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第106話「涙の理由と怒りの理由」




 オフィシャルイベント期間限定の《お菓子泥棒を捕まえて》と言うクエストを請けた私たち。

 教会でお菓子の材料が盗まれたそうで、早速犯行現場である台所の捜査を開始。

 その中で台所に残されていた妙な傷を発見した。

 それは材料が置かれていた場所から等間隔に勝手口の方まで続いていて、確認した所更に外にまで続いていたのだった……。


「さすがにこれは気にしなきゃ分かんないわね……」


 確かに、いくつもあるとは言え足下の小さな傷はそうと考えて見なければ見つけるのも難しい。


「追ってみよう」


 全員が頷き、等間隔に続くその傷跡を〈ライトアップ〉とひーちゃんの灯りで照らしながら追っていく。

 アラスタは広い街で道も結構入り組んでいて、その傷は人目を避けるように近くの空き家まで続いていた。


「……なんかアッサリし過ぎじゃない?」

「報酬が報酬だぞ。元からそう難易度が高いとも思ってなかったさ、楽でいいじゃねぇか」


 その話題には素直に頷き、空き家にそっと近付いていく。見た所窓から灯りなどは漏れていないようだけど……。


「まだこの傷跡を付けたヤツが中にいるかは分からないが……どうする、中に入ってみるか?」

「……あ、ちょっと待って。誰か居るなら場所を探れるかもしれない。えっと……〈クアドラプル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ火の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、高くより地を見る視界に命脈打つ”。“燃えろ、火の光点”」


 スペルを唱えると杖の先に4つの赤い光球が生成される。《火属性法術》のビギナーズスキル〈ファイアサーチ〉だ。

 視界内のマップにPCやモンスターなどの位置を示すそれをみんなに掛ける、のだけど……。


「ふむ。向こうのようですが……」

「これは、どう言う事でしょうか?」


 出現した光点を私たちは訝しむ。マップに映る光点は2つだったのだ。


「共犯者じゃない? まぁ元々単独犯だって証拠も無かったしね」

「いや微妙なトコだろ、コレは(、、、)


 2つの距離は近く、どうやら一緒にいるらしい事が分かる、そしてもう1つ。

 視界内マップのもう1つの光点。


 ――その色は黄色。


 青のPC、赤のモンスター以外の存在、NPCなどを示す色である。

 でも分かるのはそこまで、共犯者なのか、それとも別の何かなのか、後はどうしたって推測の域を出なかった。


「今の段階ではこれ以上は分かりませんが、あまり悠長にもしていられないやもしれません……ならば、虎穴に入らずんば虎児を得ず、の故事に倣うと致しましょうか」

「要は入ってみよう、って話でしょ。回りくどい」

「じゃあどう攻めるかだが……」


 視界内のマップを見る為にみんなの視線が一切絡まなくなる。

 視界内マップは視界に映った範囲が明るくなり、ある程度障害物などを判別出来るようになる物。

 なので空き家の内部構造までは分からないものの、外壁をぐるりと見て回ればどの辺りに対象がいるかが分かり、どう立ち回るかを判断する材料になる。


「結構壁際だな、こりゃ中に全員入るのは無しか」

「挟み撃ちにするには中に2人、外に2人ですな。さて、配置はどのようにしましょうか」

「お前外な」

「なんでよ」

「室内向けじゃねぇだろお前」


 セレナの得物である大鎌は一般的な民家で扱うには不釣り合いだ。しかも振りかぶらなくちゃならないから尚扱いが難しい。

 足技もあるけど、セレナは足も速い。もし相手が逃走しても追跡出来るセレナはやはり外に回った方がいい。

 それはセレナも理解しているのかぐうの音も出ずに反論をやめた。


「じゃ、じゃあ私も外かな。ほら、法術って屋内だと壁とか家具に当たるかもしれないから、ねっ」

「……別にライフタウン内ならどうなる事も無いけどな」

「……」


 ライフタウンの外に広がるフィールドならばオブジェクトと呼ばれるフィールドを構成するパーツに何かしら損傷させる事も可能だろうけど、ライフタウン内となると破壊は不可能なので私の心配はただの杞憂でしかない。

 そう言われて私はついーっと瞳を左に30度程ずらした。


「怖いんだな」

「違うよ」

「怖いのね」

「違うもん」

「怖いのでしょうなぁ」

「違います」

『キュ』

「違うんだよ」

「「「分かってる分かってる」」」『キュイッキュ』


 ……だめだ。誰も信じてくれない……嘘を。


「違う……うう」



◇◇◇◇◇



 そんな訳で私とセレナは逃亡を防ぐ為に空き家の庭を回り込んでいた。

 アラスタ全域に生える光る木の実のお陰で歩くのに不自由は無いものの、逆に中からも私たちが見えやすいと言う事でもあるのでなるべく窓に近寄らないように、慎重に壁に貼り付いて移動している。


「ひーちゃんも気を付けてね」

『キュ』


 別行動の天丼くんとセバスチャンさんとはパーティーチャットで連絡を取りつつタイミングを合わせる予定。

 出来れば穏便に運べばいいなと思いながら先へと進んでいく。


「『しっかし……犯人はこんなボロい空き家で何するつもりなのかしらね』」

「うん……」


 この家まで私たちを案内していた傷跡は家の玄関まで続いていたけど、それは行きらしい物と帰りらしい物のみだった。

 そして今も〈ファイアサーチ〉によって中に“何か”がいる。とするならまだお菓子の材料もここにある、と思う。

 それなら中にいる犯人を確保して材料を取り戻せばいいのだけど……犯人が何を目的にしているのかは未だに見えていない、これじゃ天丼くんが言ってた『お菓子を作って食べる』なんて予想がありえる気がしてきた。


「『っと、ここね』」


 セレナの言葉に足を止めると目的地、“何か”がいる場所の丁度外側に到着していた。向こうにもその声が届いたんだろう、天丼くんが私たちに話し掛けてきた。


『こっちも目的地のドア前に着いた。しっかし、ここは……』

「『何よ、煮え切らないわね』」

『いえ、どうやら台所なのではないかと思われまして』

「……急ぎましょう」


 食材を保管するなら当然とも言える場所。けど先程の予想を補強する事実が私を急き立てる。


『了解致しました。天くん、中の様子は如何ですかな?』


 天丼くんは種族アビリティ〈ウサギ耳〉により鋭敏な聴覚を持つ。耳を澄ませば小声での会話でも聞き取れる。

 中の2人の関係もこれで分かると思う、そうなればどう対処すべきかも分かる。

 でも、返ってきた声には戸惑いの色が浮かんでいた。


『いや……それがな……悪い方の予想(、、、、、、)が当たっちまったらしい』

「!」


 共犯者、ではない方の予想。

 つまり……人質!


「『チッ。なら強行策ね。外は固めておくから思う存分やりなさい!』」

『その致しましょう。皆さん、状況は未だ不明瞭ですが、だからこそどのような事態となっても不思議と思わず、慌てず騒がず冷静に事に当たりましょう』

「は、はいっ」

『うっし。タイミングはこっちで取る、もしもそっちに逃げたらよろしく頼むぜ』

「『OK。ヘマして面倒事増やさないのを祈ってるわ』」

『鋭意努力致します』

『おし、行くぜセバさん。3・2・1……GO!』


 ――ガチャリ、ドカドカと立て続けに激しい物音が壁越しに聞こえ身構える。

 ……しかし、その先が続かない。


「?」

「『ちょっと、どうしたのよ』」


 中の2人に話し掛けると戸惑いの浮かんだ声が返ってきた。


『……いや、ちょーっと、アリッサの気持ちが分かったなと、な……』

『ふうむ、これは……困りましたな。はてさてどうしたものか……む?!』


 ――ガタコン! 2人の足音とは明らかに異なる……重い何かが動いたような音がした。それは一度では終わらずに二度三度と続いている。


『な、なんだこりゃ?』

『これは――』


 再びの困惑。そしてセバスチャンさんは呆気に取られた声でこう言った。



『――オーブンですな』



「「『?』」」


 私とセレナは首を傾げた。



◇◇◇◇◇



 セバスチャンさんが『中に入って来て頂きたい』と言ったので私とセレナ、ひーちゃんは近くのドアから屋内に入っていく。

 照明用精霊器のスイッチらしい部分を押しても反応は無く、ギシリギシリと鳴る廊下はしばらく使われていないらしく埃が積もり、先に通った2人の足跡だけが残っている。


「『こんなトコからビビったりしないでよ』」

「ビビってないよ!」


 ひーちゃんは抱き締めてるし、腰は引けてるけども。


 更に進むとキッチンに通じるドアが開け放たれていて、そこには天丼くんとセバスチャンさんの姿があった。

 そして中央のテーブルには盗まれた材料がデンと山積みになって置かれていた。見た所聞かされた材料はすべて揃っているようなのでほっと安堵する。

 ……が、ドアをくぐるとかすかに届く音があった。



『しくしくしくしくしくしくしく――』



 泣き声、人質かと台所の隅を向けばそこには涙を流す女性がいた。

 が、何故か半透明。


「――っ」

『――ッ』

「『――ッ』」


 ぞわりと悪寒が走り、私とひーちゃんはセレナの背中に隠れた。けどさしものセレナも怖いのか、構えを取りつつじりじりと距離を開けている。


「『アンタらが最初に見つけたのはコイツだったワケね』」

「『まぁな。反応に困るだろ』」

「『おそらくはこの方が現世に戻られている魂なのでしょう』」

「『……敵?』」

「『いえ、モンスターではないようなのですが……』」


 視界内マップでは確かに彼女の位置は黄色の光点と重なっている。けど、だとするなら赤い光点のモンスターはどこに……?!

 私たちは周囲に視線を走らせるものの見た所それらしい相手は見当たらない。


「あ、あれ?」

「『……そう言や、何がオーブンなのよ』」

「『見りゃ分かる』」


 指差す先を見れば天丼くんとセバスチャンさんは何かを囲んでいるようだった。

 黒く四角い何か……外からの灯りの影になっていてよく見えないので〈ライトアップ〉で灯りを点す。

 そして照らし出されたのは黒い金属塊、側面には蓋があり、背面からは煙突らしきものが伸びている。一応私もマーサさんの家で見た事がある、この世界の精霊器オーブンに近い外見だった。


「『……オーブン?』」

「『そう言ったろ。で、問題はだ』」


 天丼くんが台所の隅の半透明の女性に近付くと――。


 ――ガタゴトガタゴトガタゴトッ!!


「はいっ?!」


 何事かと見ればオーブンが左右に揺れ動いている! その勢いは凄まじくそれこそ移動すらしそうな程。しかし、天丼くんが一歩を引っ込めると途端に停止する。


「『彼女に近付こうとしたらこの有り様だ』」

「それがさっきの物音……あ! 赤い光点ってまさかこのオーブンなの?!」


 マップでは青い光点2つの間に赤い光点があり、位置的にはオーブンとぴったり重なっている。


「『ええ、このオーブンが悪霊によりモンスター化しているようです』」

「そう言えばシスター・ロサも物に悪霊が取り憑く、みたいな事言ってましたね」

「『ええ、九十九神とも違うのでしょうが……』」


 何なんだとオーブンを窺っているとその足の形状に記憶が刺激される。


「あの、まさか例の傷跡ってオーブンが動いた跡?」

「『どうやらそのようですな。これだけの重量物が動けば石造りの床にも傷も付くでしょうし、先程動いた際に煙突が動くのも確認しております。ドアや材料もそれで開けるなり動かすなりしたのでしょう』」

「またデタラメな……」


 教会の台所はそれなりの広さがあったからこのオーブンくらいなら通れそうではあるけど、普通そんなの分からないって。


「『で、こっちの幽霊が私たちが人質のNPCか何かかと思った相手なワケ……?』」

「『ああ。この泣き声を聞いた時にはそうだと思ったが、どうなんだかな……事情を聞こうにもオーブンがこの調子だ。俺たちで抑え込もうかとも思ったが、アリッサなら1人でこなせるだろ』」

「私?」

「『この人から話を聞く間〈プロテクション〉かチェイン系のスキルでオーブンの動きを封じておいてほしいんだ』」

「あ、なるほど。このオーブンがモンスター扱いなら拘束出来る筈だもんね」

「『そう言う事だ。それならみんなで集中して聞けるしな』」

「了解」


 ただ、今の装備ではパラメータ補正がほぼ無い為に防御系のスキルの強度は落ちている。

 念の為と〈ライトチェイン〉を7つ同時に掛けておく。これでそう簡単には動けない筈。


「『ありがとうございます。ではここは年の功代表の不肖わたくしめが引き受けさせて頂きましょう』」


 ピシリとスーツを整えたセバスチャンさんが女性に歩み寄る。すると途端にオーブンが細かく振動を始めた。

 でも〈ライトチェイン〉による7つもの拘束が効いているらしく、動くまでには至っていない。

 それを確認したセバスチャンさんが改めて女性に声を掛けた。


「『ご機嫌よう、何がそんなに悲しいのですかな』」

『しくしく……貴方は、誰ですの?』

「『わたくしの名はセバスチャン。貴女の涙を拭う為に天が遣わした星守ですよ』」


 そっと女性の頬に触れた指が透明な涙をすくい上げる。


「『貴女には悲しみの涙より笑顔の方がよく似合うでしょう。どうかその涙をわたくしに止めさせて頂きたいのです、美しい方』」


 キラキラーと女性の手に自らの手を添えて微笑むセバスチャンさんを女性はぽかんと見ていた。

 どうなるかと思っていたけど、ややあってから小さく頷いてくれた。

 ……ちなみにセレナと天丼くんがもがき苦しんでいるのにはどんな意味があったのだろうね。


『私は……メリルリープと申しますの、ずっと前にこの家に住んでいた者ですの』

「『ハロウィンに合わせ帰郷なすったのですな?』」

『はいですの』

「『宜しければこの状況をご説明頂きたいのですが』」


 メリルリープさんはちらりとオーブンの方を窺うものの、動きを封じているからかほっと安堵しながら了承してくれた。


『……生前、私は体が弱くて、あまり外には出歩けなくて、家にこもっていましたの……』


 そうしてメリルリープさんは語り出す。


 外に出られない自分の許にもハロウィンとなれば元気な子供たちが来てくれた事。

 それが嬉しく、毎年お菓子を焼いていた事。

 やがて死んだものの、ハロウィンで与えてもらえる仮初めの体は外に出ても平気だった事。

 だから、死んだ今もあまり不幸せと言う訳でも無い事も。


『……ですけど、私が外に出歩くようになったのをあのオーブンは怒っているのだと思うんですの』

「『オーブンが』」「『怒るぅ?』」


 頓狂な話に天丼くんとセレナがそう声をあげるとオーブンはそうだそうだとばかりにガチャガチャと鎖を震わせている。


「『ふむ……オーブンが怒り、教会にはオーブンの物らしき傷跡、そして盗まれた材料がここにある、となりますと……』」

『……オーブンはまた自分を使ってお菓子を焼いてほしいのだと思うんですの。だから材料を盗んでまで……』

「『涙の理由はそれですか』」

『はい……外に出る事も許されず、困り果ててしまって……私はただ泣くばかりでしたの……』


 そりゃ閉じ込められて、材料まで盗んできちゃって、その原因が原因だからね。


「『つまり……このオーブンぶっ壊せばクエストクリア出来るの?』」

「『なんでお前はそう暴力的なインスピレーションしか浮かばないんだよ!』」


 シュババッと蹴りを放つセレナに盛大にツッコミを入れる天丼くんであった。


「あはは……やっぱりそれは最後の手段(足段?)にしようよ」


 相手が凶悪なモンスターででもあったらセレナの案でも良かったんだろうけど……未だに〈ライトチェイン〉の1つも壊せていないあのオーブンを見ていると他に何か無いかと考えてしまう。


「……でも、んー……このクエストのクリア方法かあ」

「『ふむ……オーブンには『使ってほしい』と言う未練があり、そこを悪霊云々に憑かれ凶行に及んでしまった……ならばその未練を無くせば良いのやもしれません』」

「じゃあ、望む通りにお菓子を作ってあげればいいんですか?」

「『やってみる価値はあるのでは、程度ですが……如何でしょうメリルリープさん、悪霊を祓う為にお力をお貸ししては頂けませんでしょうか?』」


 セバスチャンさんがメリルリープさんに語り掛けるも、彼女の反応は鈍い。

 おろおろと慌てていて、どうしよう……と困った雰囲気。


「『……お菓子を作っては頂けませんか?』」

『いえそんな事は。またお菓子を作れるなら嬉しいですの……ただ……』


 そう言って示したのはキッチンの中。私たちもそれに続くと、周囲は埃にまみれている。とても料理をする環境じゃなかった。


「『掃除するか、他の台所を借りるなりしなきゃ無理そうだな……どの道教会には材料返しに行くんだ、ついでに頼んでみればいい』」


 そして最後にはオーブンをじっと見つめる。


「『コイツを動かすのは手間ね。ま、掃除するにしても手間なんだけど』」

『あの、それだけではないんですの……』

「『と申されますと?』」

『オーブン自体に問題があるんですの……』


 俯くメリルリープさん、何が問題なのかと思ったけどこれまでの事からある考えが閃いた。


「あ、そうか……だから……」

「『どうしたんだ?』」

「うん、ここに来る時に廊下を通ったんだけど、照明用の精霊器が作動しなかったの」

「『あん? そりゃどう言……う……ちょっと待て、まさか……』」


 天丼くんも気付いたようで、オーブンに視線を送る。


「うん。前に精霊院のアル先生が言ってたよね。精霊器は中に精霊がいるから機能する、ずっと使っていないと外に出ていっちゃって使えなくなる、って。照明がそうなら多分……」

『はい……あれはもう使わなくなってから随分経ちますの……ですからもう精霊もいないんですの』

「『成る程。メリルリープさんはお菓子を作れなかっただけでなく、作りようが無かったのですな』」


 台所だけなら掃除のしようもあったろうけど、精霊器を使用可能にするのは早々出来る事じゃない。メリルリープさんも困り顔だ。

 でも、そこでセレナがパン! と、両手を打ち合わせる。


「なら問題無いじゃない! 丁度今ここに活きの良い精霊が1匹いるんだから!」


 バーン! セレナは自信満々に私の傍でふよふよと浮かんでいるひーちゃんを指し示した


『…………キュイッ?!』

「『オイ、『え、俺?!』みたいな反応してんぞ』」

「大丈夫だって、やれるやれる!」


 オーブンと言うなら入っていたのは火の精霊の筈、ならひーちゃんが代わりに入って精霊器を起動するのは可能かもしれない。

 でも私は難色を示す。


「う〜ん、確かに試してみる価値はあるとは思うけどひーちゃんが……」

『キュー……』


 当のひーちゃんはうろうろとしながらオーブンの方に近寄って様子を窺っているみたい。

 やはりモンスター化してしまっているから入るのに抵抗でもあるのかも……。


「ひーちゃん大丈夫? 嫌なら他の方法を探すから無理はしなくていいよ」

『……キュ!』


 私の言葉を受けて少しの間思案したひーちゃんだったけど、それでもやがて覚悟を決めたかのように一際強く輝いた。


「……そっか。がんばってくれるんだね」


 ひーちゃんは優しい上に勇気のある良い子なのです。


「『まぁどの道精霊はどうかしなきゃいけない訳だしな……やってくれるなら助かる。頼むぞ火の玉小僧』」

『キュ……キュ』

「『よし、じゃあ状況の確認とこれからどう動くかを決めちまおう』」


 私たちの目的はモンスター化したオーブンでお菓子(クッキー)を作り、未練を断ち切って取り憑いた悪霊を追い出す事。

 その為に何をすべきか。相談の結果、私たちはまず以下のように動く事となった。


 ・盗まれた材料を使う訳にもいかないので同じ材料を調達する。

 担当・セバスチャンさん。


 ・ここの台所を掃除するのは大規模になってしまうので、教会の台所を貸してもらう(シスター・ロサに要相談)。

 担当・セレナ。


 ・オーブンはメリルリープさんを追っていくそうなので、身動きの取れない内に教会に向かわせる。

 担当・天丼くん(護衛役)。


 ・チェインをキャンセルし、オーブンを解き放ってメリルリープさんの後を追わせる。そして到着次第再び動きを封じる。

 担当・私。


 更にセレナとセバスチャンさんには盗まれた材料を教会まで届けてもらう事になった(天丼くんは護衛+メリルリープさんを連れていくので遅くなる為除外)。

 生憎と材料の所有権はシスター・ロサにあり、アイテムポーチなどには入れられないので2人は両手いっぱいに材料を抱えている。


「『了解、んじゃひとっ走り行ってくるわ』」

「『ううむ。材料を揃えるならば急がねば』」


 2人はそんな調子で颯爽と空き家を後にした。


「『じゃあアリッサ、俺たちは先に行く。あの様子なら大丈夫とは思うが……メリルリープさんが離れたらどうなるか分からん。もしもの時は自分の身を優先しろよ』」


 オーブンは彼女を空き家に閉じ込めようとするので追っていく筈だけどここに残る私を襲う可能性もある。

 〈ライトチェイン〉にはヒビ1つ入っていないからそう危険は無いとは思うけど、言われたように凶暴化する可能性だってある。注意は怠れない。


「うん、分かってる。天丼くんはメリルリープさんをちゃんと守ってあげてね」

「『おう。得意科目だ、任せとけ』」

「メリルリープさん、天丼くんはとっても頼もしいですから安心してくださいね」

『はい、何から何までありがとうございますの』

「いいえ、教会に着いたらメリルリープさんの腕も頼りにさせてもらいますから」


 そうして挨拶を交わして天丼くんはメリルリープさんを連れて教会まで向かった。

 2人がキッチンを出ると途端にオーブンはその動きを激しくしている。チェインに変化は無いものの、びっくりして心臓にダメージ。


「こ、怖くないぞっ」

『キュ……キュ』


 ひーちゃんと抱き合いながら早くチャットから到着したと聞こえてこないかなあと縮こまる。

 教会はそう遠くないものの、それまで人気の無い空き家で独りでに動くオーブンといると言うのはどうにも落ち着かないものなのだった。


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