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第129話「vsプレイヤーズ」




 ルルちゃんと別れた私は受け取ったお洋服に着替えてまた街を進んでいた。


『……目立ちませんか、その服』

「……」


 反論は出来なかった。

 何分元はデザインを重視した可愛らしい物が大半なのだから、ある程度目を惹くのも仕方無い。

 ただ服装は人を見分ける要素の1つ。

 撮影されたフォトを頼りに私を探しているのなら、初期装備・リリウム装備・ハロウィン装備以外に着替えれば私だとはバレにくくなる……筈。


『わざわざそんな物を選ばなくてもいいのでは? いえ似合ってはいるのですが』

『キュイキュイ!』

「……それは、まあ……ちょっと興味が……じゃない、顔は隠した方がいいし……うん」

『キュー?』


 現在私は目元辺りを隠すマスクを装着していた。仮面舞踏会で着けてそうなの。

 一応それで目立つ顔立ちも隠している(どちらかと言えば無関係なPCからの接触を抑える目的のが大きい)のだけど、そんなマスクと合うコーディネートとなると選択肢がぐっと狭まってしまった。

 結果、今の私は『ヴァンパイアプリンセス』シリーズと名付けられた装備群に身を包んでいる。

 黒地に赤いフリルがいっぱいのロリータファッションで、杖の代わりに日傘を差し、底が厚めのブーツ、そしてヴァンパイアだからか小さな牙までセットだった。

 多分お店に行った時に一緒だったセバスチャンさんの影響と思われる。

 ちなみにひーちゃん用らしいコウモリ衣装があったので、もしかしたらこれは最初から私に着せるつもりだった……と言うのは考え過ぎか。


「と、ともあれ、向こうと同じに、こっちだって大まかなミリィの位置は分かるんだから。どうにか接触して説得するの。それまで時間を稼げればいい訳で、その為にもこの格好は役に――」

『アリッサ?』


 気付き、咄嗟に狭い道へと身を踊らせる。視界内のマップに複数人の反応が映ったのだ。


「誰か来る……!」

『ちょっ、行き止まりじゃないですかここ……?!』

「分かってるけど、他に隠れられそうな場所が無いの……!」


 そう、その道の先はすぐに壁に行き当たる。左右を見ても他に抜け道のような物も無い。


「もうそこまで……2人とも、私の影に隠れていて……!」


 近付く足音がいくつも重なる。それらはまっすぐにこちらへと迫り、この路地の傍にまでやって来る――。


「っ」


 息を詰め、じっと耐える。


「ホントにこんなトコにいるのかねぇ」「でもフレンドだって人が書き込んだんでしょう?」「そもそもソレもホントなんだかどうだか……」「いいじゃんいいじゃん、例の子可愛いし、見逃したらフレンドになってくれるかも……」「ちょっと! 真面目にやりなさいよ!」


 談笑、それらがすぐ目の前で行われ…………しかし、そのまま通り過ぎる。


『……行きましたよ』

「……ほ。〈ファイアサーチ〉とかは使っていなかったみたいだから大丈夫とは思ってたけど……緊張した」


 私のマップに映ったなら相手にも私が映る範囲にいた事になる。なのに移動速度が変わった様子は無かった。

 私に気付いていないなら下手に派手な真似をするよりも隠れてやり過ごせるならその方がいい。

 そうして私は真っ黒な(、、、、)日傘を下ろした。

 薄暗い道は夜なのも加わり、この黒地のお洋服を溶け込ませる。金色の髪も、日傘があれば隠せるのだ。


「ほらね。別に気に入ったから選んでる訳じゃないんだよ」

『なんだか言い訳じみていますが……』


 まあ確かに、注意を向けられなければ気付かれない、程度だから確実ではないけど……。


『キュイキュイ!』

「あ、うん。先を急ごう」


 先程のパーティーは注意力もそうだけど、スキルやアビリティを使ってまで探している風ではなかった。

 私を追う人たちも、当然ながら全員が全員血眼になっている訳じゃないと言う事。片手間にしている人もいるんだろう。

 助かるんだか、その程度なら探さないでほしいんだか。けど、結局の所それは安心する材料にはならないだろう。

 次にかち合う人がまたそうであってくれる保証なんてどこにも無いのだから。


「……上手くミリィの所まで行ければいいんだけど……私1人でどこまでやれるか……」

『……何か今聞き捨てならない事を言われましたね。1人ですってよ』

『キュー』


 不満げな2人を宥めながら先を急ぐ。それこそ1歩でも先へと急ぐように。


 しかし――そんな私の都合なんて、相手には関係無いのだと私は改めて理解させられる事となった。



◇◇◇◇◇



 ――バシッ!

 地面を蹴る音を置き去りにして私は走る。

 人通りが少ないからこそ出来る〈サンダーアクセル〉×7による超加速走法で裏路地を突っ走った。


『ア、アリッサ! もう見えなくなっていますよ?!』

「だめっ、まだ振り切れてないっ!」


 背後に迫る影は振り切った。細かく交差する路地をジグザグと走って、相手からはこちらは視認出来ない程度まで差は開いた筈。

 なのにマップには遠く複数の影がある。ずっと私の後を正確に追い掛けてくるのだ。


(〈ファイアサーチ〉か、あるいは何かのスキルかアビリティか……ともかくマズい!)


 片手間パーティーをやり過ごしてから十数分が既に経過している。いや、わずか十数分、か。


(甘く見てた、まさかこれだけの短時間に3度も追っ手に鉢合わせるなんて……悠長に構え過ぎたっ!)


 今回余裕が無い最大の理由がそれだった。

 最初に私の傍を通り過ぎたパーティーに続いて現れたのは危惧した通りに私を真面目に探すパーティーだった。

 その人たちを無理矢理(、、、、)に振り切って、ほっと安堵した所での3度目の遭遇。それが今追い掛けてくる人たちだ。

 それだけに気が休まる暇も無く、今もこうしてずっと逃走中。今の所はまだどうにか距離を保ちながら必死に走っているけど余裕なんかさらさら無い。

 今も反応は変わらず表示され続けているのだから。


(このままじゃ、追い付かれる……!)


 焦りがあった。

 〈サンダーアクセル〉の回数もそうなのだけど、背後から迫る足音が増えている気がしていたのだ。

 最初は周囲の建築物に反響でもしているのだろうと思っていた。しかし、それらは聞く度にはっきりと数を報せてくる。

 重なり合う足音は硬質な物、軽い物、重い物と様々で、明らかにパーティー1組よりも多いのは明らか。新しい誰かが加わっている、と確信した。

 数が多いと言う事はそれだけ能力の幅があると言う事。それは私に危機感を植え付けるには十分過ぎた。


(いざとなれば転移で逃げるかしないと……そうすれば時間くらいは稼げる……っ)


 と、慰めにもならない(、、、、、、、、)事を思う。

 何故そんな悲観的なのか、それはこれまでの事で事態がより悪いかもと思ってしまったからだ。

 私を追う人がいる、しかもそれは1人2人の話で済む話ではなくなっているんだと言う事実。


 ――だとしたら果たして転移した所でまた別の誰かが見つけられて、追い掛けられる羽目になるんじゃないの?

 ――増えた中に転移出来る人がいない保証なんてあるの?


 そんな想定していた筈の予想が恐れとなり、いくつも頭にこびりついて離れない。

 最後には宿屋さんに逃げ込んで閉じこもるしか出来なくなってしまいそうで、それこそ恐ろしかった。


(っ、もしそうなったなら……どう撒けばいい?! どうすれば――)


 ――そんな恐れが判断を鈍らせたのかもしれない。


(次の角、曲がって、それから――っ?!)


 ここ周辺の地理は既に頭に入っていた。伊達に丸1日うろついていた訳じゃない。

 ……しかし、予定通りにいかない時もある。

 例えば、さびれた場所を選んでいるとは言ったって道である以上、人はいるのだと言う事を失念した今とか。


『――え?』

(まっ――)


 眼前、曲がり角から顔を覗かせたのはまだ10歳にも満たないような女の子。位置はおおよそ直線上、このままじゃ間違い無く衝突する。


(ぐ、ううっっ!!)


 踏み出しかけた足、その力の向きを強引に変更する。

 〈サンダーアクセル〉ラスト1回。効果は一度に限り、対象の動きを加速する事。

 わずかでもその進む先をずらす事が出来れば衝突と言う最悪の事態は回避出来る筈――っ!


 ――バシンッ!


(よ、し――!)


 思惑は成功し、私は女の子の横をギリギリぶつからず通り過ぎる事が出来た。

 ――けど、結局の所それは女の子にぶつからずに済んだと言う、ただそれだけの事でしかなかったのだ。


(っ!?)


 強引な軌道修正のツケは私に向かって訪れた。加速した先には建ち並ぶ建築物の壁――!


(せめてっ!)


 腕に抱くティファとひーちゃんは何があろうと守らなきゃいけない、ギュッと抱き締める。


『アリッサ?!』

『キュ?!』

「っ!」


 ――ドッガンッ!!

 だから私は加速した勢いも殺せぬままに激突してしまう。でも、勢いはそれでも完全には止まらない。斜めにぶつかったからだろう、そのまま壁沿いに転げ回る羽目になった。

 物などが無かったのが不幸中の幸いか、私は何度も転がりながらも周辺への被害などは出す事無く、土埃を舞わせながら停止する。


「あ、ぐ、」

『ア、アリッサ?! だっ、大丈夫ですか!? 今すごい勢いでっ!?』

『キューイッ、キューイッ!』

「これくら、いっ」


 現実ならば救急車でも頼みたい所だけどここはゲーム内、痛みが完全に再現されている訳ではなく怪我も無い、ライフタウンならばHPだって減りはしない。鈍痛が即時の行動を阻害していたけど、どうにか起き上がる。


『お、お姉ちゃん……大丈夫……?』


 聞き慣れない声に振り向いてみればそこにいたのはつい今しがたぶつかりそうになった女の子だった。


(なんでこんな夜中に――って、ああ、この子……)


 その子の体は透けていた。

 数日前に知り合ったメリルリープさんと同じ。

 帰省した魂、と言う事なのだろう。魂なら昼夜は関係無くても不思議は無いか。

 心配そうなのと同時に焦ってもいる様子だ。もしかしたら自分の所為とでも思っているのかもしれない……そんな事はないのに。

 ぐっと日傘を握る手に力がこもる。こうした小さな子がこんな顔をしている時、自分はどうにも意地でも止めたいと思うらしい。


「大、丈夫、大丈夫だよ。ほら、この通り」


 未だある鈍痛には目を瞑り、すっくと立ち上がる。


「ちょっと急いでて、私ドジだから壁にぶつかっちゃったんだ。驚かせちゃってごめんね」

『う、ううん。良かったぁ』


 深くする女の子に私自身ほっとするも、そこで路地の先から足音と共に話し声が響いてくる。

 入り組んだ路地を選んだものの、今の1件は間を詰めるには十分だった。もうここに来るまで時間は無いだろう。


(この子をもう巻き込む訳にはいかない! 急いで何かスキルを使って脱出を――)


 しかし、そこで気付く――彼女の小さな手が、私の袖をキュッと掴んでいた。


「ぁ」


 ――駆け出すなら、振りほどかなきゃいけない。


 たったそれだけ、そんな些細な思考が不意によぎった。

 だからか、口から出たスペルは……私の現状からはお世辞にも合っているとは言えないものだった。


 ――ゴウッ!!


 〈ウィンドクレイドル〉。球状の風の壁を展開するそのスキルは、凄まじい風圧によりPCであろうと中には入れない。


(ただの、時間稼ぎにしかならないけど……)


 苦虫を噛み潰した表情は、どうにか飲み込んだ。目の前にいる女の子に見せられないからと。


「騒がせてしまってごめんなさい。怖がらせちゃったかな?」


 そっと手を重ね、女の子の手を離す。


『う、ううん……大丈夫』


 突然巻き起こる風に、ひどく驚いた顔をしている女の子だけど、多少ぎこちないながら笑顔を向けてくれる。


「そう、ありがとう。大丈夫、私もすぐに引き上げるか――」


 ――タンッ。トンッ。ズシャッ。


『アリッサ……』

『キュー……』

「……うん」


 風越しに、いくつかの音が聞こえた。マップを見ずとも分かる、追い付かれたのだ。

 1つ2つ3つ、まだ増える。風によってぼやける姿にティファとひーちゃんは戸惑っている。


『キュ、キュイ〜……』

『え〜と、また隠れてやり過ごす……のは無理そうですね』

「どうしようか……って、もう手が無いね」


 姿を消すか、煙に撒くか、閃光で眩ますか――しかし、周りを囲まれた事と、移動では主戦力にだった〈サンダーアクセル〉が再申請時間で使えない事がそれらの無意味さを伝えている。


「なら、もう転移して一気に距離を離すしか方法が無い……でも……」


 本来ならばあらかじめ設定しておいた場所にまで転移する事が可能な〈トランスポート〉を使いたかった。

 しかし、そちらは先程追っ手を(、、、、、、)撒く為に(、、、、)使用して(、、、、)しまっていた(、、、、、、)


(再申請時間がまだ終わっていない……って事は……)


 視界の端に表示されているカウントダウンは無情にも未だ十数分を残していた。0になるまでは何があろうと使用不可。


(つまり、選べるのは絶望的な物だけ……キツいね)


 すなわち〈リターン〉。

 最後に立ち寄ったライフタウンのポータルポイントへ転移を行うビギナーズスキル。

 しかし、それはリスクでしかなかった。

 ポータルポイントはゲーム中で最も不特定多数の人が行き交う場所。

 どれだけのPCが協力しているか分からない。今の逃げ回る現状でそこへ自ら赴くのは今よりも更に状況を悪くする危険を多大に孕んでいる。


(……いえ、だからこそ人ごみに紛れる事が出来たなら逃げる芽もある、よね)


 そんななけなしにしてハリボテの希望を胸にした私は周りにいるティファとひーちゃんに伝えようとして、周囲の緑がかった風を物珍しそうに見ている女の子に気付く。

 彼女は私が転移したら1人残される。そして周囲には数人のPC……。


「ええと、少しいいかな?」

『え、うん、なぁに?』


 女の子に風が止んだら外に沢山人がいるだろう事と、何か聞かれたら私が転移した事含め素直に話せばいいと伝えておく。


『うん、分かった』

「ありがとう……あ、そうだ」


 ポシェットに手を入れた。実体化したアイテムは小さな袋、数日前に大量に作ったクッキーだ。


「これ、良かったら貰って。びっくりさせちゃったお詫び」

『あ、ほ、星のクッキーだ! わぁい!』

『あ! そんな物を隠し持っていたんですか?!』


 羨ましそうに女の子を、恨めしそうに私を見るティファ。星が好きなので欲しいらしい。


「……じゃあティファにも」


 元より大量にあるのだから問題無い。1袋と別の袋から1枚だけ取り出して渡す、パッと笑顔でクッキーを受け取る2人。


『わーい!』

『わー……ハッ! 星……食べづらい……どうしましょう……』

『……』


 ……ひーちゃんはいじけないで。そうして、私はスペルの詠唱に入るのだった。


「ふう……行こう」


 その先が、せめて良い未来に繋がっている事を願いながら――。

 私の都合なんて相手には関係無いと言う教訓を、苦々しく胸の奥に抱えながら――。


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