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第107話「幸せの味」




 クエスト《お菓子泥棒を捕まえて》を進める私たちパーティー。

 足跡からとある空き家を突き止め犯人である動くオーブンを捕まえる事に成功する。

 その後そのオーブンの持ち主であった魂・メリルリープさんから情報を得、オーブン取り憑いた悪霊を祓うべくお菓子作りする事になった……のだけども、割り振られた役割の都合上私はこの空き家に悪霊憑きオーブンと残る事になった。


 ――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。


 監禁していたメリルリープさんが教会に向かってからこっち、オーブンはひたすらに動こうと躍起になっていた。

 7重の〈ライトチェイン〉で束縛しているので動き出す事は無く、攻撃力が無いのかチェインが壊れる気配も無い。

 額面上は何の問題も無い。みんなからチャットで連絡があるまで待つのみ。

 けど……あくまで額面上は額面上でしかないのである。


「ひーちゃん、私ね……お化け屋敷とか苦手なんだよ、あはは……」

『キュキュ……』


 前言を華麗に翻し、怖がりながらオーブンからなるだけ離れた場所でひーちゃんと抱き合う私だった。

 そんな感じなものでせめて雰囲気を明るくしようと放てる限りの〈ライトアップ〉で台所中に光の球をくっ付けまくり、光量が増え過ぎて若干目を開けるのがしんどいです。


 そうしてしばらくガクブルした所でセレナからの連絡が入る。


「セレナー……」

『情けない声を……シスター・ロサから台所の使用許可取り付けたわよ』

「うう、そっか良かった……」


 セレナによるとシスター・ロサは事情を聞くや快諾してくれたそうだ。

 それに続くように、天丼くんからメリルリープさんと共に教会に到着したとの報告も上がり、それを受けて私たちはすぐさま、それはもう即座に動き出す事になった。


(〈ライトチェイン〉をキャンセルすればメリルリープさんを追う、筈)


 ただそれもあくまで予想、私を襲う事も考えられる。攻撃力が無さそうだとは言え緊張しないとは言えば嘘になる。


「ひーちゃん、もしもの時はよろしくね」

『キュ!』


 隣で頼もしく光を放つ火の玉のひーちゃんに笑顔を返し、オーブンを絡めとる〈ライトチェイン〉に視線を合わせる。


「ふう……キャンセル」


 視線を集中すると視界に表れるターゲットサイトで〈ライトチェイン〉を捉えてそう唱えると1つがカシャリと砕けて消えた。

 拘束が減った為にカタカタと言う動きがわずかに強くなる、心臓に悪いけどそのまま鎖を順繰りに消していく……そして、


「……キャンセル」


 最後の鎖が消えると同時、ガタガタガタンッ! オーブンが激しく荒れ狂うように動き出した!


「っ!」

『キュイッ!』


 身構える私たち……けどオーブンはこちらになど目もくれずに右・左・右・左とその体(?)を揺らしながらキッチンを出て行った。


「ほっ……ひーちゃん、後を追うよ」

『キュイ!』


 そのままオーブンは玄関に向けてガンガンと床を傷付けながら突き進み、煙突を動かして器用にドアを開けて外へと出た。

 スピードはお世辞にも速いとは言えず、私は問題も無く追跡出来ている。

 ――ガンガン、ガンガン。

 道を傷付ける音に若干ハラハラとしながらも元々そう遠くないので程無く教会が見えてくる。

 その先には教会の台所に通じる勝手口、手前にはセレナと天丼くん、そしてメリルリープさんが小さく立っていた。


「『アリッサ! 俺が押さえ付けてる間にもう一度ふん縛っちまえ!』」


 尚も接近を続けるオーブンを飛び出した天丼くんが両手で押さえ付ける。煙突で退けようとするものの、天丼くんはびくともしない。


「了解! 〈セプタプル・レイヤー〉、“輝け、光の縛鎖”!」


 ――ジャラララララッ!

 スペルカットに登録済みの〈ライトチェイン〉が宙空から展開して速やかにオーブンを再度7つの鎖で拘束する。


「ふいー……上手くいった……」

「『とりあえずここまではね』」

「『お疲れ、無事なようで何よりだ』」

『キュ!』


 無事セレナと天丼くんに合流した私はセバスチャンさんへと連絡を取るとまだ材料すべてを調達出来ていないのでもう少し掛かるとの事。

 その間に私はシスター・ロサに挨拶をしておく事にした。


「シスター・ロサ。台所を使わせて頂けるそうで、ありがとうございます」

『あの……私からも、ありがとうございますの。それと……ご迷惑をお掛けしてごめんなさいですの』

「いえそんな。無事に材料は戻ってきましたし、このお祭りは貴女方の為の物でもあるのですから、これくらいならばいくらでもご協力致しますわ」

『そう言って頂けるとありがたいですの』


 朗らかに微笑むシスター・ロサに、恐縮していたメリルリープさんもほっとした様子。

 そうして過ごしているとセバスチャンさんから連絡があり、今からこちらに向かうとの事。それをみんなに伝え、調理の準備を始めるのだった。



◇◇◇◇◇



 台所の調理器具などの準備をシスター・ロサとメリルリープさんに任せ、私たちは庭で拘束しているオーブンを相手にする事となった。


「じゃあオーブンの掃除を始めよっか」


 それなりに年代物だし、ずっと使われていなかったから結構汚れてしまっている。

 ただ、〈ライトチェイン〉でぐるぐる巻きになっているオーブンに近付くけど、やはり細かくガタガタと振動している。

 これでは鎖を解いて掃除をするのも大変だ。


「天丼くん」

「分かってる。力仕事は任せろ」


 今から拘束している〈ライトチェイン〉をすべてキャンセルし、天丼くんがオーブンの動きを封じている間に掃除をする。

 でもさすがに掃除をするのにルルちゃんの服のままと言う訳にはいかないので本当に久し振りの初期装備に袖を通した。


「懐かしいわね、ソレ」

「セレナも着替えたら? 折角の新品なんだから汚れちゃったら大変だよ」

「それもそっか。でも、掃除に使えそうな服なんてあったっけ?」

「お前見た目でしかチョイスしないからなぁ……」

「初期装備は?」

「あんなダッサイ服NPCショップにさっさと売っぱらったわよ。二束三文にしかならなかったけど」

「私、それを今現在着ているんですが……」


 結局セレナは部屋着のキャミソールとハーフパンツと言うちょっぴり私のハートが挫けてしまいそうな胸元……もとい、格好に落ち着いた。


「ホントに洗剤とか借りてこなくて大丈夫なの?」

「うん、《水属性法術》に〈ウォーターバブル〉って言う汚れを落とす為だけのエキスパートスキルがあるの、折角だし使っちゃう」

「よくもまぁ……普通だったらまず使わねぇようなそんなスキルまで調べたモンだな」

「あ、あはは、まあね。じゃ、じゃあ唱えるからしっかり押さえててね」

「お? おう」

(夜更かししてる間にガニラさんから貰った本を熟読してたから、とは言えないよねえ……)


 若干後ろ暗くなりながら〈ウォーターバブル〉を発動。

 すると宙空に特大の泡が精製され、重力に負けてオーブンの上に落下し、バシャンと盛大に弾けてオーブンを泡で包んだ。


「オイ、俺まで全身泡まみれになってんだが……」

「大丈夫、これボディソープとかシャンプー代わりにもなる万能洗剤らしいから泡を落とせば天丼くんぴかぴかだよ」

「良かったわねー。中も掃除しちゃうからしっかり抑えといてよ」

「気の無い事言いやがって……泡で滑らないよう祈っときな」


 ガチャリ。金属特有の重い開閉音が響き、〈ウォーターバブル〉の泡をスポンジやタワシに含ませて汚れを落とし、〈ウォーターショット〉などで泡を落としていく。

 幸いメリルリープさんが丁寧に使い、重い扉に守られていたからか、中は外側よりも余程綺麗で掃除は順調に進む。

 セバスチャンさんが戻ってくる頃にはオーブンに加え、天丼くんもすっかりぴかぴかになっていた。


「うっわ、髪サラッサラ。キモッ」

「すーすーして落ち着かねぇ……」


 ぴかぴかの天丼くんは不評でした……。



◇◇◇◇◇



「ほう、これはこれは……まるで新品、とまではいかぬものの先程からは見違えるようではありませんか」

「はい、みんなでがんばりました」

「これならば十分にオーブンとして使えそうですな」


 戻ってきたセバスチャンさんが庭でぴっかぴかになったオーブンを見るや驚いてくれた。

 言う通り埃まみれだったその姿は周囲の木々の灯りを反射する程に綺麗になっていた。

 後残るのは……。


「さてと……そんじゃ、ひーちゃん出番よ!」

『キュ〜キュ!』

「何だか自棄っぱちになってんなぁ」


 天丼くんの言うように、ひーちゃんはこの役割が決まってからこっち、鼻息(?)も荒くばっち来い! と言った感じ。

 やっぱりオーブンがモンスター化していると普通とは違うのか、単に嫌なのか、どちらにせよ気合いを入れている模様。

 それでもがんばろうとしているんだからひーちゃんは私の自慢です。


「ひーちゃん、じゃああの精霊器の中に入ってくれる?」


 指差したのは上部に設置されている赤い宝石のような球体。ただそれは黒ずみ、光を失っている。


『キュイッキューッ!』


 ひーちゃんは意を決してその中へと飛び込んだ!

 衝突音は無い。それこそするりと抵抗があった様子も無く精霊器の中へとひーちゃんは入ったのだ。

 するとどうだろう。今まで光を失っていた宝石が、燃えるような輝きを放っている。


「成功……なのかな? この宝石以外に変化は無いみたいだけど……」

「ここは実際に使ってみるのが良ろしいかと」

「……そうですね」

「では今から余熱を始めましょう。もしもその状態で動かれては危険ですので再度チェインでの拘束をお願い致します」

「分かりました」


 そうして私はチェインのスベルを唱え、再びガッチリとオーブンを捉えた。

 それを確認したセバスチャンさんが宝石に触れる。

 その宝石には1本線が彫り込まれ、周囲には目盛りが書き込まれている。要は温度調節用のダイヤルだ。

 左端のそれをゆっくりと右側へ動かしていくと私の視界にあるゲージがほんのわずかに減少した。

 精霊器のエネルギー源はMP。一般的な精霊器なら消費するMPは極々微量なのだけど、どうやら温度を高くすると消費量が増えるらしく、それなりの量のMPを攫っていった。


『決まった温度になると点滅しますから、それまでにお菓子を作りましょうですの』


 そうして台所に移動した私たちパーティーとメリルリープさん、そしてシスター・ロサ。

 さすがに夜も老けているので大丈夫かと尋ねたのだけど、平気だからと参加してくれている。量が多いのもあり正直助かる。


「材料はこれで宜しかったでしょうか?」

『はいですの』


 メリルリープさんのクッキーは特段特別な事はしないらしかった。

 材料も必要最低限で薄力粉・砂糖・バター・卵、これだけと言う。


『あまり余裕は無かったので』


 そう恥ずかしそうに語るメリルリープさんにシスター・ロサはうんうんと頻りに頷いていた。

 ハロウィンでは沢山の人にお菓子をあげるから材料をシンプルにして量を多く作ったのかもしれない。

 さて、では今回はと言うと……オーブンが一体どれくらいの量を焼けば満足するか分からないものだから結構な量の材料をセバスチャンさんが調達してきている。


「う〜ん……私も時たまに作る事はあるけど……さすがにこの量は経験無いなー」

「あったら驚くな、そりゃ」


 貸してもらったエプロンを着けながらそう話しているとセレナがそんな私たちを急かす。


「こらそこっ、ちんたらしない! 後が詰まってんだからね!」

「「はーい」」

『では始めますの』


 大きなテーブルには人数分の調理道具と等分した材料が置かれ、まずはメリルリープさんが作り始める。

 口答での説明に自信が無いとの事で、お菓子作りに関してはマーサさんの許で修行した経験を持つセバスチャンさんと毎年作るシスター・ロサがサポートする事となった。


 ・まずは卵黄と卵白を分ける。

 ・卵黄に砂糖を加えて馴染ませる。

 ・そこに溶かしたバターを加えて混ぜる。

 ・薄力粉をふるい入れてざっくりと混ぜる。

 ・混ぜ合わせた生地を打ち粉をふるったお盆に載せて、精霊器の冷蔵庫に――は量が量で時間が掛かるのでちょっと荒業。

 ・《氷属性法術》のエキスパートスキル〈アイスブリザード〉で生地の熱冷ましー。


「スキルで菓子作りとか、なんなんだろうな……このシュールな光景」

「時短よ時短テク」

「アリッサさん、凍らせるまではせぬようにご注意下さーい」

「はーい」


 ・程よく冷めて粘らなくなった所で打ち粉を掛けつつ麺棒で伸ばす。

 ・型で生地を抜き、余った生地を更に伸ばしてまた型で抜いていく。


「……お、オーブンが点滅してるぞ」


 余熱が完了したみたい。私たちはクッキーを載せた数枚の天板を持って外に出る。


「ではアリッサさん、チェインの解除をお願い致します」

「了解です」

「天丼くんはオーブンが暴れ出した際に押さえ付けて下さい」


 けどその指示に天丼くんはオーブンをじっと見ている。


「……熱そうだな」


 現在内部温度は160度です。

 別に外側までその温度ではないけど現実のオーブンに比べれば時代がかっている分そう映るのかもしれない。


「ハイ、ミトン」

「耐熱性能はどんだけあるんだ……」


 脂汗を浮かべつつキッチリと両手にミトンをはめた天丼くんは握り開きを繰り返して具合を確かめている。


「おし、気合い入れた。アリッサ、いつでもいいぞ」

「うん。じゃあ……キャンセル」


 ターゲットサイトで1本1本鎖を捉えて消していく……少なくとも半分を消してもオーブンに動きは無い。

 そしてとうとう最後の1本となり、セバスチャンさんがメリルリープさんを、セレナがシスター・ロサを背中に庇い、天丼くんがオーブンを押さえるのを確認してから、「キャンセル」と口にした。


「……」


 全員の視線がオーブンへと殺到した。1秒……2秒……3秒と時間が経っても特段の変化は見られなかった。


「……平気……か?」


 天丼くんがそっと押さえ付けていた手を離す……オーブンが暴れる様子は無い。


「これって、ひーちゃんが入って調理出来るようになったから、かな?」

「綺麗にしてやったからじゃない?」

「或いは両方か、何にせよフラグが立ったと見て良いかと」


 フラグとはある特定の条件を満たした事を指す(らしい)。それにより新たな展開が発生するそうで、オーブンが大人しくなったのも私たちの行動の結果みたい。

 ほっとひと安心した私たちはさっさとその中に天板を並べていき、最後に温度を10度だけ上げた。


「これで後は焼き上がりを待つばかりか」

「現実のオーブンと違って中身が見えないのがちょっと心配だけどね」


 現実では電子レンジのオーブン機能を使う私には鉄の蓋のこのオーブンでの調理ではそう思う。


『ですから時間はキッチリしないといけないんですの』

「ですね」


 私はシステムメニューを開いてアラーム機能をセットしたのだった。



◇◇◇◇◇



 粗方準備を終え、後は焼くのを待つばかり。ならばと、それまでに私たちは使った道具の片付けを始めた。

 流しで次々と送られてくる調理道具を泡立ったスポンジで洗っていく。

 と、その内の1つをかざしたセレナが呟く。


「そう言や、ここのクッキー型って星型ばっかね。も少しバリエーションがあればいいのに」

「アスタリスク教会は星を信奉してるからじゃない?」


 事実教会の人が持つ十字架は十字に輝く星を象ったものだし、ならクッキー型が星型でもそう違和感は無いと思う。

 「どうなの?」と、答えを知っているだろうこの教会のシスター・ロサにボールが渡された。


「元々ハロウィンで配るお菓子は魂が天に帰る時に贈る物です。それが星の形なのはかつて地にいた星々が天に昇ったと言う神話に由来します」

「ああ、私も読みました。はじまりのものがたりって言う絵本」


 お日様とお月様の子供である星々は2人が空に昇ってしまって寂しくなったから自分たちも追い掛けて空へと昇ってしまった、と言う話。


「はい。その神話にあやかり、魂たちが迷いなく天に昇れるようにと、贈るお菓子には必ず何らかの形で星が入っているんですよ」

「ゲン担ぎか」


 その言葉に頷いたシスター・ロサであったけど、続けてくすりと笑みを浮かべた。


「元々はそうだったのですけどね。いつしか仮装した子供たちが魂たちのフリをしてお菓子をせがむようになりました。今ではストレイ・オア・トリート、お菓子をくれなきゃ迷子になっちゃう、と言うのが定番です。私も子供の頃はお菓子が欲しくて街中を回りました」


 少し照れくさそうにそう言うシスター・ロサ、そしてメリルリープさんはそれを嬉しそうに聞いていた。

 もしかしたら、子供の頃のシスター・ロサがメリルリープさんにお菓子を貰った事もあったりしたのかな?


「そう言うのはどこの子供でもするモンだよな。でもそんな事し始めて怒られたりしなかったのか?」


 天丼くんが生き字引(?)であるメリルリープさんへと話を振った。

 彼女は少し恐縮したけど、ややあってから懐かしそうに語り出す。


『最初の頃はそんな事もあったそうですの、ですけど……里帰りしていた魂の方々が一緒に子供たちと回れると受け入れましたの。私も……来てくれる人が増えるのは嬉しかったですから』

「左様でしたか」


 その事を話すメリルリープさんはどうにも幸せそうだった。

 楽しそうな子供たちと接する事が出来るのは彼女にすれば嬉しい事だったのかもしれない。


「そんなに嬉しかったんなら、どうして今まで帰ってきた時に作らなかったのよ? やっぱ贈られる側は作っちゃマズかったりするの?」

『ああ……』


 途端、メリルリープさんは俯いてしまう。


『私だけでもないんですけど、戻って来た魂は……無一文ですの』

「『ああ、あの世にゃ財布は持ってけない、か』」


 だから材料も買えないし、作れなかった……しかもメリルリープさんの場合、あの家を見るに家族もいなかったのかもしれない。


(だから外に行っていたのかな)


 外は飾り付けられ、夜でもお祭りじみた雰囲気だ。寂しさを紛らすには格好だろう。

 そう思えば今回の1件はそう悪い事ばかりじゃなかったのかな、そんな風に思えていた。



◇◇◇◇◇



 ……香ばしい匂いが立ち込めていた。

 オーブンの中のクッキーが焼けている証の甘〜い匂い。


「いい匂〜い」

「そろそろ時間ですな」


 セバスチャンさんの言葉通り、セットしておいたアラームが鳴り響いた。


「うっし……じゃあ開けるぜ」


 ミトンを装着した天丼くんがオーブンの蓋を開く、すると――。


 ――ぶわりっ!


 狭いオーブン内から匂いが熱気と一緒に一気に周囲に広がった! ごくりと喉が鳴るのを自覚する。

 天丼くんが天板を引き抜くとそこには綺麗なキツネ色となった私たちの星型クッキーが、物語の夜空のようにいくつもいくつも並んでいた。


「良い出来じゃねぇか。ホラ、パスだ」

「で、出来立て……」

「ほっほ、うむうむ」


 取り出した天板はセレナとセバスチャンさんに渡され、その代わりのまだ生地の状態のクッキーを載せた天板を私とシスター・ロサ、そしてメリルリープさんが手渡してはまたオーブンへと入れていく。

 生地は大量に作ったからまだまだ調理は終わらない。


 ……けど、ちょっとくらい息抜きしても良いよね?


 私たちは次にクッキーが焼き上がるまでと、台所のテーブルを輪と囲んでいた。その上にはまだ熱を持った先程焼き上がったばかりのクッキーの一部がお皿に盛られていた。折角だから試食してみようとなったのだ。

 今はセバスチャンさんが供出してくれた紅茶が配られている所。ちょっとしたティーパーティー。


「では皆さん、頂きましょうか」


 セバスチャンさんの音頭にみんなが唱和し、クッキーや紅茶に手が伸びる。

 クッキーは大きい物と小さい物、そしてメレンゲクッキーの3種類があって、置かれた様はそれこそ星空のようだった。

 見た目に殆ど差異は無く、誰が作った物かの見当は付かないけどどれも美味しそう。その1つを手に取って口に運ぶ。


「ぱくっ」


 サク、サク。軽い歯応え、口に含むとほろほろと崩れて、口いっぱいに甘い味を届けてくれる。


(幸せ〜)


 胸の奥からほわほわとした何かが溢れて頭の中を駆け巡る。甘い物を食べている時のこの多幸感はなんなのだろう。

 後に残るのは弛む口元だけど、こう言う時に人に見られるなどと考えるのは野暮に違いないと、紅茶を口にする。

 砂糖もミルクも入れていないけど、次のクッキーを迎え撃つのにはこれくらいでいいのかもしれない。


「おや?」


 向かい側に座っているセバスチャンさんが何やら私を見てそんな事を上げた。な、何かな?


「どうしたのよ」

「ああいえ、ふと見たアリッサさんのゲージ下にアイコンが増えたもので」

「ア、アイコン?」


 HP・MPゲージ下に表示されるアイコンには色々な種類がある。

 パラメータの一時上昇などプラスの効果を示す支援効果(バフ)

 パラメータの一時下降などマイナスの効果を示す阻害効果(デバフ)

 そして毒や麻痺などの特殊な症状を示す状態異常(バッドステータス)


(一体どれが……?)


 現在私のHP・MPゲージ下に表示されているのは明るい色合いのアルファベット3文字に上向きの矢印。

 これは一時的なパラメータアップを示すバフアイコンだ。

 セバスチャンさんの掛けてくれる曲の効果と同じなのですぐに分かりほっとした。


「でも、どうして私だけに……?」


 他のみんなのゲージを見てみるけどアイコンが表示されているのは私だけらしい。

 そもそもどうしてバフアイコンが発生したのだろう? セバスチャンさんはヴァイオリンを取り出してすらいない。


「ふむ……もしや……」


 そう言って見たのはそれなりに数を減らしているクッキーのお皿だった。セバスチャンさんはおもむろにクッキーを取り上げて示して見せる。


「クッキーに“当たり”があるようですな」

「当たり、ですか?」

「ええ、おそらくはメリルリープさんかシスター・ロサ、そして僭越ながらわたくしの作った物にバフを与える効果が付与されておるのでは、と」


 はたと思い出す。そう言えばマーサさんが作ってくれたお弁当などでもHP・MPの回復効果や時にはバフなどを経験した事がある。

 料理には何らかのアビリティや《調理》の加護によりそう言った効果が付与されるそうだ。

 私も一応加護を取ってあるけど、レベルはまだまだ低いので作成した料理の空腹度回復効果すら低い。

 対してセバスチャンさんはお菓子作りを習っていたからレベルが高く、効果を発揮出来ているんだろう。


「幸運が上がってる……レアドロップ率上がるわよねコレ」

「がめつい事すんなよ。みっともない」


 セレナは私のアイコンを確認するやお皿に盛られているクッキーをじぃ〜っとためつすがめつしている。

 タップすればウィンドウが開き、効果を確認も出来るだろうけど……食べ物だしね。


「……コレ、お土産に貰えるわよね」

「お前、ボス戦前に食う気だろ」

「悪い?」


 セレナと天丼くんの間に(一方的に)緊迫した空気を醸している間にセバスチャンさんが事情を聞いていた。


「さすがメリルリープさんのお菓子ですね」

「ほう」

「生前、メリルリープさんの作られたお菓子は幸せのお菓子と言われていましたから。とてもとても美味しくて、幸せな気持ちになるんです」

『そ、そんな……』


 パタパタと手を振るメリルリープさんは顔を真っ赤に染めていた。


「そのお菓子の作り方を教えて頂けるなんて夢のようなのです。これから沢山の方が幸せになれるよう作ってさしあげる事が出来るのですから。メリルリープさん、今日は本当にありがとうございました」

『あ、』


 メリルリープさんはシスター・ロサの浮かべた笑顔を見るや急停止した。顔の赤みは少しずつ治まり、あたふたと宙をさ迷っていた両手は膝の上に落下する。

 『ほうっ』と穏やかな吐息が零れると、唇は薄く笑んだ。


『なんだか……安心しましたの』

「メリルリープさん?」


 彼女は応えず、ただ温かく微笑むだけだった。

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