第26話「誰が為に道は続く」
「なんてゆーか……なっつかしいわね〜」
「まあ、そうでしょうね」
白亜の建物を見上げながら、隣に立つセレナがしみじみと呟いた。彼女にしてみればアラスタに来る事自体が少ないのかもしれないし、この近辺で死んでしまう事態も稀だろうから当然か。
私も北大通りを通る度に見かけてはいたけど、一度キャタ……ふう、モンスターにやられて強制送還された際に訪れたきりだったから、その気持ちは……まあ分からなくもない。
「良かったな、懐かしくて」
「はァ? 何が良かったのよ」
そんなセレナに天丼くんが言葉を返す。ただ、意味が分からないらしいセレナが噛み付いている。ちなみに私も分からない。
「あー、もう俺らじゃここいらで死ぬ事も無いから強制的に転移する事は無い、蘇生以外に来る理由も無い、だから懐かしいんだろ?」
「そりゃそうでしょ。だから何だっつーのよ!」
「だーかーらー、俺らがここにお世話になってたとしたら、この前のボスマラソンの時くらいだ。つまり、」
「もしもその時ここに来てたら、それってアリッサと会ってなかったかも、って事だろ」
「「あ」」
そっか。
あの時、初めて出会った2人は空腹度が0の状態でHPが回復しなくなっていたし、HP自体も結構減っていた。
飛び込んだセーフティーエリアにたまたま私が居て、お弁当を分けたから今に繋がっている。
もしも私に会う前にボスかモンスターに倒されていたら、2人はここを訪れていた、と言う事。だとしたら私との接点は無かったかもしれない。
まあ私がお弁当を分けないとか、再戦で死んじゃう展開だってあるんだけどね。
「……回りくどい言い回しすんなっての。それに、たらればなんて興味無いし」
「うん、そうだね。私も2人と会わなかったら、なんて想像したくないもの」
「そうかい、そいつぁー悪ぅござんした。無駄に時間使わせちまったな。さ、行こうぜ」
教会へと歩き出した私たち。その中で私は考える。
(もしも、か……)
もしも1ヶ月前、花菜と仲違いしていなければ、私はあの日あの場所には居なかった、だからきっと2人とも出会っていない。
そう思うと縁って、不思議。
(仲違いした事も今じゃもうあまり後悔してない。あれも、無駄じゃなかったんだよね)
花菜ともっと仲良くなれて、2人と出会えた。そして、マーサさんとセバスチャンさん……シロネさんとも。
(うん。良い事ずくめ)
タッ。
その出会いに応える為に、また一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇
夜と昼、両極端な2つ。当たり前の事だけど、それだけでそこはガラリとその表情を変えていた。
カツーン、カツーン。
静謐な空間に響く靴音は高く高く、礼拝堂から周囲の建物よりも背の高いこの教会の天井に木霊する。
以前訪れた時はほのかな灯りに照らされ幻想的に思えた礼拝堂も、窓から太陽の光が射し込む今は木造の内装が光を受け止めそれ自体が神聖な雰囲気を放っているかのよう。
緊張はするけど、不安は抱かせない。
「こんにちは、神父さま」
「おお、星守の方々。ようこそいらっしゃいました」
神父さまは手を組み目を伏せた。手首の銀の十字が、チャリッと小さく音を立てる。
「先日はお世話になりました」
「いいえ、どうかお気遣い無きよう。全ては星の導きなのですから」
神父さんの笑みに、私も笑顔を返す。
それでも、初めてモンスターに倒されて落ち込んでいた私を励ましてくれた感謝は忘れないと思う。
「して、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「はい。教会で読み書きを教えていると聞き及びまして、私も習ってみたいのですが……どうすればよいでしょうか」
「成る程、そうでしたか。それでしたら一度外に出ていただきまして、向かって右手の建物をお訪ね下さい。そこでは今、シスターが子供たちに学問を教えております」
「分かりました、行ってみます。ありがとうごさいました」
会釈をして扉の前に立っていたセレナと天丼くんに合流する。
「隣の建物で勉強教えてるみたい」
「ま、ここで子供がノート広げてるワケ無いか。礼拝堂の裏手は蘇生ポイントだしね」
扉から外に出てみると、隣には平屋建ての建物がある。他の建物が塀や柴垣の向こうにあるから、多分教会の施設の1つで間違いは無いと思う。
タッタッタ。
先に行ったセレナが窓から覗いていたので、私も脇から覗いてみた。
「結構賑やかだね」
中では子供たちがわいわいと元気に受け答えしている、まるで小学校みたい。シスターも大変そうだけど楽しそう。
「私、子供苦手なのよね……。特に活きがいいのが」
「お前昔っから子供相手だと無駄に消耗してたからなぁ、空回りするにも程がある」
げんなりするセレナに呆れるような天丼くん。
「じゃあここで解散にする? 読み書きを覚えるのにどれくらい掛かるか分からないし」
「くっ、それだと何だかガキに負けたみたいで悔しいのよ……!」
ま、負けず嫌いがこんな所でも発揮されちゃっている。
「アリッサの邪魔になっても悪いだろ、それにそろそろいい時間だしログアウトしちまおうぜ」
「え、もうそんな時間だっけ?」
私も気になってメニューを開くと時刻は10時前。シロネ工房を出たのが9時半くらいだったかな、歩きながらのおしゃべりで結構時間が経ってたみたい。
「ちぇっ」
「つー訳だ。俺らもここいらで落ちるわ」
「うん。付き合ってくれてありがとね」
「おう。……ほら、いつまでそんな顔してんだよ」
不満顔のセレナは「るさい」とブーたれつつも私に向き直る。
「じゃ、またねアリッサ。時間が出来たら……どっかに遊びに行きましょ」
「うん、その時までに少しは余裕を作っておくね。2人ともお休みなさい」
軽く手を振り合い、私たちは別れた。雑踏の中の2人の背中が見えなくなるまで見送った私は、くるりと方向転換して平屋へと向かい、ドアに手を掛けようとしたまさにその瞬間。
ガラガラッ!
ひとりでにドアが横にスライドした。
「えっ?」
「おわっ!?」
ドンッ!
次の瞬間、驚いて固まった私の下腹辺りに何かが突撃してきた、痛……くはあんまりないけど、ぶつかってきた誰かさんは尻餅をついてしまっていた。
「いって〜っ」
「ごっ、ごめんなさい。大丈夫、君?!」
目の前にいるのは10歳に満たないだろう年頃の男の子だった。ヤンチャそうなその顔と黒髪のツンツン頭。脇にはノートらしい本とペンケースっぽい袋が散らばってしまっていた。
「立てる?」
「平気だっての、気を付けろよな!」
「いきなりドアを開けて飛び出しておいて何を言っているのですか。あなたもキチンと謝りなさい」
前方の教壇に立っているシスターが男の子をたしなめる。周りを見れば子供たちは本と袋を持って立ち上がっている。
う〜ん……もしかして、授業が終わって帰る所だった?
「……ちぇっ。悪かったよ」
「申し訳ありませんでした。この子も悪気は無いのですが、少々元気があり過ぎまして……」
「ああ、いえそんな。元々私がドアの前に居たのが悪かったんですから、こちらこそすみませんでした」
「だよなー」
「ダンさん!」
「ひぇっ」
シスターからの一喝にダンと呼ばれた男の子は肩を竦め、周囲からは「ははは」と笑い声が響く。他の子たちはダンくんを囃し立てたり、私の脇を通って外へと出ていく。中には以前クロウの肉を届けた子の姿もあった、ちゃんとお父さんに料理を作ってあげられたのかな。
残されたダンくんはシスターから注意を受けた後に、彼を待っていた友達だろう子たちと平屋から出ていった。
「シスター・ロサの怒りんぼ! そんなんだからモテないんだぞ!」
との捨て台詞を残して。
(シスターなんだからモテちゃマズいでしょう)
そうは思いつつ、明日辺りのあの子の命運がゴリゴリ削れているように感じるのは果たして私の気の所為なのだろうか。
「こ、こほん。失礼、お騒がせしました」
「あはは、お気になさらず……子供はあれくらい元気な方がいいと思いますよ」
「そう言ってもらえると助かります」
小学生の時にもいたなー、ああ言う男子。好きな人にちょっかい出したがる系の。全然関わり合いにはならなかったけど………………あはは、はあ。
「自己紹介が遅れました。私はアスタリスク教会のシスター、ロサと申します」
「アリッサです。一応星守をしてます」
現実の物とあまり変わらない黒と白のシスター服を着込む30前くらいの女性は柔和に微笑んで先を促してきた。
「今日はどのようなご用事でこちらまで?」
「こちらで読み書きを教えているそうなので、私も習ってみたいんです。可能でしょうか?」
「はい、もちろんです。少々お待ちください」
シスター・ロサは奥に設置されている戸棚から本を1冊取り出すと私に差し出してきた。
受け取って表紙を見てみるとタイトルが書かれているけど、《言語翻訳》をセットしていないので読む事が出来ない。
「これは?」
「『教本』です。星守の方でもこれを済ませれば一通り文字の読み書きが出来るようになる筈です
パラッ。
本を捲ってみると10×15マスの四角形がズラリと並び、左端の1列にはこちらの文字が1字ずつ書かれている。
(書き取り帳?)
小学生の時に何度も何度も書き込んだのを思い出す。この手の地味な作業は得意分野だったなあ、逆に花菜はすぐに飽きて投げ出してゴロゴロし始めてたっけ。
(机に戻すのが大変だっ…………いや、今も割とそんな感じか。ああ、頭が痛い)
そんな事は考えたくもないと頭を振って、意識を教本に戻す。
(結構厚みが……いや、これだけで読み書き出来るようになるなら楽な方、か)
この世界の人たちならもっともっと時間と努力を重ねないといけないのだから。
「あ、お代を――」
「お気になさらないで下さい。教本は教会から無料で配布されている物ですから」
「でも、これも本当なら子供たちの為の物でしょう?」
シスター・ロサは首を静かに横に振る。
「それも元を辿れば星守の方がいればこそ皆も安心して学ぶ事が出来るようになったのですから、これはそのせめてものお礼、そう思って下さい」
……それに私がどれだけ貢献出来ているのか疑問ではあるけど、そこまで言わせておいて支払うのも失礼にあたるかな……。
「……分かりました。ありがたく受け取らせていただきます」
「はい」
私はアイテムポーチに教本を入れ、シスター・ロサにお礼を言って帰路に着いた。
◇◇◇◇◇
足取り軽く、私はマーサさんの家へと帰宅した。
何故かと問われれば、今日でマーサさんへのプレゼントの下準備に一定の目処が立ったからだ。
「あらら? アリッサちゃんご機嫌ね、何か良い事でもあったのかしら?」
「ぅ。あー、えー、あ、今日久しぶりに友達にばったり会ったんですよ!」
「あらら。そうなの、良かったわね〜」
「あははー、はい……」
嘘じゃない、嘘じゃない。
「あらら。そうだわ、そろそろお茶にしようと思ってるんだけどアリッサちゃんも一緒にどうかしら?」
マーサさんのお誘いにフム、と考える。最近はマーサさんと過ごす時間も削ってたし、一段落ついたのだから今日くらいゆっくりするのもいいかもしれない。
それともう1つ、現金な話になるけどマーサさんのお弁当だけでは空腹度が回復し切れずジリジリと減少していたからこのお誘いは実は助かる、と言うのもあったり。
「はい、ご馳走になります」
「あらら。じゃあすぐに準備しちゃうから、ちょっと待っててちょうだいね」
「あ、その間に着替えてきちゃいますね」
せっかくのティータイムも汚れた服じゃ台無しだ。私は急いで自室に向かって駆け出した。
パタパタパタ!
バタン!
ドアを閉めるといそいそと初期装備を脱ぎ始める。
下着に続き上着を羽織ってボタンを留めて髪を出し、パジャマのスボンを穿く。
「ふぅ」
頭を軽く振ってから髪をならしていく。
最後にうさぎスリッパを履いて準備完了。
「あ、いっけない」
下へ向かおうとした私は机に置いたポーチへ戻りマーサさんのお弁当箱を取り出す。
初めてお弁当を作ってくれて以降、マーサさんは(こちらの時間で)1日に1回お弁当をくれるようになった。中身はサンドイッチで統一されているけど、毎回具は異なり飽きると言う事からは縁遠い。
以前にセレナと天丼くんが言っていたように空腹度の高い回復力に加えてHP・MPまで回復してくれるのでここ何日かのポーションの節約に繋がっている。
その空のお弁当箱を片手に部屋を後にする。スリッパ&下り階段なのでさっきよりはペースを落として降りていく。
「お待たせしました、何かする事残ってますか?」
「あらら。丁度ぴったりよ、アリッサちゃん」
見ればテーブルにはいくつものプチケーキが置かれ、キッチンではまさに紅茶を淹れようとしていて、もう手伝える事は無さそう。あの短時間でどれだけ効率良く動いてるんですか。
「あらら。さ、座って座って」
「あ、はい。失礼します」
お弁当箱を流しで洗っているうちに用意はすべてマーサさんが済ませてしまったらしく私はいつもの席に座る。
テキパキとお茶を淹れるマーサさんの手際に感心しつつ、視線がプチケーキに泳ぐ……ごくり。
「あらら♪」
「あ、いえ何でも無いです」
それがあまりに分かりやすかったのか、マーサさんに笑われてしまったので姿勢を正して言葉を濁す。
カチャッ。
私の前にもかすかな音と共にカップが置かれ、マーサさんも対面の席に着いた。
「あらら。さ、いただきましょ」
「はい、いただきます」
両手でカップを持ち、琥珀色の紅茶を一口口に含む。鼻を抜ける香り、ほのかな苦さと甘さを味わう。飲み込むとその温かさが体の中に広がるのを感じる。
「ほっ……」
一息吐くと、体から力が抜ける。
「おいしい」
「あらら。気に入ってもらえて良かったわ〜」
対面のマーサさんはコロコロと可愛らしく微笑み、私に質問をしてきた。
「あらら。ねえ、アリッサちゃんのお話が聞いてみたいわ、お友達ってどんな人なのかしら?」
ああ、セレナと天丼くんと出会った時の事は大まかには伝えたけど、2人について詳しく話してなかったんだっけ。
「えっとですね……」
セレナはちょっと意地っ張りだけど分かりやすくて、照れ隠しにもれなく天丼くんが被害にあってたり。
天丼くんはいつも真面目で頼りになる人で、セレナとはすごく仲が良いけど時々ちょっと意地悪してたり。
後、今日はセバスチャンさんとも再会して友達になった事を少しだけぼかして話す。主にシロネ工房や教会に読み書きを教わりに行った事なんかを。
「あらら。くすくす、楽しそうな子たちね〜」
「いつかここに連れてくると思います、その時はみんなでお茶にしてもいいですか?」
「あらら、あらら。もちろんよ、楽しみだわ、年甲斐も無くワクワクしちゃうわね〜」
その後も、私とマーサさんは色々な話をする。
「くすくす、何ですかそれ」
「あらら。だって本当の事なのよ?」
「え〜?」
近所の猫が悪さをした、はすむかいのお爺さんの腰が抜けた、南東通りに幽霊が出た等々、他愛ない話だかりだけど……これはあれかな、クエストの情報だったりするのかな?
美味しいお茶にケーキ、楽しい会話。時間は瞬く間に過ぎていき、気付けば時間がずいぶん過ぎていた。
名残惜しみながらもそろそろお開きにする事になった。マーサさんが準備をしてくれたのだからと今回も私が後片付けを買って出る。
流しで洗い物をしてると、不意に視線を感じる。
「何ですか?」
「あらら。何でもないわ〜」
「そうですか?」
「あらら。そうよ、うふふ」
マーサさんはそんな私をテーブルに座りながらニコニコと嬉しそうに眺め、私の唇も緩く笑む。
前に一緒にシチューを作った時も、その後片付けの時も、こうしてマーサさんはこんな風だったっけ。誰かがキッチンに立っている、それが嬉しいのかな?
(一人暮らしだもんね)
息子さんが王都に行ってからそう時間も経ってないと思うけど、今まで側にいた人がいなくなるのはそれだけで凄く凄く寂しいものだから……。
(いつかほんとにみんなで集まれたらいいなー)
あらかた片付け終えた私は時間も時間なので部屋からログアウトする事にしてマーサさんに挨拶する。
「それじゃ、私そろそろ休ませてもらいますね」
「あらら。そう? お休みなさい、ゆっくりしてね」
「はい、お休みなさいマーサさん」
手を振り、台所を後にした。
◇◇◇◇◇
自室へ戻った私はあるアイテムを実体化しようとしていた。
「えっと……あ、あったあった」
[アイテムリスト]の中からシスター・ロサから貰った教本を取り出す。そう時間は無いけど、まあ少しくらい進め、る…………あ。
「鉛筆、買ってない」
時間も無い、マーサさんからこれ以上借りるのも悪い、なら今の私に出来る事はと言えば……。
「読んでみるくらいしかない……ううう」
自分の間の抜け方にヘコみながら《言語翻訳》をセットしてみると、教本に書かれている文字の大半はひらがなに相当する物らしい。
これだけでも経験値になるから無駄じゃ無いんだけど……やっぱり出来なかったのがちょっと悔しい。こんな事がもう無いように鉛筆を買うついでにメモ帳でも買っておこうかと本気で思案してしまう。
「文房具店か、雑貨屋……さすがにノールさんのお店には置いてないよね」
明日の予定がまた増えた。この街のお店ってとにかく数が多いんだよね。どんなお店かも把握出来てないし自分の足で探すか、誰かに相談するか……。
あ、セバスチャンさんならこう言う情報にも詳しそう、かな? そう言えばステラ言語って知っていたし、もしかしたらセバスチャンさん自身も読み書き出来るのかもしれない。
(アドバイスなんかも貰えると嬉しいんだけど……ああいや、欲張り過ぎね)
まずは自分で探そう。私には脚がある、頭がある、使わない理由は無い筈! ……時は金なりとか、攻略に差し支えるとか、頭に思い浮かぶのは怠け者の幻想です。
そして私はふと思い付き机の引き出しに教本を入れてみる。実に本来の使い方だと満足しながら床についたのだった……。
◆◆◆◆◆
「ん〜〜」
体を起こしてほぐす。時刻は11時前、早くお風呂に入って寝ないと明日に差し支える。
タンスから着替えを出して1階へ降りていくとドアの隙間から明かりが漏れていた。
ガチャ。
ドアを開けて様子を見ればお父さんがテーブルで晩ごはんを食べている所だった。お母さんはキッチンで洗い物中。
「おかえり、お父さん」
「お、ただいま結花。なんだこんな時間まで起きてたのか?」
「起きてたって言うか、寝てたって言うか……ゲームしてたの」
体は寝かせてたけど、頭はしっかり起きてたからどう表現すればいいやら。
「……ああ、あのゲームか。お父さんが学生の頃はそれこそ小説やゲームの中の空想の産物だったが、まさか本当に実現する日が来るなんてなあ」
「何を年寄りくさい事を……と言うか、アナタ花菜にゲーム機買う時もそんな事言ってなかった? ゲームの中に閉じ込められたりしないだろうなー、って」
「いや、だって心配だろう」
2人はあの小説ではどうしたこうしたと、よく分からない会話をし始めた。お父さんとお母さんもその手の話で盛り上がれたのね。
2人の話が一段落ついたようなので話し掛ける。
「じゃ、私お風呂入ってくるから」
「ああ結花、待ちなさい」
「ん? 何?」
呼び止められて振り返るとお父さんが箸を置いてこちらを見つめていた。
「楽しいか?」
「え?」
「そのゲームだ」
ゆっくりと穏やかに、けど真面目な雰囲気のお父さん。私は少々困惑しながらも首を縦に振った。
「うん。楽しいよ」
「そうか、楽しいか」
そう聞くとにっと笑って頷く。どうしたんだろう。
「ならいい。だが……まぁお父さんも結花くらいの頃はゲームにハマって徹夜とかしたから言えた事じゃないんだが、学生の本分は勉強だ。ゲームを楽しむのもいいがそれは忘れちゃいけないぞ」
「ん、分かってるよお父さん。でも、私よりも花菜にもちゃんと言っておいてよ?」
「「真っ先に言った」」
「……だよねー」
見事なハモり。うむ。花菜のゲームジャンキーぶりは周知の事実なのでした。
◇◇◇◇◇
チャポン。
湯船に肩までつかってだら〜っとリラックスする。足の先までギリギリ伸ばせる大きさの湯船の有り難みを骨身に染み込ませる、でもそんな時は気が緩んでついついぼやきが口から垂れ流されてしまう。
「はあ、注意されちゃったかー」
家に帰ってからは結構な時間MSOをプレイしているもんねえ。晩ごはんでのやり取りもあったし、当たり前か。
もう少しプレイ時間に気を付けた方がいいのかな……でも、ただでさえ私の遅れ方は致命的だって言うのに。
(やっぱり誰かの助力を仰いでスピードアップする必要があるのかな……今のアリッサが足手まといのレベルを脱したとはとても思えないのがネックなんだけど)
気にしない、と言ってくれるかもしれない人に心当たりはある。ただ、自分自身の全力を傾けたその結果として壁にぶつかったのならばまだしも、現実の問題での制約を2人に負担させるようで踏ん切りがつかない。
(……なんて、変わってないね。私)
花菜の時と同じ結論になる辺り成長が見えない私だけど、それでも間違いでは無いと思う。
花菜には『きっと足手まといでも下手くそでも一緒なら楽しめた』と言えたけど、お父さんに注意されて誰かに頼ったら、それはただの言い訳になってしまう気がする。
そして、みんなとの間に言い訳なんて挟みたくないと思ってる。
(そう、やっぱり楽に強くなろうなんて考えが頭にある時点でだめだめだよね。一度決めた道ならまずはがんばってがんばってがんばりぬかなきゃ)
古人も『杖に縋るとも人に縋るな』と言っているのだから。今は初心者の杖の力と共に行こう。全力を尽くして知恵を絞って、そうすればきっとなんとかなる筈だよ。
そう結論付け私はお風呂を上がり、明日の為の睡眠へと向かうのだった。




