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第18話「とある休日の一幕」




 明けて翌日。



 太陽も昇りきった午前9時過ぎ。私は最寄りの相羽(あいわ)駅前の何だかよく分からないポーズと評判の銅像前にいた。

 それと言うのも、2週間前は文化祭準備に追われ、1週間前は文化祭本番で奔走していた。

 そうでなくても花菜とのあれこれでゆっくり休めもしなかったものだからまともに休める日曜日と言うのは実に1ヶ月ぶりだったりする。

 なので今日は幼馴染みであるまこ、光子と一緒に遊びに行く事となった。まあ、駅ビルやらその周辺なんかをぶらぶらする程度の予定だけど。


「で? 結花はどうしてそんな消耗してるんさ」

「いや、まあ……その、ねえ?」


 言葉を濁す。昨日のあれやこれやは例えこの2人であろうとも話す気になれない。ぎゅーとかちゅーとかどうかしていた昨日の私。一晩経ったら盛大なダメージが来たのだ。


「察してあげなさい光子。結花がへばるのは春日野先輩か花菜ちゃん絡みくらいでしょう、きっと昨日辺り……ごにょごにょ」

「……ほっほーう、そうかそうか。ヒューヒュー、ラブラブじゃーん」

「そのやり取りにひどく傷付くんですけど?!」


 消耗+花菜=ラブラブ、ってどう言う構図?!


「あら、違うの?」

「違っ……わ、ないけど……2人の想像とは著しい解離があります! 訂正、訂正を求めますっ!」


 ぽん。両肩に手を置かれて、生暖かい目で見られた。


「素直になんな。あたしらは祝福するからさ〜」

「何の話?!」

「大丈夫、愛に年齢が関係無いように性別だって関係無いでしょう?」

「だから何の話なのよーーっ!?」


 初っぱなからコレとか、一体今日はどうなると言うの……。



◇◇◇◇◇



「ふぅ、重……」


 どさっ、まこは持っていた紙袋を置く。午前中だけで4つも荷物が増えていた、その内重い2つは光子が持ってくれているのだからどうこうは言ってはだめだと思う。


「そりゃこれだけ買い込めばなー、つーか荷物持ちさせられるこっちの身にもなってくれませんかね?」

「まこは相変わらずお金遣いがおかしいんだから……午後は少し控えてよ?」

「あら、ひどい。2人が買いたがらないからわたしがその分買っていると言うのに」

「「どういう理屈だ!」よ!」


 そんなやり取りは置いておいて。

 時刻はそろそろお昼時に差し掛かろうとしていた。私たちは駅ビル内にあるイートインスペースにでも行こうと言う話になっている。


「とりあえず場所取りしなきゃ。荷物番は私がしておくから2人で買ってきて」

「分かったわ。結花の分は何を買ってくればいい?」

「任せる、あんまり高くなければそれで構わないから」


 ここのイートインスペースは複数の店舗で共有されていて、食べる物なども好きなお店から持ち寄って食べられる。

 私たちはそれぞれ好みが盛大に異なる(光子はがっつり系、まこは流行り物、私は安価に走りがち)為、こう言う形式はありがたい。


「そう、なら任されたわ。楽しみにしていなさい」

「じゃ、こっちは飲み物も買っとくか」


 そう言い残して、2人は周囲を囲んでいる飲食店へと散っていく。私は中央に設置されているテーブルの1つに陣取り、荷物を2つの椅子の上に載せて、ようやく一息吐けた。

 今日は日曜日と言う事もあり、親子連れなどでそれなりに賑わっていて、周囲を見回してもまこと光子の姿は見つからなかった。

 いくつかの店舗には行列も出来ているし、しばらくは帰ってこないかと情報端末を取り出して視線を落とす。

 電話やメールが来ていないかと思ったけどそれらしい物は無かった。


(花菜なら何かしてくると思ってたんだけど……)


 家を出る段階ではまだ起きていなかった。まさかまだ寝ている訳でもあるまいに。


(……そう言えば、なんで来なかったんだろ)


 あの子はまこと光子とも仲良しだ。2人と出掛けるなら一緒に来るかもと思ったのだけど、予定があるとの事だった。


「お待たせー」


 ぼんやりと考え込んでいると、不意に横合いから声を掛けられた。


「あ、ああ、光子。お疲れさま」

「おう、コレ頼むわ」

「うん」


 振り向けば光子がいた、その右手から紙コップのトレイを受け取る。中身を確認すると、スポーツドリンク・紅茶・お茶だったのでスポーツドリンクを光子に、お茶を私の前に置く。


「あら、先を越されたわね」


 そうしているとまこも両手に食料を持ってやって来た。差し出されたのは有名ベーカリーの出張店舗のサンドイッチらしかった。


「はい、結花」

「うん、ありがとう。いくら?」

「500円」

「150まんえん、どっちもな」


 お財布から小銭を取り出して2人に渡していく。


「それにしても……貴女だけ量が違わないかしら?」

「そーだなー、そんなちっこいサイズで足りるのか2人とも」


 ビニール袋から取り出されたのは丼サイズのプラ容器×2。中身は牛丼に、何とラーメンだった。


「「うわあ……」」


 私とまこが同時に口許を押さえる。


「……食べ過ぎ。居着くわよ、贅肉」


 冷たーい目をまこが向ける。その気持ちはよく分かる、光子は割と食べる、のに細めなのである。なんと妬ましい。


「ここの牛丼好きなんだよ。まぁ、あれだろ。付いたら付いたでその分消費すればいいだけじゃん?」

「その単純体質が羨ましいかも……」


 ついお腹を擦る。


「おやっ、結花さんがお腹を擦っていますよ、まこまこさんや」

「まぁ本当。これはあれかしら? 花菜さんとのおめでた的なあれやこれやかしら、ひーこさんや」

「なんでそうなるの!」


 “まこまこ”“ひーこ”なんて昔の呼び名まで掘り出してからに。


「そもそもどうして2人とも花菜と私をそう……く、くっ付けたがるのよっ?!」


 私とどちらかが2人の時はそうでもないのに、何故か3人が揃うといつもこうなる。

 いつ頃だったか2人がこんな風になったのは、2人が花菜と知り合ったばかりの頃はこんなではなかったように思うのだけど……。

 私の言葉を聞くや、2人は首を傾げて私に背を向けての密談を始めた。


「…………あれ? まこ言ってねーの?」

「こっちのセリフよ。そもそも光子は当事者でしょう、自分で言ったものと思っていたわ」

「あはーはー、それもそーか」


 ?

 てっきりからかわれているものとばかり思っていたのだけど、2人の様子がおかしい。

 音量のボリューム調整がおかしいのか、内容がだだ漏れですよー?


「で、一体何の話なの?」


 どうも何かしら理由があるらしいのは見ていても分かる。まる分かり。

 その問いに対して、2人は腕を組み考え込んでしまった。


「ふーむ……どこから話せばいいやら」

「そうね……ホラ、覚えている? 昔光子が『結花はあたしの嫁』って言っていたじゃない?」

「え……ああ、小学生の頃の妄言? 『まこはあたしの愛人だ』とも言ってたけど」


 色々とバカな事を言ってたなー、もしや花菜があんなになったのもその影響だったり……?


「あれはあれでウザ……しつこい男子からの防波堤みたいなものにはなっていたから別に構わなかったのだけどね」

「待て、ずれてる。でだな、中学に上がって少しした頃に花菜ちゃんからの果たし状が下駄箱に入っててさー」

「はい?」


 果たし状って、何してるのあの子……。


「そんでさ、夕方の河原で決闘した訳さ」

「昔の漫画じゃあるまいし、そんな……」

「本当よ。わたし付き合わされたもの」

「ええええー」


 イメージするのは赤く染まる河川敷に学ラン姿で対峙する花菜と光子、セーラー服を着て見守るまこ。あほな絵面だなあ、もう。


「……揃いも揃って何してるの」

「で、だ。花菜ちゃんはこう言ったね、『お姉ちゃんと結婚するのはあたしだ! だからあたしが勝ったら身を引いて、ひか姉ちゃん』って」

「いや、本気で何してるの?!」


 マズイ。本格的に頭が痛くなってきた。


「なので受けた」

「受けないでよ! 私の意思はどこ行ったの?!」

「ふ。自分を巡って相争う、か……女冥利に尽きるわね」

「相争うのが女友達と妹じゃなきゃね!?」


 どんなカオス。果たして現場に居合わせなかったのは幸か不幸か。


「「どうどう」」

「うぐぐ……」


 そうしていると光子はお腹が空いたのか麺が伸びるのを嫌ったのか、おしぼりで手を拭いて箸を取る。


「いただきまーす、ずぞぞ」

「はあ……とりあえず説明再開して、まこ」

「ええ」


 箸を進めつつ話も進めよう。感覚的な光子よりも客観的なまこの方がまだしも分かりやすい、多分。

 まこもまた紙コップ程度の大きさのパンを器にしたポットシチューを食べ始める。


「まぁ、一応分類するのなら……言い争いね。どっちがより結花を愛してるかを大声で叫んでたわ」

「ぶっ?!」


 危うく咀嚼していたパンを吹き出してしまう所だった。


「ずぞぞー。懐かしーな、あたしは結花のスリーサイズを小1から小6まで順に言ったりしたなー」

「個人情報漏洩?!」

「え、わたしも知ってるけど?」

「何で?!」


 2人に教えた事なんか無かったのにっ!?


「だって結花恥ずかしがって見せてくれないからさー、逆に気になっちゃってこう……目測で。ちなみに今は……こしょこしょ」

「……うそ、当たってる」


 そんな特技を持ってたなんて……って! ちょっと、それを大音量でわめきちらしていたと言うのかこのおばかさんは?!


「ちなみに花菜ちゃんはもっと感情的で、直情的で、情熱的だったわね……聞きたい?」

「のーさんきゅー」


 あの子の事だ、例え数年前だろうとも私の顔からマグマが噴き上がるレベルの独白を延々と吐き出し続けたに違いない。なんと恐ろしい。


「そんな感じで小1時間言い合って、光子が花菜ちゃんの愛情を認めて結花を託したのよ」


 勝手に託されてるよ私……。


「わ、訳が分からない……」

「あんな聞いてる方が恥ずかしくなるような愛の告白を叫ばれちゃほだされもするぜ。ああ、ホントすごかった」


 そこで気付く。口調こそ軽いけど、2人の目にはどこか真剣な色が宿っている。

 それを見て取って、ぽすんと椅子の背もたれに体を預ける。


「……ちょっと待って……じゃあ、2人が私と花菜をどうこうのアレな発言は全部……」

「「本気」」

「ちょっ、待っ……2人が本気になるって、それは、花菜が」

「「本気」」


 私の言葉に被せるように2人が言う。まるで私に言わせまいとするかのように。

 そして、絶句する。


「――――い、いや、でも、だって……私は……花菜は」


 色々と言いたい事はある。けど、それらは上手く言葉にならない。


「まぁ、正直な所結花の戸惑いも分かるのだけどね」


 まこがプラ製のスプーンで具をつつきつつ語る。


「あたしらとしちゃ、花菜ちゃんの想いを知ったからさ。実るかどうかは分かんないけど、応援してんの」


 光子がチャーシューを1枚、丼の蓋に乗せて寄越した。


「実らなくても仕方無いかもだけど、実ったらいいなとも思ってんだよ」


 2人はそれきり食事に戻る。私は手の中のサンドイッチに視線を落としている。


「とりあえず、時間ください……」


 衝撃的な真実に心が慣れるまで…………慣れる? 慣れるべきなの?

 ……分からない…………分からない。



◇◇◇◇◇




 食事を終え、先程の出来事を忘れてでもいるかのように、またぷらぷらと気の向くままに歩いていると、不意に光子が口を開いた。


「結花はさー、これからどうすんの?」

「ハイッ?!」


 ビクッ! さっきの今なので身構えてしまう。


「いや、そう言うんでなく。部活とか委員会の話、今年の生徒会には入らなかったじゃん」

「あ、ああ、そっち」


 委員会に関しては図書委員会に在籍していたものの、それも1年の1学期末まで。生徒会に入る事になった時のでここ1年は委員会には入っていない。部活……は、元々帰宅部。


「図書委員って言ってももう1年も前だし……やるとしても欠員が出たとか頼まれたらとか、それくらいかなあ。部活もMSOの事もあるから帰宅部のままでいいかなって思ってるし」

「M……? ……あぁ、あのゲームの事ね。ふぅん。花菜ちゃんはともかく結花がそんなにハマるなんて意外ね」

「え、ハマってるのかな私」

「どの口で言うのよ、送ったメールが全然返ってこないじゃない。あれだけ返信に時間が掛かればそれだけゲームの中に入り浸っているんでしょう? ならハマってる以外ないわ」


 そうだった。何時間も連続でプレイするものだからメールが大量に貯まるんだった。割合で言えばまこが一番多い(光子はあまりメールしてこない)ので実感してるのかもしれない。


「面目無いです」

「ふ〜ん、そんな面白いのか? そのゲーム」

「うーん、面白い……とは、少し違うかな」


 あのゲームを、あの“世界”を、一言で表現するのは難しい。だって私はあそこに一歩目をようやく踏み出しただけだから。

 だから、私が言える言葉はこれだと思う。


「楽しみ……うん、楽しみなの。先に進むのが。何が起こって、何が待ってるのかなってドキドキする」


 私ははじまりの森を越えた先にあった光景を思い出していた。

 果てしなく広がる空と木々と山々と、それを照らす太陽。あれを見たから私はもっと先へ、見た事も無いどこかへ行ってみたいと思えたのかもしれない。


「ふぅん。時たまCMでも見掛けていたものだけど、それも伊達じゃなかった訳ね。にしてもそのハードとゲームを抽選で当てたんでしょう? 花菜ちゃんも相変わらずラッキーよね」

「その話したら大地が泣いて悔しがってたよ」

「そうなの?」


 大地くんは光子の2つ下の弟だ。日焼けした肌と坊主頭が特徴的な花菜と同じ中学の元陸上部員。今年は受験だから予備校なんかにも通っているそうだ。光子が言うには「運が良ければ来年にはアタシらの後輩」との事。


「体を動かす方が好きだと思ってたけど、そんなにゲームが好きだったの?」


 私の発言を聞くや、2人はどこか悲しげに目を伏せた。


「アイツも高嶺の花に手を出さなけりゃ……な」

「しょうがないわ……小さい頃から可愛らしかったし、そんな子が近くを彷徨いていれば……いえ、誰かを好きになるのに理由はいらないわよね」

「今思えば悪い事をしちまったな。悪い姉だぜ、アタシも」

「あ、あの2人とも……何の話?」


 いきなり置いてきぼりにされる私。流れからすると大地くんの話らしいのだけど……コイバナ?


「来年には離れ離れになるから接点が欲しかったのでしょうね。抽選に賭ける辺り物悲しいけれど」

「うち義務教育中は金に厳しいからなー、自力じゃ手が出ないからしゃーないんだよ。ま、金の無心に土下座された時はさすがに引いたけどさ」

「昔からこの事に関してはプライドをかなぐり捨てるわね、ある意味立派だわ」

「されるこっちの身になれよ。断る以外に無いんだから」

「え、あれ。もしかして大地くんって……」


 ガッ!


 2人は突然振り向くとまたも私の言葉を遮り、肩を両方からガッチリと掴んだ。


「大丈夫大丈夫、あたしは弟よりも友情を取れる女だからさ。気にすんな気にすんな」

「芽の無い戦いに身を投じる物好きもいると言うだけの話なのよ。気にしない気にしない」

「べ、別にそんな、そんな……?」


 あれ? と、首を傾げる。

 どうして今ここで心臓が痛くなるのだろう?


 またも明かされた真実に目眩を覚えながら、幼馴染み2人と遊ぶ休日は過ぎていく。

 どこか不安な私を残して。



◇◇◇◇◇



 暮れて夕方。


「ただいま……」


 ガチャリとリビングのドアを開く。

 駅ビルやその周辺を当ても無くさ迷う事約8時間超。冬も近くなってきた証か、日は短く夜の帳もジリジリと這い寄る黄昏時に私は帰宅した。

 玄関を開けるのに、若干の間があったのは誰も知らない私の秘密だった。


「あ〜う〜、だる〜い」

「なんで一日中家にいた花菜が疲れてるの」


 リビングでは花菜が、さながら暑さにやられた犬の如くに床にぐでぇっと横たわっていた。

 呆れ、でもどこかでほっとする私がいた。


「あ〜、お姉ちゃんだ〜。おはょ〜」

「はい、おは……おは? ……待ちなさい、まさか今まで寝てたの!?」


 花菜はパジャマ姿だった。それも着替えたてという風ではなく、よれよれで起き抜けですよと言わんがばかりの風体。何の連絡も無かった理由はそれか!


「だ、だって……お姉ちゃんが夜這いに来ると思ったらドキドキして寝つけなかったんだよ〜!」


 ガタッ! ずっこけた!


「よ、よば……すすすす、する訳無いでしょ、そんな事?! 昨日のはテンションが上がっちゃって……その、ただの一瞬の気の迷いなんだからね?!」


 きらきらきらーん(☆∀☆)!!

 その言葉を聞くと、花菜は瞳を輝かせてガバッと跳ね起きた、何その反応。


「テンションが上がればちゅーしてくれるのっ?!」

「しませんっ!! さっさと顔洗ってしゃっきりしてきなさいっ」

「ヤダッ! お姉ちゃんのちゅーの感覚消したくないからもう顔洗わない!」

「ばかだこの子ーーーーっ!!」


 花菜は両手で額をガッチリガードしてイヤイヤと首を振る。

 どうしてだろう、家に帰ってきたのに一向に休まらない……っ!


「あーもうっ。勝手にしなさい」

「お姉ちゃんどこ行くの〜?」

「晩ごはんの前にお風「あたしも入る!!」……お先にど「一緒に入る!!!」……」


 興奮をたぎらせた鼻息は荒い。情欲に濁った目がいやらしい。あの、すいません、指をワキワキと動かさないでくださいませんか。

 肌に走るおぞ気に、体を抱き締める。


「ねえ、花菜は自分から私が断るように仕向けてない?」

「お姉ちゃんの放つ抗いがたい魅力があたしをおかしくさせるんだよ。ハァハァ」


 私のどこに魅力があると言うのか……。

 私が花菜とそんな話をしていると、キッチンからお母さんが顔を出す。


「結花ー、花菜ー、1人ずつ入ってると時間掛かるから、入るなら一緒に入っちゃいなさーい」

「お母さんが敵に回った!? 裏切り者おっ!」

「わーい」


 花菜は喜び勇んでリビングを飛び出した、階段を駆け上がる音からして着替えを取りに行ったらしい。


「……恨むよお母さん」

「だってあの子あのままじゃ着替えもせずにごはん食べてゲームしてそのまま寝そうなんだもの、ほっとけないでしょう。はぁ、ごめんね結花……人身御供にして」

「生け贄と言う意味の単語がさらりとセリフの末尾に混ざってるよお母さん!?」


 後日調べた所によると、人身御供には『他人の欲望の犠牲になる事』とも書かれていた。実に的確過ぎるセレクトですよね。


「ホントごめんね。代わりと言っては何だけど、今日成穂堂のシューカスタード余分に買えたの。1個結花にあげるから許して」

「この事が無かった場合の余分の行方も気になるけど……成穂堂のシューカスタードなら仕方無い。我慢します……」


 住宅街の片隅でひっそりと営む小規模店舗の洋菓子店、それが成穂堂。

 老若男女を問わず軒並み人気な商品の中でも一際大人気なのが、午前と午後に少数を販売するシューカスタードである。

 我が家では1、2ヶ月に一度程度の頻度でしか食べられない非常にレアなデザートに分類され、それを引き合いに出されれば折れない謂れは無い。

 例えそれが肉体的・精神的に多大な労苦を伴う代償だとしても……いや、だって美味しいんだもんアレ。しょうがないしょうがない。


「お姉ちゃん、早く! 早く!」

「先に行ってて」


 リビングに戻ってきた花菜をお風呂場に向かわせ、自室へ荷物を置くのと着替えを取りに廊下へと踏み出した。


(……大丈夫かな)


 何がだろう? 自分でも判然としない一抹の不安が重く、頼りない背に伸し掛かった瞬間だった。



◇◇◇◇◇



「じーーーーーーーー」


 お風呂場の前、脱衣所で私は服を脱いでいる。何の事も無い、いつもしている行為です。

 ハラリハラリ。1枚、また1枚と洗濯カゴへ放り込む。


「じーーーーーーーー」


 ブラ、ショーツと静かに脱いで洗濯ネットの中へ入れる。


「じーーーーーーーー」


 浴室には背中を向けている。さて、何故でしょう?


「じーーーーーーーー」

「そんなに凝視しないでよ!!」


 答えはもちろん花菜が浴室から椅子に座って脱衣所(わたし)をまばたきするのも惜しいとでも言うように凝視し続けているからでした!


「チラッチラッチラッチラッチラッチラッ」


 注意されると、今度は高速で私の方をチラ見し始めた。何があっても私を見たいらしい……。


「はあぁぁぁぁ……ねえ、何がそんなにいいの? 別にスタイルがいい訳でもないのに」


 バストは小さめだし、ウエストは太くならないようにしてても摘まめるし、ヒップはショーツのラインが残るし……うあ、落ち込む。


「それは……だってお姉ちゃんだもん。好きな人を見たら胸がドキドキするもん、顔が熱くなって息が苦しくなって……目が離せなくなるよ。それが裸ならなおさらだよぅ」


 恥ずかしげにはにかむ花菜。本当に聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなセリフをポンポンと吐き出すんだから。


「……ばかな事言わないで」

「えへへへへ」


 ああ、私たちは今きっと同じように顔を真っ赤に染めている。


「ばか」


 浴室に踏み込む、シャワーノズルを引ったくり熱湯を頭から被る、花菜にもかける。赤い顔はお湯の所為だと、するように。


「わぷ」

「ほら、髪洗うから後ろ向いて。早くしないと晩ごはんに遅れるでしょ」

「はーい」


 ボトルからシャンプー液を出して花菜の髪を洗う。腰にまで届く黒髪は洗うだけでも一苦労なのだ。

 気恥ずかしさをどうにかしようと口を挟む。


「……花菜の髪も、思えばずいぶん伸ばした物だよね。最初の頃はボブだったのに」

「お姉ちゃんがいたもん」

「え?」

「髪を伸ばせばお姉ちゃんが洗ってくれたもん。だから伸ばしたの。お姉ちゃんに触ってほしかったから」


 やぶ蛇だった。

 昼間の話もあり、ギシリと一瞬動きが止まり……意識してなんでもないように「そう」とだけ答えて洗髪に戻る。

 けど、花菜はどうした事か、くすぐったそうに身を捩る。


「お姉ちゃん」

「何?」

「お姉ちゃんって照れ屋さんだよね」

「……悪かったわね」

「ううん。可愛くて大好き」

「だから……もう」


 この子には本当に、敵わない。



◇◇◇◇◇




 ちゃぽん。


 互いを洗い終えた私と花菜は湯船に浸かる、向かい合う体勢で脚は折っている。


「はあ……」

「お疲れだねお姉ちゃん」

「……そりゃね」


 あの2人と遊びに出掛けるのは楽しいのだけど、リミッターが外れてエネルギーを目一杯使うから、落ち着くとこの通り。ぐでる。

 ……今日は理由が他にもあるけど。


「ひか姉ちゃんとまこ姉ちゃん元気だった?」

「元気じゃない2人の方が稀だと思うけど、気になるなら花菜も来れば良かったのに」

「そこまで野暮じゃないもん。あたしがいたらお姉ちゃん気を遣うもん、久しぶりの休暇なんだししっかり羽目を外してきてほしかったんだよー」


 うりうりと足の指と指を絡めようとする花菜。やめなさい。


「そこまで花菜に気を遣ってたかな……私」

「あたしと一緒だと、お姉ちゃんはお姉ちゃんしちゃうから。そう言うのはこの際置いといて楽しんだ方がいいんだよ」


 ぐにっ。頬を摘まむ。


「ひょ、ほへへひゃん?」


 ……これは、あの出来事の後遺症だったりするのだろうか。1ヶ月前の互いの都合を押し付けた末の仲違い。

 だからでしゃばる事を避けているとでも?


(ばかみたい)


 そのしこりがまだ残ってるなんて嫌だと、そう思う。


「……気を遣い過ぎなのはどっちよ。別に、今更花菜に気を遣うつもりなんかありません。そもそも……そもそも、花菜は」



「気の置けない類いなの」



「花菜がいないとその、静か過ぎるし……落ち着かないのは、この1ヶ月で身に染みてよく分かってるから」


 目を丸くする花菜の頬を摘まむのを止め、手を添える。


「だから、変な事気の遣い方なんかしないで。花菜は騒がしいのがデフォルトなんだから、調子が狂うような真似はしなくていいから」



「いつもの花菜でいてよ」



 ぴちゃん。


 天井から落ちる水滴が、花菜の頭に当たる。それに合わせてではないだろうけど、頭を俯けてか細く消えそうな声で囁く。


「…………ねえ、お姉ちゃん」

「何?」

「抱き付いていい?」

「…………」


 そうおっかなびっくり尋ねる姿はなんだか小動物のようで、いつもよりも幼く感じた。まるで出会ったばかりの頃のように。


「だめ?」

「……いいよ。おいで」


 腕を広げて、花菜を招く。

 花菜は俯いたまま静かに体を寄せると、私の胸に顔を埋めた。


「…………ぎゅーー」


 抱き付く腕にいつものような力強さは無く、柔らかく私の体を抱き締める。

 その濡れた黒髪をそっと撫でる。


「甘えん坊だ」

「違うもん、こんな事するのはお姉ちゃんにだけだもん」

「甘えてるんだから、甘えん坊なのに変わりないでしょ」

「……お姉ちゃんはそんな甘えん坊なあたしはキライですか?」


 ようやく頭を上げた花菜は林檎のように顔を赤く紅く染めながら私に問い掛ける。必死な、そのくせ弱々しい表情を張り付けて。


「…………好きだよ。多分、花菜が望んでるのとは方向性がずいぶん違うと思うけど」

「ううん……ううん、いいの。あたしはお姉ちゃんに好きって言ってもらえるだけで、世界で一番幸せになれるから」

「お手軽なんだから」

「難しいよ、相手がお姉ちゃんだもん」


 私も花菜も、頬を緩ませる。

 時折湯船に落ちる水滴だけがかすかな音を立てる中、花菜は甘えるように胸に顔を埋め、私はそんな花菜の髪をゆっくりと撫でていた。


(ねえ、花菜。私には、花菜とどうなるのがいいのかは分からないけど……でも、せめて今は……お姉ちゃんでいさせてね)


 そしてしばらくして、私たちは夢から醒めるように、どちらからともなく離れ湯船から出ていった。



◇◇◇◇◇



「あーあ、流されてく自分が怖い……」


 体を拭き浴室から脱衣所に戻り、体と同時に頭の熱が徐々に冷めると、さっきの自分を思い出す。

 あんなセリフをよくも素面で言えたもので、恥ずかしさで胸が締め付けられる思いだった。


「優しいお姉ちゃんが好き、恥ずかしがるお姉ちゃんも好き、お姉ちゃんだから大好き……」


 はぁ、と艶かしく吐息を溢す花菜は残念な事に熱にやられちゃったらしく、とろけた顔で鏡にぐりぐりと額を擦りつけながら身を捩っていた。

 あまりにも危なっかしいものだから、私が体を拭く羽目になったのだけど、それが余計に花菜の熱を高める結果に繋がってしまったのは痛恨の悪手としか言い様が無かった。

 まあ、さすがに着替えまで手伝うつもりは無いけどね。そんな事したら花菜の脳が焼け爛れちゃうから。


「花ー菜ー。いい加減服を着ないと風邪引くよ」

「……風邪引いたら看病してくれる?」

感染(うつ)されたら困るから嫌」

「おろろーん。さっきまでの母性に満ち満ちたお姉ちゃんはどこ行っちゃったのー?」

「排水溝に流れちゃったんじゃない?」


 むしろ流れてしまえばいい。

 あれは毎度お馴染み気の迷い。


「じゃ、先行ってるから」


 パジャマを着て脱衣所を後にする。「待ってー」と花菜もやっと着替えだした、待たないけど。


 手団扇で扇ぎながらリビングを目指す。さて、この後は晩ごはんな訳だけど、それからはどうしよう?

 予習はするとしても、残りの時間はやっぱりMSOかな。借りていた本も読み終わったから返したいし、攻略の方も急がないと。



 そうして、今日も夜になる。


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