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第124話「vsヴァルキリーズ#1」




 王都の街中を私はひたすら歩いていた、それも人目にも付かないような寂れた場所へと向かって。

 朝方に天丼くんと別れてからずっとこうして周りを気にするようになり、そうして既に数時間が経過しようとしていた。


『見てください、あれがリノリアと言う星でですね――』

『キュー?』


 高い建物が崖のように左右を塞ぐうらぶれた路地裏、華やかな大通りから離れたこうした場所はハロウィンの時期であるのに装飾などはあまり無く、時折思い出したようにくたびれたお化けやガイコツが飾られている。

 しかし、だからこそ辺りは薄暗く、見上げれば夜空には星がよく見える。ティファとしてはそれは十二分に元気になる理由で、嬉々と星の説明をしてくれている。


「……」


 でもそれを聞きながらも私の心は別の方向を向いていた。


 周囲をすれ違うのはこちらの世界の人ばかり。

 時間帯が変わり人出が減ればイベント色の薄いここまでわざわざ訪れるPCは滅多にいないらしく、MSO最大のライフタウンである王都でもこんな場所が出来上がる。


(……なのに)


 歩く歩く歩く。

 行き先も明確でない中をただ歩く……しかし、そんな私の後ろを誰かがつけているような気がしていた。

 周辺に活気が無いからだろう、カツカツとヒールの音が意外なまでに響く。

 けどそれが私の物だけではない。後を追うように足音が重なっている、それは同じ場所で進み、同じ場所で曲がり……そして同じ場所で止まるのだ。


(尾行されている、んだろうな……)


 『クラリスの所属するギルド、ヴァルキリーズ・エールが私を探している』

 天丼くんが教えてくれたその情報を信じるならそう考えた方がいい。

 服装は普段とは異なるハロウィン装備だけど、知り合いに確認すれば私だとはすぐに分かるし、この格好でのフォトも何枚もアップされているらしいからそうでなくとも判別は難しくない筈。


(尾行してる人は……少なくともあの子じゃない、か)


 今現在あの子はログインしていない事がフレンドリストから判明している。

 今日は平日、当然あの子だって学校には行っている筈だ。行きたくないと言ってもお母さんが許さないだろう(例外があるならご両親がお留守のまこの家に転がり込んでいる不良()くらいのもの)。

 同様にヴァルキリーズ・エールに所属する知り合いは軒並みログインしていなかった。


(他に分かるのは――)


 この法術くらいしか取り柄の無い私ですら尾行を気付けたのだ。尾行者が向いていないのか、あるいはずぶの素人か。

 ただ、今は尾行者が恐らく1人いるとは分かるけど他にいないとも限らない。

 昨夜私自身が使用した〈ライトカモフラージュ〉のように姿を隠す術なんていくらでもあるのだから。


(まあどちらにせよ気付けたのは僥倖か。この先どう動くかを考える事が出来るんだから)


 尾行者はヴァルキリーズ・エールに所属する人の可能性が高いけど、天丼くんのように掲示板で私の情報を得た誰かと言う場合もあるかも。


(さて、どうしよう……?)


 例えば尾行を撒くとしたらどうするか。


(私のパラメータで尾行を振り切ろうと思えばどうしたってスキルを使う必要がある)


 だがしかし、それは私の最大のアドバンテージである《古式法術》を晒す行為でもある。

 尾行者が前者であればギルドメンバーに情報が伝わり、今後の逃亡にも影響するだろう。

 後者なら掲示板に情報が書かれるかもしれない。それはやはりヴァルキリーズ・エールの知る所となるかもだし、興味を持たせてしまい私を探そうとする人を増やす結果にすらなりかねない。


(《古式法術》はスペルを詠唱しなきゃならないと知られれば圧倒的に不利になる。どちらにせよ安易な真似は慎むべき、か)


 そうなれば後に残るのは私の身1つ。それはずいぶんと貧相で頭が痛くなるのだけど……どうしようもないのだから、その中でどうすればいいかを考えないと……。


(どこかの宿屋さんに泊まって〈リターン〉でポータルまで転移して尾行を振り切って……いえ、だめか)


 昨夜のセレナが、私がいざとなれば〈リターン〉での緊急離脱をすると予想していたように今の相手が同じように予想してポータルに人員を配置していない理由が無い。

 更にポータルは最もPCの行き来の激しい場所だ、掲示板から私に興味を持つ人がいる可能性がある以上、今そこにのこのこと赴けば無用な注目を浴びて尾行者を増やしてしまう場合だってある。それでは本末転倒だ。


(……はあ、やっぱり逃げるって大変)


 力を隠したままにしよう、などと言う時点で出来る範囲を狭めてしまう。今までどうにかなったのもあの3人だからこそ。結局の所、数を用意された時点で無茶な話になっているんだろう。


(なら……いっそこのまま放置するのはどうかな?)


 今はオフィシャルイベントの真っ最中、私なんかに費やす時間が長引けば掲示板から来た人なら離れるかもしれない。


(問題はヴァルキリーズ・エールならだけど……いえ、そもそも未だに向こうから接触が無いのはやっぱり彼女たちを待ってるって事?)


 尾行者に気付いてからそれなりに時間が経った。

 ヴァルキリーズ・エールが動いているならおそらく私と面識がある人が関わっている。

 知り合いはみな良識のある人たちだ。なら私が“十数時間単位でログインし続けている”なんて知れば止めに来るのは容易に想像がつく。

 なのに未だに当の彼女らがログインしていないのなら学校か仕事かですぐにはログイン出来ない状況だからだろう。


(MSOの仕様に助けられてるなあ……)


 MSOにおいては戦闘は禁じられている。故に過度の暴力行為はGMコールの対象となる。

 加えてハラスメント判定により下手に触れるだけでもやはりGMコール対象になりかねない。

 唯一それが緩和されるのがフレンド。フレンド同士ならばかなりの身体接触も認められる。安全に私を拘束しログアウト操作を実行させられるのだ。

 だから私とフレンド登録を済ませている彼女らが来るまでは私を見失わないように尾行し続けている。



(だとしたら時間にはまだ余裕があるのかもしれない……それなら……もう少しくらい用意して(、、、、)おこうかな(、、、、、)



 決めた、と内心で思い、近場にあった喫茶店へと足を向けた。


『お茶ですか? お菓子ですか? お腹とか別に減っていませんけどアリッサが行きたいと言うのな仕方ありませんね』

「まだ何も言っていないんだけど……いいよ、好きなもの食べて」

『なん、ですって……?! ほら何をしているんですか早く行きましょう! アリッサの気が変わらない内に!』

『キュ!』

(ひーちゃんは物を食べられない筈なんだけどなー……)


 逸る2人に私は、



「その代わり、手伝ってね(、、、、、)



 そう言った。



◇◇◇◇◇



 あれから更に時間は過ぎた。

 学校の授業も終わる頃、学生なら早ければそろそろログインしてくる。

 幸いな事にあれからもずっと尾行は張り付いているだけだった。人数は増えたり減ったりしているようだけど接触してくる事は無かった……これまでは。


「――ふう」


 今まで歩き続けてきたけど働き通しだった足は止まっていた。

 疲れは無い、ただ歩くだけならスタミナ値にはさしたる影響も無いのだから。

 だから止まる理由はその時が訪れたと言うだけの事だった。


「……お久し振りです。妹がいつもお世話になっています」


 目の前の相手へ深々と腰を折る。

 数秒で頭を上げるけど、相手は微動だにしていなかった。


「…………」


 彼女、エリザベート・ハルモニアさんはいつもとまるで違う雰囲気をまとっていた。

 常ならば大音量の声の1つも出ていたろうにそれも無く、じっと私を睨んでいた。


「何かご用ですか? それとも、たまたま通り掛かっただけでしたか?」

「………………っ!」


 ――パンッ! 持っていた扇子を私へと勢いよく向けてくる。それは小刻みに震えていた。


「……ギルドメンバーに協力を仰ぎっ、貴女を監視させておりましたっ、まずは……それを謝罪致しますわっ……!」

「確証はありませんでしたけど、そうじゃないかとは思っていました。……あの子から頼まれましたか?」


 その問いにエリザベートさんはくわっ! と目を見開く。


「っ、ワタクシは貴女を買っておりましたっ!!」


 ゴウと風を吹かせ、圧力すら伴うような大音声。らしい、と言えばらしいけど、その声には隠しようもない憤りが詰め込まれていて、晒されるだけで弾劾されているかのよう。

 今度は私が震えてしまいそう。けど、それも怯えるティファとひーちゃんを見るまで。

 2人を抱き寄せながら、私はエリザベートさんの糾弾に相対する。


「妹想いでっ!! 努力家でっ!! 謙虚でっ!! 良識のある方だとっ!!」


 自身はそんな風に評価されていたのかと少し気恥ずかしい。けど、すぐにそんな感情は引っ込んでしまう。


「だと言うのに何ですかこの体たらくはっ!!!」


 真っ正直からの叱責が飛ぶ。そしてそれは一言では終わらない。


「クラリスさんは貴女の身を案じておられるのですよっ!! 己が身を省みずっ!! クラリスさんの気持ちも省みずっ!! そんな事でどうしますっ!! 姉であるならば……いいえ人であるならばっ!! 今っ、すぐにっ、ログアウトなさいっっ!!!」


 過剰な感覚はセーブされるゲーム内であるのに、耳鳴りすら錯覚させる大音声。

 けど、私の心は変わらない。


「……ごめんなさい。私はエリザベートさんが思われているような人間じゃないです。もっと……わがままで身勝手なんですよ。だからログアウトは出来ません。あの子――」

「プレイヤーの風上にも置けぬその言動……なんたる事でしょうっ!!」

「いえ、あの――」

「最早看過する謂われ無しっ!!! 必要ならば力ずくとてもいといませんわっ!! 覚悟なさいっ!!」

「ですから――」

「シャラップッ!! 言い訳など見苦しいっ!!」


 私も一応状況を伝えようとするのだけど、ヒートアップが行き過ぎているエリザベートさんの大音声にかき消されて届いていないようだった。


(……これは、マズイ方の展開、かな)


 下手を打った自覚はある。ただ、元々説得出来ればいいとは考えていたけど、それが叶わない場合だってもちろん想定していた。


(鳴深さんがいないのは……どう転ぶだろ)


 以前似たようなシチュエーションではブレーキ役である鳴深さんが止めていたものだけど、周囲には見当たらない。


(せめて良い方に転がりますように……)


 ギュッと杖を握る手に力を込める。エリザベートさんとは知人ではあるけど、どんな戦い方をするかは知らない。

 豪奢なドレス姿であるから近接戦闘主体ではないと思うのだけど、セレナだって最初は似たようなものだった、楽観はしていられない。

 どう動くかと身構えているとエリザベートさんがバサッ! と扇子を高く高く掲げた!


「出ませいっ!! 我がギルドメンバーの方々っ!!」

「っ!」


 それを合図に、数人のPCたちが物陰や建物の上から降りてくる! 総勢は……11人、内訳は女性が8人、男性が3人。

 その内の1人、比較的年長に見える女性がずいっと前に出て来た。その人は油断無く私を見据えながらエリザベートさんに話し掛けている。


「サブマス、最後に確認しとくけどあの話ってホントなんですよね? デタラメでGM(ジム)ペナ食らうとかウチ嫌ですよ」

「ご心配には及びませんわっ!! クラリスさんと彼女が実の姉妹である事はフィンリーさんにもミリィさんにも確認済みですっ!! 一刻も早くログアウトさせねばならないとも伺っておりますっ!!」

「了解、信じますよ」


 その言を受け、周囲の人たちが私を逃がさないようにじりっと間合いを詰めてくる。


(装備の質に統一感が無い。見ただけで強力な装備と分かるのは半分が精々。なら、おそらくはレベルにもバラつきがある)


 この人たちはおそらくエリザベートさんが協力を仰いだギルドの有志なのだろう。


(合わせて12人なのはこれだけしか集まらなかったか……いいえ)


 私が法術士系のビルド(加護の組み合わせによるタイプ分類の1つ、法術を駆使した遠距離攻撃型)なのはすぐに分かる。

 〈リターン〉による緊急退避に備えてポータルに人員を配置しているのかもしれないし、隙を突く為にまだ隠れているかもしれない。


(簡単には行かない、そんなのは初めから分かってる……ええ、分かってる)


 尚も彼女らはじりじりと間合いを詰めてくる。その中の1人、先程話していた女性が私の前にやって来る。

 ドワーフらしい彼女は筋肉質な体つきで、背が私よりずいぶん高い。少し垂れていて優しい目をした人だった。


「ウチは君の事は知らない。事情があるかもしれないけど、少なくとも十何時間もログアウトしてないってのは、サブマスが言うように見過ごせない。出来れば抵抗はしないでね」


 ……良い人なんだろう。

 彼女は私の目を見つめながら手を伸ばしてくる。

 周囲は既に囲まれていて、前後も左右も逃げ場なんて無さそうだった。


「……いいえ、それは出来ません」


 するりとその手から逃れる。場の空気がわずかに張りつめ、囲んでいた人たちが体を沈ませたのを感じる。

 私はドワーフの女性の横をすり抜け、エリザベートさんの前に歩いていく。


「話を聞いてくださる気はありますか?」

「話を聞いたとてっ!! それで貴女はその先どうするつもりなのですかっ!! ログアウトをするとでもっ!?」

「……いいえ」

「ならばっ!! 最早問答は無用っ!!」


 耳が痛くなるような大音声を間近で浴びながらもエリザベートさんと対峙するのをやめない。


「皆さんっ!! どのような事情があろうともっ!! 気にせずっ!! 構わずっ!! 躊躇わずっ!! この方をログアウトさせるのですっ!! 逃げられぬように注意をしてくださいましっ!! 一刻も早くっ!! 体を壊してしまわぬ内にっ!! それがこの方の――――」


 エリザベートさんの長く大きなセリフが、私の声を(、、、、)かき消す程の声が(、、、、、、、、)私のスペルを(、、、、、、)隠してくれる(、、、、、、)――。


「なっ?! 何事ですのっ!?」「星法陣っ?!」「待っ――」


 ドワーフの女性の驚いた声が背中を打つ、だけど相手よりも早く法術は完成する。


 ――キィンッ!


 ふわりと足が地面から離れ、眩い光が視界を覆っていく。眼前のエリザベートさんは必死に手を伸ばすけど、それは私を止める事は叶わない。

 そして、視界すべてが真っ白に染まる――。



◇◇◇◇◇



 ――スタッ!


 わずかに浮かんでいた体が地面に降りる。次の瞬間には真っ白に染まっていた視界は急速に回復した。

 急いで周囲を見渡せばそこは人気の無く寂れた路地の一角。ただし、さっきまでいた場所とは明らかに異なり、かつポータルポイントでもなかった。


「……上手くいった、かな」


 《星属性法術》エキスパートスキル〈トランスポート〉。同じ星属性のスキル〈トランスマーキング〉を使用した場所にまで短距離転移を行うと言う便利なスキルだ。

 同じマップの同じ階層にしか転移出来ないなどの制約はあるものの、緊急退避としては十分使える。


(尾行がつく前に設置しておいたのが役に立った……)

『あの大きな声の人は、いなくなったのですか……?』

『キュ〜……?』


 憔悴した様子のティファとひーちゃんが周囲を確認して安堵している。気持ちは分かる。


「いなくなったのはこっちだけどね……っと、いけない。いつまでもここにはいられないんだった」


 先述の通り、この〈トランスポート〉はあくまで短距離しか転移が出来ない。

 王都はいくつもの区画に分けられており、ここは先程エリザベートさんたちのいたのと同じ区画内なのだ。

 おおよそ区画の端に〈トランスマーキング〉を設置したものの、1つの区画はそう広くない。相手にもよるだろうけど、探そうと思えば探し出せる距離にいる。


(星法陣の色から今のが〈トランスポート〉って気付く人もいる筈……急ごう)


 先程のギルドメンバーらしい人たちの中には兎人族(ウェアバニー)犬人族(ウェアドギー)もいた。

 2つの種族の種族(トライブ)アビリティはそれぞれ優れた聴覚と嗅覚を与えるもの、特に〈イヌ鼻〉は私の匂いから追跡されかねない。


「せめて人手があまりいない事を祈るばかりだけど……2人共、私から離れちゃだめだからね!」

『は、はいっ!?』

『キュイ?!』


 ダッ! なるだけエリザベートさんたちから離れる為に、逆方向へと私は駆け出した。



◇◇◇◇◇



「こちらホーロロ、ターゲット発見! 場所は――」

(っ、見つかった……!)


 王都の路地を中心とした10〜15分程度の逃走劇は予想通りに犬人族の男の子によってひとまず幕間を迎えた。

 念の為と使用していた〈ライトカモフラージュ〉も、結局は嗅覚の前には無力だったようだ。


「でも距離はまだ開いてる、なら! しっかり掴まってて!」

『ま、また転移ですか?! もうっ、忙しないっ!』

『キュ?!』


 私は再び〈トランスポート〉を使用する。詠唱はどうにか寸前で完成し、再び視界が白く染まって――。


(、笑って――)


 男の子は笑っていた。会心の、そんな言葉が似合うような笑い方で……。


(……っ!)


 真っ白に染まる視界の中、わずかな時間の中で、本当に本当に殆ど一瞬だったけど、私は自分の勘と言うものを信じる事にした。


「キャンセルッ!」


 完全に視界が染まるその寸前、私は〈トランスポート〉の発動を止める。


「なっ?!」


 その行動が虚を突いたのだろう、私を捕らえようと走って来ていた男の子はぶつからないように制動を掛けるも間に合わずバランスを崩す。

 その結果――。


「あぐっ?!」

『ふわっ!?』

『キュイ?!』


 ――どさっ!


 衝撃があった。男の子の伸ばしていた手が私の肩に当たり、止め切れなかった勢いによって私も押され、倒れてしまう。


「痛っ……っ!?」


 背中をしたたかに打ち、鈍い痛みが走る。抱いていた2人は無事だろうかと案じるものの、お腹の辺りに妙な重さを感じて目を開けるとそこには――。


「なっ」


 私のお腹に顔をうずめる男の子の姿があったのです。

 私は一瞬で頭が沸騰し、顔はきっと耳まで真っ赤に染まっている。


「っ、きゃああああああああああああああっ!?!」


 悲鳴を上げた、それはもうこんな声量を出したのはいつ以来かと思うくらいの絶叫だった。


『ア、アリッサに何をしているのですか貴方はっ?! 離れなさい離れなさい!』

『キューキュ!!』

「すっ、すいませっ――」


 向こうも自身の体勢に気付き退こうとするも慌てていてもたついている。

 私は両手で男の子の頭を力の限りに押し退けようとするも、立てた膝と男の子の両腕が引っ掛かって動かず、男の子の動きとも噛み合わずに動けずにいた。


「は、やくっ、どいてえっ!!」

「ちょ、押さな、いでっ?!」


 私はもうそれで泣きべそをかきそうになっていた。いや、もう後ちょっとでも切っ掛けがあれば大泣きする自信があった。

 そして、現れた切っ掛けは――。



『【GMコール】



 あなたに対し、セクシャルハラスメント[レベルB]に該当する行為が行われたと検知されました。

 下記選択肢によりセクシャルハラスメントを行ったPCに対し、レベルに応じたログイン規制ペナルティが課されます。


 [執行][キャンセル]』



「ふええええん……もお、やだああ!」


 バシンッ! 私は1も2も無く[執行]を選択した、そりゃもう何の躊躇いも無く。


「なっ、えっ、ああっ?!」


 男の子の眼前にもウィンドウが開いた。おそらくは私の選択を報せる物だったのだろう、困惑と驚愕を顔に張り付けたまま、光の粒に覆われて男の子は何処かへと転移して行った……。



◇◇◇◇◇



「ぐす、ぐすっ……」


 先程のセクハラ騒動の後、道の端で私は膝を抱えて泣きべそをかいていた。

 アクシデントであるとは理解しているものの、あんな事になったのは初めてであり相手が男の子である以上、羞恥諸々により私の心は激しくへこたれていたのだ。

 周囲は元々人気の無い場所だった事もあり、衆目に晒される事が無かったのが不幸中の幸いだった。雀の涙程度だけど。


『ア、アリッサ、泣かないでください』

『キュ〜……キュ〜……』


 そんな私をティファとひーちゃんがおろおろと狼狽えながらも慰めてくれていた。

 小さな手で、温かな体で、涙を拭ってくれていた。


「……ぐす。ティファ、ひーちゃん……」

『だ、大丈夫です、私たちがついているじゃありませんか! あんな事にならないよう私たちがアリッサを守りますから……泣かないでください。じゃなきゃなんだか……ぐす……こっちまで泣いちゃいそうじゃないですかぁ……』

『キューキュ! キューキュ!』


 そんな2人にそれこそ甘えたくなってしまう。


「ぐす……行かなきゃ」


 だからこそ、涙を拭う。

 いつまでもへこたれてはいられないと思う。情けない姿を見せたら2人が心配してしまうじゃないか、と。

 それに状況がそんな甘えを許してもくれない。そう、ヴァルキリーズ・エールに追われているのは変わらない。

 とぼとぼと道を行く。とても逃げているとは言えない速度だったけど、それでも行く。


(……あの男の子が1人だけだったのは多分、〈トランスマーキング〉の設置ポイントに見当がついたからだよね……)


 あの転移する瞬間の笑みはきっとそう言う事、残りのメンバーで設置ポイントと思われる場所で待機し、あの男の子が私を追い詰めて〈トランスポート〉を使わせれば、労せずして私を捕らえられる。

 私の後はあの男の子の種族アビリティ〈イヌ鼻〉で追い、区画の境目に狙いを絞ればそう難しくは無いと思う。要は〈リターン〉とポータルの待ち伏せと同じ。

 まるで猟銃を構えるハンターと獲物を追い込む猟犬のような作戦だった。


 それだけに急がなければならない、この区域の設置ポイントはそう離れておらず、エリザベートさんたちも男の子の動向をチェックしていたなら今の件を断片的にも把握していると思う。


(……レベルB、だったっけ)


 あの男の子の行為に対して出現したGMコールウィンドウにはセクシャルハラスメント・レベルBと書いてあったと思う(パニクってたのでうろ覚え)。

 レベルは3段階有り、悪質な身体的接触がレベルBに当たる。確か処罰としては6時間のログイン禁止措置だった筈。この件にはもう関われないだろう。


(あの男の子、犬人族だから……不謹慎だけど、〈イヌ鼻〉の匂いによる追跡は難しくなる)


 他に犬人族がいない保証は無いけど、他人の匂いを覚えるには直前までその人のいたポイントで嗅ぎ分ける必要がある、と以前同じ犬人族のルルちゃんから聞いた。

 なら今は私の位置を見失っている可能性がある。ヴァルキリーズ・エールと距離を離すチャンスだった。


(そ、そうだよ、チャンスなんだから……)

『――ッサ、アリッサ、前!』

「え?」


 自分で自分を励まして、どうにか立ち直ろうとしているとぽすん、ティファの注意も虚しく誰かにぶつかってしまう。


「すっ、すみません。よそ見をしていたもので……」

『ちょ、ちょっと今ショッキングな事があったんですよ! 悪気は無いんです、許してあげてください!』

『……キュー?』


 慌てて飛びすさり、必死にぺこぺこと頭を下げる。前方不注意、狭い建物と建物の隙間なのだから十分注意しなければいけなかったのに……どうやら本気で大分参っているみたい。


「いいえ、気にしないで。元々こちら(、、、)の所為なのでしょう?」

「……え?」


 聞き覚えのある声、私は顔を勢いよく上げる。するとそこにいたのは――。


「鳴、深、さん……」

「お久し振り、アリッサさん」


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