第127話「vs???」
ヴァルキリーズ・エールとの一件をどうにか収束させた私は再び王都を歩いていた。
狭い路地裏をひたすらに歩いていると前ばかりではなく横や、空を見上げてみる事がある。
現実と異なる時間周期のMSOでは今は夜だけど現実では夕方。セバスチャンさんとの約束までそう遠くなくて焦燥も次第に膨れていた。
(セレナも、セバスチャンさんも、天丼くんも、エリザベートさんと鳴深さんも……どうにか乗り越えてここまで来れた……けど……)
あの子は超長時間のログイン中の私を止める為に、私と親交のある人たちにコンタクトを取ってたけど、《古式法術》を秘匿していた関係で知り合い自体の少ない私だ。
私の為と動いてくれる人も当然少なかった(それはそれで悲しい話だけども)。
あの子も知る私の知り合いとなるとまだ今回関わっていない子たちもいるけど、話せば分かってくれるかな……。
(いえ、分かってもらわなきゃいけないんだから……そうして行けば、もう自分が動くしかないと思ってくれる……といいな)
そうすればあの子と直接会える、それが理想。
会えたら、私の想いをすべて、全部、根こそぎぶちまける。
(そうなればいい――このまま理想の未来に辿り着ければ……)
しかし、時折形にもならない不安が私を襲う事がある。
空に広がる夜闇が先の見えなさを暗示しているかのようで……落ち着かない気持ちにさせた。
――そして、それは望んでもいないのに現実となってしまうのだった……。
◇◇◇◇◇
路地裏を縫うように走りながら、私は内心の混乱を正せぬまま叫ぶ。
「はっ、はっ……ど、どうなってるの?!」
『知りませんよ! と言うか今日はこんな事ばっかりではないですか! 今更ながらアリッサは何をしたのです?!』
『キュイキュー!!』
「それはっ、はっ、話しにくい事としか! 申し訳無く思うけどっ!」
背中には「どっち行った?!」「あっちだ!」「いやこっちだ!」と、複数の声が届き、咄嗟に口を押さえる。
(ヴァルキリーズ・エールの追っ手は解散してもらえたのに、こんな事って……!)
走る。建物の隙間を縫うように、目の届かないどこかへと行く為に今はただ走るしか出来なかった。
◇◇◇◇◇
――遡ればついさっきの事。
変わらずにあの子からの接触を待ちながら、王都内の人気の無い場所を選びながら歩いていると、不意に視線を浴びた。
自画自賛ながら、眉目秀麗なこの体である以上、大なり小なりそうした視線を向けられる事はままある事。
加えてオフィシャルイベント時限定で遊びに来ているティファがくっついているのだから目に留まる事もある。
――それがその時点での私の認識だった。
気にはなるけど、それでも以前とは異なり胸を張って視線を受け止めていた。もし声を掛けられてもどうにか応対も出来ると思う。
――しかし、事はそれで収まらない。
ある時声を掛けられた。
「アンタ、アリッサさんだろ?」
声を掛けた人はあっさりと私の名前を看破した。
『ま、またお知り合いですか?』
『キュイキュ』
昨日今日と様々あったお陰で、すっかりと対応が固くなった2人の問いに私は首を振った。
「ううん……知らない……」
基本的にMSOでは他PCの名前が、例えば頭の上やらゲージの傍に表示されるとかは無い。
それは“見知らぬ人に名前を尋ねる”と言う初歩的なコミュニケーションの取っ掛かりを潰さない為の措置だとはセバスチャンさんに聞いていた。
だから私の名前を知っている事に一瞬怪訝な視線を向ける。
(って、そう言えばワラケルさんが……)
去る日曜日の事。
ファッション系のギルド・着物四季のメンバーであるワラケルさんに気に入られてサイトに載せたいとフォトを撮影された際に「公開する際は名前も出す」と言われていたのだ。
それを思い返せば、私の事を見ず知らずの人が知っていたとしても不思議ではないのかな。
「あの……何かご用でしょうか?」
声を掛けてきた男性はフレンドリーに私に近付く。私は思わず後退りするけど、男性は気付いていないのか構わないのか、喜色と共に話を続ける。
「いや、マナー違反かなーとも思うんだけど、やっぱりちょっと気になったもんでさ」
「はあ……?」
首を傾げる私に男性はおかしな事を尋ねる。
「君が今やってるクエストを教えてほしいんだ」
今度こそ頭に疑問符が浮かぶ。
あの子に見つけてもらえるように、私は現在クエストなどは請けていない。クエストによっては他者が入り込めない空間に閉じ込められる場合すらあるからだ。
だと言うのに、この人は何を勘違いしているんだろう?
それを訂正しようと口を開きかけるのだけど、それを遮るように別の声が割って入る。
「ちょっと! ねぇ、アナタもしかしてアリッサさんじゃないの? あ、やっぱりそうだ、実物はマジでカワイーじゃあん!」
「は、はっ?」
今度は女性が、多少息を切らせながらもにこやかに話し掛けてきた。真っ正面から容姿を褒められて顔が強張ってしまうけども。
「掲示板見たよお! ねぇねぇっ、アナタがしてるクエストってなんなのか教えてよお! お願ーい。人手が足らなかったら私手伝ってもいーからさあ!」
「……は?」
開きかけの口から出てきたのは紛れも無い困惑。この人も一体何を言っているんだと、訝しむ視線はその色合いを濃くしていく。
「ちょ、ちょっと待てよ。彼女に話し掛けたのはこっちが先だぞ。ちゃんと順番は守ってもらわなきゃ困る!」
「情報聞くだけなら一緒でも良くないですかあ? 独り占めする気い? だったら文句とかお門違いじゃないですかあ? ね、ね、私と組もうよお。私以外にも仲間がいるからさ、呼べばすぐに来るしい」
「おい、アレそうじゃないか?」
「なんだなんだ?」
矢継ぎ早な言葉の洪水は留まる所を知らず、更に増水を繰り返す。
どこからやって来るのか、1人が2人になり、2人が4人に、そこからまた人数は増えていく。
そんな人数が我先にと私へと殺到すれば、彼らは互いにいがみ合い始め、押し合いへし合い罵り合う……?!
(しゅ、収拾が……つかないっ!)
どうやら私を巡って相争っているらしい、なのに最早彼らの目に私は映っておらず、自分たちがと自己の正当性を繰り返しては言い争う。
「あ、の……私、クエストなんてしてないですよ?! 何か勘違いしていませんか?!」
嵐の海に飛び出す覚悟で放った言葉はしかし、彼らの耳には届いても理解は得られなかったらしい。
「見ろ! お前たちの所為で彼女隠すつもりになっちまったじゃないか!」「ふざけないでもらえますう?! 元はと言えば情報を独占しようとしたそっちが悪いんじゃないですかあ!」「あー予定狂うわー、どうすんべ?」
事態は一向に沈静化せず、更に私が話し掛けた所で、おそらくは火に油を注ぐ行為にしかならないと直感が告げている。
「っ、なんなの一体……! ティファ、ひーちゃん……こっちへ!」
『もうっ、次から次へと!』
『キュキュッキュー』
私は彼らの意識が逸れている内にと、狭い脇道へと突っ走った。
「あれ、彼女は――?」「え、逃げたあ!?」「くそっ! このまま引き下がれるか! 追うぞ!」「ここまで来たらぜってぇ聞き出してやろーぜー!」
「うっ、嘘でしょう?!」
こうして私の不可思議な逃走劇が始まったのだった。
◇◇◇◇◇
――それから数分、私は逃げていた。逃げ続けていたのだ。
彼らは自身の身体能力とスキルやアビリティを駆使して私を追い、背中に届く声は段々と大きくなる、つまり未だに引き離せずにいる。
「どこかに……どこかに隠れられるような場所は……!」
『アリッサ、あそこ!』
「え、あ!」
息を殺しながら路地裏を駆けていくと、道の先にこじんまりとした宿屋さんが見えてくる。
私は一も二も無く、そこへと飛び込んだ!
「おじさん! シングル、貸してくださいっ!」
「お、おう?」
『は、早く早く! 早くしてください!』
『キュイキュイ!』
驚くおじさんとは対照的に間断無く開いたウィンドウの[Yes]をすぐさまタップする。差し出された鍵を引ったくるように受け取ると階段を駆け上がっていく。
(借りた部屋ならこっちが許可しない限りは入ってこれない。急いで急いで――!)
鍵に書かれている部屋番号を確認し、慌ただしくドアノブに差し込んだ。
若干手間取ったもののなんとかドアを開けて中に飛び込む。
「はっ、はっ……な、なん、なん……」
まだ少し震える手で鍵を閉めると、へなへなと足から力が抜けていく。ティファとひーちゃんも似たり寄ったりだ。
へたりこんでいた私は荒い息を宥めながらふらふらと立ち上がってドアの反対方向、外を望める窓に向かう。
閉められたカーテンの隙間からそっと外を覗くと、さっきの一団らしいPCたちが走ってきたのが見える。
彼らはこの宿屋さんを見上げて、互いに文句を言い合ったみたいでそのままどこかへと去っていった。
「……やり過ごせた、の……?」
『の、ようですね……こ、怖かった』
『キュ〜……』
それを見てようやく安堵し、深く息を吐く。ティファの意見にはまったく同意する。
「……でも、一体どうなってるの……?」
いきなり見ず知らずのPCに言い寄られたかと思えば、何を勘違いしたのかクエストの情報を教えてほしいと言われた。
しかも複数のPCが次々と加わっていって……。
「ああっ、もう! 訳が分からないっ!」
頭がこんがらがり、わしゃわしゃと髪を掻く。自慢の金髪が見る影も無くボサボサになった頃、彼らの言ったセリフの1つが思い浮かぶ。
「――あ。そうだ、確か……」
気付いてすぐさまシステムメニューを開く。
操作して表示したのはMSOのイベントやクエスト、モンスターなどの情報に始まり、雑談などまで様々なスレッドが乱立する公式掲示板だった。
『キュイ?』
『あれは星守たちが様々な情報をやり取りする星の書棚と呼ばれる力なんですよ。知ってます。導きの妖精ですからね私』
『キュイ〜』
自慢げにそう語るティファと、それを羨望の眼差しで見つめるひーちゃんを横目に、私は先程のPCの1人が言っていた言葉を思い出す。
(確か、『掲示板見たよ』って……そう言ってた……私の名前も知られてた、なら……)
まさかね、と思いつつホロキーボードを叩いて『クエスト』と入力し、それをキーワードに検索してみると……。
「嘘……」
クエスト情報系のスレッドをいくつか見て回るとその1つに何故か私の名前が登場していたのだ。
内容は私が特殊なクエストをこなしているらしいと言うもの。
名前だけならば私以外にも“アリッサ”と命名したPCがいたのだろうかと思えた。
しかしそれを補足するように『それらしい人なら人気の無い路地裏を1人で歩いていた』とか『とあるギルドが探し回っていた』などと書き込まれ、この“アリッサ”が私である事が強調されている。
「な、なんでこんな事に……?」
どこの誰が、何故こんな事をしているのか。そんな疑問が頭を占める中で読み進める。
掲示板は最初は怪訝な空気だったものの、所々には誤情報が含まれていて、私の行動がクエストの為と誤解するのに拍車を掛けているみたいだった。
そうした書き込みが増えるにつれて盛り上がり、途中に先日撮影された私のフォトまでアップされて熱を帯びていく。
(勘違い……いえ、それにしては……)
気になるのは誤情報を書き込んでいる人。
誤情報はいくつもあるものの、それを書き込んでいるのはどうも1人のようであり、私の友人を語ってすらいた。
ただ、投稿者名は自由に出来るらしく、『ななしさん』と言うそれが誰かは分からない。
(でも……こんな事する人なんて……)
結局はそこに辿り着いてしまう。
こんな事をされる覚えなんて無い。そもそもそれだけの人付き合いが無いのだもの。
(じゃあもしかしたらほんとに見ず知らずの人だったりするのかな……いたずら、とか?)
そう言った事をする人がいるとは理解しているものの、その矛先が自分に向く事実に頭が痛くなる。
(面倒事が増えた……)
先程のような騒ぎに巻き込まれれば、説明はするつもりだけど……この熱気を読む限り、果たして納得してもらえるかどうか……さっきの二の舞になる未来がまざまざと脳裏をよぎる。
(いっそ嘘でも付いてうやむやに……ううん、バレたら余計に厄介な事になりそう……でも逃げ回るにしても手段が……)
ここからは〈トランスポート〉で逃げられるとしても、外で使うには長い詠唱と足下の星法陣を見られては騒ぎを大きくしてしまうかもしれない。
〈リターン〉は論外、転移先がポータルポイントに固定だから不特定多数の人目に晒されてしまう。他にこのスレッドを読んだ人がいないとも限らないのだから人の多い場所へはそもそもいかない方がいい。
となるとこうして宿屋さんに引きこもらなくてはいけない場合だってあるだろう。
「でもそうしたらあの子とも会えない訳で……うう、どうしよう……」
そうして解けない疑問に唸っていると、不意にけたたましい電子音が響き渡る。
「チャット……誰だろ、っ?!」
新たに開かれたチャット用のウィンドウに表示されていた名前に驚く。
チャット自体はフレンド間でしか出来ない以上、表示されるのはすべて知己の間柄の人に限られる。昼間なのだから誰から掛かってきても不思議は無い。
私が驚いたのはひとえに、その人が今回の件に無関係ではなかったからだ。
「み――っ」
『?』『キュ?』
本名を口にしかけて手で塞ぐ。ゲーム内で現実の事を口にするのはマナー違反だ、例え部屋にPCが私1人だけであったとしても、それは変わらない。
鳴り続ける着信音に急き立てられながら私は塞いでいた手を退けて深呼吸を繰り返す。
「……ティファ、ひーちゃん、知り合いと話すから静かにしていて」
『そうですか……分かりました』『キュイ』
2人が頷き、口にチャックとばかりに閉じたのを確認してからウィンドウをタップして通話状態にする。
「……もしもし、アリッサです」
自分で分かる程に緊張を滲ませる声。
相手からの反応に若干のタイムラグがあり、それはまたも私の緊張を増した。
『お久し振り、なのです』
聞き覚えのある口調に、それを乗せるにはまだ違和感の残る声音。
彼女は花菜のお友達で、私とも面識があり、そしてセバスチャンさんのお孫さん。
「ミリィ……」
ミリアローズ、三枝木みなもちゃんだった。
『どうしたのです、声が沈んでいるですよ』
「それは……」
彼女とは現実でも親交がある。それこそあの子と決定的な亀裂が走ったあの日にもわずかだけど会っている。
だから、その時に言われた「どうにかしろ、なのです」と言うセリフに応えられていない事が私の気持ちを重くさせていた。
『まあ、それも無理ないのです。今、アリッサが大変なのは分かっているのです』
「……」
花菜のお友達なら、今起こっている私たちの問題だって知らされているだろう。
私だって2人の幼馴染みに協力してもらっているのだからそれは不思議じゃない。
セバスチャンさんがそうであったように、彼女がミリアローズとしてのロールプレイをせずに三枝木みなもちゃんとしての口調なのも現実の事情が絡んでいるからだろう。
……けど、彼女の言葉は私と違う方向を向いていた。
『今は猫も杓子もみんなみんな、アリッサを探しているですからね』
「……ミリィ……?」
声の調子が明るく、軽く、変わる。それは事情を知っているにしてはあまりにも不釣り合いなものに思えた。
理解が及ばず問い返す。
「ど、う言う……?」
『どうもこうも無いのです。ただ、気遣っているだけなのです』
彼女は一転して沈んだ声で語る。しかし、どうしてか私にはそれがやけに薄く思えたけど、その答えに至る前に事態は更なる激震を起こす。
『ブラフをばらまいた身としては、それくらいはするのですよ』
一瞬、思考が止まった。
「――まっ、待って、それは――」
『ああ、まだ知らないですか? 今アリッサが宿屋に逃げ込まなきゃいけなくなった理由。追い掛け回すあの連中がなんなのか』
「っ! まさかあのスレッド――?!」
『……その様子じゃ知ってるですね。ええ、そうですよ』
『あのスレッドを立てて、アリッサを紹介してたのはわたしなのです』
今度こそ、息が止まる。ぱくぱくと金魚のように開閉を繰り返す口内が段々と乾いていくのを感じている。
何秒かそうして、ようやく復旧した私は勢い込んで叫ぶ。
「な、ん……なんでっ、そんな事?!」
『簡単な事なのです。煽りに煽った結果、今やアリッサは有名人なのですよ。可愛いって言うのも大変なのです』
「……っ、か、関係無いでしょう?!」
『あるですよ。みんなの注目が集まりやすくて助かるのです。ですのでこれからわたしが――』
くすりと小さく笑う気配。
それには憤りを覚えるよりも、背筋に走る寒気が先だった。
『例えば、『貴女がずっとログアウトしていないみたいだ。どうしよう』と書き込んだら……どうなるですかね?』
「っ」
息を飲む。その気配が伝わったのか、ミリィは満足げにまた笑う。
『始めは訝しむだけかもしれないのです、笑い話になるだけかもしれないのです。けど次第に情報が集まっていくのです。アリッサの容姿に惹かれた連中が間を置かずにちょっかいを掛けたらしいですね、それらをまとめていくと途切れていない事が分かるのです。そしてそれが証明されたなら……どうなるですかね?』
「それはっ……いいえ、そうはならないよ。私は、睡眠度の回復だってしていたもの。今朝まで私は――」
『だとしても、なのですよ』
言葉が途中で遮られ、私は鼻白む。
『それからの半日近くを絶え間無く過ごした事実は消えないのです。それは、このゲームでは十分に危険な域なのですよ?』
「っ」
普段なら6時間でも長いと感じる私なのだから、反論が出来なかった。
『良識を持つ人と言うのはいるものなのです。サブマスは抱き込めたようですけど、不特定多数の誰かにも同じように出来るのですか?』
無理だ。曲がりなりにも今までどうにかなってきたのは『みんなだから』と言うのが大きい。
出会う人出会う人すべてを説得なんて出来る訳が無い……!
『それに、スレッドを読んだのなら分かる筈なのです。意見と言うのは流動的で、恣意的にだって歪むのです。だとするなら……アリッサを非難する方向にだって進むのです』
浮かぶのはミリィによって過熱していくスレッドだった。
例えそれが事実とは異なっていたとしても、事実を証明する事が無ければ偽りは偽りとは知られないままに、既成事実へとなっていく。
『そうなれば誰かが、運営サイドへ通報するかもしれないのです。最初は警告で、次は強制ログアウト、悪質だと判断されたならアカウント凍結処分だってありうるのです』
アカウント凍結、それはつまりもうこの姿になる事が出来なくなる、と言う事。
その可能性を考えてこなかった訳じゃない。でもこんな形で、親しくしていた彼女に突き付けられた事に激しく動揺する。
『……すぐにどうこうとはならないですが、下準備は既に整っているのですよ』
「そ、れは……つまり、私を……脅しているの?」
『忠告、ならしているつもりなのです。自発的にログアウトするのなら今なのです』
……最後通牒と言う事なんだろう。ミリィは神妙に、私にログアウトしろと促してくる。
『それを断ると言うなら容赦なんてしないのです。炎上だろうがなんだろうがやらかして、貴女の居場所を残らず駆逐してみせるのです。その時に後悔なんてしても、もう遅いのですよ?』
熱く激しいその声に、私は……瞑目した。
(本気、なの……?)
声から伝わる彼女の意思は強く強く、答え如何では本当にそうするだろうと伝えてくる。
そしてそれが伝わり焦慮は私の心に湧き上がり続けていた。
それでも不意に思う。
(……本気……か)
本当に本当に本気だとしたなら何故彼女はそうまでやるのだろう、と。
(そうか、ミリィは友達として……本当に本当に本気で、あの子を案じて、想ってくれてるのか)
だとするなら……だからこそ私には、ここで引き下がる選択肢は無いと、そう確信する。
「………………ごめんなさい」
『アリッ――』
「私は、まだログアウト出来ない」
途端、静寂が襲う。
不思議なもので、オフィシャルイベントの喧騒も遥かに遠く。時間は間延びして1秒を長く長く感じさせていた。
『……じっ、自分が何を言っているか、それがどう言う事態になるか、理解してるですか?!』
「うん……多分ね」
『それなのに、なんて……貴女は、バカじゃないですか……?!』
「最近、よく言われてる」
非難の声も、今はどこか心穏やかに聞けていた。数分前とは雲泥の差だと内心で思う。
『こっちは本気なのですよ……それでも――』
「――それでも、こっちも本気だから」
「貴女がどれだけあの子を想ってくれていたとしても……あの子に関する本気で、私が折れる訳にはいかないじゃない」
ああそうだ。もう私は折れたりしない。何があろうとあの子を取り戻すのだと決めた。
だからこそ、相手が彼女だろうと誰だろうと道を譲れない。
「……だから私は……ここに残ります。本当に、ごめんなさい」
『っ、はっ…………ふざけてるのです! なんなんですかっ、あんなっ、ていたらくを晒したくせにっ!!』
「……うん」
ただのチャット機能であるのに、今は彼女の怒気すら届くようだった。
『どうにかしろと言った筈なのですよ!? なのに、どうしてこんな事になっているのですかっ!! クラリスはあの時よりますます悪化してるです! 本気でこれ以上悪くするような真似をするつもりなのですかっ?!』
捲し立てたミリィは息も絶え絶えだった。
(ああ……あの子は今そこまで……)
ミリィは見て、知っているのだろう。どうしようもない現実を……その光景を見た彼女がどれだけ辛かったか。想像するだけで胸が痛くて、罪悪感は重くのし掛かる。
なら、それを作ってしまった私の言う言葉なんてどれだけ積み重ねたとしても、それこそ絵空事にしか思えないだろう。
(ああ、彼女は間違ってない。私は……あの子に届いていないもの……まだ)
それまではきっといくら言葉を重ねたとしても届かないのかもしれない。
(――なら、結局の所どうするかは変わらない)
すう、と一呼吸。
「悪くなんて、させない。絶対に」
『わたしだって、これ以上悪くなんて絶対にさせない、のです……!』
私たちは互いに同じ相手を想いながら、そうして決別した。
今は……すべてが終わった後にまた笑顔会えるといい、そんな身勝手な願いを心の片隅に――私は、我が道を行く。
……暑い……。




