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第134話「ハート・トゥ・ハート」


 9/11一部差し替え。






 クラリスが来た。

 クラリスがあそこにいる。

 だから進む。

 会いに行く――!


「“疾風――もがっ」

「待て待て待て待て!!」


 駆け出そうとした矢先、セレナの手が私の口を塞ぎスキルは発動出来なかった。


「さっきの、視界が再申請時間で埋まったの忘れたワケ? アンタ身体能力はからっきしなんだから、ホントに必要な時に使えなかったら困るでしょ。だから、行けるトコまでは私たちが連れてくわ」


 自身の胸を強く叩き、「任せなさい!」と豪語するセレナにみんなが同調していく。


「アリッサは私が運ぶ! 残りはサポート任せたわよ!」

「承ろう」

「俺にゃキツい仕事だな。ま、やるんだけどよ」

『ひーちゃんさん、がんばりますよ!』

『キュイ!』

「……お願い!」


 しかし、その時を見計らったかのように、多数のサーバントが迫る!


「先鋒貰った!!」


 それに応じたのは自身の足の遅さを加味してか天丼くんだった。

 相対するのは先程私を押し退けたサーバント、天丼くんの身の丈を優に超える巨大なゴーレム3体が前方と左右を塞いでいる。


「大人しくしやがれ!」

「悪いがそう言うトコはとっくに過ぎてんだ! おおおおっ!!」


 繰り出される巨腕。しかしPCに比べれば鈍いその動きに対処出来ない天丼くんじゃない。

 するりと腕を躱し、そのまま深く1歩を踏み出した!


「〈シールドチャージ〉ッ!!」


 攻撃で相手のHPは減少しなくても、スキルの強制的な体の動きはそのまま発動する。

 盾を構えたまままっすぐに突貫する〈シールドチャージ〉は、腕を伸ばした事で前傾姿勢となっていたゴーレムの足に命中し、バランスを崩す!


「どわあっ?!」

『ゴ、ゴゴ?!』

「行け!!」


 マスターらしいPCすら巻き添えにして前方を塞いでいたゴーレムが倒れる。

 巨体のゴーレムではすぐには起き上がれず、左右のゴーレムもマスターを助けようとこちらから気が逸れていた。


「上出来!」


 私を抱えたセレナとセバスチャンさん、そしてティファとひーちゃんが、だめ押しのようにゴーレムを踏み台にして突破していく。

 飛び出した先には大量のPCたちが待ち構えていたのだけど、少数ながらこちらに味方してくれているPCたちが押し止めてくれている姿が見えている。

 中でも目立つのはギルド、ヴァルキリーズ・エールのエリザベートさんか。大音声は離れていても、雑多な歓声にも負けずに響き渡り、サーバントを軒並み行動不能に陥れていくのだ。


「はっはーっ! 結構なんとかなるモンね!」

「油断をしている場合でもないがな!」


 それでも抜けてきたPCを、セレナは自慢のパラメータでくぐり抜け、サーバントはセバスチャンさんのヴァイオリンが食い止め、そしてファミリアに対しては――。


『キュイッ!!』

『ギュアアッ!!』『シュオウッ!!』『リュイアッ!!』

『キュイイーーッ!!』

『『『?!』』』


 ボワッと燃え上がったひーちゃんが周囲のファミリアたちを威嚇する。

 明らかに自分よりも大きな相手もいるのに、怯む様子なんて一切無くて、むしろその気迫は道を塞ぐファミリアたちを圧倒していた。


『道を開けなさいっ!!』


 そしてティファもまた、それを後押しするように私たちの眼前で立ち塞がるすべてを睨み、轟と吼える――!


『ゴァアアアッ!!』

『邪魔です!』

『ゴ、ゴアー!』

『アリッサの邪魔だと言っています! アリッサ付きの導きの妖精として、ここを譲るつもりはありませんっ!!』


 ティファの姿に困惑したらしいファミリアらはマスターの元へと指示を仰ごうとした一瞬の隙、それをセレナは見逃さない。


「ホント、逞しいヤツらよね……っ!」


 感心した声音で、ほとほと楽しそうな笑みを浮かべたまま、セレナは風のように建物への道を駆け抜けていく!


「……本当に」


 近付く度に、近付ける事実に、感謝はねずみ算式に積み上がる。

 けど今は――私の心はそれよりも前にそびえる建物に奪われていて……感謝は後回し、すべてが終わってから。


 ――ズシャッ。


 セレナの足が止まる。

 誰かに止められたのではなく、自らの意思で、役目を果たしたが故に。


「私らはここまで、後は自分で行きなさい」


 私を下ろしたセレナは傍に浮かんでいたティファとひーちゃんを鷲掴みにして背中を向ける。


『な、何をするんですかセレナさん! わ、私はアリッサと一緒に――!』

『キュイキュイ!』

「うっさい。ここから先はアリッサ以外は通行止めなのよ」

『……そう、なのですか?』

「そーなのよ。もし進んだりしたら――」



「――馬に蹴られて死んじゃうんだから」



 そうしてセレナはその場にただ立った。越えて来たすべてのPCと、サーバントと、ファミリアたちの壁となる為に、立ち塞がるつもりなのだ。


「ったく、良いトコ持ってきやがる。大体1人でどうにかなる量かよ」

「全くだ。ああそれと、時間はあまり無い。生憎とそちらについては融通するつもりは無いとは言っておこうか。精々急ぎたまえ」


 結局の所、最後の最後まで頼らせてもらう事になった。背後での乱戦の音はひどく激しく、中には聞き覚えのある大音声まで混ざっていて、終息する気配を見せない。

 ……けど、決して振り向く事はしなかった。

 そんな私の背中に軽くセレナの背中が当たる。


「……行く」


 だからただ一言だけ言い置いた。

 セレナの背中はトンッと私の背中を押してくる。


「ええ、行ってこい」


 押されるまま、私は1歩前に踏み出した。



◇◇◇◇◇



「…………」


 見上げれば眼前には5階建ての建物が壁のようにそびえていた。この中のどこかにクラリスがいるとマップにも表示されている。

 しかし、何階なのかは分からないまま。ここまで何の動きも無かったならそれは、ログインしたもののどうすればいいのか分からず隠れていると見るべきか。


(1階1階、1部屋1部屋を順に探すとなると時間が掛かる……そんな暇は無い、なら――)


 私は〈ファイアアイ〉を唱える。視界にサーモグラフィーのような熱分布が重なるこのスペルなら、壁の向こうだろうと識別出来る。そして“疾風迅雷”で一気に上空へと舞い上がる!


(各階を通り過ぎるのはそれこそ一瞬……でも、あの子を見逃すなんてするもんか!!)


 カラフルに変わった視界が建築物の中に何人もの人々が住んでいると伝えている。

 けど……1階、2階、3階と過ぎても求める姿は映らない。4階、5階にも、そして――。


「っ、屋上っ!!」


 ぶわりと風が舞い、視界が一気に開ける。


 そこには、見物に訪れた人がいる。

 そこには、通りすがりの人がいる。

 そこには、私を捕らえようとする人がいる。

 そこには、私を応援する人がいる。

 そこからは何故か歓声が上がり、少なくない盛り上がりが湧き起こる。


 ――でも、そんな事は私の意識には残らない。


 ――一点、まるでスポットライトでも当たるかのように照らされて見えた。


 ――いつ以来だろう。あの鮮やかな青い髪を見るのは。


 ――だから。



()()あーーーーーっっっ!!」



 ――1も2も無く、叫んでいた。


 ――そうでもしなければ、喜びで心が破裂してしまいそうだったから。


 〈ストームレビテイション〉をキャンセルし、屋上に降り立つ。

 ……いいえ、この子の前に、降り立った。


「…………やっと……」


 じわりと視界が滲んでしまう。なんて事だろう、これじゃあ待ち望んだあの姿を見る事が出来なくなってしまう。


「やっと、なのに……止まって、止まって、よお……」


 だから涙を拭う。次から次に流れてしまうのに苦心しながらも拭っていく。


「やっと……やっと……会えた……会いに来てくれたんだから」

「っ……何、してんのっ!! ログアウトしないなんてっ! こんな騒ぎにまでしてっ! おかしいだろっ! 何やってんだっ!!!」

「そうだね。ごめんね。悪い子だね、私。また――お姉ちゃん失格だよね」



「――なのに……なのになんで、どうしてそんな風に笑っているんだよ(、、、、、、、、)っ?!」



「笑って……?」


 単純に驚き……頬に触れる。濡れていて……けど、確かに口元は……綻んでいる。

 まこと光子に言われてからずっと、セレナに言われてからもずっと、強張ったままだった表情が綻んでいた。

 ああそうか笑えてるのか、とようやっと理解して場違いにも感慨が湧く。


「……だって、だって、貴女が目の前にいるじゃない。嬉しくない訳が無い、幸せに決まってる、笑わないなんて無茶を言わないで」

「〜〜っ」


 ザリッ。そんな音がした。

 それは、まだ若干滲む視界に映るあの子が離れる音で、唇をわななかせながら顔を伏せて、また1歩後退る。


「っ!」


 駆け出す、距離が開く、遠ざかる。圧倒的なまでのパラメータ故か、すぐさま最高速にまで達し、別の建物へと跳躍しながら逃亡を図る。


「ま、待って、待って!!」


 私も追おうと駆け出すも、気にもならなかったPCの内私を止めようとする一派らしい数人が立ち塞がる!


(だめっ、また離れていってしまう……っ!!)


 その一瞬が絶望的にまで距離を開かせてしまう、手を伸ばしても届かない距離にまで。

 さっきとは別の、悲しい涙が視界を揺らす。


(胸が、苦しい――だめだ、折れるな! ここまでみんなが繋いでくれたんでしょう! 折れている暇が、どこにある!!)


 邪魔なんて打ち崩す!

 みんなはその為にこそ、私を守ってきてくれたのだから――!


「“疾――ッ!?」


 しかし、次の瞬間――キュドッ!! と、私の横を大きな青い(、、)何かがとんでもない勢いで掠めていった?!


「なっ?!」


 それはまさしく一瞬。

 飛んできた方向には何故か、黒装束の女の子(、、、)が蹴りを放ったような体勢で立っていた。


「な、んで――?!」

「まったく、手間ばかりを掛けて……」

「貴女は……!」

「見る方向が違うのです(、、、)


 にやりと笑んだ彼女は味方である筈の私の周りを囲うPCたちを千切っては建物の外へと投げまくっていく。


「え、な?!」


 しかも、それは反対方向からも聞こえてきた。


「らぁ!! 大事な場面に割り込もうなんて野暮な事してっと馬が蹴りに来ちまうぜ! ひひ〜んっ!!」

「あ、すいませ〜ん。ここちょっと貸し切るんで退去してくださ〜い♪」


 そこには、彼女と行動を共にしていた2人のPCの姿までもがあったのだ。


「リンゴ……ベルまで?! ミリィ……まさか、まさか貴女たち――」


 この事態を起こした張本人がこんな行動をするって、それじゃあ今までの事は――。


「正念場、なのです。今度こそ、どうにかするですよ」


 ぽすん、といつかどこかでされた励ましを置いていずこかへと去っていく。

 そうして場に残るのは私たちだけ。


(……ああ、本当に私は沢山の人たちに支えられてたんだ――)


 しかし、考えるのはそこでやめた。言われたじゃないか、今が正念場だと。


「そか、そう、か……みんな、あたしを……邪魔、するのかっ」

「……っ」


 見れば吹っ飛ばされて屋上の真ん中辺りまで戻されたまま、ノロノロとした挙動で起き上がる姿がある。

 唇を噛むその表情は半ば泣いているようだった。


「違うよ……みんな、みんな私たちの為に――!」


 キッ、と瞳に強い光が宿る。鋭く燃える、悲しい光。


「離れさせて、くれない、なら……引き離す……そうだ、これで終わらせれば……誰にも、何も、言わせないくらい……ズタズタにすればいい……!」


 ぐぐっと体が沈む、それは明らかな戦闘体勢――!


「〈スピニング、ハーフ〉ッ!!」

「っ?!」


 まるで瞬間移動、沈み込ませた体は一瞬でかき消える。

 聞いた事の無いスキル名、もちろん効果も不明。


(狙いは、やっぱり右――っ?!)


 システムメニューを操作する右手を捕らえれば、私は強引にでもログアウトさせられてしまう。

 今まで何度も狙われた経験からそう判断し、咄嗟に右手を庇おうとした矢先、私の背中に衝撃が走る。


「な、がっ!?」


 その衝撃によって私は吹き飛ばされていく、ボールみたく跳ね回りようやく止まったのは数メートルも過ぎた後だった。


「ぐ、ぐ……」


 何が起きたのか、理解が及ばないまま上げた視界に映る手には2本の剣が握られていた!


(こ、攻撃された、の?!)


 愕然とする間も無く、目の前にはウィンドウが表示される。奇しくもそこに書かれているのはPCによる攻撃が加えられた事に対するGMコール選択。

 そこでようやく私は理解した。


(そう、か。あの子は私が自分を待っていたと知っている、だから私が絶対にYesを選択しない事も……いえ、選択されたっていいんだ、あの子は私から離れたがっているんだから……っ!)

「見ろ……分かっただろ……あたしと関わったら、ろくな事にならないんだ……動く気が無くなるまで、関わる気が失せるまで、何度だって、やってやるぞ……!」


 街の明かりがギラリと剣を鈍く光らせる。しかし、その手はぶるぶると震えている。

 ありありとその心を表すように。

 HPダメージは発生しない。元よりMSOのシステム上プレイヤー間の戦闘と言う概念自体禁止されているから。

 だからこれはシステム的な戦闘ではなくて、ただ私の気持ちを折る為の行為。

 ただ私に嫌われるか、恐れられるかする為だけの行為。


(そこまで、そこまで覚悟したの……でも、でもね……!)


 立つ、立ち上がる。気持ちは、欠片も萎えていない。


(そんな風で、私が、退く訳が、無い、でしょう!!)


 邪魔なウィンドウを消す。こんな物を使う機会なんて一生涯有り得ないのだから。


「負けない、剣なんか怖くもなんともない」

「まだ……足りないなら! 〈ライトニングクロス〉ッ!!」


 振り上げた剣が交差するように高速で振り下ろされる! そもそも視認すら困難な剣撃を避ける事も出来ず、衝撃と共に再び吹っ飛ばされる!


「あぐっ?!」

「諦めろ……! なんもかんも全部全部諦めて、ログアウトでもGMコールでも選べ……!」

「……嫌……」


 GMコールウィンドウがまた私の眼前に表示されても閉じるばかり。


「当たり前じゃない、こんな事じゃ折れない。私の気持ちを折るにはまったく意味が無い……!」

「――っ、なら、折れるまで……やってやる……ここに、ログインしてきたのは、あたしがまだ諦め切れてなかったからだ……! あたしは忘れる! 断ち切る! こんなのはもう終わりだ! 終わりにするんだっ!」

「無理、だよ……」


 手を伸ばす、けどそれは容易く斬り払われてしまう。痛くはない、私よりもずっと痛みを感じているこの子に比べれば、全然。


「そんな時は、来やしないから……っ!」


 ぶるぶると震えるその手で、剣を突き付けながら、血を吐くように、吼えた。


「まだっ、まだそんな事……諦めろよ! だめなんだよ! 一緒じゃだめなんだ! あたしたちは……隣にいるべきじゃないって、分かれよ!! 傷付くんだよ!! だから、離れなきゃいけないんだ!!」


 斬り払われた手を、また前へ。

 それでもまた斬り払われ、近付く事を拒むように、スキルによって盛大に吹き飛ばされる。

 今度はそれこそ屋上の縁にまで。髪が縁から垂れ、風に揺れている。


「……分からない。そんな理屈分かってやるもんか」


 でもまた、諦めずに立ち上がる。


「貴女は、そう言って私から離れたけど、それでも私はこうして無茶をした。それを、貴女はまた……喜んでたんでしょ?」

「っ」


 それだけで分かる。きっとまた自分の為と私が動く事に喜びを感じていたと、そしてまた自責の念に駆られていたんだろうと。


「貴女は優しいから、そんな自分を許せなくて罰してるんだよね。私が貴女の為に無茶をしないようにって泣く程辛くても離れて……でもね……結局離れたって、意味なんか無いんだよ。貴女がいなくなっても私はいくらでも間違うの。貴女が選んだ道は間違いだった。だから――」

「っ、ならっ! 余計に諦めなきゃだめじゃんか! 諦めて! 忘れて! 終わりにして! それで別の何かを探すんだ! じゃなきゃ、じゃなきゃ……また傷付くだけだ! こうして、また――〈キャリバーエクステンド〉ッ!!」

「っ!」


 突きを繰り出した剣、しかしまだ数メートルは距離が有った筈なのに、切っ先が煌めいたと同時、私の胸に衝撃が走る!

 そして私は今、屋上の縁にまで追い詰められていた……だから――!


「かっ……」


 私は吹き飛んだ。

 サッカーのボールのように、まっすぐに勢いよく、阻むものの何も無い空中を吹き飛んだのだ。


(スキル、何かスキル、を――)


 しかし、緩和されているとは言え発生した衝撃が、攻撃された胸を中心にして私の肺から空気を奪っていた。

 結果として私は勢いをそのままに、ポータルポイントの為の広場に激突する事となったのだ。


 ――ドッ! ガガガガガッ!!


 跳ね回る中で、あるいは何かにぶつかったかもしれない。でも私に知覚する余裕なんて無くて……止まるまで私は何も出来なかった。

 ぐわんぐわんと揺れる頭はしっかりしない。体にもどうにも力が入らない。


(さ、すがに……あんな落ち方は、堪える、のか、な……)


 感覚が戻ると周囲からはざわめきが起こっていた。当然か、PCが建物の屋上から吹き飛んできたんだから、騒ぎにならない方がどうかしている。

 それがこの騒動の元凶ともなれば尚の事。

 ただそんな中でも、どうしてだか小さな足音は分かる。2本の剣が地面をガリガリと引っ掻く音もちゃんと分かる。

 細く目を開いた。あの子の姿を見れば、きっといくらでも力が湧くと思うから。

 でも、映った視界ではあの子が数多くのPCらに囲まれていた。その中には……よく知っている姿もある。

 数多くのPCは戸惑い、騒ぎ、あるいは非難すらしているのかもしれない。

 けどそんなものには一顧だにすらせず、1歩また1歩とこちらへと近付いている。

 誰かが言った、「やめろ」と、「止まれ」と。


 ――それはこちらのセリフだと言うのに。


 ガツンッ!

 変わらぬざわめきの中で、七星杖の石突きが立てたその音は妙に高く響いた気がする。

 それは誰しも同じだったのか、不意に静けさがわずかな間訪れた。


「邪魔を、しないで」


 七星杖を頼りに立ち上がる。


「私たちの間に、入らないで」


 退いていく。私たちの間にいた何人ものPCが、おののくように後退っていく。

 そんな中で、ギシリと歯が軋る音がした。


「まだ……足りない……っ!」


 剣が振るわれる。何度も、何度も……その度に吹き飛ばされ、跳ね回り、そんな姿に悲鳴や怒号、歓声までも上がる。


「諦めろ、諦めろ、諦めろ! 沢山居ただろ、仲間も、友達も! 大切なものなんか、すぐに出来るだろ! あたしなんか、居なくたって、いいだろぉぉっ!!」

「っ」


 その言葉に、私は息を止めた。剣の一撃が目の前にあっても、1歩を踏み込んで……ぽすんと、弱々しく小さな胸を叩く。


「……ばか」


 それでも足りず、ぽすんぽすんとまた叩く。


「ばか、ばか……」


 声は震えていた。

 そんな私を恐れるように1歩、また1歩と後退る。でも私はまた踏み込んでいく。

 この気持ちの、あるがままに。


「ばか、ばか! ばか!! っ……ば……か……っ。世界の果てまで探したって! 別が!! 他が!! ある訳が無いじゃない!! 貴女は貴女だけなの!! だからっ、だからあんなに胸が痛いの! 心が、潰れそうになるの……っ!!」


 襟首を掴む。そこにある顔は今すぐにでも泣き濡れそうだった。私と同じように。


「終わったって、始まりなんてある訳無い!! だからっ、離れるなんてしないでよ!! 終わりになんてしないでよ!! そんなの、悲しいだけじゃない!! 辛い、だけじゃない……っ!!」

「っ、じゃあ! じゃあどうすんだよ! アンタが体を壊すまでしても喜ぶようなあたしは――あたしみたいなばかはっ、どうすりゃいいって言うんだよおおおおっ!!」


 その小さな両手には不釣り合いな程の力が私を襲う。弾き飛ばされそうな衝撃、しかし引く訳にはいかないと、襟首を握り締めて意地で耐え切る。


「――き、まってる。決まってる!」


 驚愕に目を見開くその首に腕を回す。力の限りに抱き締める。



「誰よりも近くに居てよ、私が無茶をしようとしたなら、だめだよって、誰より早く止めてよ。ずっとっ! ずっとずっとずっとっ、一緒に居てよ!!」



 それだけで良かった。

 ただそれだけで。


「そんな、の……だって、そんなの……あたしがっ、幸せな、ばっかりだ……そんなの、そんなの……」

「違う! 貴女が幸せならそれが、私の幸せなの! ……私が、世界中の誰よりも貴女を幸せにするから、絶対、するから――」


 体はどうしようもなく震えてしまう。もし拒絶されたら……と。だからこそ殊更強く、強く、腕に力がこもる。



「お願い……だからっ、世界中の誰よりも、私を……幸せにしてよ……っ」



「何で……そんな、そこまで……」

「そんなの……」


 ――離れる度に思い知る。

 ――このぬくもりが愛しかった。

 ――前のひと月よりもずっと焦がれていた。

 ――だから離れたくない。

 ――なら離れない。

 ――もう離さない。

 ――そう思う。


「決まってる。私は、貴女が欲しい。全部が欲しい。ずっと、この腕の中にいてほしい」



「好きだよ……貴女がいない世界なんて考えられないくらいに、大好き。だから……ずっと、ずっと一緒に、私の隣に居てよ」



 ぽろりと、大きな瞳から大粒の涙が零れた。どちらの、瞳からも。


「そんなの……そんな事言っちゃ、だめだよ……!」


 震える腕が私の体を押す。しかし、そこに力は宿っていない。


「言っちゃ……もう、我慢、出来ない……じゃんか……っ!」

「しなくていい、ぶつけて、何もかもを私に。受け止めるから。それも貴女だから、全部全部私に頂戴」

「ばか、ばかっ……」


 不意にカランカランと剣が地面に落ちる。

 そして剣の代わりにその手は私の服を掴む。力強く、私を抱き寄せる。


お姉ちゃん(、、、、、)の、ばかあっ!!」


 ああ、また呼んでくれたと、それだけで胸の奥は温かな気持ちで満たされていく。


「お姉ちゃんの為ならってがんばってたのに! 諦めようってがんばったのに! 苦しくてもがんばったのに! 思い出すだけで死にそうだったけどがんばったのに! 全部、全部無駄にして!!」

「うん」

「こんな騒ぎになっちゃった! みんなみんな巻き込んじゃった! どうすんだよ! もう遊べなくなるかもしんないのに!」


 そうかもしれない。

 周囲も、運営者も、お父さんもお母さんも、許してくれないかもしれない。



「――でも、それよりも貴女の方が大切だから、後悔なんて絶対にしないよ」



 断言出来た。この子の為なら私はなんだって怖くなんてないのだから。



「うえっ、あたしの為にそこまでするお姉ちゃんがっ、世界で一番大好きだあああああっ!! ぶにょえええええんっ!!」



 互いに膝から力が抜けていく。互いに抱き合って、わんわんと泣きじゃくる。


「私もだよ……私も貴女が――」


 嬉しくて、ただ幸せで、きっとまだ騒然とする周囲だって気にもならずに、私はこのぬくもりをひたすらに感じていた。



「――大好き」


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