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第104話「父と娘」




 オフィシャルイベントへの参加証となるアイテム、ジャック・オ・ランタンを入手する為に私たちは王都からポータル転移でアラスタを訪れていた。


「あらら?」


 複数存在する入手方法の内の1つに親交のある人から譲り受ける、と言うものがある。

 だからその行く先はもちろん私とセレナの下宿先であるマーサさんのお家だった。


「あらら。はいはい、ジャック・オ・ランタンならちゃあんと作ってありますよ♪」


 大屋さんであるマーサさんは夜も遅いのに朗らかに笑いながらポイポイといくつもの南瓜を取り出してくる。

 中身は綺麗にくり貫かれ、凝った事に南瓜の顔はすべて異なっていた。

 可愛い物から可笑しな物、とぼけた物までバリエーションは多岐に渡り、よりどりみどり状態だ。

 ひーちゃんなんて代わる代わる南瓜の中に入っては浮かんだり光を放って遊んでいる。微妙に怖い。


「あらら。そうだわ、セレナちゃんにはこれがいいわね♪」

「え、わ、私……ですかっ?!」


 聞き慣れない敬語なセレナはまだマーサさんと話すのに緊張してしまうらしい。そのままぎこちない動きで1つの南瓜を受け取った。

 それは……お世辞にも良い出来とは言えなかった。くり貫かれた顔は目が四角、鼻が三角、口は長方形で、そこから見える中身の処理も他とは比べる事もおこがましいくらい下手っぴだった。


「コレ……を?」


 眉を寄せて覗き込むセレナ、でも何かに気付いて視線を移す。その先には同じ下手っぴな南瓜を頭に被っているボーイくんがいたのだ。

 セレナは南瓜とボーイくんを交互に見て、やがてしゃがんで目線を合わせた。


「もしかして……アンタが作ったの?」


 コクリと頭を動か、そうとしたらしいんだけど……南瓜の所為で頭が2回りは巨大化していたのでよろけてしまう。

 セレナはそんな様子に失笑しながら支えてあげた。


「コレ、私が貰ってってもいい?」


 ボーイくんはそれにもまたコクリと小さく頷いた。


「そっか。サンキュ」


 南瓜頭をぐりぐりと撫で回すセレナはとっても嬉しそうで、きっと腕を頻りに動かすボーイくんも嬉しいんだ。


「アリッサさん、どちらにするかお決めになりましたかな?」

「あ、はい……これにしようと思います」


 私はマーサさんが取り出した大量の南瓜の中から1つを選ぶ。それは随分とお気楽そうな笑顔の南瓜だった。


「ふむ……どこかクラリスさんに似ておられますな」

「あ、あはは、そんな、まさか……ははは」


 考えていた事をずばりと当てられてちょっと恥ずかしく視線を逸らす。

 その先に映るのは当のジャック・オ・ランタン。

 逆さのUみたいな目や、だらしなく弛められた口などが本当にあの子を思い出させる。

 マーサさんはクラリスに会った事は無いから本当にただの偶然だろうけど、だからこそこの偶然を選びたくなったのだ。


(それに、今日は一緒にいられないからせめてこれくらいは……なんて、思ってないぞ)


 そう心中でごちつつも、私の中では既にこれを貰うのは決定事項なのでその南瓜を持ってマーサさんへと歩み寄る。


「マーサさん、私はこの南瓜を頂こうと思います」

「あらら。はいはい、いいですよ〜……あら?」

『キューイキューイ!』


 鳴き声に振り向けば、どうやらひーちゃんも南瓜が欲しくなっちゃったらしい。その中の1つ、おどけた調子の南瓜に入ったまま明滅を繰り返している。


「あのマーサさん、ひーちゃんの分も頂いていいですか?」

「あらら、もちろんよ〜。好きなだけ持っていってくれていいんだから」

「ありがとうございます。良かったね、ひーちゃん」

『キュイ!』

「気に入ってくれて嬉しいわ〜」


 ほんわかと微笑むマーサさんは南瓜に入ったままのひーちゃんを撫で撫でしている。


「ふぅん……」


 と、その会話を聞いていたセレナが未だコスプレに身を染めていない天丼くんに目を付けた。


「ちょっと。アンタ面白みが無いからコレ被ってなさいよ」

「お前人の事言えないだ、もがっ?!」


 外で見たように南瓜は元々出歩く際の安全の為に被るだからここにもその為の穴が開けられている物も用意されていたらしい。

 セレナはその内の1つを選んで天丼くんの頭にすっぽりと被せてしまったのだ。

 星型の目や三日月の口など、それなりにファンシーなカボチャの上部からはウサギの耳が出ている。

 ……それだけならばまだ見れる気もするのだけど、天丼くんてば体が大きいものだからなんだか不気味なのだった。


「なんでこうなった……」


 不思議なもので目や口の部分からは顔が見えないのだけど……とりあえず落ち込んでるのは分かった。


「か、南瓜天……っ!!」


 セレナ、爆笑するのは是非ともやめてさしあげて。



◇◇◇◇◇



 そうして準備が完了した、のだけどそろそろお昼なので一旦ログアウトしないといけない。

 以前みんなで泊まった時はセレナが私の部屋に泊まったけど、今回セレナは既に1部屋を自室にしている。

 そうなると「部屋に男いれるとかパス」と言われ、天丼くんとセバスチャンさんが同室に泊まると言う、2人にとっては頭の痛くなる展開となりました。


「「どうしてこうなった……」」




◆◆◆◆◆




 お昼ごはんを食べ終えリビングでゆっくりとしていた私たちは互いにオフィシャルイベントの事を話そうとしていたのだけど……そうはなっていなかった。


「お姉ちゃんだいじょぶー?」

「……ん……」


 話が膨らまない。

 私はどうにも調子が上がらずにいた。昨日の無茶が祟ったのだろう、どうにも体が怠かった。

 全感覚体感型ゲームであるMSOにログインしている間は現実の体の倦怠感は大半がシャットアウトされていた。

 その事実を忘れたように軽く動き回っていた反動か、ログアウトしてからの怠さがより深刻に思えていた。

 まるで地球に戻ってきた宇宙飛行士が重力を辛く感じるように……って言うのはおこがましいか。


(お母さんがいなくてよかった……)


 所用で出掛けたお母さんがいれば怪しまれるからこうまでだらけられていなかったろう。だらだら。

 そんな訳で生返事しか出せない私に花菜も気を遣ってくれているらしく(これ幸いとしがみついて離れないけど)、互いの間から会話は無くなっていったのだ。

 だからみんなとの集合時間まではだらけていようと思っているそんな時の事。


「花菜、少し結花と話がしたいんだ。2人にしてくれないか?」


 お父さんが私に取り付く花菜にそう頼んだのだ。

 もちろん当然当たり前に自明の理で花菜は渋った。

 渋って……それでもお父さんが頼むと渋々々々々々々々々々くらい渋々と私から離れ、名残惜しそうにリビングを出ていった。


「めそめそめそめそ……」


 パタンとドアが閉じると途端に私の息が詰まった。

 向き直ったお父さんは私の対面に移動し、丁度朝のお母さんと同じ構図が出来上がっていた。


「結花」

「……うん、何?」

「いや、ちょっと気になったんだがな……」


 そう言うとお父さんは情報端末を慣れた手付きで操作し、その画面を私に見せた。


これ(、、)はどう言う事か、説明してくれないか?」

「……ぁ」


 そこには昨日と今日、私がMSOにログインしていた時間の記録が円グラフとして表示されている。


「その、えと……」


 私、野々原結花は17歳、日本国においては未成年者である。

 そしてリンクスは全感覚体感型ゲームハードであり、過度のプレイは健康に悪影響を及ぼす可能性があるそうで、保護者(私の場合は両親)はプレイ時間についていくつか設定する事になっている。

 それはプレイ時間の制限であったり、プレイ時間などの情報の閲覧だったりする。

 私たちはプレイ時間に制限はされていないけど、情報は簡単に閲覧出来る。

 普段ならしない寝坊をし、花菜に起こしに来られると言う前代未聞の凶事が行われたにも関わらず、その花菜すら巻き込んで寝続けた挙げ句に体調不良に陥っている私を不審に思い確認したのだと思う。

 その結果、私が朝方まで延々とログインし続けていた事が露見した。


「……ごめんなさい。夜更かししてました……」


 おそらくまだお母さんには報せていない。だからこそお父さんはお母さんがいないタイミングを見計らったのだろう。

 が、もしも知られればお小言所の話では無く、真面目にリンクスの使用を制限されてしまう公算が高い。

 戦々恐々とする私に、お父さんは嘆息しながら語る。


「前にも言ったが、お父さんが結花くらいの時なんて体に悪かろうと自己責任だから指図される謂れも無いって、しょっちゅう徹夜をしてたもんだ」

「……」

「だがなぁ……人間、親になるとそんな理屈は聞く耳持たなくなる」


 ポンと伸ばした手が私の頭に置かれた。クシャリと髪が少しとっちらかる。


「親なんて勝手なものだからな。自分はしていたくせに娘が出来たらそんな真似はしてほしくないと思うようになったよ」

「……ごめんなさい」


 同じ謝罪の言葉。けど今度はより重く、お父さんに心配を掛けてしまったと気分は落ち込んでいく。

 そんな私の様子をどう受け取ったのか、お父さんは情報端末をテーブルに置くと腕を組んだ。

 その顔は一息吐くとすっと引き締まる。

 お父さんは、私たちに基本甘い。娘に対する男親特有の可愛がり、そしてお母さんがそれなりに厳しいから、鞭と飴とばかりに普段は甘めな判定やフォローをしている。

 でも時折、お母さんだけでは足りないと思えば必要な事を言う時もある。

 それが今だとその顔が語っていた。


「遊び歩いていたのか?」

「違うよ、ちょっと……やらなきゃいけない事があったから」

「理由があるんだな?」

「……うん」

「話せる事か?」


 そう問われて意識はリビングを出た花菜に向き、首はかすかに縦に動いた。


「私の使うキャラクターは……その、使いこなすのにすごく手間が掛かるの。それはどうしても向こうで時間を掛けないといけなくて……」


 重力に負けたかのように、頭は次第に下へ向いていく。最後には自分の手と足しか映らなくなってしまった。


「それをやっておいた方が花菜をびっくりさせられるかな、楽しませてあげられるかなって思ったの。でも今日からはオフィシャルイベントに参加する事になってて時間に余裕があったのはもう土曜日の夜以外無くて……バレたら怒られるかもとは思ったけど、やらずにいたって後悔するかもしれないから、ならやってみようって決めたの」


 それでも、結局花菜とは別行動をする事になってしまった。後悔は無いけど世の中上手く行かないものだとは思う。


「そうだな……こんな事になったら少なくとも笑ってはいられないな」


 沈黙が流れた。点けっぱなしのテレビだけが、陽気な音楽とトークを部屋の中に響かせている。

 明るいそれはどうしたのかまるで壁1枚を隔てたかのように遠い。


「……結花。お父さんもお母さんも、別に結花が憎くてお前を縮こまらせるような真似をしている訳じゃない。それは分かるな?」

「そりゃ……うん」


 今日までずっと一緒に暮らして、育ててもらって、見守ってくれている。その温かさを分からない筈が無い。

 だからこそ今それを思い出す度に胸の奥がチクチクと針で突つかれたように苛まれているのだもの。


「お父さんもお母さんも、結花が可愛い。目に入れても痛くないくらい可愛い。彼氏を連れてきたら殴るくらい可愛い。嫁に行かせたくないくらい可愛い。もう一生野々原姓でいいんじゃないかと思うくらい可愛い」

「うわあ……」


 可愛い可愛いと連呼されるのは面映ゆく、自然私は小さくなる。話の流れをぶった切って何を言い散らかすかこの親ばかはーと内心で囁きながら。

 しかし、お父さんは声音を一転させた。


「で、可愛いから元気でいてほしいんだ、ずっとな。だからもう無茶な遊び方はしないとちゃんと約束してほしい」


 その言葉に我に返ってお父さんを見る。

 お父さんは変わらず真面目な顔付きで、諭すように静かに語っていた。


「ゲームは楽しいものだとお父さんは思う。結花はどうだ?」

「うん、色々あったけど……楽しめてる。お友達と、仲間と遊ぶのは楽しいよ」


 辛く苦しい時期もあったけど、それを乗り越えさせてくれた人たちとの日々は確かに楽しいと自信を持って言える。


「そうか。なら、もし結花の心に浮かんだ友達や仲間の人たちが結花と同じ事をしたら、どう思う?」

「……私の為にみんなが無茶を……」


 想像は驚く程に容易かった。何故ならつい昨日、私の為にみんなが傷付き倒れていく姿を見たばかり。

 でもそれは最初からそうするのだと分かっていた事だった、それを前提とした戦闘だった。

 けどそれですら私は最後にセレナを庇った。傷付いてほしくない、その気持ちのままに走り出した。

 あの時感じた思いが想像の起点となり胸の痛みがまた強くなる。

 その顔をどう捉えたのか、お父さんはゆっくりと頷く。


「そうだな。そんな顔にさせてしまうかもしれない。なら、ゲームを終えた後の事も考えてやらなきゃいけない、じゃなきゃ次を楽しめなくなる。そして遊べるのはどうしたって結花の体が動いて、健康でいてくれているからだ。ならあんまり体を苛めちゃいけないな」

「……うん」


 耳に痛い。だって今まさに体に怠さを感じているのだから。もしかしたらこの怠さは体からの文句なのかもしれない。そう思うくらいには耳に痛いのだ。

 だから私ははあっと息を吐いて力無く首を縦に振った。


「……そうだね。もし、何かあったらゲームを楽しめなくなって、楽しめなくさせちゃうかもしれないんだもんね」


 そうなったら、ほんとに本末転倒だとも思う。


「その気持ちを忘れないようにな」

「うん」

「なら、指切りだ」

「えー……」

「そこで嫌がられるのかー……お父さん傷付くなー……」


 いきなり肩を落とすお父さんにどうにも固くなっていた心は安心してしまって、私は指を差し出して指切りげんまんする。

 そしてそれに満足したらしいお父さんは情報端末に手を伸ばし、情報端末を操作しログイン時間に関する表示を閉じたみたいだった。


「……いいの?」

「うん?」

「あの、お母さんには言わなくていいの?」

「約束したからな、ならお父さんは結花を信じるよ。信じて、今回の話は見ざる言わざる聞かざるに徹しておく。お母さんにも黙っておこう」

「……あ、ありがと」

「どういたしまして。その代わり、次は無しだぞ。もししたらお母さんにも言うし、ゲーム機も……預かる事になる。ここばかりは譲れないからな」

「……それは、仕方無いよね。うん……仕方無い。肝に命じておきます」

「よし」


 そう告げるとお父さんは力を抜き、「柄でもない事をしてしまったなぁ」とテレビのチャンネルを回し始めた。


(ほんと……次なんて想像したくないや)


 私は私で心労がかさみ、昨日からの疲れも相まって体から力が抜けだらりとソファーに背中を預けてしまう。

 そうしていると、キィとドアがかすかに開く音がした。


「?」


 振り向くとドアが少し開いていて、わずかに廊下が覗いている。


(ちゃんと閉めていかなったの? あの子はもう)


 ぼんやりとした意識の中でそう思ったものの、億劫でもあったので自分が上に行く時まで放っておこうと決めて、少しだけ体を休める事にした。


(この後は、みんなと……みんな、と……)


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