第136話「これまでもずっと、これからもずっと」
体の感覚が一瞬すべて消え、次に復帰した時には向きが変わる。
ログインする前と同じ、寝転んだ姿勢に……そして五感のすべても同時に復帰を――。
「……おか――な――、結花。私――は分か――しら?」
(……?)
目を覚ますとそこは、程々に見慣れた幼馴染みの私室――の筈なのだけど、視界にはいっぱいに当の幼馴染みの顔が広がっている、らしかった。
(ん……んん?)
視界がやけにぼんやりとしていた。寝起きでピントが合わないのをもっと酷くしたような……。
(……ああ、当然か。丸1日以上寝ていたようなものなんだし……)
しかし、だからと目を擦ろうとするものの腕の動きがどうにも鈍い、と言うかだるい。
しかも腕だけでなく全身そんな風で、違和感ばかりを感じていた。
「ま゛ご……」
カラカラに渇いていると言う程ではないけど喉から出たのはずいぶんと酷い声だった。
「そのまま。待っていなさい、今スポーツドリンクを飲ませてあげるから……光子、光子! 起きなさい、結花が目を覚ましたわ!」
「うおう!?」
リンクスを被ったままだったので首を動かせずに様子は分からないものの、どうも手痛い方法で叩き起こされたらしい。
光子が文句を言いつつ起き上がった、んだろう多分。
「あつつ……おいっ、昨日の仕返しのつもりじゃねーだろーなぁ」
「まさか、仕返しならもう……じゃなく、それより結花のヘルメットを外してあげて、どうも上手く動けないようだから」
「ちょっと待て今何を言い掛けたこんにゃろう?!」
「いいから、早くなさい。結花が待っているわよ」
ぴしりと素知らぬ顔で指示を出すまこに、光子も長年の経験から無駄だと諦めもついたのか、私の許に近付いてくる。
「ぐ。へいへい、ったく……よう、結花。いい夢見れたかー?」
「びがる゛ご……あ゛の゛……」
「うわ、ひでぇ声。いいから寝てろ、今外してやっから」
それには頷きすら返せなかったけど、後は光子に任せる事にした。不慣れな手付きではあったけど、無事にリンクスを外してもらえた。
……けど、涼しいと思う間も無く肌に張り付く髪と汗の不快な感触ばかりが伝わってくる。
「悪いわね。そのヘルメットが邪魔で汗を拭いきれなかったのよ。後で拭いてあげるから少し我慢してちょうだい」
「う゛ん゛……」
常時ログインする以上リンクスは付けっぱなしにしなければならないからそれは仕方無い。
「光子、上半身を少し持ち上げて」
「おう」
「ごめ゛ん゛ね゛」
「いいから飲みなさい。少しずつ、ゆっくりよ」
ほのかな甘味のスポーツドリンクが口に流れ込んでくる。少しずつ少しずつ喉が潤っていくのを実感する。
同時に胃の形を感じるくらいにお腹が空っぽらしいとも。
「ぷは」
「どう? 少しは喋れそうかしら?」
「ぁ、あ、あ……うん、平気、みたい。喋れる、よ」
まだ若干かすれはあるものの、先程からすれば十分まともに発声出来る。
強張りの残っていた体も徐々に動くようになっていく。
上半身だけを起こしてようやくひと息吐いたのはログアウトしてから5分も過ぎた頃だった。
「それで、向こうでは上手くいったのかしら?」
私は軽い物を細々と食べて空腹を紛らわしつつ、ベッドの傍に腰掛けて分かりきっていると書いてあるような表情でそう聞いてくるまこに、素直に答えた。
「……うん」
「おっしゃ!」「ふふ」
――ぱん! 2人がハイタッチして高らかに響き、そして私へと空いている手を差し出してくる。私が両手を上げるとそれを握って――抱き締められた?
「あ、あう? ふ、2人共?」
いきなりの事に反応に困っていると、耳の傍で囁かれる。
「良かったな」
「笑えるようにもなったのね」
殊更に強く、抱き締める腕に力がこもる。安堵の息と、喜びの意思は確かに私にまで届いていた。
(そっ、か……2人は私が笑えなくなってからずっと、心配して……でも、信じて見守り続けてくれていたんだもんね……ああ、また視界がぼやけてきちゃった)
手が使えないからそのままにするしかない……それが悪いとは全然思わないから構わないのだけど。
「……うん。まこ、光子、ありがと……ありがとお……っ」
「へへっ」
「ふふっ」
ぎゅっと抱き締めてもらいながら、私も体を預ける。と、
「幼馴染みのオムツを変えるなんて罰ゲームに付き合った甲斐があったと言うも「うきゃあああああああっ?!」ふっ」
「おっ、思い出した! まこ、セレナにその事言ったでしょう?! なんで言っちゃうかなあ?!」
自分で言うのとではやはり違うものなのです。顔から火が出なかったのが不思議なレベル。
「うわえげつねぇ……さすがまこえげつねぇ……」
「あらそうだったかしら、何か勘違いをなさっているのじゃなくて? 生憎と記憶にございません」
「ちょっとおおおっ!? メ、メールを調べれば分かる事なんですけどおっ!?」
「光子がやりました」
「こっちに投げんじゃねぇぇぇっ?!」
どこぞの政治家もかくやと言う呆れた言い訳を吐くまこなのであった。
感動はどこ行った……。
◇◇◇◇◇
「むむむ……」
「むくれていていいから背中をこちらに向けなさい。拭けないでしょう」
そんな騒ぎも、汗を拭く(さすがに今の状態でお風呂に入るのは危険との判断)から大人しくしていろと言われれば従わざるを得ず、結果こうして頬に空気を蓄えて不満のアピールをするだけになっていた。
そしてようやく新しいパジャマに袖を通した時の事。ピンポーン♪と響くチャイムの音に私はびくりと肩を揺らした。
「あら、誰か来――どうしたのかしらその面白い反応は」
「い、いや、その……か、花菜が来るって言ってたから、その……」
そわそわとパジャマを直しつつ口をどもらせながらそう答える。
「……そう、先に言っておきなさい、そう言う、大事な、事、はっ♪」
すると、いきなり耳の傍で聞こえた嗜虐的な声に背筋が震える。
「光子、私が出るから結花を隣のゲストルームに連れていって頂戴。さすがに自分の部屋でラブシーンを繰り広げられるのはごめんだわ」
「ぶっ」
「おうよ了解。ホラ、行くぞー」
「ちょ、ちょっと待ってっ、はっ、反論させてっ?! ラッ、ラララビュ――?!」
「ふっ、ふふふ……さぁ、花菜ちゃんを出迎えないとねぇ。どんな展開になるのかしら?」
「ちょっとおーっ!?」
「諦めろ。丸1日分のストレスをここぞとばかりに発散する気なんだから」
私の声などまったく無視したまま、光子に荷物扱いで連れられていってしまうのだった。
◇◇◇◇◇
――だばだばだばだば!!
そんな喧しい足音がする。迷う事も無くまっすぐにこちらに迫るその主が誰であるか、考える意味も無く私はただそわそわとするばかり。
(心臓、痛い……)
まこが何か仕込んでいるのかどうなのかも不安の種ではある。
けどそれ以上にMSOでは普通に話せていたけど現実となるとまた話は別なのか、しこたま緊張しているらしく心臓は過剰運動に余念が無く、思わず胸元を掻き抱く。
そして――バタンッ!! 傷でも付くんじゃないかと不安になる勢いでドアが開く。
「っ」
私は飛び上がるくらいに驚いて、思わず瞼を閉じてしまう。
「…………」
「…………?」
しかし、それきりぴたりと音が止んだ。
どうしたのかと恐る恐る瞼を開くとそこには……顔をぐしゃぐしゃに濡らした花菜がいた。
「ふぇ、ふぇっふぇっふぇっ……」
涙とか鼻水とか涎とか、流せる物を流せるだけ垂れ流しながら、それでも心底からの笑顔を讃えた花菜がそこにいた。
どうも私の姿が余程効いたらしい。
よちよちと、多分赤ちゃんの方が上手なんじゃないかと思えるくらいの危なっかしい歩き方で近付いてくる。
「……ちゃあん、お姉ちゃあん……」
「……まったくもう、貴女は……」
私は両腕を広げる。
「おいで」
「――うんっ」
折角着替えたばかりなのにな、なんて他愛も無い愚痴を内心に浮かべながら、久し振りの温もりを受け入れる。
花菜の全身から力が抜けた。そのまま私の膝を枕にするや頬擦りし始める。
「お姉ちゃんだー」
「うん、お姉ちゃんだよ」
やがて膝(と言うか太股だけど)に冷たい感触。それは最初は点々といくつも、それが線へと変わっていく。
「お姉ちゃん、だー……」
「……はいはい」
クラリスとは違う感触、重さ、慣れ親しんでいた筈のそれらに言いようの無い幸せをこれでもかと感じている。
髪を撫でると自慢の長い髪は少しくたびれているような気がして、それが花菜の心情を物語るかのようで……私は花菜をぎゅうっと抱き締める。
「お姉ちゃんだ……お姉ちゃんだ、お姉ちゃんだ、お姉ちゃんだ、お姉ちゃんがいるぅ」
「いるよ」
「もう、もう離さないんだ、離れないんだ、ずっとずっと一緒なんだ」
「そだよ」
「あは……あはははは」
「は、はは……ぐずっ……生まれて、良かったぁ……っ!」
噛み締めるように、限りの無い情熱と、惜しみの無い愛情がこもったそんな言葉だった。
「……うん。生まれてきてくれて、ありがとう」
だから、私もありったけを込めてそれを返したのだった。
◇◇◇◇◇
それからしばらく。抱き合っていた私たちだけど、軽く目眩が起こってしまって、今はベッドの中にいた。
「だめだねえ……この調子じゃ……」
「じゃああたしと引き込もって爛れた日々を過ごそうZEお姉ちゃん、でゅふふふふ」
どうやら花菜は完全に復調したらしく掛け布団から出る私の手を宝物でも扱うように愛しげに握っている。
「……そうも言っていられないよ。早く良くならなきゃ」
「な、なんだってー?! しっぽりしけこむビッグチャンスなのにーっ! 再考をっ! 再考を要請するぅっ!」
「だって、イベント明日までじゃない」
きょとんと呆けたまぬけ顔を晒す花菜からちらちらと視線を逸らしながら話していく。
「結局今日までずっと厄介事の連続で遊べる状況じゃ無くて、延び延びになってたでしょ、約束。だから、今日はもう無理でも明日ならって……思って……嫌ならいいけど」
「ふにゃ」
花菜のとろとろと表情が弛んでいた。
「覚えてて、くれたー……」
「忘れる理由がどこにあるの」
「うん……でも、無茶しちゃだめなんだよ。そんなん、嬉しいけど、だめー」
MSOで私の言ったように、私の無茶を諌める役目をこの子は守ろうとしているらしいと仄かに笑う。
「そうだね。だからちゃんとゆっくり休んで体調を戻しておけばいいでしょ? そうすれば、ね?」
「うにゅうにゅ。む、無茶は、ダメー。……でも、無茶じゃなきゃいいかも……?」
少々迷いながらも、花菜はぐねぐねと体をくねらせる。やっぱり嬉しく思ってくれているんだろう。
「それに、早めに学校に行けるくらいに体調を戻さなきゃいけないしね。これ以上休むのはさすがに……」
「学校は別に、むしろ休みた……うにゅ」
そんな折、花菜の瞼が下がり始めていた。そう遅い時間でもないのだけど……。
「眠いの? 眠いならそっちのベッド使わせてもらって寝ちゃいなさい。どの道今日は泊めてもらう事になるからお母さんにはもう連絡してくれてると思うし……」
「やぁ……お姉ちゃんと離れたくなーいー、一緒一緒一生一緒って約束したのー」
「そりゃしたけど、同じ部屋だし別に花菜が寝ちゃっても私はどこかにいったりしないよ?」
「……ううん……」
それでも納得は出来ないのか、目を擦って耐えようとする花菜。
よくよく見れば目元には隈、この子もこの子でしばらくは寝付けなかったのかもしれない……だからどうしてそこまでと問うと……。
「起きたら、お姉ちゃん……居なくなってるかも、しんない……怖いから、寝たく、ないにょ……にょ、にょ……」
「そんな事無いよ。私も花菜もずっと一緒。寝ても覚めても、私は花菜の傍にいるから、心配しないで」
「だって、家にいなくて……そん時ね、そん時、泣きそ、だったの……お姉ちゃんと離れたら、夢に見そうで、怖いよぅ……」
「花菜……」
昨日、私は家を出た。
別にそれ自体は珍しい話じゃない。まこや光子の家に泊まるだけじゃなく、修学旅行なんかでもそうだ。
けど、昨日の事は殊更に堪えたようだった。
自分から離れて、そうしたら私も離れた。願った通りの展開だとしても、心の底で我慢していたんだもの、傷付かない筈が無い。
そしてその傷が早々に治るだろうか。
「……ごめんね……ごめんね、私……そこまで考えてなかった」
「だから、一緒に寝るの……ギュッてしてほしいの。そしたらきっと……そんな夢、見ない、から……」
「ん、分かった。一緒に寝よ」
「……でゅひょ」
「……その最後の最後で台無しにする笑いは要らなかったなあ……」
しかし、既成事実を作らんとする花菜はベッドへするりと潜り込む。
普通サイズのベッドだと2人寝転ぶとキツいけど……まあ、抱き合えばどうにかなる。
自宅でもたまーにやっていた事だし、今更気にもしない。
「あったかーい……もにゅもにゅ……」
「はいはい」
腕の中の花菜を強く強く抱き締める。相手が中学2年生とは言え年が3つも離れていれば腕の中にすっぽりと収まるのだ。
花菜もまた両腕を回して、力強く私を抱く。これで望みは叶ったろうか?
「これで大丈夫? ……花菜?」
「くう……すう……」
聞こえてくるのは小さな寝息。心底安心し切った顔を私の胸に埋めながら花菜は眠りについていた。
「くすっ」
昨日今日と、私は延々と眠っていたようなものなのだし、夜も浅く、まだ眠気はやって来ない。
音を立てる訳にもいかないから間接照明だけの薄暗い部屋でただひたすら花菜の寝顔を見続けていた。
どれだけそうしていたか、やがて花菜がうんうんとうなされ始め、じわりと涙が浮かぶ。
「お姉ちゃん……行っちゃ……ヤぁ……」
かすかに聞こえる寝言からすると、どうやら本当に悪い夢にうなされているらしい。
(さすがに夢の中にまでログインは出来ないけど……大丈夫だよ。私はここにちゃんと居るから)
だからせめて、私は花菜を強く強く抱き締めた。夢の中の泣きべそをかいているだろう向こうの花菜に、大丈夫だよって伝える為に。
するとどうだろう、寝言はぴたりと止まり、規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
(なんて言うかほんと……単純なんだから)
花菜の瞼に残っていたわずかな涙を拭って、くすりと笑う。
(くすくす。昔からそうだったなあ……)
ふと思い出す景色があった。
昔々、まだ家族になって、姉妹になって間も無い頃の景色。
(あの時もべそをかいてたのに、一言でころりと笑顔になっちゃったんだっけ)
思い出し笑いをしていると瞼が少し重くなる。いい加減眠気が襲ってきたらしい。
(おやすみなさい、花菜)
最後にぎゅうっと花菜を抱いて、私は夢の中へと落ちていくのだった……。
◇◇◇◇◇
………………。
…………。
……。
霞がかった風景は自宅の物、けど今とは所々に差異がある。
そこでピーピーと泣く声がする。私の隣で、幼稚園児くらいの花菜がピーピーと泣いているじゃないか。
(……あ、これ夢かも。自分が見ているものが夢だと気付くのって、確か……明晰夢、だったっけ)
ありありと広がるのは寝る前にふと思い出した景色。
果たしてそれが原因かは分からないけど、私はそれを懐かしく思いながら見入っていく。
『なかないでよう……ぐす』
私自身は見えないのだけど、つられて泣いていた。うん、覚えてる。
手にはゲームのコントローラーが握られていて、そしてテレビにはプレイしているゲームが映されていた。
けどそのゲームは始まってもいない、キャラクターの選択画面で止まってしまっている。
『あらあら、どうしたの2人共。ケンカしちゃったの?』
見かねて出てきたお母さんに私はたどたどしく状況を伝えていく。
『ゲーム、でっ、お名まえ、きめるの、でも、おんなじ、お名まえ、だめで、でも、かなちゃんも、おんなじの、がいい、って……ぐすぐす』
『そうなの……じゃあ、結花ちゃん。別のお名前にしてもらえるかしら?』
『や゛ーっ!! ゆかおねえちゃんとおんなじじゃなきゃや゛あー! ぴょえーっ!』
そうなのだ。何度変えても花菜が同じ名前にしたがるので困り果てて、とうとう泣いてしまったのだ。
でも……この頃の花菜は小っちゃくて、泣いてても可愛いなあ。
『あらあら……困ったわね。どうしましょ……ううん』
お母さんは問題のゲーム画面を見る。そこに入力されている名前は……異世界に迷い込んでしまって大変な目に遭う女の子の物。
それを見ながら少し思案したお母さんはポンと手を打つ。
『そうだわ。じゃあこうしましょう』
『『?』』
『同じお名前じゃダメだけど同じお名前にしたいなら、このお名前を2つに分けましょう』
紙を取り出したお母さんはまず画面に入力済みの名前を書き出してそれに2つの円を描き、3文字の名前の前2文字と後ろ2文字に分ける。
『そうすれば元は1つのお名前だけど、別々のお名前に出来るでしょう?』
出来上がったのは『アリ』と『リス』と言う単語。
『ちがうぅ……おねえちゃんとちがうぅ……やぁだぁ、ぴょえーっ!』
けどそれにも納得出来ないらしく、花菜は泣き止まない。
今ならワガママ言うなとお母さんに雷を落とされそうなものだけど、さすがにこの頃は手荒には扱われていない。だから進展が無くなるのだけども……。
そこで反応したのが、じっと紙を見つめていた私だった。私は不意に立ち上がると興奮気味に捲し立てる。
『おんなじだー!』
『うん? どうしたの結花ちゃん』
『おんなじなのー。これねー、わたしとかなちゃんのお名まえとおんなじなの!』
『どれどれ?』
ボールペンで書いていくのは『結花』と『花菜』と言う2つの名前(『結』と『菜』の字がちょっと怪しいけど)。それをアリとリスの隣に書いている。
『かなちゃん、このお名まえにしよ! そしたらなんだかわたしたちのお名まえも、さいしょから1つだったみたいになるよー!』
幼い私は『花』の字が同じだと大発見のようにはしゃいでいる。
『アリ』と『リス』と同じに、重ねれば1つの名前のように見えるから、と。
今思えばただのこじつけではあるけど、それでもこの時は……花菜と姉妹になろうと遮二無二していた私にすればそれはとても素敵な考えだったのだ。
『そなのー?』
『そーだよ! ねっ、ねっ!』
花菜もまた紙を見るその瞳が徐々に徐々に、キラキラと輝いていくのが分かる。
『それにすりゅー! あたしリスさんになゆー! ゆかおねえちゃんといっしょー!』
『いっしょー! ゆかのかーは、かなちゃんのかー!』
『かー!』
キャッキャッと部屋中を駆け回る。お母さんは『ほらほら、騒がないの』と諌めるのだけど、生憎と効果は推して知るべし。
こうして私たちは『アリ』と『リス』と言うPCネームを使い始めた。
それからずっとずっと使って、いつしかそれらはアリッサとクラリスへと変化したけど、それでもずっと使い続けた。
(そうだよね。私たちはずっと一緒で、ずっと1つだったんだもんね。だからこれからも、ずっと――ずっと……)
……少し、気分が落ち込む。
(また、花菜をちょっと悲しませるかなあ……)
まだあくまで予想でしかないけど、多分その予想は現実になる。
――アリッサとクラリスは、少し遠くに離れてしまう。
――ずっと一緒には居させてあげられない。
(ごめんね。でも……)
まだまだはしゃぐ私たち。そんな様子を懐かしく、温かく見守りながら、それらは徐々に消えていく。
眠りが訪れる。
新たな朝を迎える為の眠りが訪れる。
(でも、必ずまた――)




