚れた服着たら意味無いでしょ。高級な宿屋ともなると衣類をこの手のカゴに入れとけばクリーニングされる筈よ」


 なんですと。マーサさんのように気の利いたサービスが利用出来るなんて……さすがに高いと違う。


「で、アリッサ替えの服持ってる?」

「あ」


 持ってません。いつも着替えているパジャマはあくまでマーサさんが貸してくれている物なのだから、私が持ち歩いてる訳も、ここにある訳も無い。

 さすがマーサさん、高級ホテルの上を行くサービスを実践していたらしい。


「で、でもでもこう言う所ならバスローブとかがあったり……」


 周囲を見回せばそれらしい物を見つけられたけど……?


「ふっふっふ、そんな心配は無用よ! でいやっ!」


 先程からシステムメニューウィンドウをゴソゴソといじっていたセレナが自らのポーチから何かをぶわわっとばら蒔いた!


「な、何ソレ」

「私物。好きなの貸したげるわ!」


 ハラハラと落ちてくるのは色とりどりの下着や寝間着の数々。セレナはそれらを手に取ってためつすがめつ、どれにしようかと悩んでいた。


「ね、ね。どれにする?」


 次々に広げて見せる。下着は清潔感のあったマーサさんの物とは異なり、見た目がきらびやかな代物までが大勢を占めていた。寝間着はシンプルなパジャマもあればネグリジェみたいな物まで用意されていた。


「……セレナ、普段こんなの着てるの?」

「んな訳無いでしょ。衝動買いしてポーチの肥やしよ、だからまぁこんな時だし使ってみよっかなーってね」


 瞳を煌めかせて下着や寝間着と私を交互に見ている様は先程の着せ替え云々と相まって背中に一筋冷や汗を感じてしまった。


「私的にはこれとかオススメかなー♪」

「そんなスッケスケで一体何を隠せと!?」


 よりにもよって膝上丈のスケスケネグリジェとか選んじゃったよこの人! 恥知らず!


「え、良くない? アリッサが着たらこう……倒錯的な色気でとんでもない事になりそうじゃない。男とかイチコロっぽい。狼男に早変わり」

「そんなの同性にだって見せたくないからね!? 異性とか論外に決まってるでしょう!!」


 「ちぇ〜」、セレナはネグリジェをぽいっと放って寝間着探しに戻る。いけない、セレナに任せてたらいつまで掛かるか分からない。

 そう判断した私は無難なデザインのパジャマと割かしおとなしめの上下をさっさと決めてしまう。


「え〜、もうちょっと選ばない?」

「だめ! もう日を跨いじゃいそうなんだから、急いでログアウトしないと、ほらセレナも選ぶ!」


 それでもぐずるセレナにコレでも着る? と、さっきのスケスケネグリジェを提案したらあっさりと自分の寝間着を決めた。

 そこまで嫌がる物を人に勧めないでいただけませんかね(怒)。



◇◇◇◇◇



「「は〜……」」


 寝室へと来た私たちの目に飛び込んできたのは天蓋付きの超巨大なベッドだった。


「でか〜。これキングサイズ、ってヤツ?」

「実物見た事無いから断言出来ないけど、多分……」


 現実の簡素なベッドとは比較にもならないゴージャスなベッドと調度品に感心していると、私の隣をセレナが駆け抜けていった。


「ひゃっほ〜〜う」


 ポフッ!


 ベッドへとダイビングしたセレナはぽよんぽよんと何度か弾む。それがちょっと楽しそうに見えたので逆側から私も飛び込んだ。


 ポインッ。


「あはは、ふっかふか〜。気持ちいい〜」

「でもこんなにふかふかだとちょっと落ち着かないね。確か柔らか過ぎると安眠出来ないとか聞いた事もあったけど……」

「ま、私達たち別に寝るワケでもないし、ログアウトしたらベッドなんてただの回復装置でしょ、起きてる間楽しめればそれでいいんじゃない?」


 それもそっか。そうして落ち着くと、目の前にログアウト用のウィンドウが現れた。


「…………」

「…………」


 すると途端に2人共言葉が途切れる。

 セレナは言っていた、明日が楽しみだって。ワクワクしてるって。

 でも……今日だって十二分に意味を持ってた。むしろ今日の方が意味深い。

 だって私たちが本当に大切な友達同士になれた日なのだから、惜しまない筈が無い。

 だから、そんな今日を自分の手で終わらせる事がどうしようもなく惜しく思えて。


 でも……。


 キュッ。


「アリッサ?」


 寝転んだまま、私の右手がセレナの左手を握った。


「言ってたよね、運が良くなるのはこれからだって……なら、これを押さないともっともっと楽しい事にも、嬉しい事にも出会えないんだよね」

「……あはっ、上手い事言っちゃって。そ、今日より明日は良くなる、明日より明後日がもっともっと良くなる。うん、そう。今なら……こうしてるからそう信じられる。ナイス、アリッサ」


 ギュッ。


 今度はセレナが手に力を込める。お互いに頷き合い、私たちはウィンドウへと向き直り、空いている手を伸ばして[Yes]の前に置いた。

 ちらりと横を向けば、丁度こちらを見ていたセレナと視線が交差して、笑みが深くなる。


「じゃ、またね!」

「うん、また明日」


 そうして、お互いの手の温もりを感じながら、長い長い……でも決して忘れないと断言出来る一日に静かに幕が下ろされる。

 最後に、閉じた瞼の向こうに輝く明日を夢見ながら、小さく小さく囁いた。



「あなたに出会えて良かった」



「私もよ」

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