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第113話「異変は既に起きていた」

 すみません! 予約日時を間違えてしまいました!

 今後は無いよう気を付けますのでどうかご容赦下さいm(__)m




 朝、目を覚ます。

 月曜日の朝、窓から覗く空は気持ち良く晴れ渡っていた。


 ……おかしい。


 そんな外とは対照的に、しっかり寝たのにどうしてだか未だに調子が悪く、怠い体はまるで鉛のように重い。

 一昨日の夜更かしがまだ響いているらしい。


 ずるりと掛け布団から半端に飛び出した私は、停止させた目覚まし時計を手に握り締めたまま、回転の鈍い頭を働かせていた。

 もっともこんな状態で答えが出る筈も無い。

 時間を無駄に浪費し、起き上がったのはまるまる10分も過ぎてからだった。



◇◇◇◇◇



 しかし、それもあくまで自室だけでの話だった。とかく昨日の花菜との一件があった以上はどうのこうのと言っていられないのだ。


「今日はずいぶん張り切っているのね、結花」

「ほら、今日は私寝坊しちゃったから。その分は働いて取り戻さなきゃ」

「今日も、じゃなかったかしら」

「そ、う、だねえ……」


 昨日は寝坊と言うより夜更かしして寝る時間がずれ込んだのだけども言えずにいた。


「それで……調子はどうなの? 昨日はあまり良くなさそうだったけど……」

「だっ、大丈夫大丈夫。全然平気だからっ」


 しかもそれから調子を崩している事もやっぱり言えない。秘密ばっかりな私。


(それがゲームの為だって言うんだから私も大概だめな方に染まってるなあ……)


 内心で自責の念に押し潰されそうになる中で、お母さんはそんな私を気遣わしげに見つめてくる。


「そう……? まぁ、結花に任せるけど、何かあったら相談くらいはしなさいね」

「……うん。ありがとう、お母さん」


 そんな温かな気持ちに応えられない自分がなんだか恥ずかしくなるのだけど、そこで丁度ガチャリと花菜が起きてきたので朝ごはんの準備に逃げ出したのでした。



◇◇◇◇◇



 起きる時間が遅くなっても、体の怠さが残っていても、それは私のずぼらさや体調管理がなっていないのが原因だ。

 だから誰に文句も言える訳も無く、今日も変わらず登校の為に靴を履かねばならない。

 登校時間を早めた私を今更ながらちょっと恨んでしまう。


「いってきまーす」


 玄関のドアを開けると途端に底冷えのする風が私を苛む。晴れやかな空は放射冷却で夜の内に熱を奪った名残か。

 思えばもう10月も後4日を残すのみ、季節は確実に冬へと進んでいるようだった。

 私は震えそうになる体を縮こまらせながら通学路を歩いていく。


 通学路の途中にはバス停があり、デジタルパネルにはバスの大まかな位置情報と到着予定時刻が表示され、それを待ちわびる何人もの人が並ぶ。

 今は寒風に晒される人たちだけどこんな調子の悪い時には少し羨ましい。その内車内を温めたバスが迎えに来て目的地まで送って行ってくれるのだから(有料だけども)。


(やめやめ……それを想像しただけで気分が落ち込んじゃう)


 羨望の眼差しを背け先へ進む。いずれ来るバスは学校前にも止まるし、バス通学の生徒もいないではないけど、我が家からはバスを使うような距離じゃない。

 健脚健脚、ゲームばかりで運動不足なのだから歩かなくてどうするのだと己を鼓舞する。


「……あれ?」


 やがて幾らか歩いた先に見覚えのある顔があり、私はその意外さに声を上げる。


「彩夏ちゃん?」


 花菜のお友達の1人、山城彩夏ちゃんが誰かを待ってでもいるのか、電信柱に背中を預けて立っていた。


「あ、結花さん……!」


 寒かったのだろう、手を息で温めていた彩夏ちゃんが私に気付き、顔を綻ばせて手を振ってくる。


「おはようございます」

「おはよう」


 小走りで近付き互いに挨拶を交わすけど、白くなっているその顔が心配で声を掛ける。


「でも、どうしたのこんな時間に……」


 場所的には不思議でもない、ここは私たちの家と彩夏ちゃんの家への別れ道だから。

 問題は時間、私は花菜と妙な噂が立ってから登校時間を早めにずらしていた。

 対して彩夏ちゃんの登校時間は以前の私と同じ頃合いだ、この時間に出会った事が奇妙と言えば奇妙だった。

 学校に何か用事でも……いや、それならこんな所に留まる理由にならない。だとすると……。


「それが……あの、少しお時間よろしいですか?」


 わずかに躊躇った様子を見せた彩夏ちゃんだったけど、迷いを振り切るように首を振ると私を見てそう言った。

 その表情がどこか切迫しているように思えた私は、戸惑いを覚えながらも頷いた。


 まさか、とは思っていたけど……彼女は私を待っていたらしい。



◇◇◇◇◇



 道端で話す雰囲気でもなく、通学路を進んだ先にある公園まで赴いた。植樹や柴垣がわずかなりと寒風を遮ってくれるから、と言う理由もある。

 公園内には砂場と公衆トイレがある程度で今は犬の散歩の合間に訪れたらしい人が1人いるだけだった。お父さんの若い頃には遊具もあったそうだけど、安全の為と撤去されていて今は見る影も無い。

 私たちはそんな公園に幾つか設置されているベンチに隣り合って座り、ようやく息を吐く。


「すみません、こんな時間にお手間を取らせてしまって……」

「ううん、いいよ。私、学校に早く行っても予習復習するくらいしかする事無いし」


 事実だった、ただ最近はそれにエキスパートスキルのスキルの暗記も含まれていたりもする。


「だから全然平気、気にしないで」

「ありがとうございます」


 少し肌寒いのがネックではあるのだけど、それは言わないでおこう。


「それよりも……その、話したい事って何かな?」


 ここへ来るまでは聞けずにいた話題。途中の道でも彩夏ちゃんは終始何事か考えている風だった。

 一体どうしたのか、詳細なんて分からないけど……ただ、私に話しに来たと言う点でだけ思い浮かぶ事がある。


「……花菜の事、なのかな?」

「っ、あの……!」


 私の言葉に、跳ねるように反応した彩夏ちゃんだけど、後半になると一旦すぼみ、反発するように声を荒らげた。



「きっと、花菜が悪いのかもしれませんけど! ……仲直りしてあげてもらえませんか?」



「……え?」


 何を言われたのか咄嗟には理解が及ばず、そんな言葉しか出てこなかった。


「昨日からずっと、表面上は普通にしてるつもりみたいなんですけどクエストクリアしても全然嬉しそうじゃなくて、まるで先月みたいな……あんな風になる理由なんて結花さんしか――」

「ま、」


 待って――それは、どう言う――。

 ぶつ切りのセリフが声にも出せず、喉のどこかにわだかまる。


「差し出がましい事だとは思うのですけど……以前の事もありましたから、何もしない事は嫌で……私も何かしたくて……でも、こんなお願いをするしか……」


 その深刻な表情から、私の胸にもざわめきが静かに襲う。


(彩夏ちゃんがこんな様子になるような事があの子に起こっている……?)


 私自身が、今の今までそれに未だに気付けていない事実に、私の心が揺れていく。


「あの、どうか、よろしくお願いします!」


 そう頭を下げて、上げてすぐに彩夏ちゃんは駆け出した。

 ぽつんと残された私は伸ばしかけた手をゆっくりと膝に置く。


「……………………え?」


 混乱していた。

 目はわずかに焦点をずらして視界をぼやけさせる。現実を認識させまいとするかのように。

 私は両手で目を塞ぎ蹲る。


(花菜の様子が……おかしい?)


 彩夏ちゃんの言葉は、果たして正しいのだろうか。あれはあくまで彼女の主観にもとずいた物でなかったか?


(――そんな筈、ある訳無いじゃない)


 笑ってしまった。唇の端だけが不自然につり上がった乾いた笑い声が、誰に聞かれるでもなく発された。


(あの真面目な彩夏ちゃんがあそこまで取り乱すなら、本当に何かあったんだ)


 自慢にも何にもならないけど……あの子の中の私のウェイトが多い事だって自覚してる。

 その花菜が、先月並みにおかしいと彩夏ちゃんがあれだけ必死になって言ってる。


(そんなになっちゃう理由が……私以外に、思い浮かばない)


 それは私と彩夏ちゃんの共通認識だった。


(私の、ばか。そりゃ体調は芳しくなかったけど、だとしてもなんで気付いてあげられなかったの。お姉ちゃん、なのに……!)


 ぎゅうっと白くなる程強く、拳を握る。おぞましい程の悔悟が怠さの残る体を駆け巡る。涙すら浮かびそうになるのを、その拳で殴って治める。


「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」


 詰めていた息を吐き出す、こうなってはもう体調がどうこうなどと言っている場合じゃない。


(花菜……花菜、花菜……)


 昨日の事を思い返す。逆回しに再生されていく記憶は新しい物から浮かんでくる。


 今朝普通に起きてきていた事すらもおかしく思える中で、やはり思い出すのは昨日の夜の事。


(……クエスト、ってクリアしていたの……?)


 昨日、花菜はレギオン規模のクエストに参加していた。多分彩夏ちゃんの言っていたクエストはそれの事だ。

 でも私がクエストの成否を聞いた時、花菜は申し訳無さそうにしていた。その様子から私はクエストは失敗したのだろうと思い、花菜は否定しなかった。

 クリアしたなら私とようやく遊べるのに、だ。

 だからそれが嘘だなんておかしい。現に昨日の朝はあんなに私と遊ぶ事を楽しみにしていたじゃないか。


(なら原因は朝から夜までの間にあった……? お昼……まさか)


 花菜と何かあった覚えは未だに無い。けど、花菜と以外ならば何かはあった。


(まさか、あの子あの時に――時?)


 そこまで考えて、私は慌てて情報端末で時刻を確認する。


(しまった! 時間を掛け過ぎた!)


 鞄をひったくるように手に取り立ち上がり、公園を飛び出す。

 花菜の登校時間からすれば既に公園の横を通ってしまっていても不思議は無い。

 私は道に出て、左右を確認するけど……花菜らしい影は見当たらない。


「まずった……」


 拳で額を叩く。

 彩夏ちゃんが用件だけを話してすぐに去ったのも、おそらくは私と後から来る花菜を2人にする為だったのだ。


(なのにそれを棒に振るなんて……私のばか)


 メールか電話かも選択肢にはあったけど、どうにもそれで今の花菜が捕まるだろうかと思い指が鈍った。

 だからせめてと通学路を走り、高等部と中等部への別れ道でしばらくそこで待ってみたけどとうとう花菜とは会えずに終わった。



◇◇◇◇◇



 朝のホームルームが終わり、授業が始まるまでのわずかな時間。体の異常に加え、頭までおかしくなりそうな状況に顔を強張らせていると、不意に前方に影が差した。


「で?」

「え?」


 見上げればそこにいたのは幼馴染みのまこだった。

 彼女は訝しげな視線で私を見下ろし、言葉どころか1文字だけを寄越してきた。

 さすがに突然で、幼馴染み歴が長くても理解出来ずに首を傾げると、常の飄々とした雰囲気とはまるで違う険のある顔で私の額に右手を当てた。


「バカね」


 そう言われたのと同時、スピーカーから予鈴が鳴り響く。まこはそれで机に戻る……かと思えば、私の腕を取って無理矢理立ち上がらせようとする。


「ま、まこ?」

「黙ってついて来なさい。ああ柳下くん、悪いけど町家先生に野々原の体調が悪いので市田が保健室に連れていったって伝えておいてもらえるかしら」

「あ、うん分かった。気を付けて」

「ちょ、まっ、なっ?!」


 有無を言わさぬ力業で私を教室から連れ出したまこはツカツカと人通りの薄れた廊下を歩いていく。

 教室が途切れ、階段を降り、昇降口を通り過ぎて、後は保健室まで数メートルと言う段になってようやくまこのスピードが弛み、それを見計らい私は握られていた手を振り払った。


「まっ、待ってよ! 私、そりゃ体調が芳しくはないけど、保健室に行く程じゃないよ?!」

「そう? 教室での青い顔を見る限り、尋常な様子とは思えなかったのだけど、気の所為かしらね」


 じっとりとした視線が私の体をねめる……まこは機嫌が悪いと少し口が速くなる。責めるような口調と相まって私の虚勢はみるみると萎んでいく。


「計ったんなら分かってるでしょ、そもそも熱なんて無いし……」

「無かったわね」


 そっと右手を示し、左手で握るまこは「そう無かった」と静かに続ける。


「逆にずいぶんと冷えていた。気温からしても少し冷え過ぎ、どうしてかしら? それは真面目なマニュアル人間の貴女が、ホームルーム直前に息急き切って登校してきた事と何か関係しているのかしら?」

「それ、は……それは……」


 通学路でギリギリまで花菜を待っていた結果、私としては非常に珍しく遅刻一歩手前までなってしまった。

 そんな事があればまこが訝しむのも当然なのかもしれない。


「でも、それを問い質す為だからってこんな……授業をサボるなんて真似していい訳無いじゃない。休み時間でも、昼休みでも……」

「そうかしら?」


 そう軽い調子で言うまこだったけど、その中身はそうじゃない。

 ここまでの道程と、先程の喋りを聞けばどうしてだかまこが、予想以上に憤っているようだとは理解が及んで……怯む。


「いいじゃない。お互い少しくらいなら、出席日数を心配するような身でもなし」

「学生の本分は勉強でしょ、学校に来て勉強するのが仕事でしょ? 大丈夫だからってそんなの授業に出ない理由にはならないよ」

「なるわ」


 ぴしゃりとそう断じられた。

 まこは片手で髪を弄りながらこちらを射竦める。


「貴女がそんな顔をしていたら、授業になんて集中出来る訳が無いでしょう。私の精神衛生上よろしくないの、貴女がいくら四の五の言おうと私の為に付き合ってもらうわ」


 その瞳に映る私はぼやけて見えないけど、瞳自身の力強さが逆に私を戸惑わせた。


「そ……ん、なに……私、ひどい顔、してるの、かな……?」

「そう聞くなら自信が無いんでしょう。その自信の無い理由を話せとそう言っているのよ。さぁ行くわよ。タイム・イズ・マネー、時間を無駄にしてはいけないわ。特に私の時間はね」


 そうしてまた私の手を取ったまこが保健室のドアを開いた。促されるままに、私は――。



◇◇◇◇◇



 結局、私たちは保健室のベッドの1つを使わせてもらえる事になった。

 幸い、なのかどうか、まこの言う通りに私の顔色は良くはなかったようで、保険医の水木先生は簡単な問診だけで済んだ。

 ただ、付き添いのまこは教室へ戻れと言われたのだけど……先生を言いくるめ、私に付き添って残る事となった。


「よくあれだけでたらめを並べ立てられるね……」

「でたらめだとしても相手がでたらめと思わなければ相手に取ってはそれが真実になるのだからそれで構わないでしょう」

「構うと思う……」


 自慢げにそう語ったまこ、だけど私は小さく笑ってしまった。

 それがまこなりのリラックス方法とは思わなかったけど、いつもと変わらないその様子がなんだか有り難かった。


「この時間まで来た以上、授業はもう諦めなさい」


 先程予鈴に続いて本鈴も鳴った、既に各教室で授業は始まっている。

 別に授業途中から戻ってもいいだろう、むしろ戻るべきと思う。

 けどそれを目の前の幼馴染みは捨てていた。


「これは授業よりも大切な事なのだから、話さないと言う選択も含めて諦めなさい」

「……う、ん……」


 本当にその通りだから、そう言われれば否やはなかった。


「さ、何があったか話すのよ。隅から隅まで、じっくりとね」

「……」


 それから私は分かっている事を片端から話していく。


 今朝、彩夏ちゃんから花菜の異常を教えられた事。

 そこから遡り、確かに花菜の様子がおかしいかもしれないと思い至った事。

 そしてその夜更かしとその理由と思われる事まで。


「私、土曜日の夜に夜更かししたの」

「夜更かし?」

「うん、ゲームで、やっておかなきゃいけない事があって、その為に朝方までずっとログインしていて、それをお父さんに叱られて……多分、それを花菜が聞いてたの」


 今から思えば、ドアが半開きだったのはその向こうで花菜が聞いていたからと思う。

 そう思えば、昨日MSOでの花菜が変だと教えてくれた彩夏ちゃんの言葉にも合点はいった。


「夜更かし……を、貴女がした? 修学旅行でもさっさと寝る貴女が夜更かし、ね。それはまた花菜ちゃんの為だったのかしら?」

「……花菜と約束したの、がんばってイベントに参加しようって、だからそれまでにやれるだけの事をやっておきたくて、それで……」

「それで夜更かしをね」

「うん、でも……やり過ぎたのかも……」


 一昨日の朝。花菜は、自分の為に私ががんばるのが嬉しいと言った、そしてその所為で楽しめないのは嫌だと言った。

 だとするなら……。


「……結花が叱られた事に責任でも感じたのかしら?」

「かもしれないなって。私が突っ走ったのが原因なのに……もっと考えていればよかった……」

「……そう」


 まこが考え込みながら小さく呟くのを、私は項垂れながら聞いていた。


「……結局、変わらなかったな……」


 かすれるように紡いだ言葉をまこは耳敏く聞き付ける。


「それは、もしかして先月の話?」

「……うん」


 先月の初め、MSOを始めた時に私は花菜と遊ぶよりも生徒会の仕事を優先して花菜を傷付けた。

 対して今回は花菜と遊ぶ為にがんばったら花菜を傷付けた。


「一昨日ね、花菜とちょっと話したんだ。先月の事」

「なんて?」

「MSOでオフィシャルイベントが有るのは言ったよね。それを花菜は楽しみにしていて、でも私はレベル上げで参加出来ないかもしれなくて、そう話したら花菜ってば『まただ』って。先月のと同じように仕事優先してるっていわれちゃった」

「結花らしいわね」

「だから、そうならないようにがんばった……つもりだったのにね。でも結果は同じで……花菜を傷付ける事になったら世話無いよね」


 無性に、情けなくなった。

 無性に、寂しくなった。

 無性に、無性に…………。


 だからか、膝を抱えた。


「なら、平気よ」


 私の手に、まこの手が触れる。温かく、しなやかで、少し硬い。


「結果は同じなら、最後は仲直りだって出来るでしょう。大丈夫、1人じゃない事だって同じだもの」

「……私いつも、どんな時も支えられてばっかりだね」


 場所が違っても、相手が違っても、情けない事に頼ってばかり。


「そんなものよ。『人』と言う字は、倒れそうになる誰かを、誰かが支えてくれている形でしょう?」

「……古い例えだね」

「歴史があると言いなさい」


 まこはくすりと笑むと、不意に表情を引き締める。


「さ、事情は粗方飲み込めた訳だけど、これからどうするつもり?」

「どうって……花菜が責任を感じてるなら、花菜は悪くないって言うつもりだけど……?」

「……」


 そう答えるのだけど、満足していなさそうなまこはアゴに指を当てて何事か考え始める。


「まこ?」

「……本当にそうなのかしら?」

「え?」


 腕と足を組み、泰然と丸椅子に腰掛けるまこは、自身の考えをまとめているのかゆっくりと口を開く。


「花菜ちゃんがおかしくなっているのは、本当にそれだけの理由なのかしら……?」

「で、でも、まこだってさっき……」

「そうなのだけどね……私もそれが原因とは思うのだけど、少し気になったのよ。それだけでこんな事になるのかしら?」

「…………普段の花菜なら聞いていたタイミングで飛び出してきて抱き付いてきてぐずぐずと泣きべそをかいていたかもしれない」


 容易にイメージ出来るその姿、けどそうはならずに今に至る。

 ではその差異は何故出来てしまったのか……。


「ヒントが少ないわね」


 嘆息したまこは、気を紛らすようにカーテンの隙間から窓の外を見やる。

 無理も無い、今までの話はすべて私から見た物ばかりで、出した答えにしても想像が色濃く反映されている。

 彩夏ちゃんやみなもちゃんに情報を期待するのも難しい。

 出せる答えも、見える真実にだって限界があって、私たちは物語に出てくるような椅子に座ったまま推理をこなす名探偵ではないのだと思い知らされてしまった。


 不安は払拭されないまま、それでも時間は過ぎていく……過ぎていってしまうのだった。


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