第103話「新たなる力……?」
ワラケルさんによる撮影を終え、ルルちゃんのお店を離れた私とセバスチャンさん、そしてひーちゃんは装備の修復依頼と、セレナと天丼くんとの待ち合わせの為に注文の多い服飾店を訪れていた。
「やっぱり結構人がいますね。いい事だとは思いますけど……」
待ち合わせ場所でもあるので多量の人のざわめきに出迎えられてはそう言った感想にもなる。
つま先立ちになって周囲を見てみる。
「ひーちゃん、セレナたちはいるかなー?」
が、残念ながら低めな身長の私では全体を把握出来ずに空を飛べるひーちゃんへと期待を託した。
『キューキュー……キューイキューイ』
高く浮き上がり周囲を見るひーちゃんだけど、ふるふると横に首(?)を振る。
「ふむ、まだのようですな。先に修復依頼を済ませてしまいましょう」
「ですね。ひーちゃんありがとー。先に行くから戻っておいでー」
『キュイッ』
目視以外にもシステムメニューからも確認したのかそう言うセバスチャンさんとひーちゃんを伴い、人波を縫ってカウンターへと向かう。
「ふぃ〜……」
カウンターに肘を突いてキセルを燻らすのは注文の多い服飾店の店主である夜半さんだ。
彼女は繁盛しているお店を眺めながらも気だるげにしていた。
「こんにちは。お久し振りです、夜半さん」
「ああ、アンタか。久し振り、ってぇ程でもないさね、らっしゃい」
私の顔を見るのもほどほどに、着ているお洋服に視線は移る。リリウム装備を着ていないからか、それともお洋服自体にか。
「……ベタだねぇ」
どうやら後者であったらしく、そんな感想を煙に紛らせて吐き出した。
その瞳は若干細められ、気だるげな気配は薄らいで見えた。
「面白みにはちょいと欠ける……が、作りはしっかりしてる、ねぇ。基礎がしっかりしてるなら、これからが楽しみだ。製作者はどこの誰だい?」
「えと、ルルちゃんって言う……あの、以前来た時に一緒だった犬人族の女の子、覚えてらっしゃいますか?」
「……なんとなく、かね」
「彼女あれからお洋服を売る事にして、今は王都の露店でがんばってるんですよ」
「ほーう、商売敵にねぇ。いつか会ってみたいもんだ」
ケタケタと可笑しそうに笑う夜半さんはすっかりと元気になり、以前のような受け答えをしてくれる。
「何、ちょいと忙しくてだらけちまっててね。いい気付けになったよ」
「はあ、確かに大変そうですね」
他のカウンターでは以前に会ったヘレイネさんともう1人、ラント人さんらしい女性がお客さんの応対に忙しそう。
それは商品が売れていると言う事なのだけど、ここの商品は既製品ではなくすべて夜半さんのお手製らしいから補充も大変なんだろう。
それに加えて修復も請け負うなら疲れ果てるのは当然かもしれない。
「あの、リリウム装備の修復をお願いに来たんですけど……ご迷惑でしょうか?」
「馬鹿を言わないでほしいね。言ったろう、あれはアタシのお気に入りでもあるってね。さっさと寄越しな」
「あ、はい。ありがとうございます」
システムメニューからリリウム装備を渡す。夜半さんはすぐさまそれを実体化して状態を確認しているみたいだった。
「……ほぉお。ずいぶん使い込んだもんじゃあないか」
「乱暴な使い方をしてしまいまして、すみません……でも、とっても頼もしかったです。すごい装備を作って頂いてありがとうございました」
「かっか、そうかい。冥利だねぇ」
クリアテールさんとの激しい戦闘を乗り越えられたのは間違い無くこの装備のお陰だ。感謝はいくらしてもし足りない。
「店の事もあるんでね、修復に多少時間は掛かるが構わないかい?」
「ああ、その事なら気になさらないでください。しばらくは軽くどんなイベントかを確かめていこうって言う話になっているのでパラメータ補正は無くてもどうにか……ですから遅くなっても平気です」
「あいよ。なら、そうさね……3時頃に来な。それまでには済ませておいてやろう」
「よろしくお願いします」
私は料金を支払ってカウンターを辞する。後ろで待っていてくれたセバスチャンさんと合流すると、そこには既にセレナと天丼くんが合流していた。
「じゃあ次だね」
後はマルクス武具店に七星杖を預けてに行って、そしてもう1ヶ所、王都で行っておくべき場所があった。
◇◇◇◇◇
「そうかいそうかい、とうとうそこまでになったなんてねぇ〜。後輩が育つなんてのは嬉しいもんじゃないか、ひょひょひょ」
「光栄です」
私たちは中央区にある法術院、その地下に住んでいる老婆・ガニラさんに会いに来ていた。
良くも悪くも今の私の要である《古式法術》に関するチェーンクエスト《古き誓いはかく語りき》を進める為に。
「みんなのお陰でどうにかここまで来れました」
「ふっふ〜ん」
「お前だけを指してんじゃねぇよ」
ガニラさんはそれを聞き「そうだろうそうだろう」と機嫌良さげに頷く。
「《古式法術》は1人じゃあ扱いに困るだろうねぇ。何せこのアタシも苦労したもんだからねぇ、たぁい変だったろう? ひょひょひょ」
「そうよ大変だったのよ。大変だったんだからさっさと教えなさいよ、アンタの言ってた“あの事”!」
以前訪れた折りにガニラさんは《古式法術》に“面白い力”があると言っていた。
レベルも30を超え、エキスパートスキルのすべてが使用可能となった、条件は整えられるだけ整えたつもり。
その力がなんであるかを確かめるのも今日ここに来た理由なのだ。
(これですべてのエキスパートスキルを100回ずつ使って使いこなしてから出直せだの言われたら挫けるなあ……)
少しの緊張を覚えながら注視すると、ガニラさんはじとっとセレナをねめる。
「分かってるよ、まったくせっかちだね」
「時は金なりっつーでしょうが、こちとら忙しいのよハリーハリー!」
「口ばっかり減らないで、あーあ嫌だねぇ」
2人は舌戦を続けながら、ガニラさんはまたしても天丼くんに積み上げられた大量の本の中から本を2冊取り出させた。
「「さっさとおし」しなさいよ「のろま」」
「お前ら実は仲良しだろ?!」
と、こき使われた天丼くんが叫んだりしたと追記。
「はいよ。これが深化属性法術のエキスパートスキルのスペルをまとめたもんさ」
「ありがとうございます」
初期属性法術の『基礎編』、遷移属性法術の『応用編』に続く3冊目には『発展編』と記されていた。一応はこれでエキスパートスキルをコンプリートしたと認められた事になる。
「……で?」
「ひょひょひょ。さて――」
私を見つめたガニラさんの口がにんまりと弓のようにしなり、目は糸のように細まる。
魔女みたいな風貌のガニラさんにそうされるとちょっと不安になったりならなかったりするんだけど果たして何が出るか――。
「じゃあ教えといてやろうかね」
みんなが心持ち前傾姿勢となって喉を鳴らすと、得意げにガニラさんは語り出す。
「スキルをすべて修得するまで使い続けるような奇特なアンタなら……ま、どうにでもなるだろうからね」
「はあ、そうなんですか……?」
そしてガニラさんは天丼くんに取らせた2冊目の本をテーブルの上に置いた。
「これがお待ちかねの力を扱う為の本さ。さあ持ってお行き」
「これが……?」
真っ白な装丁の本だった。
文字も書かれておらず、ページにも紙の色すら見られずにただただ白い。
「ひょひょひょ。これを開けばあんたは新たな力を得る事が出来る。まぁ、使うかどうかはあんた次第だがね」
「って事はこれを読めばスキルをエクストラ修得するって事か……?」
「さて、内容を聞かぬ内はどうにも」
「結局その力って何なの? ちゃんと説明しなさいよ」
「何、簡単な話さ。簡単な話だがねぇ……説明するにもまずは本を開かなきゃ始まらないんだよ。ほらほらさっさとおし」
「は、はいっ」
そう言われて表紙を捲ってみる……けど、そこにはなーんにも書かれていない。ただ真っ白な紙があるばかり。
パラリパラリと更に捲っていくけど、結局すべてのページを見ても文字の1つ所か、模様の1つすら見つける事が出来なかった。
「……アリッサ、何か変化はあるか?」
「あるように見える?」
『キュイ』
無いそうです。
「アリッサさんご自身には変化は感じられない訳ですか。ウィンドウなりも開きませんし……はて、これは一体どうした事なのやら」
みんなもその真っ白な本を矯めつ眇めつし始める。
「ハッ、もしかして炙り出し?! 丁度良い所に火の玉があるわよ!」
『キュキュ?!』
「落ち着け」
それからみんなで透かしだの水を塗れば色が出るだのと言い合うのだけど一向に進展は見られない。
それに痺れを切らしたのはやっぱりと言うかセレナだった。
「ああもう焦れったいっ! ホラ説明!」
「偉そうだねぇアンタは。教えてもらう側だって意識は無いのかい」
「教わってあげてんのよ、丁重に扱いなさい!」
威張るセレナにやれやれと首を振るガニラさんだけど説明はしてくれるみたい。細く長い指で傍に置かれていた羽根ペンとインクを取って私に手渡した。
(さ、さすがにこれは使った事無いなあ……)
「じゃあまずこの本に適当なスキルの名を書いてごらん」
「は、はい」
そう言われてペンを手にした時にふとどれで書けばいいのかな? と思った。
例えば〈ファイアショット〉はスペル詠唱の際には“火の一射”と唱える。その上、こちらの世界にはステラ言語と言う独自の文字もある、日本語でも大丈夫なのかな?
「……順番に試せばいいか。まずは……ファイアショット、と」
インク瓶にペン先を少しつけてページの上部にぎこちなく書いていく。
「!?」
するとどうした事か、その文字がカチカチと動き始めた!
そしてそれらの周囲やページの真ん中に新たな文字が滲むように表れていく。
「ステラ言語、ですな」
「ですよね……あれ? なんだろ、この文面見覚えが……あ、そうだ。《古式法術》を取得した日に見つけたステラ言語の文章と似てるんだ」
あの時は〈ライトショット〉を〈言語解読〉で変換するとステラ言語版のスペルが表示された。これとは多少違うけど、基本的な構成はそう変わらないと思う。
「あの、もしかしてこれは〈ファイアショット〉のスペルですか?」
「ひょひょひょ。そうさ、そして……その羽根で払ってみな」
「羽根ですか。サッサ……あれ、文字が薄くなった」
言われた通りにすると黒かった文字が灰色に変わる。
「その状態になった所に別の文字を書き込めば、スキルのスペルは新しい方に変更される。名付けて『スペルリライト』さ、ひょひょひょ」
「スペルを、変更する?!」
その言葉に場が騒然となる。
「じゃ、じゃあ何よ? あのムダに長ったらしいスペルを一言二言……ううん、1文字にでも出来るワケ?!」
私の、と言うか《古式法術》の弱点の1つにその長大な上に個々に異なるスペルの存在がある。
それを短縮出来ると言うならそれはとても――。
「んな訳無いだろう」
との期待はあっさりばっさり切り捨てられた。
ちなみに私たち全員がずっこけました。
「ちょっ、待っ――?!」
「ひょ〜ひょひょ。世の中そんなに楽には出来ちゃいないのさ。スペルリライトは元々のスペルと同じ文字数じゃなきゃならないんだよ」
「何の意味があんのよそれはぁあぁああぁぁぁっ!!」
セレナが私たち全員の想いをこめて絶叫しましたとさ。
なんだかなー……。
◇◇◇◇◇
「つーまんないっ! 何よアレ! あんだけ引っ張ってたくせにてんで役立たずじゃないのよ! あーもう! 期待して損したっ!」
ガニラさんの部屋を出てからと言うもの、セレナはぷりぷりと怒りっぱなしだった。
地団駄を踏みまくり、周囲に苛立ちを振り撒いている。よくこれでガニラさんに掴みかからなかったものだ。
「そうか? 少しは役に立ちそうなもんだが……」
「アンタ、バッカじゃないの?! アレのどこが役に立つってのよ、手間が増えるばっかりで今までの地道な暗記もパァになるとか……嫌がらせかあのババァ!」
「お前はアレか? 超強力な必殺技とか、超便利な能力とか、そんなのが出てくるとでも思ってたのか?」
「ぐっ」
図星らしい。
「オイオイ、ただでさえ汎用性の極みみたいな加護なんだぞ。これ以上何か追加されたらそりゃさすがにズルだろうが」
「わ、分かってるわよ……分かってるっての。それでもあんだけがんばんなきゃ達成出来ないような事なのよ? ……そりゃちょっと期待くらいするもんじゃない」
「……そだね」
私だって同じような事を少しは考えた。
でもエキスパートスキルの威力を目の当たりにしていたから、これ自体が強力な力だからって納得したんだけどね。
「ガニラさんの話を聞く限り、積極的に使うのは……難しいよね」
「よしんばそれを行ったとしてスペルを変更するとなると以前の物は使えなくなるやもしれません。覚える事、忘れる事、負担はアリッサさんに傾きます。軽々には扱えないでしょうなあ」
「暗記はまあ……ある意味得意分野でもありますけど、そこまでする事でもありませんよね」
「自作の呪文で法術を放てる、と言うのはある意味ロマンではありますが、現実的ではありませんな」
「呪文っつーか、ソレって単なる自作のポエムよね。そんなの衆人環視の中で使おうもんならイタイコ認定されそうだわ」
三々五々に大小のため息が全員から零れてしまうのは仕方の無い話。
私たちはみんな多かれ少なかれこの面白い力を楽しみにしていた面がある。それがこんな結果になってしまえばがっかりするのも道理だ。
……けど、ロビーに到着する辺りで私の目がある物に留まる。
そこには様々飾り付けられたハロウィングッズが物寂しい法術院を明るく変えていた。
「ああ、今お祭りなんだよね」
なのに楽しむ側の私たちがいつまでもどんより気分では台無しじゃない?
「うんっ」
気分を切り換えようとパン! 手を叩く。みんなはその音にこちらを向いた。
「もうその事はいいよ。それよりこれからようやくイベントに参加するんだから、こんな湿っぽい雰囲気じゃ合わないよ」
「……ま、それもそうね」
「ハァ〜〜〜〜……」と長い長いため息を吐いたセレナは顔を上げる。
「よーし、気分復調した」
嫌な気分はきっとため息と一緒に捻り出したんだろう。晴れやかな顔のセレナは腕を突き上げた。
「よっしゃヤロー共! じゃあいっちょ祭りに繰り出すわよ!」
それに触発されたのか、天丼くんもセバスチャンさんもひーちゃんも暗い顔はどこへやら、同じように腕を突き上げる。
「「おー!」」『キューイ!』
「ヤローじゃないけど、おー」
そして私も。
「じゃあまずは南瓜をゲットしに……アラスタへ!」
すみません、今回は短めです。




