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第137話「別れの序曲」




 夜もまだ明け切らない早朝。

 冬の到来を告げるかのような冷え込みに襲われ、もう明日から11月だと実感させるこの日。

 私と花菜はまこの家の前で呼び出したタクシーを背に、見送りに来たまこと光子と話していた。


「ごめんね、こんな早くに」

「昨日はさすがにあれ以上無茶はさせられなかったのだし、おじ様とおば様に話すならこの時間しか無いでしょう。仕方無いわ」

「……うん」


 そう、これから私たちは両親に報告をしに家に帰るのだ。

 ただの姉妹げんかなら別に報告なんてしないけど、今回は規模が規模なので話さない訳にはいかない。少し緊張はあるけど、やるしか無いと覚悟は決めていた。


「光子は本当に途中まで乗っていかなくていいの?」

「いーのいーの。ここから直で学校行ってそのまま家に帰るつもりだからさ。つーかこっちを気になんかしねーでさっさと帰ってやれよ。おじさんもおばさんも心配してるぞ」

「分かった、ありがとう。ほら、花菜もちゃんと挨拶しておきなさい」


 起きてからずーっとべったりと私に張り付いて一向に離れない花菜は、幸せ顔で2人にぺこりと頭を下げた。


「ひか姉ちゃん、まこ姉ちゃん。迷惑掛けてごめんなさい。そんでありがとでした」

「ま、結構楽しくもあったけどな。何か悪い事してると思ったらテンション上がってよ!」

「あら、姉妹を仲直りさせたのだから善行よコレは。だから気兼ね無く、次はもっとゆっくり遊びに来なさいな」

「うんっ!」


 元気に頷いた花菜は、再び蛸の如く私に張り付く事に執心し始めた。

 「えいようぶそくだ。もっとおねえちゃんをよこせ」などと言う辺り、もう粗方復調しているようなのだけど、まこからは「花菜ちゃんが来てから顔色が良くなった」と言われた私も、どうやら大概らしい。


「じゃあまた学校でね」

「……待って、まさか貴女登校する気なの?」

「だって今週はもう2日も休んじゃってるし、月曜日は月曜日で気もそぞろだったし……」

「その愚直過ぎる生真面目さには毎度毎度呆れるわね……言っておくけどおじ様もおば様も、許可なんて出さないと思うわよ?」

「かも。でも、最初から諦めるのはどうにも……学生の本分は勉強だもの」


 更に呆れて深い深いため息を吐くまこと、私の言葉にげんなりする光子に別れを告げ、学校と聞いて顔を歪める花菜を連れてタクシーで自宅に向かうのだった。



◇◇◇◇◇



「あれ?」


 タクシーは順調に走り、自宅が見えた所で、私の視界に映るものがあった。


「どったのー?」

「家の前に居るのってお父さんじゃないかなって……あ、やっぱりそうだ」

「にゅにゅにゅ?」


 シート越しに見た門に1人、寄り掛かりながらこちらを注視するその姿は紛れも無く私たちのお父さんその人だった。

 ゆっくりとタクシーが停車し、ドアが自動で開くとお父さんが駆け寄ってくる。


「えと……ただいま、お父さん」

「ただーまー!」

「……おかえり。2人共、体は大丈夫なのか?」


 その第一声に頷くも、心配そうにこちらを気遣うお父さん。具合を悪くしていた私と、塞いでいた花菜なのだ、それくらいはなってしまうのかも。


(心配、掛けてるなあ)


 手を貸そうとするけど、それよりはと荷物を運んでもらう事になった。


「け、結構重いな……」

「リンクスが入ってるから。デリケートな機械だから落とさないように気を付けてね」

「ま、任せておけ!」


 そっと窺う。「こ、腰にクる」と顔を歪ませながら私たちの後から歩いてくるお父さんは、パッと見た限りはいつものお父さんに見えた。

 いつもの、若干親ばか気味なお父さんだ。


(私が具体的に何をしていたかはまだ知らないからなのかもしれないけど、だからこそ自分から話すのは勇気がいるな……)


 少し肩が重い。終わって、済んだ事と言っても、やっぱり後ろめたさはあるのだから。


 足取りがかすかに鈍くなると自覚する。けど、どちらかに気付かれるよりも先に玄関に辿り着く。

 タイミングを測ったかのようにドアが開き、そこには安堵の表情を浮かべるお母さんがいた。


「結花、花菜……おかえりなさい」

「ただいま、お母さん」「ただーまー! 2度目!」



◇◇◇◇◇



 居間には野々原家の全員が揃っていた。着替えもせずに、荷物もそのままに。


「ひとまず、解決はしたのね」


 眼前の私と、へばりつく花菜の、この世の春よ、と言った顔を見れば……そりゃそう言う結論にもなるだろう。


「うん。……ずいぶん不恰好だったけど……なんとか」

「やー、あたしとお姉ちゃんはラブラブです!」


 お父さんはそれだけで嬉しそうに頷いて納得した様子だけど、お母さんはそうともいかないらしい。

 能天気な花菜を見て頭を痛めたのか、鋭く目を細め、姿勢を正して対峙する。


「……花菜」


 その声の峻厳さに、蕩けていた花菜もさすがにマズいと察したのか、私から本気で名残惜しそうに離れ(裾は離さなかったけど)お母さんに向き直った。


「とりあえずは、元の鞘に収まった事は嬉しく思うわ。ただ……ずいぶん心配したのよ」

「……ごめんにゃさい」


 一回りくらい小さくなったんじゃないかとすら思う花菜だった。


「……きちんと反省出来ているなら、その気持ちを忘れないようにしてね。お母さんからはそれだけよ」

「ふえ……それだけでいいの?」

「ええ。この件に関しては……何も出来なかったお母さんに責めも叱りもする資格は無いでしょう」


 続いてその視線は私へと向けられる。私も体が固くなるのを実感する。


「結花」

「……はい」

「まずは、花菜を立ち直らせてくれた事、本当にありがとう」

「ううん。私がそうしたかっただけだから……それに、私たちは――」


 「家族」、と出すのに発生したラグはなんだったのだろう。理解は及ばぬまま、話は先へと進んでいく。


「――だから、当たり前だよ。何よりお礼なんて、元々私がばかだったのが原因なんだから、言わないでよ」


 そうだ、今回の件はすべて自分を省みなかった私が招いた事。解決に尽力するのは当然でもあって、決して褒めそやされる類いでは無いのだ。


「お姉ちゃん……」


 花菜はそんな私を気遣わしげに、お父さんも同じように接してくる。


「……」


 ただ、唯一お母さんはそんな私の態度に対して思う所があったらしく、ため息を1つ吐くと話題を変える。


「ところで結花。貴女……どんな方法で花菜を動かしたの? 一昨日は詳しく話してくれなかったけど、今なら話せるかしら」

「……」


 来たとそう思った。

 覚悟はしている。だから、細く息を吐いただけで返答する事だって出来る。


「……ゲームをしていたの。ずっと、ずっと」


 何の話かと首を傾げていたお父さんだったけど、理解が及んできたらしく、目を見開いて私に詰め寄る。


「結花、それは……つまり、なんだ。ゲームって、VRのゲームか? それを……ずっとプレイし続けていたって言う事か?」


 視線が向かうのは置かれている荷物。お父さんはさっき聞いて知っている、あの荷物にはリンクスが入っている、って。


「……ずっと、だよ。一昨日の夕方から昨日の夜まで……お父さんもお母さんも、情報端末で確認してみれば分かるよ。出来るでしょ?」


 お父さんの疑問に頷きながら答える。

 保護者として設定されているお父さんとお母さんは、私のリンクスのプレイ状況を情報端末から確認出来る。

 お父さんは戸惑いながらも情報端末に手を伸ばした。しばらくの操作の後、深く瞑目する。その反応からお母さんも察したらしい。


「はぁ……話せなかった訳ね……そんな事を知っていたら、さすがに止めない訳にはいかなかったわ」

「結花、お前は――お父さんが言った事を忘れたのか?」

「忘れないよ。でも、それしか思い付かなかったんだ……花菜が、私の所に来てくれる方法」


 そう言うと花菜が自分の所為と言いたそうな顔をしてしまうので、頭を撫でて「そんな事ないよ」って言っておく。


「北風と太陽みたいなものだよ。押し過ぎればきっと頑なになっちゃう。だから花菜から動いてほしかった。それに、時間を掛けられなくて……もろもろで、こんな方法になっちゃった」


 ギュッと隣に座る花菜が抱きついてくる。それを制しながら私は深く頭を下げる。


「お姉ちゃん……!」

「後悔はしてない。花菜がこうして隣に居てくれているから……けど……。お父さん。約束を破ってしまってごめんなさい……またそんな顔をさせてしまって、ごめんなさい」


 あの日、私はお父さんと「もう夜更かしだとか無茶な事はしない」と言う旨の約束をしている。

 それを破ったから、きちんと謝らなきゃいけない。


「……結花。あの時、お父さんはこう言ったぞ。次にこんな事があったらゲーム機は取り上げなきゃいけないと」

「……分かってる。だから……」


 視線は隅に置かれたまだ新しい段ボールに向かう。


(ごめんね)


 そしてその中に入っている私の愛機と、それが繋ぐもう1人の私(アリッサ)へと内心で謝罪する。



「……リンクスは、渡します」



 それは大切なものとの離別の言葉だった。


「……」


 花菜が口をへの字にしている。あの時の会話を花菜も聞いていたのだ、驚きはしなくても忸怩と思いはするんだろう。


「こうなると分かっていたのに、それでも話すのね」

「話すよ。こんなの調べれば分かる事だもの。知らされなかったらきっと余計に辛くなっちゃうから……ちゃんと話さなきゃいけないじゃない」

「結花は、結花ね」


 お母さんはそう言って苦笑いするけど、花菜はそうはならなかったらしい。


「……お父さん……やっぱり取り上げちゃうの?」


 うるうると瞳に涙を溜めながらお父さんに迫る。普段ならその親ばかっぷりで多少は怯みそうなお父さんも、さすがに今は頑とした態度を崩さない。


「約束だからな」

「でもっ、こんな事になったのはあたしが――」


 そこまで言った所で花菜の頭を掴んでシェイクした。


「あばばばば……」

「その話はもういいの。分かっててやらかしたのは私なんだから……ミリィと同じ。けじめ、だよ」

「ぐ、ぐぐっ」


 それだけで花菜は押し黙る――かと思いきや、バッと頭を上げてお父さんに詰め寄った。


「花菜?」

「……お父さん」

「何だ?」

「取り上げたリンクスは……いつ返してくれんの?」

「お父さんが、結花がもう遊んでも大丈夫だと思えるまでだ」

「だからっ、それがいつかって聞いてるのーっ!」

「花菜」


 顔を赤らめて突っ掛かる花菜を抑え込む。不満がこれでもかと吹き出しているようだった。


「だって……まだお姉ちゃんと行きたいトコいっぱいあるんだもん、やりたい事沢山あるんだもん……それに、だって昨日は(、、、)……きの……ふにょえ〜ん」


 堪えきれなかったのか、ぽろぽろと涙が零れてきた。しゃくりあげる花菜を擦りながら説得する。


「約束破っちゃったから仕方無いんだよ。それにお父さんは一生取り上げるなんて言ってないじゃない……私がちゃんと真面目に生活していればいつかは返してくれるんだから、ね。……それに、忘れてもいない(、、、、、、、)から、泣かないで、ね」

「うえっ、うえっ」


 分かってくれたのかどうなのか。とうとう花菜は私の膝に顔を埋めてしまう。

 お父さんはそわそわとその様子を窺っているようだけど……もう少し困らせちゃうから申し訳無いな。


「……お父さん」

「なんだ」

「身勝手な事、言うね」

「……何?」

「最後に1つ、わがままを聞いてほしいの」

「わがまま……?」


 途端に不安げになるお父さん、同時にお母さんの視線も一緒に私に集まる。


「……後1回、今日だけ、またMSOにログインさせてほしいの」

「! 結花、それは話が違うだろう。何よりこの上まだゲームをするだって? お父さんがそれを許すと思うのか!」


 あからさまに顔をしかめるお父さんに首を横に振って答える。


「思わないよ。お父さんは私を、私たちをすごくすごく大切にしてくれているから、これ以上体を悪くするような真似は許してくれないよね」

「それが分かっているなら、もう無茶をしないでくれ。ここまでの話だけでも心配で胃に穴が空きそうなんだ」

「……ごめんなさい。でも、今日だけ……少しの間だけでいいから」

「……お姉ちゃん? もしかして……」

「だから、忘れてないってば」


 私は花菜の頭にそっと手を乗せて、お父さんに理由を話す。


「今日でオフィシャルイベントが終わっちゃうんだ。でもまだ花菜と遊んでないの。またリンクスで遊べるようになるのがいつか分からないなら……最後の思い出は、楽しいものにしたいの。それがあれば、きっと花菜も我慢出来ると思うんだ」

「お姉、ちゃん……!」

「……それが終わればもうログインしたいだなんて言わない、約束する。リンクスも素直に渡す。だから後1回だけ、本当に1回だけでいいから……お願いします、ログインさせてください」


 深く頭を下げると隣の花菜までもが同じように頭を下げていた。


「お願い! あたしも、もうバカな事しないから! お姉ちゃんが無茶しないようにちゃんと見てるから! お願いっ、お願いしますっ!」


 そうして場に沈黙が訪れる。お父さんとお母さんはどう判断するだろうと、足と床ばかりの視界で思う。

 やがてお母さんの「お父さんとの約束なんですから、判断は任せます」との言葉を機に、お父さんが私たちに話し掛けてきた。


「……頭を上げなさい」

「あの……」

「結花」

「……うん」

「今日は学校を休みなさい」

「でも……」

「話を聞く限り相当無茶をしたんだろう。今日はゆっくり休んで体調を整えるんだ。いいな?」

「……分かった」


 正直学校に行かねばと言う思いもあるけど、そう言われたなら仕方無い……。


「その代わり、お父さんが帰ってきた時に体調が良ければゲームをプレイして構わない」

「! 本当?!」

「ただし」


 喜ぶ私と花菜だったけど、お父さんは片手で制する。


「1時間だ。1時間だけ遊んだらそれでおしまいだ。それ以上は出来ないように、ゲーム機は没収する」

「1時間……」

「約束出来るな」


 疑問符は付かなかった。つまりはこれで既に決定していて、譲歩も交渉も受け付けない、と言う事なんだろう。

 後は私が受けるか否か。


「……うん、分かった」


 なら迷う事も無い、私は即答して自分から小指を差し出した。……花菜はまだ少し複雑そうだったけど。


「約束」


 そうしてお父さんが頷いて、私たちは指切りを交わしたのだった。



◇◇◇◇◇



 リビングでの話が終わると、私は自室へと押し込められた。

 当然ながらリンクスは一時お母さんの管理下となり、私は外が明るくなっているにも関わらず天井をぼんやりと見て寝転がっている。

 ――カチャリ。そんな時だ、ドアがわずかに開いた。視線を向けるとそこには花菜が小動物みたくびくびくとこちらを覗いている。


「どうしたの?」


 起き上がると花菜は恐る恐る私に尋ねてくる。


「……起こしちゃった?」

「ううん。昨日はずいぶん寝たし、大分調子も戻ってるから逆に寝付けなかっただけ」


 ドアの隙間から覗く花菜は私と違って登校しろと厳命されている(駄々を捏ねたのは言うまでも無いが)ので制服姿だ。

 時間は大丈夫かと思ったけど、まだ多少は余裕がある。私は花菜を招き入れた。


「おいで。髪を梳いてあげるから」

「……ん!」


 途端にウキウキと足取りも軽くなる花菜、それこそ数日ぶりでしかないけど、今はそれだけでも嬉しいのはよく分かる。

 私だってそうなのだから。

 花菜の長い黒髪は昨日思った通り、少しくたびれていた。だから私は丁寧に髪を梳く。

 梳いているこちらの方が気持ち良くなるくらいに綺麗で、時折時間を忘れてしまう。そんな髪に少しでも戻るように、丁寧に髪を梳く。


「それで、どうしたの?」

「お姉ちゃんの近くに居たかったの!」

「さいですか」

「さいですっ!」


 丁度いいと私は少し花菜と話す事にした。


「……花菜」

「んあ?」

「ごめんね。ずっと一緒って言ったのに……(アリッサ)は、しばらく会えなくなる事になっちゃった」


 こうなる事は最初から分かっていたけど、どうしようも無かった。

 そうして少しへこんでいると、花菜は不意にケタケタと笑い出す。


「花菜……?」

「大丈夫だよ。あたしも決めたから」

「決めた? 一体何を?」



「あたしのリンクスも、お父さんに預けんの!」



「――っ、な!?」

「一緒一緒、これでアリッサお姉ちゃんも寂しくないよー」


 名案だと、花菜はウキウキワクワクと言った風情の花菜……。


「でも、復帰出来るのがいつになるか分からないんだよ? その間、私だけじゃなく他のみんなとも遊べなくなっちゃうんだよ? それでもいいの?」

「いいんだよ」


 そう言っても花菜は明るく軽く微笑みながら断言する。


「あの後ね、パーティーのみんなと話したんだよ」


 そして自らの情報端末を取り出して指し示した。


「そんでみんなで決めたんだ。アリッサお姉ちゃんが、ミリィが、また遊べるようになるまであたしたちも全員ログインしないでおこう、って」

「……そんなっ」


 結局、彼女たちまで巻き込んでしまう事になってしまったと、私は唇を噛んだ。


「リンゴもベルもね、言ってたよ。自分たちもミリィの真意を知ってて協力したんだから、ミリィにばっかり責任を押し付けられないって。それに……あ、そうだ。彩夏ちんがお姉ちゃんに謝っておいてって言われたんだった」

「え?」

「昨日ね、お姉ちゃんに嘘付いちゃったからって」

「嘘?」

「うん。昨日さ、みなもんが行方不明だって聞かなかった?」

「あ、ああ……確かセバスチャンさんが、邪魔されないようにどこかに雲隠れしてログインしてるみたいな事は言って――待って、まさか」

「彩夏ちんの家に居たの。そんでホントの目的も全部知ってたんだって。でも、ピンチにしなきゃあたしが来ないからってバレないように嘘付いてたみたい。見事に騙されちゃったぜい」


 開いた口が塞がらない……けど、確かに言われてみれば……リンゴやベルが真相を知って協力していたのに、一番親しい筈の彩夏ちゃんが知らないのはおかしい。


(それを思えば、もしかして彩夏ちゃんがしきりに謝り倒してたのって……ミリィを止めなかった事でなくて、私に嘘を付いてたからかも……)


 元来真面目な彩夏ちゃんだ、嘘を付く事にはひどく罪悪感を持っていたのだろう。

 そんな真似をさせてしまったならこっちこそちゃんと謝らなきゃ……。


「そんな訳で、一番ミリィに手を貸した自分が罰を受けない理由は無いって決めたんだよ」

「そう……分かった。もうどうこう言わないよ」


 みんなも、みんななりに考えてそう決めたのなら、もう私にどうこうは言えないだろう。

 私自身、花菜を黙らせてリンクスを預ける事にしたのだから。

 ただ、そう思えばふんすと鼻息も荒くなる。


「お姉ちゃんー?」

「なら私に出来る事は真面目に、品行方正に、健康に過ごして、少しでも早くリンクスを返してもらえるようにするだけだね」

「ミリィもそんな事言ってたー。がんばって孫的魅力でじっちゃんを籠絡すんだってー」


 なんか違う。


「う、うーん、ま、まあ……方向性はともかく、私もがんばらなきゃいけないのは変わらないよね」

「お姉ちゃんがんばれー!」

「うん、がんばる」

「「おー!」」


 そんな事をしていると気付けば時計はずいぶん進んでいて、もう花菜は登校しなきゃいけない時間帯だった。


「じゃあお勤めに行ってくるでありま…………行きたくない」


 颯爽と立ち上がり、ドアを開けて廊下に1歩踏み出した時点で踵を返して私にしがみつく花菜であった。


「何を言ってるの。ちゃんと学校に行きなさい」

「やーだー。もうお姉ちゃんと離れたくなーいー、二度と」

「無茶を言わないの」


 じたばたと悪足掻きするのだけど、半端に開いたドアからは階下のお母さんがいつまでも降りてこない花菜を呼びつける声が徐々に強くなりつつ響いている。

 その度にびくびくと震える花菜は、しかしそれでも離れがたいらしく、私のお腹辺りに顔を埋めて唸っていた。


「もう……」


 私はさすがにそろそろマズい時間帯だと思い、お荷物と化した花菜にしがみつかれたままながら立ち上がる。


「むあ?」

「玄関まではついていってあげるから、ちゃんと学校行こ? 私は真面目に、品行方正に、健康にしなきゃいけないから、花菜の不真面目を放っておけないんだよ。がんばれって、言ってくれたよね?」

「ぬ、ぬー……分かった」


 事情が事情だけに、花菜もわがままを引っ込めてくれたらしく、ようやく離れてくれた。

 ただ、それでも諦めきれなかったのかおずおずと手を差し出してくる。


「ほら、早く行こう」

「にゃー!」


 手を繋げばやおら機嫌が良くなる花菜を連れ、そのまま階下へと向かった。

 ちなみに、それでもやっぱり出掛ける際には花菜は泣きじゃくり、どうにか送り出すも牛歩戦術ばりのスローペースで名残惜しそうにこちらを逐一振り向きながら登校する姿を私は見送った。


「遅刻しないかしら……」

「しないと言い切れない……」


 そしてお母さんと共に頭を抱えるのでした。


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