第100話「悪い子」
ようやっとクリアテールさんとの戦闘を終えた私たち。
が、セレナがチャットで連絡を取ったセバスチャンさんはまだ戻って来なくていいと言ったらしいのだけど……?
「一体どう言う事なの?」
「知らない。教えてくんなかったんだもん」
疑問を口にしてもセレナはバッサリ。
2人して頭の上にクエスチョンマークを乱舞させる羽目に陥った。セバスチャンさんは何を考えているんだろう?
「どうする?」
「って言われても……んー、セバスチャンさんが言う事だから何か意味があるんだろうし、従っておこうかな……とりあえず寝る場所と食料はある訳だし」
セバスチャンさんのテントに加え、遠出の際に買い貯めたファストフードや飲み物類がまだ残ってる、一晩くらいなら問題無い。
「まぁ私も別にいいけどさ。天丼とセバスチャンに合流する以外はもうログアウトするだけだったし」
体を伸ばすセレナ。
時刻は既に午後11時近い。
明日が日曜日とは言え今日はあれだけ長時間戦ったのだから疲れもあるのだろう。
「じゃあもうやる事も無いしさっさとログアウトしちゃおうか。明日はオフィシャルイベントに本格参戦するんでしょ?」
「……うん、そうだね」
私たちはクリアテールさんに挨拶をして湖畔のテントに向かうつもりだったけど、そこに待ったが掛かった。
『ふむ。では我がそのテントとやらに連れていってやろう。さぁ、乗るがよい』
「へ?」
そう言ってクリアテールさんは私たちに背に乗るように促してきたのだ。
私はそれに大いに驚き、挙動不審にキョロキョロと頭と背を見てしまう。
「あの、よろしいんでしょうか……?」
『構うな、ただの気紛れだ。故に気が変わるやもしれぬぞ?』
細かく笑うクリアテールさんを見て「ま、こんな事そう無いだろうしね」とセレナが私の手を引いていく。
「よっと」
「し、失礼しまーす……」
私を抱えたセレナが軽く跳躍してクリアテールさんの背中に着地する。
先程までの戦闘でセレナの攻撃を何でもない事のように弾いた鱗は光を反射してキラキラと輝いている。
表面はつるりと滑らかでまるでスケートリンクででもあるかのように足元を覚束無くさせる。
すとんと腰を下ろせば素肌にひやりとした感触を覚えた。夏もこれくらいならとても助かるかもしれない。
もっとも下には湖があるから単純に水浴びをすればいい話なのだけど。
『落ちるでないぞ、娘たち』
バサッ! 両の翼がばさりばさりと上下に動き、風が巻き起こる。
「えっ、あの、飛ぶんですかっ?!」
『他にどうすると思ったのだ?』
「そりゃノッシノッシと歩いて……?」
『面倒だ』
下からの突き上げるような感覚と共に視界が動く。クリアテールさんが飛び立ったのだ。
「わ、わわわっ!?」
「ひゃっほーうっ! こりゃいいわ!」
ぶわり! 高地ならではの冷たい風が頬を叩く。
「――ぁ」
視界を埋める景色は朝の陽光に照らされた廃墟群、朝靄はカーテンのように光を優しく透過し、水面を控えめに煌めかせる。
そしてその向こうには遥か先まで広がる緑の大地。少し高さが変わるだけで世界は別の顔を見せた。寂しいとも思えたこの街はこんなにも綺麗だったのかとため息が零れた。
クリアテールさんのフライトはものの数十秒と経たずに終了してしまったけど、あの景色は早々忘れる事は無いと思う。
バシャリと湖畔の傍に着陸したクリアテールさんの背から降り立つ。
「ありがとうございましたクリアテールさん」
「いいモン見せてもらったわ、サーンキュ」
『どうと言う事も無い、ではな』
それだけを残してクリアテールさんは廃墟群へと戻って――いかない?
「「?」」
『時に、娘たち』
「はい、何でしょうか」
『汝ら、名は何と申すか』
その問いに私たちは互いに顔を見合わせた。
「結構名前叫んでた気もするわよ……?」
『馬鹿を申せ。名とは自ら名乗ってこそ名であろう。汝らは己が名を高らかに叫んでなぞいたか?』
「そりゃ、無いわね」
そう言われればクリアテールさんは名乗っていたけど、こっちは自己紹介もしていなかったんだっけ。
ならと改めてクリアテールさんに向き直る。
「失礼しました。私はエルフのアリッサと申します。今日はお力添え頂いて本当にありがとうございました」
「ドラゴニュートのセレナよ。教えたからには忘れないでよね」
『ふむ、努力しよう。ではさらばだ、森の娘・アリッサ、竜の娘・セレナよ』
最後にそう言い残し、再び翼を羽ばたかれる。多分あの大穴で休むのだろう。その姿が見えなくなるまで私たちは手を振っていた。
「んー! これでやっと一段落かぁー。向こうは詳しいイベント内容ちゃんと調べてんのかしら?」
「セバスチャンさんの事だからきっと大丈夫なんじゃないかな?」
「セバスチャンへの信頼感が半端無いわね。役立たずになってたらどういじってやろうかしらあの店屋物」
「セレナってばもう……」
「ま、それは明日のお楽しみって事で、こっちはもうゆっくり休みましょ」
「、ん。そだね」
そう笑い合いながら私たちはテントへ向かっていった。
◆◆◆◆◆
目を開く。視界は夜の闇にとっぷりと沈んでいた。
(…………)
私はすぐにリンクスから頭を引き抜き部屋を後にする。
(どうしよ……)
階段を降りる間、私は色々と考えていた。言葉も幾つか浮かぶのだけど、はっきりと形になりはしなかった。
リビングへのドアから灯りが漏れているのが目に入ると、とうとう半端な考えは霧散してしまう。
「……は」
――ガチャリ。
ドアノブを回すと晩ごはんの匂いはずいぶん薄くなっていた。
「おかえり、お父さん」
「おお、ただいま結花」
リビングのソファーには、お風呂上がりで髪を拭くお父さんがいた。ログインしている間に帰って来たんだ。
お母さんは、もう寝室かな……?
「今日はずいぶん長くプレイしたみたいだな……大丈夫か?」
「……うん、まあね」
心配してくれるお父さんに、なんだか心が重くなった。
「じゃ、じゃあ私、お風呂入っちゃうから……」
「お、おお?」
私はお父さんとの会話を打ち切って入って来たドアから廊下に出る。
パタン……静かにドアを閉めると頭を押さえた。
「はあ……バツが悪い、いっそ誰もいなければ吹っ切れたかもしれないのに」
囁くよりも小さな小さな声は誰にも受け止められないまま、床に落ちて消えて、でも私はそれを置き去りにして重い足取りで歩き始める。
◇◇◇◇◇
髪を拭う。肩口までしかない私の髪は花菜のそれに比べて洗いやすく拭きやすく乾きやすい。
(けど、自慢になってないか)
パジャマの隙間から入り込む冷たい秋の空気がお風呂上がりの火照った体に心地よかった。
「あら、結花」
ギクリと脱衣所のドアノブに触れていた手が固まる。ノブが不器用に音を立てた。
「……お母さん」
トイレのドアを開けたタイミングと重なり、私たちは互いに互いを見た。
お母さんは私の様子を変に思ったのか片眉を上げている。
私はそれに心臓をドキリと痛めた。顔に出てしまっただろうか? お母さんの顔を恐くて見れない。
「お、おやすみなさいっ!」
「え? お、おやすみ」
だから私は微妙に顔を逸らしたまま小走りで廊下を逃げていった。あのセリフ、確実に変に思われた……。
「はあ……」
階段を一歩登る度に足が重くなっていく。折角レベルが目標にまで達した日の夜だと言うのになんだろうこの暗鬱な気持ちは。
「ごごご……お姉ちゃんの匂い……お風呂上がり……色っぽい……」
バタン。
自室のドアを閉めた。
べちんべちんとドアを叩く効果音が聞こえる気がするけど、今日は会う気になれないから無視しておく事にした。
「…………」
部屋は暗い、照明はきちんと消しておいた。だからスイッチに手を伸ばそうとして……止める。
上げた手はそのまま髪がきちんと乾いているか確かめる為に使う。
「大丈夫……かな」
ぼんやりと浮かぶベッドに腰掛け、体を横たえると頭にコツンと固い感触が当たる。
「……はあ。お父さん、お母さん、ごめんなさい」
両手で両目を覆うと本格的に真っ暗だ。
「……でも、今日しか無いから」
呟いた言葉には芯がある。
両手を上にずらしていくとリンクスがある。
いつもならログアウトしてからすぐにしまってしまうのだけど、今日はそのままだった。
それを頭に装着する。掛け布団に潜り、情報端末のアプリを起動する。
そして、私はまたMSOをプレイする――そう、私は今日……夜更かしをするのだ。
◆◆◆◆◆
「……しちゃった」
テントの中で目覚めた私は自己嫌悪に苛まれていた。
花菜にもう注意出来る立場ではなくなっちゃったなーとか、私の身を案じてくれている両親を裏切ってはいないだろうかとか、そんな思いがある。
(……それでも自分で決めて、自分でログインしたんだもの。ぐずぐずしていたらそれこそ時間も決意も無駄にしちゃう)
深呼吸をしてテントのジッパーを下げる、と1つ強い風が吹き込む。
ザ、ザ、ザ……湖の水面を波立たせて乱反射した光が私の目を襲う。現実では深夜帯でもこちらではまだ早朝と呼べる時間帯だ。
私は湖に歩きその水で顔を洗う。肌を刺す程に冷たいけど、その冷たさが意識をはっきりとさせてくれる。
「よし、っと」
パンパンと頬を叩いて気合いを注入。やる事やっちゃおうとシステムメニューを開く。
いくつもある中から選ぶのは[メール]、かねてから現実で調べておいた資料がメールと言う形で届いていた。
それこそ全21種の属性法術の各エキスパートスキルのスペル集だった。
「〈古式法術〉はただレベルを上げただけじゃ本当には使いこなせないものね。エキスパートスキルを各100回ずつ使わなきゃならないとか面倒なんだから、もう」
だからこその深夜のログイン、私はこれから夜なべしてエキスパートスキルを使って、使って、使いまくるのです!
もちろん全部なんて不可能だけど、いくつか役立ちそうなスキルをピックアップしていけば多少は普通に使えるようになる筈だ。
「明日からのオフィシャルイベントの本格参戦、明後日からは普通に学校もある……今日は夜更かしの条件が整ってる、だから……お父さん、お母さん、悪い娘でごめんなさい」
改めてお父さんとお母さんに届かない謝罪をしてから、私はこれからについてを考え始めた。
◇◇◇◇◇
初期属性法術・遷移属性法術に続く第3の属性法術群、それが『深化属性法術』。
深化属性法術は初期属性法術の強化版であり、単属性ながらあらゆる性能が初期属性法術を上回る。
名称はそれぞれ以下の通り。
火→《炎属性法術》
水→《海属性法術》
風→《嵐属性法術》
土→《地属性法術》
光→《陽属性法術》
闇→《陰属性法術》
聖→《神属性法術》
(21〜30レベルまででビギナーズスキルはすべて修得済み。エキスパートスキルもすべて使える)
試しにと比較的再申請時間の短いスキルを使ってみた。
スキルを次に使用出来る再申請時間については初期・遷移・深化の各属性法術間では再申請時間の共有は無いみたい。これで使える幅も広がる。
そしてもう1つ、こちらも重要な加護《多層詠唱》。
分類が法術のスキルのみながら1回の使用で複数同時に発動する事が出来る。
《古式法術》はエキスパートスキルを使用する度に状態異常・封印となってしまうから、これがあれば一気に回数を稼ぐ事が可能。
その効果を持つレイヤー系のスキルはレベルが5上がる度に修得出来、現在は7つ同時に使える〈セプタプル・レイヤー〉まで修得済み。
しかもこの効果は重複するそうで、6つのスキルを同時に掛ければ最大22回(発動元となるスキルは同一の為、1+1+2+3+4+5+6となる)の同時発動が可能となる。
反面、《多層詠唱》のスキルは増やした総数に応じて消費MPや再申請時間を増加し、威力を激減させてしまうデメリットもあるのであまり極端な使い方はされないらしいけど……。
(構わない。私にとっては何よりも回数が稼ぐのが大事……!)
そしてそれを踏まえて考えなければならないのはスキルの組み合わせ。
同じくらいの再申請時間のスキルを続けるか、それとも長短を組み合わせて長い再申請時間のスキルを待つ間に短い再申請時間のスキルを使い込んでおくのか。
「一晩ですべてのスキルを使いこなすのは難しからきちんとペース配分をしておかないと……セバスチャンさんから貰ったポーションはまだまだ残ってるけど楽じゃないし……っと、そうだ始める前に」
続いてシステムメニューから《精霊召喚》の詳細を表示すると、私が唯一契約している精霊であるひーちゃんの状態が分かる。
「……良かった! HPが全快してる」
クリアテールさんとの戦闘中に私を庇ったひーちゃんは強制送還され、一定時間召喚出来なくなっていた。
戦闘終了からしばらく経っているからどうかなと思ったのだけど、ちゃんと召喚可能な状態になっている。
「〈サモンスピリット〉、“おいで、ひーちゃん”」
『キュイッキュ!』
「ひーちゃ〜んっ!」
ポンと召喚されたひーちゃんはすっかり元気になっていてはしゃぎ回り、私から離れようとしない。
その姿が見れた事が嬉しくて、私も力一杯抱き締める。
「……ありがとね、ひーちゃんのお陰でパワーレベリングもなんとかなったよ」
『キュー!』
あの時挫けそうになった私を奮い立たせたのは、その身を挺して私を庇ったひーちゃんだ。
あれが無ければ最後まで戦えたかどうか分からない。
「けど、もうあんな真似はしないでね。私、ひーちゃんがいなくなるのは辛かったから」
『キュ〜?』
分かったのかどうか、ひーちゃんは疑問符でも浮かべているよう。
(違うか。私がそんな必要が無いくらいにもっと強くなればいいんだもんね)
むんと気合いを入れ直し、その為の準備を再開する。
「ひーちゃん、今から色々と法術を使うから気を付けてね」
『キュイ!』
ひーちゃんはちゃんと言う事を聞いて私の肩で大人しくしてくれている。
私は改めて七星杖を掲げ、メール画面から選んだスペルを唱える。最初に使うのは……。
「すう……〈ダブル・レイヤー〉、〈トリプル・レイヤー〉、〈クアドラプル・レイヤー〉、〈クインティプル・レイヤー〉、〈セクスタプル・レイヤー〉、〈セプタプル・レイヤー〉、“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を祓う神の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、命繋ぐ活力、母なりし神の恩寵”“友よ、膝を屈する事無かれ、その勇気に報いあれ、死の淵は彼方へ、我が手はいつもあなたの傍らに寄り添うだろう”。“導け、神の再生”!」
《神属性法術》エキスパートスキル《セイクリッドリバース》。
PCが瀕死状態となった瞬間にそれを回復する治癒法術。
蘇生アイテムである大地神の涙と同様の効果をもたらすが、蘇生猶予カウントが消費されないと言うより強力な効果を持つ。
(これだけは真っ先に使えるようになりたいって思ったから)
クリアテールさんとの戦いで、天丼くんとセバスチャンさんが死に戻りしてしまった事がすごく嫌だった。
(少しでもあんな思いをせずに済むように)
七星杖を握る手には迷いは無く、上空に向けて放ったいくつもの紺色の光を見つめていた。
◇◇◇◇◇
視界に映る×マーク、封印状態になった事を示すアイコンを眺めながら息を吐く。これで5分間はスキルは使えない。
私は湖畔に腰を下ろしポシェットから法術院のガニラさんから渡された本を取り出す。
ぺらりとページを捲ればそこにはずらりとエキスパートスキルのスペルが並んでいる。
生憎と《言語翻訳》のレベルが不足しているので完全には読めないのだけど。
(スペルを覚えるにも、レベル上げにもなって丁度いいよね)
ひーちゃんにはちょっと退屈かもしれないけど、私は本に視線を落とす、が。
『森の娘・アリッサよ、汝はまたぞろ何をしておるのだ?』
「ぶはっ!? ク、ククク、クリアテールさん?! どうしてここに?!」
本当にいつの間にか、私の隣にはこの地に住まう水竜・クリアテールさんが竜人の姿でひょっこりと座っていた。びっくりしました。
『我がここにおるのは当たり前であろうが。そも我はここから離れたりせぬ』
心外だと言うように腰に手を当てて胸を張る。
「い、いやそれはそうなんですけどっ……あの、私今回お花とか供えたりしてませんよ?」
クリアテールさんと会うにはいくつかの段階を踏まねばならない。
その内の1つがこの水没せし都・ブラノーラの中心に穿たれた大穴にアリナイムスと言うお花を供える、と言うものだった。
しかし、クリアテールさんは実にアッサリした様子で返答する。
『知っておる。だがそのような事は気にせずとも良い。我は汝らを気に入っておる、顔を出す理由なぞそれで十分であろうが』
「は、はあ……」
どうにも長い戦闘の末にかつての彼女自身と大穴の底に眠る水の聖女さまに重なったらしく私とセレナはお気に入りになっていたのだ。
(ならもう親しくなったお姉さんくらいの距離感でいた方がいいのかなあ……?)
と内心で気持ちを整理しているとクリアテールさんの視線は何やら私の肩を……ああ、ひーちゃんを見てるんだ。
自己紹介した時はいなかったもんね。
「この子は私と契約してくれている火の精霊のひーちゃんです」
『キュキュキュキュキュキュ……』
『うむそうか。この地に腰を下ろしてから幾星霜、火の精霊なぞ久方ぶりに見たものでな。どうにも物珍しい』
ここブラノーラは水没せし都の名の通り水で溢れている。精霊は基本自らの属性に関する事象が発生した場所に出現すると聞くから火の手の無いブラノーラではそうもなるんだろう。
『キュキュキュキュキュキュ……』
一方、クリアテールさんに見つめられたひーちゃんはずっとガタガタ震えっぱなし。
彼女の本体は水竜、火と水は互いを弱点とする対極属性だけど両者の間には隔絶した力の差がある、ひーちゃんが恐がるのも仕方無い。
いつまでもこれじゃ可哀想と私は話題を変える事で注意を逸らす事にした。
「えっと、それで私がしていた事なんですが……法術の練習をしていました。クリアテールさんのお陰で《古式法術》と言う加護を授けてくれる星との結び付きが強まったので以前よりも色々と出来るようになったんです。だから時間のある内に練習を、と」
言葉を選びながら辿々しく説明していくとクリアテールさんは『ふむ』と1つ頷いた。
「お騒がせしてしまってすみません」
『構わぬ。それよりも今のは……《古式法術》……ミスタリア様の加護であったな。道理道理、あの方の加護であるならば一筋縄では行くまいよ』
「ミスタリアさんをご存知なんですか?!」
そう勢い込んで聞き返したタイミングで封印状態が解除されたので〈セイクリッドリバース〉以外の法術を使っておく。
……MPの消費が半端ないなあ……。
『ほう、見事見事。中々の腕前ではないか』
立ち上る炎を面白そうに見ながらお褒めの言葉を賜った。全然脅威に思ってないのはもう戦わないからか、それとも本気で大した事無いのか……やめよ、切ない。
「話の腰を折ってしまってすみません」
『よいよい。理解しておる。してミスタリア様の話であったな』
「あ、はい。ご存知なんですか?」
『存じ上げておるとも。竜は長命であると言うたであろう、星々が眠りに付く前より我は生き長らえておる、ならば知らぬ道理なぞ無いわ』
そっかガニラさんと一緒、その時代からの生き字引なんだ……。
「私は……加護を得た時に少しだけ話し掛けてもらいました」
『そうか、ならば眠りより目覚めさせたのは汝か』
「はい、運良く」
当初はずいぶんと苦労したけど、今となっては良かったと思えてる。
『息災であらせられたか?』
「声を聞いた限りでは。小さな命たちを守れると張り切っていました」
『うむ。あの方らしい事よ』
嬉しそうに語る彼女はごろりと湖畔に横になる。
『あの方は多くお子星をお産みなさった故か星々の中でも殊更に慈しみ深い。その加護を得たならば、その想いに応えるも役目ぞ』
「……はい。その為にも練習がんばらなきゃ」
『うむ、良き心掛けだ』
それからもポツポツとミスタリアさんの事を話して聞かせてくれた。それは練習の合間(合間の方が多い)を程よく埋めてくれる。
(……楽しそうだなあ)
そうして話すクリアテールさんの顔には笑顔があった。
自身の事を話すと自慢げに、私の事を話すと朗らかに、聖女さまの事を話すと誇らしげに笑うのだ。
(このブラノーラにはライフタウンも、ポータルも存在しないから簡単には来れない。それはクリアテールさんが誰かとこうして話したりもあまり無いと言う事……)
『ん? どうかしたか』
「あ、いえ。お話しましょう、いっぱい。時間はまだまだありますから」
『うぬ? うぬ』
それを思えば、こうして会話している事で一時でもクリアテールさんが笑顔になっているなら、それはとても素敵な事だろう。
(……ありがとうございます)
そして……今ここに来た意味が他にもあったんだなって、ちょっと胸が軽くなった気がした。
◇◇◇◇◇
それがしばらく続いていると、当然MPは急速に減少する。酷ければそれこそ1回で回復が必要となる。
「けぽっ」
そしてMPの回復にはMPポーションが必須で、既に結構な量のポーションを空けていた。
なんだろう、昨日もこんな事をしていた気がする。
カラン。そろそろ山になり始めたポーションの空き瓶がそんな音を立てた。
『汝もよくやる』
そんな様子を若干驚きながら眺めているクリアテールさんがキツそうに思えたのか私の背中を擦ってくれている。
「だ、大丈夫ですよ。これくらいなら……」
がんばれるがんばれる、まだがんばれると自分を鼓舞しています。
セバスチャンさんの心遣いでせめて味にバリエーションがあるのだからまだマシ……。
が、システムはそんな弱音など吹き飛ばす刺客を送り込んでくるのです。
『クウ……』
「…………………………………………………………久し振りに聞いたなあ…………」
視界内のゲージを見てみるとHPゲージの下にある空腹度ゲージがすっからかんになっていた。
コレヲカイフクスルニハゴハンヲタベナキャイケナイヨ。
今日はぶっ続けで戦闘していたもので全然ごはん食べてなかったツケがこんな所で出てくるなんて……。
「ぐっ、ポーションいっぱい飲んでるのに……挫けそう……!」
ポーションの回復効果に空腹度は含まれないらしい、なんてこった。
このゲームに空腹度はあれ空腹感や満腹感は無い。いくら食べようと問題は無いのだけど……どちらかと言えば中身の感覚の問題が大きい。
お腹に溜まる事は無くとも視覚や味覚で何かを摂取し続けたと脳が認識すれば満腹中枢が働き『もう食べなくていい』と命令してくる。
現実の肉体と切り離されようと脳はそのままなのだからこう言った自体は起こり得る。
(く、空腹度はHPの回復が不可能になるだけだし! 今はHP減るような事してないし!)
と言う言い訳の下、私はシステム的な空腹よりも脳からの満腹感を優先し、ごはんを食べずにスペルを使い続ける。旅の恥はかき捨てよう。
『キュル』
『…………』
「…………」
クリアテールさんの視線が痛い。
『……汝、もしや食う物が無いのか?』
「いえ……その、ちょっと軽めのダイエットをしていまして……」
断食ダイエットは後で栄養を摂取する際に細胞が脂肪を貯めやすくなってしまい、一度痩せてもリバウンドが酷いと聞きます。やめましょう。
『そのだいえっととやらが何かは知らぬが……あまり無理はせぬ方が良いのではないか?』
「うう……ご心配をお掛してすみません」
空腹度が空になるとHPの回復が出来なくなる他はお腹の虫が鳴くだけ。1人なら困る類いじゃない、でも……他の人がいるとさすがに恥ずかしい。
そろそろ諦め時か……そう思い、私はポシェットから旅立つ日に買い貯めておいたファストフードを1つ出す。
『……森の娘・アリッサよ、それは何だ?』
と、クリアテールさんが興味深そうに取り出したハンバーガーの包みを見入っている。
もしかしてクリアテールさんがここに住むようになった頃にはこうした食べ物は無かったのか、それとも食べる機会が無かったのか。
「これはハンバーガーと言う食べ物で……あの、食べますか?」
『良いのか? 汝とて腹が減っておるのだろう?』
「まだいくつもありますし……それに、ごはんは誰かと食べた方が美味しいですから。クリアテールさんが構わないならご一緒に食べてくださいませんか?」
『ふむ……』
差し出した手からハンバーガーの重さが消えた。それはクリアテールさんが両手で持ち、くるくると回したりしている。
どうも包みの開き方が分からないようなので私も同じハンバーガーをもう1つ取り出してお手本とした。
「……?」
しかし、興味を惹いていた筈なのに食べ始める気配が無い。
どうしたのかと見ているとクリアテールさんは湖に視線を向けた。私もそれにつられて見てみると……?!
――ザッ、バァッッ!!
クリアテールさんの本体、見上げる程の大きさの竜が湖の中心部から現れた!
(あ、そう言えば……今のクリアテールさんの体って水で作られて――?!)
戦闘が開始される直前、今の人間態が水となり竜本体が姿を現したのを思い出す。
会話や触れ合う事も出来るけど、さすがに食事は無理とは思うけど、こんな事でぇっ?!
『どれどれ……』
湖畔にまで移動してきたクリアテールさん(竜)は巨大な口を開ける。そこにクリアテールさん(竜人)がハンバーガーを置くと、ゆっくりと口が閉じ、かすかに上下に動いて咀嚼している模様。
(あんなに小っちゃくて味が分かるのかなあ?)
クリアテールさん(竜)とハンバーガーの対比は、私で言えば小さめのとうもろこし1粒分くらいの大きさじゃなかろうか。
そう思い見ているとクリアテールさん(両方)の瞳がくわっ! っと見開かれた。私がそれにビビっていると、腕を組んでいたクリアテールさん(竜人)が私に詰め寄ってきた!?
『汝!』
「あっ、あのっ、お気に召しませんでしたかっ?!」
『逆だ逆! 何だこれは?! 下界では斯様な物が食されておるのか?!』
「……はい?」
この反応は……気に入ってもらえた、のかな?
「あの、他のも食べます?」
『良いのかっ?!』
非常に(2重の意味で)食い付きが良かったです。
私はポシェットから倦怠期で購入したバーレルを取り出し、再度開かれた口に恐々手を入れてバーレルを逆さにして中身を舌の上にばら蒔く。
『おおう、これも中々……』
骨を砕く音だろう、顎を動かす度にバリボリと聞こえてくる。
クリアテールさん(竜人)も夢心地と言った表情でフライドチキンを味わっているよう。
『ふぅぅぅ……うむうむ。しばらく離れておる間に下界も変わったものよ。堪能したぞ森の娘・アリッサ、礼を言おう』
「喜んで頂けたなら良かったです。でも、あれだけで足りましたか?」
巨大な体を持つクリアテールさん(竜)にすればあの程度で足りるのかと思う。もっとも今の私の食料では逆立ちしても満腹になんて出来ないんだけども。
『元より腹は減っておらぬ。我ら竜はマナでも腹を満たせるよう出来ておるし、たまに気紛れでそこらの魔物を屠って肉だのを喰ろうてもおる』
そう言えばここに来る途中に戦った恐竜型モンスターのブラネットティラノはドロップとして肉を落としてたっけ。
『だが、汝の食い物は別格の美味さであった……じゅるり』
長い舌が唇を撫でる……竜の方が。
『うむ、良い物を貰ったものだ』
「あ、ああ、どうも――っと」
感謝の言葉を残しクリアテールさん(竜)が身を翻して中心部に去ろうとすると封印状態が自然浄化した。
《古式法術》のエキスパートスキルは使用と共に5分間封印状態となってしまうものの、使用回数1回につき3秒ずつ減っていく。
《多層詠唱》込みなら同じエキスパートスキルを使用し続けると1回で1分近く封印状態の自然浄化が早まり、結果MP消費はより早く激しく、ポーションを飲む頻度も増えてしまう。
覚悟の上とは言え、悩ましげにポーションの瓶を揺らしているとクリアテールさん(竜人)が瓶をひょいっと攫ってしまう。
「え?」
『ふむ。マナを多く含んだ薬草を用いた回復薬か。詰まる所、汝はマナが不足しておる故にこれを飲んで賄っておるのか』
「あ、はい……スキルを多用するとあっと言う間にマナが尽きてしまうので」
『ならば……先程の礼だ。少しばかり手を貸してやろう』
「はい?」
そう言ってクリアテールさんが手を上げると湖の水が立ち上った……あれ、前に見たような……?
それらは空中に水の玉を形成して私へと殺到した。一度受けていたからだろう私は特に慌てるでもなく身を任せると、私の体を包む1つの大きな水の玉となった。
けど、中に取り込まれた私は息も出来れば言葉も発せられる。
これは戦闘の後でクリアテールさんが好意で回復してくれた術技だけど……。
「あの、何故……?」
その中でぷかぷかと浮かびながら首を傾げていると視界内で赤くなっていたMPゲージがみるみると回復していく。
『言ったであろ、礼だ。先程喰ろうた物の味程度は我がマナを分け与えてやろう』
「!」
『さ、しばしは気にせず励むが良い』
「あ、ありがとうございます!」
自慢げに胸を張るクリアテールさんにお礼を言いながら私は視界に表示される×マークが消えるのを見つめていた。
どうも047です。節目記念に少々。
この度はorいつも拙著をお読み下さりありがとうございます。
0話とかバージョン違いで小説情報上は少し前に達しちゃいましたがとうとう100話目です(サブタイトルがアレですが)。
自分の様な半端者がこんなに書けたのも偏に読者様のお陰です。ブックマーク・評価・感想に一喜一憂戦々恐々としもしましたが、本当に日々嬉しいばかりです。
物語はまだ続きますが、引き続きご愛顧頂けます様精進する所存です。
どうぞこれからも『そして、少女は星を見る』をよろしくお願い致します。m(__)m




