表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/142

第13話「赤い疾風、黒い衝撃」




 フロアボス戦を制した私は(初心者エリアの1層だと言うのに)ほうほうの体でボスエリアを後にした。

 HP的には余裕がある筈なのにメンタルがメッタメタな辺り、この先の道程にそこはかとない不安を感じる結果でした……。


 くぴくぴとMPポーションを飲みながら1層にあったのとよく似た捩くれた黒い木のゲートを潜り抜けた先も依然として森が続いてて、モンスターたちがうろうろしてる。

 けど、あの殺意の高い化け物蜘蛛こと『ビッグスパイダー』と戦った後だとこの風景もまだしも平和に見えちゃうから不思議。

 はじまりの森1層に生息するモンスターは一部を除いて、こちらから仕掛けない限りにおいては戦闘にはならなかったのだけど……果たして、この2層ではどうなるんだろ?

 まだ分からないので殊更慎重に、周囲や足下に視線を送りながら道無き道を歩いていく。


 周りを見てみると、柴垣を越えた先と同様に木々は少なかった。見通し自体はいいのでモンスターを捉えるには有利ではあるんだけど、逆に辺り一帯に蠢く虫々が否応なしに目に映る。

 そんな事から、ふと視線を泳がせて木々を見上げるとそこには木の実がいくつも実っていた。


「あれ、持っていけないかなあ……」


 夜になれば淡く黄色い光を放つ果実、形は丸く大きさは握り拳より少し小さいくらい、パッと見はオレンジに近い。色は昼間だと少し黒ずんだ橙。他にも周りの木々には色々な果実が実ってる……ちょっと美味しそうかも。

 あの果実のお陰で、深い森の中例え星の光すら疎らな夜であっても(さすがに足下にはいくらか影が出来るけど)歩くのに困らない。

 ものは試しと、実ってる位置が高くて届かないので杖でつついてみる。


「よっ、ほっ、はっ」


 ツンツン。

 ツンツン。


 木の実がゆさゆさと揺れるけど落ちる気配は無い。あれが手元にあれば足下も照らせるから便利そうなのに……。

 光が持続するかは分からないけど、とりあえず試してみたかったなあ。

 木登りなんてした事も無いし、低威力であるバレット系のスキルを使う事も考えたのだけど、実と枝のわずかな間を狙えるようなものでもなし、枝ごと折るのはさすがにだめだと思った(前に一度折っちゃったけど)ので却下。


(アラスタにもいっぱい実ってるし、帰ったらマーサさんに聞いてみようかな)


 私は後ろ髪を若干上方向に引かれながらも奥地への歩みを再開した。



◇◇◇◇◇



 ブンブーン!


「〈ライトショット〉!」


 パウッ!

 ブ、ン……。


 近くに寄ってきたビーは私を認識するとやっぱり攻撃を仕掛けてきた。こっちでもモンスターは好戦的だったみたい。


(……それを考えると、1層の柴垣で区切られていた側はこっちの予行演習みたいなものだったのかも……)


 もしフロアボス戦直後に今まで能動的に攻撃して来なかったモンスターにいきなり襲い掛かられたら、私なら驚いてそのままやられちゃう気がする。

 だから予め限られた範囲で先行してモンスターの行動を変えておいた、とか?


(実際対応出来きるようにはなってるけど、う〜ん……それにしたって、これは……)


 眉をしかめる。そこら中を徘徊するモンスターの数、それが懸念事項だった。

 1層の柴垣以降同様の好戦的なモンスターたち、でもその密度は明らかに増してる。

 前はそれなりに距離が開いていたからその気になれば戦闘は回避出来たけど、それだって不意打ち気味に戦闘になった事もある。

 この状況はそれに輪を掛けて難易度が高い。全方位を確認するのは無理だし、もしかしたら安全なルートもあるのかもしれないけど、私にはそんなの分からないもの。


(だとすると……わざわざ火の中に飛び込むような真似をするよりも、こっちから先制攻撃を仕掛けて道を切り開いた方がいいのかも)


 むむう、と唸る。その場合は連続で戦闘になっちゃうから、少し悩む……。

 でも1層は密集した草木の所為でターゲットサイトで正確に視認する必要があったので近付かなければならなかったけど、2層の開けた草木の配置が、ある程度離れた位置からの攻撃を可能としてくれている。


(そう考えると遠距離向きな私にはむしろ2層の方が安全ではある? ピンチはチャンスと言うけど……)


 私の場合再申請時間をあまり気にする必要も無くMPもポーションのストックがまだまだ大量に残ってる。HPポーションを買い足さなかったのは少し後悔してるけど、先制出来るならそれもあまり心配しなくてもいい。空腹度と睡眠度もまだ大丈夫。


(うーん、それじゃなるべく離れて、反撃されにくいように位置取ってやってみようかな)


 ものは試しと一番近くをうろうろしているスパイダーに狙いを定めて凝視すると、ターゲットサイトが現れ、る?


「ん?」


 その時、ある事を閃き視線を外す。顎に指を添え思い付きを再確認する。


(あれ、そういえば……私って今までターゲットサイトで捉えてから攻撃してたけど……それって、どうなの?)


 ターゲットサイトで対象を捉えてスキルを詠唱する、するとスキルが発動して飛んでいく。

 そして対象に命中する前に追撃を仕掛けると、再開初日のラストのビーみたいに弾き飛ばしてしまって次の攻撃が外れてしまう場合がある。

 なので私は少し間を取って攻撃するようにしている。


(でも、それだと相手にも反撃する時間を与えちゃう……それで何度ピンチになった事か……)


 そこで閃いた。

 思い出すのは柴垣での出来るなら引っ張り出したくない類いの記憶。キャタピラーにぶつかって、気持ち悪くて〈ウォーターショット〉で洗顔をした時の事。


(あの時の〈ウォーターショット〉は、瞳を閉じていた(、、、、、、、)から発射されずに杖の上に留まっていた)


 あれは……待機状態(スキルサスペンド)、って言うんだったかな。

 対象を決めないままスキルを詠唱すると待機状態になる。その後にターゲットサイトで対象を決定して『リリース』と更に詠唱する事で改めて発動する、とかなんとか。


(……それなら……)


 改めてスパイダーへと向き直り、杖を構えて瞳を閉じる。


「〈コール・ファイア〉〈ファイアショット〉、〈ウォーターショット〉」


 耳にかすかに、『ボッ』『コポンッ』と法術が生成される音が2つ分届く。

 ゆっくりと瞳を開けるとそこには、赤い光を放つ火の球と、それよりもわずかに弱い青い光を放つ水の球がふよふよと杖の上に滞空している。


(う、上手くいったのかな……?)


 杖を右に動かす。するとわずかに遅れて、まるで引っ張られるように2つの球が続く。左に動かしてもやはり同じ。わー、よく分からないけどなんだか楽しい。

 大丈夫そうだと判断した私は改めてスパイダーへと視線を向け、ターゲットサイトで捉える。まだ私には気付いておらず、その動きは大して素早くもない。


「よ、よーし。リリース!」


 その言葉を待ちかねたかのように火と水の球は同時に飛び立ち、目標であるスパイダーへとジャストミートする。


 バオッ!

 バシャッ!


「ギッ、ギチィィィ!?」


 法術の同時攻撃によってそのHPは瞬く間に減少して0になる。

 スパイダーは断末魔の叫びを響かせると脚を縮こまらせて動かなくなり、色を失ってやがて消え去った。

 私はその叫びの残響が消えるまで、最後の欠片が失せるまで、その光景をぼんやりと眺めていた。

 次いで杖を見つめ、特に意味も無く持ち上げて「お、おー?」とか呟いてみる。

 そんな事をしていると私の胸にじわじわと試みが成功した実感が込み上げてきた。


「…………やた。やっ、たあっ!!」


 私は嬉しさのあまり、腕を振り上げぴょんぴょんと飛び跳ね回る! わあ、恥ずかしい。


「やっぱりそうだった! 複数のスキルを待機させれば、一度のリリースで同時に発射出来る! これなら仰け反りや吹き飛ばしを殆んど意識しなくてすむ!」


 それはつまり、これまでよりも戦闘時間を短く出来るのみならず、モンスターからの反撃のリスクが劇的、は言い過ぎとしてもぐんと減るのは間違いない。


「これなら探索もずっと早くなるかな?」


 反面モンスター側から仕掛けられた時、あるいは乱戦の時だと――要は余程の余裕が無いと――成功は難しいかもしれない、とも思う。

 それでも、新しい何かを発見した喜びに私の顔は自然と綻び、今この時ばかりは弱気の虫もいずこかへと吹き飛んでいた。


「♪」


 意気揚々、ってきっとこんな時に使うんだ。






 後日談として。


 この事を興奮気味に花菜に話したら「それは『貯め撃ち』って言う初歩的なテクニックなんだよ、お姉ちゃん」と、慈愛に満ちた目で語られた時は、穴を探してしまった。

 赤っ恥ってきっとこんな時に使うんだ。ううう。



◇◇◇◇◇



「リリース♪」


 えいやっ、と杖を降り下ろすと同時にウェイト状態だった〈コール・ファイア〉付き〈ソイルショット〉と〈ライトショット〉が解き放たれた。


 ガッ!

 パウッ!


「キシッ?!」


 2つの塊は茶と白の軌跡を引きながらキャタピラーへと同時に直撃し、HPの全てを奪う。


「……ふう、順調順調。まあようやくって感じだけど」


 あっと言う間にキャタピラーを打ち倒した私は、再びマップを埋めるべく歩みを再開した。

 想像以上に上手く事が運んでいた。探索もまた進んでいて、既にマップの4割を埋めるまでになった。

 ……あれ、もしかして本来はこれくらいのペースだったりする?


 しばらくすると空気を叩く羽音、今度はビーかな? 感知範囲まではまだ少し距離があるみたい。


「ビーかあ。ふよふよ上下に動いたりするものだから苦手なんだけど……」


 ビーは方向転換の為に空中でホバリングするのでそこが狙い時。それまでは感知範囲に侵入しないように立ち回りつつ、法術を待機状態にしておく。

 これにも大分慣れてきた。一度「目を瞑らなくてもターゲットサイトが現れてなければいいんじゃないかな?」と試した事がある。

 結果は、1回目は成功したのだけど2回目は2つ目の詠唱中にターゲットサイトが現れてしまってモンスターに飛んでいき命中、慌てて戦闘に突入する羽目にになってしまった。

 普段意識なんてしないけど、出さないようにと思うと逆に出しちゃうのかもしれない。難しいなあ。

 なのでそれからはなるべくは、(場合によりけりだけど)きちんと目を瞑っての詠唱を心掛けている。


「さて、他のモンスターは近くには……いない。なら、〈コール・ファイア〉〈ウィンドショット〉、〈ソイルショット〉……」



 そうして私は進撃を続ける、現在時刻は3時半。土曜という事もあり、それなりにプレイしても晩ごはんまではまだまだ時間に余裕があった。

 このまま進み、もしも間に合うのなら2層最奥のはじまりの森のエリアボスに挑んでみるのもいいかも、とそう思い始めていた。

 まあ、良くも悪くも調子に乗っている事は自覚してるけど、既にゲームを再開してから3日目に入ってる。

 花菜曰く「要領良ければソロでも1、2日ではじまりの森はクリア出来るよ。

アラスタの周りの4ヶ所のダンジョンは初心者用のチュートリアルみたいなものだから難易度低いんだよ」らしい。

 要領が悪いのは自覚しているけど、さすがに焦りもする。「あ、それとね、後々の為にも出来れば4ヶ所は全部回ってみた方がいいよ」とまで言われているのだから尚更に。


(ボスモンスターって、フロアボスより強いよね、きっと)


 折角上がったテンションもそうそう万能ではなく、考え事が始まればこの通り、止まる事なんて簡単だった。


 正直に言えば、現在の快進撃はモンスターの感知外からの奇襲、それも1回で倒せるからこそ成り立ってる。HPが高いボス相手にどこまで通用するか、不安ではある。



(……ふう。なんだか何かある度に同じようにぐずぐずしてるなあ私。案ずるより産むが易し、フロアボスでもなんとかなったし、ボスエリアに着くまでに出来る限りレベルを上げて、やるだけやってみるしかないよね。うん)


 けど、毎度お馴染み空元気で止まりそうになる足へ活を入れる。


(……きっとこれからも同じように怖じ気付いたり、空元気を出したりを繰り返すんだろうな、私)


 何せ私だし、って苦笑する。


(ならせめて、先へ進む事が出来る内はそうし続けられるように……うん、がーんばろっ)


 そう思い、歩み出した。



◇◇◇◇◇



 その後は森の中を延々と戦闘を繰り返しながら前進していく事になった。たまに死角から急襲されて心臓に悪い思いをしたりもあったけど、割と順調に進行してた。

 ……しかし、なんて言うか。

 進行方向にいるモンスターを片端から攻撃……殲滅? してるんだよね、私。

 これくらい普通なのかどうか、他人から見たらどう映ったものか……はじまりの森自体に人が疎らのは案外良かったのかもしれない。


(……あの人たち何してるの……?)


 その数少ない人たちを見れば時折木に近付き、何やらごそごそと探っているようだった。


(あれは……洞?)


 所々の木には場所こそまちまちだけど、大なり小なり洞がある。道行く人たちはそこに手を突っ込んで……何かを探っている? 他にも時々しゃがんでは草むらの草をむしったりしていた。


(?)


 疑問符を頭に浮かべながら、とりあえずものは試しと近くにあった木の洞へと手を伸ばしてみる。

 ごそごそ、ごそごそ。


「ん?」


 何やら手に触れたので、掴んで外に持ってくる。

 ひょい。

 手を開くと、そこには小さな木の欠片があった。なんだろ、何かのアイテムかな?

 確かめようと木の欠片を2回タップする。アイテムならこれで説明用のウィンドウが開く筈。



『・木の破片

 どこにでもあるただの木の破片。特に価値は無い』



 表示された説明文を読むとどうやらほんとにただの木の欠片、じゃない木の破片か、みたい。


(これは……えっと、なんだっけ……あ、そうそう『採集』だ)


 説明書の文章を頭の隅から引っ張り出す。



『採集』

 ――ライフタウン・フィールド・ダンジョンでは落ちていたり自生しているアイテムを採集する事が出来ます。

 ――また、各所には『採集ポイント』が存在しています。そこからはよりレアリティの高い、様々なアイテムが採集出来るでしょう。

 ――そうして採集したアイテムは加護を用いれば加工して別のアイテムを生み出す事も可能かもしれません。

 ――色々な場所を探して、アイテムを採集してみましょう!



 確かこんな感じ、フォト付きで書かれてたっけ。って事は、草むらも……?

 今度は足下の草むらの草を適当に掴んで引っ張る、と特に抵抗も無くすっと持ち上がった。同じようにタップしてウィンドウを開く。



『・雑草

 そこら辺に自生しているただの草。特に価値は無い』



 あ、雑草はやっぱり雑草か。

 う〜ん、採集って言ってもさすがにはじまりの森じゃ大した物は手に入らないのかな?

 でも、それなりの人数が採集していってるし……もしかしたら確率が低いだけでいいアイテムも出るのかも。


(ただ今の目的は先に進む事だし……なら目についた時に採集する程度でいいかな)


 せっかくなので手に入れたアイテムをポーチに仕舞い、再び進路上のモンスターを確認しながら前進を開始した。



◇◇◇◇◇



「あ……あったあった。って、ええ?」


 2層のそれなりに長い放浪の果て、今私の目の前には1層にあったのと同様、捻くれた黒い木がゲートのようにそびえている。

 ただし、その大きさは1層よりも優に二回りは大きくなっていた。

 それに呼応でもするかのように、周りの植物の様子がおかしい。その禍々しさに当てられたのか細々と枯れ果ててる。カサカサになった草花に触れれば形も残さずにはらはらと崩れ去ってしまう。


「……なんか、嫌な感じ」


 ぶるっと体を振るわす。どうしてこんな事になってしまっているのか……まるであのゲートに蝕まれてでもいるかのよう。

 奥から流れくる生温い風に、ついそんな不吉な考えが頭を過る。


「ボスモンスター……ジャイアントモス。門番さんが毒の鱗粉を使うって言ってたけど、これもその影響なの……?」


 だとしたら、たかだか能力の1つがどれだけ強力なのか。漠然とした不安に苛まれる。


「ふう……」


 一度瞳を閉じて深呼吸。

 強張ってる心を解きほぐす、気負い過ぎは良くない。リラックス、リラックス……。


「あ、そうだ」


 頭にピコン、と電球が瞬く。

 腰のポーチにそっと触れる。


「“アレ”があったんだっけ。うん、丁度いいし休憩にしよ。ええっと、確か向こうにセーフティーエリアがあったよね」


 そう決めると方向転換。黒い木のゲートを最後に少しだけ見つめ、一時その場を後にした。



◇◇◇◇◇



 セーフティーエリア。

 そこはその名の通り、モンスターは出現しないし進入も出来ず、そもそもダメージ自体が発生しない安全圏。

 広い森の中に複数箇所点在しているので、休憩や緊急退避に重宝する。


 ゲートに一番近いセーフティエリアには大きな大きな木が1本、どーんと中央にある他は疎らに背の低い芝があったり、いくつか横倒しになっている木があったり、なんだか公園みたいな場所。

 そこに到着した私は横倒しの木をベンチ代わりにして腰を下ろし、無事に着いた事に安堵の息を吐く。


「こっちは……今は大体10時くらいかな。お昼にはまだ早いけど」


 森の中よりも木々の密度の低いこの公園では青い空がよく見渡せる。千切れた雲が風に流れ、それに合わせるように木々が揺れる。


「飲み物とかあったら良かったのに、しくじったかな……あ、そういえばポーションって、お茶みたいな味だよね…………贅沢過ぎるかな、さすがに」


 首を振り、バカな考えを振り払う。杖を置き、メニューを開いてアイテム一覧から目的の品を選択。アイテムポーチが光を帯びるので手で触れるとアイテムは実体化して私の手に収まった。

 それは可愛いサイズのお弁当箱。中身は朝にマーサさんが作ってくれたサンドイッチ。


「昨日のシチューも美味しかったし、すっごく楽しみだったんだー♪」


 ついつい語尾も弾んでしまう。お腹が空く、なんて感覚はこのゲームには無いけど味はちゃんと分かるし、満腹になる訳も無く晩ごはんにも影響は無い。好きなだけ好きな物を食べられる、ああ素敵過ぎる♪


「それじゃあ早速「「だあああああっ!!」」ふあっ?!」


 ――ッ、ドガラゴロゴンガガガーーッ!!!


 …………ビュウ……風が、吹いた。

 蓋を開けようと手を添えたまさにその時、背後の森から何やら2つの塊が飛び出してきて、私のすぐ傍を通り過ぎて大きな木に向かってごろごろと転がっていったのだ。その勢いたるや突風を伴う程。


「え、えっと…………?」


 あまりに突然の出来事に、私の頭は軽く混乱状態に陥ってしまう。な、何コレ。

 一方、2つの塊の内の赤い方は蹲って頭を抱えながら唸り始め、黒い方はげんなりと手足を投げ出していた。


「〜〜っ、()ぅぅっ」

「ぜい……ぜい……」

「あ、あの大丈夫ですかっ?」


 それを見てはさすがに放って置く事も出来ず、名残を惜しみながらマーサさんのお弁当をポーチに再度仕舞って、蹲るPCたち(おそらく)の元へと駆け寄った。


「つつ……って、えっ?」

「ぜ、い?」

「HPは平気ですか? よろしければ回復しますけど……」


 ターゲットサイトで捉えるとモンスター同様に簡略化されたHPゲージが表示される。それはどちらも赤く点滅していて残量がほぼ無くなっている。相当に危険な状態だった。

 声を掛けると2人の男女が私へと顔を向けた。


「それは……必要無いわ」

「あ、そうですか。差し出がましい真似を……」

「ああいや、違うんだ。単に『グウ』……」


 男の人の声に被さるように、昨日どこかで聞いたような音が響く。


腹が減ってる(空腹度が0な)だけだ」



◇◇◇◇◇



 その後、ようやく2人が落ち着いたので近くに乱雑に倒れている木に座ってから、これも何かの縁とお互いに自己紹介する事となった。


「じゃあ俺からだな、名前は天丼。重剣士を目指してる」

「え。テ、テンドン……さん? ええっと間違ったらごめんなさい、テンドンって天ぷらの丼で天丼、でいいんですか?」

「合ってるわよ、ホントバッカみたいなネーミング。ありえないっつの」

「待て、これは井の中から天を仰いでいると言う意味でだな……」

「……蛙じゃん、キモ。てかキャラメイクでお昼思い出してたらこうなったっつってなかった?」

「それを言うなよ! しまらねぇ!」

「ふふ、仲が良いんですね」

「「良くない!」わよ!」


 天丼さんは獣人族らしく、灰色の髪から……ええっと……可愛らしいウサギ耳がぴょーんと生えていた。ぴこぴこと時々動く。『兎人(ウェアバニー)』、だよね。

 ……シュールなあの頭につっこむべきなのか、それとも見て見ぬフリをすべきか……うん、後者にしよう。人の外見をどうこう言っちゃダメだよね、やっぱり。


 重剣士と名乗った通りに黒っぽい鎧を全身にまとっている、重そうなのによくセレナさんと同じスピードで走ってこれたなあと感心する。

 腰にはクラリスの物より幾分か太い剣を佩き、私の身長くらいの大きな盾を背負っていた。

 私だったら一歩も動けずに潰れそうな重厚感だった。


「おい、次」

「わ、私?! ……な、名前はセレナ、カタカナでね。得物はご覧の通りの大鎌。……よろしく」

「はい、こちらこそよろしくです」


 セレナさんは、見た目勝ち気そうな女の子。

 私より背が高く、桃に近い赤い長髪をツーテールにしてる。額から伸びる角からしてリンゴと同じ竜人族かな。

 背負っている鎌は刃が肩から指先程もある長さで、柄を含めると『L』字のようになる直線的な物だった。

 服は鮮やかな赤と白。シャープな印象のドレス風。

 ただ防具は見当たらない、武器があの大鎌って事は近距離で戦うみたいなのに大丈夫なのかな。


(えっと……気まずい)


 先程からセレナさんはあまり目を合わせようとしてくれない。チラチラとは視線を向けても、目が合いそうになると逸らしていて……そっぽを向く、と言うよりかはどうしようか迷ってる感じ。


 って、今度は私が自己紹介する番だ……あ、緊張してきた。深呼吸をして2人に会釈する。


「片仮名でアリッサです。えと、法術士? になると思います。どうも」

「さっきは気を遣わせてたみたいで悪かったな。驚いたろ?」

「え、ええ少しは。えと、空腹度が無くなってしまったから急いでセーフティーエリアに待避を?」

「え、ええ。まぁそんなトコ……よ」


 水を向けてみるけど、セレナさんは露骨に目をキョロキョロと忙しなく動かし始めた。


「ちょっとボスアタックに挑戦させられてな、そこのアホに」

「誰がアホよ、誰が!」

「ボスアタック、ですか?」


 ボスに挑みに行った、と言う事?



「ああ、はじまりのダンジョン4ヶ所のボスをどれだけ早く倒して回れるかを試そうとか言い出してな、そこのアホが」

「だから誰がアホなのよ! ぶっ飛ばすわよアンタ!?」

「ボスを相手に、タイムアタック……ですか?!」


 これから初めてのエリアボス戦に挑もうとしてる私とは、まさしくレベルが違う……。


「でも、その状態は……」


 あれだけ慌てて飛び込んできたと言う事は返り討ちにあった?


「い、いや、勘違いしないでよね。私、別に弱くないから。何てゆーか……相性と、調子が悪かっただけよ。実際一度は倒してるし……」

「俺たちはどっちも近接武器で空中の相手は苦手なんだ。前も苦戦したが、少しは強くなったつもりだったんだがなぁ」


 2人は身振り手振りを交えて悔しそうに回想する。


「そもそもアンタが鎧着込んで鈍足だし、ジャンプ低いしで、ダメージソースが私に集中してんのが問題なんじゃない。アンタが使えないのが悪いのよ」

「俺が攻撃を引き付けてるってのにアタッカーが俺の努力を無駄にするから負ける訳だ」

「「………………」」


 2人の間に火花が散っている……。


「……はぁ。ただでさえ俺らは東西南北の4体のボスの中でも搦め手を使うあの蛾は苦手なんだ。で、最悪な事に空腹度が尽きてた。レベルが上がった過信があったからそのまま勢いで、な」

「範囲で毒攻撃を使うのよ、あの蛾……解毒(アンチドート)ポーションはあってもHPが回復出来ないけりゃ焼け石に水で、いい加減ヤバくなったの。ったく、後回しにするんじゃなかった」

「結局ギブアップ、それからは背中に攻撃受けながらの撤退戦に突入。2人とも無事なのは正直運が良かったな」


 はぁーー、と深々とため息を吐く。

 虚ろな目で話す2人の中には一体どんな感情が渦巻いているのだろう。あんまり知りたくない類いだとははっきり分かるけど。


「そ、それはまた大変でしたね……」

「……ホントよ」

「オイ、頼むからお前が言うな」

「あ、じゃあこれから食事して再戦ですか?」



「「………………」」



 あれ?

 2人の動きが急にぎこちなく……?


「あの、どうかしたんですか?」

「……食料アイテム、買ってないわねそう言えば」

「そ・う・言・え・ば? そもそもその高い装備品買ったから食料アイテムまで手が回らなくなったんだろうが! 金稼ぎがてらに性能試したいからってボスアタックに巻き込みやがって!」

「いいでしょ可愛かったんだから! それにせっかく買ったんだし試さなくてどうすんのよ! ってかアンタだって貯金貯金で金持ってるくせに節約とか言って食料アイテムケチってんじゃん! 人の事言えたモンじゃないでしょうが!」


 2人は私を無視してけんけんごうごうと舌戦を展開している。

 「アンタが!」「お前が!」とその戦いは終わりが見えない。なんだか現実の話題にまで飛び火し始めているようなので、さすがに止めた方がいい?


「えーと……あのー、そろそろいいですか?」

「ぶっ?! わ、忘れてた」

「ぜい、ぜい。す、すまんつい熱く……」

「いいですよ。それで、回復出来ないなら街に?」

「そうす「どうにかなんない?」なんねぇよ! 空腹度カラッポじゃねぇか!? HPだって毒の所為で底が見えてるし、下手に森を進んだら不意打ちで死ねるレベルだぞ!」

「だって逃げたままとか悔しいでしょ?! ログアウトなんてしてたら向こうも回復するんだからまだチャンスは……!」

「回復?」


 向こうって、ジャイアントモスの事? え、ボスモンスターのHPは回復したりするの?

 首を傾げた私を2人が不思議そうに見ている……やっぱり常識なのかな……。


「あーえっと、もしかしてアリッサ、さんってビギナーか?」

「はい、今日で……4日目ですね。ようやくここまで来れました」


 本当は1ヶ月掛かった、事になるのかな私の場合。まあ実際のプレイ日数では4日目だし嘘ではないんだけど。


「それでそんな格好(初期装備)なワケ。ちょっと天丼、説明しなさいよ」

「って、俺かよ?! いや、いいけどよ……えー、モンスターは戦闘後にそれぞれ回復行動をするんだよ。キャタピラーなんかは分かりやすいんだが、時々葉っぱ食ったりしてるの見た事無いか?」

「ああ……あれHPを回復してたんですか」


 むしゃむしゃと葉っぱを食むキャタピラーを思い出す。

 なんとボスどころかそこらのモンスターでもHPを回復してしまうらしい、今まで倒してばかり(例外は思い出さない)だったから知らなかった。


「で、それはボスにも当てはまる。ボスが生き残ったままボスエリアからPCがいなくなるとHPが回復してく、ゆっくりとだがな」

「それじゃあ今も……」

「絶賛回復中よ。その上ログアウトするとその瞬間に全回復。かと言ってどんなに急いでも街に戻って食事までしてたらまず全快するわ。そんなの、悔しいじゃない」


 セレナさんはせっかちなのか、はたまた負けず嫌いなのか。どちらにしろ危ないレベルな気がするけど。


「…………」

「悔しかろうと無理は無理だろ。甘くみてた俺たちが悪い、今回は諦めろ」

「チッ」

「……あの」

「うん? 何よ」


 悩む。これは真剣に悩んじゃう。でも、この事態は私ならどうにか出来るし、放って置くのも悪い気がするし………………はあ……これは仕方ないよね、うん。



「……宜しければ私のお弁当お裾分けしましょうか? と言ってもそんなに量はありませんけど……」



 その言葉にセレナさんがピクリ、反応を返す。


「いや、流石にそこま「マ、マジ?!」節操ねぇなオイ!!」


 断ろうとした天丼さんに被せるようにセレナさんが期待の籠った視線を私に送って……あ、気付いて逸らした。


「……って、アナタそれで大丈夫なの? 騒いどいて言うセリフでもないけど」

「私の空腹度はまだ5割くらい残ってますし……お困りみたいですから」


 ごめんなさいマーサさん。でもなんだか見過ごせなかったんです。

 それに、せっかく出会えた人たちだし、こうしてプレイヤーと話したのもクラリスの知人を除けば初めてだったから、嬉しかったのかもしれない。

 ああ、昨日のマーサさんもこんな気持ちだったのかな。


「そうか……で、どうするんだ? 貰うのか?」

「ん……そりゃ渡りに船だとは思うけど、別に貰ってばっかにする気は無いわよ。まぁ……任せて」

「あぁ、そうかい。ほんじゃま任せた」


 天丼さんは片手を上げる。セレナさんもそれに応えてポンッと軽くタッチした。やっぱり仲良いんだ。


「さて、と。まずは……その、ありがと。それで、もし分けてくれるなら代わりに何か支払うつもりだけど、何か要望とかはある? 買い取る程所持金無いけど、アイテムなら多少は持ち合わせてるから」


 支払う、と言われてもすぐには……そうして考えて、思い浮かんだのはこの先の事。


「うーん、そうですね……じゃあ、私もこれから挑戦するつもりなのでジャイアントモスの情報を教えてもらえますか?」

「は? ちょっ……それでいいの? 私たちの情報なんて攻略サイトに載ってる程度のものよ?」


 驚かれた。けど、そもそも見返りなんか考えても無かったし、お弁当はマーサさんから貰った物だから、お金や品物なんて要求しちゃいけないと思うし……。


「いいんです。元々殆ど調べずに来ているので少しでもありがたいです」

「下調べ無しって……それで攻略に4日も掛かってんの?」

「ま、まあ……それもあります、ね。最近はもうちょっとしっかり調べた方がいいかな、と思ってますけど」


 他にも適性が怪しいとか、度胸が足りないとかがありますが。


「……ふーん……いいんじゃない? 好き好きでしょ、そんなの。それに……行き当たりばったり感に、なんか親近感覚えたし」


 かすかに浮かべられた笑顔。いやあの、その表現には素直に喜べないんですが。


「そりゃなぁ」

「あ?」

「いや、別に」


 天丼さんを睨んでいたセレナさんはふいに目を見開くとぽんと手を叩いた。


「あ。閃いた」

「却下」

「ぶっ飛ばされたいワケ、アンタ!? ったく、とりあえず黙って聞く!」

「へいへい」


 ビシッ、と人差し指を突き付けるセレナさん。私はそれについつい背筋を正してしまう、一方天丼さんは疑わしげな視線を向け続けていた。


「それで、何を閃かれたんですか?」

「コホン。まず、アナタには私たちと一緒に来てもらうわ。でボス戦になったら離れたトコから見学してればいいの。口頭じゃ伝え切れるか分かんないし、時間も掛かるもの」

「む、そう言う事か……」

「ああ、百聞は一見に如かず、ですね」


 なるほど……確かに、時間が経てば経つ程ジャイアントモスのHPは回復しちゃうからその方がいいのか。


「それにパーティだけでも組んどけば、経験値はともかくドロップは分配されるからそれをお礼って事にも出来るでしょ」


 セレナさんはどう? とばかりに首を傾げた。


「……あれ、おかしい。割とまともじゃないか?」

「アンタ、暗にブッ飛ばしてくださいって言ってるワケじゃないわよね……ったく。で、その……それでOK?」

「は、はい。もちろん。ご迷惑にならないかの方が気掛かりですけど……き、気を付けます」

「そ、そう。ならさっさとパーティー編成をするわよ」


 セレナさんがシステムメニューを操作する。ホロキーボードで私の名前を入力すると私の眼前にウィンドウが表示された。



 ポーン。


『【パーティー申請】

 [セレナ]からのパーティー申請です。

 受諾してパーティーを結成しますか?

 [Yes][No]』



 ……ドキドキと胸が高鳴っていた。パーティーを組むなんて初日以来ひと月ぶりで、そもそも今日初めて会った人と、なんて想像もしていなかった。


(マーサさんのお陰だなあ……)


 私は感慨深くそっとYesをタップした。



『【パーティー申請】

 [セレナ]からのパーティー申請を受諾しました。

 [セレナ]をリーダーとしたパーティーに編入しました』



「終了っと……え?」


 セレナさんがこちらを向いた。するとどうした事か、なんだか驚いた様子だった。


「あの……どうかなさったんですか?」

「そりゃこっちのセリフだ」

「え?」



「いや……その、アリッサさんがすっげぇ嬉しそうにしてたから、ちょっとびっくりした」



 天丼さんの言葉にセレナさんも、そうだと言わんがばかりにコクコクと頷いている。

 私はそうなのかなと思い、ペタペタと自分の顔を触ってみる。すると確かに、唇の端が少し上に向かっている気がした。


「そう、見えますか?」

「ま、まぁ一応ね。なんなの?」

「す、すみません……変でしょうかっ」

「べっ、別にそんなコト無いけど……パーティー組んだだけでしょ。そんな笑う程の事?」


 訝るように尋ねるセレナさんに、どう答えたものかと頭を巡らせてしどろもどろと口を開く。


「いえその、私……今まで一度しかパーティーを組んだ事がなくって、それも妹と。フレンドも妹の知人だけで……寂しいのとは違うんですけど、羨ましかったの、かな」

「…………」

「…………」

「だから、その、私1人で冒険をして、その中で出会えた人とパーティーを組んで行動出来るんだって思ったら、なんだかすごく……嬉しくてドキドキして、こんな気持ちになれるMSOは本当に素敵だなあって思ってたら、いつの間にか顔がにやけちゃってたみたいで……その、お見苦しい物をお見せしてしまって……それとあの、長々とすみません」


 途中からトーンダウンしていくのを自覚しながら、やはり恥ずかしさに俯いてしまう。きっと今、耳まで赤い。


「…………ふぅん」

「あ、あはは」


 苦し紛れの苦笑を浮かべるのだけど、続くセレナさんの言葉にそれは停止した。



「すごいわね」

「……え?」

「…………」

「さっ、時間が勿体ないから食事にしましょ」

「あ、は、はい。そうですね、じゃあ……」


 メニューから再び、アイテム『マーサのお手製弁当』を実体化する。

 小さなお弁当箱の蓋を開くと中には白い紙に包まれたサンドイッチが3種類、綺麗に詰め込まれていた。


「……こ、これってどこかの店のテイクアウト? まさかハンドメイドとかじゃ……ずいぶんハイクオリティっぽい……」


 サンドイッチをしげしげと見るセレナさん、天丼さんも「おー」と唸ってる。その気持ちはとてもよく分かる、だって美味しそうだもの。


「いえ、下宿先の大家さんがお弁当にって作ってくれたんです」

「へー、いい大家さんも居たもんだ。でもなんか悪いな、思ったよりずっと旨そうだ。本当に食っちまっていいのか?」


 と、言いつつ目がギラリと品定めをしているのは気の所為ですか?


「……はい、構いませんよ。それより早く食べないと時間が……」


 少し思う所もあるけど、改めてお弁当箱に視線を戻す。


 1つ目は私も時々コンビニなんかでも買い求めるタマゴサンド。

 もっとも既製品とはまるで別物で、柔らかそうなパンに挟まれた黄身は普段見る物とは段違いの濃い色合い、きっと味もそれに見合う濃厚さなんだろうなと思わせる。白身はゴロゴロと手作りらしい疎らさ、黄身の中で真珠のようにキラキラ輝いてる。所々に覗く胡椒の粒はアクセントとして全体の味を引き締めてくれる筈。


「うわ、やばい。なんかホントにお腹空いてきた」


 2つ目はBLTサンド。

 それにはタマゴサンドとは別の全粒粉パンが使われ、その間にある瑞々しいレタスとスライスされたトマトが、お弁当箱の中心に鮮やかに彩りを添えてくれる。肉厚のベーコンはしっかりと焼かれ、このお弁当のメインとしてこの上無い存在感を放ってる。


「だな……(ごくり)」


 そして最後の3つ目は、フルーツサンド……!

 それはデザート、もはやスイーツ、作ってくれたマーサさんには拍手喝采したい。

 やはり3つの中でもこれに私の目は惹き付けられてる。

 柔らかそうな白パン、溢れそうな白いクリームには大きく切られた苺、賽の目状のリンゴ、散りばめられたオレンジなどがまるで宝石のように閉じ込められていた。


「……ど、どうしましょうねコレ」


 お裾分け、とは言ったものの、出来るなら全部食べたい欲求に駆られてしまう。マーサさんがすごすぎる。


「3つあるから1人1つ、だよな。後は選ぶ順番か……」

「アナタ、私、アンタ。はい決定」

「オイ! って……いや、それが妥当だな。ついいつもの感覚で突っ込んじまった」


 お弁当提供=私。

 アイディア提案=セレナさん。

 特に無し=天丼さん。

 と、言う事らしい。


「じゃ、さっさと選んじゃって」

「それじゃあ……えとフルーツサンドを」


 崩れないようにそっとそっとサンドイッチを掴む。ふるり、柔らかな感触に喉が鳴る。


「ふっ。予想通り」

「はい?」

「コイツ肉食だからな、焼き肉なんかでも野菜無視して肉ばっか食いやがる。どうせアリッサさんならBLTサンドは選らばなそう、とか思ってたんだろ」

「私の観察眼が冴えたのよ」


 ひょいっとサンドイッチを摘むセレナさんは満面の笑顔。ただ……なんだか目がギラギラと獲物を見つめる獣のそれに見えてしまった。


「ま、残り物には福、って言うしな」


 最後に残ったタマゴサンドを手に取った天丼さんも、どこか嬉しそう。


「いい? これを食べたらすぐにボスエリアに戻ってジャイアントモスにリベンジ、OK?」

「おう!」

「は、はい!」


 互いに確認し頷き合い、それぞれの持つサンドイッチへと視線を落とした。


「じゃ、いただきます♪」

「ゴチになります」

「マーサさん、いただきます」


 かぷっ。



「「「――――――」」」



 そしてやっぱり、時が止まった。

 ふはーーーー♪



◇◇◇◇◇



「オイ……セレナ、コレ……」

「その反応からして、アンタの方も似たような感じだったみたいね……」

「?」


 食事を終え、お弁当箱を仕舞う間中2人は中空を睨みながら、困惑に眉をひそめていた。あ、あれ? 急いでボスエリアまで行くのではないの?


「あの、どうかしたんですか?」

「アリッサさん、この弁当とんでもないぞ。サンドイッチ1つで0だった空腹度が最大値の3割近くまで回復した上にHPとMPまで回復してる。MP自体は9割程度残ってたから正確な回復量は分からないんだが……」

「空腹度は私も同じくらいね。ただ、こっちはHPだけが回復したわ、大体3割近く。サンドイッチ1つでこの回復量って……ねぇ、その大家さん一体何者なの?」


 指をぺろりと舐めながら訝しむセレナさん。

 ちなみに、見れば私のゲージもそれぞれ回復したようだけど、きちんと把握していた訳じゃないから正確な値は分からない。


「と、言われても……確かにマーサさんは料理がとっても上手だとは思いますけど、至って普通の可愛らしいおばあちゃんですよ?」


 まあちょっとお人好しで、大丈夫かなあ、とも思ったけど、優しい人には違いない。


「ふ……ん、ここまでの物なら料理系のハイランクアビリティホルダー? マーサ、マーサ……やっぱ聞いた事無いわよ、未発見のイベントNPCとか……」

「そこから先は考えても仕方ないぞ。空腹度が予想以上に回復して余裕は出来たが、ジャイアントモスのHPが回復中なのは変わってないんだからな。急いでポーションでHP回復させるぞ」

「……はぁ、しょうがないわね」


 煮え切らなさそうに眉根を寄せながらもセレナさんもメニューを開く。それを見て、私は慌てて声を掛けた。


「あ、私がスキルで回復しましょうか?」

「え、いいのか?」

「構いませんよ。ポーションもまだありますし、経験値も入りますから」


 むしろHPに少し分けられないものかなと悩むくらいに。

 その後、かなりHPが減っていた2人に〈ヒール〉と上位スキル〈ヒールプラス〉を何度か使って全回復する。消費したMPはボス戦の見学中にポーションを飲む事にして、準備がようやく整った。


「よし、全快したわね。急いでボスエリアまで戻るわよ!」

「ああ。アリッサさん、行けるか?」

「はいっ」


 天丼さんが立ち上がり、私もそれに続く。セレナさんは敷いていたハンカチをアイテムポーチに仕舞って顔を上げる。

 私たちは頷き合い、セーフティーエリアを後にしたのだった。



◇◇◇◇◇



 タタタッ、タタタッ……。

 ザザッ、ザザッ……。


 草木を掻き分け、滑るように走る。雑魚モンスターには見向きもせずに、ひたすらにボスエリアを目指して突き進んでいた。


 私以外が。


「あの、重くないですか?」

「それなり。さすがに初期装備だから設定重量軽いし……体細いし」

「はあ、そうですか……すみません」


 そんな中を、私は今セレナさんに抱えられながら移動中だった。俗に言うお姫さま抱っこで。

 まさか自分がされる事になるなんて小学生くらいまでしか思ってなかったのに……しかも女の人になんて予想の斜め下過ぎる……。


(あああ、恥ずかしい)


 こうなったのは主に身体能力が高い2人に対して、私の足が致命的に遅かったのが原因だった。

 普通に動く分にはさして変わらないのに、激しい動作となると途端に違った。

 正直私は下手をすると現実よりも動きに精彩を欠くくらいなのに、2人の動きの滑らかさと言ったら……あれはレベルか加護によるものなのか、あれだけ重そうな武器や防具を身にまとっているのに軽々と動く動く。

 そしていい加減見兼ねたセレナさんが武器である大鎌を仕舞ってまで私を抱え上げてくれた。


「筋力自体はオレの方が高いんだがな……」

「は? アンタみたいな脂ぎった店屋物に触らせるワケ無いでしょ、調子乗んなっつの! もし触ってみなさい、GMコールより先に私がアンタをブッ潰すからね色々と……!!」

「しねぇよ、どんだけ信用ねぇんだオレは!? っつーか何だよ色々って?! 恐いわ!」

「あ、あのその辺で止めておきません……? 早く行かないと他の人がボスエリアに入って倒されちゃうかもしれませんよ」


 焦る私に、セレナさんは苦笑で返した。


「平気よ、そんな事滅多に起こらないから」

「へ? で、でもあそこを通らなきゃ先には進めないんじゃ?」


 ここに来るまでにも何人か見掛けた。……つまりは見られてしまったのだけどお姫さま抱っこ。


「ボスエリアとボスモンスターは常時複数の空間で同時稼働してるんだ。他の奴らはそうそうオレたちの戦った場所へは入れないさ」

「は、はい?」


 ボスが、え? 常時複数、同時? でもフロアボス1体しかいなかったんですけど?


「要はタワーパーキングみたいなもんよ。道路(ダンジョン)から駐車スペース(ボスエリア)に入った後、別の駐車スペースが降りてくるって言えば分かる? 1つに見えるボスエリアも、駐車スペースがいくつもあるみたいに、実はいくつかがローテーションで回ってる、らしいわ。そうじゃないとプレイヤー数に対して追い付かないから」


 じゃあもたもたしてたら他の人に迷惑、なんて考えはずいぶん的外れだったんだ。良かった。

 これからはいくら時間を掛けても気にしなくていいんだ。あんなキツイ戦いをいつまでも、とかは力の限り却下だけど、後ろを気に掛けずにすむなら、ちょっとほっとした。


「2層にいるんだからフロアボスは倒したんでしょ? じゃあボスエリアに入る時に変な感じしなかった?」

「変な……? あ、はい。そういえば、なんと言うか空気が変わった感じがしました」


 壁に潜り込むような、水面に沈み込むような、異質な感覚が蘇る。


「それが連続してるように見えても別の空間に移ったって事。その感覚、知ってて損はないわ。エリアを移動したって事が感覚で分かるワケだから」

「はあ、なるほど」

「ま、気付かない奴もいるけど、どっかの店屋物みたいに」

「うるせぇよチクショウ! いつまでもほじくり返しやがって!」


 あ、涙目。


「ったく、話戻すぞ……で、途中で抜けた場合、ボスのHPが回復するまで再戦出来るのはオレたちだけ、例外は他のボスが全て埋まった時らしいが……まあ、今時ここにそんなにプレイヤーはいないんで、とりあえず心配はしなくていい」

「そうなんですか……物知らずですみません。慌てちゃって恥ずかしいです」

「気にしなくていいでしょ、今知ったんだから」


 だって知ろうと思えば知れる情報なんだろうし……うう、無駄な恥をかいちゃった。


「……それとさっきのログアウトすると全回復って言うのは、正確にはログアウトするとボスへのパスがリセットされんの。だから……その、感謝してる」


 あの……セレナさん、こんな体勢でそんな事を言われると割りと反応に困るのですが……。


「い、いえそんな、たまたまですから。でも、なんだか色々と……すごいんですね」


 気恥ずかしくなりあやふやに笑む。対してセレナさんは顔を前へと向けてしまった。


 そうこうしている内に、なんだかずいぶんと久しぶりのような気がするボスゲートの前にまで私たちは戻ってきた。

 ただ食事にしようと離れただけだったのに思ったよりずっと長くなってしまった


(けど、だからこそセレナさんと天丼さんに知り合えたんだから、まあいいよね)


 セレナさんは立ち止まって私を降ろし武器を実体化する。両手で持ち振り回すと、ブゥンブゥンと風が唸りを上げる。


「よし、ここからが本番よ……ぶっ飛ばしてやる!」


 牙を剥くセレナさん、そして天丼さんはこちらを向いて口を開いた。


「アリッサさんはなるべくエリアの端にいてくれ、オレたちは逆側にボスを誘き寄せる。言った通りボスは広範囲に毒攻撃をする、〈キュア〉か解毒効果のあるポーションの持ち合わせはあるか?」

「はい、〈キュア〉はもう修得していますから大丈夫です」

「よし。範囲攻撃で毒をくらったら自分の即時浄化・回復に専念しろ、ヤバイと思ったらエリアからすぐに逃げていい。いいな、過信すると痛い目を見た例を忘れるなよ」

「は、はい!」

「打ち合わせは終わったわね? じゃ、行くわよ」


 カサリ。

 一陣の風が吹く。弱々しく生える芝が乾いた音を立てた。


 私は初めてのボス戦へ、初めての花菜以外のPCと一緒の戦いへと踏み込んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ