第97話「声援は力強く」
一部の方向けに少々。
前話を投稿後に「やべっ、ひーちゃん忘れてた!」と半日程経ってから加筆・修正致しました。
物語の筋に変更が有る訳でも無いので再読されなくても問題は無いと思いますが一応のご報告をしておきます。
今後はこのような事の無いよう気を付けます、平にご容赦下さいm(__)m
クリアテールさんの攻撃は苛烈にして激甚、下手を打てば私たちのHPなんて一撃の下に奪い去れる程の威力を持つ。
取り分け危険なのがスプラッシュブレスなのは開幕直後の惨劇を思い出せば分かりやすい。
――では次点は?
「『ぜっ、ぜっ……!』」
「セレナ、もう止まらないと――」
「『ダメよ、まだ行ける!』」
長時間走り回った結果スタミナ値の底が見え始めたセレナだけど休憩は頑なに拒否している。
天丼くんがログアウトして人手が足りないのもある。
けどそれ以上に厄介な事が私たちを襲おうとしていた。
「『性悪なのよあの青蜥蜴……!』」
「……また、来る!」
空を仰げばそこには急速に発達した黒雲がどんよりと立ち込めている。場所が標高500メートルのブラネット高地であるからそれは間近に感じられる程の圧迫感を私に与えている。
「『ここが限界か……っ!』」
セレナは黒雲から逃れる為に更に加速して手近な……まだ家の原形を留めている廃墟へと駆け込んだ。
次の瞬間には――ドッ! 薄紫色の光を帯びた、それこそ滝のような猛烈な豪雨が降り始めた!
これがスコールと言うものか、前に降られたゲリラ豪雨がまだ優しかったと思える勢いで、数メートル先の視界すら確保出来ない。
『キュー……』
腕に抱くひーちゃんは相変わらず水に対して怯え、ガタガタと震えている。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
私たちはそのスコールから、そしてそれが混じった湖の水から逃れようとなるだけ奥へ退避する。
「セバスチャンさん、そちらはご無事ですか?」
内心の心配をまるで隠せぬままチャットで呼び掛ける。
『こちらもどうにか間に合いました』
ほっと安堵する。
このスコールはただの雨じゃない、れっきとしたクリアテールさんの攻撃なのだ。
あの雨粒の1つ1つには数ダメージの判定があり、あれだけの量をまともに浴びればそれこそものの数十秒でHPを空にされる。
……けど、それよりも私たちが恐れているのはその効果にあった。
――シュウッ。
耳障りな音は一度だけじゃ済まない。何度も何度も繰り返し周囲から響く。
そう、あれはただの雨でもただの攻撃でもない。あれは“酸性雨”なのだ。それも現実の物とは比べ物にならないくらいの強酸性。
その追加効果はアイテムの耐久値の減少だった。
あれに当たれば恐ろしい勢いで耐久値は減り、良くて性能を発揮出来ないまでにされ、最悪なら破壊もあり得る。
これは直接的なダメージよりも余程質が悪い。
HPが減ってもポーションで回復出来る、戦闘不能となったって大地神の涙があれば2秒で蘇る事が出来る。
けど装備の耐久値はそうはいかない。耐久値の回復は職人の手によってしか行えない。そして私たちの中にはそんな加護を持つ人はいない。失われた耐久値は取り戻せないのだ。
もし耐久値が減れば装備が破壊される前に他の、私なら初期装備に、セレナと天丼くんも以前の装備に戻さざるを得ない。
そうなればステータスは弱体化し、今まで耐えられた攻撃や避けられた攻撃にも対処し切れない危険がある。
それは長期的に見れば回復・蘇生アイテムの消費を加速させる事に繋がる。
今回の戦闘は長々期に渡って行われる。
午前11時頃に始めた戦闘を可能なら午後11時過ぎまで続けるのだから、このスコールには絶対に当たる訳にはいかない。
「『……チッ』」
セレナが舌打ちする。
スコールに邪魔されるけど、よくよく耳を澄ましてみればかすかにクリアテールさんの声が聞こえる。
この豪雨の中で聞こえる、つまり彼我の距離が近いと言う事。
「『やっぱ引き離し切れなかった……!』」
ここに飛び込むまでに急いだのも動けなくなる前にクリアテールさんから距離を取りたかったからだ。
このスコールの中では私たちは視界含め行動が制限されるのだからまともな連携が取れない。唯一チャットでの連絡が取れるだけ。
だと言うのにクリアテールさんは物ともせずに私たちを追い、攻撃を仕掛けてくる。ずるっこ!
『オオオオオオォォォォッ……!!』
「ごめんなさいっ!」
「『何言ってんの』」
ビリビリと廃墟を震わす咆哮のタイミングがタイミングだったもので思わず謝ってしまった私にセレナがつっこむ。
「『アホな事してないでしっかり準備しておきなさいよ。そろそろスコールがやむわ』」
幸いスコールはあまり長時間降らない。また酸性雨を含んだ筈の水も薄紫色の光が消えれば耐久値の減少効果は無くなり、自由に動けるようになる。
「『…………やっぱもうちょっと気合い入れて走っときゃ良かった』」
『そう変わらぬさ』
「クリア、テールさん……!」
私たちのいる廃墟、その崩れた入り口からクリアテールさんの頭が覗く。
その巨大な口が牙を剥き出し、白い吐息が舞う。
そこに青い光、スプラッシュブレスの兆候は見えないけど、それのどこが安心する理由になるだろう。
ぐおうっ! クリアテールさんの馬上槍を揃えたようなアギトが迫る!
「『戦術的撤退!』」
でもセレナも最悪の事態を予想していた。この廃墟の出入口は1つじゃない、別の崩れた壁へと駆ける!
投げ出すように穴に飛び込んだ直後、背後からガヂンと金属音にも近い音が背筋を凍らせる。
バシャンと湖に飛び込むも、すぐさま起き上がり駆け出した! 〈ウォーターフロート〉も加え出来る限り距離を取る。
「セレナ後ろから!」
「『だけじゃない!』」
碁盤のような等間隔の通りを走る私たち、その前後左右から水が刃と化して襲ってくる!
「『チィッ! 上に行くわよ!』」
助走を付けたセレナは壁を駆け上がって水の刃の届かない屋根を目指す。
けど、その先には――。
「『っ、しつっこいのよアンタ!』」
『汝らに言われる筋は無いな』
さながら私たちは追い込み漁に引っ掛かった魚、再び空に舞い上がっていたクリアテールさんが待ち構えていた。
「リリース!」
『目障りにもならぬ』
目を狙って放つも効き目は皆無。当然だけど悔しい。
『オオ!』
「『ぐ、う、あっ!』」
「セレナ!」
爪が振るわれた。天丼くんの剣よりも余程鋭いそれが私を庇ったセレナの無防備な背中を切り裂いた!
急速に失われるHPを視界の端に捉えながらセレナ共々通りへと落下していく。
その刹那、頭にはいくつかの考えがよぎる。
(セレナのHPがどれだけ減るのか分からない。戦闘不能か、残るのか)
(これだけのスピードで水面に激突すれば確実にダメージが発生する)
(もしもセレナのHPが残っても多分わずか、そのダメージでトドメになりかねない)
そこまで考えて、私はひーちゃんを抱いていた腕を解く。
『キュ?!』
「なるだけ遠くに逃げなさい!」
そう告げ、今度は私がセレナを抱き締める。元より私が下側だったのでこのまま落ちれば激突時のダメージは私に来る筈。
「『バッ、』」
(セレナの、みんなのお陰で私のHPはフルにある。正直HP自体は低いけど……)
後は夜半さんの作ってくれた装備の性能を信じる他は無い!
「っ!」
ドバッ!! 背中がしたたかに水面と激突する。高速で落下、激突したので水面は固く、衝撃が肺から空気を根こそぎ奪っていく。
ぼやける視界、けどゲーム的な表示に関しては不思議な程にクリアなままだった。
(……残った)
セレナのHPゲージの減少は赤く染まりながらもどうにか端に辿り着く前に停止している。
しかし、ほっと息を吐く暇など残念ながら与えられていない私たち。
――ドンッ!
クリアテールさんが私たちを追って水面に着水したのだ。波しぶきに叩かれながら私たちはふらふらと起き上がる。
次の攻撃をどう躱すか、頭の中は大忙し、だったのだけど……。
『申し訳ありません、遅くなりました』
チャット越しにセバスチャンさんの声がした、次いでクリアテールさんの様子がおかしくなる。
苛立たしげに『グルル……』と喉を鳴らして私たちから意識を逸らした。
『〈ディゾナンスビート〉。お耳汚しではありましょうが、どうぞご拝聴下さいますよう……!』
そうした言葉が終わると彼方からヴァイオリンの調べが聞こえてくる……でも、それはいつもの綺麗なものでも高速の弾き方でもない。
まさしくお耳汚しとセバスチャンさんが言った通りの酷い曲だった。
(ディゾナンス……不協和音、確かにこれは……)
吹奏楽部に所属する幼馴染みがまだ演奏に不慣れだった頃に、「オーディエンスがいた方が気張れる気がする」と無理矢理不出来な曲を聞かされた思い出が蘇る。
耳の奥にちくちくと刺さるような音楽はしかし、私たちよりももう1人(?)の観客を魅了したらしい。
苛立たしげな唸りが彼方、この音のする方角を睨んだ。
『耳障りな真似を』
気持ちは分かる、こんな集中力を乱すBGMなど誰だって願い下げに違いない。
クリアテールさんは翼を強く強く羽ばたかせる。飛ぶ為ではなく……あれは水の竜巻を起こす為のプレモーション!?
「セレナ、クリアテールさんの近くに行って!」
「『は? ちょっ、何言っ「もうすぐ竜巻が起こるの! 詳しく話してられないけど言う通りに!」わ、分かった!』」
先程ログアウトしていたセレナを強引な説明で納得させる。
(あの竜巻に巻き込まれて巻き上げられれば最終的に待っているのはスプラッシュブレス、どうにかしてこらえなきゃ……!)
あの時は〈ウィンドクレイドル〉が上手く発動してくれたけど、今度もそうそう上手くいく道理は無い。
今は竜巻に巻き込まれないようにするのが第一。そう判断したのだ。
「始まった!」
クリアテールさんからそう離れず、手近な廃墟に入った私たち、その視線の先ではクリアテールさんの周囲に風が巻き起こる。
しかし、先程と違う部分もある。それは私たちがクリアテールさんの近くにいると言う事。
水の竜巻の中心部は台風の目のように凪いでいる。周囲360度を水の竜巻に囲まれる風景は絶景ではあるけど、先程あの中に巻き込まれたものだから恐さしかない。
「『コレ、解けたら一気に逃げるわよ』」
だからセレナの言葉にはすぐに頷く。
注視すれば誰も巻き込まなかったからかスプラッシュブレスを放つ様子は無く、この分なら遠からず水の竜巻も――そう思っていると、クリアテールさんの目がこちらに――。
「……」
『……』
視線が交差した。
「『逃げ場、が――』」
セレナの声は戦慄に満ちていた。言葉のまま、水の竜巻の凪いでいる中心部は私たちを閉じ込める水の牢獄と化したのだ!
――グオッ!
クリアテールさんの後ろ足が持ち上げられる。その後何をするかは簡単に分かる。
「『冗談じゃないわよチクショーッ!』」
(うう、こんな事になるなんて……)
私のアドバイスが妙な方向に転がってしまった!
近寄って竜巻の内側に入っても巻き込まれてもだめ、竜巻の中の廃墟にしがみついて耐えようとしても呼吸が続かないだろうし……セバスチャンさんのように極力竜巻に巻き込まれない距離まで退避するしかなかったのか。
「あれは……見て! 竜巻が小さくなってる!」
「『そうかあの青蜥蜴、私たちを追い掛けてて竜巻を維持してた翼の羽ばたきを止めてるから……!』」
水の牢獄も逃げ回っていれば消える。その一縷の望みを信じて私たちは逃げ続ける。
「『アリッサ、頼むわよ!』」
「う、うん!」
ただ、小回りは利くと言ってもあちらだって範囲攻撃は持っている、限られた空間ではそのプレモーションを確実に見て対処しなければ簡単に戦闘不能に陥る……!
「セレナ! 尻尾攻撃!」
攻撃をしつつクリアテールさんの様子を窺っていた私は、ぐるりと体を捻る様を見た。
「『こん、のぉぉぉっ!』」
それを伝えるとセレナは廃墟の壁に突っ込んで思いっきりジャンプ。そのまま2階近くに滞空している間に、クリアテールさんの長い長い尻尾がつい一瞬前まで私たちがいた場所を横切っていく。
「『だから、ずっこいのよ……!』」
見た。
1回転したクリアテールさんは大地を蹴り、そのアギトが開き私たちへと――。
「いやっ、はあぁぁぁぁぁぁっ!!」
――ドッ、ゴンッ!!
鈍く、重いが響く。
その発生源はクリアテールさんの頭、そこに何かが降ってきた。
鈍く輝く鎧と盾、そして頭からぴょこんと伸びる兎の耳――それは、
「天、」
「『丼?!』」
そう、それはログアウトしていた筈の天丼くんだった。
彼はその手に持った盾を、落下してきた勢いのままにクリアテールさんに叩き付けたのだ。
結果開いていたアゴは強引に閉じられガジンと牙と牙が噛み鳴らされ、突進ばりの勢いも停止している。
その姿を見て思う。
(なんて無茶を!)
見上げた頭上には、青々と澄み渡る空が丸く切り抜かれている。おそらく彼は竜巻に自分から巻き上げられてこっちに来た。ずぶ濡れの姿を見れば一目瞭然。
でも、一度同じ体験をした身としては唖然とする。
竜巻に巻き上げられれば十数メートルは上空に飛ばされ、そこから自由落下するのだから無茶以外の何物でもない。
「どう、だぁぁぁぁっ?!」
ガッツポーズを取ろうとした天丼くんだけどバランスを崩して再び落下し、水音はそこそこに金属音が空虚に響く。
落ち方が若干アレな上に落下ダメージも負ってしまい天丼くんのHPは黄色く染まっている。
「『抜けてんだから!』」
そう言いながら私たちは天丼くんと合流する。素早くパーティー加入とチャット設定を済ませる。
『小兎……!』
あんな攻撃でもダメージなどまるで無いのに、クリアテールさんは牙の隙間からそんな憎々しげな声が漏れている。
狙いは完全にこちらから天丼くんに移った模様。図らずも天丼くんに囮役を押し付ける目論みが実った格好だ。
『囮役は任せろ!』
そう言ってポーションを空ける天丼くんは盾を構えてクリアテールさんの向こう側へと走っていった。
「『任せた!』」
同時に水の牢獄がようやく解除された。天丼くんはスキルでヘイト値を上げ、セバスチャンさんも〈ディゾナンスビート〉の演奏を続けてクリアテールさんの注意を引き付けてくれている。
どうにかそれで距離を確保出来たのでセレナは湖の端まで私を送ってくれた。いよいよ私がログアウトする番だった。
『キュー』
「ひーちゃん、また後で呼ぶから少し休んでいてね」
合流していたひーちゃんを一旦送還、パーティーのリーダー設定をセレナに委譲する。
「後をよろしくね」
「『こっちはせいぜい逃げ回るわよ、ゆっくりしてくれば?』」
薄く笑い、セレナは再びクリアテールさんへと向かって走っていった。
◆◆◆◆◆
パチリと瞼を開く。
頭を包むリンクスを脱いですぐに部屋を出る。パタパタと階段を駆け下りてリビングに突入すると……そこにはお母さんが仁王立ちで立ち塞がっていた。
「お帰りなさい、結花」
「た、ただいま帰りました、お母さん……」
しゅんと体が縮こまる。お母さんの顔は実に分かりやすく怒っていた。
怒る理由は簡単だ。ログアウトする時間が遅くなった事、これに尽きる。
いくら試験明けでも朝からお昼過ぎまで延々とゲームを続けていては青筋を立てられるのは当然だ。
「…………お昼ごはんは用意してあるから早く食べてしまいなさい」
「あの、いいの……?」
小言も無く、怒りを引っ込めたお母さんにそう尋ねる。
「さっきそう言われましたからね」
クリアテールさんに挑む前に私は一度ログアウトして今日はとんでもなくゲームに集中しなければならなくなる事を告げている。
その時もかなり、いえすごく渋い顔をされた。
告げたと言ったものの正直急いでもいたので説得と呼べる程ではなく、怒られるのは分かっていたけどこうもアッサリと許された事に意外感もあった。
「今日だけよ」
呆れたようにため息を吐いたお母さんがキッチンに向かう。
「明日からはもう少しペースを落としなさい。そんなにゲームばかりしていたら貴女の体に悪いわ」
……基本的に全感覚体感型のゲーム機をプレイする間はベッドに横になる。
けど、それは睡眠とは異なる。感覚をシャットアウトする手前体は寝返りを打てないのだ。
ずっと同じ姿勢でいては血液の循環が悪くなる、それは肩こりや腰痛の原因となるし、不自然な体勢でも自力で正せない為に筋肉に負担を掛ける場合もあると以前説明を受けた。
何より1日中部屋でじっと寝っぱなしなど健康云々以前に人としても良い筈が無い。
「うん……ごめんね、お母さん」
それを心配しているのはそれだけお母さんが私を思ってくれているからだ。
心配させてしまった事を申し訳無く思う。
「ほら、早く食べる。お友達が待っているんじゃないの? あまり待たせるものじゃないわよ」
「……うん!」
そうだ、こうしている今もみんなはクリアテールさんとの戦闘を続けている。ぐずぐずしてはいられない。
(それに、今日がんばってがんばってがんばればレベルを目標値まで上げられるかもしれない。そうすれば少しは余裕だって出来る筈だもの)
お母さんが用意してくれたお昼ごはんを「いただきます」して食べ始める。
お母さんと花菜は既に食べ終わってしまったらしく、非常に珍しい事に私は1人での食事となった。
「あの子、結花が降りてこないって知ったら食事の間中そわそわしていたわよ」
「そっか、なんとなく分かる」
苦笑する。
昨夜の一幕で花菜から言われた“わがまま”。その為に私ががんばっていると思えば嬉しくもあり、心配でもあったのだろう。
無闇矢鱈と騒がなかった分くらいは褒めていいかもしれない。
そんな事を思いながら箸を進めているとお母さんが質問を投げ掛けてきた。
「晩ごはんは一緒に食べてあげられそう?」
「……それは……」
生き残れなければ強制的にライフタウンに戻り、以後は挑む事が出来なくなる。そうなれば……ゆっくりは出来ると思う。ただ、
「……そうはならないといいなって思ってる」
お母さんが呆気に取られる。
でも、可能ならば目標に達するまで戦い続けたい。それが私の本音であり、覚悟でもあった。
今日中にレベルを上げて、胸を張ってオフィシャルイベントに飛び込み、そしてあの子と遊ぶのだと言う覚悟を心に抱くから、晩ごはんもこうなるかもとお母さんの目を見て話す。
「……まったく、もう」
こめかみを押さえるお母さんは瞑目して、食べ終わったお皿を下げる。
「こんなわがままを許すのは本当に今日だけですからね」
「だよね。……うん」
だからこそ今日に賭けようと意気が高まる。
コトリとシンクにお皿が置かれると「その代わり」とお母さんが話を繋げる。
「しっかりとやる事をやってきなさい。いつになってもちゃんと晩ごはんと一緒に待っていてあげるから」
椅子から立ち上がりドアへと向かおうとしていた私にそう告げたお母さんに笑顔を返して、私は異世界の戦場へと舞い戻ろうと階段を駆け上がった。
◆◆◆◆◆
ログインしてテントの中に戻ってきた私はすぐにそこから飛び出した。
目の前には廃墟が立ち並び、空高くには青く輝くドラゴン。
時折体の各所がチカチカと光るのは何かしらの力を使っているからか。
今の所クリアテールさんへの攻撃をしている気配は無い。きっとみんな逃げに徹しているのだと思う。
「……急いでみんなと合流しなきゃ……」
けどチャットは使えない。
通常のチャットは戦闘中は繋げないし、パーティーに加入していないからパーティーチャットも現在使用不可。そしてパーティーには向こうの傍で誘ってもらう必要がある。
だから私はスペルを唱え、湖へと駆け出した。
する事は単純、クリアテールさんへの攻撃だ。
(みんなクリアテールさんからの攻撃に注意しているんだから、クリアテールさんに攻撃すれば私が来た事にも気付いてくれる……)
スキルを出来る限り待機状態にしてから、続いてターゲットサイトでクリアテールさんの体を捉える。
(遠い……)
クリアテールさんは私のいる湖畔の丁度反対側辺りで暴れている。さすがにここまで離れては当たるか分からない。
法術には追尾機能などと言う便利な物は無く、発射時点での目標の位置に向かっていく。
距離が離れていれば着弾まで時間が掛かる。時間が掛かれば向こうも動くだろうから当たる確率は自然低くなる。
(ううん、当たらなくても構わない。法術がみんなの、誰かの目に留まればいいんだから)
ゆらゆらと揺れていた杖は開き直って落ち着きを取り戻す。
「リリース!」
それが戦闘再開の合図となった。




