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第112話「姉になりたい」




『お初にお目に掛かります星守の方々。わたくしは導きの妖精を勤めさせて頂いております、ソフィリア・ネフルウィークと申しますわ。どうぞ良しなに』


 そう自己紹介をしながら彼女は上品なカーテシーでこちらに頭を垂れた。

 セバスチャンさんがキャラクターメイキング時に出会った導きの妖精である彼女、ソフィリアさんはティファが先達と言っていた通り20代後半くらいのたおやかな女性だった。

 そのカーテシーも、ティファのものが愛らしいのに対して麗しいと形容したくなる程見事なもので、正直私はかしこまってしまう程。


 セバスチャンさんとソフィリアさんと合流した私たちは自己紹介も後回しにして、ひとまずポータル前から場所を移していた。

 セバスチャンさんと別れて以降の様々な人たちからのティファに対する襲撃(アプローチ)があり、ソフィリアさんも加わった事で加速するのではとの危惧があった為だ。

 そうして移した場所はポータルからそう離れておらず、安心して話が出来るとあるお店(、、、、、)だった。


「お・ま・た・せ〜ン!」


 ドアを開けてカートと共に入ってきたのはフリフリのエプロンドレスをまとった巨漢の男性、名前はマリリンさん。

 そう、ここは以前セバスチャンさんに連れられて訪れた喫茶マリリン。私たちはお店の奥にある個室に通されていたのだ。

 そこではマリリンさんが集めた花々が咲き誇り、周りを気にせずティータイムを満喫出来る。落ち着いて話すなら十分条件を満たしていた。


「あらン、やっぱり妖精ちゃんは可愛いわ〜ン。ワチシも久し振りに会いたくなってきちゃったン」


 マリリンさんはティファやソフィリアさんをうっとりとした様子で見つめながら手慣れた所作で全員分にカップを配り紅茶を注いでいく。


「ごめんなさいね〜、生憎貴女たち用のティーセットを用意していなくって」


 そうは言いつつ2人の前にも小さなカップらしき物が置かれている。よくよく見ればどうやらミルクピッチャーらしい。

 些かサイズが大きいものの十分許容範囲と思う。それは2人も同様だったのかお礼を言って紅茶を飲んでいる。


「突然押し掛けてしまい申し訳無い」

「いいのよ〜ン。イベント用のケーキも用意したって言うのに誰も彼もポイントレースに執心してるンですもの〜、癪だけど問題無いわン」


 そんな風に和気あいあいと話す2人を眺めていると不意に肩を叩かれた。

 振り返ると思いっきり顔をひきつらせたセレナが耳を貸せとジェスチャーで伝えてきた。


「?」

「で、何なのよあのツッコミのし甲斐しか無さそうな怪物は!」


 私にしか聞こえない程のボリュームでそう囁いてくる。そこまで言わないでも……いえ……気持ちは分かるのだけど。


「見た目は……ちょっとアレだけど、悪い人じゃないよ。紅茶もケーキもとっても美味しいし」

「いや、セバさんの知り合いって話だからそうだろうとは思うがよ……っ!」

「うっふン♪」


 そう言いつつ天丼くんは目を逸らした。どうにも先程お店に入ってから天丼くんはマリリンさんに目を掛けられているらしく、不意に視線を感じるそうな。

 マリリンさんが退室して、ようやくセレナと天丼くんが肩から力を抜く。


「アンタ、バニーガールでもやらせられるんじゃないの?」

「洒落になってない洒落を言うなあっっ!?」


 などと悲痛な叫びを上げる天丼くんを苦笑で見ながら、私たちは改めてソフィリアさんに自己紹介を始めるのだった。



◇◇◇◇◇



「ふむ、そう言う事でしたか……人気者と言うのも中々に辛いものですな」


 優雅にカップを傾けるセバスチャンさんは私たちの説明に納得した様子で、咲き誇る花々が珍しいのか楽しげに飛び回るひーちゃんと、2人の妖精さんを見やる。

 神秘的なその光景にみんなも少なからず見とれながらも話は続く。


「はい、色々と疲れました……」


 元々ティファを始めとした妖精さんはキャラクターメイキング時に発生するシークレットクエストをクリアする事で再会出来る。

 このハロウィンイベントでは本来住まう妖精の里以外でも妖精さんと出会えるのだけど、シークレットクエストをクリアしていなくても誰かと一緒にいる妖精さんが他の妖精さんと会う為のクエストを発生させる事が出来る。

 その噂が四散し、クエストの発生を求める人が私の所に来るようになり、次第に数を増やしていった。正直ああも連続すると応対に疲れてしまう。


「そんなワケで、スターター探しにしろユニオンでクエストを探しにしろ、あんまうろつくのはやめた方が良さそうって話になってるのよ」


 妖精さんはスターターと呼ばれるクエストを持ち掛けてくる人を探し出せるようなのだ。

 それを当てにしてしばらく歩いたものの、そんな便利な力を他の人も求めない筈も無く前述のように話し掛けてきた。そちらの情報も拡散しているのだろう。


「左様でしたか。確かに、折角のオフィシャルイベントをサービスにばかり割り振っては勿体無いですからな」


 辟易した様子を見てとったらしいセバスチャンさんは頷き賛同してくれる。


「ま、さっきまでので増えるだろう妖精人口に期待ってトコね」

「ただ、懸念があるならば噂が更に広まった場合ですな。PCは数万単位、その大半が妖精と出会わずに来ております。さすがに多少増えても焼け石に水でしょう」

「ですかねえ」


 元々シークレットクエストをクリアした人自体稀な以上、広がるにも時間が掛かるのは仕方無いか。なら多少は腹を括っておいた方がいいか……。


「……いざとなれば遠方で細々とクエストをこなすと言う手もありますか」

「なんか逃げるみたいで癪だわ」

「お前10日くらい前にも似たような事言ってたなぁ」

「だっておんなじような状況じゃないの!」


 思い出し笑いをする天丼くんだけど、私は今回セレナに同調する事にした。


「私も……かな」

「ん?」

「癪だ、って話」


 その発言が意外だったのか大きく目を開く天丼くんに、私は照れを浮かべながら付け加えた。


「明日からは……ほら。妹と一緒に遊べるかもだから、それなのに逃げるなんてほら、癪……でしょ?」

「ほーお。あのアリッサが、肝が座るようになってまぁ」

「ほっほ、そうですな。折角待ちに待った時であるのにそれは看過出来ませんな」


 肩を竦める天丼くんやコロコロと笑うセバスチャンさんに恐縮していると、セレナが人差し指をくるくると回しながら尋ねてくる。


「ねぇ、そう言や妹はどんなクエストに参加してるのよ」

「さあ、レギオン規模とは聞いてるけど……」


 朝の段階ではメールの文面でしか知らなかったし、昼・晩の段階では体の怠さにぐでぐでとぐだっていたので特に詳細を聞いていない。


「あ、アリッサの妹が参加してるってならセバスチャンの孫も参加してるんじゃない?」

「ええ、そう聞かされました。確か――」

「あっ、あっ、だ、だめですよっ!」


 説明を始めようとしていたセバスチャンさんを慌てて制止する。身を乗り出し、両手を振り回してまでそうしたのでみんながびっくりしている。


「ぁ、ぃぅ……」


 その視線の集中砲火に晒されて、しずしずと着席し縮こまる私。しかし、そうした理由を説明出来るのが私だけなのだからいつまでもこうしてばかりもいられない。


「えっと、その……きっとあの子から聞かされる事になると思うので、出来ればその時までの楽しみにしておきたいなー、って……」

「なるほど、またアリッサのシスコン病が出たワケね」


 呆れを通り越したかのようにテーブルに突っ伏したセレナに言われ、少し恥ずかしくなる。

 要するに私はあの子の為に行動している。このゲームに関する大半がそうであるように、この話もそうだった。

 それをシスコンと言われれば反論の芽は無いのかもしれない。


「毎度思うけど、姉妹ってどこもそんなモンなのかしら。私、1人っ子だから分かんないわ」

「どうかな……私の親しい人に姉妹っていないから」


 親しい人がそもそも少ないと言うのは、少し所かとても情けない話ではあるけど、情けないので言えない。


「でも……多分違うかも――」


 自分では囁く程度のつもりだったのだけど、ざわめきの届かないこの個室では驚く程によく響いた。

 釣り餌に惹かれるようにまた集中する視線が、私に先を促している。

 思わぬ展開に私はどうしたものかと頭の中で考えをこねくるけど、結局短く瞑目して口を開く事にした。


「私は……私たち姉妹はちょっと特殊だから」


 反応は2種類。疑問符を浮かべたセレナと天丼くん、そして感嘆符が点ったのがセバスチャンさんだった。

 ああ、やっぱり知っているんだなと頭の縁で納得した。


「特殊……っちゃあ特殊よね。あのシスコン度合いは」

「ううん、そうじゃなくて……」



「私たち、血が繋がってないんだ」



 シンと、静かだった個室が更に静かになったように思えた。

 1拍を置いて、理解が及んだのかセレナの顔が緊張に強張り、天丼くんは驚きに体を固くしているみたいだった。

 それを見て私はくすくすと軽く笑う。


「別にそんな深刻な話じゃないよ。両親が再婚したの、私はお父さんの、妹はお母さんの連れ子だって言うだけの話。よく、は無いかもしれないけど、気にするような事じゃないから」


 私が軽く流したからか、2人からは少し緊張が解けたように思う。それを見て話を再開する。


「それがもう10年近く前の事で、元が赤の他人だからかな……姉妹になろうって一所懸命だったんだ」


「あの子の為に立派な姉になろう、あの子が恥ずかしくない姉であろう、あの子の為にがんばろうって遮二無二にね」


「あの子はそんな私を好いてくれた、慕ってくれた。それがエネルギーになってまた私を動かすの」


「それが私たちなりの姉妹の形なんだ。だから、普通かって言われるとちょっと違うかもって」


 ……また個室は静けさに満ちる。

 短い話ではあったけど、やっぱり私も緊張していたのかもしれない、細く嘆息してから紅茶で唇を湿らせる。


「ふぅん、なるほどねー……」


 そして返ってきた反応は淡白なもので、セレナはそれだけを言ってギシリと椅子の背もたれに体を預けていた。


「……それだけ?」

「何よ、不満?」

「つーか、不思議なんじゃないか。反応が無くてよ」

「ふん。そりゃ最初は驚いたけどさ、結局の所アリッサがシスコンで、妹がどシスコンなのに変わりがあるワケで無し。だったらこっちが思い悩むとか神経の浪費じゃない、バカバカしい」

「そうだな。世の中色々あるモンだ、家族なんてそれこそ家の数だけあるだろうしな。ま、とりあえずアリッサがシスコンなのは納得したよ」

「そうね。姉になろう、とかなんかアリッサらしくて、むしろしっくりきた感じかも」

「……そっか」

「そーよ」

「そうだな」


 カラコロと軽く笑いが起きた。それを聞いて、肩から力が抜けていくのを実感する。


 別に私は誰彼構わずこんな話をする趣味は無い。

 実際、私の幼馴染みのまこと光子を除けば私たちが義理の姉妹だと知るのはせいぜい初等部時代のクラスメイト程度だろう。

 吹聴するような話ではないと言うのもあるけど、義理だなんて思われるのを嫌ったのかもしれない。軽い話ではないと理解はしている。

 それでも、話してよかったと思う。

 私たち姉妹はこれでいいのだと肯定してもらえた事がとても心強く、こうして結果的に秘密となっていた事柄を打ち明けられる相手がいるんだと言う事実が嬉しくて堪らない。

 弛んだ顔を見られるのがなんだか気恥ずかしくてティーカップで隠しているとセレナがあっけらかんとした口調で尋ねてきた。


「……ねぇ、もしかして私もなんか言った方が良かったりすんの?」

「まさか」


 対価欲しさなどでは無いのだと伝えると、何故かセレナの眉がつり上がった。


「な、ちょっと私の事知りたくないってーの?!」

「えうっ?! そこで怒られるんだ!?」


 きゃいきゃいと騒ぐ私たちを尻目に、天丼くんはセバスチャンさんに話し掛けていた。


「なぁ、さっき驚いてなかったみたいに思うんだが、もしかしてセバさん知ってたのか?」

「ええ、リアルでもクラリスさんとは知己ですので。その昔、自分と姉は血が繋がっていないのだとお教え頂きました」

「そうですか……」


 セバスチャンさんは花菜のお友達であるみなもちゃんのお祖父さんであり、数年来のゲーマー仲間でもある。

 それだけ親しければ打ち明ける機会もあったのだろう。私が今こうして打ち明けたように。


「それはもう自慢げに」

「は? 自慢げ、ですか?」

「はい。自分たちに血縁関係は無いなので結婚だって出来るのだと大笑しながら豪語していらっしゃいました」

「……あの子は……」


 あまりのあまりな解答に頭を痛める他は無かった。


「え、出来んの?」

「同性婚も認められて幾星霜、お二人はご両親の連れ子同士ですので、姉妹とは言え血縁関係が無いのならば法的には問題はありませんな」

「あの、なんかすごく生々しいのでそこら辺りで……」


 げんなりとその会話を止めながら、頭の隅の隅ではどうなのだろうと自問していた。

 もし、あの子がそんな事を求めてきたとしたら。私はどうするのだろう?


(そんなの呆れて、笑い飛ばすに決まってるじゃない)


 でも、何故かその想像は最後まで行われなかった。

 半ばで霧散して結論を出さないままに問題だけがしこりのように残った。




◆◆◆◆◆




 いくつかのクエストをこなし、明日の為と少し早めにログアウトした。

 みんなは喫茶マリリンでの一幕があったからか早めのログアウトも納得してくれたみたい。

 本当に有り難い限りだった。

 ……だけど、そんな晴れ晴れとした気分も、持続したのはログアウトするまでであった。


「……」


 息を吐く。まただ、と思う。

 体がどうにも重く怠く、軽やかだった気持ちも現実に戻って来るとMSOでの出来事がまるで夢であったかのように溶けていって、後にはしこりのような違和感が顔を覗かせてきた。

 暗く静かな闇の中ではいらない詮索が加速していくかのようで、自分はどうしてしまったのだろうかと時間と共に思う回数が増えていく。


(それ、でも……)


 キシリとベッドを軋ませて起き上がる。


(今は……紛らわそう)


 リンクスを撫でる。

 花菜のくれたこのハードがくれた出会いは様々あって、得た物も沢山ある。でもそれは何の為だったろう。

 くすりと思わず笑ってしまう。


(積み上げてきたこの1ヶ月間の成果をようやく明日からあの子に見せる事が出来るんじゃない)


 たったそれだけではあるけど、だからこんな所でぐずぐずとしている事なんて出来ないと体に力が入るのだ。


「うん、平気、大丈夫」


 リンクスを段ボール箱に片付けながらそう呟く。

 1ヶ月の間に何度となく出し入れを繰り返してへこみも痛みも出来てしまった段ボール箱に、どうにも親近感を抱いてしまうのは仕方の無い事じゃあるまいか。



◇◇◇◇◇



 ドアを開けると、何秒も違わずに同じ開閉音が耳に届く。隣の部屋の花菜も同じかそう変わらないタイミングでログアウトしていたらしい。

 廊下に出た所で互いの目が合う。


「お、姉ちゃん」

「ん、おかえり」

「ただいま、で、おかえり。お姉ちゃんは……お風呂?」

「うん」


 掲げた私の手には着替えがある。この後お風呂に入って汗を流してからベッドで眠る予定だった。


「んー、じゃあ先入っていいよー」

「え、でも……」


 明日が学校と言う事もあり比較的早いログアウトだったとは言え、それでは花菜の方が遅くなる。

 いつも寝坊しては寝ぼけてくる花菜を後回しにする事に少なからず危機感を抱く私。


「そんなに心配するような時間じゃないってば。それにお姉ちゃんお疲れみたいだし、早く入っちゃいなよ」

「……」


 本来ならば先に入らせていた所、けど確かに体に凝る怠さは早くお風呂へ、早くベッドへと思考を鈍化させている。

 少しの間逡巡したものの、こうして迷う事自体が時間の浪費でしかないかと嘆息と共に諦めた。


「じゃあお先にお風呂頂きます。すぐに上がっちゃうからね」

「いいってば、ゆっくりしててよ」


 そうもいかない。花菜の事もあるけど、今の私では湯船でうたた寝して溺れるのではと言う危険な想像も必ずしも考えすぎではないと思うのだ。


「いいから。花菜は寝ちゃわないように気を付けてね」

「んー、じゃねー」


 そうして話し合いは終わり、私は廊下の先の階段へと向かう。

 と、その半ばまで来た所で私は振り返る。


「そうだ、花菜」

「うん?」



「レギオンクエストはどうだった?」



 晩ごはんの時点では決着が着いていなかったらしい総勢36名が参加すると言う大規模クエスト。

 その成否は明日に直結する、明日の為にも聞いておきたかった。この様子ならばと軽く振ったつもりだ。


「…………」


 しかし、それに対して花菜は間を開けた。そんな態度にあれ、と思考が停止する。

 そしてまるでそれを狙ったかのように花菜はゆるゆると顔を上げた。


「……たはは」


 申し訳無いように逸らされた目は私を見てはいなくて、力無く笑う顔は色好い返事が期待出来るようなものでは無いと私は自分の浅慮を悔やんだ。


「……そうなの?」

「……たはは……」


 確認の為の言葉にも明確な答えは返らない。しかし、だからこそそれは言外の答えではと思った。


 花菜が挑んだのがどのような相手だったのかは知らない。セバスチャンさんなら見当もついたかもしれないけど、それは花菜から聞くべきだからと、結局聞かずにいたから。

 だからどんな結果になっても受け入れようとは思っていた。


 ――例えば自身の活躍を語るのも。

 ――例えばそれに仲間と挑んだ楽しさも。

 ――例えば……敗北を悔しがるのだって。


 勝負なのだから勝ちもあれば負けもあるだろうと、私だって理解している。


「……そっか」


 だから仕方無いと納得している。

 そもそも花菜は廊下で鉢合わせてからMSOの話もせずに私を追いやろうとしていた。

 それはこんな顔を見せない為の強がりだったのかもしれない。

 だとしたらそれに気付かなかった私は本当にばかだなと罵倒したくなる。


(もう)


 私は嘆息しかけるのをどうにか飲み込んだ。今辛いのは花菜なのだ、それに更に追い打ちを掛けてどうする。

 そんなものは飲み込んで、動く為の燃料に変えなくてどうする。


 ――だって私はお姉ちゃんなのだから。


 その一語が沈む花菜と共に力となって私を先へと促す。


「明日は、どうする?」

「それは――」


 言葉は途中で途切れ、瞳は左右をひっきりなしに動いていた。両手は服の胸元をシワになるくらいに握り締めている。

 それは躊躇だろうか。ただ、行く先に迷っていると言うよりは言い出す事を迷っている、そんな気がした。

 なら押さなきゃ……私が、どうであれ。


「私は待つよ。花菜が待っていてくれた分はこんなものじゃなかったんだから。大丈夫、イベントも明日を除いても後3日も残るもの」

「……」


 そう言うと花菜はようやく薄く笑う。だから私は再び問うた。


「明日はどうする? 私――」

「――一緒にはいけない」


 ふうと大きく息を吐いた花菜は若干顔を俯けながらそう呟く。

 その意味がじくりじくりと胸の奥の柔らかい部分を苛むものの、顔には出さないように意識して力強く花菜にエールを贈ろうとする。


「ん、了解。私の事は気にしないでいいから花菜――」

「そっちこそ!」


 しかし、そんな私の言葉は途中で割り込まれて途切れてしまう、対して花菜は更に強い言葉を放つ。


「あたしの事とか、気にしないでいいから! 楽しんでよ! 目一杯!」


 申し訳無さからだろう、そう叫ぶと花菜はそれだけを告げてバタンと扉を閉じた。


「……うん、だから花菜も……」


 言葉は最後までは紡がなかった。我が家の防音なら普通に話せば聞こえはするだろうけど、「がんばって」も「楽しんで」も気負わせてしまいそうで躊躇われた。

 ならせめてと、花菜が勝てますようにと念じて体の向きを変えた。


「明日、か……」


 窓を見る。暗い夜道を街灯が照らし家々には灯りがある。

 太陽が昇るのはまだ数時間は先の事だけど、ベッドに潜ればあっと言う間だろう。

 そうなればやって来るのは平日の頭、月曜日。授業は中間試験に関する事が多数を占めるとは言え、昨日今日のように長々とゲームをプレイする事は出来ない。

 そう思えば今が惜しく感じた。例え心身が少なからず疲弊(で済む段階かは置いておいて)していたとしても、充足していたのは確かだったから。


 ドラゴンと戦った。時間とアイテムの綱渡りはどうにか判定勝ちに出来た。

 ハロウィンに繰り出した。友達とやんやと騒ぐのはやっぱり楽しかった。

 知己と再会した。まさかこんな日が来るとは思いもせず、嬉しさが溢れた。


 ……そこに妹と遊べたと付け加えられなかった事が残念じゃないと言えば、あからさまな嘘だと閻魔さまに舌を抜かれるだろうか。

 いや、ここは明日以降の楽しみと思おう。お料理だってそうだ、空腹は最高の調味料と言うくらいだもの。会えない分はきっと再会した時の喜びを増してくれる筈だからと。


「明日はもっと……」


 振り返り花菜の部屋のドアを見る。きっとあの子なら困難なクエストもクリア出来ると信じる。

 そうすればその後はきっと今日までよりももっと素敵な日々になると確信があった。

 なら最後まで信じようと私はようやくお風呂に入る為に階段へと向かった。



 ……ただ、体の怠さも心の違和感も、お風呂に入ってもまだ私に居座ったままだった。


 明日からファイアーエムブレムifで小説が手につかなくなる予感。

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