第132話「vsフィンリー……?」
大きな飛行型サーバントの背の上、そこに陣取るミリィと対峙した私とセレナの前に新たな影が降り立った。
すっと伸びた背筋、風になびく撫で付けた髪、どれもが見慣れ、誰であるかなんて考えるまでもないその人――。
「邪魔をしに来たぞ、馬鹿孫め!!」
私たちに背を向けて、眼前に言の通り、実のお孫さんの操るPCであるミリィを見据えながらセバスチャンさんはそう言い放つ。
「邪魔……ですか」
対してゴウゴウと吹き荒ぶ風に髪を振り乱しながらも、ミリィは揺らぐ事も無くセバスチャンさんと相対している。
「当然だろう。アリッサさんを追い詰める為と言え、ここまで他者を巻き込むなど言語道断だ。身内として捨て置くとでも思ったか」
放たれるのは厳しい声と言葉。普段聞き慣れたものとは明らかに異なるそれらに、ミリィもまた頑なに対峙していた。
「……じいじに何が出来ると? サポートメインの『セバスチャン』が、この『ミリアローズ』に勝てるとでも思っているのですか? 手も足も出ないのですよ」
「確かにな。今のこの身はβ版で騒がれていた頃のPCとは別物だ。老いさらばえでもしたかのようだ」
かつてセバスチャンさんはMSOの本サービス開始前に行われていたβと呼ばれるテスト運用時に参加していたと言う。
その際には現在とは異なり、暗殺者然とした加護構成でお年寄りながらにぶいぶい言わせていた(本人談)らしい。
なるほどその頃のまま育てたならいざ知らず、身体能力を強化する類いの加護も少ない上、最前線で戦い続けているミリィを正面から相手取るには力不足は否めない。
例え暴力行為が無かろうと、逃げる事も、追う事も及ばないのだから。
しかし、そう言われてもセバスチャンさんは揺らがない。
「だが、今だからこそ出来る事はある。わしはお前の邪魔をしに来たのだと言った、だが相争うばかりが邪魔ではない」
それだけ語ったセバスチャンさんの言葉がこちらへと向く。
「君たちは行け。わしはもうしばらく、あれに咎めねばならん事がある」
すかさず自身の得物を取り出したセバスチャンさんは流れるような動作で構え、一音。
「なっ?!」
「ちょ!?」
「わわっ!?」
『ひえっ!?』
『キュイ!?』
途端、私たちの乗っていたサーバントがまるで苦しむかのようにバランスを崩す!
「元がモンスターだったサーバントには特有の嫌いな音と言うものが設定されている。そうしたものは戦闘では多少ヘイトを稼ぐ程度の代物だが役に立つ事もある」
「こんなっ、真似が!?」
「老いさらばえると言う事は経験を重ねると言う事だ。舐めるな馬鹿孫め。キャラクターとしてどうだろうと、戦うばかりのお前では知り得ぬ経験値をプレイヤーは積んでおる……!」
一音、また一音と奏でていく。その時、セバスチャンさんの目が一瞬こちらを向いた。
「さぁ、何をぐずぐずしている。折角の機を逃すぞ」
「え? あ、そっか」
一際大きなこのサーバントがバランスを崩し、更に他の大型サーバントもセバスチャンさんの音を嫌がった事で、周りのサーバントやファミリアたちの包囲網はもうガタガタだ。
セレナは1歩を踏み出そうとし、そこで一言をセバスチャンさんに向ける。
「……ねぇ、アンタは味方って事でいいのかしら?」
『そうに決まっているではないですか! と言うかセレナさんこそこんな所に連れてこないでくださいよ!』『キュイキュ!』
「だあ! うっさい! 真面目な話してんだから黙ってなさいよ!」
そんな光景をどう見たのか、セバスチャンさんはわずかに口元を弛ませる。
「……敵ではない。今の所はな」
「それを確かめられただけで、来た甲斐があった!」
返すように快活な笑みを作った途端、セレナは示された機を逃さず駆け出した!
「セ、セバスチャンさん!」
「む?」
「その……あの、ごめんなさい――!!」
ミリィがこんな事をしたのもすべては私が発端だ。せめても謝罪の気持ちだけは伝えたかったけど……あっと言う間に距離は離れ、セバスチャンさんの表情はもう読み取れない。
「アリッサ! “疾風迅雷”!!」
「……り、了解っ!」
セレナに急かされるままタイミングを合わせ、近くの建築物へと一気に跳躍する。
後方へと離れる巨大サーバントを見やる私はそこで見る。セバスチャンさんとミリィが対峙し、何かを言い合う様を――。
「……セバスチャンさん、ミリィ……」
「よそ見してる場合じゃないわよ! まだまだそこらに邪魔者がうようよしてんだから!」
「っ、うん、ごめん!」
後をセバスチャンさんに託し、いくつも建ち並ぶ建築物に辿り着いたセレナは壁を蹴って地上へと向かって走り出す。
その先にも後ろにも何体ものサーバントとファミリアが私たちの動きを遮ろうと立ち塞がる。セレナはそれを振り切ろうと、更に更に速度を跳ね上げる。
まるでジェットコースターのように駆け回るセレナに掴まりながら、私は唇を噛む。
「っ……どうしようね……」
「あん?」
セレナが来てくれた。天丼くんが来てくれた。セバスチャンさんが来てくれた。
それはどうしようもなく嬉しい。けど、それで事態が収まる訳じゃない。
このまま騒ぎが拡大していけば下手をすればGMサイドが何らかの対処に回ってしまうかもしれない。そうなれば確実にアウトだ。
「……まーね。ここまで来るとプレイヤー1人2人にどうこう出来るレベルじゃないわ。なら、いっそ気にしない!」
「すごい事言うね……でも原因なんだからそうも言ってられないから……」
何かないのか。
事情を公表でもすればいいのか。
また頭を下げればいいのか。
あるいはセレナが言うように気にせず、彼らが飽きるまで逃げ続けていればいいのか。
答えは、一体どれなのだろう? そうセレナに問うと、彼女は激しい動きとは裏腹な柔らかい声で返した。
「決まってんじゃない。一番いいのはアリッサがさっさとログアウトする事よ。良い意味で、ね。それまでは、やったろーじゃない」
「……うん」
私もそれを願い、頷いて前を見るのだった――。
◇◇◇◇◇
逃げる逃げる、セレナは私を抱き上げながらひたすらに逃げ回る。
しかし、全力疾走を延々と続けるセレナのスタミナ値が底を見せ始めるのは当然であったかもしれない。
「ハッハッ、ハッハッ!」
足は鈍らない。息は荒く、疲れも見えるのに、それでも意地があると言うかのように、彼女は走り続けていた。。
そんな彼女が、何度目かの跳躍から――ザザザ! 地面を滑りながら制動を掛けていくと、やがてトンッと軽く背が当たる。
そこには鎧姿の男性がいて、セレナと同じく激しく息を切らせていた。
「よぉ……無事だった、か」
『天丼さん!』『キュイ!』
「そっちも元気そうで何より、だ」
そう今までサーバントとファミリアの妨害をしてくれていた天丼くんだ。
彼は妨害をされて怒ったサーバントとファミリアたちの主人に追い掛け回されていたのだ。
元々が重装備で走るのが苦手な彼だ、数多のPCたちから逃げ回る事はどれだけ大変だったか。その様子から容易に読み取れる。
「そっちこそ生き残ってるとか超意外。明日槍でも降るんじゃない?」
「るせぇや。俺だって意外だっての」
互いに背中を預け合う2人はそうして笑い合う。周囲には既に多くのPCとサーバント、そしてファミリアが大挙して押し寄せていた。
彼らは私たちをじりじりと追い詰めている。
「ったくノリがいい連中だわ」
「ま、実際楽しんでるんじゃないか? ここまで来たらお祭り気分さ」
「そうだな、そう言う者もいるだろう」
「セバスチャンさん!?」
天丼くん同様に私たちを助けてくれていた(実際はミリィの邪魔をしていた、だろうけど)セバスチャンさんがわざわざ合流してくる。
「アリッサさんを責める者、案じる者、君の力に興味を惹かれた者、それこそ様々いる。さて、どうしたものか」
「そう言や、アンタの孫はどうなったのよ。止まったワケ?」
「生憎と喧嘩別れだ。彼奴め、話を聞きもせんかった」
「だったら無理矢理にでも止めなさいよ」
「誰の真似だかリアルではどこぞに身を隠していてな。強引に止めも出来ん」
「その、本当にすみません……」
「……ふん。悪い事を真似するような娘に育てたこちらの落ち度だ。この上君に責を負わせる程落ちぶれるつもりは無い」
「セバスチャンさん……」
クイッと片眼鏡を上げながら涼しげに周囲を見やる姿は見慣れたいつもの姿だったけど、だからこそ感じる違和感もある。
「……なんか、その喋り方慣れねぇな」
「そうか。だがすまないが生憎と今はロールプレイをするつもりは無い。この問題が解決するまでは。セバスチャンではなく一介の年長者として関わる証とでも思ってくれたまえ」
「あっそ。じゃあ一介の年長者さん、この状況をどうにかする妙案でもないかしら?」
「そうさな……」
セバスチャンさんがアゴに指を当てた。それに合わせた訳ではないでしょうけど、突然私の眼前にウィンドウが表示された。
「っ……チャット、コール?」
それはとある人物からのフレンド間チャットだった。
「ぬうっ、いかん!」
「えっ、うわっ?!」
だが、私たちの意識がウィンドウへ向かい隙が生まれた瞬間を周囲のPCたちが見逃す筈も無い。
一気呵成に向かってきた小型でスピードに優れるサーバントやファミリアが襲い掛かってきたのだ。
セバスチャンさんはそれに気付くと、強引に私を引ったくって飛び出したのだ。
「――で、誰からよ?」
セバスチャンさんに反応したセレナが、持ち前の脚力で追い付くとそう尋ねてくる(ちなみに天丼くんは逃げ遅れてつつかれている。ある意味時間を稼いではくれているのだけども)。
しかし、返すには1拍を必要とした。素直に驚いていたからだ。訝るセレナに私はつっかえながら返答する。
「……フィン、リー……から」
そう、ミリィと同じく花菜のお友達である山城彩夏ちゃんことフィンリーが連絡してきたのだ。
「ふーん……またぞろ催促じゃないの。『アリッサ、早くログアウトしてー』、的な?」
「かもしれない、でもフィンリーなら……ミリィを止められるかも……」
彼方からこちらを見ているだろうミリィを思う。
花菜と、ミリィことみなもちゃん、そしてさやかちゃんはとても仲の良いお友達同士だ。あるいは彼女ならミリィを止められるかもしれない。
……もちろんその前にフィンリーを説得しなければならないのかもしれないけど……。
「可能性としてはうちの孫を匿っている最有力だが……だからこそ余計に接触は必須だな。ならば、しばらくはアリッサさんには頼れんか……いや、いっそ身を隠してもらうべきか」
「は。それが出来れば苦労はしな――っと!」
追い掛けてくるPCたちを振り切るのは難しく、私たちはイベント仕様で障害物が大量に配置されている中をどうにかアクロバティックに駆け巡る。
加えて私のスキルクロスのお披露目でどうにか逃げられていたが、目新しいスキルクロスを使う度にどよめきが起こり、尚一層周囲の熱気が強くなる気がする。
「ワ! とうとう属性法術コンプしちゃっわよあの子!」「マジかよ! 遷移と深化って同時取得出来ないよな?!」「当たり前だ!」「チクショウ! あの時散々悩んだ俺の苦労はなんだったんだ?!」「どうやってんだ!? 誰か聞いておくれ!」「捕まえろ捕まえろ! オイ! もっとサーバントかファミリア使えるヤツ連れてこい!」「ヒャッハー祭りだーっ!」「あっちの鎧はどうなった!?」
ヒートアップにも程がある周囲のPCたちに、私は顔をひきつらせる。
先程とは明らかに違う種類の熱気を振り切ろうとしたらまたスキルクロスを使わねばならず、そうして更に熱は強くなると言う悪循環が生まれつつあるのだ。
「《古式法術》は騒がれるだろうとは思ってたけど、こりゃもうそれどころじゃないわね。憶測推測空想妄想なんでもござれだわ」
「仕方あるまい。それだけ全21種の属性法術を扱えると言う事実は衝撃的だ……デメリットを知らぬ内は尚の事な」
未だにチャットコールは鳴ってくれているけど、そんなこんなで出る程の余裕が見出だせずにいた。
かく言う現在進行形で自作スペルの詠唱中なのだ。
「あっ、マズ……セレナ、セバスチャンさん! そろそろ再申請時間で埋まりそう……」
ただでさえ《古式法術》ではスキルを使うと同属性のスキルの使用は再申請時間の半分が経過するまで不可能と言う制約がある。
一度に複数のスキルを使用するスキルクロスを乱発すれば次第に再申請時間は埋まっていき、そろそろ視界の一角が数字だらけと言う大変な事態となっていた。
どうにかこうにか使える属性同士のスキルクロスを使うも、それがまた首を絞めていく……。
「チッ、連チャンには向かないか! やっぱ考えもん……ってあ、そっか3人一緒だから〈トリプル・レイヤー〉使ってるから余計に延びてんの?!」
「そのようだな。しかし、かと言って今更バラけるのも具合が悪い……!」
背後にはある種嵐の海の怒濤じみた集団。
私と行動を共にしている以上、背後に迫る彼らに捕まれば何をされるか知れたものじゃない。果たして天丼くんの安否はどうなったのか……。
だと言うのにパラメータにばらつきはあるものの、明らかにこちらを上回る技量のPCもいる。
単身で逃げ回るには明らかに分が悪い。
ただ先程まで指示を出して煽動していたベルの声も今はほとんど聞こえない、何やら彼女は飽きているらしいとの声がちらほらと耳に届く。
その分全体的な統制は緩くなったものの、プラスに働くまでには至っていない。
最早ミリィ1人をどうこうしても収まらないと言う事でもあるのだけど……少なくともフレンドである彼女を止めれば私を直接的に拘束してログアウトされる事態は防げる。
そして彼女が主導しているならリンゴとベルも一緒に止められもするだろう。
だからやらないと言う選択肢は無い。でもどうすれば……その時だ、セバスチャンさんが小さく呟いた。
「……仕方無い。こうなれば奥の手と行くか……」
「奥の……?」
セバスチャンさんは覚悟を決めたように頷き、そして求めてきたのは――。
「出来るかね?」
「やったるわよ、ったく」
「セレナが構わないなら、やらない理由は無いです」
「君たちも、覚悟は良いか?」
『望む所です!』『キュイ!』
「良いだろう。では、始めるぞ!」
まずセバスチャンさんが逃走用に持っていた煙幕をしこたま使用する。軽快な破裂音が連続して後、次いで灰色の煙がもくもくと発生。結果辺り一面が煙で充満する。
ポータル近くである以上私を追ってきた人たちのみならず大勢の人たちも巻き込んで。
セバスチャンさんが奥の手と言っていたのもそうした無関係の人たちを巻き込んでしまうからだ(私的には今更なのだけど……)。
「げほげほっ! うわ、くっせ」「ちょ、押すなよ危ないだろ!」「誰か竜巻でも起こして吹き散らしてくれー!」
周囲からは混乱と怒号が響き渡る。そこで変わらずこちらに注意を向けられる人が一体どれだけいるだろう?
(これで視界は奪えた。散らされる前に……!)
そこで……ルルちゃんがくれた別の服にまた着替える。システムメニューからなら一瞬で着替えは終わる。
一度しているとは言えやっぱり外だから恐ろしく恥ずかしい。
そうしたら次はシステムメニューからアイテムを譲渡する。
「アリッサさん、これを使いなさい」
「……はい」
セバスチャンさんから2つのアイテムを受け取る。それらはガラス製の小瓶。中身は黒と透明の液体だった。
「ティファ、お願い」
『わ、分かりました……ひーちゃんさん、手伝ってもらえますか?』
『キュイ』
1拍の深呼吸の後、私は意を決して自身の自慢にすらなる金色の髪に、その中身を吹き掛けてもらう。
瞬間、煙る中でも輝いていた金髪が黒く染まる。
セバスチャンさんが以前に入手したと言う髪の色を変更するだけのアイテム。PCの髪色が気に入らない時などに使うそう。
(っ、)
『アリッサ……』『キュ、キュイ』
「大丈夫、大丈夫だから……」
これはセバスチャンさんから貰ったもう1つの小瓶を使えばすぐさま元に戻る。何の心配も無いけど、それでもなんだか……気分が重い。
「アリッサ、後はしっかりね」
掛けられた言葉に振り向けば、そこには普段とは明らかに異なる髪の色をしたセレナがいた。
わずかに濃く、多少くすんだ色合いながら、いつもの私に近い金色の髪のセレナがいるのだ。
「うん……後はお願い」
セレナは先程譲渡したお洋服を身にまとっている。余程近くで見ない限りは私だと勘違いしてくれるだろう。
頷き合うと、セレナは私の代わりにセバスチャンさんに抱き上げられる。
「失礼」
「ハイハイ……うーわ、アリッサが最初渋るワケだわ」
恥ずかしげに身を捩るセレナだけど、セバスチャンさんはお構い無しに抱き寄せて駆け出した。
2人は囮として私がチャットをする時間稼ぎをしてくれるのだ。
間も無く、煙が凄まじい強風によって吹き散らされていく。私の周りを数えるのもばかばかしくなるくらいの数のPCたちが疾駆し、通り過ぎていく。
(上手くいった……でも、長くは持たない、急がなきゃ!)
スキルクロスを使用出来なければ追い付かれてしまうかもだし、何よりスキルクロスを使わない事から偽者と見破られるのもそう遠くない。
「ティファ、ひーちゃん、こっちへ……!」
『おー……!』『キュ……!』
もしもの時の護衛役を任された2人と共に私はざわめく人々の隙間を縫って走り出す。
煙幕のお陰で場は混乱していて私たちに目を止める人はおらず、数分もすれば人目につかない場所に辿り着く事が出来た。
途切れ途切れながら何度かコールを繰り返していたチャットウィンドウにようやく出る事が出来た。
「も、もしもしアリッサです」
『良かった! 繋がった!』
泣いているんじゃないかと思うくらいに震える声だった。彼女は私の状況を理解しているらしく、ひたすらに謝り倒してくる。
「い、いいからいいから。落ち着いて、ね」
先程一向に私を説得する気配が無い。だとしたら彼女は何の為に連絡してきたのか。
ミリィの説得に協力を取り付けるにも、まずは落ち着かせないと話が進まない。
『あ、は、はい、はい……す、すみません……』
「それよりも、どうしたの? リンゴもベルもミリィに手を貸していたから、私てっきりフィンリーもそうだとばかり思っていたんだけど……」
『え、えと……さ、誘われはしたんです。クラリスからもアリッサの現状は知らされていましたから』
「でしょうね」
当然か、私と関わりのある人には粗方伝えていたのだから、ミリィと並んで仲の良いフィンリーに助力を乞わない訳が無い。
『その、私は……ミ、ミリィが動く時聞かされた方法でも解決するのなら、と思っていたんです。今より悪くならないのなら、って……でも、でも……実際に状況を見たらあまりにも騒ぎが大きくなり過ぎていて、なんで止めなかったんだろうって……その、ごめんなさい』
「いえ、間違っているのは私だから、貴女が気に病む事じゃないよ」
私がそう言うと更に恐縮した様子でもう1度『ごめんなさい』と呟いた。
『でも、私クラリスには元気になってほしいとは思うんです。それで……私、自分に出来る事を考えたんです』
「フィンリー……?」
『私、これからクラリスにこの状況を伝えに行きます!』
「!!!」
『ミ、ミリィは、ミリィは……ここまでするなんてクラリスには言っていないんです! でも知れば、きっと来てくれます! そ、そうすればアリッサもログアウト出来ますよね?!』
「ほ、」
本当に、と喘ぐ。
今まで、花菜からの接触がすべて不発ならばあの子自身を引きずり出せると思っていた。
フィンリーの言うような事を考えなかった訳じゃない。けど、私からピンチを伝えたってあの子を勢い付かせるだけだから、使える手ではないとずっと思っていた。
けど、彼女の言葉ならあるいは――。
『だから、待っていてくださいっ!! それまでは――負けないでくださいっ!!』
それだけを告げるとチャットは終了した。
しばらく、周囲の喧騒すらも耳に入らず、熱くなる体温と激しくなる鼓動だけをただ、感じていた。
グッ。強く、強く拳を握る。
事態は新たに動いたのだと、体が疼く。
『違うのです!!』
そんな高揚した私を引き戻すくらいに大きな、聞き覚えのある声が轟いた。
忘れるには近すぎる、先程もPCを扇動したあの大声はミリィのもの。
振り向けば数え切れない程駆け回っていたPCたちもその切迫した大声に足を止めていた。
『皆さんが追っているのは“彼女”ではなく偽者なのです!!』
バレたかと思う反面、あまり焦りは無い。
早期にバレる事自体は予想はしていた。だってミリィは、犬人族、種族アビリティの《イヌ鼻》ならば対象が私かどうかを判別出来るのだから。
(むしろここまでよく持った方か……)
そして、だとするなら私もいずれ見つけ出されるだろう。
服装も、特徴の1つである髪の色も変えていても匂い自体は変わらないのだから。あくまで時間稼ぎ、逃げ出せる程じゃない。
『ア、アリッサ……』『キュイッキュッ、キュイ』
「……大丈夫、行こう……!」
しかし、それでも私に焦りらしいものはまだ湧かない。だって心が折れるような事が何一つ無いのだから。
(逃げ延びてみせる、あの子がここに来るまでは……絶対に!)
強く固く決意し、私は駆け出した。




